週刊朝日2019年1月18日号 保阪氏×岩井氏

続く皇室からの発信 雅子さまに触れなかった意図は?
永井貴子2019.1.9 07:00

天皇陛下の涙の誕生日会見や秋篠宮さまの大嘗祭(だいじょうさい)発言など、
代替わりを目前に控えたいま、皇室からの発信が続いている。
歴史から皇室のあり方を読み解くノンフィクション作家の保阪正康氏と、
宮内庁取材の第一人者である元朝日新聞編集委員の岩井克己氏が語り合った。

■「長官は聞く耳を持たなかった」 秋篠宮さま発言に込められた深謀遠慮

保阪:あの会見で、秋篠宮さまは記者の質問に答える形ではなく、意図して大嘗祭の話題を切り出しました。
天皇陛下と皇太子さま、秋篠宮さまの三者会談で事前によく意思を確認し合っていた、という印象です。

岩井:そもそも、大嘗祭については、昭和天皇も私的なお金の内廷費を積み立てて行うべきものと考えていました。
さらに、弟の高松宮も「大嘗宮を建てなくても、毎年の新嘗祭(にいなめさい)を行っている
神嘉殿(しんかでん)でやればいいじゃないか」と話すなど、政教分離のけじめをつける前提で考えていた。

憲法の定める政教分離の原則に照らして、大嘗祭への国費支出が合憲かどうか、いまだ議論は尽くされていません。
前回、内閣法制局は「公的色彩のある私的行事」という強引でグレーなカテゴリーを作り、
大嘗宮建設などに22億円もの国費を支出した。批判は消えていないし、
大阪高裁も「違憲の疑いは一概には否定できない」と指摘しています。

保阪:なのに官邸は、前例踏襲で議論をしないまま進めてしまった。

岩井:秋篠宮さまの発言は、皇室内でもこうした意見があるのだと、
記録にとどめておこう、という意味の発信だった。

大嘗祭に反対というわけではない。既に大嘗宮の造営が決定している兄の即位儀式に波風を立てたいのではない。
将来、秋篠宮さまが即位する場合は、政教分離のけじめをつけたいという宣言だったのでしょう。

保阪:なるほど。ところで、山本信一郎宮内庁長官への「聞く耳を持たなかった」というのは、
普通であればケンカごしの強い言葉です。秋篠宮さまは、言葉の強さをどこまで意識していたのか。

岩井:あれは、秋篠宮流の深謀遠慮でしょう。

つまり、早々と「前例踏襲」の方針を固めていた官邸に対し、
山本長官がのっぴきならない立場に立たされないよう、あえて「長官にスルーされた」と発信し、
山本長官が「申し訳なかった」と応じ、官邸と皇室との「平行線」を印象づけたのだと思います。

■天皇誕生日涙の会見で皇太子妃に触れなかった理由/明確化したい雅子さまの皇室行事参加ルール

岩井:涙もろくなられた。沖縄の犠牲に触れたあたりから感極まられた。
沖縄については、退位後も心を寄せるとの気持ちまで述べられている。一生懸命やってこられたのだと感じました。

ぎょっとしたのは、30年を振り返る中で、
「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」という一語が出てきたこと。
近現代4代の天皇のうち、在位中に戦争がないのは平成が初めてですが、「安堵」と表現したのが、すごいなと思いました。

保阪:生前譲位だからこそ、こうしたことが言えたわけです。
明治、大正、昭和の天皇が「生前譲位」をしていたら、どう言ったのだろうかと興味がありますね。

気になったのは、天皇は「安堵」の直前に、「先の大戦で多くの人命が失われ、また、我が国の戦後の平和と繁栄が、
このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、
戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切」と話した部分です。
つまり、戦争と犠牲、そして沖縄を忘れず、「正しい歴史」を継いで、若い人に理解してほしいというメッセージです。
一般的に「正しい」という主観的な表現がいいとは思わない。
しかし、この会見には自分でつくってきた天皇像への自負が込められており、
歴史的な透視力のあるプロパガンダだと理解できました。

天皇陛下は、誕生日のメッセージの終わりに、新しい皇室について、
「天皇となる皇太子とそれを支える秋篠宮は共に多くの経験を積み重ねてきており、
皇室の伝統を引き継ぎながら、日々変わりゆく社会に応じつつ道を歩んでいくことと思います」
と皇太子さまと秋篠宮さまを出す一方で、皇太子妃である雅子さまについては、触れていませんでしたね。

岩井:伴侶の皇后について大変な支えであったと万感こもる感謝のことばを出しているのに。

保阪:あまり指摘されていないが、しっくりこないとの声もあるでしょう。本質的に重要なところだと思ったけれど。

岩井:触れると本人たちの負担になると、そう解釈するしかないですよね。

保阪:代替わり後のことだけど、雅子さまはどうなるのか。
たとえば宮中祭祀には、ほとんど出席なさっていませんね。
祭祀は、合理性や理屈では成立しない、近代知識で納得することが難しい面があるし……。
しかし、雅子さまは「どうして、こうする必要があるのか」と、頭で考えるタイプなんですね。
皇室の伝統や務めに対して。

岩井:最近、皇太子妃殿下も状態が良くおなりになって、
全国赤十字大会や「みどりの愛護」のつどいにもお出になったし、
15年ぶりに園遊会も最後まで出席なさったと報じられています。
ですが、皇太子さまお独りのものも含めても、皇太子ご夫妻が地方や外国にお出かけになるのは、
年間を通じて秋篠宮ご夫妻の半分ぐらい。そんな大勢はさほど改善されていない。

雅子さまは代替わりについて、「身の引きしまる思いが致します」とおっしゃっているけれども、
皇后の仕事のご負担は、量的にも質的にも、皇太子妃時代とは、ケタ違いに重くなる。
祭祀に至っては、長期療養に入ってからの15年間で皇太子妃の出番は300回くらいあったはずですが、
出席はわずか2回です。
このままでは、皇后は出ないが、皇嗣妃の紀子さまは出るという、深刻な問題が起きかねない。
東宮の機能不全が続いている現状について国民の理解を得ないままごまかして、
代替わりへと進めば、平成はじめの皇室バッシングのような批判が再び噴出しないとも限らない。
十分に承知した側近や宮内庁幹部が心してかかり、主治医が責任ある説明をていねいに重ね理解を求めないといけない。
まず今年、代替わりの重要な儀式を乗り越えられるか。
そしてその後の「新時代」にどのような軌道を敷いていくか。
皇后はあまり表には出ないというパターンをつくるならつくるで、はっきりさせることが重要だと思う。
ヨーロッパの王室のようにごくたまに国民の前に出てきて手を振るというのなら、それも仕方ない。

保阪:そんな時代になるのかもしれませんね。

(構成/本誌・永井貴子)

※週刊朝日  2019年1月18日号
https://dot.asahi.com/wa/2019010800044.html?page=1


「悠仁さまは2回、いまの天皇を救った」元朝日新聞編集委員が思う理由
永井貴子2019.1.11 06:00

平成皇室の30年が終わりに近づき、皇室のあり方などが議論されている。
歴史から皇室のあり方を読み解くノンフィクション作家の保阪正康氏と、
宮内庁取材の第一人者である元朝日新聞編集委員の岩井克己氏は、歴史の重みが継がれていくのか語り合った。

■過去の歴史の重みはどのように引き継がれるのか

岩井:保阪さんは昭和史の第一人者として、昭和の歴史、平成の歴史、その中で皇室についていろいろと取材し、
関係者の証言を積み重ねてこられました。
皇室側が歴史を正しく継承しなければならないと、皇太子家も秋篠宮家も子どもたちに聞かせたり
体験させたりしてらっしゃるが、こういう言い方をする人もいる。
「今の天皇はトランジットエンペラーだから昭和の負の遺産を清算するんだ。
そして次の世代は明るい屈託のない皇室であってほしい」と。
ですが、そんな軽いものではなく、過去にこんな重いことがあったのだ、
という事実を引き継がなければ皇室は成り立たない。そんな思いもあります。
ですが、そもそも引き継ぐことが可能なのでしょうか。

保阪:今の天皇は当然引き継いでいる。
記者会見で「私は昭和天皇の言うことがわかるようになりました」と述べていた。

今の天皇は自らにも、天皇の名前や地位、それ自体のなかにも戦争に伴う責任があるのだと、
直接、間接を問わず、思っているでしょう。やはりあの名前において、
何百万人も死んだ。直接命令したわけではなくとも、歴史的史実に対し、
父親である昭和天皇が責任を背負い込むのと同じように、今の天皇も感じていると思うんですよ。

岩井:両陛下がそうした問題について、自らができることは何だろうと日夜考え続けるのは本当に大変なことです。
ましてや死者たちの記憶を胸にとどめることがいかに大変なことか、察するにあまりあります。

保阪:昭和天皇は御学問所で教育を受けて帝王学を学んでいて、
「あなたの名前でいろんなことを行うけれど、それは国家の一機関として行うのであって、
あなたの人格や性格は関係ない、別問題なのだ」と言われ続けた。
今の天皇はそうした教育を受けていないから、天皇という名において行われること全体が、
自分の形として歴史を受け継ぎ、責任を背負い込むとのお考えだと思います。
だから追悼をする。それは心理的な清算なのだと思う。沖縄に行く、満蒙開拓平和記念館に出かける。
そして全国を島々まで回る。国民の声に耳を傾けたいと言うけれど、
国全体を戦争に巻き込んだことへの贖罪(しょくざい)意識があるのではないかと思えます。

ただ、沖縄やサイパンを訪問し、犠牲者のために祈るのは霊に対して祈るのか、
戦争に対する忌避の感情、憎しみ、繰り返してはいけないと誓うためなのか。
その考え方はまだ十分に知らされていない。

岩井:皇室としてそれをどうすべきか。次の天皇が考えていくのか。

保阪:考えるようになった瞬間、言葉と対応が違ってくるでしょう。
戦地に行って慰霊する意味を天皇は説明する義務があるわけです。
説明が単なる戦跡を訪ねて黙祷を捧げる、その行為だけで判断してほしいというだけでは済まないと思いますよ。
戦争の本質を天皇の人格やメッセージからどう読みとるか。

岩井:次の天皇となる皇太子さまは、天皇陛下、秋篠宮さまとの「三者会談」でどのように話し合われているのか。
近年、日本の繁栄は平和憲法によると繰り返しておられるが、それを引き継いでどのように実践するのか。
片鱗(へんりん)でもいいから胸中を国民に示していただきたい。
これから代替わりで発信する機会はいろいろとあるわけですから。その意識は孫の世代にまで伝わると思いますか。

保阪:孫に引き継ぐべきかという問題について僕は……。
そういえば、ある研究者が、秋篠宮家の悠仁さまに歴史について教えたことがあると聞きました。
6年生だけど、ものすごく勉強しているそうです。
悠仁さまは「どうして日本に原爆が落ちたのか」「どうして戦争になったのか」といくつも質問をしてきて、
その研究者はその経緯を易しく説明したそうです。
秋篠宮さまは、「統帥権」問題などについても質問し、紀子さまはそばでメモをとるなど、
親子で一生懸命勉強している様子がうかがえたようです。

岩井:悠仁さまは2回、いまの天皇を救ったと、僕は思っている。
ひとつは、小泉内閣で女性・女系天皇の論議が国論分裂に至ったタイミングで、生まれたとき。

保阪:悠仁さまが誕生したとたん、国を二分した議論は、ピタリと収まった。見事なほどでしたね。

岩井:2回目は、葉山の御用邸で陛下が孫の悠仁さまを和船に乗せたときです。
昭和天皇の和船に乗せて、一生懸命にこいで発作が起きたことで心臓病が明らかになり、
冠動脈バイパス手術で乗り切れた。そしてここまで、頑張れたのだと思う。

保阪:5月の代替わりまでわずか4カ月です。時代とどう向きあうか、
平成の天皇とどのような共通点があり、相違点があるのか。
皇統を守る「目的」のためにどのような「手段」が考えられていくのか、名実ともに問われていくように思います。

(構成/本誌・永井貴子)

※週刊朝日  2019年1月18日号
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