天皇家のお食事

■昭和天皇のお食事 渡辺誠著・文春文庫

そうそう、サンドイッチのサイズで思い出したことがあります。
後に美智子皇后から、もう少しサイズを小さくしてほしいというご要望がありました。
お客様とお話をしているときに、口の中に食べ物を入れてお話をするわけにはいかないので、
うんと小さくすればさりげなく食べることができるということで、
それまでの九つ切りから十二切りにしました。
しかし、これにはかなりのテクニックを必要としました。切りづらいため、つい力が入り
パンの表面に指のあとがついたりしたら、作り直しということになります。
大膳のサンドイッチへのこだわりは、当然ことながら箱に詰めたときの美しさにもあります。
切り口を見せずに真平らになるよう、切り口が横を向くように詰め込みます。表面がデコボコになってはいけない。
切られていない一枚の白いパンがそこにあるように見せなければいけないといった具合です。
ということは、サンドイッチの中身によって厚さがそれぞれ違いますから、それを全部調整するわけです。
例えば、ジャムを他の具と同じ厚さに挟むと甘すぎることになるますから、パンの厚みで調整します。
そして、大高檀紙の紙箱に、隙間がないように、きれいに詰めます。
この箱から取り分けるのが主膳の役目ですが、新人がこのサンドイッチを初めて見たときは、
パンとパンの境目がわからないように、あまりにびっしりときれいに入っているので
「本当に切れているんでしょうか」と聞くのが定番の質問でした。
このサンドイッチで、昭和天皇をますます敬愛することになったエピソードがあります。
大膳にはいりたての若い頃の話です。先輩がサンドイッチを作り、
私はそのサンドイッチを持って初めて陛下のお供をして那須の山をほかの皆さんと歩きました。
主膳さんが侍従に「そろそろお時間でございます」と伝え、
侍従が陛下に「そろそろお時間でございます。いかがでございましょう」と申し上げると、
陛下は「じゃあお昼にしようか」というようなことをおっしゃいます。
そこで私たちはすぐにテーブルを出してセッティングします。旅先のことですから、ごくごく簡単なテーブルです。
そのときに、生まれて初めて陛下のもとにサンドイッチをお持ちしました。
本来は主膳さんがするべきことですが、主膳さんはテーブル・セッティングをしていて、
旅先ということもあり、「渡辺さん、あなた自分で持っていきなさい」と言われ、
そのときは私が主膳さんのかわりに、女官さんのもとへ運びました。
おそばで女官さんとのやりとりをうかがっていると、陛下は、「イチゴジャムを」とおっしゃいました。
「他にはいかがでしょうか」「イチゴジャム」とまたおっしゃる。
生まれて初めて陛下のおそばにいたので、私はブルブル震えるぐらい大変に緊張していましたが、
そういう雰囲気の中でも、陛下はジャムだけをとおっしゃるので、
陛下はイチゴジャムがよほどお気にいりなのだと思った記憶があります。
そうして、イチゴジャムのサンドイッチを三切れほど、陛下のお皿にお箸でお取りしたら、
「あとは、皆に」とおっしゃるのです。残ったものを皆で分けるようにというのではありません。
陛下はまだお食事の前です。私は聞き間違いかと思い、きょとんとしていたら、
女官さんから「皆さんに回してあげてください」と指示がありました。
サンドイッチの箱には結構な数が入っているとはいえ、随員が三十人ぐらいいるわけですから、
一切れずつ分けたら、陛下が召し上がる分がなくなってしまうわけです。
職員には弁当の用意があることは、陛下はよくご存じのはずです。
しかし、女官さんからの申しつけですから、私はそのサンドイッチを皆さんにお持ちし、
一切れずつお取りいただきました。そして、「皆さんにお取りいただきました」と女官さんに伝えました。
女官さんが陛下に「みんなの手元にいったようです」といった意味あいのことを
お伝えになったのではないでしょうか。「あ、そう」というお声が聞こえました。
「じゃあ、食べようね」とおっしゃって、
陛下がご自分の好きなイチゴジャムのサンドイッチをお口に入れられた瞬間に
「美味しいね」というお声が耳に入りました。
私が作ったわけではありませんが、自分に言われたことのようにうれしくなりました。
たぶんそのときは、私の記憶に間違いがなければ、皇后陛下のほうを向いておっしゃっておられたように思います。
私はそのとき、陛下が残りものをみんなで分けるという発想ではなく、
ご自分が召し上がるときに、ご自分のものを一口ずつでも分け与えて、
同じものを食べようという、まるで家族のようなお気持ちの温かさに心を打たれたのです。
これがきっかけで、昭和天皇のことをとても身近に感じると同時に、憧れが尊敬に変わり、
陛下にお仕えする臣下としての誇りをさらに強く持つようになりました。

■殿下の料理番 渡辺誠著 小学館文庫

現在の皇太子殿下がまだ小学生か中学生でいらしたころのこと。
学校でミカンがひとつずつ配られたことがあったのだそうです。
ところが、お直しのミカンしかご存知なかった殿下は、ミカンの皮の剥き方がわからず、
そのまま持ってお帰りになりました。
その話をお聞きになった美智子さまが、なにごとも皇室のやり方だけでなく、
世間一般ではどのようにされているかということも殿下には知っていただくようにしたい、
とご要望になったと伝えられています。

「フォアグラのおもてなし」
皇太子から侍従を通して「ロッシーニはできますか?」という問い合わせがありました。
ロッシーニはフィレ肉の上にフォアグラをのせたお料理。
ふだん高級食材を使う料理を指名なさることはないので珍しいと思いました。
殿下は、雅子さんは肉類がお好きらしいということをお知りになって「ロッシーニを」と望まれたのでしょう。
あとで知ったのだが、その日は雅子さんのお誕生日だったということです。
皇太子はずっとメニューのリクエストなどしたことなどなかった。
フォアグラは通常は缶詰のものを出していたけれど、外国から空輸された「フレッシュフォアグラ」を所望された。
中国料理のときは初め渡辺さんが提案したメニューにダメ出しして、もっと豪華なものに変更した。

やがて、私は妃殿下から「ミスター渡辺」と読んでいただくようになりました。
一般職員に「ミスター」の敬称は過ぎた呼び名なのですが、
お料理をお教えしたりするところから、敬意を表してくださったようでした。
私は、「ミスター渡辺を呼んでください」というお声がかかるのを、心待ちにするようになりました。

宮内庁が管理する宮殿の酒類貯蔵室に本格的なワインセラーが設けられたのは意外に最近で、
平成九(一九九七)年のことです。(中略)
宮殿の貯蔵室ほどではありませんが、東宮御所にも常時、銘醸ワインのストックがありました。
愛好家垂涎の高級ワインに囲まれているからといって、ふだんそれを召し上がることはありません。
それはあくまでも大切なお客さまのためのものでした。

紀宮様
食事会にラップで包んで蒸したムースをお出しした時、戻ってきた紀宮様のお皿に、
ナイフとフォークに隠すようにしてラップの切れ端が置かれていた。真っ青になってお詫びに行くと
「いいえ、私のところでよかったです。大丈夫ですから、気にしないで下さい」と微笑んで下さった。

昭和天皇
和食担当のお出ししたマナガツオの焼き物が生焼けで給仕の女官が気づき問題になりかけたが、
陛下は「マナガツオというのは、一年で一週間だけ生で食べられる時期がある。
においがなくて、そのまま刺身で食べる地域もあるという。今日のはそれだったんだね」とおっしゃった。
このお言葉のお陰で、担当者は注意だけで済まされた。


■天皇家の食事 
天皇家の食事 1日1800kcal、化学調味料使わず塩分10g以内
ともに78才というご高齢で、さらにご病気も抱え、体調も万全でないなか、ほとんど休みもなく
“国民のために”と激務を続けられている天皇皇后両陛下。
お体の健康を維持するため、日々、細心の注意を払われ、ケアしてこられたが、
日々、どのようなお食事を召し上がっているのだろうか。
「陛下は高校生の頃の体形をいまも維持されているんですよ。スーツなどの寸法はほとんど変わっていない。
それほど健康のために食事には気を使われているんです」
こう話すのは、陛下の学習院初等科時代からのご学友でジャーナリストの橋本明氏だ。
天皇家の食生活は、医食同源として食で健康を目指す“食養学”に基づいている。
両陛下の食事を実際に作るのは、宮内庁大膳課の職員。大膳課は5つの係に分かれ、
第1係は和食、第2係は洋食、第3係は和菓子、第4係はパンと洋菓子、
そして第5係が東宮御所担当となっており約50人が勤務している。
メニューは主厨長と副厨長が2週間分を考える。
基本的に朝は毎日、トーストやオートミールなど軽めの洋食で、昼食と夕食は和食と洋食が交互に出される。
昭和天皇時代に約5年にわたって宮内庁大膳課に勤め、現在は東京・江古田で
『ビストロ サンジャック』を開いている工藤極氏はこう語る。
「大膳課の職員は陛下のことを“聖上”とお呼びしていました。私が大膳課に入って、
まず言われたのが“聖上には糖分・脂分は控えるように”ということでした。
素材が本来持っている淡い味を引き出すような調理を心がけました。
それととにかく食材を使い切れということを口酸っぱく言われました」
侍医から“1日1800kcal”という指示があり、市販の化学調味料は一切使わず、塩分も1日10g以内だったという。
そして調理の基本とされたのが「一物全体食」という食材を余すことなく使い切るという考えだったという。
「それが栄養のバランスが偏らないようにする大膳課に伝わる伝統なんです。例えば、野菜の皮は、
後でスープの具にしたり、葉物なら後日漬け物にします。鶏肉も、胸肉、もも肉は主菜に使い、
手羽は後日、スープの具に。骨はスープのだしを取るのに使い、
ぼんじりは軽く揚げてつけ合わせにするといったようにです」(前出・工藤氏)
材料は厳選されたものを使うのだが、新鮮な肉、野菜、乳製品といった
食材のほとんどが栃木県高根沢町にある御料牧場で生産されている。
広さは約252ヘクタール(東京ドーム約54個分)と広大な敷地ながら、
“天皇家の台所”である場所だけに周囲の至るところには“関係者以外立ち入り禁止”の
看板が設置される徹底ぶり。それだけ安全・安心な食材を細心の注意を払って天皇家の食卓に届けている。
前出の工藤氏がもうひとつ叩き込まれた基本が「明治の料理の三大原則」だった。
「“焦がすな”“捨てるな”“腐らすな”と非常にシンプルなことでした。
つまり商品にならないものを作らない、余った食材は捨てる前に何か使えないか考えろ、
在庫を把握して常に鮮度を見ろというものでした」
そんな徹底した“食養学”の下、食卓に並ぶ料理。昭和天皇は絶大なる信頼を置き、召し上がっていたという。
「聖上はいつも腹八分目で終え、おかわりをされることは一度もありませんでした。
食事に対してリクエストや好き嫌いを言われることはなく、出されたものだけを召し上がり、
食後のお菓子以外は間食もしない。アルコールも一切口にされませんでした。
ちなみに好物はバナナのベーコン巻きや鰻茶漬けでしたよ」(前出・工藤氏)
※女性セブン2012年11月29日・12月6日号
http://getnews.jp/archives/274511


■バナナのベーコン巻?/園遊会
佳子さまも召し上がった? 「バナナのベーコン巻」秘話〜皇室の「食」知られざる真実
日経ウーマンオンライン(日経ウーマン) 9月15日(火)6時55分配信
東京の真ん中に位置する皇居。実は、手つかずの自然が残る、貴重な場所なんです。
――皇居と皇室にまつわる「知られざる真実」を、
数々の皇室番組を担当してきた放送作家のつげのり子さんに教えていただきました。

秘話その3 「バナナのベーコン巻」って? 皇室の方々が召し上がっている料理とは…
ドラマ「天皇の料理番」が人気を博し、昭和天皇の料理番だった谷部金次郎氏が出したレシピ本も
売れ行き好調とのこと。両陛下を始め、皇室の方々は、一体、どんな料理を召し上がっているのでしょう?
宮内庁大膳課という部署に所属する料理人が作ること以外は、普通の人と変わりない、家庭料理です。
贅沢な物を口にしているわけでもありません。
ただ、天皇の料理番が作るのは、手間暇を惜しまず、材料を徹底的に使いきり、
もうま味調味料などは使わない、元祖スローフード。
たとえば、前日にアマダイの蒸し焼きを出したら、翌日はアマダイの頭で出しをとった潮汁にする。
「一物全体食」といって、食材を全部使うことで、栄養バランスが偏らないようにする。――といった具合です。
そもそも、皇室の食材費は税金によるものなので、決められた予算の中でやりくりしているのです。
天皇皇后両陛下の朝食は、昭和天皇の時代から、特別なことがない限り、洋食。
明治以降、食生活が洋風化されたためもあるもかもしれません。
さて、昭和天皇がお好きだった、意外なメニューがあります。
それは、「バナナのベーコン巻ソテー」。
お気に入りで、肉料理のときに、これを添え、召し上がっていたといいます。
天皇家の食卓は、食物を大切にし、古き良き日本の食の真髄に貫かれているのです。

秘話その4 園遊会で出される「名物料理」とは?
その年に活躍した人たちを招いて、天皇皇后主催で催される、園遊会。春と秋に行われ、
およそ2000人の人が招待されます。招待されるのは、衆・参両院の議長、内閣総理大臣、国務大臣、
最高裁判所長官、都道府県の知事、産業・文化・芸術・社会事業などの分野で
功労のあった人とそれぞれの配偶者です。
さて、ここでは、どのようなおもてなしが行われているのでしょうか?
園遊会の名物といえば、ジンギスカン。これは、宗教上の理由から、
牛や豚を食べられない外国の招待客を配慮したもの。
使われる羊肉は、皇室専用の食材を育てる牧場「御料牧場」で育ったもので、いわば、園遊会の名物と言われています。
他にも、焼き鳥屋サンドウィッチなどがあり、テントの中で、料理人たちが作ってくれます。
http://wol.nikkeibp.co.jp/article/trend/20150831/212977/?ref=lg_pc


■秋篠宮家のカレー
佳子さまもお気に入り…元料理番が語る「秋篠宮家のカレー」
WEB女性自身 / 2015年7月11日 6時0分
「実は天皇ご一家、みなさんカレーライスがお好きです。
とりわけ、眞子さまや佳子さまが幼かったころの秋篠宮家では、毎週『火曜日がカレーの日』と決められていたほど」
こう語るのは、 99年から宮内庁管理部大膳課に所属し、秋篠宮ご一家の料理番も務めた宮田拓矢さん。
「紀子さまから最初にいただいたリクエストは、市販のカレールウを使わず、野菜を多く使うということでした。
おそらく、お子さま方に自然な味で、野菜をいっぱい食べてほしいというお気持ちがあったのだと思います。
具を小さく切ったり、辛くならないようフルーツを使ったりとの工夫も」
そんな試行錯誤の末に生まれた元気になるカレーのレシピを、特別に公開してくれた。
《秋篠宮家のある火曜日のチキンカレー》
【材料】(4人分)
〈肉と野菜〉鶏もも肉 1枚、熟したトマト 4個、マッシュルーム 4個、
じゃがいも 1個、にんにく 1かけ、しょうが 1かけ、玉ねぎ 1個、にんじん 1本、
ブロッコリー 1/4株、チキンブイヨン 500cc、塩・こしょう 各適宜
〈スパイス類〉カレー粉 大さじ2、パプリカパウダー 大さじ1、ターメリックパウダー 大さじ1/2、
ガラムマサラ 大さじ1/2、クミンパウダー 大さじ1/2、ローリエ 1枚、パセリの軸 1本
〈隠し味としてプラス〉熟したバナナ 2本、りんご 2個、ハチミツ 大さじ2、
プレーンヨーグルト 大さじ2、チーズ 大さじ4、しょうゆ 大さじ1/2、ウスターソース 大さじ1/2
〈付け合わせ〉パイナップル、レーズン、らっきょう、福神漬け

【作り方】
〈1〉トマトは湯むきし、横半分に切って種を取り出しておく。
〈2〉鶏もも肉は一口大に切り、塩とこしょうをふって、フライパンで軽くソテーする。
〈3〉マッシュルームを半割りにし、フライパンで軽くソテーする。
〈4〉乱切りにしたじゃがいもをゆでる
〈5〉深めの鍋にサラダ油(分量外)を適量入れて、
にんにくとしょうがをキツネ色になるまで弱火で炒めて、香りを出す。
〈6〉鍋にくし切りした玉ねぎ、乱切りしたにんじんを入れたら、塩をひとつまみふって軽く炒める。
〈7〉チキンブイヨンと〈1〉のトマト、スパイス類をすべて入れ1時間ほど煮込む。
〈8〉鍋に〈2〉〈3〉〈4〉の鶏もも肉、マッシュルーム、じゃがいもを投入。
そこに熟したバナナをミキサーにかけたもの、りんごをすりおろしたもの、
ハチミツ、プレーンヨーグルト、チーズを入れて、しょうゆとウスターソースで味を調える。
〈9〉可能であれば数日間冷蔵庫でねかせてから、食べる直前にゆでたブロッコリーを入れて温めなおせば完成!
 
「注意してほしいのはじゃがいもの煮崩れ。
竹串が通るくらいに火を通しておいたものを、最後に入れてください。
付け合せにもこだわりました。味に変化がつくようにとパイナップルとレーズンを。
最初にこのカレーをご一家にお出しして、何も残っていない白い皿が戻ってきたときは本当にうれしかった。
ホッと胸をなで下ろしました(笑)」(宮田さん)
http://news.infoseek.co.jp/article/joseijishin_d12513/




大公開!これが「天皇の料理番」の実像だ
両陛下とお寿司