昭和天皇の直筆原稿見つかる

昭和天皇の直筆原稿見つかる まとまった状態で初めて
2019年1月1日04時58分
昭和天皇が晩年、御製(ぎょせい、和歌)を推敲(すいこう)する際に使ったとみられる原稿が見つかった。
近しい人が保管していた。直筆を知る歌人も本人の字だと認めた。
「宮内庁」の文字が入った罫紙(けいし)29枚、裏表57ページ。
鉛筆でつづられた歌が少なくとも252首確認できる。欄外に注釈や書き込みもある。
まとまった状態で直筆の文書が公になるのは初めて。専門家は「人柄を深くしのぶ一級の史料」としている。
保管者は匿名を希望しており、今後、研究機関など適切な場所に原稿の管理を委ねることを検討している。
朝日新聞は保管者らへの取材を重ね、1月7日で昭和天皇逝去から30年となる節目を前に、
昭和天皇の歌を研究する所功(ところいさお)・京都産業大名誉教授(日本法制文化史)に協力を求め、
共同で確認、分析した。
昭和天皇の歌の晩年の相談役で直筆を見たことのある歌人の岡野弘彦さんに筆跡と内容を、
昭和史に詳しい作家・半藤一利さんにも内容を確認、評価してもらった。
その結果、筆跡、文体、内容から29枚はすべて昭和天皇によるもので、
1985(昭和60)年ごろから病に伏す88年秋までに書かれたとの判断で一致した。
所さんの調査によると、昭和天皇の歌は宮内庁侍従職編の歌集「おほうなばら」や、
宮内庁の「昭和天皇実録」に計870首が掲載されている。
今回の原稿には、それらに掲載済みの歌の推敲段階とみられるものが41首、未掲載のものが211首含まれていた。
題材は、戦争や家族、地方訪問など多岐にわたる。

あゝ悲し戰の後思ひつゝしきにいのりをさゝげたるなり

これは昭和天皇の最後の公式行事となった88年8月15日の全国戦没者追悼式に寄せた歌で、
約310万人の国民が亡くなった先の大戦への思いが「あゝ悲し」と表現されている。
86年4月29日の85歳の誕生日にあった在位60年記念式典の際はこう詠んだ。

國民の祝ひをうけてうれしきもふりかへりみればはづかしきかな

大元帥として開戦や敗戦を宣明した昭和天皇。
60歳の時に「われかへりみて恥多きかな」、70歳では「かへりみればただおもはゆく」と歌に詠んでおり、
通底する思いがうかがえる。
原稿の欄外には「この義式は國の行事なれどこれでよきや」と記されていた。
「筆者は本人以外あり得ないだろう」
〈所功・京都産業大名誉教授の話〉
これまで側近の日記などは公表されてきたが、ご本人の直筆の原稿が公になるのは初めてで驚きだ。
まとまった状態で大切に保存されていたことは素晴らしい。筆跡は昭和天皇の署名と矛盾なく、
「きさきは皇后のこと」などの表現、記述の内容からも、筆者は本人以外あり得ないだろう。
私の知る保管者と昭和天皇の関係からも疑いようがない。
推敲段階の和歌には平和や国民、家族への深い思いが率直につづられ、人柄が改めてしのばれる。
几帳面に旧字体を使い、武骨につづられた文字にも人柄がにじみでている。
在位60年記念式典の「はづかしき」という1首からは、
国家国民のために尽くす自らの役割を自問自答しておられることが推察される。
1929年に張作霖爆殺事件を巡って田中義一首相を叱責(しっせき)し辞任に追い込んだ事件から、
立憲君主として自らの言動を律した昭和天皇は、
戦後、その抑制的な態度が「戦争を止められなかった」と批判されることになる。
還暦、古希の時の歌と合わせて考えると、国民のために務めを果たせてきたのか、
生涯にわたり深い内省の中にあったことが伝わってきて胸に迫る。
https://www.asahi.com/articles/ASLDZ538RLDZUTIL00Q.html

人柄にじむその直筆 昭和天皇、激動の半生は歌と共に
2019年1月1日06時59分
平和を願う心、旅の思い出、親しい人との別れ――。昭和天皇が晩年つづった和歌の原稿に、
激動の半生への述懐や、日々の思いが残されていた。
余白をも埋める肉筆に几帳面(きちょうめん)な人柄もにじむ。歴史研究の資料として貴重だと、専門家は指摘する。

いつのまによそぢあまりもたちにけるこのしきまでに(のうちに)やすらけき世みず

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1988年の終戦の日に寄せた歌=迫和義撮影

1988(昭和63)年8月15日の終戦の日に寄せ、昭和天皇はこんな歌を残していた。
所功・京都産業大名誉教授は「戦後40年余りたっても、世界では争いが絶えない状況をはかなんだ歌ではないか。
昭和天皇にとって日本と世界の平和はつながっていたように思える」とみる。
陸軍大将として日露戦争を戦い、後に学習院長を務めた乃木希典(のぎまれすけ)とのエピソードを詠んだ歌もある。
(以降有料記事)
https://www.asahi.com/articles/ASLDZ53F7LDZUTIL00R.html

「陛下の字ですね」作歌の相談役が語る逝去直前の出来事
2019年1月1日07時01分
昭和天皇が晩年、御製(ぎょせい、和歌)を推敲(すいこう)する際に使ったとみられる原稿が見つかった。
宮内庁御用掛として昭和天皇の作歌の相談役を務めた歌人、岡野弘彦さん(94)は、
今回見つかった原稿を「陛下の字ですね」と語り、昭和天皇が「生涯歌と共にあった」と振り返った。
昭和天皇は未発表のものも含めると生涯で1万首はお作りになったと思う。
ご日常の出来事をこまごまと歌に詠まれ、生涯、歌と共にあった。
作風は簡明で天皇たる独特の格調があり、今の日本人の心にも響く。
私は昭和天皇の直筆を見たことがある。お隠れ(逝去)になる数カ月前、88年秋のこと。
徳川義寛・元侍従長がやってきて、昭和天皇が終戦の際の感想として詠まれた
「爆撃にたふれゆく民の上をおもひいくさとめけり身はいかならむとも」を、
病床で7〜8通りに推敲(すいこう)した紙を持ってきた。
「この歌の表現を心ゆくまで整えておきたい」とのことで、
今回見つかった宮内庁の罫紙(けいし)のような紙に、直筆で記されていた。
 その中の「身はいかになるともいくさとどめけりただたふれゆく民をおもひて」
が「一番よろしいと思います」と言うと、
徳川さんは「お上(天皇のこと)もこれで安心なさいます」とほっとして帰られた。
今回の原稿も陛下の字ですね。見覚えのある歌もある。一つの事柄にいく通りもの歌を詠んだり、
丁寧な注釈があることからも、一つひとつの歌を丹念につくられた跡がうかがえて、
歌が本当にお好きだったことがわかる。
ご生前は発表するものが選抜されたが、今となっては全てが貴重な作品。
昭和史の核であった方の気持ちが表現されており、誰でも読めるように整理して発表してほしい。
     ◇
〈おかの・ひろひこ〉 94歳。歌人。
宮内庁御用掛(1983〜2007)として昭和天皇や天皇家の和歌の相談役を担った。
https://www.asahi.com/articles/ASLD0562SLD0UTIL00K.html

昭和天皇の和歌直筆草稿
250首、大半が未公表
象徴や戦争への思い吐露
昭和天皇が晩年、和歌を推敲する際に使ったとみられる草稿が見つかった。
大半が未公表の歌だ。保管者から託された朝日新聞社が1日、一部を報道陣に公開した。
昭和天皇の和歌の相談役で、直筆を見たこともある歌人岡野弘彦さんは
「昭和天皇自身が書かれたもので間違いない。見覚えのある歌もある。
推敲を何度も重ねた丁寧さがにじみ出ている」と指摘した。
他の専門家も「歌の背景となった昭和天皇の思いが見て取れる。戦争や象徴への思いの一端が伝わる
貴重な史料だ」と評価している。
朝日新聞によると、草稿には、1985〜88年に詠んだ和歌が、宮内庁の罫紙29枚に表裏で57ページ分書かれている。
鉛筆で縦書きされ、題材は戦争や地方訪問など多岐にわたる。
保管していたのは昭和天皇に近い人物で匿名を希望。
分析に当たった京都産業大の所功名誉教授(日本法制文化史)によると、草稿には約250首あり、
うち約200首は未公表だった。
86年4月に催された在位60年式典の際にはこう詠んだ。
 國民の祝ひをうけてうれしきも ふりかえみればはづかしきかな
所氏は「自らを顧み『象徴としても役割を果たせているのか』との謙虚さが伝わる」と話した。
昭和天皇は戦争責任を巡り、後半生まで苦悩していたことは侍従だった故小林忍の日記で明らかになっている。
草稿を解析した歴史家の半藤一利氏はこうした事情を踏まえ「自らの来し方に悔いを感じてこられ、
それを『はづかしき』と表現したように思う」と指摘した。
最後の出席となった88年8月15日の全国戦没者追悼式に寄せた歌も、戦争に触れている。
 あゝ悲し戰の後思ひつゝ しきにいのりをさゝげたるなり
大元帥として開戦と終戦に臨んだ昭和天皇の最晩年の悲哀がにじんでいる。
87年8月に亡くなった岸信介元首相をはじめ、側近だった侍従の死去を受けて詠んだ歌もあり、
記述は余白にまで及ぶ。所氏は「昭和天皇の誠実さと細やかさが伝わってくる」としている。
昭和天皇は生涯、約1万首の和歌を詠んだとされる。所氏によると、昭和天皇時代を記録し
刊行されている「昭和天皇実録」や、歌集「おほうなばら」には計870首が掲載されている。
(和歌の表記は原文のまま)
河北新報2019年1月3日

秋篠宮殿下53歳

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年)


秋篠宮さま53歳 大嘗祭「身の丈にあった儀式に」代替わり行事でご見解 眞子さまご結婚延期にご言及
2018.11.30 00:00
秋篠宮さまは30日、53歳の誕生日を迎えられた。
これに先立ち、東京・元赤坂の宮邸で秋篠宮妃紀子さまとともに記者会見に臨み、
代替わりに伴う大嘗祭(だいじょうさい)について、国費ではなく、
天皇ご一家の私的活動費「内廷会計(内廷費)」でまかなうべきだとし
「身の丈にあった儀式」とすることが「本来の姿」との認識を示された。
政府決定と異なる見解を皇族方が明らかにされるのは異例。
長女の眞子さまのご結婚延期に関しては、婚約内定相手の小室圭さん(27)側に対し、
母親の金銭トラブルなどを指摘する報道を念頭に「相応の対応をするべきだ」とし、
多くの人が納得する状況にならなければ、婚約にあたる納采(のうさい)の儀を行えないと述べられた。
眞子さまのご結婚延期について、秋篠宮さまが公の場で発言されるのは初めて。
秋篠宮さまは会見で、大嘗祭について「絶対にすべきもの」とする一方で、
「ある意味の宗教色が強いもの」と言及された。その上で、政教分離を定めた憲法上の問題から、
国費ではなく「内廷会計で行うべきだ」との見解を示された。
こうした意見は宮内庁の山本信一郎長官にも伝えたが「聞く耳を持たなかった」とも述べられた。
政府は来年11月の大嘗祭に関し、皇室行事とするものの、
皇室の公的活動費「宮廷費」(国費)を充てた平成の代替わりを踏襲することを決定している。
山本長官は秋篠宮さまのご発言に対し、大嘗祭のあり方が決定済みであることを踏まえ
「かねての持論を述べられたもの。政治的な発言ではない」と述べた。
天皇陛下からは、即位関連儀式は皇太子さまと相談するようお話があったといい、
「(皇太子さまには)理解をいただきながら進めている」としている。
秋篠宮さまは陛下の譲位に伴い、来年5月に皇位継承順位1位の「皇嗣(こうし)」となられる。
秋篠宮さまは陛下と、陛下を支えてこられた皇后さまに対し「深く敬意を表するところ」と述べた上で、
改めて謝意を示された。

大嘗祭
新天皇が即位後初めて行う新嘗(にいなめ)祭で、皇位継承に伴う一世一度の最重要儀式。
宗教的な側面もあり、現憲法下で初めて行われた平成の代替わりでは国事行為ではなく、皇室の行事と位置づけられた。
ただ、新嘗祭など通常の宮中祭祀が天皇ご一家のお手元金である「内廷費」でまかなわれるのに対し、
大嘗祭は皇位の世襲制をとる憲法下において公的性格があるとされ、
費用約22億円は皇室の公的活動費「宮廷費」から支出された。
https://www.sankei.com/life/news/181130/lif1811300006-n1.html

【秋篠宮さま53歳】皇室制度などでご発言、過去にも 識者「検討と整合性ご指摘」
2018.11.30 07:28
秋篠宮さまは大嘗祭以外でも、皇室制度などへの踏み込んだご発言で議論を呼んだことがあった。
宮内庁幹部は「秋篠宮さまは日頃から、皇室の中にもいろいろな意見があって良く、
それを国民に知らせることは意義があるとお考えになっている」と推し量る。
皇太子さまが皇太子妃雅子さまに関する「人格否定」発言をされた後の平成16年11月、
秋篠宮さまは会見で「せめて陛下とその内容について話をして、
その上での話であるべきではなかったか」と懸念された。
大嘗祭と同様、国民の負担を抑えたい気持ちからのご発言も。
皇族の減少を懸念する声がある中で行われた21年の会見では、
「国費負担という点から見ますと、皇族の数が少ないというのは、
私は決して悪いことではないというふうに思います」と述べられた。
天皇陛下の負担軽減が改めて取り沙汰された23年には、「定年制」の是非を問われ
「やはり必要になってくると思います」と回答された。当時、陛下は周囲に譲位の意向を示されており、
こうしたことも念頭にあったとみられる。
陛下の譲位後、皇太子さまとの公務の分担が課題となる中、
秋篠宮さまは29年の会見で自分の公務を「譲る先がない」とご憂慮。
「できる範囲、できる仕事をしていくのが適当ではないか」と訴えられた。
https://www.sankei.com/life/news/181130/lif1811300011-n1.html

【秋篠宮さま53歳】悠仁さまの広い視野、成長ご期待 佳子さまは卒論でご多忙
2018.11.30 07:35
秋篠宮ご夫妻は記者会見で、長男の悠仁さまと次女の佳子さまの近況や成長ぶりにも触れられた。
お茶の水女子大付属小学校6年の悠仁さまは夏休み中の8月、
紀子さまと広島市を初めて訪れ、原爆死没者慰霊碑にご供花。被爆体験も聞かれた。
秋篠宮さまは、悠仁さまが「是非広島に行きたい」と希望されたことを明らかにされた。
紀子さまは「早めにいろいろと計画を立てて見通しをもって行動をする、
そのようなことができるようになった」とご指摘。中学の進学先は言及を避けたが、
秋篠宮さまは「物事を見るときに一面的ではなくて広い視野、
多角的に見られるようになってほしい」と今後の成長に期待された。
国際基督教大(ICU)4年の佳子さまは6月に短期留学先の英国からご帰国。
紀子さまは「自分の考えを深めたりする貴重な機会」と振り返られた。
現在は公務を担いつつ、卒業論文の執筆でご多忙という。
秋篠宮さまは大学卒業後に公務の依頼が来ることを踏まえ、
「一つ一つ大切に思いながらそれらに取り組んでいってほしい」と望み、
結婚については「それほど遅くなくしてくれたらいい」と述べられた。
https://www.sankei.com/life/news/181130/lif1811300012-n1.html

【秋篠宮さま53歳】皇族意見「聞く耳持たれず」 違和感吐露される
2018.11.30 07:42
代替わりの重要祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」に関し、
皇位継承順位1位の「皇嗣(こうし)」となる秋篠宮さまが、
国費ではなく天皇ご一家の私的活動費でまかなうべきだとする、政府決定と異なる見解を示された。
背景には、皇室をめぐる議論の当事者である皇族方の意見が反映されないことへ長年の違和感があったとみられる。
「平成のときの大嘗祭のときにもそうするべきではないという立場だった」。
30年前から同様の考えだったことを明かされた秋篠宮さま。当時は多少意見した程度だったが、
その後議論の時間が十分あったのに、平成を踏襲する形で「国費負担」の結論が導かれたことに
「すっきりしない」とする心情を吐露された。
皇室行事に関し、秋篠宮さまは「私の考えというものもあっても良い」とご指摘。
平成21年の会見では、将来の皇室のあり方について「当事者になる皇太子ほかの意見を聞くという過程も
私は必要なのではないかと思っております」と主張されたこともある。
24年春ごろからは月1回、天皇陛下、皇太子さまと意見交換の場を持たれ、宮内庁長官も同席。
こうした場で大嘗祭に関する考えも伝えたとみられるが、
会見では「(長官は)聞く耳を持たなかった」と強い言葉で非難された。
これに対し、同庁の山本信一郎長官は秋篠宮さまにも前例踏襲の妥当性を説明してきたとし
「(ご発言は)ちょっとつらいが、そう受け止められたのであれば申し訳ない」と語った。
別の宮内庁幹部は「皇室は国民に受け入れられて成り立つわけで、
国民の負担を少なくしたいとお考えなのではないか」とした。
■小田部雄次・静岡福祉大名誉教授(日本近現代史)の話
「現行憲法は、皇室の祭祀について政教分離の原則という一言で片付け、即位に関する儀式まで想定していない。
大嘗祭は即位後初の新嘗祭であり、皇室の私的活動と位置づけられている宮中祭祀の一つと解釈すれば、
内廷費でまかなうのが筋だ。なぜ大嘗祭だけ国費を使うのか説明が十分でなく、
国民とともに歩む皇室の一員として、憲法との整合性に矛盾を抱えたまま多額の国費を使うことに、
ためらいをお持ちなのではないか。ご自身の代までには検討してほしいという課題を提起されたものと考えたい」
■大原康男・国学院大名誉教授(宗教行政論)の話
「政府は来年の大嘗祭について、平成度の前例を踏襲することを決めている。
前回は政教分離の観点から大嘗祭の違憲性を問う訴訟も起きたが、原告の訴えはことごとく最高裁で却けられた。
皇位の世襲は憲法で定められており、皇位継承儀礼も公的な性格を有する。
国費を節約し簡素化を求められたご発言はありがたいものだが、
大嘗祭に限らず宮中祭祀は国家国民の安寧慶福を祈るもので、一般の宗教とは同視できない。
したがって、大嘗祭は国費で行われるべきである」
https://www.sankei.com/life/news/181130/lif1811300013-n1.html

眞子さまの婚約、現状では「できない」 秋篠宮さま言及
中田絢子
2018年11月30日00時00分
30日の誕生日を前に、紀子さまとともに記者会見した秋篠宮さま。
来年5月から皇嗣(こうし)となる心境とともに、
結婚が延期されている長女眞子さまと小室圭さんについても語った。
「多くの人が納得し、喜んでくれる状況にならなければ、婚約にあたる納采の儀を行うことはできません」。
秋篠宮さまは、ゆっくりとした口調でこう述べ、眞子さまの結婚準備が暗礁に乗り上げていることを認めた。
お二人は昨年9月に婚約が「内定」し、今年11月4日に結婚式が行われるはずだった。
だが昨年末から、小室さんの家族をめぐる金銭トラブルなどが週刊誌で相次いで報道され、
今年2月、結婚は2020年まで延期されることが発表された。
この際、お二人は文書で「充分な準備を行う時間的余裕がないことを認識するようになりました」と理由をつづった。
小室さんは8月から米国に留学中だ。
秋篠宮さまは、小室家のトラブルをめぐる報道を承知していると明かし、
「今でも二人が結婚したいという気持ちがあるのであれば、
それ相応の対応をするべきだと思います」と問題を解決するよう求めた。
小室さんからは報道の一部について「これは事実と違う」という説明があり、
2、3カ月に1度ほどの頻度で連絡があることも明かした。だが、事実と異なる点について、
具体的に行動するかどうかは分からないという。
紀子さまによると、眞子さまは昨年末から体調が優れないことが多くなり、不調が長く続いたという。
「大丈夫だろうか、どのような思いで過ごしているだろうかと、私は大変心配でした」
紀子さまは「家族として非常に難しい状況の中にあります」とも明かし、
「これからも長女への思いは変わることなく、大切に見守りたい」と母親としての思いを語った。
来春の代替わり後、秋篠宮さまは皇位継承順位第1位の「皇嗣」となることへの抱負も語った。
秋篠宮さまは毎年定例の公務を例に「前年度とか、その前の機会と同じようにすればいいと思いがちです。
一つ一つを、その都度その都度考えながら、仕事もしくは務めを進めていくようにしたい」と述べた。
将来の皇位継承者である長男悠仁さまについては
「自分の意見もはっきり言うようになったなという印象はある」と成長を明かし、
「物事を見る時に広い視野、多角的に見られるようになって欲しい」と希望した。
https://digital.asahi.com/articles/ASLCV5K79LCVUTIL028.html

秋篠宮さま、大嘗祭支出に疑義「宮内庁、聞く耳持たず」
多田晃子、中田絢子
2018年11月30日00時00分
秋篠宮さまが30日の53歳の誕生日を前に紀子さまと記者会見し、
天皇の代替わりに伴う皇室行事「大嘗祭(だいじょうさい)」について、
「宗教色が強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と述べ、
政府は公費を支出するべきではないとの考えを示した。
この考えを宮内庁長官らに伝えたが「聞く耳を持たなかった」といい、「非常に残念なことだった」と述べた。
記者会見は誕生日当日の30日に報道されることを前提に、22日に行われた。
政府が決定した方針に、皇族が公の場で疑義を呈することは異例。
秋篠宮さまは来年5月の代替わり後、皇位継承順位第1位で皇太子待遇の「皇嗣(こうし)」となる。
大嘗祭は、新天皇が新穀を神々に供えて世の安寧や五穀豊穣(ごこくほうじょう)などを祈る儀式。
1990(平成2)年に行われた前回の大嘗祭では、
国から皇室の公的活動に支出される公費「宮廷費」約22億5千万円が使われ、
「政教分離に反する」という批判は当時から根強くあった。政府は今回も、儀式に宗教的性格があると認めつつ、
「極めて重要な伝統的皇位継承儀式で公的性格がある」として宮廷費を支出する方針を決めた。
前回を踏襲して同規模の儀式を想定しているが、人件費や資材の高騰で費用が増す可能性もある。
これに対し、秋篠宮さまは天皇家の「私費」にあたる「内廷会計」で賄うべきだと述べた。
遺産や国から支出されている内廷費などだが、使途は天皇家の裁量で、通常の宮中祭祀(さいし)にも使われている。
秋篠宮さまは「身の丈にあった儀式」にすることが本来の姿、とも述べた。
前回の代替わりでも同様の意見を述べていたといい、
今回も宮内庁の山本信一郎長官らに「かなり言った」というが、考えてもらえなかったという。
山本長官は直後の会見で「聞く耳を持たなかったと言われるとつらいが、
そのようにお受け止めになったのであれば申し訳ない」と話した。
一方、天皇陛下からは即位関係の諸儀式などは皇太子さまとよく相談して進めるよう伝えられているといい、
「ご理解を頂いて進めている」としている。(多田晃子、中田絢子)
     ◇
〈大嘗祭〉 新たに即位した天皇が1代に1度限り行う重要な儀式。
稲作農業を中心とした古代社会の収穫儀礼に根ざしたもので、7世紀の天武天皇の大嘗祭が最初とされる。
中核の「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」では、新天皇がその年に収穫された米などを神々に供え、
自身も食し、五穀豊穣(ほうじょう)や国家安寧を祈る。今回は来年11月14〜15日に予定。
このために皇居・東御苑に大嘗宮(前回は建設費約14億円)が新設され、儀式後に解体・撤去される。
https://www.asahi.com/articles/ASLCQ44BQLCQUTIL01F.html

秋篠宮さま、53歳…大嘗祭への公費支出に疑問
2018年11月30日
秋篠宮さまは30日、53歳の誕生日を迎えられた。これに先立つ記者会見で、
来年、代替わりを迎える心境を語った上で、皇位継承に伴う儀式「大嘗祭」の費用について、
天皇家の私的な活動費に当たる内廷会計で行うべきだとの考えを明かされた。
大嘗祭に公費を支出するという政府の決定に対し、皇族が疑問を公にする異例の発言といえる。
秋篠宮さまは、大嘗祭の費用に皇室の公的活動を賄う「宮廷費」を充てるという政府の決定を
「宗教行事と憲法との関係はどうなのか」と疑問視。「内廷会計で行うべきだ」と述べられた。
大嘗祭は絶対にすべきだが「身の丈に合った儀式で行うのが本来の姿」という。
山本信一郎・宮内庁長官らに伝えたが、「聞く耳を持たなかった」「非常に残念なこと」と苦言も呈された。
新天皇として大嘗祭に臨む皇太子さまは、公費支出を了解されている。
来年の代替わり後の公務については「一つ一つをその都度考えながら進めていきたい」と
前例にとらわれない姿勢を示された。平成時代を振り返り、経済が低迷し、自然災害が多かったが、
環境への関心が高まり、日本人が様々な分野で活躍した時代と総括された。
     ◇
長女、眞子さま(27)と小室圭さん(27)の結婚延期を巡る問いに対しては
「今でも二人が結婚したい気持ちがあるのであれば、相応の対応をするべきだ」との考えを初めて明かされた。
昨年末から小室さん側の金銭問題が週刊誌で報じられ、
お二人は今年2月、「準備不足」を理由に儀式の延期を発表された。
秋篠宮さまはこうした報道を念頭に置き、「多くの人が納得し、喜んでくれる状況にならなければ、
婚約に当たる納采儀は行えない」と小室さん側に対応を求められた。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181129-OYT1T50111.html

秋篠宮さま、小室さん側へ「相応の対応は大事」
2018年11月30日
秋篠宮さまは誕生日に先立ち、妃殿下の紀子さまとともに臨んだ記者会見で、
長女、眞子さま(27)と小室圭さん(27)の結婚の延期について発言された。
小室さん側のトラブルを巡る報道を懸念し、「多くの人が納得し、喜んでくれる状況」を整えることが、
正式な婚約に進むためには必要だとの考えを明かされた。
「婚約前ですので、人の家のことに何か言うのははばかられますが」。
お二人の結婚延期について、慎重に言葉を選び、語られた秋篠宮さま。
「それ相応の対応は大事」と、小室さん側が報道について説明することを強く求められた。
お二人は昨年9月に婚約が内定し、一般の結納に当たる「納采の儀」を経て、
今年11月に結婚式を挙げられる予定だった。だが、昨年暮れ頃から、
小室さんの母が知人男性から提供された400万円以上を返済していないと、複数の週刊誌が報じた。
今年2月、結婚関連の諸行事を2020年に延期すると発表。
小室さんは8月に渡米し、3年間の予定で米ニューヨークで法律を勉強している。
小室さん側からは2、3か月に1回ほど連絡があり、報道が事実と異なるという説明も受けられた。
「じゃあ何か行動するのかどうか、連絡からは知ることができない」。言葉に不信感がにじむ場面もあった。
紀子さまは、眞子さまの近況について、週刊誌の報道が始まった昨年暮れ頃から
体調が優れないことが多くなったと明かされた。
「家族として非常に難しい状況にありますが、眞子がいとおしくかけがえのない存在と感じます」。
ひと言ひと言を絞り出すように娘への思いを語られた。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181129-OYT1T50114.html

「まさか会見で」戸惑う宮内庁…秋篠宮さま発言
2018年11月30日
秋篠宮さまは誕生日に先立つ22日の記者会見で、
大嘗祭に公費を支出するという政府の決定に対し、疑問を示された。
政府は方針を変更しないが、皇族の政治的な発言ととらえ、問題視する声もある。
◆苦渋の表情
「まさか記者会見で述べられるとは」。宮内庁幹部は、秋篠宮さまの突然の発言に戸惑いの色を隠せない。
大嘗祭の費用について、政府は今年4月、平成の整理を踏襲し、公費を支出すると閣議で了解していた。
異例の発言から間もない22日午後、宮内庁の山本信一郎長官は記者会見で
「政府の方針に従って準備を進める」と話した。意見を聞いた上で、
大嘗祭は皇位継承に伴う重要な、伝統的な儀式で、
平成の代替わりで様々な議論を経て公費支出が決まったと、秋篠宮さまに説明してきたという。
「聞く耳を持たない」という苦言について
「私もつらいが、そう受け止められたのであれば申し訳ない」と苦渋の表情を浮かべた。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181130-OYT1T50017.html

秋篠宮さま発言、「憲法上問題ない」官房副長官
2018年11月30日
西村康稔官房副長官は30日午前の記者会見で、秋篠宮さまが皇位継承に伴う
「大嘗祭」に宮廷費(公費)を充てる政府決定を疑問視されたことに関し、
「国政に影響を与えるものではないことから憲法上の問題は生じない」との認識を示した。
秋篠宮さまの発言を巡っては、皇族の政治的発言として問題視する声がある。
西村氏は「(秋篠宮さまは)記者からの質問に
あくまでご自身のお考えを述べられたものと理解している」と繰り返すにとどめた。
政府は、来年11月に予定される大嘗祭について、平成への代替わりを踏襲して公費を支出する方針を
今年4月の閣議で口頭了解しており、この方針で準備を進める考えだ。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181130-OYT1T50055.html

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「宮内庁に対する叱責」 秋篠宮さま大嘗祭ご発言で同庁次長が見解
2018.12.3 15:41
宮内庁の西村泰彦次長は3日、秋篠宮さまが誕生日に先立つ会見で、
代替わりに伴う大(だい)嘗(じょう)祭(さい)を政府決定の国費ではなく
天皇ご一家の私的活動費でまかなうべきとし、
同庁の山本信一郎長官に対し「聞く耳を持たなかった」と発言されたことについて、
「しっかりした返答をしなかったことへの宮内庁に対するご叱責と受け止めている」との見解を示した。
西村次長は同日行われた定例会見の中で、秋篠宮さまのご発言に対する見解を問われ
「『大嘗祭は必ず行われるべきだ』という大前提のもとで、ご自身の考えを率直に発言された」としたうえで
「今回の(陛下の)譲位が具体化する前から、宮内庁長官などに伝えられていたものと聞いている」と述べた。
さらに、宮内庁としての考えを十分理解いただけなかったことについては「大変申し訳なく感じている」と謝罪。
ご発言は政府決定への反対ではなく「宮内庁に対する叱責」との認識を示した。
今後は意見が違うことがあっても理解いただくことが必要とし
「二度とこのようなことがないよう、しっかりと対応してまいりたい」と話した。
また、秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまのご結婚延期をめぐり、
秋篠宮さまが婚約内定相手の小室圭さん(27)側に「相応の対応をするべき」と発言されたことについて、
西村次長は「重い課題を課されたと理解している」と述べた。
https://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/181203/lif18120315410010-n1.html


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

秋篠宮さま「異例の疑義」に批判的な読売、理解を示した朝日


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

私費で賄う大嘗祭、秋篠宮さま自ら提案 既存の神殿活用
2018年12月25日03時00分
天皇の代替わりに伴う皇室行事「大嘗祭(だいじょうさい)」への公費支出について、
秋篠宮さまが宗教色が強いとして宮内庁に疑義を呈した際、代替案として、
宮中の「神嘉殿(しんかでん)」を活用して費用を抑え、
それを天皇家の私費で賄うという具体案を示していたことがわかった。
使用後に解体・撤去される「大嘗宮(だいじょうきゅう)」を新設しない分、大幅に費用を抑えられる。
こうした考えは前長官の代から伝えていたが、宮内庁は前回の代替わり時に議論を尽くしたなどとし、
本格的に検討しなかった。
複数の関係者が明らかにした。政府の方針では、来年の大嘗祭の関係費は
前回1990(平成2)年の22億4900万円から27億1900万円へと増大。
皇居・東御苑に新造される大嘗宮の設営費関連だけで19億700万円かかる。
関係者によると、秋篠宮さまは「天皇の代替わりに伴う諸行事は
国民の理解のもとで執り行われるべきだ」との考えで、
天皇陛下の退位の意向が内々に明らかになったことを受け、
風岡典之・前宮内庁長官(2012〜16年)に「公費支出はなじまない」と伝え、
今の山本信一郎長官にも繰り返し意見を述べてきた。
政府が公費支出を決める前の段階で宮内庁に熟考を求める意図があったという。
意見した際に「大嘗宮を建てず、宮中にある神嘉殿で執り行っても
儀式の心が薄れることはないだろう」とも述べた。神嘉殿は国中の神々をまつる神殿で、
収穫に感謝する毎年の新嘗(にいなめ)祭が行われている場。
これを使い、天皇家の私的な積立金のうち数億円で賄える範囲で実施を、という提案だった。
秋篠宮さまは誕生日を前にした11月22日の記者会見で大嘗祭に
公費支出をするべきではないと発言したほか、「身の丈にあった儀式」にすることが本来の姿とも述べた。
こうした意見を宮内庁長官らに伝えたが「聞く耳を持たなかった」とも語っていた。
秋篠宮さまは代替わり後は皇位継承順位1位の「皇嗣(こうし)」となる立場。
政府方針と違う発言をしたことを疑問視する意見もあったが、発言の理由については
「政府決定に異を唱える意図はない。皇室内部でもさまざまな意見があることを国民に知ってもらうことで、
今後の議論の参考の一つになれば」と周囲に語っているという。実際に皇嗣となれば、
憲法で政治的な権能を持たないと定められた天皇に次ぐ立場で、発言はより慎重さを求められる。
関係者は「今回の記者会見がお気持ちを示すぎりぎりのタイミングだったのでは」としている。
     ◇
〈大嘗祭と公費支出〉 新たに即位した天皇が1代に1度限り行う儀式。
稲作農業を中心とした古代社会の収穫儀礼に根ざしたもので、7世紀の天武天皇の代が最初とされる。
戦乱などにより、中世から約220年間行われなかったが江戸時代に再興された。
中核の「大嘗宮の儀」では新天皇がその年に収穫された米などを神々に供え、
自身も食し、五穀豊穣(ほうじょう)や国家安寧を祈る。
 公費支出を巡っては、平成への代替わりの時に大きな議論となった。
政府は宗教的な性格があるため「国事行為とはしない」とする一方で、「皇位継承の重要儀式」として公費を支出。
だが、政教分離を定めた憲法に反するとの意見があり、知事らの参列の合憲性を問う訴訟が相次いだ。
最高裁は支出そのものへの憲法判断を下しておらず、今も違憲性を指摘する声がある。
今回政府は前例を踏襲し早々に公費支出を決定。宗教者や市民らが支出差し止めを求めて東京地裁に提訴している。
https://www.asahi.com/articles/ASLD561DXLD5UTIL050.html

私費で賄う大嘗祭の提案、宮内庁「長官、記憶にない」
多田晃子 2018年12月25日19時49分
代替わりに伴う皇室行事「大嘗祭(だいじょうさい)」を巡り、
秋篠宮さまが山本信一郎・宮内庁長官に既存の宮中の「神嘉殿(しんかでん)」を活用し
費用を抑制する具体案を示していたと報じられたことについて、宮内庁の西村泰彦次長は25日の定例会見で、
「一つの考え方」として長官が事前に秋篠宮さまから聞いていた、と認めた。
だが、前回の代替わり時の整理や、古来皇位継承があった際は常設の施設ではなく
臨時の宮を建ててきたことなど歴史的経緯を踏まえ、
従来通り「大嘗宮(だいじょうきゅう)」を新設して行うこととしたという。
一方、秋篠宮さまは天皇家の私的な積立金のうち数億円で賄える範囲で実施を、とも提案していたと報じられたが、
西村次長は「長官は『記憶にない』と言っている」と述べた。
秋篠宮さまは11月22日の会見で、大嘗祭は宗教色が強いため公費支出はなじまず、
天皇家の「私費」にあたる「内廷会計」で賄うべきだとの考えを示し、
山本長官らに伝えたが「(長官らが)聞く耳を持たなかった」と語っていた。(多田晃子)
https://www.asahi.com/articles/ASLDT5GNVLDTUTIL02K.html

2018年11月

守谷さん、絢子さんが両陛下に結婚を報告
2018.11.1 12:24
10月29日に結婚した日本郵船勤務の守谷慧(けい)さん(32)と
高円宮家の三女、絢子(あやこ)さん(28)は1日、
天皇、皇后両陛下のお住まいの皇居・御所を訪れ、両陛下に結婚式が無事終了したことを報告した。
2人を乗せた車は午前10時15分ごろ、皇居・坂下門に入った。
報道陣から「おめでとうございます」と声をかけられると、2人は会釈し、笑顔を見せていた。
守谷さんは8月、結納に当たる「納采の儀」を終えた際も、御所を訪れ、両陛下にあいさつしている。
https://www.sankei.com/life/news/181101/lif1811010023-n1.html

皇太子ご夫妻、灯台記念式典に=東京
皇太子ご夫妻は1日午後、東京都千代田区のホテルで開催された灯台150周年記念式典に出席された。
日本初の洋式灯台である観音埼灯台は、明治元年(1868年)のこの日に神奈川県横須賀市で起工した。
式典で皇太子さまは、孤島やへき地など厳しい環境で灯火を守ってきた人の苦労に言及した上で、
「我が国を囲む海が一層安全で、美しく、豊かであることを願います」とあいさつした。
(2018/11/01-17:14)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018110100967&g=ryl

皇后さま、「せきぜんそく」のご診断
2018.11.1 17:48
宮内庁は1日、先月2日から風邪の症状が続いていた皇后さまについて、
侍医から同月下旬に「せきぜんそく」と診断され、
治療を受けられていることを明らかにした。
せきが断続的に出るほか、日中に微熱が出られることもある。
治療で症状は軽減し、ご公務の日程に変更はないという。
https://www.sankei.com/life/news/181101/lif1811010029-n1.html

天皇陛下、最後の文化勲章親授式 「誠に喜ばしい」山崎正和氏らをおねぎらい
2018.11.3 13:00
文化勲章の親授式が「文化の日」の3日、皇居・宮殿「松の間」で行われ、
租税法学の金子宏氏(87)、劇作・評論の山崎正和氏(84)ら5人に天皇陛下が勲章を手渡された。
来年4月の譲位を控え、陛下にとって最後の文化勲章親授式となられた。
他の受章者は、作曲の一柳慧(いちやなぎ・とし)氏(85)、陶芸の今井政之氏(87)、
情報工学の長尾真氏(82)。
式に続き、金子氏が受章者代表で感謝の言葉を述べると、
陛下は「長年、努力を重ね、大きな業績をおさめられ、文化の向上に尽くされたことを
誠に喜ばしく思います」とねぎらいの言葉をかけられた。
受章者は宮殿東庭で記念撮影に臨んだ後、宮内庁庁舎で記者会見。
山崎氏は「陛下手ずから勲章をいただき、平成最後の文化勲章をいただいたのだという実感が
強くわきました」と感想を述べた。今井氏は「世界に向かって陶芸の世界を、
日本の文化を披露していきたい」と今後のさらなる活動に意欲を見せた。
https://www.sankei.com/life/news/181103/lif1811030027-n1.html

高円宮妃久子さま 地域伝統芸能の全国大会に名誉総裁としてご出席 名古屋
11月03日 17:57 東海テレビ
伝統芸能を紹介し、その功績を表彰する大会が名古屋市で開かれ、高円宮妃久子さまが出席されました。
伝統芸能を継承するため毎年開かれている地域伝統芸能全国大会。
名誉総裁を務める高円宮妃久子さまが出席されて、名古屋で記念式典が行われました。
3日は伝統芸能の保存や発展などに功績のあった6つの個人や団体に賞が贈られ、
久子さまから記念メダルが贈られました。
表彰式の後には受賞団体や地元の団体などが伝統芸能を披露し、会場からは盛んに拍手が送られていました。
http://tokai-tv.com/tokainews/article.php?i=66875&date=20181103

両陛下、文化勲章受章者ら招き茶会
2018年11月05日
今年度の文化勲章受章者と文化功労者を招いた天皇、皇后両陛下主催の茶会が5日、皇居・宮殿で開かれた。
茶会には、劇作家・評論家の山崎正和さん(84)ら文化勲章受章者と、
建築家の伊東豊雄さん(77)ら文化功労者の計20人が出席した。
天皇陛下は「今後ともそれぞれの分野の発展のために力を尽くされるよう願っています」とあいさつされた。
皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻も同席された。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181105-OYT1T50070.html

秋篠宮さま 福島県へ 世界水族館会議出席
毎日新聞2018年11月6日 17時46分(最終更新 11月6日 17時46分)
秋篠宮さまは6日、「第10回世界水族館会議」の開会式に出席されるため福島県に入り、
南相馬市の県立小高産業技術高を訪問した。ロボット製作に励む生徒と交流し、
ボールなどを運ぶ競技ロボットの実演を見学。
生徒のアドバイスを受けながらコントローラーを操作してロボットを動かしていた。
同会議は約35カ国から水族館関係者や海洋学者らが集う。開会式は7日、いわき市の小名浜魚市場で開かれる。
秋篠宮さまは日本動物園水族館協会総裁を務めている。【山田奈緒】
https://mainichi.jp/articles/20181107/k00/00m/040/021000c

天皇陛下、最後の勲章親授式 今井敬氏らにご授与
2018.11.6 15:26
秋の叙勲の大綬章親授式が6日、皇居・宮殿「松の間」で行われ、
天皇陛下が今回最高位の桐花大綬章を受章した今井敬元経団連会長(88)や
斎藤十朗元参院議長(78)ら8人に勲章を手渡された。
来年4月の譲位を控え、陛下にとっては勲章を授与される最後の機会となった。
他に式に臨んだのは、旭日大綬章の大橋正春元最高裁判事(71)、平沼赳夫元経済産業相(79)、
高木義明元文部科学相(72)、千葉景子元法相(70)、鈴木政二元官房副長官(70)、
渡辺捷昭(かつあき)前トヨタ自動車社長(76)。
別枠の外国人叙勲では、天皇、皇后両陛下と親交が深いマレーシアのマハティール首相(93)が
桐花大綬章を受け取った。
式の後、今井氏が受章者代表で感謝の言葉を述べたのに対し、
陛下は「長年、それぞれの務めに精励し、国や社会のために、
また、人々のために尽くされてきたことを深く感謝しております」とねぎらいの言葉をかけられた。
https://www.sankei.com/life/news/181106/lif1811060022-n1.html

秋篠宮さま、世界水族館会議の開会式に出席
2018年11月07日
福島県を訪問していた秋篠宮さまは7日、いわき市の小名浜魚市場で開かれた
第10回世界水族館会議の開会式に出席し、帰京された。
日本動物園水族館協会総裁の秋篠宮さまは、開会式のあいさつで、
地球温暖化や自然災害の増加などの諸課題を解決するため、
「水族館が世界の人々をつなぎ、未来に向けた行動を促す場となる重要性も大きくなる」と英語で述べられた。
会議には、世界35か国・地域の水族館関係者や海洋学者ら約500人が参加し、
海洋環境問題や海洋生物の保全などについて、基調講演や研究発表が行われる。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181107-OYT1T50126.html

皇太子さま、山形県入り 高校で園芸実習の様子を視察
2018年11月7日19時30分
皇太子さまは7日、全国農業担い手サミットの開会式などに出席するため、山形県に入った。
同日午後には上山市の県立上山明新館高校で、園芸実習の様子を視察。
シクラメンの葉の形を整える「葉組み」やヨーグルト作りを見て回り、
「有意義な生活を送ってください」と声をかけた。
8日には山形市で開かれる開会式に出席し、おことばを述べる。
皇太子妃雅子さまは9日に平成最後の園遊会を控えるため、体調を考慮して同行しなかった。
https://www.asahi.com/articles/ASLC64DKCLC6UTIL01H.html

皇后さまがコンサート鑑賞
皇后さまは7日夜、東京都港区のサントリーホールを訪れ、
ピアニストの内田光子さんによるコンサートを後半から鑑賞された。
皇后さまは世界的に活躍する日本の女性音楽家を支援しており、内田さんのコンサートにもたびたび足を運んでいる。
この日はシューベルト作曲のピアノソナタが披露され、皇后さまは客席から盛んに拍手を送っていた。
(2018/11/07-21:40)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018110701267&g=ryl

皇太子さま、農業担い手サミットご臨席 若手農業従事者とご交流
2018.11.8 15:52
山形県を訪問していた皇太子さまは8日、山形市内で開かれた「第21回全国農業担い手サミット」の
開会式に臨席し「地域に活力を生み出している皆さんの輪が全国に広がり、
日本の農業が未来に向けて力強く発展していくこと」を願うとあいさつされた。
皇太子さまは同日夜、帰京される。
これに先立ち、皇太子さまは上山市内で若手の農業従事者とご交流。
しいたけなどを栽培する夫婦に「どんな点が大変ですか」などと質問されていた。
同市では養護学校でバザーのリハーサルなども見学し、
肢体不自由児に「上手に作ってありますね」と笑顔で声をかけられていた。
https://www.sankei.com/life/news/181108/lif1811080026-n1.html

三笠宮寛仁妃信子さまをお迎えして九州八県赤十字大会
2018.11.08 18:57
赤十字事業に貢献した人を表彰する九州八県赤十字大会が日本赤十字社名誉副総裁の
三笠宮寛仁妃信子さまをお迎えして8日、熊本市でありました。
10年ぶりとなる熊本での大会には九州各県から関係者約1400人が出席。
赤十字に寄付するなどした135の個人や団体に信子さまから金、銀の有功章が贈られました。
「お互いに寄り添い、より一層充実した活動を進められることを願います」と信子さま。
青少年赤十字メンバーで益城中学校3年の垣田如月さんと藤島大志さんが
「熊本地震からの復興を切に願うとともに、なお一層人道的使命の達成に向け行動します」と宣言しました。
https://www.tku.co.jp/news/

両陛下、明治150年特別展ご覧
2018.11.8 21:09
天皇、皇后両陛下は8日、東京都新宿区の明治神宮外苑にある聖徳記念絵画館で、
明治維新150年を記念した特別展「明治日本が見た世界」を鑑賞された。
同館では、幕末から明治にかけての歴史を描いた絵画を常設展示。
特別展では絵画とともに、日本初の女子留学生や、欧米を歴訪した岩倉使節団の資料を紹介している。
両陛下は特別展の担当者の説明を熱心に聞きながら展示をご覧に。
担当者によると、天皇陛下は「良いものを見せていただきました」と話され、
皇后さまは「明治は大きな時代でしたね」と感想を述べられていたという。
https://www.sankei.com/life/news/181108/lif1811080040-n1.html

園遊会

「テニスがしたくなりました」 紀子さま、大会観戦
2018年11月10日17時16分
秋篠宮妃紀子さまは10日、東京都昭島市で開かれたソニー生命カップ
第40回全国レディーステニス決勝大会(朝日新聞社など主催)の会場を訪れ、決勝戦を観戦した。
同大会への訪問は初めて。
テニス経験者の紀子さまは観戦後、大会関係者に「テニスがしたくなりました」
「長く続いてきたこの大会をこれからも続けていただきたい」などと話していたという。(緒方雄大)
https://www.asahi.com/articles/ASLCB3R8NLCBUTIL00K.html

佳子さま「すごく心に残りました」 少年の主張全国大会
中田絢子
2018年11月11日17時38分
秋篠宮家の次女、佳子さまは11日、東京都渋谷区の国立オリンピック記念青少年総合センターで開かれた
「第40回少年の主張全国大会〜わたしの主張2018〜」に出席した。
大会では、全国の応募者約52万人から選ばれた12人の中学生が、日頃感じている思いを発表。
佳子さまは客席でメモを取るなどして熱心に耳を傾けた。
 終了後、佳子さまは一人一人に、発表のきっかけや今後の夢をたずねるなどして交流。
吹奏楽部の一員として熊本地震の被災者向けに演奏活動をした坂本優さん(15)には
「すごく心に残る発表でした」と声をかけた。
「死にたい」と思うほどの激しいいじめを乗り越えた経験を涙ながらに語り、
「私は私らしく幸せになるために人生を駆け抜けていきます」と訴えた
山形県の岩淵礼姫(あやめ)さん(14)には、今後の目標をたずねた。
岩淵さんが「スクールアドバイザーを目指しています」と答えると、
佳子さまは「夢に向かって頑張ってください」と励ましたという。(中田絢子)
https://www.asahi.com/articles/ASLCC5HBYLCCUTIL00K.html

皇后さま、難民NGOコンサートに
皇后さまは13日夜、東京都千代田区の紀尾井ホールを訪れ、
国際NGO「難民を助ける会」の創立40周年記念チャリティーコンサートを鑑賞された。
 皇后さまはこれまでも同会主催のコンサートにたびたび出席。
この日は、ピアニストの仲道郁代さんと金子三勇士さんのデュオによる
ドビュッシーの「月の光」などを熱心に聞き、曲が終わるごとに盛んに拍手を送った。
(2018/11/13-21:21)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018111301187&g=soc

2018年11月13日
甘みも上々 森町で献上次郎柿の採果と梱包作業
皇室に献上する森町特産の次郎(治郎)柿の採果と梱包(こんぽう)作業が十二日、町内であった。
十三日に太田康雄町長らが宮内庁と東宮御所に届ける。
柿の献上は一九〇八(明治四十一)年、明治天皇が行幸で、静岡市に立ち寄った際、
大変気に入ったというのが始まりとされ、今年で通算百五回目となる。
この日朝、町職員が代々献上に携わる同町森の太田知宏さんの柿園で四百個を収穫。
JA遠州中央森町柿部会の二十三農家が収穫した分と合わせ、
計七百三十六個の最上級の柿を町民生活センターに運び込んだ。
マスク、白衣姿の町職員が慎重に一個ずつチェックし、特に形や色つやが良い百二十個を選別。
一つずつブラシできれいにして薄紙に包み、三つの桐(きり)の箱に収めた。
町によると、今季の次郎柿は平年以上に甘みが乗っており、上々の出来栄えだという。
(土屋祐二)
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20181113/CK2018111302000019.html

皇后さま、日赤で記念式典に=「院内感染防止の父」生誕200年
皇后さまは14日午後、東京都渋谷区の日本赤十字社医療センターを訪れ、
ハンガリー人医師イグナーツ・ゼンメルワイスの生誕200周年を記念した式典に出席された。
皇后さまは日本赤十字社の名誉総裁を務めており、
来年5月以降は新皇后となる皇太子妃雅子さまに引き継がれる予定。
ゼンメルワイスは医療従事者が手の消毒をすることで患者への細菌感染を予防できることを証明し、
「院内感染予防の父」と呼ばれる。式典では、センターの中庭に設置された同医師の胸像の除幕式が行われ、
皇后さまは笑顔で拍手を送った。(2018/11/14-18:10)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018111401037&g=ryl

両陛下、被災者お見舞い 北海道地震の厚真町
2018/11/15 16:40
天皇、皇后両陛下は15日、北海道地震の被災地を見舞うため、北海道厚真町を日帰りで訪問された。
被災者や復旧活動に尽力した関係者約40人と面会し、土砂崩れ現場を視察。
両陛下の被災地訪問は西日本豪雨で被災した岡山、広島、愛媛の3県を訪れた9月以来。
両陛下は同町の公共施設で約30分にわたり、震度7を観測した当時の状況や避難生活について聞かれた。
家族を失った遺族には「大変なことでしたね」といたわられた。
天皇陛下は自宅が全壊し仮設住宅で暮らす戸田靖男さん(73)に「怖い思いをされましたね。
ご無事でよかった」と言葉をかけられた。
皇后さまは被災者の手を握り、警察や消防、自衛隊関係者には「お疲れはありませんか」とねぎらわれた。
特別機で北海道入りされた両陛下。機中から山肌が露出した厚真町の方面をじっと見入り、
同町に入ると土砂崩れの災害現場を見渡しながら、熱心に説明を聞かれた。
両陛下は同日、被災者支援のために金一封を北海道に贈られた。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37797670V11C18A1CR8000/

両陛下が北海道地震お見舞い 厚真町訪問
毎日新聞2018年11月15日 17時12分(最終更新 11月15日 17時12分)
天皇、皇后両陛下は15日、北海道厚真町を訪ね、北海道胆振(いぶり)東部地震の被災地を見舞われた。
町の施設で遺族や被災者ら約40人と面会。
「よく耐えてこられましたね」「おつらい経験をされましたね」などといたわりの言葉をかけた。
同町は大規模な山崩れなどで36人が亡くなった。両陛下は、面会前に崩れた山を見渡す場所を訪問し、
宮坂尚市朗町長が説明する被害状況に聴き入った。天皇陛下は山を見渡し「大変でしたね」と話していた。
また、両陛下は同日、高橋はるみ知事に被災者支援として金一封を贈った。【山田奈緒】
http://mainichi.jp/articles/20181116/k00/00m/040/012000c

両陛下、被災者に寄り添われ 北海道地震お見舞い
2018.11.15 18:35
天皇、皇后両陛下が15日、北海道厚真町で9月の地震の被災地見舞いを果たされた。
豪雨、噴火などを含め自然災害が相次いだ平成の30年間。
両陛下はできる限り現地に赴き、苦難に耐える被災者に寄り添われてきた。
譲位まで半年を切る中、この日も従前と変わらぬ姿勢を貫かれた。
マイクロバスで同町入りした両陛下は、土砂崩れで多くの犠牲者を出した吉野地区周辺に立ち寄り、
見渡す限り地滑りの爪痕が広がる様子を目にされた。
発生直後の写真を示しながら説明する宮坂尚市朗町長を、天皇陛下は「本当に大変でしたね」と気遣われた。
救援活動拠点である施設では、遺族や被災者ら42人と懇談された。
子供と仮設住宅に入る女性を、天皇陛下は「環境が変わるとお子さんも大変なんじゃないですか」とご慰労。
自宅で被災した男性には「怖い思いをされたんじゃないですか」と声をかけられた。
皇后さまは車いす姿の高齢女性の前でかがみ込み、「落ち着かれましたか。お体は大丈夫?」と優しく語りかけられた。
仮設住宅への入居待ちで避難所生活が続く被災者の姿もあり、
陛下は支援にあたる女性警察官に「心の健康も大事でしょうね」と話された。
施設を立ち去る際、陛下はバスの中で立ち上がり、見送る被災者らに手を振り続けられていた。
6月に東日本大震災の被災地である福島県を慰問し、「両陛下の被災地訪問は一区切り」(側近)とみられたが、
西日本豪雨の発生を受け、9月に2週連続で岡山、愛媛、広島の被災3県に足を運ばれた。
厚真町へも早期の訪問を望み、降雪時期も見据え、ぎりぎりの日程で実現された。
宮内庁関係者は「在位中の災害被災地は、ご自身で見舞いたいとのお気持ちは強い」と推し量った。
https://www.sankei.com/life/news/181115/lif1811150028-n1.html

皇太子ご夫妻が樹木手入れ=即位前、最後の全国育樹祭
皇太子ご夫妻は17日午後、東京都臨海部の中央防波堤埋立地内にある「海の森公園予定地」を訪れ、
第42回全国育樹祭の「お手入れ行事」に出席された。
全国育樹祭は皇太子さまが毎年出席してきた「七大行啓」と呼ばれる恒例行事の一つで、
来年5月の即位前では今回が最後の機会。
翌18日、調布市で主要な式典が行われる。
会場に到着したご夫妻は、海の森公園の整備計画などに関するパネルを見学。
1996年5月に行われた第47回全国植樹祭で天皇、皇后両陛下が植樹したイチョウの木を、
のこぎりなどを使って丁寧に手入れした。
皇太子さまはこの後、都内のホテルに移動し、育樹祭関係者の懇談会に出席する。(2018/11/17-15:36)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018111700401&g=ryl

皇太子ご夫妻、全国育樹祭に「森林の継承、大切な務め」
2018年11月18日16時24分
皇太子ご夫妻は18日、東京都調布市の武蔵野の森総合スポーツプラザで開かれた
「第42回全国育樹祭」に出席した。
あいさつで皇太子さまは「森林を、健全な姿で次の世代へ継承し、
美しい国土と豊かな暮らしを未来へとつないでいくことは、私たちに課せられた大切な務め」と述べ、
各地で行われている緑化活動が「今後も多くの人々に支えられ、更に発展していくことを期待しています」と語った。
https://www.asahi.com/articles/ASLCL3257LCLUTIL006.html

皇后さま、新作能を鑑賞 親交あった故・石牟礼さん原作
島康彦
2018年11月18日17時13分
皇后さまは18日、東京都渋谷区の国立能楽堂を訪れ、
2月に亡くなった作家石牟礼道子さん原作の新作能「沖宮(おきのみや)」(朝日新聞社など後援)を鑑賞した。
皇后さまと石牟礼さんは親交があり、2013年10月には、石牟礼さんから皇后さまへの手紙が契機となって、
天皇、皇后両陛下と水俣病の胎児性患者との面会が実現した。
「沖宮」は天草(熊本県)が舞台で、長年の友人だった染織家の志村ふくみさんが衣装を監修した。
皇后さまは幻想的な作品に見入り、拍手を送っていた。(島康彦)
https://www.asahi.com/articles/ASLCJ51FNLCJUTIL01S.html

両陛下、国際生物学賞授賞式にご臨席
2018.11.19 11:56
天皇、皇后両陛下は19日、東京都台東区の日本学士院会館で、国際生物学賞の授賞式に臨席された。
同賞は昭和60年、生物学者だった昭和天皇の在位60年を記念し、生物学奨励のために創設された。
今回は自然史学が専門で、地球が誕生した頃の生命と環境に関する研究の
世界的リーダーとして活躍する米ハーバード大、アンドリュー・ノール博士が受賞。
両陛下は式典で盛んに拍手を送られた。
https://www.sankei.com/life/news/181119/lif1811190027-n1.html

眞子さま「緑の『わ』一層広がって」 交流のつどい出席
中田絢子 2018年11月19日18時45分
秋篠宮家の長女眞子さまは19日、東京都港区の明治記念館で、緑豊かなまちづくりに
貢献した市民団体や企業、自治体などを表彰する「第2回みどりの『わ』交流のつどい」に
出席した。「都市の緑を育むための多様な分野の知恵と工夫が積み重ねられ、分かち合われて、
緑の『わ』がより一層広がっていきますこと」を願うとあいさつした。(中田絢子)
https://www.asahi.com/articles/ASLCM4V64LCMUTIL012.html

信子さま、福島県の復興視察 三春で県民励ますメッセージ
2018年11月20日 08時00分
寛仁親王妃信子さまは19日、福島県三春町の県環境創造センターを訪れ、本県の復興状況を視察された。
21日まで3日間の日程で、中通りや浜通りを訪問する。
信子さまの来県は2016(平成28)年以来で8度目。
19日は同センター交流棟コミュタン福島で、角山茂章所長や職員から施設概要について説明を受けた。
内堀雅雄知事、鈴木義孝三春町長らが同行した。
信子さまは、東京電力福島第1原発事故を示す模型や、放射線教育コーナーを見学、
本県復興の歩みを伝える映像を視聴した。
スタッフの説明に何度もうなずき、復興を目指す県民の思いに寄り添った。
来館者が書き込む電子メッセージボードには「太陽が昇らない朝はない がんばろう福島」との言葉を寄せた。
信子さまに施設概要を説明した角山所長は「『子どもの教育にとって良い施設』と言っていただいた。
教育や研究を充実させ、県内外に発信したい」と話した。
http://www.minyu-net.com/news/news/FM20181120-326848.php

皇太子さまがウィーンフィル鑑賞
皇太子さまは20日夜、東京都港区のサントリーホールを訪れ、
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートを鑑賞された。
オーストリア出身の世界的指揮者、フランツ・ウェルザーメスト氏との共演。
ピアニストのラン・ラン氏がソロを務めるモーツァルトのピアノ協奏曲第24番や、
ブラームスの交響曲第2番などが披露され、皇太子さまは熱演に何度も拍手を送っていた。
(2018/11/20-21:49)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018112001207

皇太子ご夫妻、PTA式典ご臨席
2018.11.21 17:28
皇太子ご夫妻は21日、ホテルニューオータニ(東京都千代田区)で開催された
「日本PTA創立70周年記念式典」に臨席された。
皇太子さまは「今後とも皆さんが手を携えて、次代を担う児童・生徒たちの健全な育成のため、
家庭・学校・地域の懸け橋となり、一層力を尽くしていかれることを期待しています」とあいさつをされた。
式典ではPTA活動に尽力した団体や個人への表彰が行われ、皇太子妃雅子さまは笑顔で拍手を送られていた。
https://www.sankei.com/life/news/181121/lif1811210039-n1.html

信子さま、子どもたちにエール 浪江と広野の学校視察
2018年11月21日 10時30分
福島県を訪問中の寛仁親王妃信子さまは20日、浪江町のなみえ創成小・中と広野町のふたば未来学園高を訪れ、
東日本大震災、東京電力福島第1原発事故で甚大な被害を受けた地域で力強く歩む子どもたちを励まされた。
浪江町に4月に開校したなみえ創成小・中では、児童、生徒と交流した。
子どもたちが制作に携わったモザイクアート作品を見ると、「すごいですね」と感想を語った。
子どもたちは同町で24日に開かれる「十日市祭」で歌い上げる合唱曲を披露。
中学1年の生徒は「学校には10人しかいませんが、明るく過ごしています。
私たちの感謝の気持ちを込めて花束を贈ります」と、
町内で栽培されたトルコギキョウなどの花束を信子さまに手渡した。
生徒は「信子さまから『つらいこともあるだろうけれど、頑張ってね』と言葉を掛けてもらった。
これからの励みになる」と笑顔を見せた。
ふたば未来学園高では1〜3年の代表5人が地域の課題や自身の未来像について発表した。
生徒会長(2年)は「震災直後は町全体にがれきが広がり、悲しい気持ちになった」と振り返りながら
「避難所では知らない人と共同生活をしたが、人と関わることの大切さを学んだ」と
震災の教訓を将来に生かす決意を披露した。
信子さまは生徒たちの表情を真っすぐに見つめて発表を聞き
「つらい経験が必ず役に立つときがくる。できる限り応援していく」とエールを送った。
http://www.minyu-net.com/news/news/FM20181121-327229.php

悠仁さま 小学校最後の音楽会
11月22日 19時17分
秋篠宮ご夫妻の長男の悠仁さまは、22日、小学校の音楽会に参加し、歌や楽器の演奏を披露されました。
悠仁さまが通われる東京・文京区のお茶の水女子大学附属小学校では、
毎年11月に全校児童が参加して音楽会が開かれています。
6年生の悠仁さまにとって今回が最後の音楽会となり、100人余りの同級生と一緒に紺色の制服姿で舞台に上がって、
およそ20分間、歌や楽器の演奏を披露されました。
このうち合奏では悠仁さまは、ソプラノリコーダーを担当し、ホルスト作曲の「木星」など2曲を披露されました。
また、合唱ではソプラノのパートを担当し、「風になりたい」など2曲を歌われました。
悠仁さまは、9月に2学期が始まってから21日まで、
音楽の授業や休み時間などに練習を重ねられてきたということです。
22日は、秋篠宮ご夫妻も保護者席から見守られ、
悠仁さまは、演奏が終わって会場から拍手が起きると同級生と一緒におじぎをされていました。
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20181122/0021685.html

悠仁さま、歌と演奏を披露
小学時代、最後の音楽会 
2018/11/22 17:32
秋篠宮家の長男悠仁さまは22日、自身が通うお茶の水女子大付属小(東京都文京区)の音楽会に参加し、
同級生と共に合唱や楽器の演奏を楽しんだ。6年生の悠仁さまにとって、小学校の音楽会に参加するのは最後。
秋篠宮ご夫妻も他の保護者と一緒に鑑賞された。
悠仁さまは同級生約110人とリコーダーを演奏。ホルスト作曲の「木星」などを披露した。
合唱では「この地球のどこかで」と「風になりたい」のソプラノパートを担当した。
ご夫妻は曲の合間に笑顔で拍手を送っていた。
同校によると、悠仁さまは9月ごろから練習を重ねてきた。
https://this.kiji.is/438255916661769313?c=39546741839462401

陛下、最後の新嘗祭に 国民の安寧祈り
2018/11/23 20:10
天皇陛下は23日夜、国民の安寧と五穀豊穣(ほうじょう)を祈る宮中祭祀(さいし)「新嘗祭」に臨まれた。
新嘗祭は古来より歴代天皇から受け継がれてきた最も重要とされる儀式で、
2019年4月末に退位される陛下にとって今回が最後。
新嘗祭のルーツは、稲の収穫祭。現在は皇居・宮中三殿に隣接する「神嘉殿」で営まれており、
純白の「御祭服」という装束を着た陛下が新穀を神々に供え、食し、国民の安寧を祈られる。
儀式は午後6時から8時までの「夕(よい)の儀」と午後11時から翌24日午前1時までの「暁の儀」から成る。
宮内庁は健康への影響を考慮し、09年から陛下の拝礼時間を短縮。
14年からは「暁の儀」への出席がなくなったが、陛下は儀式終了の報告が入るまで御所で待機されているという。
陛下が担われてきた新嘗祭などの宮中祭祀は代替わり後、皇太子さまに全て引き継がれる。
即位後最初に臨む新嘗祭は「大嘗祭(だいじょうさい)」と呼ばれ、19年11月に執り行われる。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO38133620T21C18A1CR8000/

承子さま、迫力ある試合に拍手…スカッシュ観戦
2018年11月25日
高円宮家の長女、承子さまは25日、横浜市港北区の商業施設「トレッサ横浜」で開かれた
第47回全日本スカッシュ選手権の男子、女子決勝を観戦された。
今年2月に日本スカッシュ協会の名誉総裁に就任して以後、初めての観戦で、
承子さまは「素晴らしい試合となることを期待しています」とあいさつ。
4面ガラス張りのコートで行われた迫力ある試合に拍手を送られていた。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181125-OYT1T50098.html

両陛下、ヨルダン国王夫妻と昼食=皇太子ご夫妻も面会
天皇、皇后両陛下は26日、来日しているヨルダンのアブドラ国王夫妻らを皇居・御所に招き、昼食を共にされた。
両陛下は正午ごろ、車で御所の玄関に到着した国王夫妻と、おいのオマル王子を笑顔で出迎えた。
宮内庁によると、国王は13回目の来日で、両陛下とはたびたび食事を共にしているという。
同日夕には、皇太子ご夫妻が国王夫妻と東京都内のホテルで面会。英語で懇談した。(2018/11/26-18:43)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018112600612&g=soc

秋篠宮さま、2年ぶり来県 和倉で研究会出席
2018/11/27 01:53
秋篠宮さまは26日、七尾市和倉温泉の加賀屋で開催された第63回水族館技術者研究会に出席された。
石川県訪問は2年ぶり10回目で、平成では最後とみられる。
研究会に先立ち、同市ののとじま臨海公園水族館を訪れ、
展示されているジンベエザメや能登近海の豊富な魚を鑑賞し、にこやかな表情を見せた。
秋篠宮さまの石川訪問は、2016年5月の第100回記念高校相撲金沢大会(北國新聞社主催)に出席して以来となった。
研究会は秋篠宮さまが総裁を務める日本動物園水族館協会(東京)が主催した。
秋篠宮さまは福田豊同協会長の先導で会場入りすると、
全国の水族館51館から集まった飼育員ら約100人に笑顔で会釈し、最前列の席に着いた。
飼育員による水生生物の繁殖や生態調査などに関する研究発表に真剣なまなざしで耳を傾けた。
https://www.hokkoku.co.jp/subpage/H20181127101.htm

両陛下、静岡を私的ご旅行 「ねむの木学園」ご訪問
2018.11.27 17:39
天皇、皇后両陛下は27日、私的旅行として静岡県を訪問し、
親交がある女優、宮城まり子さん(91)が運営する養護施設「ねむの木学園」(掛川市)などを見学された。
両陛下は昭和51年、先駆的な障害児教育を行う宮城さんと交流を持ち、
平成6年には当時、浜岡町(現御前崎市)にあった学園をご訪問。
今年は学園の50周年に当たり、再訪を強く希望されていた。
27日は同園敷地内にある美術館で、園生らが制作した絵画をご鑑賞。
天皇陛下は園生に「ずいぶん時間がかかったでしょう」と語りかけ、時折、膝をまげて熱心に見入られた。
皇后さまは花畑の絵に「なんだか織物みたい」とほほえまれていた。
両陛下が学園を後にする際、園生らは後ろを歩きながら歌で見送り、
両陛下は宮城さんと何度も握手を交わされていた。
続いて両陛下は袋井市に移動し、ベトナムの独立運動家、ファン・ボイ・チャウを支援した同市出身の医師、
浅羽佐喜太郎(さきたろう)氏の碑を見学された。
両陛下は昨年3月、同国を訪問した際、両氏の交流を記した碑をご覧になっている。
陛下はチャウについて、担当者に「どのくらい日本にいたんですか」などと質問を重ねられていた。
https://www.sankei.com/life/news/181127/lif1811270032-n1.html

皇太子さま、水害の国際シンポご聴講
2018.11.27 19:45
皇太子さまは27日、政策研究大学院大学(東京都港区)を訪れ、
水と災害に関する国際シンポジウム「歴史の教訓と世界の事例から学ぶ」を聴講された。
「水」問題の研究をライフワークとする皇太子さまは、会場の最前列にご着席。
今年の西日本豪雨の発生メカニズムや豪雨対策などについての報告があり、盛んに拍手を送られた。
各国の水害事例と課題を紹介するパネルディスカッションにも熱心に耳を傾けられた。
https://www.sankei.com/life/news/181127/lif1811270040-n1.html

秋篠宮さま、花嫁のれん館に
2018/11/27 16:48
石川県に滞在中の秋篠宮さまは27日、七尾市一本杉通りの「花嫁のれん館」を視察された。
旧加賀藩領で幕末から伝わる嫁入り道具「花嫁のれん」の展示を興味深げに見学し、
北陸独特の婚礼文化に理解を深めた。
金沢市出羽町の県文化財保存修復工房も訪問した。午後に小松空港から帰京する。
花嫁のれん館は2016年4月にオープンし、皇族が訪れるのは初めて。
秋篠宮さまは、鳥居貞利館長や不嶋豊和七尾市長らの出迎えを受け、
歓迎しようと集まった市民約300人に笑顔で手を振り、館内に入った。
秋篠宮さまは、常設展示室に飾られた明治から平成までの色鮮やかな「花嫁のれん」や
重箱などの嫁入り道具を一つ一つじっくりと見入り、
白無垢(むく)姿の女性による「花嫁のれんくぐり」の再現も見学した。
「花嫁のれんは今も続いているんですか」などと熱心に質問し、男性用ののれんの前では
「養子に行く時には『花婿のれん』なんですね」と楽しそうに話した。
秋篠宮さまから最後に「興味深い展示ですね」と声を掛けられたという鳥居館長は「大変光栄なこと。
これからも一本杉の商店街の皆さんと一体となって盛り上げたい」と喜んだ。
のれん館の裏に住む細川喜代さん(91)=同市一本杉町=は「この日を心待ちにしていた。
何度も手を振っていただいて、言葉にならない。
七尾でお目にかかれる日が来るなんて」と目を潤ました。
秋篠宮さまはこの後、県文化財保存修復工房を訪れ、谷本正憲知事らの出迎えを受けた。
表具修復室では、荒川神社(野々市市二日市)が所有する江戸時代の
「賤ケ岳(しずがたけ)合戦図絵馬」などの修復作業を見学した。
秋篠宮さまは、七尾市和倉温泉で開催された水族館技術者研究会に出席するため26日に石川入りした。
https://www.hokkoku.co.jp/subpage/E20181127001.htm

皇室
両陛下、外国人学習支援センターを訪問
毎日新聞2018年11月28日 18時14分(最終更新 11月28日 19時43分)
静岡県を私的旅行されていた天皇、皇后両陛下は28日、浜松市の外国人学習支援センターを見学し、帰京された。
天皇陛下は、日本語の学習をしていたブラジルやインドネシアの出身者らに「もう苦労しなくなりましたか」と声をかけ、
皇后さまは「二つ(の国)を結ぶものになってください」と励ました。
また、陛下は同センターのボランティア研修で学んだポルトガル語を使って自己紹介した日本人に
「(海外出身者の)日本の滞在が楽しいものになるよう、
みなさんのご努力が大事だと思います」とねぎらった。【稲垣衆史】
https://mainichi.jp/articles/20181129/k00/00m/040/035000c

秋篠宮殿下53歳

皇太子ご夫妻、レセプションに=高円宮杯英語弁論大会
皇太子ご夫妻と高円宮妃久子さまは30日夕、帝国ホテル(東京都千代田区)で開かれた
高円宮杯第70回全日本中学校英語弁論大会の記念レセプションに出席された。
皇太子さまは会場の中学生らに「さまざまな経験を積み、海外の人と会った時に、
『話したい』『伝えたい』『分かり合いたい』と思える事柄を一つでも多く身に付けていってください」とあいさつ。
大会の入賞者が滑らかな英語スピーチを披露すると、雅子さまと盛んに拍手を送った。(2018/11/30-18:45)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018113001128&g=ryl

皇太子ご夫妻、英語弁論大会レセプションに
2018年11月30日 21:43
皇太子ご夫妻と高円宮妃久子さまは30日午後、中学生の英語弁論大会の記念レセプションに出席された。
皇太子ご夫妻と高円宮妃久子さまは30日午後、
都内のホテルで行われた中学校英語弁論大会の記念レセプションに出席し、皇太子さまは中学生にエールを送られた。
皇太子さま「伝えるべき内容を持つためには、まず自分の国の歴史や文化をよく学ぶと同時に、
世界の国々のことも学び、他の国の人々の状況についても、
豊かな想像力を持って思いを巡らす力を育んでいっていただきたいと思います」
大会の名誉総裁を務める久子さまも、英語を交えてスピーチされた。
皇太子さまは、大会に出場した中学生に「がんばりましたね」
「準備は大変でしたか」とねぎらいの言葉をかけられた。
http://www.news24.jp/articles/2018/11/30/07410566.html

平成最後の園遊会

天皇皇后両陛下 最後の園遊会 1800人余が出席
2018年11月9日 18時03分
秋の園遊会が開かれ、ピョンチャンパラリンピックのメダリストなど1800人余りが、
天皇皇后両陛下や皇族方と和やかなひとときを過ごしました。
来年4月の天皇陛下の退位を前に、両陛下が臨まれる最後の園遊会となりました。
園遊会は、両陛下の主催で、毎年、春と秋の2回、東京の赤坂御苑で開かれています。
来年の春の園遊会は、天皇陛下の退位を間近に控えて取りやめられるため、
両陛下が園遊会に臨まれるのは最後になりました。
9日は、雨の中の園遊会となりましたが、両陛下は、ふたりで1本の傘を握り、
寄り添うようにして招待された人たちと言葉を交わされました。
女性の皇族方は、色とりどりの和服で会場を彩られ、
療養中の皇太子妃の雅子さまは、15年ぶりに最後まで行事に臨まれました。
今回は、ピョンチャンパラリンピックで活躍した選手たちが招かれ、
アルペンスキーで金メダルを含む5つのメダルを獲得した村岡桃佳選手に、
天皇陛下が「よかったですね。本当にね」と話しかけられると、
村岡選手は、「たくさんの方々の温かいご支援のおかげで、
たくさんのメダルを持って帰ってくることができました」と笑顔でこたえていました。
また、皇后さまが、「スラロームでしたね。とても美しい滑り方で」と言葉をかけられると、
村岡選手は、「恐縮です。ありがとうございます」と話していました。
国際宇宙ステーションで科学実験に取り組んだ宇宙飛行士の金井宣茂さんが、
「無事にミッションを遂行して戻ってまいりました」と話すと、
天皇陛下は、「その後ご健康は大丈夫ですか」と気遣われました。
金井さんが、「すっかり元どおりの体になり、次に向けて頑張っています」とこたえると、
天皇陛下は、「どうぞ体を大事にしてね」と再び健康を気遣われていました。
ドラマや映画で数多くのヒット作を生み出した脚本家の三谷幸喜さんは、
日本の歴史をテーマにしたミュージカルに取り組んでいることを紹介しました。
天皇陛下から「なかなか構想も大変でしょう、長い歴史をね」と言葉をかけられると、
「歴史が好きなものですからとても楽しい仕事です」とこたえていました。
西日本豪雨で大きな被害を受け、9月に両陛下が見舞われた岡山県の伊原木隆太知事は、
天皇陛下から「大変でしたでしょう」と言葉をかけられると、
「陛下に直接お声がけ頂いたあと、何人も目を赤くしておりました。
岡山県あげて復旧復興に努めて参ります」と話していました。

園遊会に出席した1800人余りの人たちは、
庭園を回って記念写真を撮るなどして和やかなひとときを楽しんでいました。
宮内庁は、来年の秋の園遊会についても、皇太子さまの即位に関する儀式が続くため開催は難しいとしていて、
次に園遊会が開かれるのは再来年の春になる見通しです。
今回は、ピョンチャンパラリンピックで活躍した選手たちが招かれ、
アルペンスキーで金メダルを含む5つのメダルを獲得した村岡桃佳選手や、
スノーボードで金メダルと銅メダルを獲得した成田緑夢選手など、4人のメダリストが両陛下などと懇談しました。
また、国際宇宙ステーションで科学実験に取り組んだ宇宙飛行士の金井宣茂さんや、
ドラマや映画で数多くのヒット作を生み出した脚本家の三谷幸喜さんらも招待されました。
園遊会に出席した1800人余りの人たちは、庭園を回って記念写真を撮るなどして和やかなひとときを楽しんでいました。
宮内庁は、来年の秋の園遊会についても、皇太子さまの即位に関する儀式が続くため
開催は難しいとしていて、次に園遊会が開かれるのは再来年の春になる見通しです。

「優しいお気持ちをひしひしと感じる体験」
園遊会に出席した宇宙飛行士の金井宣茂さんは、「私に対して体の心配をしていただいて
本当に感激しております。国民の一人ひとりを見てお過ごしになられているんだなと、
温かな優しいお気持ちをひしひしと感じる体験でした」と話していました。

また、ピョンチャンパラリンピックのアルペンスキーで銀メダルを獲得した森井大輝選手は、
「両陛下がひとつの傘で歩かれている姿をみた時には、仲むつまじくていいなと思いました。
こういった姿を目にするのが、最後なのかなと思うとすごく寂しいと感じましたし、
お疲れ様でしたという思いもすごくありました」と話していました。

園遊会とは 招待者は
園遊会は、天皇皇后両陛下の主催で、毎年、春と秋の2回、東京の赤坂御苑で開かれています。
両陛下や皇族方が会場の日本庭園を回り、招待された人たちと言葉を交わされます。
園遊会は、明治13年に国際親善のため外交団を招いて開かれた秋の観菊会と
翌年に開かれた春の観桜会が前身とされています。
観菊会と観桜会は、戦争の影響で昭和12年の4月を最後に開かれなくなりましたが、
戦後、昭和28年の11月に、「園遊会」の名称で新たに開催されるようになりました。
当初は秋にだけ開かれていましたが、昭和40年からは今のように春と秋の年2回になりました。
園遊会に招かれるのは、総理大臣など三権の長や国会議員、都道府県の知事、
市町村長、各界の功績者、それにそれぞれの配偶者などで、毎回、2000人を超えます。
このうち各界の功績者は、産業や文化、芸術などの分野で功労のあった人で、各省庁が推薦します。
勲章や褒章などを受けた人たちのほか、オリンピック・パラリンピックのメダリストなどのスポーツ選手や、
芸能人、文化人などさまざまで、その時々の世相をあらわす人たちが、園遊会を華やかに彩ります。
来年の春の園遊会は、天皇陛下の退位を間近に控えて取りやめられるため、
両陛下が園遊会に臨まれるのは今回が最後になります。

園遊会に招かれると
園遊会の招待者に決まると、金ぱくがほどこされた菊の御紋入りの招待状が届きます。
招待状が入った封筒には、会場に入るためのチケットにあたる「参入券」のほか、
受付時間や会場の地図が記された案内の紙が同封されています。
案内の紙には服装についても記されていて、男子は、モーニングコート、
紋付羽織袴、制服、または背広、女子は、デイドレス、白襟紋付、または訪問着などと指定されています。
また、ただし書きとして「荒天時は中止」と書かれていますが、
平成に入ってから、天候を理由に中止になったことはありません。
園遊会の当日、招待された人たちは、午後1時から午後1時50分までの間に、
赤、桃、緑、黄といった「参入券」の色に応じて、指定の門から赤坂御苑に入ります。
受付で「参入券」を出して名札を受け取り、胸元などにつけます。
招待された人たちは、一般の人は原則入ることができない赤坂御苑の日本庭園で、
5つの池の周りを囲む玉砂利の敷かれた散歩道を自由に散策することができます。
春は新緑を、秋は紅葉を楽しむことができます。
会場では、宮内庁楽部の楽師が雅楽を、また、皇宮警察本部の音楽隊が民謡などを演奏します。
さらに、ジンギスカンや焼き鳥のほか、サンドイッチや洋菓子などが、ジュースや酒などとともにふるまわれます。
招待された人たちは、食事や会話を楽しんだり、写真を撮ったりして、思い思いの時を過ごします。

午後2時すぎに両陛下が会場に到着し、皇族方と丘の上に並ばれると、
皇宮警察本部の音楽隊が「君が代」を演奏し、
はじめに総理大臣や最高裁判所長官らが両陛下や皇族方にあいさつをします。
そして、両陛下が皇族方と丘から下り、2つの池の間にある中島通りをゆっくりと歩きながら、
およそ40分間、通り沿いに並んだ招待者と言葉を交わされます。
招待された人たちから両陛下や皇族方に話しかけるのは禁止されているわけではありませんが、
行わないことが慣例になっているため、両陛下や皇族方から言葉をかけてもらえればと、
早くから前列に並ぶ招待者の姿も見られるということです。
両陛下は午後3時ごろ、会場を離れられます。その後も園遊会は続きますが、
午後4時ごろ、終了を告げるアナウンスが会場に流れます。
招待者には、会場をあとにする際、お土産として、菊の御紋の焼き印が入った和菓子が手渡されます。

園遊会のおもてなし
園遊会の会場では、あちらこちらにテントが設けられ、さまざまな料理が、
お茶やジュース、酒などとともにふるまわれます。
サンドイッチやオードブルなど、都内の有名ホテルが手がける軽食のほか、
メイン料理の1つで招待された人たちに人気なのが「ジンギスカン」です。
栃木県にある皇室専用の御料牧場で育った羊の肉が使われていて、
宮中晩さん会などで提供されることがありますが、ふだん、一般の人が口にすることはないということです。
このジンギスカン、特徴は「たれ」にあります。
天皇皇后両陛下や皇族方の日々の食事を支える宮内庁の大膳課の職員が考案したもので、
しょうゆや日本酒、野菜、果物、それにスパイスなどおよそ30種類をブレンドして、
3年間、熟成させたということです。
また、御料牧場で育った国産の鶏の品種「はりま」の肉を使った焼き鳥も人気があるといいます。
羊の肉と鶏肉の料理をメインにしているのは、招待者が宗教上の理由から
食事を楽しめないことがないようにという配慮からだということです。
招待者が会場を後にする際には、お土産として和菓子が手渡されます。
この和菓子は、あんを、どら焼きに似た皮で包んだもので、菊の御紋の焼き印が入っています。
宮内庁の大膳課では全員の分を作りきれないため、都内の老舗和菓子店に作ってもらっているということです。
この店では、予約に限って一般にも販売していますが、園遊会で配られるものとは、
菊の御紋の形を変えているということです。

園遊会の名場面
園遊会は、平成に入ってからことしの春までに52回開かれ、延べ12万2700人余りが招かれました。
園遊会には、スポーツ界で活躍した人たちが数多く招かれてきました。
平成に入って初めて開かれた平成2年の春の園遊会では、千代の富士が、
天皇陛下から「1000勝を挙げられておめでとう」と言葉をかけられると、
「おかげさまで。日頃の稽古を怠りなくやっております」と緊張した様子で答えていました。
このあと、千代の富士は、報道陣から「今場所と比べてどちらが緊張したか」と尋ねられると、
「園遊会のほうが緊張する」と話し、ようやく笑顔がこぼれました。
ことし春の園遊会には、ピョンチャンオリンピックのフィギュアスケート男子シングルで
66年ぶりの連覇を果たした羽生結弦選手が招かれ、
天皇陛下から「本当におめでとう。ずいぶん練習を重ねられたのでしょうね」と言葉をかけられました。
羽生選手は、「けがをしてしまい直前はうまく練習できませんでしたが、
その期間も学べることがたくさんあり、いい機会だったと思います」などと答えていました。

園遊会には、国民的人気キャラクターにゆかりのある著名人なども招かれました。
「アンパンマン」のシリーズで知られる漫画家のやなせたかしさんは、
平成3年の秋の園遊会で、天皇陛下に「きょうはアンパンマンの服を着ようかと思いましたが、
失礼に当たると思いやめました」と話し、周囲の笑いを誘いました。
平成5年の春の園遊会には、長寿の双子で国民的人気者だった「きんさんぎんさん」、
成田きんさんと蟹江ぎんさんが招かれ、天皇陛下から「お二人の元気な姿を
国民みんな大変喜んでいると思います」と言葉をかけられました。
このあと、きんさんは、「どきどきした」と、また、ぎんさんは、
「神様、仏様のようでした」などと振り返っていました。
平成9年の春の園遊会では、テレビドラマの水戸黄門役で知られる俳優の佐野浅夫さんが、
天皇陛下に、「きょうは、白いひげを落として諸国漫遊の旅先から参上いたしました」と話しました。
平成24年の秋の園遊会では、テレビアニメの「サザエさん」の声を長年担当してきた声優の加藤みどりさんが、
両陛下に「サザエでございます」と自己紹介しました。
平成の時代は、噴火や豪雨、地震や津波など自然災害に見舞われた時代ともいえます。
被災地の知事や市長などが園遊会に参加すると、両陛下は、被災した人たちの生活や
健康を気遣う気持ちを表すとともに、ねぎらいの言葉をかけられてきました。
平成5年の春の園遊会で、天皇陛下は、長崎の雲仙普賢岳の噴火災害の当時、
地元の島原市長を務めていた鐘ヶ江管一さんに、
「被災の方々、本当に大変だと察しております」と言葉をかけられました。
両陛下は、この2年前に、雲仙普賢岳の噴火災害の被災地を訪れ、被災者を見舞われていました。
鐘ヶ江さんは、「暑い中、お見舞いいただき、みんなが生きる望みを持ちました」と答え、
肩を震わせ涙をこらえながら深く頭を下げていました。

柔道金メダル 野村忠宏さんは
オリンピックの柔道で3連覇を達成した野村忠宏さんは、
1996年のアトランタ大会で初めてオリンピックの金メダルを獲得し、その年の秋に園遊会に招かれました。
園遊会で、野村さんは、天皇陛下から「いい成績をオリンピックで収められて
本当によかったですね」と言葉をかけられると、「試合前にけがをしましたが、
自分でできるかぎりのことをやりました」と緊張した面持ちで答えていました。
野村さんは当時を振り返り、「両陛下とお会いし、優しく温かい雰囲気で包み込まれるような
気持ちになりましたが、やはりすごく緊張しました」と話していました。
そして、「美しい庭園の中で、華やかな皆さんが、笑顔で少しそわそわしながら
園遊会の雰囲気を楽しむイメージがすごく残っています。
招かれたすべての方が幸せな思い出として大切にしていると思います」と話していました。
また、来年4月の天皇陛下の退位を前に、今回が、両陛下が臨まれる最後の園遊会になることについて、
野村さんは「今でもすごく思い出として残っているので、個人的にはさみしいです」と話しました。
そのうえで、「今も柔道に携わりながらいろいろな事にチャレンジしているので、
自分の第二の人生の中で、再び園遊会に招待いただけるような歩みができたらいいなと思います」と話していました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181109/k10011704761000.html


平成最後の園遊会 両陛下、時代彩る人々とご交流
2018.11.9 15:35
毎年春と秋の2回、天皇、皇后両陛下が催されてきた園遊会が9日、
平成として最後の機会を迎えた。過去の招待者には、スポーツ選手や科学者、芸能人など、
この30年間を彩った顔ぶれが並び、両陛下は時に心温まる、時に胸に染みる会話を紡がれてきた。
明治時代の「観菊会」「観桜会」に由来し、戦後に復活した園遊会。
平成以降では、昭和天皇が崩御した元年の春と秋、東日本大震災が起きた23年春など
7回取りやめになったが、今回を含め計53回催され、招待者のうちのべ約9万8千人が出席してきた。
フィギュアスケート男子で冬季五輪2連覇の羽生結弦(はにゅう・ゆづる)選手、
ノーベル医学・生理学賞の山中伸弥さんら誰もが知る実績の持ち主だけでなく、
100歳の双子だった成田きんさん、蟹江ぎんさん姉妹ら話題の人が呼ばれ、
両陛下とのほのぼのとしたやり取りに笑いが広がることもあった。
「どうぞよろしく、避難者のために努めてください」。
阪神大震災後の7年秋、天皇陛下は被災地から招かれた兵庫県知事だった貝原俊民氏をこう慰労された。
両陛下は事前に宮内庁幹部から招待者の説明を受け、
戦没者遺族や被災自治体の首長らが選ばれた際には欠かさず配慮される。
招待者には、農家や看護師、ボランティアなどその道一筋で地域社会に貢献してきた人も多く交じる。
関係者によると、このうち毎回2人ずつが会場の一角で待ち受けており、両陛下は立ち止まって声をかけられる。
両陛下のご提案で招待者の名札の文字を大きくしたこともあるという。
宮内庁は26年秋から80歳となった両陛下の負担軽減のため、招待者と交流するルートを変更し、
歩かれる距離を半分ほどにした。時間も短縮されると見込んだが、
実際には、両陛下はその後も従来通り1時間ほどかけて丁寧に回られる。
側近の一人は「五輪メダリストといったその年を象徴する人たちとの会話を楽しみにしている部分もあるが、
それぞれの分野で地道に活躍してきた人たちをねぎらう場としても大切にされてきた」と強調する。
https://www.sankei.com/life/news/181109/lif1811090023-n1.html


両陛下が最後の園遊会 雨の赤坂御苑
毎日新聞2018年11月9日 19時41分(最終更新 11月9日 20時34分)
天皇、皇后両陛下主催の平成最後の園遊会が9日、東京・元赤坂の赤坂御苑で開かれた。
両陛下は雨の中、一つの傘に入って招待した各界の功労者ら約1800人の間を歩き、
ねぎらいの言葉をかけられた。療養中の皇太子妃雅子さまも15年ぶりに最後まで出席し、招待者と歓談した。
天皇陛下は、国際宇宙ステーションに約5カ月半滞在した宇宙飛行士の
金井宣茂(のりしげ)さんを「ご健康は大丈夫ですか」と気遣った。
「元通りの体になりました。次のミッションに向けて頑張っております」と話す金井さんに、
皇后さまは「ようございました」と喜んだ。
脚本家の三谷幸喜さんは、ミュージカル「日本の歴史」に取り組んでいることを説明。
陛下に「構想も大変でしょう」と問いかけられ、「歴史が好きですから楽しい仕事です」と答えた。
皇后さまからは「楽しみがあるとようございますね」と声をかけられた。
皇太子さまと秋篠宮さまは、三谷さんが手がけたドラマのタイトルを挙げて会話したという。
雅子さまは、12年ぶりの参加だった15年秋以降は一部招待者との歓談にとどまっていたが、
今回は約400メートルの全行程を歩いた。
平成の園遊会への参加者は計約9万8800人となった。
来春の園遊会は天皇陛下の退位時期と重なるため実施されない。
両陛下は退位後は園遊会に参加せず、今回が最後の機会だった。【高島博之、稲垣衆史】
http://mainichi.jp/articles/20181110/k00/00m/040/087000c


両陛下主催の最後の園遊会、和やかに メダリストら出席
2018年11月9日19時21分
天皇、皇后両陛下が主催する園遊会が9日、東京・元赤坂の赤坂御苑で開かれ、
平昌冬季パラリンピックの金メダリストや脚本家の三谷幸喜さんら約1800人が出席した。
来春の退位を控え、平成最後の園遊会。雨が降りしきるなか、両陛下は招待客と和やかに懇談した。
療養中の皇太子妃雅子さまは途中退席が続いていたが、
今回は2003年秋以来15年ぶりに全行程を歩き、招待客に声をかけた。
同パラリンピック・スノーボードの金メダリスト成田緑夢(ぐりむ)選手は
天皇陛下から「本当におめでとう」とねぎらわれ、
「(走り高跳びで)東京のパラリンピックを目指して頑張っています」と答えた。
東京電力福島第一原発事故の健康影響調査などに携わった山下俊一・福島県立医科大学副学長に、
陛下は「原子力は非常に微妙な問題ですね。よろしくお願いします」と声をかけ、
皇后さまは「福島の子供たちの健康はどうでございますか」と尋ねた。
各界で地道に取り組む人たちとも懇談。55年間、和服仕立職を務める加藤靜子さんは
自ら手がけたという大島紬(つむぎ)の古布を縫い付けた訪問着で出席。
皇后さまから「とても珍しい。大事になさっていますか」と声をかけられ、
「胸がいっぱい。これからは若い人を育てていきたい」と述べた。
即位後、両陛下は今回を含め53回の園遊会を主催。延べ約9万8800人が出席した。

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笑顔で招待客にあいさつをする天皇、皇后両陛下

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園遊会にのぞむ天皇、皇后両陛下、皇太子ご夫妻、皇族方

平成最後、秋の園遊会=パラ金メダリストら招待
天皇、皇后両陛下主催の秋の園遊会が9日午後、東京・元赤坂の赤坂御苑で開かれた。
天皇陛下の退位を控え、来年春の園遊会は日程の確保が困難なことから取りやめが決まっており、
今回が平成最後の開催となる。
平昌パラリンピックの金メダリストや脚本家の三谷幸喜さん、宇宙飛行士の金井宣茂さんら約1800人が出席。
両陛下や皇族方は雨の中、傘を手に声を掛けて回られた。
療養中の皇太子妃雅子さまは例年、体調への影響を考慮して途中で退出していたが、15年ぶりに最後まで出席した。
天皇陛下は、西日本豪雨で甚大な被害を受けた岡山県の伊原木隆太知事に「良い復興ができるようにね」と激励。
国際宇宙ステーションでの長期滞在を終えた金井さんには「その後、ご健康は大丈夫ですか」と気遣った。
和服姿の雅子さまは、金井さんに「宇宙での小動物の飼育ミッションはいかがでしたか」と質問するなど、
一人ひとり時間をかけて笑顔で歓談していた。
歴史もののミュージカルを制作中という三谷さんは「構想も大変でしょう」と陛下に尋ねられ、
「歴史が好きなものですから、とても楽しい仕事です」と応じた。
皇族方からは「真田丸」や「古畑任三郎」といった作品を見ていたと言われたといい、
「(脚本家を)やっていてよかった」と感激した様子だった。
平昌パラリンピックで五つのメダルを獲得したアルペンスキーの村岡桃佳選手は、
皇后さまから「とても美しい滑り方で。おめでとうね」と声を掛けられた。
「すごく光栄。4年後に向けて気が引き締まりました」と話した。
会場には、10月に結婚して皇族の立場を離れた高円宮家の三女、守谷絢子さんも姿を見せた。
(2018/11/09-19:31)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018110900855

高円宮絢子さまご結婚

絢子さまに一時金1億675万円=守谷さんと結婚で−皇室経済会議
高円宮家の三女絢子さま(28)が会社員の守谷慧さん(32)と結婚し、
皇族の身分を離れられるのに当たり、国から支給される一時金の額を決める皇室経済会議が11日午前、
宮内庁で開かれ、法定上限額の1億675万円とすることが決まった。
会議には議長を務める安倍晋三首相のほか、衆参両院の正副議長、財務事務次官、会計検査院長、
宮内庁長官の計8人が出席した。
皇室経済法は一時金について、「皇族であった者としての品位保持の資に充てる」と定めており、
挙式後速やかに支給される。結婚式は29日、明治神宮で行われる予定。
一時金は、2005年に結婚した天皇陛下の長女黒田清子さんに1億5250万円、
14年に結婚した高円宮家の次女千家典子さんへ1億675万円と、それぞれ法定の上限額が支払われている。
(2018/10/11-12:41)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018101100144&g=soc

2018.10.11 12:50更新
絢子さまへご結婚後に1億675万円 皇室経済会議で決定
高円宮家の三女、絢子(あやこ)さまのご結婚に伴い、
国から支給される一時金の額を決める皇室経済会議が11日、宮内庁で開かれ、
皇室経済法に基づく限度額満額の1億675万円が贈られることが全会一致で決まった。
一時金は皇族であった者としての品位を保つため、皇室を離れる際に支給される。
会議は議長の安倍晋三首相をはじめ、大島理森(ただもり)衆院議長、伊達忠一参院議長、
宮内庁の山本信一郎長官ら8人で構成し、非公開で進行された。
宮内庁側が上限満額を提案、起立採決で決定した。
絢子さまは大正天皇のひ孫にあたる「女王」というお立場で、
一時金の額は天皇直系の「内親王」の7割が上限とされている。
平成17年に結婚した天皇、皇后両陛下の長女、黒田清子(さやこ)さんへの一時金は1億5250万円だった。
絢子さまは29日、明治神宮(東京都渋谷区)で、日本郵船勤務の守谷慧(けい)さん(32)との結婚式に臨まれる。
http://www.sankei.com/life/news/181011/lif1810110027-n1.html

2018年10月18日 19時41分
伊勢神宮に結婚報告 高円宮絢子さま
高円宮家の三女絢子さま(28)が18日、母の久子さまと共に三重県伊勢市の伊勢神宮を参拝され、
日本郵船社員の守谷慧さん(32)と結婚することを報告した。
2人は白いロングドレスを着て、外宮、内宮の順番で参拝した。
内宮では、伊勢神宮の職員や参拝客が出迎える中、神職の先導で正殿へ。玉串を納め、一礼して結婚を報告した。
絢子さまの伊勢神宮への参拝は、2010年の成人報告以来で2度目。
挙式は29日に明治神宮(東京都渋谷区)で行われる。
絢子さまは現在、城西国際大の研究員を務める。
(中日新聞)
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2018101890194157.html

結婚式控えた絢子さま、両陛下と夕食
10/24(水) 8:05配信
今月29日に結婚式を控えた高円宮家の三女・絢子さまが、天皇・皇后両陛下と夕食を共にされました。
23日午後7時ごろ、絢子さまは、母の久子さま、姉の承子さまと共に皇居・御所を訪問されました。
絢子さまと日本郵船に勤務する守谷慧さんとの結婚式は、今月29日の午前11時半から明治神宮で行われます。
これを前に絢子さまは、ご一家で両陛下から招待を受けて夕食を共にされました。
26日には、絢子さまが両陛下に、これまでの感謝の意を伝える「朝見の儀」などが皇居で行われる予定です。
(24日00:20)
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20181024-00000026-jnn-soci

絢子さま、皇居・宮中三殿に拝礼=神々に結婚報告
29日に結婚式を控えた高円宮家の三女絢子さま(28)が、
結婚して皇族の身分を離れることを皇室の先祖や神々に報告される「賢所皇霊殿神殿に謁するの儀」が
26日午前、皇居・宮中三殿で行われた。
絢子さまは髪を長く後ろに垂らす「おすべらかし」に結い、
祖母の三笠宮妃百合子さまから借り受けた赤い「小袿(こうちぎ)」や
「長袴(ながばかま)」を着た平安朝のいでたちで儀式に臨んだ。
檜扇(ひおうぎ)を手に回廊をゆっくりと進み、
皇室の祖神・天照大御神(あまてらすおおみかみ)が祭られた「賢所」の正面で座って一礼した後、
中の外陣(げじん)に進んで拝礼した。続いて歴代天皇や皇族の霊を祭る「皇霊殿」、
国中の神々を祭る「神殿」でも同様に拝礼した。(2018/10/26-10:58)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018102600152&g=soc

絢子さま、先祖に結婚ご報告 宮中三殿をご拝礼
2018.10.26 11:46
日本郵船勤務の守谷慧(けい)さん(32)とのご結婚を29日に控える高円宮家の三女、
絢子(あやこ)さまは26日午前、皇居・宮中三殿に拝礼し、
皇室の先祖に結婚の報告とお別れのあいさつをする
「賢所皇霊殿神殿(かしこどころこうれいでんしんでん)に謁(えっ)するの儀」に臨まれた。
絢子さまは午前10時ごろ、髪を束ねて長く後ろに垂らす「おすべらかし」に結い、
祖母の三笠宮妃百合子さまから借り受けた大正天皇の妃(きさき)、
貞明(ていめい)皇后ゆかりの「小袿(こうちぎ)」や「長袴(ながばかま)」など古式ゆかしい装束姿で、
皇祖神の天照大神(あまてらすおおみかみ)を祭る賢所の回廊を進まれた。
賢所の中では座ってご拝礼。歴代天皇や皇族の御霊(みたま)を祭る皇霊殿、
国中の神々を祭る神殿でも同様に拝礼し、結婚により皇室を離れることを報告された。
母の高円宮妃久子さまや姉の承子(つぐこ)さまをはじめ皇族方も前庭で見守られた。
同日午後には宮殿で「朝見(ちょうけん)の儀」が行われ、
絢子さまが天皇、皇后両陛下に感謝の言葉を述べられる。
結婚式は29日、東京・代々木の明治神宮で行われる。
https://www.sankei.com/life/news/181026/lif1810260025-n1.html

絢子さま 結婚式を前に両陛下にお別れ「朝見の儀」
2018年10月26日 18時48分
高円宮家の三女の絢子さまが、3日後の結婚式を前に、
天皇皇后両陛下にお別れのあいさつをされる「朝見の儀」が、26日、皇居で行われました。
絢子さまは、ロングドレスに勲章を付けて、皇居・宮殿の「松の間」で「朝見の儀」に臨まれました。
絢子さまは、まず、天皇陛下の前に進み出て一礼し、
「今日まで長い間、深いご慈愛をもってお導きいただきましたことを
謹んで御礼申し上げます」と述べられました。
これを受けて、天皇陛下は「このたびはおめでとう。今後とも二人で愛をはぐくみ、
よい家庭を築いていくよう願っています。二人の末永い幸福を祈ります」とはなむけの言葉を贈られました。
続いて、絢子さまが皇后さまの前に進み出てお礼を述べられると、
皇后さまは「このたびはおめでとう。どうかお二人してよい家庭を築き、
ともによい社会人として過ごしていかれますように、
お二人のご健康と幾久しいお幸せを祈ります」と述べられました。
このあと、黒豆と日本酒、それにみりんを煮詰めた九年酒と呼ばれる酒が盃に注がれ、
両陛下と絢子さまが別れの盃を交わされました。
そして、ごはんやかまぼこ、塩ゆでしたえびなどが盛られたお祝いのお膳に、
両陛下と絢子さまがはしをつけるしぐさをされ、儀式が終わりました。
絢子さまが皇族として皇居を訪ねるのは26日が最後で、
宮殿の前では、宮内庁の職員や皇宮警察の護衛官らおよそ350人が整列して絢子さまを見送り、
絢子さまは職員らの拍手に繰り返しおじぎをして応えられていました。
絢子さまとお相手の守谷慧さんの結婚式は、今月29日に東京の明治神宮で行われます。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181026/k10011687241000.html

絢子さま、名誉職継続を検討=皇籍離脱後も、初のケース
29日に日本郵船社員守谷慧さん(32)との結婚式を控えた高円宮家の三女絢子さま(28)が、
皇族の身分を離れた後も、現在務めている日加協会や日本海洋少年団連盟の
名誉総裁職を継続される方向で検討が進んでいることが26日、宮内庁関係者への取材で分かった。
宮内庁によると、絢子さまは結婚後も名誉総裁を続けることに前向きな意向を示しており、
今後両団体と調整し、正式に手続きを進める方針。実現すれば初めてのケースとなる。(2018/10/26-18:53)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018102601101&g=soc

絢子さま、結婚後も名誉職継続へ
初のケース、公務担い手不足で
高円宮家の三女絢子さま(28)が、29日に日本郵船社員の守谷慧さん(32)と結婚し、
民間人となった後も、現在務めている2団体の名誉総裁職を引き続き担われる方針であることが26日、
宮内庁や団体の関係者への取材で分かった。
宮内庁によると、女性皇族が皇室を離れた後も名誉職を継続して務めた例は過去にないが、
団体側が名誉職を皇族に限っていないため問題はない、としている。
絢子さまの意向は既に2団体に伝えられており結婚後、正式に手続きする見通し。
公務の担い手不足が深刻化する中、一つの打開策として、
秋篠宮家の長女眞子さま(27)らにも影響を与える可能性がある。
https://this.kiji.is/428462898237244513?c=39546741839462401

いい家庭を」絢子さまきょう結婚式、恩師らが祝福 
2018.10.29 00:18
高円宮家の三女、絢子(あやこ)さまと日本郵船勤務、
守谷慧(けい)さん(32)の結婚式が29日、東京・代々木の明治神宮で行われる。
幼いころから音楽に親しみ、スポーツに打ち込まれた絢子さま。
ご成長を見守ってきた恩師らは、絢子さまの門出を祝福した。

「私も弾いてみたい」
チェロを愛した父、高円宮さまが宮邸で寺田義彦さん(61)のレッスンを受けられているうちに、
幼稚園児だった絢子さまが自ら望まれ、寺田さんの指導が始まった。
絢子さまの練習中、高円宮さまがこっそり部屋に入り、即興で伴奏されることもあった。
「絢子がお父さまのチェロを使えるようになるまで教えてください」
高円宮さまが平成14年に薨去(こうきょ)された際、寺田さんは久子さまからこう頼まれた。
12歳の絢子さまは子供用チェロを使っていたが、その後、父の遺品を引き継ぎ、大学時代まで愛用された。
同じくチェロを弾く天皇陛下が、高円宮さまに譲り渡されたものだった。
寺田さんは「ご家族で演奏すると、絢子さまは低音部を担当し、主旋律を引き立ててこられた。
結婚後は守谷さんに支えてもらい、いい家庭を築いていただきたい」と願いを込めた。
学習院女子中・高等科で4年間、絢子さまの学年担任を務めた駒田由美子さん(61)は
「明るく活発で、スポーツがお得意だった」と振り返る。
絢子さまは高等科の3年間、臨海学校で遠泳に挑戦する中等科2年の後輩たちを指導する「助手」を務められた。
「一緒に海で泳ぎ、励ましの声をかけられていた。後輩から慕われるリーダー的な存在だった」(駒田さん)
文化祭では会計責任者に立候補するなど、学校行事にも積極的に関わられた。
「周囲の人の意見もしっかり聞ける方。皇族として培った品格を生かし、
新たな家庭をスタートしていただきたい」。駒田さんはこうエールを送った。
https://www.sankei.com/life/news/181029/lif1810290003-n1.html

絢子さまと守谷さん ご結婚式 明治神宮
2018.10.29 11:42
高円宮妃久子殿下の三女、絢子(あやこ)女王殿下と
日本郵船勤務の守谷慧(けい)さん(32)の結婚式が29日、東京・代々木の明治神宮で行われた。
同日午後に港区役所に婚姻届が提出され、28歳の絢子さまは皇室を離れて守谷絢子さんとなられる。
皇族方のご結婚は平成26年10月、久子さまの次女、で絢子さまの姉にあたる千家典子(せんげのりこ)さん以来。
皇室のご構成は天皇陛下、男性皇族4方、女性皇族13方の計18方となる。
絢子さまはこの日朝、髪をおすべらかしに結い、袿袴(けいこ)という装束姿で、
守谷さんの使者に迎えられる「入第(じゅだい)の儀」に臨まれた。
その後、守谷さんの待つ明治神宮へご移動。参道には友人らが駆けつけ、お二人を祝福した。
式場の神楽殿で絢子さまは「小袿(こうちぎ)」「長袴(ながばかま)」の装束に着替え、
モーニング姿の守谷さんと神式の結婚式に臨まれた。
式には、久子さまや姉の承子(つぐこ)さま、皇族方が参列され、元皇族、両家の親族ら計約30人が立ち会った。
30日には東京都千代田区内で皇太子ご夫妻をはじめとする皇族方や三権の長らを招いた晩餐会が開かれる。
https://www.sankei.com/life/news/181029/lif1810290023-n1.html

皇室
絢子さま「何と幸せなことなんだろう」
毎日新聞2018年10月29日 12時58分(最終更新 10月29日 13時03分)
守谷さん「前を向いて笑顔の絶えない家庭を」
高円宮家の三女絢子さま(28)と守谷慧さん(32)は29日、結婚式を終えた後、報道陣の取材に応じた。
絢子さまは「明治神宮に多くの方にいらしていただき、ご祝福をいただきまして、
何と幸せなことなんだろうとかみしめております」と笑顔を見せた。
守谷さんは「二人でしっかりと手を取り合って、前を向いて笑顔の絶えない家庭を築いてまいりたい」と話した。
【高島博之】
http://mainichi.jp/articles/20181029/k00/00e/040/231000c

絢子さまと守谷さんご結婚 久子さまのご感想
2018.10.29 13:11
本日、滞りなく結婚の儀が終わり、安堵いたしますとともに、
多くの方々に祝福していただきましたことに感謝申し上げます。
絢子は幼い頃より自分の家庭をもつ日を夢に描いてまいりました。
親として、今日まで、独り立ちする日に向けての準備期間と捉えて育ててまいりましたが、
これからは親元で過ごした年月よりはるかに長い時を守谷家の一員として生きていくことになります。
二人で多くの喜びと幸せに満ち溢れる、良き家庭を築いてくれるよう願っております。
これから始まる新しい生活に馴染んでいく中で、絢子には、
今までお世話になった方たちへの感謝の気持ちを忘れることなく、
いままで経験し、学んできた様々なことを糧に、家族のため、社会のために力を尽くしてほしいと思います。
最後に、本日の式に至るまで、お世話になりました大勢の方々に、心より感謝の意を表します。
https://www.sankei.com/life/news/181029/lif1810290027-n1.html

絢子さまと守谷さんご結婚 守谷さんの父、治さんのご感想
2018.10.29 13:16
本日、明治神宮にて結婚式が滞りなく執り行われましたことに安堵するとともに、
大きな喜びを感じております。
これまで多くの方々にお世話になりこの日を迎えることができました。たいへん感謝いたしております。
今後二人が温かい家庭を築き、末永く幸せに暮らすことができるよう願っております。
本日の結婚にあたり祝福をいただきました多くの方々に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
https://www.sankei.com/life/news/181029/lif1810290028-n1.html


父と母のような夫婦になれるよう努力していきます」 絢子さま、守谷さん会見全文
2018.10.29 14:29
絢子さまは29日の結婚式後、守谷慧さんとともに報道陣の質問に答えられた。一問一答は次の通り。

−−本日はおめでとうございます
絢子さま、守谷さん「ありがとうございます」

−−結婚式を終えられたご心境はいかがですか
守谷さん「今日という日をこのような形で迎えることができまして、大変ありがたいことだと存じます。
本日、多くの方に温かく見守っていただき、また、いただきましたこのご縁、改めて深く感謝をいたしております」

絢子さま「私の高祖父にあたります、明治天皇が祭られております明治神宮にて、
挙式をできたことをうれしく思っております。
また公務で参りました地方先では『おめでとう』とたくさんの方にお声がけを頂きまして、
また今朝ほども、この明治神宮に多くの方にいらしていただき、ご祝福をいただきまして、
なんと幸せなことなんだろうとかみしめております」

−−絢子さまはこれから皇室を離れて生活をされますが、
今後の新生活はどのように過ごしていきたいか、お考えをお聞かせください
絢子さま「皇族の一員に生まれるということは、天皇、皇后両陛下をお支えすることだと教わりながら育ちました。
今日をもって私は皇族を離れますが、元皇族として天皇、皇后両陛下をお支えしていくということに
変わりはございません。今後の新生活についてですが、会見でも申しましたが、自戒の念を込めて、
もう一度申しますと、日常に慣れすぎず、かけがえのない日々の些細(ささい)なことを、
きちんと二人で、幸せや喜び、楽しさを二人で感じていければと思っております」

−−守谷さんはいかがですか
守谷さん「絢子さんにとっては、おそらく、今までの生活と違う部分が、あろうかと思います。
そういったときには、私がしっかりとできる限り支え、二人でしっかり手を取り合ってですね、
前を向いて笑顔の絶えない家庭を築いてまいりたいと、このように考えております」

−−ご家族やご親族に対するお二人のお気持ちをお聞かせください
守谷さん「今日に至るまで私を30年余り育てていただき、また特に私がつらいときも、
家族にすごく支えていただいたということがありまして、思い返すと、
非常に感謝の気持ちでいっぱいでございます。
今後は二人でよき夫婦として日々を過ごしてまいりたいと、そのように考えております」

−−お母さまに対してはどうですか
守谷さん「母もおそらく喜んでくれていると思いますので、今までありがとうございましたと、
今後ともよろしく見守ってくださいと、そのように声をかけたいと思っております」

−−絢子さま、いかがでしょうか
絢子さま「この両親の間に生まれて、本当に幸せだったと思う28年間でございました。
また、両家の祖母たちが元気なうちに、こういう二人の晴れ姿というものを見せることができて、
とてもうれしく思っております。私の家族に対する気持ちは結婚したからといって、
変わるものではございません。また、家族からも今までと変わらず、
愛情をもって見守っていただけるように、二人で精いっぱい努力してまいりたいと思っております」

−−お父さまの高円宮さまには、いかがでしょうか
絢子さま「父がここにいないことがとても残念ではありますけれども、
父もきっとこの結婚を喜んでくれていると思いますし、
父と母のような夫婦になれるよう努力していきますと伝えたいと思います」

−−守谷さん、結婚指輪が見えていますけれども、お二方、交換された結婚指輪を見せていただくことは可能ですか
絢子さま「人様にお見せするために買った物ではございませんので、申し訳ございません」

−−晴れ姿とさきほどおっしゃっていましたが、お互いの今日の晴れ姿をご覧になって一言ずつご感想を
守谷さん「私はこういう衣装をされるというのは聞いてはいましたけれども、
実際に拝見するのは初めてだったので、非常に美しいなと思いました」
絢子さま「今日のために仕立てたものですし、シルクハットは父の物をお貸ししているので、
何かすごく、うれしい気持ちでいっぱいです」

−−鳥居のところで守谷さんの姿をご覧になったときは、絢子さまはどういうご感想でしたか
絢子さま「緊張しておりましたから、どういうふうに言ってくれるかな、
どういうふうに見えているかなと、ドキドキしておりました」

−−このたびはおめでとうございました
絢子さま「これからも高円宮家をよろしくお願いいたします」

https://www.sankei.com/life/news/181029/lif1810290035-n1.html
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絢子さま、結婚後も名誉職継続へ
2018.10.29 14:28
絢子さまは結婚し、民間人となった後も現在務めている日加協会と
日本海洋少年団連盟の名誉総裁職を引き続き担われる方針。
絢子さまの意向は既に2団体に伝えられており、今後、正式に手続きする見通し。
宮内庁によると、女性皇族が皇室を離れた後に名誉職を継続して務めた例はないが、
団体側は名誉職を皇族に限っていない。
皇族減少による公務の担い手不足が懸念される中、他の未婚の女性皇族の活動にも影響を与える可能性がある。
絢子さまは今年に入り、母の久子さまから2団体の名誉総裁職を引き継がれた。
カナダ留学の経験や若い世代が活動する必要性などが考慮されたという。
日加協会名誉総裁の立場では、6月に宮邸で協会会長らとご懇談。
9月には、日本海洋少年団連盟の名誉総裁として青森県八戸市で訓練の様子を視察し、団員の少年らと交流された。
https://www.sankei.com/life/news/181029/lif1810290034-n1.html

高円宮家
ピンク色ドレスの絢子さん 結婚披露晩さん会
毎日新聞2018年10月30日 20時05分(最終更新 10月30日 20時16分)
皇太子さま「笑いの絶えない明るい家庭を」と乾杯あいさつ
高円宮家の三女絢子さん(28)と日本郵船社員、守谷慧さん(32)の結婚を披露する晩さん会が
30日夜、東京都千代田区のホテルニューオータニで開かれた。
皇太子ご夫妻ら皇族方や安倍晋三首相など約70人が2人の門出を祝福した。
絢子さんはピンク色のイブニングドレス、守谷さんはタキシード姿。
絢子さんのドレスは、守谷さんの母季美枝さん(2015年死去)がNPOで女性の自立支援活動をしていた
カンボジアで作られたシルクが使われた。
安倍首相の祝辞後、皇太子さまが「どうぞこれからもお互いを助け合って、
笑いの絶えない明るい家庭をお築きください」と乾杯のあいさつをされた。
秋篠宮ご夫妻や長女眞子さまも出席した。
出席者には、絢子さんのお印の葛(くず)などをあしらった陶製ボンボニエール(菓子器)が贈られた。
宮内庁は同日、皇室の戸籍に当たる「皇統譜」から絢子さんを除籍した。
皇室経済法の規定で国から一時金1億675万円が支払われた。新婚旅行は予定していないという。【稲垣衆史】
http://mainichi.jp/articles/20181031/k00/00m/040/055000c

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絢子さんと守谷慧さん門出、70人祝福…晩餐会
2018年10月30日
29日に結婚した高円宮家の三女絢子さん(28)と、守谷慧さん(32)夫妻の結婚披露晩餐会が30日夕、
東京都千代田区のホテルニューオータニで開かれた。
晩餐会には、皇族方や三権の長ら70人が出席し、二人の門出を祝福した。
ピンクのイブニングドレス姿の絢子さん、タキシード姿の守谷さんが皇太子ご夫妻とともに入場し、
母親の久子さまや姉の承子さま、千家典子さんらが見守られた。
安倍首相の祝辞に続き、乾杯のあいさつに立った皇太子さまは、
「絢子さんは小さい時から、チェロを巧みに弾いておられた」と思い出を披露。
皇太子さまが英国留学中、守谷さんの祖父母と交流があった縁を明かし、
「笑いの絶えない明るい家庭をお築きください」と述べられた。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181030-OYT1T50141.html

ドレスがつなぐ両家の「絆」 デザイナーが語る秘話
10/30 20:43
29日に結婚した、高円宮家の三女・守谷絢子さんと慧さんを祝う晩さん会が30日午後、行われた。
今回、絢子さんのドレスを担当したデザイナーの鈴木紀男さん。
20代の時、3年間、パリで経験を積み、その後、高円宮家や芸能人などの衣装を担当。
歌手の中島みゆきさんや、由紀さおりさんらの「紅白歌合戦」の衣装なども手がけた、一流デザイナー。
高円宮家とのつながりは深く、1990年に久子さまのマタニティーイブニングドレスを作ったのが
始まりだったという。
この時、おなかの中にいたのが、三女・絢子さん。
2014年には、次女・千家典子さんの披露宴と晩さん会のドレスもデザイン。
高円宮家にとって、記念となる大事な日の装いは、鈴木さんが手がけてきた。
鈴木紀男さんは、「お嫁に行く時には、『紀男先生お願いね?』、
『わたし、かわいくね?』って。やはり今回はね、重大な責任がありますので」と話した。
実は、今回のドレスには、絢子さんのある思いが込められていた。
鈴木紀男さんは、「絢子さまが、そういうご希望をなさって、やはり着てみたいっていうお話だった」と話した。
ドレスに使われている、淡いピンクのシルク生地。
これは、慧さんの母・季美枝さんが亡くなる前の年、2014年に高円宮家に贈ったもの。
当時、NPO(民間非営利団体)法人「国境なき子どもたち」の専務理事を務めていた季美枝さんが
その活動を通じて、自ら選んだものだった。
鈴木紀男さんは、「シルクで光沢があって、ちょっとハリがあるので、
このボリューム感を出すのも、とっても出しやすい素材だったんです」と話した。
両家の縁を大切にする絢子さんと久子さまの強い希望で、この生地はドレスに使われることになった。
絢子さんは、2018年7月の婚約内定会見で、両家の縁についても触れていた。
絢子さん「母の思惑がどうであったのかはわかりませんが...2人でさまざまな場所へ行き、
時間や思い出を共有していく中で、自然とお互いにひかれ合い、
今日という日を迎えられましたことは、両母親のつないだ、すてきなご縁だったのかなと思っております」
慧さん「親を突然亡くしたことによる心情の変化、そのようなものに理解を示していただき、
心の距離がさらに縮まったと、そのように感じます」
慧さんの亡き母・季美枝さんから、絢子さんの母・久子さまへ。
そして、そのシルク生地が、晩さん会のドレスへと生まれ変わった。
絢子さんの思いが込められたのは、ドレスだけではない。
高円宮家と長年おつきあいがある、山崎伊久江美容室の2代目・山崎伊久江さんは、
「ドレスの小花に邪魔をしないようなヘアスタイルを、私と絢子さまで考えさせていただいて」と話した。
先週の朝見の儀や30日の晩さん会で、絢子さんのヘアメイクを手がけた。
山崎伊久江さんは、「宮家を離れて初めての晩さん会ということで、
今までにしてこられなかったようなヘアスタイルをしてみたいということで、
今日は今までにはなかったような印象のヘアスタイルに」と話した。
皇族の身分を離れたことで、今までできなかったヘアスタイルにしたい。
晩さん会の髪形には、そんな思いが込められていた。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00404383.html

守谷絢子さんと慧さん、天皇・皇后両陛下に挨拶
10月29日に明治神宮で結婚式を挙げた高円宮家の三女・守谷絢子さんと夫の慧さんが1日午前、
天皇皇后両陛下に挨拶するため皇居を訪れました。
守谷絢子さん夫妻は、午前10時過ぎに皇居に到着すると、
待ち受けた報道陣に一礼し、両陛下の待つ御所に向かいました。
1日の訪問は、結婚式などを無事済ませたことを報告し、これまでの感謝の気持ちを伝えるものです。
その後、2人は皇太子ご夫妻にあいさつし、各宮家も訪問したということです。
30日、都内のホテルで開かれた晩餐会では、皇太子ご夫妻や安倍総理など
あわせて70人が出席し、2人の門出を祝福しました。
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3512329.html

守谷さん夫妻 天皇皇后両陛下に結婚を報告
11月1日 11時21分
結婚して皇室を離れた高円宮家の三女の守谷絢子さんと、
大手海運会社に勤務する慧さんの夫妻が皇居を訪れ、 天皇皇后両陛下に結婚を報告しました。
守谷絢子さんと慧さんは、3日前の先月29日、東京の明治神宮で結婚式を挙げ、
その日のうちに婚姻届が提出されて絢子さんは皇室を離れました。
1日は、両陛下に結婚を報告するため、午前10時半前、車に乗って2人で皇居を訪れ、
報道陣に会釈しながら坂下門を通過しました。
このあと、両陛下のお住まいの御所で両陛下に結婚を報告したということです。
守谷さん夫妻は東京・港区の新居のマンションで2人での生活を始めていて、
今月12日には親しい知人らを招いて茶会を開き、結婚を報告するということです。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181101/k10011694161000.html

2018年10月

皇太子ご夫妻、芸術祭公演鑑賞
皇太子ご夫妻は1日午後、東京都千代田区の国立劇場で、第73回文化庁芸術祭
オープニング公演の歌舞伎「通し狂言 平家女護島」を鑑賞された。
平家打倒を企て流刑になった僧、俊寛の悲劇を描いた近松門左衛門の作品で、
中村芝翫さんが俊寛と平清盛の二役を演じた。ご夫妻は全3幕の通し上演のうち
後半2幕を鑑賞し、迫真の演技に盛んに拍手を送っていた。(2018/10/01-17:18)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018100100874&g=soc

JICA独立行政法人国際協力機構
秋篠宮同妃両殿下、眞子内親王殿下並びに佳子内親王殿下がJICA帰国専門家にご接見
2018年10月1日
各国で活動したJICA帰国専門家4人が9月3日、東京・元赤坂の秋篠宮邸で、
秋篠宮同妃両殿下、眞子内親王殿下並びに佳子内親王殿下にお目にかかり、それぞれの活動を報告しました。
帰国した専門家は、2004年3月から4〜5人ずつ秋篠宮同妃両殿下にご接見を賜っています。
17回目となる今回は、アジア、アフリカ、南米で活動した4人がご接見を賜りました。
(中略)
ご理解とご関心を今後の励みに
ご接見を終えた4人は「最初は緊張したが、和やかで家庭的な雰囲気の中で
緊張が解けてお話しすることができた」「ご訪問経験をお持ちの国については
ご自分の見聞と関連付けてお話しされるなど、特に熱心にご質問いただいた」
「持参したパンフレットなどの成果物にも興味を持っていただき、感激した」と語りました。
https://www.jica.go.jp/topics/2018/20181001_01.html

絢子さま、久子さまの写真展に
高円宮妃久子さまと三女絢子さまは2日午前、東京都千代田区のJCIIフォトサロンで開かれた
久子さまの写真展「旅する根付」のオープニングセレモニーに出席された。
大学時代に写真部だった久子さまが、高円宮家のコレクションで
留め具として使う動物などをかたどった工芸品の「根付」を旅先などで撮影した作品48点を展示。
会場には次女の千家典子さんも姿を見せた。
久子さまはセレモニーで「宮さまと私とで大事にしてきたコレクションを、
少しでも多くの方に見ていただけたら」とあいさつ。
テープカットをした後、絢子さま、典子さんと一緒に会場を見て回った。
(2018/10/02-10:54)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018100200420&g=soc

眞子さま 初めて福井県ご訪問
10月02日 09時38分
秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまが1日から2日間の日程で福井県を訪問し、
福井国体の剣道の試合などを御覧になりました。
眞子さまは1日午前、福井県に入り、
午後から戦国大名の朝倉氏が拠点とした福井市の一乗谷朝倉氏遺跡を視察されました。
眞子さまが公務で福井県を訪問されるのは、今回が初めてです。
武家屋敷や商家を再現したエリアでは、染め物屋を再現した建物を視察され、
朝倉氏遺跡保存協会の岸田清会長が床に並べられたかめには
藍染めや草木染めに使う染料が入っていたことなど戦国時代の人たちの暮らしぶりを説明しました。
岸田会長は「すばらしいところですねと感激されていたようでした。
眞子さまの熱心なご様子にこの遺跡が重要な場所だと改めて認識しました」と話していました。
このあと眞子さまは福井市の県立武道館を訪れ29日開幕した福井国体の剣道競技、
成年男子の2回戦を御覧になりました。眞子さまは緊迫した空気の中で白熱する試合に、
「初めて剣道の試合を見ました。動きがとても速いので
選手も審判も動体視力が必要ですね」などと話されたということです。
眞子さまは2日は、越前市でソフトボールの試合などを観戦したあと東京に戻られる予定です。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/fukui/20181002/3050000514.html

眞子さま和紙博物館を視察、福井
国体で競技観戦も
福井県に滞在している秋篠宮家の長女眞子さまは2日、越前市の「紙の文化博物館」を視察された。
この日は同市で国体のソフトボールの試合も観戦した。
博物館では越前和紙の歴史や制作工程を紹介しており、
眞子さまは和紙を手に取り「薄くてなめらかですね」と話した。
博物館前には地元の人が多く集まり、眞子さまは自ら歩み寄って握手を交わしたり、
保育園児の頭をなでたりしていた。
その後、ソフトボール成年男子の千葉県と岐阜県の試合を観戦。
案内した日本ソフトボール協会幹部に「迫力がありますね」と話したという。
この日午後に敦賀市で卓球の少年男子、女子の試合を観戦し、夜に帰京する。
2018/10/2 11:30
https://this.kiji.is/419683047362282593

秋篠宮ご夫妻が山口県へ、高齢者らと交流
秋篠宮ご夫妻が、全国都市緑化祭への出席のため山口県入りし、医療福祉施設で高齢者らと交流しました。
「今は何をしていらっしゃいますか」(秋篠宮さま)
2日午後、山口県入りした秋篠宮ご夫妻は、山口市にある複合型の医療福祉施設を訪問されました。
入所している高齢者らと交流したご夫妻は、それぞれ目線を合わせて施設での生活ぶりなどについてたずねるとともに、
「お会いできて嬉しかったです」「どうぞお大事に」と声をかけられていました。
これに先立ち訪れた岩国市では、鵜飼いの施設などを見学し、
集まった市民らに歩み寄って、にこやかに交流される場面もありました。
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3488361.html

秋篠宮ご夫妻来県 岩国・錦帯橋見学
2018年10月3日(水)掲載
全国都市緑化祭への出席と地方視察のため、秋篠宮ご夫妻が2日、山口県入りされた。
ご夫妻そろっての来県は2011年10月の山口国体以来7年ぶり3度目。1泊2日の日程で滞在する。
秋篠宮ご夫妻は同日午後に空路で岩国市の岩国錦帯橋空港に到着。
国の名勝・錦帯橋や岩国シロヘビの館などを視察後、山口市へ移動し、
済生会山口地域ケアセンターで施設利用者らと交流した。
錦帯橋では200人を超える市民や観光客らが日の丸の小旗を振って歓迎。
福田良彦岩国市長が橋の概要や歴史を説明した。
山口地域ケアセンターでは、特別養護老人ホームの入居者たちに秋篠宮さまが
「お元気でお過ごしください」、紀子さまが「お会いできてうれしいです」と笑顔で声を掛けた。
宿泊先の山口市湯田温泉のホテルでは、村岡嗣政知事から県政概要について説明を受けた。
3日は同市阿知須の山口きらら博記念公園で開かれる全国都市緑化祭の式典と
県木アカマツの記念植樹に臨み、美祢市の秋吉台と秋芳洞などを訪れた後、帰京される。
https://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2018/1003/3p.html

秋篠宮ご夫妻
山口で植樹 「全国都市緑化祭」式典に出席
毎日新聞2018年10月3日 12時23分(最終更新 10月3日 12時23分)
秋篠宮ご夫妻は3日、山口市阿知須の山口きらら博記念公園で開かれた「全国都市緑化祭」の記念式典に出席された。
秋篠宮さまは、「緑化推進運動の輪がさらに大きく、世代を超えて広がっていくことを祈念します」とあいさつ。
その後、地元小学生らと共に山口県木のアカマツを植樹した。
開催中の「全国都市緑化やまぐちフェア・山口ゆめ花博」の中心行事の一つ。
ご夫妻は式典後、1000万輪の花々が咲き誇る会場内を視察した。【祝部幹雄】
http://mainichi.jp/articles/20181003/k00/00e/040/256000c

皇后さま、行事取りやめ静養 風邪の症状
10/3(水) 11:39配信
皇后さまは、のどの痛みや微熱などの症状があり、3日に予定されていた行事を取りやめられた。
宮内庁によると、皇后さまは、2日からのどの痛みなどの風邪の症状が見られ、3日朝からは微熱もあるという。
皇后さまは、3日午前中に皇居内で予定されていた清掃ボランティアとの面会を取りやめ、
お住まいの御所で静養されているという。
皇后さまは9月、西日本豪雨の被災地を2週連続で見舞い、
先週末は、福井県での国体の開会式に雨の中、出席されるなど、地方への訪問が続いていた。
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20181003-00402262-fnn-soci

紀子さま、オランダへ…初の単独外国訪問
2018年10月03日 18時32分
宮内庁は3日、秋篠宮妃紀子さまが23〜28日の日程でオランダを訪問されると発表した。
結核予防会総裁として、同国ハーグで開かれる「第49回肺の健康世界会議」に出席される。
紀子さま単独での外国訪問は初めて。結核予防の活動に貢献したとして、
滞在中には会議の主催団体から名誉会員の称号が授与される。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20181003-OYT1T50086.html

秋篠宮ご夫妻 全国都市緑化祭に
10月03日 21時19分
緑豊かな街づくりを目指す「全国都市緑化祭」が、秋篠宮ご夫妻も出席されて、
山口ゆめ花博が開かれている山口市の会場で行われました。
「全国都市緑化祭」は、国土交通省などが緑豊かな潤いある街づくりを進めようと、毎年、各都市で開催しています。
ことしは「山口ゆめ花博」が開かれている山口市の「山口きらら博記念公園」で開催され、
関係者およそ500人が集まるなか、秋篠宮ご夫妻も式典に出席されました。
秋篠宮さまは、あいさつの冒頭、7月の豪雨やその後の台風など各地で相次ぐ災害に触れ、
「山口県をはじめ被災地の方々にお見舞い申し上げ、
各被災地の復旧と復興が進むことを心から願っています」と述べられました。
また、「都市を彩る木々や草花は、美しい景観の形成や生物多様性の保全、
防災性の向上など多くの機能を持っています。人と自然が共存し、
自然と調和した街づくりが広がることを願っています」と述べられました。
続いて地元の小学生10人が「私たちは地域の皆さんとともに緑を守り育てきらきらと輝く未来に残し、
つなげていくことを宣言します」と元気よく宣言しました。
そして、秋篠宮ご夫妻は山口県の木であるアカマツを地元の小学生2人とともに記念に植えられました。
また、美祢市にある国の特別天然記念物で国内最大級の鍾乳洞「秋芳洞」も訪れ、
地元のガイドから洞窟の成り立ちなどの説明を受けられました。
お二人は、夕方、山口県での日程を終え東京に向かわれました。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/yamaguchi/20181003/4060001216.html

ご結婚控えた絢子さまが福井視察
福井国体ご観戦、右近家にも
2018年10月4日 午後9時25分
10月29日に結婚式を控えている高円宮家の三女絢子さまは4日、福井国体に合わせて来県された。
結婚に伴い皇室を離れるため、今回が最後の国体ご視察となる。
訪問先で多くの県民から祝福を受け、にこやかに手を振られていた。
越前町営朝日総合運動場では、ホッケー少年女子1回戦の岩手―北海道の試合を観戦された。
試合終了後、両チームメンバーが一列になって絢子さまにお辞儀をすると、
席から立ち上がって拍手を送り、健闘をたたえられた。
説明役を務めた日本ホッケー協会の中曽根弘文会長によると「大変楽しませていただきました」と述べられたという。
県ホッケー協会会長の内藤俊三越前町長は「すばらしい施設ですねとお褒めの言葉をいただいた」と感激していた。
観戦後、会場近くの沿道で婚約を祝福する大勢の県民の姿を見掛けると、絢子さまは車を降りて手を振られた。
この後向かわれた南越前町の北前船主の館・右近家前の沿道にも
「御婚約をお慶び申し上げます」との看板が掲げられ、地元の子どもたちや町民約230人が出迎えた。
絢子さまは子どもたちに近づき笑顔を見せられた。
同町の女性(68)は「おめでとうございますと申し上げたら、
ありがとうございますとお声を掛けていただいた。とても品があり、お幸せそうだった」と感動した様子だった。
館内では、右近家のメインシップ「八幡丸」の模型などを見学し、同家が飛躍した歴史に理解を深められた。
絢子さまは「こちら(の建物)で生活していたんですか」「この辺りの海は荒れますか」など
次々と質問されていた。日本海洋少年団連盟の名誉総裁でもあり、
説明役を務めた河野北前船研究会の右近恵会長は取材に「船のことをよくご存じでした。
(お人柄は)柔らかな感じで素晴らしい方でした」と話した。
県内滞在2日目となった絢子さまの母、高円宮妃久子さまは、
バスケットボールやライフル射撃など4競技を観戦された。
http://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/713033

2018.10.6 11:40
皇太子ご夫妻、大分ご訪問 国文祭などご臨席へ
皇太子ご夫妻は6日、国内最大級の文化の祭典「第33回国民文化祭」と
「第18回全国障害者芸術・文化祭」の開会式に臨席するため、大分県に入られた。
ご夫妻は同日午後、大分市内の美術館で肢体の不自由な作家が手掛けた切り絵作品を見学した後、
開会式に臨まれる。式典後は開会式に出演した高校生らと交流される場も設けられた。ご夫妻は7日に帰京される。
http://www.sankei.com/life/news/181006/lif1810060015-n1.html

皇太子夫妻が大分で合唱団見学
毎日新聞2018年10月7日 20時35分(最終更新 10月7日 20時35分)
皇太子ご夫妻は7日、大分県津久見市で、地元で活動し、国民文化祭に出演する
「津久見樫の実少年少女合唱団」の練習を見学された。
合唱団は幼児や小中学生、高校生ら約100人。皇后さまが高校時代に作詞された
「ねむの木の子守歌」など5曲を披露した。皇太子さまは子どもたちに
「よく合っていましたね」と感想を伝え、21日の本番に向けて「ご成功をお祈りしています」と話した。
雅子さまは、団長で県立佐伯豊南高2年の薬師寺千帆さん(17)に「愛子も歌が好きです」と笑顔で声をかけた。
ご夫妻はその後、別府市で情操教育のためのコンサートを鑑賞し、帰京した。【稲垣衆史】
https://mainichi.jp/articles/20181008/k00/00m/040/049000c

2018.10.6 22:42
秋篠宮家の佳子さまが鳥取ご訪問 眞子さまはテニス観戦
秋篠宮家の次女佳子さまは6日、鳥取県米子市で7日に開催される
全国高校生手話パフォーマンス甲子園の開会式に出席するため、羽田発の民間機で同県に入られた。
7日夜に帰京される。一方、姉の眞子さまは東京都内でテニスを観戦された。
佳子さまはこの日、南部町のフラワーパーク「とっとり花回廊」をご視察。
温室でコチョウランやハイビスカスなどを見て「きれいですね」と話し、集まった来園者に笑顔で手を振られた。
夜には手話甲子園に出場する聴覚障害者の高校生らと交流し、手話で激励された。
眞子さまは6日午後、東京都調布市にある武蔵野の森総合スポーツプラザで、
テニスの楽天ジャパン・オープン男子シングルス準決勝の外国人選手同士の試合をご観戦。
日本テニス協会の名誉総裁を務める眞子さまは熱戦に拍手を送られた。
http://www.sankei.com/life/news/181006/lif1810060042-n1.html

信子さま、瑶子さま福井国体ご視察
白川文字学、若狭の民俗にご関心
2018年10月7日 午前7時00分
寛仁親王妃信子さまと次女の瑶子さまが10月6日、
福井県で開かれている福井しあわせ元気国体に合わせて来県された。
お二人はそれぞれアーチェリーや空手道などを視察されたほか、若狭の民俗・歴史などにも触れられた。
信子さまは、福井市でアーチェリー競技を観戦された。
全日本アーチェリー連盟の宮崎利帳(としはる)会長職務代行者によると、
信子さまは競技に造詣が深く「弓はかつてアルミニウムでしたが、今はカーボンですね」と
道具の進化もよくご存じだったという。
福井市の県立図書館も視察された。白川文字学の室(へや)では同市出身の文化勲章受章者、
故白川静さんが生涯をかけ漢字の成り立ちを解き明かした情熱や研究の足跡について、
西川一誠知事らから説明を受けた。県教育委員会の担当者が、
小学校の授業で白川文字学が取り入れられていることを紹介し
「福井の子どもたちは白川先生のことが大好きです」と説明すると、
信子さまは「とても身近なのですね」と感心された様子だった。
嶺南に足を運ばれた瑶子さまは、敦賀市で空手道、小浜市で重量挙げを視察した後、
県立若狭歴史博物館(小浜市)を訪問。
この日始まった企画展「うきたつ人々 幕末若狭の祭礼・風俗・世相」などを見学された。
案内役を務めた垣東敏博館長によると、幕末の女性が使ったかつらや髪飾りに興味を持たれたという。
展示全体を通じては、若狭地方が京の都とつながりが深く、豊かな地域だったという説明にも関心を示された。
http://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/714368

2018.10.7 17:41
陛下、障害者太鼓をご鑑賞 皇后さまは風邪でお取りやめ
天皇陛下は7日、東京都文京区で開かれた日本太鼓全国障害者大会を観覧された。
皇后さまも同席予定だったが、2日から風邪の症状が続いているため大事を取って取りやめられた。
陛下は、知的障害や聴覚・視覚障害のある人たちが息を合わせて太鼓を演奏するのに耳を傾け、
さかんに拍手を送られた。観覧後には参加者らと懇談し、「太鼓は面白いですか」などと声をかけられていた。
http://www.sankei.com/life/news/181007/lif1810070035-n1.html

2018.10.7 20:24
佳子さま、手話でごあいさつ 高校生パフォーマンス甲子園
秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さまは7日、鳥取県米子市で行われた
第5回全国高校生手話パフォーマンス甲子園の開会式に臨み、手話で
「これまでの練習の成果を十分に発揮されることを期待しています」とあいさつをされた。
佳子さまは平成26年の第1回以降、英国留学中の昨年を除き、毎年、大会開会式に出席されている。
http://www.sankei.com/life/news/181007/lif1810070038-n1.html

佳子さま、手話で「熱意に感銘」…高校生大会
2018年10月07日
秋篠宮家の次女佳子さまは7日、鳥取県米子市で開かれた
「第5回全国高校生手話パフォーマンス甲子園」に出席された。佳子さまの大会出席は2年ぶり4度目。
佳子さまは開会式で、「高校生が熱意を持って手話パフォーマンスに取り組む姿に感銘を受けています。
聴覚に障害のある方々と、手話に対する理解が一層深まることを願っています」とあいさつし、
全て手話でも伝えられた。
舞台では、予選を通過した20チームが手話を使ったダンスや演劇、大喜利などを披露。
客席を巻き込んだパフォーマンスでは、佳子さまも笑顔で加わられた。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181007-OYT1T50098.html

「佳子さまの手話は、なめらかで…」驚く高校生
2018年10月07日
鳥取県米子市で7日に行われる「第5回全国高校生手話パフォーマンス甲子園」に出席するため、
6日に県入りされた秋篠宮家の次女佳子さまは、同市のホテルで開かれた交流会で、
大会に出場する高校生と笑顔で歓談。「頑張ってください」と手話を交えて激励された。
交流会には、出場校の生徒ら約300人が出席。佳子さまは「どのような発表をされるのですか」と質問し、
「優勝を目指して頑張ってください」とエールを送られた。
県立米子東高2年の生徒(16)は「佳子さまの手話はなめらかで、相当練習されたと思う」と驚き、
「笑顔で話してくださり、緊張がほぐれた。本番で全力が出せる」と声を弾ませた。
交流会前に訪問された南部町の「とっとり花回廊」では、スタッフが佳子さまのお印「ゆうな」の花を飾って歓迎。
佳子さまは写真を撮影されたといい、西田雄二園長は
「『花が好きで、とても楽しかったです』とおっしゃっていた。喜んでもらえて光栄です」と話していた。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181007-OYT1T50047.html

佳子さまが和傘の制作作業を視察 鳥取・米子市[2018/10/07 23:23]
秋篠宮ご夫妻の次女・佳子さまは6日から訪問していた鳥取県で、
200年の歴史がある伝統工芸品の和傘の制作作業を視察されました。
佳子さまは7日午後、鳥取県米子市淀江町の「和傘伝承館」を訪問されました。
江戸時代から制作が始まった「淀江傘」をスタッフから受け取ると「きれいですね」と話しながら、
伝統技術を肌で実感されていました。この淀江傘の制作技術は米子市の無形文化財に指定されています。
佳子さまは傘の紙張りや色付けなどの作業を視察するとともに職人たちと懇談し、
夜には東京の赤坂御用地に戻られました。
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000137912.html

秋篠宮ご夫妻が年縞博物館ご視察
10月08日 20時53分
秋篠宮ご夫妻は9日の福井国体閉会式出席のため8日から2日間の日程で福井県を訪問し、
8日は福井県若狭町で9月オープンしたばかりのしま模様の地層、「年縞」をテーマにした博物館を視察されました。
秋篠宮ご夫妻は8日午後、若狭町の福井県年縞博物館を視察し、博物館の中川毅研究マネージャーの案内のもと、
最大の呼び物となっている長さ45メートル、過去7万年分の年縞をご覧になりました。
中川研究マネージャーが、展示されている年縞は三方五湖のひとつ、
水月湖の底に火山灰などが積み重なってできたしま模様の地層で、
保存状態が非常にいいため化石や地層などの年代を測定する際の
国際的な基準として認定されていることなどを説明すると、ご夫妻は時折質問しながら熱心に話を聴かれていました。
中川研究マネージャーは「秋篠宮ご夫妻は年縞ができるメカニズムや
火山の噴火時期を年縞から読み取る方法などについて熱心に質問されていました。
ガラスに保存された年縞を見て『きれいですね』とおっしゃっていただきうれしく感じました」と話していました。
秋篠宮ご夫妻は9日は福井国体の閉会式出席後、東京へ戻られる予定です。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/fukui/20181008/3050000584.html

秋篠宮ご夫妻、選手ねぎらわれ拍手
福井国体、閉会式ご臨席
2018年10月10日 午前7時10分
秋篠宮ご夫妻は10月9日、福井しあわせ元気国体の総合閉会式に臨席された。
青空が広がる福井県福井市の9・98スタジアム(県営陸上競技場)で、
大会期間中に熱戦を繰り広げた全国の選手らに惜しみない拍手を送り、健闘をたたえられた。
ご夫妻は午前中、陸上の少年男子B3千メートル決勝を観戦された。
会場に選手がコールされると、プログラムで選手名などを見ながら拍手。
レースが始まると、真剣なまなざしでトラックを走る選手を応援された。
残り100メートルでは、ゴールを目指す全選手を拍手で激励された。
総合閉会式では、入場行進する選手らに、温かい笑顔を浮かべながら拍手をしたり、
手を振ったりして労をねぎらわれた。
その後、秋篠宮さまは福井県の市田龍生都選手(自転車少年男子、科学技術高)に天皇杯を、
紀子さまは福井県の荻野紗和選手(ボート少年女子、美方高)に皇后杯を手渡された。
https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/715876

秋篠宮ご夫妻が酒造見学 国体閉会式に出席の傍ら
2018年10月10日
福井県を訪れた秋篠宮ご夫妻は九日、国体の総合閉会式などに出席する傍ら熱心に各地を視察された。
永平寺町の酒造会社「黒龍酒造」で日本酒造りの説明を興味深く聴き、
同町の県立大では、最新の恐竜研究の成果に耳を傾けた。
黒龍酒造では、ご夫妻とも白衣姿で日本酒を醸造する仕込み室を見学。
水野直人社長(53)が米の表面を半分以上削る大吟醸の精米工程を解説すると、
秋篠宮さまは「随分と削ってしまうのですね」と話し、仕込みタンクの容量なども質問していた。
紀子さまは八日夜、宿泊した福井市内のホテルで黒龍の大吟醸を味わったといい、
視察後の取材で水野社長は「『大変おいしくいただきました』と感謝の言葉をいただきました。
福井の米と酒を発信できて光栄に思います」と感激した表情だった。
県立大では恐竜学研究所の東洋一所長(69)が、断層撮影(CT)などを駆使した
「デジタル古生物学」と呼ぶ手法で、勝山市から発掘された岩石を調べ、
コンピューター上で原始的な鳥類の全身骨格化石を復元する研究を進めていると説明した。
秋篠宮さまは全身骨格の模型を見て、原始的な鳥類には進化元である恐竜の要素が残っていることに気が付いた。
ナマズ研究者として著名な秋篠宮さまはニワトリの起源も研究しており、
東所長は「よく勉強されていて驚かされました」と感心していた。
ご夫妻は九日朝、福井市の県営陸上競技場で陸上競技を視察。
午後に再び同競技場に戻って福井国体の総合閉会式に出席し、小松空港から東京に戻った。
(尾嶋隆宏、藤井雄次)
http://www.chunichi.co.jp/article/fukui/20181010/CK2018101002000029.html

「任務に全力」決意新た 第16回国民の自衛官表彰式 三笠宮家の彬子さまがご臨席
2018.10.10 23:32
国際活動や災害派遣などで著しい功績のあった自衛官を顕彰する「第16回国民の自衛官」の表彰式が10日、
三笠宮家の彬子さまをお迎えし、東京都新宿区のホテルグランドヒル市ケ谷で開かれた。
式に出席した産経新聞社の飯塚浩彦社長が、今年は西日本豪雨や北海道地震など
大規模災害が多発したことに触れ、「今、この瞬間にも救援や復旧作業などの活動に
尽力されている自衛隊の方々に深く敬意を表するとともに、
被災地の皆さまの安全と一日も早い復旧を心からお祈り申し上げます」とあいさつした。
彬子さまはお言葉の中で、西日本豪雨での自衛隊員や幹部候補生の活動をご紹介。
「今までの受章者の中にも、誰一人として特別なことをしようとか、名を上げようと
何かをされていた方はおられませんでした。災害派遣などの任務も当たり前のやるべきこととして
取り組んでくださっていることに感銘を受けました」と述べられた。
(以下省略)
https://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/181010/plt18101023320023-n1.html

来春の園遊会取りやめ=退位控え日程確保困難−宮内庁
宮内庁の山本信一郎長官は11日の定例記者会見で、
例年4月に開催されている天皇、皇后両陛下主催の春の園遊会について、来年は取りやめることを明らかにした。
4月末の陛下の退位を控え、日程の確保が困難なことが理由。
このため、両陛下主催の園遊会は、11月9日に実施される秋の園遊会が最後となる。
長官は、来年秋の恒例の園遊会についても、皇太子さまの即位の礼や大嘗祭があることから、
実施は難しいとの見方を示した。(2018/10/11-15:51)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018101100849&g=soc

2018.10.12 18:22
皇太子さま、障害者スポーツ大会ご臨席で福井県へ
皇太子さまは12日、全国障害者スポーツ大会の開会式臨席などのため、福井県入りされた。
この日はあわら市にある繊維素材メーカーを視察した後、福井市にご移動。
同大会に出場する同県選手団の激励会に臨席し、電動車いすで陸上競技に出場する牧野勇樹さん(25)に
「どういうところが難しいですか」と尋ねられた。
13日に開会式であいさつし、知的障害者によるバスケットボール競技をご観戦。
14日には若狭町の水月湖で確認された約7万年分の堆積層「年縞(ねんこう)」を見学し、帰京される。
http://www.sankei.com/life/news/181012/lif1810120024-n1.html

2018.10.13 17:57
皇太子さま、障スポ開会式ご臨席
福井県を訪問中の皇太子さまは13日、福井市の県営陸上競技場で行われた
全国障害者スポーツ大会の開会式に臨み、「東京パラリンピックにおいて
活躍される選手が数多く誕生することを期待しております」とあいさつをされた。
別会場では、知的障害者によるバスケットボール競技をご観戦。大会のボランティアとも交流し、
文字情報で聴覚障害者を支援する女性に「訓練が必要なんでしょうね」と語りかけられた。
http://www.sankei.com/life/news/181013/lif1810130031-n1.html

2018.10.14 19:37
皇太子さま、福井県からご帰京
全国障害者スポーツ大会の開会式臨席などのため福井県を訪れていた皇太子さまは14日、
敦賀市で、相手が転がしたサッカーボールを蹴って得点を競うフットベースボール競技を観戦するなどし、帰京された。
若狭町では水月湖で見つかり、世界最長とされる約7万年分の堆積層「年縞(ねんこう)」の博物館をご見学。
堆積物の違いでしま模様に見える展示に「すごいきれいですね」と感心されていた。
http://www.sankei.com/life/news/181014/lif1810140042-n1.html

トキ放鳥から10年 眞子さま 式典に出席 新潟 佐渡
2018年10月14日 17時48分皇室
国の特別天然記念物のトキの野生復帰から10年を迎えたことを記念する式典が、
14日、秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまも出席されて新潟県佐渡市で開かれました。
日本生まれのトキは平成15年に絶滅しましたが、佐渡市では、中国から譲り受けたトキを繁殖させて
平成20年から自然に放し続け、これまでに合わせて308羽が放鳥されています。
放鳥を始めてからことしで10年を迎え、14日、記念の式典が開かれました。
式典には秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまが出席し
「佐渡におけるトキの野生復帰はいったん絶滅した種を再び生息地に導入するという
世界的にも貴重な取り組みだと聞きました。生物の多様性やトキにとっても人にとっても
大切な環境を守ることにつながると期待しています」などと述べられました。
また、眞子さまはこれに先立ち、佐渡市のトキの飼育施設を訪れ、
飼育されているトキを窓越しに観察されました。
眞子さまは、木から飛び降りたトキの羽の色を見て
「美しいですね。トキ色は好きな色です」などと話されていました。
佐渡市では15日、眞子さまも出席されて19回目のトキの放鳥式が行われます。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181014/k10011671321000.html

野生復帰10周年、記念のトキ放鳥へ 眞子さまら出席
古西洋 2018年10月15日12時35分
一度絶滅した国の特別天然記念物トキの野生復帰10周年を祝う放鳥式が15日、
新潟県佐渡市で開かれた。トキを育て、保護してきた地元の関係者や、トキを提供してきた中国の代表団、
秋篠宮家の長女眞子さまらが見守るなか、11羽のトキが淡い桃色の羽を広げて飛び立っていった。
この日の放鳥に向けては、佐渡トキ保護センターや東京都多摩動物公園など
各地の飼育施設で生まれた19羽が、6月下旬から佐渡市の野生復帰ステーションで訓練されてきた。
高く速く飛ぶ力やエサの捕り方などの能力を身につけたトキの中から、放鳥されるトキが選ばれた。
環境悪化や乱獲から、国内産トキは2003年に絶滅。中国産トキ5羽から人工繁殖を繰り返し、
08年からトキの放鳥が始まった。12年に放鳥されたトキのつがいからひなが生まれ、
16年には自然界で生まれ育ったつがいから初めて「自然界2世」が誕生した。
環境省によると、佐渡島で生息するトキは推定約350羽に増えたという。
今後は安定的な繁殖のために遺伝的多様性の確保が期待されており、
17日には中国から新たに2羽が佐渡トキ保護センターにやってくる。
佐渡島ではトキのえさとなるドジョウなどの生き物が絶えないよう、農薬を減らした稲作を普及させるなど、
官民あげた環境づくりに取り組んできた。(古西洋)
https://www.asahi.com/articles/ASLBH2HWGLBHUOHB002.html

とき色羽ばたかせ大空に 野生復帰10年で放鳥式
2018.10.15 13:26
181015.jpg
トキの放鳥式に参加された秋篠宮家の長女、眞子さま=15日午後、新潟県佐渡市

国の特別天然記念物トキの野生復帰から10年を記念して15日、
新潟県佐渡市の両津運動広場で放鳥式が開かれ、市内で飼育された11羽のトキが次々に飛び立った。
環境省と県、市の共催で、秋篠宮家の長女眞子さまも出席され、トキの入った箱のテープをカットした。
トキが2003年に日本で絶滅して以降、中国産の個体の繁殖が始まり、
環境省が08年から10年間で放鳥してきた飼育個体は308羽。
今年9月現在、野生下での個体数は推定約350羽に達し、定着化も進んでいる。
市などによると、近年はケージから自然に飛び立つのを待つ方法が取られていたが、
今回は多くの人が放鳥作業に参加できるよう、
1羽ずつ箱に入れた状態から飛び立たせる「ハードリリース」方式を10年ぶりに採用。
トキは箱のテープが切られると、淡い桃色を表す「とき色」の羽を見せながら飛んでいった。
9月25日に放鳥から10年を迎え、今月14日には同市で記念式典やフォーラムが開かれた。
17日には中国から約11年ぶりにトキ2羽が提供される。
https://www.sankei.com/life/news/181015/lif1810150027-n1.html

皇太子さま福井で撮影した写真持参
雅子さまの福井旅行のお話も
2018年10月15日 午前7時20分
皇太子さまは10月12日に福井しあわせ元気大会(全国障害者スポーツ大会=障スポ)に合わせて
11年ぶりに福井県に来県、14日までの3日間滞在された。
西川一誠知事によると、皇太子さまがかつて訪れた三方五湖や
熊川宿(若狭町)の写真を持参されたり、皇太子妃雅子さまが学生時代に
東尋坊や永平寺に旅行したことを話されたりするなど、福井での思い出を披露されたという。
随従した西川知事によると、13日の昼食時、皇太子さまは
山頂からの三方五湖や熊川宿を撮影した写真など4、5枚を見せられた。
1983年の初の来県時にご自身で撮影されたものという。これらの写真は14日の若狭町での昼食の際も披露された。
宮内庁の枝慶侍従は「(各地への行啓で)毎回、(その土地の写真を)
持って行かれるかどうかは分からない」としながらも、
「今回は機会があればお見せしようと思われていたと思う」と述べた。
また、今回同行されなかった雅子さまに触れ、
「(雅子さまは)学生のころ東尋坊や永平寺を訪れており、
一緒に訪問できなかったのは残念だ」とのお気持ちを話されたという。
https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/719009

秋篠宮ご夫妻、津波被災者を哀悼…世界湖沼会議
2018年10月15日 19時15分
湖沼の環境保全などについて世界の研究者や市民らが話し合う「世界湖沼会議」が15日、
茨城県で開幕し、同県つくば市のつくば国際会議場で行われた開会式に秋篠宮ご夫妻が出席された。
秋篠宮さまは「湖沼に関係する様々な立場の人々が意見交換する機会は意義深い。
今回の会議は、湖沼を望ましい姿で後世に引き継ぐため大きな役割を果たすでしょう」とあいさつされた。
冒頭では、インドネシア中部スラウェシ島で先月発生した地震・津波の被災者に哀悼の意を示された。
同会議の国内開催は17年ぶり。19日までの期間中、約50か国・地域から約4000人が参加し、
最終日には「いばらき霞ヶ浦宣言2018」を採択する予定だ。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20181015-OYT1T50106.html

皇太子ご一家 映画試写会

彬子さまに名誉博士号=国士舘大で学位贈呈式
三笠宮家の彬子さま(36)は17日、国士舘大から名誉博士号を授与された。
宮内庁によると、彬子さまの名誉博士号取得は初めて。
英オックスフォード大では博士号(哲学)を取得されている。
この日、同大で学位贈呈式に臨んだ彬子さまは
「今までの自分の研究や活動を初めて公に評価していただいた。
本当にうれしくありがたく思います」と述べた。
(2018/10/17-16:30)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018101700912&g=ryl

皇后さま84歳誕生日

両陛下、「春日権現験記絵」ご覧に ご養蚕の生糸で復元 
2018.10.22 12:58
天皇、皇后両陛下は22日、皇居・東御苑の三の丸尚蔵館を訪れ、
鎌倉時代の絵巻「春日権現験記絵(かすがごんげんげんきえ)」を鑑賞された。
同絵巻は春日大社に伝わり、明治時代に皇室に献上された。劣化が進み、
宮内庁が平成16年度から13年かけて修復した。
表紙部分などの修復には、皇后さまがご養蚕(ようさん)で育てられた
日本純産種の蚕「小石丸」の生糸が使われた。
保護に役立ったという説明を聞いた天皇陛下は「よかったね」と皇后さまをおねぎらいに。
皇后さまも関係者に「大きなお仕事をありがとうございました」と感謝された。
https://www.sankei.com/life/news/181022/lif1810220031-n1.html

紀子妃殿下オランダご訪問

眞子さま27歳に 婚約延期も公務に励まれる
2018.10.23 00:09
秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまは23日、27歳の誕生日を迎えられた。
国際基督教大学(ICU)時代の同級生、小室圭さん(27)との婚約内定後の一連の儀式が延期される中、
この1年間も国内外の公務に励まれた。
眞子さまは今年7月、日本人移住110周年記念式典臨席などのためブラジルを公式にご訪問。
8月に鳥取県で大山開山1300年の記念式典に、今月には福井県で国体の競技観戦や
新潟県でトキの放鳥事業開始10年の記念式典にいずれも単身で臨まれていた。
小室さんとのご婚約は昨年9月に内定したが、正式な婚約となる「納采の儀」前の
今年2月に一連の儀式が平成32年に延期された。
小室さんは8月に渡米し、3年間の予定でロースクールに留学している。
小室さん側をめぐっては、週刊誌が昨年末以降、小室さんの母親と元婚約者との間の金銭トラブルを報道。
秋篠宮ご夫妻が小室さんと母親に、現状では納采の儀を行うことが困難との考えを伝えられていたことが分かっている。
宮内庁幹部は「お二人の気持ちを十分にうかがいながら、お支え続けていくということに変わりはない」としている。
https://www.sankei.com/life/news/181023/lif1810230003-n1.html

眞子さま27歳誕生日、両陛下にごあいさつ
2018.10.23 12:47
23日に27歳の誕生日を迎えた秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまは同日、皇居・御所を訪れ、
天皇、皇后両陛下にあいさつをされた。
午前11時50分ごろ、半蔵門から車で皇居に入る際には、
沿道の人から「おめでとうございます」と祝福の声が上がり、眞子さまはにこやかに会釈をされていた。
https://www.sankei.com/life/news/181023/lif1810230021-n1.html

天皇、皇后両陛下、記念レセプションに=常陸宮ご夫妻も出席−世界文化賞
天皇、皇后両陛下は23日午前、東京都港区のホテルオークラ東京で開かれた
高松宮殿下記念世界文化賞30周年記念レセプションに出席された。
主催する日本美術協会総裁の常陸宮さまと同妃華子さまも同席した。
レセプションには、フランスの女優カトリーヌ・ドヌーブさん(75)や
イタリアの指揮者リッカルド・ムーティさん(77)ら、今年の受賞者らが参加。
両陛下と常陸宮ご夫妻は一人ひとりと握手を交わし、笑顔で懇談していた。
(2018/10/23-11:34)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018102300489&g=ryl

明治150年式典に300人=天皇陛下は出席せず
政府は23日、明治改元150年を記念した式典を東京・永田町の憲政記念館で開いた。
安倍晋三首相ら三権の長や国会議員ら300人余りが出席。
1968年に佐藤栄作内閣が開催した明治100年式典は日本武道館で約1万人が参加し、
昭和天皇と香淳皇后も招かれたが、今回は天皇陛下や皇族は出席せず、規模も縮小された。
首相は式辞で明治時代について、「列強が植民地支配を進め、わが国は国家存亡の危機に直面していた」と指摘。
近代国家の建設に取り組んだ先人に敬意を表し、
「今を生きる私たちも、これを誇りに力強く歩んでいかなければならない」と強調した。
100年式典では昭和天皇がお言葉を述べた。内閣府によると、今回は皇室関係者の出席を求めなかった。
菅義偉官房長官は記者会見でその理由について
「150年という節目を踏まえ、適切な対応を取った」と述べるにとどめた。
共産、自由、社民各党の議員は式典を欠席した。
共産党の小池晃書記局長は22日の記者会見で
「明治150年の前半は侵略と植民地支配の負の歴史だ。
それと戦後を一緒にして丸ごと肯定する立場に立たない」と語った。
(2018/10/23-17:55)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018102300608&g=pol

政府が明治維新150年を祝う式典 天皇陛下は出席せず
二階堂友紀
2018年10月23日13時30分
明治維新150年を祝う政府の記念式典が23日、東京・永田町の憲政記念館で開かれた。
10月23日は元号が慶応から明治に改められた日にあたり、
与野党の国会議員や各界の代表者ら約350人が出席した。
安倍晋三首相は式辞で「明治の人々が勇気と英断、たゆまぬ努力、奮闘によって、
世界に向けて大きく胸を開き、新しい時代の扉を開けた」と強調。
そのうえで「若い世代の方々にはこの機会に、我が国の近代化に向けて生じた出来事に触れ、
光と影、様々な側面を貴重な経験として学びとって欲しい」と述べた。
佐藤栄作内閣のもとで開かれた明治100年式典の際は、
昭和天皇と香淳皇后が出席したが、今回天皇、皇后両陛下は出席しなかった。
宮内庁は「政府からお声がけがなかった」(西村泰彦次長)としている。
共産党は「明治150年の前半は侵略戦争と植民地支配に向かった負の歴史。
丸ごと祝い、肯定するような行事には参加できない」(小池晃書記局長)として欠席した。(二階堂友紀)
https://www.asahi.com/articles/ASLBR35NBLBRULFA002.html

地域医療強化へ決意 寛仁親王妃信子さま出席 日赤県支部130周年で式典
[2018/10/24]
日本赤十字社群馬県支部の創立130周年と、新築移転した前橋赤十字病院の落成を記念した、
県赤十字大会が23日、前橋市のベイシア文化ホールで開かれ、約千人が節目を祝った。
開催は27年ぶりで、活動に貢献した664人を表彰した。
日赤名誉副総裁の寛仁親王妃信子さまも出席され、式典後は6月に稼働した病院を視察した。
式典で支部長を務める大沢正明知事は式辞を述べ、「地域医療はもとより救急医療、災害医療を強化していく。
今後とも皆さまの期待に応えられるよう尽力する」と決意を新たにした。
https://www.jomo-news.co.jp/news/gunma/society/87789

三笠宮さま薨去から2年で墓所祭 絢子さま、皇族として最後のご拝礼
2018.10.27 16:55
三笠宮さまが薨去(こうきょ)されてから2年となった27日、
豊島岡(としまがおか)墓地(東京都文京区)で墓所祭が営まれ、
三笠宮妃百合子さまをはじめとする皇族方が参拝された。
孫で高円宮家の三女、絢子(あやこ)さまも拝礼し、
29日に結婚するのを前に皇族として最後の墓参を済まされた。
絢子さまは29日、明治神宮(渋谷区)で日本郵船勤務の守谷慧(けい)さん(32)と結婚式を挙げられる。
この日の祝詞(のりと)では、絢子さまのご結婚についても読み上げられた。
95歳の百合子さまは車いす姿で参列し、墓前では立ち上がって玉串をささげられた。
https://www.sankei.com/life/news/181027/lif1810270034-n1.html

百歳で亡くなった三笠宮さま偲ぶ「墓所祭」
2018年10月27日 17:36
2年前に100歳で亡くなった三笠宮さまの「墓所祭」が東京・文京区の豊島岡墓地で行われ、
皇族方が参列された。
27日は、2年前、100歳で亡くなった天皇陛下の叔父にあたる三笠宮さまの命日。
午後、文京区の豊島岡墓地で「墓所祭」が営まれ、三笠宮妃百合子さまをはじめ、
2日後に結婚式を控えた孫の高円宮家の三女・絢子さま、三笠宮家の彬子さまや瑶子さまら
6人の皇族方が、宮内庁の職員らと共に参列された。
95歳を迎えた百合子さまは、車いすからゆっくりと立ち上がり、玉串をささげて墓所に拝礼された。
続けて、彬子さまや瑶子さまら皇族方が拝礼し、三笠宮さまを偲(しの)ばれた。
http://www.news24.jp/articles/2018/10/27/07407812.html

勅使参向のもと秋季例大祭 畏き辺りよりの幣帛奉り 靖國神社
平成30年10月29日付 1面
東京・千代田区の靖國神社(小堀邦夫宮司)では、十月十七日から二十日まで秋季例大祭が執りおこなはれ、
十八日の当日祭では、勅使参向のもと畏き辺りよりの幣帛が神前に奉られた。
第三日祭の斎行された二十日には、瑶子女王殿下が御参拝になられた。

安倍総理は真榊 議員らの参拝も
安倍晋三内閣総理大臣は、秋季例大祭にあたり真榊一基を奉納。
同日午前八時には、超党派の国会議員で組織する「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」
(会長=尾辻秀久参議院議員)が参拝をおこなひ、衆議院議員四十三人(代理五十三人)と
参議院議員二十八人(代理二十二人)の計百四十六人が参加した。
https://www.jinja.co.jp/news/news_010319.html


両陛下高知県ご訪問

高円宮絢子さまご結婚

紀子妃殿下オランダご訪問

秋篠宮妃 紀子さま 初めてお一人で外国訪問へ
4月27日 5時34分
秋篠宮妃の紀子さまが、結核予防の国際会議に出席するため、ことし10月、
オランダを訪問される方向で調整が進められていることがわかりました。
紀子さまお一人での外国訪問は初めてのことになります。
関係者によりますと、紀子さまは、ことし10月下旬にオランダのハーグを訪れ、
「結核予防会」の総裁として、結核や肺疾患の予防に取り組む国際団体が主催する
「肺の健康世界会議」に出席される方向で調整が進められているということです。
この中で紀子さまは、長年にわたって結核予防に功績のあった個人や団体を表彰する
「秩父宮妃記念結核予防功労賞」の「世界賞」の表彰に臨まれる見通しです。
紀子さまは、結核予防会の総裁を20年余りにわたって務め、
毎年、各地で開かれる全国大会に出席するなど、結核の予防活動に取り組まれています。
紀子さまは、これまでに秋篠宮さまやご家族と34回にわたって外国を訪れ、
ことしも6月に秋篠宮さまとアメリカのハワイを公式訪問される見通しですが、
皇族としてお一人で外国を訪問されるのは初めてのことになります。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180427/k10011419191000.html


紀子さま、オランダに出発=初の単独海外訪問
秋篠宮妃紀子さまは23日未明、オランダのハーグで開かれる「第49回肺の健康世界会議」などに出席するため、
民間機で羽田空港を出発された。紀子さまが単独で海外を訪問するのは初めて。
紀子さまは公益財団法人結核予防会の総裁を務めている。
今回は私的訪問の位置付けで、24日に世界会議の開会式、
25日に秩父宮妃記念結核予防世界賞の授与式にそれぞれ出席する。
26日には国際結核肺疾患予防連合から名誉会員の称号を授与される式典に臨み、28日に帰国する予定。
(2018/10/23-04:57)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018102300120&g=ryl

紀子さまオランダへ 結核予防国際会議 お一人で外国訪問は初
10月23日 6時57分
秋篠宮妃の紀子さまはオランダで開かれる結核予防の国際会議に出席するため、
23日未明、羽田空港を出発されました。
紀子さまがお一人で外国を訪問されるのは初めてです。
紀子さまは羽田空港で宮内庁の幹部などから見送りのあいさつを受けたあと、
23日午前零時すぎ、オランダに向けて出発されました。
紀子さまは日本の「結核予防会」の総裁として、
現地時間の24日、ハーグで開かれる「肺の健康世界会議」の開会式に出席されます。
翌25日、結核予防に功績のあった個人や団体を表彰する「秩父宮妃記念結核予防世界賞」の表彰式に臨み、
みずから賞を授けておことばを述べられます。
紀子さまはまた、20年余りにわたる結核予防の活動が評価され、
会議を主催する国際団体から贈られる名誉会員の称号の授与式にも出席されます。
紀子さまが皇族としてお一人で外国を訪問するのは初めてで、
滞在中、オランダの「結核予防会」の総裁を務めるマルグリート王女と交流を深めるほか、
子育ての福祉施設や子どもの本の博物館を視察するなどして、今月28日に帰国されます。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181023/k10011681741000.html

紀子さま、国際結核予防連の名誉会員へ 王族や皇族で初
斎藤智子
2018年10月23日10時33分
秋篠宮妃紀子さまが、国際結核肺疾患予防連合から「名誉会員」の称号を贈られることになった。
長年の予防活動への貢献が国際的に評価された。王族や皇族では初めてという。
23日未明、オランダ・ハーグでの授与式(26日)に出席するため日本を出発した。
紀子さまは24年前、日本の結核予防会の総裁を秩父宮妃から引き継いだ。
眞子さまを育て、おなかに佳子さまがいた時期。
「はじめは結核についての知識もなく、ゼロからのスタートでした」と振り返る。
全国各地で結核予防の活動を担った関連団体「結核予防婦人会」の毎年の講習会に参加し、
最先端の研究や海外の状況などの講義を、
各都道府県代表の女性たちの一番後ろの席で熱心にメモを取って学んできた。
この数年は、自身が学んだ情報を会員にも共有してもらおうと、
閉会前の30分間に手作りの画像などでレクチャーもしている。
同会の木下幸子会長(81)は「開会のあいさつなどをすれば総裁の仕事は終わりのはずですが、
全行程を受講されていく。背筋が伸びる思いです」と話す。
2010年から複数回、婦人会のメンバーや女子大学生ら計約千人を対象に結核予防に関する意識調査を実施し、
社会心理学的な手法で解析して博士論文にまとめた。学会で発表し、
受理したお茶の水女子大は13年、紀子さまに博士号(人文科学)を授けた。
国際的に評価されているのは、日本での取り組みをアジア諸国などに広めている点だ。
結核は日本でかつて、若者や働き盛りが命を失う「国民病」と恐れられた。
高度成長期の1962年でも人口10万人あたり500人以上が新たに発症していた。
だが2017年には13・3人に減少。フィリピン322人、タイ102人、韓国72人、
中国55人(いずれも16年)などと比べ格段に低い。
成功事例を役立ててもらおうと、結核予防会は途上国などから長年、大勢の研修生を受け入れてきた。
自国に戻れば感染症の専門医や役人となり結核と向き合う人たちだ。
紀子さまは研修生を秋篠宮邸に個人的に招き、励ましてきたという。その数は80カ国、千人以上に上る。
26日の授与式後には、カンボジアやミャンマーなどの「卒業生」がハーグに駆けつけ、
紀子さまを祝福する予定という。
紀子さまは「全国各地で結核予防のため地道に活動してこられた大勢の様々な方々を代表して
一緒に(この称号を)いただけるものと受け止め、感謝しております」と話している。

日本の罹患率、米国の5倍近く
日本で結核は劇的に減ったとはいえ、日本の罹患(りかん)率は今も米国の5倍近い。
日本は年2千人以上が結核で死ぬ「中蔓延(まんえん)国」で、決して結核は「過去の病」ではない。
特に最近目立つのが若い世代の患者だ。結核研究所の石川信克・名誉所長(76)によると
20、30代で発症する患者のほぼ半数が外国人。外国人が患者数を押し上げる傾向は近年先進国に共通する。
発症に気付かず薬を飲まなければ周囲に菌をまき散らすし、
中途半端に薬をやめれば薬の効かない耐性菌を増やすリスクもある。
政府は外国人が入国する際の検査を強化する方針を打ち出したが、入国後あらたに発症する人もいるため、
それだけでは不十分と石川さんは指摘する。
「世界の結核患者を皆で力をあわせて積極的に減らしていかない限り、日本の患者もゼロにできないんです。
自国のことだけやっていては100年もたっても結核は撲滅できない」
結核は、天皇陛下も二十歳前の皇太子時代に一時期、患った。
故・秩父宮雍仁(やすひと)さまは結核で長期の療養生活を送った後、亡くなっている。(斎藤智子)
https://www.asahi.com/articles/ASLBM5W6ZLBMUTIL04V.html

紀子さま オランダ到着 お一人で初の外国訪問
10/24 13:16
秋篠宮妃・紀子さまは結核予防の国際会議に出席するため、オランダに到着されました。
紀子さまが1人で外国を訪問されるのは初めてです。 
23日にオランダのハーグに到着された紀子さまは、オランダのマルグリート王女とともに
結核予防の国際団体が主催する夕食会に出席されました。
結核予防会の総裁を務める紀子さまは、24日には「肺の健康世界会議」の開会式に出席されます。
また、滞在中は子育ての支援施設や子どもの本の博物館などを視察し、28日に帰国されます。
紀子さまが秋篠宮さまと結婚して以来、1人で外国を訪問されるのは今回が初めてです。
https://www.asahi.co.jp/webnews/ann_i_000139201.html

紀子さま、オランダで「二大課題」活動 長年心を寄せる
ハーグ=斎藤智子2018年10月25日10時20分
オランダを訪問中の秋篠宮妃紀子さまは24日(現地時間)、
ハーグで「第49回肺の健康世界会議」開会式に参列した。
結核やぜんそくなどの問題に取り組む「国際結核肺疾患予防連合」(本部・パリ)の主催。
結核予防会総裁を務める紀子さまは、オランダの結核予防会総裁であるマルグリート王女とともに出席。
力を合わせ結核をなくそうと呼びかける王女の開会の辞に拍手を送った。
紀子さまは同日、アムステルダム市の親子健康センターも視察。
出産直後から学齢期までの子どもの心身の健康や発達、若い親の子育てへの悩みまで総合的に対応できる拠点で、
スタッフや親子に熱心に質問した。「結核の撲滅」と
「親子(母子)の健康」は紀子さまが長年心を寄せる二大課題。(ハーグ=斎藤智子)
https://www.asahi.com/articles/ASLBT24HPLBTUTIL001.html

紀子さま、初の単独海外訪問 オランダで「健康会議」出席
2018年10月25日 10時01分
【ハーグ共同】オランダ訪問中の秋篠宮妃紀子さまは24日、
同国西部ハーグで開かれた「第49回肺の健康世界会議」開会式に出席された。
1990年に秋篠宮さまと結婚し皇族になって以降、単独で海外を訪れるのは初めて。
28日に帰国する。
同会議には世界各地から研究者や医療従事者、市民団体関係者らが集まり、
肺の健康に関するシンポジウムやワークショップなどを実施。
開会式にはオランダのマルフリート王女も出席した。
紀子さまは結核予防会(東京都)の総裁を務めており、
25日にはハーグで行われる秩父宮妃記念結核予防世界賞授与式に出席し、あいさつする予定だ。
https://this.kiji.is/427995809087849569

オランダ・ハーグで開かれた「肺の健康世界会議」開会式の会場に到着された
秋篠宮妃紀子さまとオランダのマルフリート王女=24日(共同)
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紀子さま、結核予防賞を授与=オランダ
【ハーグ時事】オランダを訪問中の秋篠宮妃紀子さまは25日午前(日本時間同日午後)、
ハーグで秩父宮妃記念結核予防世界賞授与式に出席し、
パキスタンのムハンマド・アミール・カーン博士に同賞を授与された。
紀子さまは授与に先立ち、「結核に苦しむ人々を助けるため不断の努力を傾ける方々に
心から敬意を表します」などと英語であいさつした。
同賞は、結核予防に功績のあった個人や団体を表彰するもので、半世紀以上にわたり
公益財団法人結核予防会の総裁を務めた故・秩父宮妃勢津子さまの功績をたたえ、1997年に創設された。
(2018/10/25-18:17)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018102501085&g=soc

秩父宮妃記念結核予防世界賞授与式に出席された秋篠宮妃紀子さま=25日、オランダ・ハーグ
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紀子さま オランダで「結核予防賞」をパキスタン医師に授与
2018年10月25日 19時25分
オランダを訪れている秋篠宮妃の紀子さまは、結核予防の国際会議に出席し、
結核予防に功績のあった個人を表彰する「秩父宮妃記念結核予防世界賞」を
パキスタンの医師に授けられました。
紀子さまは、日本の「結核予防会」の総裁として、現地時間の24日、
オランダのハーグにある国際会議場で開かれた「肺の健康世界会議」の開会式に出席されました。
そして、翌25日午前、会議のなかで行われた「秩父宮妃記念結核予防世界賞」の表彰式に臨まれました。
この賞は、結核予防に功績のあった個人を毎年表彰するものです。
表彰式で、紀子さまは英語で「今後、社会のあらゆるレベルにおいて、異なる分野の人々とも協力しながら、
結核をなくすための取り組みに参画し、行動していくことが、
これまで以上に求められます」と述べられました。
そのうえで、ことしは、パキスタンの医師で、
結核の治療と予防に取り組んできたムハマド・アミール・カーンさんが選ばれたことを紹介し、
功績をたたえ、アミール・カーンさんに表彰状を手渡されました。
受賞したアミール・カーンさんは「結核に対する私の一生の仕事の中で
名誉ある賞をいただき感銘を受けています。
母国パキスタンだけでなく世界でも貢献していきたいです」と話していました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181025/k10011685841000.html

紀子さま 国際結核肺疾患予防連合の名誉会員に
2018年10月27日 7時11分
結核予防の国際会議に出席するためオランダを訪れている秋篠宮妃の紀子さまは、
長年、日本の「結核予防会」の総裁を務めてきた功績などから、
会議を主催する国際団体の名誉会員に選ばれ称号の授与式に臨まれました。
紀子さまは今月23日からオランダを訪れ、
ハーグの国際会議場で開かれている「肺の健康世界会議」に出席されています。
紀子さまは、日本の「結核予防会」の総裁を20年余りにわたって務められるなど長年の功績が評価され、
会議を主催する「国際結核肺疾患予防連合」の名誉会員に選ばれました。
現地時間の26日、称号の授与式が行われ、紀子さまは大きな拍手の中、
ステージに上がり名誉会員の称号を記した証書を受け取られました。
そして英語でスピーチし、名誉会員に選ばれた喜びと関係者への感謝を表したうえで、
「結核がなくなり、世界の人々がより健康になるための歩みを進めるため、
国際結核肺疾患予防連合と共に努力を重ねてまいりたいと思います」と述べられました。
紀子さまは子どもの本の博物館を視察するなど国際親善につとめ、今月28日に帰国されます。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181027/k10011688061000.html

紀子さまに「名誉会員」称号…再会喜ぶ場面も
2018年10月27日
【ハーグ=大前勇】オランダを訪問中の秋篠宮妃紀子さまは26日午後(日本時間27日未明)、
ハーグで開かれている「肺の健康世界会議」を主催する国際結核肺疾患予防連合から、名誉会員の称号を授与された。
結核予防会総裁として発展途上国に日本の取り組みを伝えたことや、結核予防に関する意識調査を論文にまとめ、
博士号を取得されたことなどが評価された。
紀子さまは、同連合のジェーン・カーター前会長から称号の証書を手渡された後、
英語でスピーチし、「結核がなくなり、世界の人々がより健康になるため、
努力を重ねてまいりたいと思います」と述べられた。
その後、紀子さまは市内のホテルで開かれた各国の医療関係者らとの懇親会に出席。
結核予防会の国際研修で来日した際、宮邸に招いて懇談した若手専門家の姿もあり、再会を喜ばれていた。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181027-OYT1T50073.html

紀子さまに「名誉会員」の称号授与 国際結核予防連
ハーグ=斎藤智子
2018年10月27日10時50分
オランダ訪問中の秋篠宮妃紀子さまは26日、ハーグで開かれた第49回肺の健康世界会議で、
国際結核肺疾患予防連合(本部・パリ)の「名誉会員」の称号を授与された。
結核撲滅に向けた国際的貢献や研究実績が認められた。王族や皇族の受賞は初めてという。
紀子さまは「結核がなくなり、世界の人々がより健康になるための歩みを進めるため、
努力を重ねていきたい」などと英語であいさつした。
その後の懇親会では、日本の研究施設で学んだ経験のある卒業生ら約20人が世界各地から集まり、
紀子さまを祝福した。
元研修生でザンビアから駆けつけた政府の結核対策責任者のムシャンクニ・フィリさん(39)は
「再びプリンセスに会えて本当にうれしい。お祝い申しあげる」と話した。(ハーグ=斎藤智子)
https://www.asahi.com/articles/ASLBT5X26LBTUTIL051.html

名誉会員を受賞した紀子さま=26日、ハーグ市
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紀子さま、ハーグの「子どもの本博物館」を視察
2018年10月27日
【ハーグ(オランダ西部)=大前勇】オランダを訪問中の秋篠宮妃紀子さまは27日午前(日本時間27日午後)、
ハーグ市内の「子どもの本博物館」を視察された。
紀子さまは英語の絵本の翻訳を手がけた経験があり、
外国訪問のたびに現地の絵本作家らと交流されるなど児童書への造詣が深い。
紀子さまは、オランダの人気絵本の場面が再現された部屋を見学した後、
地元の児童書関連団体の代表者らと懇談された。
紀子さまは、現地での5日間の日程を終え、27日午後(同28日未明)、帰国の途に就かれる。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181027-OYT1T50130.html

紀子さまが帰国
「第49回肺の健康世界会議」出席などのためオランダのハーグを訪問していた秋篠宮妃紀子さまは
28日午後、羽田空港着の民間機で帰国された。
ハーグでは秩父宮妃記念結核予防世界賞授与式にも出席するなどした。
紀子さまの単独海外訪問は初めてだった。(2018/10/28-15:55)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018102800378&g=soc

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

平成30年10月17日(水)
文仁親王同妃両殿下 神嘗祭賢所の儀(賢所)
文仁親王妃殿下 オランダ国ご旅行につき天皇皇后両陛下へご挨拶(御所)
平成30年10月18日(木)
文仁親王妃殿下 '結核研究所名誉所長,結核予防会代表理事(結核対策に関する世界の取組について)(宮邸)
平成30年10月19日(金)
文仁親王妃殿下 オランダご旅行につきご参拝(賢所)

平成30年10月23日(火) 〜 平成30年10月28日(日)
オランダご旅行 http://www.kunaicho.go.jp/page/gaikoku/show/21

平成30年10月29日(月)
文仁親王妃殿下 オランダご旅行からご帰国につきご参拝(賢所)
平成30年10月31日(水)
文仁親王妃殿下 オランダご旅行からご帰国につき天皇皇后両陛下へご挨拶(御所)
http://www.kunaicho.go.jp/page/gonittei/show/3?quarter=201804

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

紀子さま初の海外単独訪問で皇嗣妃への第一歩 背中を押した眞子さまの一言
斎藤智子2018.11.6 07:00
結核の予防活動への貢献で、国際団体から「名誉会員」の称号を受けた秋篠宮妃紀子さま。
海外への初の単独訪問は実り多き学びの旅となり、未来への一歩を踏み出した。
6日間の「学びの旅」は、人々を癒やし、力づけた旅でもあった──秋篠宮妃紀子さま(52)の
初の単身でのオランダ訪問は、謙虚に、誰からも丁寧に学んでいこうという姿が、
出会った各国の人々に大きなインパクトを与えた。
「あ、昨日会った女の人だ」
紀子さまを見つけて、金髪の女の子が声を上げた。紀子さまはかがんで目線をあわせ、
「また会ったわね。どこに泊まっているの」
10月25日。ハーグで開かれていた第49回肺の健康世界会議(24〜27日)での一場面だ。
主催は国際結核肺疾患予防連合(本部・パリ)。世界の結核予防関連団体が加盟する国際組織で、
紀子さまは日本の結核予防会総裁として、開会前夜の夕食会から参加した。
この日、空いていた時間帯に紀子さまが目指したのは、結核患者への差別克服をテーマにしたシンポジウムだった。
オープンスペースに、小さな半円形の階段状の座席が設置され、即席のミニコロッセオといった雰囲気だ。
紀子さまはその一番下段の隅に、さりげなく腰掛けた。黒っぽいパンツスーツの服装も態度も自然体だから、
マスコミがいなければ誰も「プリンセス」とはわからない。
パネリストは皆、結核に感染し、克服した女性たちだ。
インド、南アフリカ、と様々な国の人たちが次々につらかった体験を訴えた。
「もう一生結婚できないのではと苦しんだ」
インドの女性はそう言って声を詰まらせた。
「病気が治っても、隣には座りたくないというのが皆の本音ですから」
今は結婚して2児の母という彼女は、「病気だったことを隠しては差別は解決しないことを学んだ」と続けた。
紀子さまは時々メモを取りながら、最後まで真剣に耳を傾けた。その最中にも、観客は会場を出たり入ったり。
紀子さまのすぐ脇に足を入れて、上の座席へとのぼっていく人もいる。
予定がすべて終わり、主催者が「プリンセスへ感謝」と話すと、「えっ」と息をのむような声があがった。
「プリンセスに耳を傾けてもらったことに、力をもらいました」
登壇した女性たちは、紀子さまとの記念撮影の後、満面の笑みを浮かべた。
会場を移動する時、紀子さまはすたすたと、とても早足だ。階段も軽やかにのぼり下りする。
長男の悠仁さま(12)と時には小屋にも泊まる登山を繰り返しているから、そもそも健脚なのだ。
ごった返した中へも自然に歩み入る。護衛を担う皇宮警察は、思わず駆け足になる。日本ではまず見られない光景だ。
途中で声をかける人がいると必ず足を止め、正面から顔を見て話を聴く。
ホテルに戻るのを遅らせて、説明を聞いたこともあった。
資料をそっくりもらっていくのは「結核予防婦人会の皆様にもお見せしたいから」だ。
午前と日中が空いていた26日には、午前と午後、二つのシンポジウムを聴講した。
一番前の席で耳を傾け、メモを取る。終了後は講演者全員と握手をし、言葉をかわすのは毎度のことだ。
「私たち日本人の参加者はもちろんですが、私たちにもまして、海外の参加者が妃殿下にとても元気をいただいている」
こう話すのは、二つのセッションで紀子さまが聴講した、世界保健機関(WHO)医官の錦織信幸さん(46)だ。
WHOスタッフのモニカ・ディアスさん(36)も言う。
「ふつうの来賓は、来たら話をして帰って終わり。あんなに丁寧に全部聴いて
一人ひとりに握手をし声をかけてくれて、みんな感銘を受け、喜んでいる。
プリンセスのおかげで今年の大会は皆、高揚しています」
だが、これが、紀子さまの自然体だ。
結核予防会の関連団体であり全国各地で結核予防の担い手となって活動してきた「結核予防婦人会」が、
都内で開く恒例の泊まりがけの「中央講習会」では、紀子さまは毎年、その全行程に参加し受講する。
最新の話題を専門家が講義する際は、一番後ろの席でメモを取りつつ耳を傾ける。
班ごとに分かれ、ゲーム形式で結核予防の具体策を学ぶ時間にはすべての班を回ってゲームに加わり、
女性たちの話を聴いていく。
2010年からは複数回、そんな婦人会のメンバーや女子大生ら計約千人に結核予防に関する意識調査を実施し、
心理学的な手法で分析して博士論文にまとめた。
受理したお茶の水女子大学は13年、紀子さまに博士号(人文科学)を授与した。
そうした研究者の実績もあわせて認められ、26日には、主催者の国際結核肺疾患予防連合から
「名誉会員」の称号を贈られている。
これまでの受賞者は、結核に取り組む世界の第一線の医師が大半を占めるから、異例の受賞だ。
もちろん、皇族や王族では他に例がない。
ふだんは「賞を授ける側」なのが、「いただく側」にまわり、さぞ緊張したのではないか。
紀子さまは24年前に総裁に就任した時、結核に関する詳しい知識は、ほとんどなかったという。
その後、結核の予防活動に取り組む各地の婦人会の女性たちや、医師、保健師らと交流する中、
知識にもまして彼らの生き方に強いインパクトを受けた。
「私のほうがいつも励ましをいただいている」
と繰り返し感想を漏らしてきた。
受賞直後の英語のあいさつでもこうした人々のことに触れ、
「取り組みを進めていくことの重要性について学ぶとともに、この分野に携わることへの励ましをいただいた」
と改めて感謝をささげた。
結婚して初めて皇族の一員となったころ、紀子さまの苦労は並大抵ではなかったろう。
顔にはなかなか出さないタイプだが、つらいこともあったはずだ。
「妻」として、秋篠宮さま(52)が直接言えないこともてきぱきと周囲に言うことで、
憎まれ役になったこともあろう。眞子さま(27)、佳子さま(23)、
悠仁さまの3人の母としての活動も、忙しかったはずだ。
そんな中、今回は秋篠宮さまに留守を頼んでの、結婚後初めての単独での海外訪問だった。
長女の眞子さまはすでに複数回、一人で海外を訪れており、「海外への単独訪問では先輩」の立場。出発前には、
「一人での仕事があっても、いいのではないかしら」
と眞子さまから励まされたとされ、今回の旅で、紀子さまはさらに自信を深めたに違いない。
来年は天皇陛下の退位と皇太子さまの即位に伴い、秋篠宮さまは「皇嗣(こうし)」に。
紀子さまも「皇嗣妃」となり、新しい未来を切り開く。(朝日新聞社会部・斎藤智子)
※AERA 2018年11月12日号
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https://dot.asahi.com/aera/2018110500059.html?page=1

両陛下高知県ご訪問


最後の「三大行幸啓」、両陛下の区切りの旅に 高知ご訪問
2018.10.27 17:40
天皇、皇后両陛下は27日、全国豊かな海づくり大会の式典臨席などのため、高知県に入られた。
各都道府県が毎年持ち回りで開催する全国豊かな海づくり大会は、
植樹祭、国民体育大会と合わせて「三大行幸啓(ぎょうこうけい)」と称され、
両陛下が地方を訪問し、国民と触れ合われる大切な機会となっていた。
今年は植樹祭と国体への臨席を終えており、来年4月の譲位を控えられた天皇陛下と皇后さまにとって
「区切りの旅」となる。両陛下は27日、高知市内の宿舎に到着すると
いつも以上に何度も振り返って集まった約600人の住民に手を振り、歓迎の声に応えられた。
水産資源の保護や、海・河川の環境保全などを目的とした海づくり大会は、
三大行幸啓の中で陛下が唯一、皇太子時代から臨席されてきた行事だ。
両陛下は昭和56年の第1回大会以降、63年を除き毎年、開会式にご臨席。
近隣県の被災地訪問を組み合わせるなどして、全国を回ってこられた。
元側近によると、ハゼの研究者としても知られる陛下は皇太子時代、
海づくり大会などの地方公務に赴いた際には、近隣に川があると午前4時台にご起床。
胴付長靴を身につけ、ハゼの採集に励んだ後、宿舎で朝食をとり、公務に向かわれていたという。
「当時は生活排水による河川の汚染もひどく、陛下はハゼの採集、
研究から自然環境の大切さに思いをはせられていた。海づくり大会は、まさに陛下が育ててこられた行事」。
元側近はそう回想する。
熊本県で開かれた平成25年の大会で、水俣(みなまた)市を訪れた両陛下は、
メチル水銀によって引き起こされた公害病「水俣病」患者とご懇談。
偏見から病気を公表してこなかったという患者の訴えに、
陛下は「真実に生きるということができる社会をみんなで作っていきたい」と述べられた。
19年の滋賀県の大会では、陛下が米国から持ち帰った外来魚が琵琶(びわ)湖の生態系を乱したことに触れ、
「食用魚としての期待が大きく、養殖が開始されましたが、
今、このような結果になったことに心を痛めています」と心情を吐露されたこともある。
今回の訪問では海づくり大会で恒例となっている稚魚の放流のほか、
海底の堆積物を研究する施設のご視察などが予定されている。
来年以降の海づくり大会は新天皇となる皇太子さまが引き継がれる見通し。
https://www.sankei.com/life/news/181027/lif1810270037-n1.html

両陛下、高知県ご訪問 林業大学校をご視察
2018.10.27 17:31
天皇、皇后両陛下は27日、第38回全国豊かな海づくり大会の式典臨席などのため、高知県に入られた。
同日は香美(かみ)市で林業従事者を育成する林業大学校を視察し、
同校校長で建築家の隈(くま)研吾氏から特殊なパネルを用いた木造校舎の説明を受けられた。
欧州ではビルにも使われる技術との説明に、天皇陛下は「日本でもできますか」
「日本は地震があるからヨーロッパとは違いますよね」と熱心にご質問。
続いて20〜60代の生徒が作製した「道の駅」の模型を見学し、
皇后さまは「皆さんで考えを出し合われてね」と声をかけられた。
ご滞在は2泊3日の日程で、式典は28日に開催される。
https://www.sankei.com/life/news/181027/lif1810270036-n1.html

両陛下、最後の「海づくり」臨席
第1回から欠かさず参加
全国豊かな海づくり大会の式典会場に到着し、
出迎えた人たちに手を振られる天皇、皇后両陛下=28日午前、高知市(代表撮影)
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高知県に滞在中の天皇、皇后両陛下は28日、高知市のホールを訪れ、
第38回全国豊かな海づくり大会の式典に臨席された。
両陛下は皇太子夫妻当時の1981年に開かれた第1回から足を運び始め、
89年の天皇即位後は毎年欠かさずそろって参加してきた。
大会臨席とそれに合わせた地方視察は、既に今年も出席した国体、全国植樹祭と並び、
「三大行幸啓」と称される毎年取り組む重要な公務だったが、
来年4月に陛下が退位するため、今回が最後の機会となった。
式典では高知県の尾崎正直知事が
「自然や環境を守り続ける気持ちや行動の大切さを次の世代にしっかりと伝えていきたい」とあいさつした。
https://this.kiji.is/429104742695978081?c=39546741839462401

両陛下 「全国豊かな海づくり大会」最後の出席 高知
2018年10月28日 16時46分
水産資源の保護や海の環境保全などを呼びかける「全国豊かな海づくり大会」が、
天皇皇后両陛下も出席されて高知県で開かれました。
来年4月の天皇陛下の退位を前に、両陛下が臨まれる最後の「海づくり大会」となりました。
38回目となることしの大会は、「森・川・海かがやく未来へ水の旅」がテーマで、
午前中、両陛下も出席されて高知市で開かれた式典には、全国の漁業関係者など700人近くが参加しました。
式典では、高知県の尾崎知事が、「森・川・海のつながりを意識しながら、
自然や環境を守り育てる気持ちや行動の大切さなどを次の世代にしっかりと伝えていきたい」とあいさつしました。
続いて、ウミガメの保護に取り組む地元の小学生たちが、
「これからも、森・川・海、すべてがつながっていることを忘れずに自然を大切にします」
などと力強く決意を述べると、両陛下は笑顔で拍手を送られていました。
両陛下は、午後には初めて土佐市を訪れ、漁港につくられた公園で
大漁旗を掲げた漁船などの海上パレードによる歓迎を受けられました。
このあと、両陛下がイサキとイシダイの稚魚を海に放流されると、
参加者たちは豊かで美しい海づくりへの誓いを新たにした様子でした。
両陛下は、会場をあとにする際、拍手で見送る出席者たちを振り返って、
別れを惜しむように何度も手を振られていました。
天皇陛下は、昭和56年の第1回大会から皇后さまと「海づくり大会」に出席し、
即位後は毎年欠かさず足を運んできましたが、
来年4月の退位を前に、今回が両陛下で臨まれる最後の大会となりました。
来年以降は、新たに即位する皇太子さまと雅子さまが出席されることになります。

両陛下の大会への関わり
「全国豊かな海づくり大会」は、水産資源の保護や海の環境保全の大切さを広く呼びかけ、
漁業の振興を図ることを目的に、昭和56年に初めて大分県で大会が開かれ、
その後は毎年、各都道府県の持ち回りで開かれています。
天皇陛下は、昭和天皇が闘病中だった昭和63年の大会を除いて、毎回、皇后さまと大会に臨まれてきました。
このうち、第1回大会の式典では、産業の発達と都市化が海の汚染をもたらしたことに触れ、
「私たち日本人は海の環境をよりよいものとし、乱獲をつつしみ、
海の資源が維持されるようつとめなければなりません」と述べられました。
そのうえで、「つくり育てる漁業を発展させ、長期的視野に立って
漁業の管理を推進していくことが大切であります」と呼びかけられました。
以来、平成20年の大会まで式典でおことばを述べ、海の環境を守りながら、
水産資源を持続的に利用することが大切だという考えを繰り返し表されてきました。
海に面していない県で初めて開かれた平成19年の滋賀県の大会では、
外来魚の繁殖でびわ湖の漁獲量が減っていることについて、
「外来魚の中のブルーギルは50年近く前、私が米国より持ち帰り、
水産庁の研究所に寄贈したものであり、当初、食用魚としての期待が大きく、養殖が開始されましたが、
今、このような結果になったことに心を痛めています」と述べられました。
両陛下は、大会で稚魚の放流行事にも臨まれてきました。
熊本県で開かれた平成25年の大会では、初めて水俣市を訪れ、
かつて工場排水の有機水銀で水俣病が発生した水俣湾にヒラメとカサゴの稚魚を放流されました。
また、水俣病で亡くなった人たちを慰霊するとともに、
語り部として被害を伝える患者や遺族らと懇談してこれまでの苦労に思いを寄せられました。
天皇陛下は、魚類分類学の研究者としての顔をのぞかせることもあり、
北海道で開かれた昭和60年の大会の際、早朝に胴長とジャンパー姿で会場のサロマ湖に入り、
研究のためのハゼを捕獲される場面も見られました。

大会主催者「心から感謝」
長年、「全国豊かな海づくり大会」の運営に携わってきた全漁連=全国漁業協同組合連合会の
長屋信博代表理事専務は「大会が始まったころは『とる漁業』が中心で、
稚魚の放流など資源を増やしていく取り組みはようやく本格化していく段階だった」と振り返ったうえで、
「天皇陛下が先を見通して第1回大会から『つくり育てる漁業』の重要性を述べられ、
全国の漁業者が取り組みを進めたことで今の漁業の礎が築かれました。
心から感謝の意をあらわしたいです」と話しました。
そして、「魚類の研究を通じて水産資源の保護や環境保全の重要性を感じられていた
天皇陛下のおことばは漁業に携わる私たちの心に響き、
取り組みに生かさなければと感じることがたくさんありました」と述べました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181028/k10011689081000.html

両陛下、高知で「海づくり」式典最後のご臨席
2018.10.28 17:19
高知県を訪問中の天皇、皇后両陛下は28日、
高知市で行われた第38回全国豊かな海づくり大会の式典に臨席された。
来年4月30日の天皇陛下の譲位を控え、両陛下が海づくり大会に臨まれるのは最後の機会となった。
式典では地元小学生らが自然環境を大切にする決意を述べると、両陛下は笑顔で拍手を送られていた。
続いて両陛下は土佐市に移動し、漁港の公園に設けられた会場で、
カツオ一本釣漁船などによる漁法の紹介をご見学。
船上から手を振る漁業関係者に、両陛下も手を振って応えられていた。
イサキとイシダイの稚魚も放流された。
https://www.sankei.com/life/news/181028/lif1810280045-n1.html

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両陛下、最後の三大地方行事訪問から帰京
2018年10月29日
全国豊かな海づくり大会に出席するため、高知県入りしていた天皇、皇后両陛下は29日、
南国市の高知大海洋コア総合研究センターを視察し、同日夕、特別機で帰京された。
同センターでは、日本海の海底で掘削された数万年分の地層試料「コア」を見学。
天皇陛下は「色々新しい研究ができるでしょうね」、
皇后さまは「面白い研究を進めてください」などと説明者に伝えられた。
三大地方行事と呼ばれる海づくり大会、全国植樹祭、国民体育大会への両陛下の出席はこの訪問で最後となった。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181029-OYT1T50150.html

皇后さま84歳誕生日

『皇后陛下お誕生日に際し』(平成30年)
http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/21(全文)

皇后さま84歳誕生日「新しい御代の安泰祈り続ける」
2018.10.20 07:00
皇后さまは20日、84歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち、宮内記者会の質問に文書で回答し、
来年4月末の天皇陛下の譲位後は、皇太子さまが「陛下のこれまでと変わらず、
心を込めてお役を果たしていくことを確信しています」と強い信頼を寄せた上で、
陛下とともに「新しい御代の安泰を祈り続けていきたい」とつづられた。
皇后さまが質問に対し、公にお気持ちを述べられるのは今回が最後の機会とみられる。
皇后さまは来年4月で60年を迎えるご結婚からの歳月をご回想。
結婚に際して陛下から告げられた「立場としての義務は最優先であり、私事はそれに次ぐもの」
という言葉のままに陛下は過ごされたとし、
「次第に国と国民への信頼と敬愛を深めていかれる御様子をお近くで感じとる」日々を感慨深く振り返られた。
一方、皇太子妃、皇后という立場は「決して易しいことではありませんでした」と率直な心情も吐露された。
「時に厳しく、しかし限りなく優しく寛容」という陛下に改めて謝意を示し、
すべての公務から退かれても「変わらず、国と人々のために祈り続けていらっしゃるのではないでしょうか」と記された。
https://www.sankei.com/life/news/181020/lif1810200006-n1.html

皇后さま きょう84歳の誕生日
2018年10月20日 6時33分皇室
皇后さまは20日、84歳の誕生日を迎えられました。
来年4月の天皇陛下の退位を前に、皇后として迎える最後の誕生日です。
皇后さまは誕生日にあたって記者の質問に文書で回答を寄せられました。
この中で皇后さまは、この1年に相次いだ地震や豪雨などに触れ、
「災害により犠牲になられた方々を心より悼み、残された方々のお悲しみを
少しでも分け持てればと思っています」と述べられました。
そして「被災者の静かに物事に耐える姿、そして恐らくは一人一人が大きな心の試練を経験しているだろう中で、
健気に生きている子ども達の姿にいつも胸を打たれています」と記されました。
皇后さまは天皇陛下が来年4月で退位されることについて「5月からは皇太子が、陛下のこれまでと変わらず、
心を込めてお役を果たしていくことを確信しています」と述べられました。
そして「私も陛下のおそばで、これまで通り国と人々の上によき事を祈りつつ、
これから皇太子と皇太子妃が築いてゆく新しい御代の安泰を祈り続けていきたいと思います」とつづられました。
続いて皇后さまは、結婚以来60年近く変わることのなかった天皇陛下の姿勢に触れながら
「義務を一つ一つ果たしつつ、次第に国と国民への信頼と敬愛を深めていかれる御様子を
お近くで感じとると共に、新憲法で定められた『象徴』のお立場をいかに生きるかを
模索し続ける御姿を見上げつつ過ごした日々を、今深い感慨と共に思い起こしています」と記されました。
そしてご自身については「皇太子妃、皇后という立場を生きることは、
私にとり決して易しいことではありませんでした」と振り返ったうえで
「与えられた義務を果たしつつ、その都度新たに気付かされたことを心にとどめていく
ーそうした日々を重ねて、60年という歳月が流れたように思います」と述べられました。
皇后さまはまた、天皇陛下の退位後について「陛下の御健康をお見守りしつつ、
御一緒に穏やかな日々を過ごしていかれればと願っています。そうした中で、これまでと同じく
日本や世界の出来事に目を向け、心を寄せ続けていければと思っています」と記されました。
そして北朝鮮による拉致問題を例の1つに挙げ、「これからも家族の方たちの気持ちに
陰ながら寄り添っていきたいと思います」とつづられました。
皇后さまは最後に、公務を離れたあとの暮らしについて「これまでにいつか読みたいと思って求めたまま、
手つかずになっていた本を、これからは一冊ずつ時間をかけ読めるのではないかと楽しみにしています」
などと語り、「残された日々を、静かに心豊かに過ごしていけるよう願っています」と結ばれました。
皇居では20日、皇族方や衆参両院の議長らも出席して皇后さまの誕生日の祝賀行事が行われます。

弱い立場の人に心寄せられ
昭和9年10月20日に誕生された皇后さま。
戦争が続く中で幼少期を過ごし、戦後の復興期に青春時代を送られました。
聖心女子大学を卒業した年の夏、軽井沢のテニスコートで当時皇太子だった天皇陛下と出会い、
24歳で結婚されました。
一般の家庭から皇太子妃が選ばれたのは初めてで、結婚の祝賀パレードに50万人を超える人たちが詰めかけるなど、
多くの国民から祝福を受けられました。
天皇陛下と国内外で公務に励みながら3人のお子さまを手元で育て、新たな皇室像を示されました。
昭和天皇が崩御して天皇陛下が即位されると、54歳で皇后となられました。
一貫して、被災者や病気や差別に苦しむ人、障害のある人など、
社会で弱い立場にある人たちに心を寄せられてきました。
平成7年の阪神・淡路大震災では、皇后さまが被災地に持参されたスイセンの花が復興のシンボルとなりました。
東日本大震災では、被災から間もない時期から7週連続で東北3県などを回り、
その後もたびたび被災地を訪ねて被災した人たちを見舞われています。
日本赤十字社の名誉総裁として医療や福祉の関係者をねぎらうとともに、
数多くの福祉施設やハンセン病の療養所などを訪れて入所者をいたわられてきました。
障害者のスポーツにも高い関心を持ち、長野パラリンピックでは
選手たちの健闘をたたえるウエーブに参加されました。
皇后さまは天皇陛下とともに全国各地に出かける一方で、去年、初めてベトナムを訪問するなど、
これまでに58か国を訪ねて国際親善に尽くされました。
また天皇陛下とともに先の大戦の歴史と向き合われてきました。
戦後50年を迎えた平成7年には「慰霊の旅」に出かけ、被爆地の広島と長崎、
地上戦が行われた沖縄などを訪ねられました。
さらに戦後60年には太平洋の激戦地サイパンを、戦後70年にはパラオのペリリュー島を訪れ、
犠牲者の霊を慰められました。
皇后さまは文学や音楽に造詣が深く、とりわけ児童文学に大きな関心を寄せ、
絵本など児童図書の普及に取り組む人たちを後押しされてきました。
平成14年には、児童図書の世界大会が開かれたスイスをお一人で訪問し、
児童文学への思いを語られた講演が大きな反響を呼びました。
一方で皇室の伝統も大切に受け継ぎ、世の中の出来事や家族への思いを短歌で表現するとともに、
明治以降、歴代の皇后が続けてきた皇居での養蚕にも熱心に取り組まれてきました。

全都道府県を複数回訪問
皇后さまの誕生日に合わせて、天皇皇后両陛下がお住まいの御所で
日本地図をご覧になる映像が公開されました。
この日本地図は、両陛下がこれまで訪れた場所にピンで目印をつけているもので、
皇太子夫妻の時に訪れた場所には青色のピンが、
天皇皇后として訪ねられた場所には赤色のピンが立てられています。
両陛下は、天皇皇后としてすべての都道府県を複数回訪れていて、
この日は北海道から沖縄まで並ぶ数多くのピンを眺めながら、これまでの訪問を振り返られていたということです。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181020/k10011678881000.html

新しい御代の安泰を祈りたい…皇后さま84歳に
2018年10月20日
皇后さまは20日、84歳の誕生日を迎え、これに先立ち、宮内記者会の質問に文書で回答された。
陛下は天皇として「全身」と「全霊」で務めたが、加齢と共に「全身」で、という部分が果たせなくなると感じ、
退位を巡る気持ちを伝えられたと振り返られた。
「皇太子妃、皇后という立場を生きることは、決して易しいことではありませんでした」とつづられた。
義務を果たしつつ新たに気付かされたことを心にとどめていくうち、「60年という歳月が流れた」という。
代替わり後は、陛下のそばで、皇太子ご夫妻が築かれる「新しい御代みよ」の安泰を祈り、
穏やかな日々を過ごせるよう願われている。
国内外の出来事にも関心を寄せ続けられる。北朝鮮による日本人拉致被害者問題を挙げ、
「平成の時代の終焉しゅうえんと共に急に脳裏から離れてしまうものではない」との考えを示された。
宮内庁によると、皇后さまが誕生日に際して記者会の質問に回答するのは、今年が最後となる。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181019-OYT1T50166.html

陛下と二人三脚、語録で振り返る30年のお歩み 皇后さま84歳
2018.10.20 07:02
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皇后さまが20日、皇后として最後の誕生日を迎えられた。
平成の30年間、天皇陛下と二人三脚で国内外の隅々を訪れ、戦没者慰霊、被災地見舞い、
高齢者・障害者福祉などに励み、国民に寄り添われてきた。
その心中を披露される貴重な機会が、誕生日の文書回答や節目の記者会見だった。
「陛下のお気持ちに添い、人々の幸せを祈って過ごしてまいりたい」。
平成2年12月、陛下の即位関連儀式を終えられての記者会見。
同席した皇后さまはこう述べ、皇后としての基本姿勢を示された。
3年の雲仙普賢(ふげん)岳噴火を皮切りに5年の北海道南西沖地震、7年の阪神大震災と立て続けに災害現場へ。
8年10月の文書回答では「国の大切な折々にこの国に皇室があって良かった、と、
国民が心から安堵し喜ぶことの出来る皇室でありたい」とつづられた。
東日本大震災、熊本地震と被災地訪問は続き、陛下の譲位まで半年余りとなった今年9月にも
西日本豪雨の被災3県に強行日程で赴き、北海道地震のお見舞いも11月中に計画される。
偏見や差別に苦しんだハンセン病の元患者を慰め、障害者たちにも温かいまなざしを向けられた。
「少しでも社会の諸問題への理解を深め、大切なことを継続的に見守り、
心を寄せ続けていかなければならないのではないか」(11年11月、ご即位10年の記者会見)
陛下と同様、先の大戦中に疎開を経験された皇后さま。
戦後70年を翌年に控え、戦災地の沖縄、長崎両県で慰霊された26年10月の文書回答で
「絶えず平和を志向し、国内外を問わず、争いや苦しみの芽となるものを
摘み続ける努力を積み重ねていくことが大切ではないか」と訴えられた。
29年6月に譲位を可能とする特例法が成立。10月の文書回答では、
国内各地への訪問が最後の機会になるかもしれないとして、
「それぞれの土地の美しさを深く感じつつ、旅をいたしました」と振り返られた。
翌月の鹿児島県訪問により、平成以降だけで47都道府県を2度ずつ巡られた。
21年11月。陛下のご即位20年の会見で隣に座った皇后さまは、
次世代を担う皇太子さま、秋篠宮さまへの期待感を語られていた。
「二人がお互いを尊重しつつ、補い合って道を歩み、家族も心を合わせてそれを支えていってくれることを信じ、
皇室の将来を、これからの世代の人々の手にゆだねたい」
https://www.sankei.com/life/news/181020/lif1810200007-n1.html

拉致問題「脳裏から離れず」 被害者家族に寄り添う 皇后さま84歳
2018.10.20 07:02
皇后さまは宮内記者会の質問への文書回答で、北朝鮮拉致問題について
「平成の時代の終焉と共に急に私どもの脳裏から離れてしまうというものではありません」として、
被害者家族に陰ながら寄り添っていきたいとの思いを示された。
陛下の譲位後も国内外の出来事に目を向け、心を寄せ続けていくと言及する中で、
唯一の具体例として拉致問題を挙げられた。
横田めぐみさん(54)=拉致当時(13)=の母、早紀江さん(82)は
「日本の大きな問題を考えてくれている」と感謝。家族会代表で田口八重子さん(63)=同(22)=の兄、
飯塚繁雄さん(80)は「心配してくださり、ありがたい。被害者の帰国につながるとうれしい」と語った。
被害者5人が帰国した平成14年10月の文書回答でも、拉致問題に触れられた皇后さま。
「何故私たち皆が、自分たち共同社会の出来事として、この人々の不在を
もっと強く意識し続けることが出来なかったか」と自省を込めて嘆き、
「今回帰ることのできなかった人々の家族の気持ちは察するにあまりあり、
その一入(ひとしお)の淋しさを思います」と帰国がかなわなかった被害者家族を慰められていた。
https://www.sankei.com/life/news/181020/lif1810200009-n1.html

皇后さまの84歳お祝い 皇居の祝賀行事に皇太子ご夫妻ら
2018.10.20 12:36
皇后さまが84歳の誕生日を迎えられた20日、皇居の御所や宮殿には、
皇太子ご夫妻をはじめとする皇族方や閣僚が訪れ、祝賀行事が行われた。
 天皇、皇后両陛下のお住まいの御所で河相周夫侍従長ら侍従職職員による祝賀が行われたのを皮切りに、
宮殿では閣僚、山本信一郎長官ら宮内庁幹部が祝意を伝える行事に出席。
皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と長女の眞子さま、次女の佳子さまらも訪れ、お祝いのあいさつをされた。
正午からは、両陛下と皇族方、元皇族らが集まられる祝宴の場も設けられた。
夕方には、皇太子ご夫妻の長女、敬宮愛子さまと秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁さまも御所を訪ねられる。
夜は、皇太子ご夫妻と秋篠宮ご夫妻、両陛下の長女の黒田清子さん夫妻が御所に集まり、
両陛下を囲んで夕食をともにされる。
https://www.sankei.com/life/news/181020/lif1810200042-n1.html

皇后さま84歳祝う夕食会
御所で皇太子ご夫妻ら
2018/10/20 19:41
皇后さまの84歳の誕生日を祝い、天皇、皇后両陛下を囲む夕食会が20日夜、皇居・御所で開かれ、
皇太子ご夫妻と秋篠宮ご夫妻が出席された。長女の黒田清子さん夫妻も同席した。
これに先立ち、同日夕には皇太子ご夫妻の長女愛子さま(16)と
秋篠宮ご夫妻の長男悠仁さま(12)が御所を訪れ、両陛下にお祝いのあいさつをした。
秋篠宮ご夫妻の長女眞子さまと次女佳子さまは午前中に訪れ、祝意を伝えた。
https://this.kiji.is/426329602005533793


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「美智子さまが安倍首相を痛烈批判」 誕生日文書裏読みの真相
永井貴子2018.10.24 07:00
10月20日、皇后さまとして最後の誕生日を迎えた。
この日、皇居・御所でのお茶会に招かれた末盛千枝子さんは、
皇后さまとは20年にわたる親交を育んでいる絵本編集者である。
「しばらく体調を崩されておられましたから、お茶会でも、少し風邪気味のご様子でした。
しかし、いつも通り、晴れやかな表情で振る舞っておられました」
末盛さんが住む岩手県八幡平市の特産であるりんどうの花を女官に預けたところ、
りんどうはすぐに御所に生けられた。
末盛さんは、美智子さまのこまやかな心遣いに気持ちが温まったと振り返る。
美智子さまが誕生日に公表した文書は、過去と比べ、
より自身の心情や陛下とのやり取りなど私的な思いをつづった部分が多く、
「ごく自然な印象を受けた」(元テレビ朝日の宮内庁担当記者の神田秀一さん)との感想を漏らす人も多い。
一方で公表直後から、安倍首相への痛烈な批判メッセージが隠されていたのではないか、とする
「裏読み」が誕生日当日からメディアの間で話題になった。
記者たちが注目したのは、皇后さまが陛下にお叱りを受けた時のことを、
「大変な瓜田に踏み入るところでした」と表現し、
宮内庁が注釈で「君子行」の一節である「瓜田に履を納れず」と入れた部分だった。
「モリカケ問題で安倍首相が口にしていた『李下に冠を…』という一節を指したものではないか。
退位を巡る宮内庁と安倍政権の一連のやり取りや政権の皇室への
姿勢に対するメッセージではないかというものでした」(両陛下の知人)
だが、皇后さまを知る人たちの多く、そうしたうわさをこう否定した。
「このお話は過去にも皇后さまよりうかがったことがあります。
加えて、皇后さまや私の世代では、マクワウリはとても懐かしいものですから、
思い出としてお話した以上の、深い意味はないと思います」(皇后さまの知人のひとり)
他方、注目を集めたのが約60年前のご成婚と皇后としての覚悟を振り返った部分だった。
〈二十四歳の時、想像すら出来なかったこの道に招かれ、大きな不安の中で、
ただ陛下の御自身のお立場に対するゆるぎない御覚悟に深く心を打たれ、おそばに上がりました〉
そして、言葉少なに触れるにとどまったが、皇太子さまと雅子さまが築く新しい御代の安泰を祈った。
皇后さまの別の知人は、「皇后さまは、〈皇太子妃、皇后という立場を生きることは、
私にとって決して易しいことではありませんでした〉といった感じで、
皇室に生きる上での覚悟のお言葉を幾つもお使いです」
と、皇太子ご夫妻へ向けて応援のメッセージのようにも感じた、と印象を漏らした。
両陛下は9月、西日本豪雨の被災地を自衛隊のヘリコプターで2回訪問している。
この時期は天候が不安定で、何度も日程が変更された。
「出発の20分前に、予定が決まることもあるのね」
皇后さまは、末盛さんにお見舞いの時の様子をこう話したという。
「陛下は84歳、皇后さまも同じ年におなりになった。77歳の私でも想像がつきません。
常に、国の象徴として人々に寄り添うお覚悟に、ただ驚きました」
天皇陛下も12月には天皇として最後の誕生日を迎える。
どのようなメッセージを公表するのか、注目が集まっている。(本誌・永井貴子)
※週刊朝日2018年11月2日号を加筆
https://dot.asahi.com/wa/2018102300065.html?page=1