秋篠宮両殿下ブラジル 現地の報道

秋篠宮ご夫妻、ようこそ!=慰霊碑参拝、日本館視察=8日まで10都市をご訪問
2015年10月29日
日伯外交樹立120周年を記念し28日、秋篠宮同妃両殿下が着聖された。
27年ぶりのブラジルご訪問では、初日昼から市内のイビラプエラ公園を訪問され、慰霊碑参拝、
日本館をご視察された。その後はサンタクルス病院のご視察、文協での歓迎会などにご出席された(後日詳報)。
28日朝、ブラジルに到着された秋篠宮ご夫妻は昼過ぎ、聖市内のイビラプエラ公園にある先没者慰霊碑を参拝。
県連の本橋幹久会長、原島義弘、杉本教雄副会長、フェルナンド・ハダジ聖市長ら関係者70人あまりが出迎えた。
本橋会長が慰霊碑について解説し、殿下が献花して一礼。
原島副会長が「全伯の日系人を代表してお礼申し上げます」と謝辞を述べた。
本橋会長は「初めは恐縮してぎこちない会話だったが、
親しみやすい雰囲気を出して頂いた」と人柄に触れ、来訪を喜んだ。
その後は隣接する日本館をご訪問。入り口では市内にある「ミラソル」「ピオネイロ」の
両日系学校に通う児童約100人が両国の小旗を振りながら、文協の呉屋春美会長ら役員に迎えられた。
敷地内でイペーを植樹し館内へ。鯉に餌をおやりになり、植物の前では足を止めじっくりと聞き入る姿も見られた。
両殿下は、見送る児童らに声をかけながらイビラプエラを後に。ピオネイロの久保田アケミさん(13、三世)は、
紀子さまから「学校は楽しいですか? 日本語は勉強しているのですか?」と質問され、
「『バレーが楽しいです』と答えた。驚いたが間近に見られて嬉しかった」と喜んだ。
日本館を解説した相良クリスチーナ泉・運営副委員は、
「私の解説よりも先にパウ・ブラジルを見つけ、『あれがパウ・ブラジルですね』とお話になり驚き。
秋篠宮邸にはパウ・ブラジル製のテーブルがあるとも話されていました」と振り返り、動植物への関心の高さを伺わせた。
イビラプエラ公園を発った両殿下はサンタクルス病院、文協へ。夜には市内のホテルにて、
JICAや日本語センターの関係者とご懇談した。今日29日は午前中に憩の園をご訪問、
サンパウロ大学で学長、学生らと懇談される。午後にはブタンタン毒蛇研究所をご視察し、
夜は聖州政府の歓迎レセプションに出席される。
30日にはパラナ州クリチバの記念行事などにご出席される。翌日は北パラナのロンドリーナ、ローランジャ、
マリンガを訪れ、1、2日には南麻州カンポ・グランデに足を運ばれる。
3、4日はパラー州ベレンへ向かい、アマゾン川や市場、博物館を視察される。
日伯修好通商条約を締結した5日には、首都ブラジリアにて連邦議会の記念式典、ジウマ大統領との面会も予定。
7日はリオへ移動され、8日の離伯まで各地で政府関係者、日系団体らと交流する。
http://www.nikkeyshimbun.jp/2015/151029-71colonia.html


サンパウロ新聞
秋篠宮ご夫妻、文協ご訪問 日系社会歓迎行事にご臨席
2015年10月30日
先駆者移民の苦労を偲ばれ
日系団体主催の歓迎式典が、28日午後5時1分からサンパウロ市リベルダーデ区の
ブラジル日本文化福祉協会の大講堂で行われ、
会場は若干の空きが見られたが、976席ほぼ満席になる来場者が訪れ、秋篠宮ご夫妻をお迎えした。
ご夫妻と共に日系5団体の会長、国松首席随員、横田随員、名井随員、梅田邦夫駐ブラジル日本国大使夫妻、
中前隆博在聖総領事が登壇した。

◆文協正門からご入場
【羽田和正記者】秋篠宮ご夫妻は同日午後3時15分、ブラジル文化福祉協会の正門前に到着された。
正門階段から赤の絨毯(じゅうたん)が敷かれ、文協の呉屋春美会長が先導し、ご夫妻を丁重にお招きした。
ご夫妻は溢れんばかりの笑顔を振りまかれ、時折、来場者と握手をしながら一段一段階段を登られた。
正門階段脇では、アルモニア学園の生徒(5年生)らが日伯両国旗を振って歓迎。
ご到着1時間前に生徒らは目を輝かせながら、
「午後2時から待ってる。秋篠宮さまについて特に勉強はしていないけど、
緊張しています。名誉です」などと話していた。
ご夫妻が階段を登り終え、建物内に入られると、白寿者や百寿者ら99歳以上の高齢者が着席のまま出迎えた。
両夫妻は高齢者一人一人の顔を見ながら握手をされ、貴賓室へと向かわれた。
ご夫妻と握手した佐藤誠仁さん(100、沖縄)は「よく、おいでになられたと思います。
会話はできなかったが、拝見できて大変に嬉しい。気持ちが高揚して昨晩はよく眠れなかったのですが、
今夜はゆっくり眠れそうです」と微笑んだ。

◆日系代表者とご懇談
【佐久間吾朗記者】午後3時18分、秋篠宮ご夫妻は日系5団体の会長らと共に文協ビル2階の貴賓室に到着した。
在サンパウロ日本国総領事館の中前総領事の案内で、
集まった叙勲者や日系団体の関係者ら65人一人一人と握手をし、お話を交わした。
杖をついた叙勲者には、腰をかがめて同じ目線でお話をされ、ご夫妻の優しさがにじみ出たご懇談となった。
この日の紀子さまは薄いベージュのジャケットとスカートの上下に真珠のネックレスとピアスをあしらったお姿。
気品ある装いが印象的だった。
ブラジル相撲連盟名誉会長で叙勲者の赤木政敏さん(84、宮崎)は「初めてご夫妻とお話しした。
秋篠宮殿下から『どちらに入植されたのですか』と聞かれ、ここから600キロ先の山奥に入ったとお答えした。
『昨年の秋には天皇陛下から旭日小綬章をいただき、ありがとうございました。
帰国の際はよろしくお伝え下さい』とお伝えした」と話した。
在聖日本領事館前顧問弁護士で叙勲者の大原毅さん(79、2世)は「どこで生まれ、どの大学に行ったか、
ずっと弁護士をしているのかなどを聞かれた。私の名札をよくご覧になって質問してくれたのだと思う。
丁寧な対応で、こちらに緊張感を与えない優しさが感じられた」と感激した様子だった。

◆移民史料館
【羽田和正記者】秋篠宮ご夫妻は7階から9階までの日本移民史料館を視察され、
7階では「開拓者の家」に午後4時26分に到着され、続いてパンタナールの動物の剥製(はくせい)を鑑賞された。
9階には午後4時40分にご入室。天皇皇后両陛下の御真影のほか、
皇室関連のパネルが展示された会場内を一周された。
ご夫妻の案内役を担当した山下リジア史料館運営副委員長は「感激でした。緊張しすぎて、
順序を少し間違えてしまいました。とても、おしとやかな印象を受けました」と感想を話した。

◆日系社会歓迎行事
【佐久間吾朗記者】開会に先がけ、モルンビ学校のヒサナガ・カワサキ・レオナルド君と
ピネイロ学校のジェシカ・テイシェイラ・フェレイラ・レイテさんが両国旗を持ち、入場。
掲揚し、続いて吉田エリザベスさんのピアノ伴奏で両国歌斉唱を行った。
国歌斉唱にはピッコロ、パイネイラ、文協コーラスの3つの合唱団から参加した45人が美しいハーモニーを聴かせた。
文協の呉屋会長は「今回両殿下が再び来てくれたことを何より嬉しく光栄に思う。
今日こうして式典を開催でき嬉しい。私は5歳の時に家族と共に移民して来た。
夢と希望を持って移民した人々は厳しい環境の中でも日本に対する愛情と尊敬を忘れたことはなかった。
現在では子弟の一人一人がブラジル各地で活躍し、社会に貢献している」とあいさつを述べた。
続いて秋篠宮殿下から「私たちは先ほど(28日午後1時15分)、
イビラプエラ公園内開拓先亡者慰霊碑に献花をして参りました。
日伯両国の発展に尽くされた先駆移住者に対して改めて敬意を表します」とお言葉を述べられ、
前回訪れた1988年の移民80周年式典での思い出を挙げ、
「30年近く経った今でも鮮明に覚えています」と語った。
「当時、私と同世代だった日系人の皆さんも今では社会の中心として活躍されています。
また、若い世代の皆様がこれからも両国の友好の懸け橋として活躍されることを心から祈っております」と話された。
殿下は来場者が聴きやすいようにマイク位置を直すなど、さり気ない配慮を見せられた。
会場は静まり返り、殿下のお言葉に耳を傾けた。
その後、レオナルド君から殿下へアララ・アズールの石の置物が贈呈され、ジェシカさんが紀子さまへ花束を贈呈した。

お帰りの際は大志万学園の生徒らが日伯両国旗を振り、また文協ビル外に集まった人たちがご夫妻を見送った。
紀子さまと握手を交わした大矢緑さん(75、群馬)は
「握手ができて本当に嬉しい。紀子さまは手が柔らかくて色が真っ白で美しかった」と喜びの表情を見せた。
松酒紀美子さん(83、岡山)は「27年前にパカエンブー競技場で行われた移民80周年祭に秋篠宮殿下を見に行った。
当時殿下は若かったが、今も変わらず若々しい」と変わらないお姿に感心していた。
2015年10月30日付
http://saopauloshimbun.com/archives/47358


ニッケイ新聞
一人ひとりにお声がけ=老人ホーム 憩いの園を御訪問=入居者らが感激にむせぶ
2015年10月31日
秋篠宮両殿下は29日午前、グアルーリョス市にある老人ホーム「救済会・憩の園」を訪問された。
歴史資料室をご見学、ご記帳後、大ホールで入園者代表による花束贈呈が行なわれた。
両殿下が自ら手を取られ声をおかけになると、感激のあまり涙ぐむ入園者が続出した。
入り口では、約100人の同園関係者らが日伯両国の国旗小旗を振り、歓声を上げて迎えた。
正面玄関手前ある救済会創立者の一人、渡辺マルガリーダの石碑前で降車された。
吉安園子救済会会長が役員らを紹介。
老人棟に両殿下のお姿が現れると、朝7時からスーツやドレスを着て待機していた入園者66人、
および職員らから歓声が上がった。
入園者代表として、森井園子さん(89、東京)が花束を差し出すと、
紀子さまは同じ目線まで姿勢を低くしてお受け取りになった。感激で涙を流す森井さんが紀子さまと握手し、
大きな拍手が起こった。続いて秋篠宮さまも進み出られて握手され、森井さんは大きな笑顔を見せた。
両殿下は二手に分かれて入園者一人ずつに声をかけられた。最前列の久森繁雄さん(76、二世)は
「ぼくも日本人として殿下に会えたことがとても嬉しい」と話し、斎藤しづ子さん(89、静岡)は
「何歳のときにブラジルに来ましたか?と尋ねてくださいました」と涙とともに語った。


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皇族が憩いの園を訪問されるのは今回で4度目。78、97年に天皇皇后両陛下が、
95年には紀宮さまが御来園。資料室には両陛下のお写真、
そして紀宮さまと創立者の渡辺ドナ・マルガリータが並んだお写真が飾られている。
日本には老人ホームが数多く存在するため、皇族御訪問を経験できる入居者はほんの一握り。
幸せといえばそうかも。

秋篠宮両殿下の聖市御滞在は29日まで。わずか2日間ながら、あちこちで式典に参加と、
大変にお忙しい日程だった。本紙は全ての会場で取材を行ったが、撮影時間も場所も限られ、
会場内にいること自体許されない等、普段のコロニアの取材と比べればやりにくさを感じざるを得なかった。
しかし、ただでさえ少ない記者をフル動員しただけはあり、サイトでは日本からのアクセスが順調に伸びている。
日本の報道には無い詳細なレポートが反響を呼んでいるようだ。
http://www.nikkeyshimbun.jp/2015/151031-71colonia.html


ニッケイ新聞
秋篠宮両殿下、マリンガへ=日本公園、文協を御訪問
2015年11月4日
秋篠宮両殿下はマリンガ日本公園に午後6時25分に到着され、鈴木エドアルド同公園会長らとご挨拶。
600人の観衆が両国旗小旗を振って出迎え、殿下も手を振って応じられた。
車でイベント会場へ移動されると、約400人の日系人が出迎えた。
二人は池の鯉に餌をおやりになった後、茶室へと歩かれた。
茶室の庭で秋篠宮さまは白いイペーを、紀子さまは桜の木を植樹され、ご訪問記念碑の除幕式にご参加。
会場に戻られた両殿下に、日本公園、パラナ州副知事、マリンガ市長らがそれぞれプレゼントを贈呈した。
マリンガ日本文化体育協会(ACEMA)へ出発され、午後7時20分にご到着、塩崎アフォンソ会長夫妻、
フェルジナンジ・グラウジオ副市長夫妻らが迎えた。
会場となった大講堂では歓声が上がり、紀子さまは同文協日本語学校の生徒達と握手された。
敷地内の日本庭園に移られ、秋篠宮さまは黄イペー、紀子さまは白イペーを記念植樹された。
応接室でのご訪問記念記帳の後、マリンガ在住の木彫作家、
イソザキナリヨシさんの作品「トゥッカーノ」(和名=オニオオハシ。伯国の国鳥)が贈呈された。
展示室では植田憲司同文協顧問が、78年の明仁皇太子(現今上天皇)、82年の浩宮さま、
08年の徳仁親王ご来訪のお写真とともに、皇室によって日系コロニアが団結していると説明。
殿下は頷かれながら「そうですか、がんばって下さい」と励ましの言葉をかけられた。
両殿下を見送った源田愛子さん(81、二世)は「本当に嬉しくて言葉がない、興奮してしまった」と語った。
前日に聖市からバスで到着した青砥雄二さん(79、二世)は「1メートル半の距離で拝見したよ。
お二人ともニコニコして愛嬌のいい方だね」と話し、妻の美津子さん(74、二世)は 
「とても優しいお顔で、素晴らしい態度でした」と、殿下の柔らかな物腰に感動した様子だった。
同文協顧問であり、マリンガ市移民100周年実行委員長として日本公園建設に貢献した安永修道さんは、
「両殿下とも目を見て会釈してくださった。マリンガに来て頂いて、日系人としてとても有難いこと」とご来訪を喜んだ。
http://www.nikkeyshimbun.jp/2015/151104-62colonia.html
 

秋篠宮両殿下=パラナで入植百周年を祝賀=クリチバのMONで式典=南伯3州の日系人と交流も
2015年11月4日
【既報関連】ご来伯中の秋篠宮同妃両殿下は30日、パラナ州クリチバを訪れた。市内の日本広場を視察し、
クリチバ日伯文化援護協会では南伯3州の日系人とご懇談の機会を持った。
またオスカー・ニーマイヤー美術館(MON)で行なわれた、
外交120周年とパラナ州日本人入植百周年の記念式典にも出席された。
30日午前にサンパウロを発たれた両殿下は、午後2時半ごろクリチバ市内の日本広場にご到着。
グスタヴォ・フルエット市長夫妻らが出迎え、関係者約100人の歓迎に手を振って応えた。
来伯記念の記念碑を除幕し、敷地内の日本建築をご視察。
クリチバ日伯文化援護協会でも記念碑を除幕し、建物内を視察された。地元のクリチバ文協以外にも、
南パラナやサンタカタリーナ、南大河両州の日系団体関係者が約150人招待された。
両殿下は全員と握手し各地の代表者と言葉を交わした。
〃ブラジル移民の祖〃水野龍の三男・龍三郎さん(84、二世)=クリチバ在住=は、
「『どこに住んでおられますか、普段は何をしていらっしゃいますか、お子さんはどうされていますか』と
殿下の方からたくさん聞いてくださった」と笑顔。
州政庁でベット・リッシャ知事とご引見し、隣接するMONでの式典へ。400人弱の招待客や知事夫妻、
梅田邦夫駐伯日本国大使、池田敏雄在クリチバ総領事、西森ルイス連邦下議らが両殿下を出迎えた。
秋篠宮さまは「ブラジルを再訪し皆様とお会いできたことを嬉しく思う。日系施設を訪れ熱心な活動も拝見した。
様々な困難を克服し、たゆまない努力によってブラジル社会に融合、
多様な分野で活躍されていることは誠に喜ばしい」とご挨拶。
終わりに「日系社会の一層の発展と若い世代による友好親善を心から願う」と期待の言葉を述べ、
和太鼓、日舞、民謡「おてもやん」を鑑賞された。
http://www.nikkeyshimbun.jp/2015/151104-71colonia.html


秋篠宮両殿下=移民一世紀をともに祝う=北パラナ各地を御訪問=
「多方面での活躍喜ばしい」=ローランジャ移民センターを御訪問
2015年11月5日
【既報関連】御来伯中の秋篠宮紀子様両殿下は、31日午前からロンドリーナを中心としたパラナ州北部を御訪問。
同州は聖州に次ぐ約15万人の日系人が住む。今年は最初の移住地カンバラへの入植から100周年を迎え、
いくつもの記念行事が開催されており、両殿下の訪問は何よりのお祝いとなった。
外交120周年記念式典が行われたローランジャ日本移民センターでは、
着物を身に纏った約20人の若者に出迎えを受けられた。
秋篠宮さまは移民像や前回訪問時に植樹された椰子の樹をご覧になり、
「こんなに大きくなりましたか」と、10メートル以上になった大樹を見上げられていた。
記念碑を除幕された後、新たに桜の樹を植樹され、移民史料館を見学。
途中、予定には無かった移民小屋の見学をされるなど、終始興味が尽きない御様子だった。
600人以上が参加した歓迎式典では、地元白鳩コーラス隊と
州各地から集まった日語校生徒約100人が元気に歓迎の歌を贈った。
秋篠宮さまは「パラナ州の日系人の歴史は100年を越え、
多様な方面で活躍していることは誠に喜ばしい」と労いの言葉を述べられた。
パラナ日伯文化連合会(リーガ・アリアンサ)・折笠リカルド力己知会長は
「今回の御訪問を通し、少しでもブラジルを好きになっていただきたい」と挨拶。
長年センターを管理し、当日は案内人を務めた今津貞利さん(83、福岡)は大役を振り返り、
「何でもよくお尋ねになりました。苦労が報われます」と感動した面持ちで話した。

ロンドリーナ文協にも
ロンドリーナでは同文化体育協会を御訪問。集まった300人に対し、
生憎の雨も傘を差し、ゆっくりと手を振って御入場された。
記念碑を除幕された後、絵画の献上品が手渡された。地元の「一心太鼓」の演奏は
揃って笑顔でお聞きになり、「素晴らしい。力はかなり使いますか」と声を掛けられていた。
他にも、中川トミ公園で記念碑の除幕にご参加、リーガ・アリアンサで代表者との懇談の場を持たれた。
また同日マリンガへ移動、午後6時頃から各式典に参加された。(4日付け本面掲載)


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ロンドリーナ文協の式典で送られた絵画を制作したのは、画家の久保カルロスさん(66、二世)。
南部に生息する鳥「アオサンジャク」とさくらの花が描かれている。
実はこの作品、もう1枚対になるものが制作され、ロンドリーナ文協に展示されることになっている。
描かれているのは、鶴とイッペーの花。両殿下に制作の思いを訪ねられた久保さんは
「見ていただく度に、日伯が繋がっていることを思い出していただくために描きました」と答えたという。
http://www.nikkeyshimbun.jp/2015/151105-71colonia.html


サンパウロ新聞
感涙にむせぶ日本人1世たち クリチバ文援協で気さくなお姿
2015年11月4日
【羽田和正記者】ご来伯3日目となる10月30日、秋篠宮ご夫妻は予定通り午後3時10分に 
パラナ州クリチバ市のクリチバ日伯文化援護協会(原ルイ会長)のウベラバ会館に来場された。
服装について、殿下は黒色の皮靴とスーツ、白シャツ、深紅色をベースに
エメラルド色のストライプが入ったネクタイをご着用(左から右に上がる英国式)。
紀子さまは、白色のパンプス・ヒール、薄エメラルド色のスカートスーツ、白色のカットソーを着用されていた。
ご夫妻は車から降りられると、微笑みを絶やすことなく記念碑へと続く赤絨毯(じゅうたん)の上を歩かれた。
絨毯の両隣には同協会会員らが参列する形で並び、記念碑の除幕式が行われた。
除幕式では殿下が赤色の紐を、紀子さまが白色の紐をお持ちになり、
原会長が黄色の紐を、大崎ローザ同文協副会長が緑色の紐を持ち、
同時に引っ張り、除幕された。除幕式終了後は懇談会へと移行し、
ご夫妻は午後3時25分定刻通りにイベント会場へ入場された。
懇談会には、クリチバ文化援護協会幹部、クリチバ在住日系人高齢者、クリチバ文化援護協会クラブ活動代表、
南パラナ日系団体及びリオ・グランデ・ド・スル州日系人代表、サンタ・カタリーナ州日系団体代表、
日伯商工会議所幹部ら6グループ約120人が出席した。ご夫妻は各グループの代表者4人に気さくに質問され、
最後には出席者ら全員と握手をされた。
ご夫妻の前で感涙したリオ・グランデ・ド・スル州在住の森口幸雄さん(90、東京)は
「日本でもお会いすることができない皇族の方々に、
日本から一番遠いブラジルの地でお会いできたことが本当に嬉しい」と感謝の意を述べた。
また、クリチバ在住の古川昭夫さん(63、2世)は「日本の皇族は、庶民とは話をしない冷たい印象を持っていた。
けれど実際にお会いしてみて、ご夫妻はずっと親近感を抱かせる素敵な方々だった」と話していた。
ご夫妻は、午後4時3分に乗車され、同4時5分にベット・リッシャ・パラナ州知事ご引見のため
イグアス宮殿(州政府庁舎)へと向かわれた。
2015年11月4日付
http://saopauloshimbun.com/archives/47515


ニッケイ新聞
秋篠宮両殿下=皇室初の南マットグロッソ御訪問=CG文協で記念碑を除幕=南パンタナールも御堪能
2015年11月6日
【既報関連】御来伯中の秋篠宮同妃両殿下は、1、2の両日に南マットグロッソ州を御訪問。
皇室の同州公式訪問は初。州都カンポ・グランデでは日系団体主催の歓迎式典に御参加、
市内の「ドン・ボスコ博物館」をご視察された。また世界最大の湿原面積を持つ南パンタナールも御訪問、
生物学者としても有名な秋篠宮様にとっては関心の高いご滞在になったようだ。
2日午後、同文化体育協会「クルベデカンポ」をご訪問。
先駆者慰霊碑に献花、両殿下揃って深々と頭を下げられた。隣に建立された記念碑を除幕。
日伯の国旗をモチーフにした印と共に刻まれた「友情」の文字を眺めておられた。
日系団体による歓迎式典では、約1千人が集まった。
入り口で出迎えたグループ「桜」の少女たちはハッピ風の衣装を着て出迎え、両殿下の笑顔を誘った。
レイナルド・アザブンシャ州知事は「日本人の開拓の歴史は101年を数え、州の発展を支えてきた。
自然豊かなこの地を見ていっていただきたい」と挨拶した。
秋篠宮さまは「ノロエステ線の建設に携わった多くの沖縄県人がカンポ・グランデに住み、
その後の町の発展を支えたと聞いている」と話された。
秋枝常子さん(89、山口)は「今まで苦労ばかりの人生だったけど、
一目見られて、今日はなんだか報われる気がする」と語った。
仲里アセリノ文協会長は「記念碑建立のためには州各地から寄付が集まり、結束が強まった。
また来ていただいた時も迎え入れられるよう、維持していければいい」と喜んだ。
両殿下は式典前にはドン・ボスコ博物館で、州近辺に生息する昆虫や野鳥、
またインディオの装飾品を御見学。ジルセウ・マルセロ館長より、詳しく説明を受けられた。
前日1日には、ユネスコ世界自然遺産で、様々な動植物が生息する南パンタナールの入り口ミランダに入り、
ブラジルの大自然を堪能されたという。
http://www.nikkeyshimbun.jp/2015/151106-71colonia.html


サンパウロ新聞
秋篠宮ご夫妻、熱帯のベレンご訪問 アマゾン移民の歴史に思い馳せられ
2015年11月6日
にこやかに児童らへのごあいさつも
【ベレン支局・堤剛太支局長】3日午後、アマゾン河々口の街パラー州ベレン市を訪れた秋篠宮ご夫妻は、
歓迎会式典会場である汎アマゾニア日伯協会を訪れ、会場に集まった邦人・日系人等から熱い歓迎を受けていた。
午後3時半、会場を訪れた秋篠宮ご夫妻は正面入り口で日系学校の児童らが打ち振る日伯両国旗の小旗で
出迎えを受けられ、にこやかに児童らとあいさつを交わされていた。
日系代表者らとのご懇談後、小サロンで地元日系団体代表者など25人と約1時間ご懇談。
今回、ご訪問が叶わなかったトメアスーからも乙幡敬一文協会長や叙勲者の沢田哲氏、新井範明氏らが
ご懇談の場へ招待されていた。乙幡会長は「トメアスーの日系人一同が、殿下のご健康をお祈りしています」と、
同地からのメッセージをお伝えできたと喜びを語っていた。
礼宮さま時代の1988年、初めてベレンを訪問された折り、
ベレン市内の日系人土産物店で紀子さまへの買い物をされたことがあるが、
この店の経営者だった山本陽三氏は「殿下が、『バッファローの皮で作られたバッグでしたね』と、
ちゃんと覚えておられたのには感動しました」と満面の笑みで殿下とのご懇談の感想を語ってくれた。

◆ミニ物産展
ご懇談後秋篠宮ご夫妻は、1階神内講堂での歓迎式典会場へ向かわれたが、
会場入り口の脇に設けられていたミニ物産展のスタンドで足を止められ、
熱心に展示品に見入っておられた。
このスタンドは、トメアスー総合農業協同組合(小長野道則理事長)が
同地の生産物であるピメンタ(胡椒)、カカオ、アサイー、クプアスー
マラクジャー等の作物を展示しているもので、組合の菅谷理事等がご説明を行っていた。
当初、トメアスーへのご訪問も計画されていたが、時間の制約上からか実現成らなかっただけに、
殿下はこのミニ物産展に強い関心を示され、SAFTA(トメアスー方式森林農法)の意味を尋ねられたり、
カカオ、アサイーなどの製品の日本への輸出などに興味を示されていた。
◆歓迎式典
午後4時半から開始された式典会場には300人を超す邦人・日系人が駆けつけ、
ご入場される秋篠宮殿下ご夫妻に対し、一斉に椅子から立ち上がり熱い拍手で歓迎の気持ちを伝えていた。
長島ジュリア、成田アメリア両氏の司会でプログラムが進められ、
北伯県人会協会の山本陽三会長の開会の辞で式典が開始された。
まず、ブラジル空軍音楽隊による日伯両国歌の演奏、次いで開拓先亡者への黙とう後、
汎アマゾニア日伯協会の生田勇治会長より両殿下歓迎の言葉が述べられた。
生田会長は、皇室のベレンご訪問が今回で4回にも及んだことへの喜びと感謝を伝え、
1929年に始まるアマゾン地方での日本人移民の功績や、
日本文化普及事業への思いを語った。次いで、歓迎の花束贈呈が本年・前年度の
ミスニッケイである戸田さゆりさんと岩坂ジャデーさんより
秋篠宮ご夫妻に行われ、ご夫妻はにこやかな表情で花束をお受け取りになられていた。
この後、秋篠宮殿下より「困難を克服し安定を築き上げてきた
86年のアマゾン移民の歴史に思いを馳せる」旨のお言葉が述べられ、
集まった邦人・日系人等の中には、感動で涙をぬぐう人も多数見られた。
佐藤平治元日伯協会会長の万歳三唱、山本陽三北伯県人会協会会長の閉会の辞で式典は滞りなく終了された。
この後引き続き、ベレン琴の会、和太鼓「鼓どん」グループの演奏で歓迎会は締めくくられた。
秋篠宮ご夫妻が退場される際には、感動した入場者らがご夫妻を取り囲み、
お付きの人や警備担当者が慌てる一幕も見られた。
この日の夜は、パラー州シモン・ジャッテーネ州知事による晩餐会が催され、
この席上秋篠宮殿下は「88年にベレンを訪問した際、
エミリオ・ゲルジ博物館でペイシ・ボーイを初めて見たことが一生の思い出となった」と、
27年前の楽しい思い出を語っておられた。
2015年11月6日付
http://saopauloshimbun.com/archives/47621#


ニッケイ新聞
最終訪問地リオをご堪能=皇室〃ゆかり〃の植物園=日系人らと親しくご歓談
2015年11月10日
秋篠宮同妃両殿下は最終地リオに6日夜、到着された。翌日から植物園、
フェルナンド・ペザン州知事官邸、リオ日系協会での歓迎会などに出席された。
ブラジル国内10都市の最後にふさわしいブラジル文化を体験される一幕もあった。
各地日系社会に感動の余韻を残しつつ、8日夜の便で帰国の途についた。
両殿下は7日、リオ植物園を訪問された。同園内にある日本庭園は、日伯修好100周年の1995年に建設され、
紀宮さま(黒田清子さん)が訪れたことから「清苑」と名付けられている。
97年には天皇皇后両陛下、08年には皇太子殿下もご訪問された皇室ゆかりの場所。
今年の外交樹立120周年記念事業として改修工事が進められていた。
秋篠宮殿下は、公園内の博物館であった記念式典で
「両国の友好関係の象徴ともいえる日本庭園がこの機会に美しく整備されたことは感慨深い」とスピーチされた。
記念プレートの除幕後、鹿田明義・リオ州日伯文化体育連盟理事長の案内で、小雨の降るなか、
園内を散策された。塗装された太鼓橋や東屋にも足を止められた。
午後には、ペザン州知事主催で官邸であった昼食会にご出席。来年のリオ五輪に
「多くの人々が集い、印象深い大会になることを心よりお祈りしています」と話された。
リオ日系協会であった歓迎会にもご出席、日の丸を振る生徒たちの出迎えを受けた。
鹿田理事長のリオや協会についての説明、日本人学校の児童らの合唱にもしっかり耳を傾けられ、
約140人の日系人らと懇談した。
最後に用意されたサンバショーで、カイピリーニャを口にされサンバのステップを笑顔で踏まれる場面もあり、
最後の訪問地リオをご堪能された様子だった。
88年の前回ご訪問時にリオ日系協会の会長を務めていた牧田弘行さん(81、東京)は
「その節はありがとう、とのお言葉を頂いた。お話しぶりもご立派になられた。
紀子妃殿下もお美しかった」と感想を話した。
ご夫妻は8日、リオの博物館などを視察した後、帰国の途に就いた。
http://www.nikkeyshimbun.jp/2015/151110-71colonia.html


【秋篠宮同妃両殿下ご来伯特集第2弾】アマゾン 
にこやか、気さくに握手=歓迎式典の出席者とご歓談=「とても親しみが湧きました」
2015年11月14日
皇室がパラー州都ベレンをご訪問されるのは、今回が4回目。
最初は皇太子同妃時代の天皇皇后両陛下が1978年(移民70周年)、
2回目は礼宮時代の秋篠宮殿下が1988年(移民80周年)、
3回目は両陛下が1997年(移民90周年)に来られた。
秋篠宮殿下は27年前のご訪問をふまえた内容のお言葉をあちこちで述べられ、
アマゾン地方に強い関心を持たれている様子だった。
3日、汎アマゾニア日伯協会で行われた約300人による歓迎式典で両殿下と話をした人や、
歓迎準備に奔走した皆さんにその時の様子を聞いてみた。
汎アマゾニア日伯協会の生田勇治会長らは3日昼、ベレン空港にご到着を出迎えにいった。
「お疲れさまでした。ようこそお出で頂き、ありがとうございます」と秋篠宮殿下に挨拶した際、
生田会長はつい習慣で手を出した。すると殿下も気さくに握手で応えられ、妃殿下も。
それに続いた堤剛太副会長も「ようこそいらっしゃいました」と握手。
事前に総領事館からは「ブラジル式挨拶は禁止」とのお達しがあったにも関わらず、出だしからなかば当地式に。
生田会長は「秋篠宮殿下は本当に親しみやすい方。妃殿下もシンパチカ(社交的)。
それにブラジルに来られる前に、わざわざ横浜の海外移住資料館や、
神戸の『海外移住と文化の交流センター』に足を運ばれ、
移民の歴史を勉強されてから来られている。本当に立派な方だ」と感心した様子を見せた。
式典後、婦人会の河口祐子会長(71、福岡県)は「まさか妃殿下と話ができるとは思わなかった。
なんでも妃殿下は、日本で婦人関係の団体の顧問をしていらっしゃるそうで、お声をかけていただきました」。
おそらく恩賜財団母子愛育会の総裁に就任されている件のことだろう。
「とても話しやすい方で、親しみがわきました。殿下からも『来て何年ですか?』と
質問していただき、『40年になります』と答えました」という。
同婦人会は平均年齢70歳、会員数は60人余り。3カ月に一度、誕生会をするなどの活動を続ける。
会計の三浦千香子さんも「写真まで一緒に撮っていただき、本当にうれしかった」と語った。

式典準備に気合い入れ=アマゾンならでは花材で
歓迎式典当日の朝から講堂入り口では、勅使河原和風会アマゾン支部が特別な生け花を用意していた。
参与の清水映心さん(71、群馬県)は「めったにないことなので気合が入ります」と忙しそうに手を動かす。
「バストン・ド・インペラドール(帝王の杖、桃色)を中心に、シャペウ・デ・パナマ(緑色)、
シャンプー(黄色)などアマゾンならではの花材で歓迎いたします」。
五十嵐皇花さん(68、神奈川県)も「天皇皇后両陛下が来られた97年にも
歓迎式典会場の平和劇場に生け花を生けさせてもらった。
その2年前に免状をもらったばかりだったので、とても感慨深かった。今回も張り切っています」という。
「後輩のお世話に」と恐縮=東京農大校友会の田部さん
歓迎式典の前、東京農大のベレン校友会会長をする田部軍司さん(73、神奈川県)には、
同協会の事務局で戸惑いの表情を見せていた。
というのも、殿下から事前にご指名があったからだ。「殿下は自然科学に深いご興味を持たれている関係から、
東京農大の非常勤講師をされていると聞いている。
その関係かと思うが、何を話していいやら」と喜びの表情を浮かべた。
1967年にサンタイザベルに入植し、以来現在までそこで農業一筋の人生だ。主に菊やデンデ椰子を生産する。
「僕は6期生だが、2期生なんかは一つのクラスから3分の1がトメアスーに入植した。
僕らは杉野忠夫先生の薫陶を受け、『海外発展』という考え方に心酔していた。
みんな後悔していないと思う」とアマゾン開拓に賭けた生涯の一端をふり返った。
式典後にもう一度尋ねると、「どうも僕の後輩が、殿下が東京農大に来られるたびに応対している関係で、
ご指名があったようだ。『田部さんの後輩の方にお世話になっています』とおっしゃられ、恐縮至極です」とのこと。
式典のアトラクションを担当した琴の会(丸岡邦子代表)4人の一人は、
田部さんの妻奈津子さん(69、神奈川県)だ。「目の前を妃殿下が通られた時、
『さきほど琴を弾かれていた方ですね。素晴らしい音色でした』とのお言葉をいただきました。
とても気さくに話しかけていただき、握手までしていただきました」と満面に笑みを浮かべた。

「パラー州の郷土食を」
丸岡美智子さん(39、二世)は「皇后陛下のお名前をいただき、両親が私に付けてくれました」とほほ笑む。
丸岡さんが生まれた3年後には、皇太子同妃時代の両陛下が実際にベレンをご訪問された。
マニソバやパット・ノ・トゥクピーなどの代表的な料理名を挙げ、
「日本では大豆から味噌や醤油を作るが、ここではマンジョッカが全ての郷土料理の基本。
秋篠宮同妃両殿下にはパラー州が誇る郷土食が堪能していって頂きたいです」との期待を語った。
http://www.nikkeyshimbun.jp/2015/151114-a1especial.html


秋篠宮両殿下=JICA青年らとご懇談=各地での奮闘に感心される
2015年11月14日
【既報関連】10月末から12日間当地に滞在された秋篠宮同妃両殿下は同28日午後、
聖市内ホテルで各地に派遣中のJICAボランティアと懇談された。
日本語教師、介護など様々な方面で奮闘中の58人に対し、両殿下は一人ひとりの声に耳を傾けられた。
青山将之さん(30、静岡)は「現職教員特別参加制度」でパラー州トメアスーに派遣。
「『日伯の子どもの違いはありますか』と尋ねられ、
ブラジルの子どもはとにかく元気がいいとお伝えしました」と話した。
また両殿下は日本語教師ボランティアから出た
「言語を学ぶときは文化も同時に学ぶことが重要」という発言に、深く感心されていた。
JICAブラジルの那須隆一所長は、「当地には『日系社会ボランティア』があり、
日本語教師の需要も大きい。日本文化を継承させたいという意思や、
日系人のアイデンティティ確立を支援する活動を分かっていただけたのでは」と話した。
またブラジル日本語センター(板垣勝秀理事長)が日本語学習者に向けに実施している
「ふるさと日本の旅」の歴代参加者とも御懇談された。
同制度でこれまで約200人の日系青少年が、05年より5回の実施の度に秋篠宮御一家を訪問、
御接見を受けている。
参加した33人の中には御家族と撮影した写真を持参し、成長した姿を見比べていただく姿もあり、
両殿下の笑顔を誘っていた。
http://www.nikkeyshimbun.jp/2015/151114-73colonia.html