譲位日前後のニュース

<新天皇即位>秋田の献上品 平成改元時60万円、令和では100万円に  
河北新報社 2019/04/27 06:0
秋田県と県市長会、県町村会は、5月1日に天皇に即位される皇太子さまに
100万円相当の献上品を贈る方針を固めた。
即位を祝う献上品は平成改元時、60万円相当だった。
県が50万円、市長会と町村会は各25万円を負担する。献上品受け入れの閣議決定を待って正式に決める。
献上するのは秋田の伝統工芸の特注品となる見込み。
平成改元時は香炉を献上した。当時は県が30万円、市長会と町村会が各15万円を負担した。
市長会と町村会は今回、予備費から支出する方針。県は未定という。
献上品の額が大きくなることについて県秘書課は「他県の動向や30年の経過を考慮した。
支出額は確定しているものではない」としている。
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201904/20190427_41001.html

「分け隔てなく接せられ」 天皇陛下のいとこ、東伏見慈晃門主語る
2019.4.28 07:15
京都市東山区の古刹(こさつ)、青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)で
第49代門主(もんす=住職)を務める東伏見慈晃(じこう)さん(76)は、天皇陛下といとこの関係にある。
平成の時代を通じ、旧皇族として陛下と関わってきた慈晃さんの心には、
常に分け隔てなく人々と接せられる陛下のお姿が刻まれている。
天台宗の祖、最澄(伝教大師)が延暦寺(大津市)に建てた僧侶の住まいを起源とする青蓮院は、
皇室や摂関家の出身者で門主が受け継がれる門跡寺院。
門跡寺院は明治政府の神仏分離令に伴う廃仏毀釈(きしゃく)により、
門主の親王は全て門主を辞めさせられ、僧籍も剥奪された。この結果、皇室と仏教は分離され、
今では多くが形だけの「門跡」になっている。
そうした中、青蓮院は天皇家とのつながりが維持されている数少ない寺院のひとつだ。
慈晃さんの父で先代門主の慈洽(じごう)さんは香淳皇太后の実弟にあたり、陛下と慈晃さんはいとこ同士。
ただ幼少期に関わったことはほとんどなく、その後、旧皇族の会で陛下に近況報告する機会などができたという。
天皇、皇后両陛下は2度にわたり青蓮院を訪問されているが、慈晃さんは、そのときのお姿を、よく覚えている。
最初は平成14年5月27日の行幸啓。陛下や慈晃さんの曽祖父で、
親王としては最後の青蓮院の門主(門跡)を務めた久邇宮朝彦(くにのみや・あさひこ)親王に
お参りする意向を示した陛下は、朝彦親王の位牌(いはい)に静かに手を合わせ、いつまでも拝礼されていた。
「それだけちゃんと曽祖父のことが考えの中におありになるのだなと思い、敬服しました」
2度目は26年の元日に慈洽さんが亡くなる数年前。両陛下がお忍びで慈洽さんのお見舞いに来られた。
「慈洽さま、慈洽さま」。両陛下は慈洽さんの手を取り、声をかけられたという。
慈晃さんは「陛下のお姿が、数々の被災地で被災者を見舞われてきた陛下のお姿と重なった」と話す。
身をかがめ、膝をつき、一人一人の声に耳を傾け、声をかけられる両陛下。
「本当に分け隔てなく接せられるのだなと思いました」。きちんと国民のいる現場へ足を運ばれる陛下だからこそ、
人々の心に響くのだと慈晃さんは感じている。「慰霊の旅をなさるのもそういうことですよね」
https://www.sankei.com/life/news/190428/lif1904280007-n1.html

両陛下の歩み 大戦のご経験、慰霊の源流
2019.4.28 10:00
約200年ぶりの天皇陛下の譲位まで28日であと2日となった。
天皇、皇后両陛下は昭和天皇が果たせなかった沖縄訪問をはじめ、戦争犠牲者への慰霊の旅を続けられたが、
先の大戦の体験がその源流にあるとみる関係者は多い。
天皇陛下は昭和8年12月23日、昭和天皇と香淳皇后の長男として誕生された。
12年3月、3歳で両親の元を離れ、養育のために建設された赤坂離宮内の東宮仮御所へご転居。
15年4月に学習院初等科へ入学された。
その後、戦況の悪化に伴い、陛下は疎開生活を余儀なくされる。
初等科5年だった19年5月、静岡・沼津御用邸に始まり、同7月に栃木・日光の田母沢(たもざわ)御用邸、
20年7月に奥日光・湯元温泉へと居を転じられた。
父である昭和天皇の玉音(ぎょくおん)放送は、起居していた湯元温泉のホテル別館の「奥の間」で聞かれた。
「焼野原の中にトタンの家の建つ東京に戻ってみた状況は、現在の東京からは、とても考えられないものでした」。
20年11月に東京・原宿駅に帰京した際の様子について、平成5年の誕生日会見でこう述懐されている。
学習院中等科に進学された昭和21年、家庭教師として米国からバイニング夫人が来日。
夫人による教育は陛下の少年時代の人間形成に影響を与えたとされる。
高等科に進学後は、馬術部の主将を務めるなど多くのスポーツにも励まれた。
27年に学習院大政経学部にご進学。同年11月、
皇位継承順位1位の皇太子の立場を国内外に示す儀式「立太子の礼」に臨まれた。
翌28年には英国のエリザベス女王の戴冠(たいかん)式に昭和天皇の名代として出席するため、
約半年をかけて欧米14カ国を訪問された。
皇后さまは9年10月20日、日清製粉社長を務めた父、
正田英三郎さんと母の富美子さんの長女として東京都文京区でご誕生。16年に雙葉(ふたば)小学校に入学後、
19年からは陛下と同様に、戦禍を逃れるため神奈川県藤沢市や群馬県館林市、
長野県軽井沢町などに疎開されている。東京に戻られたのは終戦後の22年だった。
同年に聖心女子学院中等科にご入学。以降は高校、大学ともに聖心で学ばれた。
大学では文学部で英文学をご専攻。卒業式では総代として答辞を読まれた。
陛下との出会いのきっかけとなったテニスは高校で始め、大学では関東の大会で優勝された経験もある。
https://www.sankei.com/life/news/190428/lif1904280009-n1.html

譲位ご意向から2年8カ月、祝賀ムードで新時代
2019.4.29 18:54
天皇陛下が譲位の意向をにじませられた平成28年8月のビデオメッセージの公表から2年8カ月余。
昭和天皇の崩御という悲しみの中で始まった「平成」とは異なり、今回は代替わり前に平成の総括をしたり、
国民が天皇、皇后両陛下に直接、感謝を表したりすることができた。
祝賀ムードで時代の幕開けを迎えることは、譲位の利点の1つといえそうだ。
両陛下は譲位関連儀式として、3月に神武天皇陵(奈良県橿原市)、
今月は伊勢神宮(三重県伊勢市)と昭和天皇の武蔵野陵(むさしののみささぎ=東京都八王子市)をご参拝。
沿道では多くの国民が人垣を作って出迎えた。陛下は2月の在位30年記念式典で国民へ謝意を伝えられたが、
宮内庁幹部は「各地への参拝は、陛下のお言葉に対し、国民が感謝を示す場ともなった」と振り返る。
29年6月に譲位を可能とする特例法が成立。政府・宮内庁はそれぞれ式典委員会、大礼委員会を立ち上げるなど
代替わりの準備を進めた。儀式に関わる宮内庁職員の1人は
「水面下での準備を要した昭和とは全く状況が異なる」と明かす。
皇太子さまも万全の態勢で即位の日を迎えられる。25日には儀式の事前準備のため皇居をご訪問。
宮殿で所作などの確認を行われた。「これからのことを思うと、とても厳粛な気持ちになります」。
今年2月の誕生日会見では、即位を控えた心境を問う質問にこう述べられた。
次期天皇による儀式の準備や、即位前の心境ご表明は昭和時代にはなかったものだ。
昭和天皇が病床に伏した昭和最後の日々と平成の幕開けは、行事やテレビのバラエティー番組などが自粛されたが、
今回は各メディアが両陛下のお歩みにとどまらず、あらゆる角度から平成を総括して祝賀ムードを演出する。
https://www.sankei.com/life/news/190429/lif1904290024-n1.html

河北新報2019(平成31)年4月29日
202年ぶり59例目
終身在位制は明治以降
平成の退位は、陛下で59例目となる。
神話時代も含め125代とされる天皇家の歴史の中では、珍しいことではない。
退位の理由はさまざまで、天皇が病気になったり、幼い皇太子の代わりに即位した天皇が役割を終えたり、
意に沿わずに退位を迫られたりしたケースもあった。
退位は譲位といわれ、退位後に院政を敷いた上皇もいた。
初めて退位したのは、飛鳥時代の女性天皇だった皇極天皇とされる。
中大兄皇子らが大化の改新に着手したのを機に、皇位を弟の孝徳天皇に譲った。
平安時代の平城天皇は病気のため退位。白河天皇は、幼少の堀河天皇に皇位を譲り上皇となり、
その後も2代にわたり実権を握り続けた。
度々あった退位が、なぜ近代で終身制に変わったのか。
明治期に旧皇室典範が制定された際、退位導入の声をはねのけたのは、後に初代首相を務めた
伊藤博文らだった。天皇と上皇との二重権力による弊害などを避けるためだった。
戦後、現行の皇室典範を策定した際も、退位の制度化が一時検討された。
連合国軍総司令部(GHQ)は当初、終身在位制に否定的だったが、
「退位した天皇が政治活動をしては困る」という意見を受けたかじを切った。
典範を審議した帝国議会でも賛否両論あったが、政府は、恣意的な退位で皇位継承が
不安定になることなどを理由に見送った。
昭和天皇の退位論も戦後、浮上したが、戦争責任の追及を回避するため認められることはなかった。

両陛下、「公務」から退かれる
2019.4.30 10:31
天皇、皇后両陛下は、代替わりに伴ってほぼすべての公務から退き、新たに即位される皇太子ご夫妻に引き継がれる。
今後は宮中晩餐(ばんさん)会や歌会始の儀のほか、
皇太子さまが天皇となって臨まれる誕生日の一般参賀にも出席されない見通し。
国賓として5月に来日するトランプ米大統領との会見やご面会も行われないという。
宮内庁は両陛下のご活動について、「今後のご生活の中で見えてくるもの」としており、
私的な旅行や、親交のある海外の賓客や文化人との面会、展覧会や音楽会への出席などを想定している。
天皇陛下は仮住まい先となる高輪皇族邸(東京都港区)から皇居・生物学研究所に通い、
長年、取り組んできたハゼなど魚類の研究を継続される。
皇后さまは昨年10月の誕生日に寄せた文書で「手つかずになっていた本を、
これからは一冊ずつ時間をかけ読めるのではないかと楽しみにしています」とつづっており、
趣味の時間にあてられる時間も増えそうだ。
また、両陛下の結婚を記念して創設された「皇太子明仁親王奨学金」の奨学生との面会など、
陛下と縁の深い行事は引き継がれておらず「何らかの形で続けられる可能性もある」(宮内庁幹部)としている。
https://www.sankei.com/life/news/190430/lif1904300014-n1.html

公務分担、代替わりに間に合わず 皇室全体での見直し不可避
2019.4.30 10:36
皇太子さまと秋篠宮さまを中心とした公務の分担が代替わりに間に合わず、難題として重くのしかかっている。
地方訪問を伴う行事は宮内庁が整理し、公表したが、それぞれのお住まいで行われるものは大半が宙に浮いたままだ。
近い将来、女性皇族を含めた皇室全体での公務の見直しが避けられない状況となっている。
「試行錯誤しながらやっていかなければいけない面も多い」。
宮内庁の山本信一郎長官は、4月25日の代替わり前最後の定例会見で、
公務の分担が先送りになっていることへのじくじたる思いを吐露した。
皇太子さまは天皇に即位して迎える10連休明けに、国事行為に関連する春の叙勲行事、
国賓で来日するトランプ米大統領のご接遇と続く。
秋篠宮さまと隔年で担ってきた「こどもの日」にちなむ施設訪問も、今年から毎年受け持たれることが決まっている。
一方、これまでお住まいの東宮御所で行われてきた恒例行事として、
5月には青年海外協力隊の派遣隊員や、研修で日本に滞在中の米政府職員との面会などがあるが、
これらは秋篠宮さまが引き継がれる見込みだ。
皇太子さまを支える側近は「皇太子さまは天皇陛下の公務を継承されることで手いっぱいだろう」と指摘。
さらに、秋篠宮さまに近い関係者も「より一層多忙となり、活動の柔軟性が狭まることを危惧されている」と訴える。
受け入れ準備など訪問先への影響が大きい地方での行事は、
陛下、皇太子さま、秋篠宮さまの三方のご出席分を宮内庁が行事の性格なども踏まえて振り分け、1月末に公表した。
皇太子さまは、陛下が毎年臨まれてきた全国植樹祭、国民体育大会、全国豊かな海づくり大会に、
これまで出席してきた国民文化祭を加えた4行事をご担当。東京都内で隔年か5年ごとに行われる、
皇太子さまゆかりの3行事にも顔を出される。
秋篠宮さまは、皇太子さまの恒例だった7行事のうち4行事を引き受け、
平成からの全国高校総合文化祭など6行事も継続される。都内のものは2つ増え、計15行事となるが、
地方や都内で恒例だった12行事は、都合がつく場合に限り出るという苦渋の決断をされた。
こうした中で、長女の眞子さまが3行事を新たに引き受けられたが、婚約内定の状態が続き、今後の活動状況は不透明。
宮内庁幹部は「大学を卒業された次女の佳子さまの活動にも期待したい」と述べた。
https://www.sankei.com/life/news/190430/lif1904300015-n1.html

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秋篠宮さまが代替わり後に毎年出られる行事
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両陛下と皇太子ご夫妻が担われてきた主な地方公務の分担

政府、皇室の伝統と憲法との整合性考慮
2019.4.30 20:10
憲政史上初の天皇陛下の譲位で、政府が心を砕いてきたのは憲法との整合性だった。
政府は皇室の伝統を守りつつ、譲位に伴う一連の儀式を国事行為として執り行い、
国民主権を重視する姿勢を打ち出した。
「天皇とは2000年以上続く歴史と伝統を体現すると同時に、法制度としての存在でもある。
これを完全に区別することはできない」
政府関係者は1817年の光格天皇以来、202年ぶりの譲位を受けた苦労をこう語る。
政府は30日の「退位礼正殿の儀」(退位の礼)と5月1日の「剣璽等承継(けんじとうしょうけい)の儀」について、
憲法に定めた皇位継承に伴う儀式であるため、国事行為として国費を投じて行うことを決めた。
一方で、憲法20条は「何人も宗教上の儀式や行事に参加することを強制されない」
「国はいかなる宗教的活動もしてはならない」と定める。
信教の自由と政教分離原則を引き合いに、皇位継承に関する儀式に国費を使うことに批判的な声もあることから、
細心の配慮がなされた。
平成の代替わりに伴う儀式では、地方自治体の知事らが参列の合憲性を争われた最高裁判決が3件あり、
いずれも政教分離の原則に反しないとして被告の県が勝訴した。
政府はこの最高裁判決を根拠に、皇位継承に伴う儀式は原則、平成改元時を踏襲することにした。
https://www.sankei.com/life/news/190430/lif1904300050-n1.html

宮内庁も新体制 「新旧天皇派」分かれた平成の教訓生かせるか
2019.5.1 00:30
天皇陛下のご即位に伴い、宮内庁は1日、上皇ご夫妻を支える「上皇職」、
皇嗣(こうし)となられた秋篠宮さまのご一家を支える「皇嗣職」を発足させるなど、新体制をスタートさせた。
平成の代替わり時には公務の在り方などを発端とし、宮内庁内で「新旧の天皇派」に分かれ対立した経緯があり、
新体制では平成初頭の混乱を教訓とすることが求められる。
上皇さまは即位後、国民と同じ目線で触れ合うため、地方訪問の際には
昭和天皇が使用してきた御料車(ごりょうしゃ)より車高の低い車をご要望。
極力現地のものを食べるため、大膳(だいぜん)とよばれる宮内庁の調理担当者の同行もやめられた。
被災地で避難所などを見舞う際に膝をつくスタイルも確立された。
一方、昭和天皇時代の天皇観を尊重する一部の宮内庁職員はこうした変化に不満を募らせ、
平成5年には月刊誌に、宮内庁勤務を名乗る人物が上皇ご夫妻を中傷する内容の記事が掲載されるなど
「バッシング報道」が加熱。上皇后さまがいわゆる失声症を発症される事態となった。
当時の上皇ご夫妻の側近の一人は「昭和のやり方を少しずつ変えていくのに10年かかった」と回想する。
1日からの新体制では新設の「上皇職」は60人台の職員で発足。
天皇、皇后両陛下と長女の敬宮(としのみや)愛子さまを担当する「侍従職」は、
ご高齢の上皇ご夫妻を考慮して手厚く配置されていた侍医などの医療体制が縮小され、微減の70人台規模に。
「皇嗣職」は約50人規模とし、従来の秋篠宮家の職員(約20人)から30人程度増える。
宮内庁全体では約40人程度の増員となるが、ある同庁幹部は平成の代替わり時を念頭に
「職員間の意思疎通の面での連携も重視していきたい」と決意を語る。
一方、別の宮内庁職員は「今回は譲位による代替わりで、十分な引き継ぎの時間があった。
前回のような事態には至らないだろう」と話した。
https://www.sankei.com/life/news/190501/lif1905010009-n1.html

令和初の御来光 富士山で見えず
05月01日 10時08分
富士山の山梨県側には令和最初の御来光を見ようと多くの人が訪れましたが、
あいにくの曇り空で御来光は見えず、落胆の声が聞かれました。
富士山のふもとと5合目を結ぶ「富士スバルライン」の料金所には、5合目で御来光を見ようと、
ゲートが開く午前3時前に10台以上の車が列を作りました。
しかし、なだれ注意報が出ていたため、1合目の手前の駐車場までに通行は制限され、
先頭で並んだ関西から来た男性は「時代のかわり目なので行動しようと思って来ましたが、
厳しそうですね」と話していました。
また自転車で訪れた山梨県内の男性は「令和に入っていちばん最初に自転車で登ろうと思って来ました。
5合目まで行けないのは悔しいです」と残念そうに話していました。
一方、富士吉田市のホテルでは、宿泊客に屋上から富士山と御来光を眺めてもらおうというイベントを企画しました。
ただ、あいにくの曇り空で、日の出の予想時刻の午前4時54分を過ぎても御来光を見ることはできませんでした。
新潟県から訪れた男性は「天気予報を見て厳しいと思っていましたが、少し期待していたので残念です」と話していました。
ホテル「ハイランドリゾート」の石上真佑子主任は「晴れていればきれいな御来光が見えるのですが、
きょうの空は平成が終わる寂しさを感じさせる天気なのかなとも思いました」と話していました。
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20190501/0029137.html

昭和天皇や大正天皇を埋葬の武蔵陵墓地で男性死亡 自殺か
2019年5月1日 10時52分
昭和天皇や大正天皇が埋葬されている陵がある東京 八王子市の「武蔵陵墓地」で、
男性が死亡しているのが見つかりました。近くにはボーガンが落ちていて、
警視庁は自殺を図ったとみて、詳しいいきさつを調べています。
1日午前7時ごろ、昭和天皇や大正天皇が埋葬されている陵がある東京 八王子市の「武蔵陵墓地」の敷地内で、
巡回中の宮内庁の職員が男性が倒れているのを見つけたということです。
警視庁によりますと、男性はすでに死亡していて、近くにはボーガンが落ちていたということです。
「武蔵陵墓地」には、昭和天皇が埋葬されている「武蔵野陵」や大正天皇が埋葬されている「多摩陵」があり、
男性が倒れていたのは「多摩陵」の西側にある工事中のエリアだったということです。
警視庁は遺体や現場の状況などから自殺を図ったとみて、身元の確認を進めるとともに詳しいいきさつを調べています。
「武蔵陵墓地」は午前9時から午後4時までは誰でも訪れることができ、
先月23日には退位に関する儀式の1つとして、上皇ご夫妻が「武蔵野陵」を参拝されました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190501/k10011902861000.html

新皇后雅子さま、陛下に寄り添い笑顔 ティアラ受け継ぐ
2019年5月1日11時43分
新皇后となった雅子さまも1日午前、皇居に「初通勤」した。
皇后さまは午前10時50分ごろ、皇居に入る半蔵門に車で到着。
周辺に集まった人たちから「雅子さまー!」と歓声が上がり、皇后さまは車の左右に笑顔を向け手を振って応えていた。
その後、皇居・宮殿で「即位後朝見の儀」に参列。皇后さまは歴代皇后に受け継がれたティアラを初めて着用。
新天皇陛下のそばで笑みを浮かべていた。
https://www.asahi.com/articles/ASM513SSYM51UTIL016.html

新天皇陛下は「家族愛するお父さん」那須どうぶつ王国訪問の思い出
毎日新聞2019年5月2日 11時30分(最終更新 5月2日 15時53分)
栃木・那須どうぶつ王国総支配人 鈴木和也さん(58)語る
新天皇陛下が初めて那須どうぶつ王国(栃木県那須町)を訪問されたのは、2006年7月のことです。
突然来園が決まり、とても驚きました。秋篠宮さまと当園の園長が関わりがあったので、
もしかしたら兄弟で当園のことを話したのかもしれません。
那須町には那須御用邸があることから、ご一家はほぼ毎年、静養の際に当園を訪問しています。
新皇后雅子さま、長女愛子さまも一緒です。3人とも動物が好きで、訪問時には朝から閉園まで楽しまれます。
御用邸に滞在されている期間中は、町内の美術館なども訪れているようです。
新陛下は家族をとても大事にされています。来園時にはいつも、新皇后さまと愛子さまが楽しんでいる様子を、
笑顔でデジタルカメラで撮影しています。愛子さまが幼いころには、
愛子さまが好きなウサギを午後いっぱい一緒に見ていたこともありました。
休日は子ども中心で家族サービスにいそしむ、一般のお父さんと変わらないと思います。
来園時は警備の関係上、侍従の方々と一緒ですが、当園では基本的に一般の来場者と同じ対応をしています。
来場者が並んでいる時は、新陛下にも同様に並んでいただきます。
並んでいる間、お客様から声を掛けられることもありますが、いつも気さくに対応されています。
印象に残っているのは、ご一家がラクダに乗った時のことです。
新皇后さまと愛子さまがラクダに乗っている様子をカメラで撮影した後、新陛下もラクダに乗りました。
その際にラクダの背中の上から、「みなさん、楽しんでいらっしゃいますか」と
大きな声で周りの来場者に呼びかけたのです。とても楽しそうなご様子で、よく覚えています。
天皇への即位について話したことはありませんが、昨夏はお帰りの際、
園長が「来年はお忙しくなるでしょうがまた遊びに来てください」と伝えたら、
「来年もよろしくお願いします」と話されました。
即位されて忙しい日々が続くと思いますが、今まで同様に家族を大切にする「マイホームパパ」でいてほしいです。
仲むつまじいご一家の姿に、私たちも家族のありがたみを感じて力をもらえる気がします。
【聞き手・李舜】
https://mainichi.jp/articles/20190502/k00/00m/040/043000c

【主張】天皇陛下ご即位 新時代のご決意支えたい 伝統踏まえ安定継承の確立を
2019.5.2 05:00
202年ぶりの譲位により、天皇陛下が第126代天皇の位に即(つ)かれた。
ご即位に伴う改元で、令和の御代が始まった。
日本の国柄の最大の特徴は、天皇と国民が共に歩み、長い歴史を紡いできた点にある。
天皇が代を重ねられることは、国民にとって大きな喜びである。ご即位をお祝い申し上げたい。
「即位後朝見の儀」で天皇陛下は「この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします」
「憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓う」と述べられた。

 ≪心から感謝申し上げる≫
立憲君主としての決意のお言葉である。象徴という極めて重い立場で、
大切なお務めを果たしてくださる天皇陛下と、天皇陛下を支えられる皇后陛下に、心からの感謝を申し上げたい。
国民挙げて皇室の弥栄(いやさか)を祈り、日本の国の独立と平和、繁栄に最善を尽くし、
新しい時代を拓(ひら)いていきたいと思う。
天皇陛下は、国事行為をはじめ多くのお務めに取り組まれる。
5月下旬には即位後初の国賓としてトランプ米大統領が来日するなど外国とのご交際もある。
10月の即位の礼、11月の大嘗祭(だいじょうさい)など即位関連行事や、極めて大切な宮中の祭祀(さいし)もある。
政府や宮内庁などは、即位行事はもちろん、祭祀を含むお務めが滞りなく執り行われるよう、
陛下を補佐する万全の態勢をとってもらいたい。
皇太子時代よりもさらに緊張を伴う場面も多いと拝察する。天皇、皇后両陛下のご体調には、特に留意してほしい。
上皇陛下は今年2月、象徴としての天皇像を模索してきた道について、「果てしなく遠く」と実感をもって語られた。
陛下は朝見の儀のお言葉で、「上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、
また、歴代の天皇のなさりようを心にとどめ、自己の研鑽(けんさん)に励むとともに、
常に国民を思い、国民に寄り添う」と述べられた。
天皇陛下もこれから、天皇とはどうあるべきかを考えつつ歩まれることになるに違いない。
上皇陛下は、新たな道を踏み出された天皇陛下にとって最良の助言者となられるはずである。
象徴たる立憲君主は天皇陛下お一方である。ご助言があっても二重権威の問題は生じない。
自然災害はあったが、平和のうちに繁栄した平成を継いだ令和の時代の皇室をめぐっては、大きな課題もある。
まず、皇位の安定的な継承を確かなものとしなければならない。
天皇陛下と、皇嗣(こうし)となられた秋篠宮殿下の次の世代の男性皇族は、秋篠宮殿下のご長男の悠仁さまお一方である。

 ≪悠仁さまの警護万全に≫
古代から現代まで、一度の例外もなく貫かれてきた大原則は男系による継承である。
父方をさかのぼれば天皇を持つ皇族だけが皇位継承の資格がある。
この原則が非皇族による皇位の簒奪(さんだつ)を防ぎ、万世一系の皇統を守ってきた。
女系継承は別の王朝の創始に等しく、正統性や国民の尊崇の念が大きく傷つく。
今も親族として皇室と交流のある旧宮家の皇籍復帰により、皇室の裾野を広げるよう検討してもらいたい。
皇族はそもそも一般国民とは異なる特別な地位にある。男女平等の原則にしても、
伝統に支えられた天皇の本質を損なうことは、憲法上も許されない。
国会の譲位特例法の付帯決議が「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」と「女性宮家の創設等」を
別の事柄と位置づけた点を強調しておきたい。いわゆる女性宮家の創設は、安定継承にはつながらない。
4月26日には驚くべき事件が起こった。中学1年になられた悠仁さまの学校の机に、刃物が置かれていた。
容疑者は逮捕されたが警護の態勢は一体どうなっていたのか。ゆゆしき問題である。
皇位継承順位第2位で、将来第128代の天皇になられる方である。
警察や学校、宮内庁は悠仁さまの勉学に配慮しつつ、警護に万全を期してもらいたい。
悠仁さまには、未来の天皇としてふさわしいお心構えを身につけていただくよう、
学校以外の教育もお授けする必要がある。これは日本の重大事であり、政府と宮内庁は対応を急ぐべきだ。
https://www.sankei.com/life/news/190502/lif1905020003-n1.html

皇室の費用
2019.5.6 08:00
全国各地に足を運び、国際親善のために外国を訪問される皇室の方々。
天皇陛下が象徴の務めを果たされるためにかかる費用は、国会で議決され、国民の税金から支出される。
陛下や、皇后さまをはじめとする皇族方が日常に使われる費用はどう決まり、
公的活動にはどれだけの予算が計上されているのか。代替わりにかかった費用はいくらか。
宮内庁予算を手がかりに内情を探った。

■宮内庁予算240億円、公的活動に111億円
宮内庁の平成31(令和元)年度予算は、240億円が国会で議決された。
天皇、皇后両陛下や皇族方の生活費を含む「皇室費」(117億円)と、
宮内庁職員の人件費などの「宮内庁費」(123億円)に大別される。
皇室費の詳細は皇室経済法などで定められ、両陛下や皇族方は毎年決められた費用内で生活されている。
皇室費の内訳は、両陛下や長女の敬宮(としのみや)愛子さま、上皇ご夫妻の私費「内廷費」(3億2400万円)と、
秋篠宮ご夫妻や他の皇族方の手元金「皇族費」(2億6400万円)、
外国賓客の接遇や儀式など皇室の公的活動に充てる公金「宮廷費」(111億円)がある。
29年6月に成立した退位特例法を受けて政府は30年3月、上皇ご夫妻が日常で使われる経費も内廷費で賄うと決めた。
皇位継承順位1位となった皇嗣(こうし)秋篠宮さまとご家族の私費は、これまで通り皇族費となる。
代替わりに伴い、秋篠宮さまの皇族費はこれまでの3倍と決められ、31年度はご一家のため約1億2千万円が支払われる。
内廷費と皇族費の定額の変更は、首相や衆参両院議長、財務相らがメンバーの皇室経済会議で審議。
会議では、宮家創設や、女性皇族が結婚することで皇籍離脱する際の一時金の額も決める。
30年に高円宮家の三女である守谷絢子(あやこ)さんが結婚した際は、1億675万円、
上皇ご夫妻の長女、黒田清子(さやこ)さんの結婚では1億5250万円が支給された。
宮廷費は年間通じて皇居・宮殿などで行われる儀式や、両陛下やその他の皇族方が、
公務で国内外に訪問される際に使われる。
皇居にある宮殿や宮内庁庁舎、御所など皇室財産は全て、国の所有物となる。

■ご即位行事総額、3割増166億円 陛下「極力簡素に」 政府、品格との両立に苦心
天皇陛下のご即位に伴う行事の費用の総額は、宮内庁だけでなく、内閣府や外務省などにもまたがり、
平成の代替わり時に比べて3割増の166億円となる見込みになった。
天皇陛下や皇族方は「費用は極力簡素に」との意向を示されている。
政府は儀式の品格を保ちながらの経費削減に苦心した。
即位に関する中心行事で、10月22日に皇居・宮殿で行われる「即位礼正殿の儀」では、
前回、宮殿の中庭に設けたステージを今回は見送り、3億3千万円を削減。
使わない宮殿の部屋などを利用し、参列者の席の不足分を補う。
祝宴「饗宴(きょうえん)の儀」は、招待客数や回数を減らし、8千万円を削った。
一方、30年前よりも経済や社会を取り巻く情勢は激変し、即位礼では招待国数が30カ国増、
外国賓客の滞在関係費は41億円増の50億円に上った。人件費や資材価格も高騰し、増額は不可避となった。
宮内庁幹部は「削減が進み過ぎて、みすぼらしい儀式になってはいけない」と強調。
「格式を保ったまま、削減できるところは全てやった。国民に祝福される儀式にしなければならない」と話した。
行事の費用には計上されていないが、今後、上皇ご夫妻が仮住まいされる東京都港区の
高輪皇族邸(旧高松宮邸)の修復費も3億円削減。
天皇ご一家がお住まいになる皇居・御所は、新築せず改修にとどめた。
11月の皇位継承に伴う重要祭祀「大嘗(だいじょう)祭」では、
皇居・東御苑に特設する主会場「大嘗宮」の規模を縮小した。大嘗宮の建設関係費は費用の大半を占めており、
消費税率や物価、人件費が30年前に比べて上昇していることを理由に、4億円増の19億円となった。
大嘗宮の建設費を前回と同規模にした場合、総工費は25億円に上る。
今回は敷地を約1500平方メートル縮小し、一部の建物をプレハブにした。
神道形式で行われる大嘗祭は平成の代替わりと同様に「公的な皇室行事」として位置づけられ、
前回より4億円増の総額27億円が国費から支出される。
秋篠宮さまは昨年11月、国費支出に疑問を呈し、天皇家のお手元金で賄うことが望ましいとの意見を示された。
また、昨年12月には、国費支出は憲法の政教分離原則に反するとし、
市民団体などが支出差し止めと国に損害賠償を求めて東京地裁に提訴。
しかし、地裁は今年2月、支出差し止め請求については「訴えが不適法」として、却下する判決を言い渡している。

■天皇・上皇ご一家「内廷費」 祭祀や見舞金にも
天皇ご一家と上皇ご夫妻の私的なご費用「内廷費」は、皇室経済法施行法で年間3億2400万円と決められている。
多額の私費に見えるが、宮内庁幹部は「かかる経費がかなり多く、手元に残る金額は少ない」と明かす。
内廷費は非課税。宮内庁が管理する公金ではないが、皇室や宮内庁の会計を担う実務トップ「皇室経済主管」が、
内廷費を取り扱う際には「内廷会計主管」と肩書を変えて管理する。
全額を天皇家が自由に使うことはできず、宮内庁長官らが出席する「内廷会計審議会」で使い道が決まる。
総額の3分の1を占めるとされるのは人件費だ。代表的なのは宮中祭祀(さいし)を担う「掌典(しょうてん)職」。
神事に公費を充てると、憲法の政教分離規定に違反する恐れがあるため私的雇用の形を取る。
祭祀の備品も、内廷費から支出する。他にも、皇居内で上皇さまがハゼの研究をされる生物学研究所や、
養蚕を行っている紅葉(もみじ)山御養蚕所の職員の多くも、私費で雇われている。
残りの3分の2は、主に食費や物品などにかかる費用。日常の食費だけでなく、
お住まいに賓客を招かれた際の食事代なども含む。私服や身の回り品の購入費の他、
日本赤十字社など社会事業への奨励金、大規模災害時の都道府県への見舞金、ご静養や私的旅行の経費に充てる。
平成30年に上皇ご夫妻が福島県を訪問した際には、
東日本大震災に伴う原発事故の風評被害が続く状況に思いを致してか、
地元の漁業施設でカレイやホッキ貝などを内廷費から購入された。

■大枠は前例踏襲、タブー視せず討議を
森暢平・成城大教授(日本近現代史)の話「皇室の公私にわたる活動や、宮内庁の運営などにかかる経費は、
毎年国の予算に計上されているが、事実上、国会で議論されていないに等しい。
皇族数は減少しているが、公務の大枠は前例踏襲だ。皇室経費をタブー視せず、
公の場で活発な討議をしていけば、皇室が社会の中でどのような存在であるべきかという議論にもつながる」
https://www.sankei.com/life/news/190506/lif1905060006-n1.html

靖国神社近くの路上で男性自殺か 遺書らしき文書残す
2019.5.11 20:48
11日午前2時40分ごろ、東京都千代田区の靖国神社付近の路上で、
前のめりに座った状態の男性の腹部に包丁が刺さっているのを巡回していた警視庁機動隊員が発見した。
男性は病院に搬送されたが死亡。男性の近くには遺書とみられる文書が残されており、
麹町署は自殺を図ったとみて、詳しい状況を調べている。
同署によると、男性は都内に住む50代の会社員で、保守系団体「靖国会」に所属。
死因は失血死とみられ、遺書とみられる文書は判別が困難だという。
https://www.sankei.com/life/news/190511/lif1905110034-n1.html