皇太子さまの第2子に期待 結婚10年で宮内庁長官

皇太子さまの第2子に期待 結婚10年で宮内庁長官
宮内庁の湯浅利夫長官は10日の定例記者会見で、皇太子ご夫妻の第2子への期待について
「やはりもう一人ほしい」「多くの国民もそう考えているのではないか」と述べた。
ご夫妻の結婚10周年の質疑の中で話した。  
湯浅長官は「私の希望であって(ご夫妻への)プレッシャーになってはいけない」と付け加えた。  
皇太子さまは9日の結婚記念日を前に、宮内記者会に寄せた文書の中で
「今しばらくは愛子の子育てを大切にしていきたい。(2人目の子供については)
1人目に至るまでにあったような内外からのプレッシャーをぜひとも避けたい」と心情を明かした。  
これに関連し、湯浅長官は
「ご結婚後、次の皇位を継承されるお世継ぎが早く生まれてほしいというのは、誰しもが考えたと思う。
そういう中でお2人にいろいろなプレッシャーがかかったのだろう」と述べた。
2003/06/10 08:12 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200306/CN2003061001000373.html


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公務の分担を提案するものの東宮側は拒否

2006年12月14日
雅子さまの公務を検討へ 年内にも皇太子さまと相談
宮内庁の羽毛田信吾長官は14日の定例記者会見で、
病気療養から3年がたつ皇太子妃雅子さまの公務について
「治療期間が長期になることを前提に、皇太子さま1人でするもの、ご夫妻でするものを、
分担も含めて考える必要がある」と述べ、年内にも皇太子さまと直接、相談して検討していく意向を示した。
羽毛田長官は、9日の雅子さまの誕生日に際し、
医師団が「引き続き治療が必要」との見解を示したことなどを挙げ
「療養期間中の公務は過渡的。その中で国民の受け止め方として、
なされるべきことがなされていないというプレッシャーのような議論も出かねない」と懸念を示した。  
皇太子さまはこれまでの記者会見で、ご夫妻での新たな公務の在り方や見直しに言及していた。
2006/12/14 07:34 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200612/CN2006121401000360.html


2006年12月15日
雅子さま公務仕分けは困難…宮内庁の野村東宮大夫
宮内庁の野村一成東宮大夫は15日の定例記者会見で、羽毛田信吾長官が見直しに言及した
皇太子妃雅子さまの公務について「病気治療中の身なので、医師と相談してその都度決めていくのが基本。
(皇太子さまとの分担など)仕分けは難しい」との認識を示した。
野村大夫は、雅子さまの10月の奈良県訪問が直前になって決まったことなどを挙げ
「(訪問を)要請する側に対して迷惑が掛からないような対応をしたい」と述べる一方
「(雅子さまが)少しずつ活動の幅を広げたいという気持ちは強い」と加えた。
羽毛田長官は14日の記者会見で「治療期間が長期になることを前提に、皇太子さま1人でするもの、
ご夫妻でするものを、分担も含めて考える必要がある」と述べた。
2006年12月15日16時21分 スポーツ報知
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20061215-OHT1T00154.htm(リンク切れ)

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

AERA2007年1月1日・8日合併号
雅子「皇后」へ美智子さまという重圧
養蚕も率先する美智子さまと神道も英語で勉強した雅子さま
皇后は紅葉山養蚕所での養蚕を続けている。
孫の着物も自らデザインする。
「眞子さま佳子さまはおなじ鶴の刺繍でしたが、
愛子様が2005年の正月に着られたものは鳳凰の刺繍と、配慮を見せられた」
原武史
「皇后の働き振りが雅子妃の重荷になっているのでは。
雅子妃はディズニーランドに出かけるなど、『お堀』をこえて一般人に歩み寄ろうとしている」
八幡和郎
「第一雅子妃は『代替わり』にともなう一連の儀式に耐えられないでしょう」
「皇后陛下は単なる配偶者ではなく公職。皇室典範を改正して立后せず公務や儀式から解放してあげるのが筋では」
雅子妃にとって重いのが祭祀。
結婚前も英語の本で「神道」を勉強した。
渡辺みどり
生理の有無を尋ねられて「お世継ぎプレッシャー」にさいなまれる
着物の行事が苦手
原武史
心の問題。なぜこのような祭祀をするのか合理的に理解することに苦しむのでは

陛下の眠れぬ夜「宙に浮かぶ皇室」
岩井克己
羽毛田長官の発言に記者から質問集中。羽毛田長官の答えは、
「療養はいつまでといえるものではなく、もう三年が経過し、
四年目に入るので、これからは長期的な視点で」
「両殿下にお出ましいただきたいという方々に対しぎりぎりまで状況がわからないようでは迷惑をかける」
「なさるべきことをなさっていないという国民の受け止め」
と、皇太子夫妻に対する厳しい視線の存在を意識していることを示唆。
悠仁親王の将来は東宮夫妻の男児誕生に左右されるため、宙に浮いたまま。
また、女王や内親王もつぎつぎ適齢期を迎える。
皇太子夫妻が目指すものはいまだ見えてこず、
「治療の一環」として外国での静養や私的外出を重ねることにネットや宮内庁へのメールで非難噴出。
一方では皇室の旧弊さが雅子妃をさいなんだという印象が増殖、皇室への敬愛を傷つける。
この状況に陛下は心を痛め、最近はよくお休みになれないことも。侍医団も心配。
雅子妃はオランダ静養後もほとんど公務しない状態。ぎりぎりまで出欠が決まらず、
直前にキャンセルされたり想定していないのに急に雅子妃が顔を出すことも少なくなかった。
野村東宮大夫もインドネシア大統領晩餐会当日の乗馬は知らされていなかった。
大野医師は最近まで羽毛田長官にも会わなかったが最近は会うように。
しかし病状の詳細や雅子妃の考えは伏せられたまま。
皇后の「自分を大切に」ということばは諦めにも響くが、
「皇后様が『自分を大切にする』というときには、
『わがままや我を通すということとは全く違い、
その反対に『自分に厳しくせざるを得ないという考え方に向かうこと』」と親交の厚い末森氏。

週刊文春2007年1月4日・11日号
がらっぱちな物言いで強気な性格の野村大夫だが、
最近は宮内記者会から何かと釈明を求められ会見で表情を歪める場面も多いようだ。
あるベテラン記者から宮中晩餐会を欠席した日に雅子さまが乗馬をされたことについて
国民の理解が得られないと突き上げられた。15日には別の記者から、
雅子さまが他の国の大使との接見を欠席しながら、親しいオーストリア大使だけに会われることについて
相手国を選ぶのかと質問され、野村大夫は神妙な表情をしていた。
長野スペシャルオリンピックスのドタキャンから東宮職は用心深くなった。
雅子さまには出来る限り公務には同行したいという意欲があり、
それを達成することが回復のステップにもなるため、初めから欠席とは言えず、
東宮職は対外的には決定を保留しつつ、直前になって医師と相談するという手法を編み出した。
この手法が功を奏したのが奈良京都行啓だった。
今回の公務分担を皇太子さまと話し合いたいという羽毛田長官発言は、急な参加(ドタ出)さえも赦さない構え。
不必要なことは絶対に言わない羽毛田長官発言は、両陛下のご意志が反映されているのではないか。
羽毛田長官と野村大夫の間で雅子さまの公務に対するコンセンサスもとれていなかったことは驚き。

週刊現代2007年1月20日号
友納尚子
羽毛田発言について
「出欠が直前まで分からないようであれば初めから皇太子ひとりに任せて雅子様は欠席するべき」という解釈になる。
東宮職が一丸となって優先してきた雅子妃の治療体制を否定したようなものだった。(中略)
とはいえ、包括的に公務を分類するのは難しいという判断から
昨年までの段階で皇太子も羽毛田長官にはお会いになっていないという。

週刊文春2008年2月28日号
皇太子の言葉については、以前から周囲も心配していたようだ。
一昨年、羽毛田長官は皇太子と雅子さまの公務分担について提案し、こんな発言をしている。
「国民の受け止め方として、なされるべきことがなされていないというプレッシャーの
ような議論も出かねない」「04年に皇太子が誕生日会見で『これまでの公務を整理し、
時代に即した新しい公務ができれば』と強く発言されたのですが、雅子さまのご病気もあり、 
いっこうに具体化しなかった。国民にとっては、“会見での発言は何だったのか”となりかねない。
それで羽毛田長官が“公務分担”という助け舟を出したのです。
ところが、翌日の記者会見で野村東宮大夫はあっさり『仕分けは難しい』と話し
皇太子も翌07年の会見で『公務の分担の話は、雅子が回復してからの話』だと結論づけたのです。


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事実無根で不本意→愛子さまのビデオ公開

2004年6月18日
病名報道は「勝手な憶測」 雅子さまめぐり東宮大夫
宮内庁の林田英樹東宮大夫は18日の定例記者会見で、
長期休養中の皇太子妃雅子さまの病名を「うつ病」「強迫神経症」とした
複数の雑誌や海外メディアの報道について
「勝手な憶測であり、事実ではない」と否定した。
長女の愛子さまを「自閉症」とした内外の報道に関しても
「全くの事実無根で不本意だ。大変健やかに成長されている」と述べた。
林田氏は雅子さまの症状を「メンタル面の専門医に対応をお願いしているのは事実だが、
侍医からは病名がつくような状態ではないと聞いている」と説明。
「これ以上詳しくは、現段階では申し上げられない。全体状況をどう説明するか、なかなか難しい」と話した。
愛子さまの成長ぶりを映像で発表することについては「検討している。しばらく時間が必要」とした。
共同通信(2004/6/18)
http://www.47news.jp/CN/200406/CN2004061801002511.html

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

2004年9月24日
愛子さまのビデオ公開
皇太子さまが声をかけながら撮影
「うずらちゃんとかくれんぼ」の絵本を読む愛子さま
「パパもー」と愛子さまが皇太子さまに言うと
「おーいモリゾウ」と別の本(絵本「もりのこえ」)のワンフレーズを読む皇太子さま
場面変わってハープで遊ぶ愛子さま 雅子さまも一緒にハープに触れている。

宮内庁:愛子さまの最近の映像と写真を公表
宮内庁は24日、12月に3歳の誕生日を迎える皇太子ご夫妻の長女敬宮(としのみや)愛子さまの
最近の映像と写真を公表した。愛子さまの健康についてさまざまな憶測が流れたことから、
こうした誤解を解くため、ご夫妻の希望で、
プライベートに撮影した写真と愛子さまの肉声が入った映像を公表する異例の対応になったという。
映像は約3分間。
東宮御所の私室で7月中旬、愛子さまが絵本「うずらちゃんのかくれんぼ」(きもとももこ著)を開きながら
「もういいかい」「まあだだよ」「どこに隠れているかなぁ」などと読み上げ「パパもー」と
皇太子さまに話しかける場面もある。
今月上旬、談話室で雅子さまと愛子さまが一緒にハープに触れている映像もある。
絵本の場面は皇太子さまがビデオ撮影した。
写真は今年5月から今月にかけて撮影された。
雅子さまと共に愛犬と遊ぶ光景、音楽と運動を合わせた「リトミック」の様子、砂遊びなど11枚。
天皇、皇后両陛下や皇太子ご一家の写真や映像は従来、宮内庁が撮影し、音声なしで報道機関に提供していた。
24日会見した林田英樹東宮大夫は「内親王殿下が病気ではないかという根拠のない憶測に
(両殿下が)お心を痛められていた」と、愛子さまの順調な成長を示す映像を公表した経緯を説明。
「選定に時間がかかったため、この時期になった」と述べた。【大久保和夫】
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/koushitsu/etc/20040924/(リンク切れ)


読売新聞
林田大夫は、雅子さまがプライベートな場面を含む写真の提供に心を痛められたが、
医師団らと協力して選ばれたことを明らかにした。

フジTV
雅子さん「愛子の了承もなく公開するのは…」
更に「ご自分で映像を厳選された」
解説した大学教授
「皇太子夫妻は、愛子は○○が出来ます○○も出来ます、と言いたかったのでしょう。」

宮内庁関係者
3分間のビデオ編集には、皇太子ご夫妻はもちろん、東宮職と医師団も参加しています。
様々な人に意見を聞き、広まってしまった噂を否定できる映像を厳選したのです。
逆に言えば、それくらい差し迫って自閉症疑惑への反論をしたいお気持ちがあったのでしょう

ハープ講師長澤さん(ビデオにも登場)
愛子さまに遊ばせたハープはベートーベン時代の製作で現存するのは数台、値段1千万


皇太子ご一家は同日静養のため那須へ

皇太子ご一家、那須入り 雅子さま「治療の一環」
皇太子ご一家は24日夕、静養のため栃木県那須町に入られた。
長期療養中の雅子さまは今春、長野県軽井沢町に滞在して以来の転地静養。  
東北新幹線で那須塩原駅に着いたご一家は、居合わせた人々に3人で手を振って応え、車に乗り込んだ。  
宮内庁は「妃殿下のこうした外出は治療の一環。現在は回復に向かうかどうかの極めて重要な時期にある」
(林田英樹東宮大夫)として、映像取材を那須塩原駅での代表撮影に限定。
帰京日を報じないよう報道各社に求めた。  
東京駅ではコンコースからホームにかけて数メートルおきに私服、制服の警察官が立ち並ぶ厳戒態勢。
愛子さまが歩くのを嫌がったため皇太子さまが抱いて列車に乗り込み、新幹線の出発が定刻より1分遅れた。
2004/09/24 10:16 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200409/CN2004092401003915.html

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

テーミス2004年11月号
懸念は払拭されたのか
皇太子ご一家ビデオ公開は裏目に出た
宮内庁の無策が生んだ“ボタンのかけ違い”は危機的状況に達し皇室を追い詰める
雅子妃は「皇居ご訪問」を拒絶していた
■自閉症児教育施設と接触の噂
宮内庁は9月24日、皇太子殿下(44歳)が撮影した長女敬宮愛子さま(2歳)のビデオ映像を公表した。
しかし、あまりの唐突さにマスコミ関係者は「なぜこの時期に」と、一様に首を傾げた。
公開された映像は約3分間。7月と9月に東宮御所内で2回にわたって撮影された。
愛子さまが、絵本を開いて「もーいいかい。まーだだよ」「どこに隠れたのかなあ」などと読みあげたり、
皇太子さまに「パパも読んで」とせがんだりする様子が、肉声とともに収められている。
また、雅子妃殿下(40歳)と一緒にハープに触れたり、母娘で踊る姿も映っている。
天皇家のビデオ映像はこれまで、誕生日や新年などの節目に宮内庁が撮影したものが公開されてきたが、
いずれも音声は入っていなかった。
「適応障害」で長期静養中の雅子さまは、9月4日、皇太子さまとともに天皇、皇后両陛下を皇居へ訪ねた。
雅子さまの外出は、今年3月から4月にかけての軽井沢静養以来だったが、
愛子さまはこのときも、「車に乗るのをむずかって」同行しなかった。
外国メディアや週刊誌は、以前から「愛子さまに発達の遅れがあるのではないか」と報じてきた。
今回、異例の映像公表に踏み切った理由について、宮内庁は、皇太子ご夫妻が、
様子を知りたがっている国民の期待に応えたいという意向を示されたことと、
雅子さまがそうした「憶測記事」に心を痛めていることを挙げている。
一連の記事は、果たして単なる「憶測」だったのだろうか。皇室問題に関心の深いジャーナリストが明かす。
「初夏に、皇室の関係者がある学校を訪ねて、愛子さまの教育を依頼したと聞きました。
引き受けてくれたら相応の施設を寄付したいとまでいったというのです。
そこが特別な教育方法で実績を上げてきた学校だったので、『やはり』ということになった」
このとき訪ねた先は、東京都武蔵野市の武蔵野東学園(寺田欣司理事長)だったといわれている。
武蔵野東学園は、’64年に開設された武蔵野東幼稚園が母体で、小中学校や高等専修学校も運営している。
創立以来、健常児だけでなく、教育が困難といわれていた自閉症児を積極的に受け入れ、
「混合教育」を行ってきた。
自閉症は生まれながらのもので、原因はいまだに解明されていない。心理的な原因で生じる情緒障害と違い、
治療しても完治することは難しいとされる。発症率は0・1〜0・2%。
言葉の発達が遅れたり、人との関わり方が分からず、他の子どもと協調して遊ぶのが難しかったり、
知的機能が偏って発達したりするのが特徴だ。
武蔵野東学園では、健常児と一緒に教育することで、自閉症児は、話し方や遊び方なども含め、
より高度な社会への適応力を身につけられるという。
同学園のホームページには、「こうした『混合教育』は、世界で唯一、当学園のみが行っている」と記されている。
前出のジャーナリストは9月中旬、自身が運営するメールマガジンに、こうした情報を慎重な表現で掲載した。
これに素早く反応したのが、旧知の古川清・前東宮大夫だった。
■「マスコミってウジ虫みたい」
古川氏は自分なりに情報収集に奔走し、9月22日に、
「あれは違うようだ。近く、(違うことが)わかるようにマスコミに姿を見せる予定らしい」と、
そのジャーナリストに伝えたという。愛子さまの映像が公開されたのは、その2日後だった。
「皇室の関係者が武蔵野東学園と接触したのは間違いないと思う。自閉症の症状は
個人差が大きいといわれているので、今回の映像だけで判断するのは難しい」(前出のジャーナリスト)
当の武蔵野東学園に取材を申し込んだが、秘書室を通じて「(そのような質問には)お答えできないので、
(しかるべき立場の者にも)お取り次ぎできません」と門前払いだった。
12月1日で3歳になる愛子さまの幼稚園進学準備はすでに始まっており、
巷では複数の有名小学校附属幼稚園の名前が取り沙汰されている。
そんな中で、ビデオ映像公表前まで根強く残っていた噂から、愛子さまを案じた皇族関係者の誰かが、
まったくの一存で密かに武蔵野東学園に問い合わせた可能性もある。
皇太子さまと雅子さま、愛子さまの3人は、ビデオ映像を公開したその日から、
栃木県の那須御用邸に滞在し、静養した。林田英樹東宮大夫は、雅子さまの年内の公務復帰の可能性を否定。
「私的活動まで取材対象になるということは、つらい思い出が多くおありになったこともあり、
心理的負担を著しく生じさせる」とし、取材、報道を控えるよう改めて要請した。
雅子さまの「マスコミ嫌い」は、結婚前から有名だった。お后候補報道が過熱した当時、
雅子さまの一挙手一投足は連日、各社のカメラマンにマークされた。外務省の元同僚によると、
雅子さまは「マスコミってウジ虫みたい」とこぼしたという。
小和田番だった大手新聞社のカメラマンは、「駅のホームで電車を待っていた雅子さまを撮ろうとしたら、
タートルネックのセーターの襟を伸ばして顔を隠されました。
そこまで神経質な人が、皇室に嫁いで大丈夫かなと心配になった」と述懐する。
そうしたマスコミへの拒否感は、結婚から10年以上たっても、まだ消えていないようだ。
「今回のビデオ映像公開について、雅子さまは、『娘のプライベートな姿を本人の了解なしに出したくない』
と主張されたが、皇太子さまが『国民は心配しているのだから』と説得され、
雅子さまも最終的には納得された」(宮内庁関係者)という。
映像公開の是非を2歳児が判断できるわけはない。それでも本人の意思を尊重しようとするあたり、
外国生活の長かった雅子さまらしい発想ではある。
その一方で、皇族という特殊な立場への抵抗感は、根強いようにも見える。
長年皇室取材を続けてきた雑誌編集者は、「問題は、そうした雅子さまのキャラクターをまったく
生かそうとしてこなかった、宮内庁の無為無策にある」と指摘する。
■適切なプロデュースを怠った
数年前、天皇皇后両陛下のご成婚40周年を記念して、雑誌が特集を組んだ。メーンは美智子さまの
ご成婚当時の秘蔵写真で、掲載号は完売した。読者の中心は50代以上の女性だったという。
「現皇室の最大のスーパースターは美智子さまです。美智子さまと同世代かそれよりも少し下の女性たちは、
美智子さまに自分たちの人生をオーバーラップさせてきた。雅子さまにそうしたシンパはいません。
雑誌で雅子さまを取り上げるときも、『雅子さまを気遣う美智子さま』といった具合に、
美智子さまモノにしないと売れない」
こうした雅子さまの「不人気」は、天皇家をプロデュースすべき宮内庁の致命的ミスだと指摘する声は多い。
別の宮内庁担当記者がいう。
「皇太子妃になられた当初の雅子さまに、同世代の女性たちは、キャリア女性として新しい皇室を
創ってくれるのでは、という期待感を抱いた。
しかし、宮内庁は雅子さまを旧来の皇室の枠の中に押し込めてきた」
流産を乗り越えての出産も、イメージチェンジをはかる好機だったという。
「雅子さまのご懐妊をわがことのように喜んだのは、不妊治療を受けていた同世代の女性たちでした。
彼女たちが集うホームページには、雅子さまが、ご懐妊に至った経緯を公表されることを願う書き込みが
殺到しました」
憲法を引くまでもなく、天皇や皇族には「国民統合の象徴」としての役割が期待されている。
しかし、次代の皇室が、国民から敬愛され、必要とされる存在であり続けられるかどうかは、いまだ定かではない。
「英国の故ダイアナ元妃が世界中で支持されたのは、地雷除去の現場を単身視察されるなど、常に行動的で、
弱者とともにあろうとしたからです。日本国民が雅子さまに期待していることも、
まさに国民の目線に立った新しい皇室なのではないでしょうか。たとえば、日本に自閉症の人は10万人以上います。
もし愛子さまがそうなのであれば、公表することで勇気づけられる人は本当に多いはずです」(前出の評論家)
「菊のベール」に包まれることは、雅子さまご自身の望まれることではあるまい。
宮内庁生え抜きの元侍従は、「最近の幹部は、警察庁や旧自治省など中央官庁からの天下りの人ばかり。
本気で皇室の将来を考えようとしていない」と嘆いている。宮内庁の構造改革こそが、即刻必要なのではないか。

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軽井沢静養

2004年3月25日〜4月26日 雅子妃軽井沢で静養

雅子さま長野県で静養 異例の滞在地非公表
宮内庁は25日夜、皇太子ご一家が静養のため長野県内の別荘に到着された、と発表した。
雅子さま(40)が東宮御所を出て静養するのは、昨年12月に体調を崩し公務を休んでから初めて。
ご一家はこの日午後3時すぎ、カーテンを閉めた車で東宮御所を出発した。 皇太子さまは数日で帰京。
雅子さまと愛子さまは4月上旬まで滞在する。 別荘には雅子さまの親族も合流する予定という。
宮内庁東宮職は「静かな環境を確保したい」 と具体的な滞在場所を公表せず、
宮内記者会や長野県の報道各社、日本雑誌協会などに対し、静養地での取材や場所を特定するような報道を
一切控えるよう要請した。天皇、皇后両陛下や皇太子夫妻が滞在先を明かさずに静養するのは極めて異例。
宮内庁は側近トップの林田英樹東宮大夫名で「沿道での出迎えなどはご遠慮いただきたい」との談話を出し、
地元住民へも「特段の理解と協力」を求めた。(共同通信)
[3月25日19時47分更新]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040325-00000290-kyodo-soci


雅子さまの静養長期化へ 宮内庁「春まで」を変更
宮内庁の林田英樹東宮大夫は2日の記者会見で、皇太子妃雅子さま(40)について
「必ずしも体調がいい方向にあるとは言えない」と話し、
公務を控え静養する期間が当初の見通しより長くなる可能性を明らかにした。
15日の園遊会を含め4月いっぱいはすべての公務を休むことが決定。
23日からの佐賀県訪問も予定を変更して皇太子さま単独となる。
復帰のめどについて林田氏は「今の時点で期限を言うことは難しい」と明言を避けた。
昨年12月に静養を始めた時は「春ごろまで」としていたが「現状では改めざるを得ない」とした。
雅子さまは現在、長女愛子さま(2つ)、母親の小和田優美子さん(66)と長野県の別荘に滞在中。
早稲田大の名誉博士学位贈呈式に出席するため任地のオランダから一時帰国した
父親の小和田恒・国際司法裁判所判事(71)も3月26日から29日まで一緒に過ごした。(共同通信)
http://www.47news.jp/CN/200404/CN2004040201002299.html

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高松宮妃喜久子様薨去

高松宮妃ご逝去、紀宮さま婚約内定発表は延期
高松宮妃喜久子(たかまつのみやひ・きくこ)さまが、18日午前4時24分、敗血症のため、
東京都中央区の聖路加国際病院で亡くなられた。92歳だった。
「わたしが元気なうちに」と紀宮さまのご結婚を気にかけ、
黒田慶樹(よしき)さん(39)との婚約内定を心から喜ばれていたという。
宮内庁は逝去を受け、先月9日に新潟県中越地震で先延ばしした婚約内定の正式発表を再び延期した。
天皇、皇后両陛下と紀宮さまら皇族方は東京・高輪の宮邸を相次いで弔問し、5日間の喪に入られた。
宮内庁では18日、午前中に湯浅利夫長官が天皇陛下から婚約内定の「裁可」を受けて正式発表する予定が組まれ、
午後3時からお2人そろって記者会見にのぞまれることになっていた。
喜久子さま逝去の知らせに湯浅長官は午前5時すぎに登庁。新潟県中越地震の被災者への配慮から
延期された内定発表を再び日延べするかどうか幹部と協議し、発表や関連行事すべての延期を発表した。
20日に予定された天皇陛下の誕生日会見も中止された。
今後の日程はお2人や天皇、皇后両陛下の意向を踏まえて検討されるが、皇室が5日間の喪に入ったことや、
月末には葬儀にあたる「斂葬(れんそう)の儀」が行われることから、年内の発表は微妙とみられている。
関係者によると、喜久子さまは紀宮さまを孫のようにかわいがり、結婚を常に気にかけられていた。
「わたしが元気なうちにちゃんとしてちょうだい」。
女官長を呼んで「どうなっているの」と注文をつけられることも1度や2度ではなかった。
喜久子さまは視力が弱って文字を読むのも大変だったが、先月中旬に婚約内定が報道されると、
新聞を目の前に近づけ、じっと大見出しをうれしそうに読まれていた。内々に宮内庁からも話があり、
安心された表情を見せられたという。
喜久子さまのもとには17日、婚約内定の正式発表が18日に行われることが宮内庁から伝えられた。
病室には、紀宮さまと黒田さんの会見の生中継をお見せしようと、側近の手でテレビが持ち込まれていた。
(2004年12月18日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/features/impr/eng/im20041218_01.htm


愛子さま紹介できず残念 皇太子夫妻がお悔やみ
皇太子ご夫妻は22日、高松宮妃喜久子さまが亡くなられたことについて
「結婚以来、大変温かくしていただいたので、ことのほか残念に思っています」
とのお悔やみの気持ちを宮内庁を通じ明らかにされた。  
喜久子さまは愛子さまと会うことがなく、ご夫妻は
「内親王を妃殿下に紹介する機会がなかったことを心苦しく思っております」と振り返ったという。
林田英樹東宮大夫が定例記者会見で述べた。  喜久子さまは愛子さまが生まれたことを大変喜び、
誕生翌月の2002年1月に女性誌「婦人公論」へ寄せた手記で
「めでたさを何にたとへむ八年(やとせ)へて この喜びにいましあふとは」など三首の短歌を披露。
女性天皇を認めるべきとする意見も示されていた。
2004/12/22 10:08 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200412/CN2004122201002638.html


NHK
喜久子様に紀宮様婚約内定が書かれた新聞をお見せしたところ、にっこりと微笑まれたそうです。
そして今日の婚約会見を見せようと、昨日から病室にテレビを準備していた。
紀子様はご夫妻で弔問に行ったあと、さらに今度はお子様方も連れて弔問。

平成16年12月18日(土)
文仁親王同妃両殿下 眞子内親王殿下,佳子内親王殿下と宣仁親王妃喜久子殿下薨去につきご弔問(高松宮邸)
http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/03/h16/gonittei-3-2004-10.html

しめやかに喜久子さま通夜 皇太子さまや親族が参列
18日に亡くなられた高松宮妃喜久子さまの通夜が24日、東京都港区高輪の高松宮邸でしめやかに営まれ、
皇太子さまら皇族、親族、ゆかりの深い人たちが参列し、小泉首相も訪れた。
通夜は25日もあり、本葬に当たる「斂葬(れんそう)の儀」は文京区大塚の豊島岡墓地で26日に行われる。
皇室の慣例に従って通夜に出席しない天皇、皇后両陛下は、通夜が始まる前に高松宮邸を訪問、弔意を示された。
皇太子妃雅子さまは風邪のため欠席した。通夜に先立っては、喜久子さまの遺体が納められたひつぎを
寝室から大客間(正寝)へ移す儀式「正寝移柩(せいしんいきゅう)の儀」が、
喪主の三笠宮寛仁さまのほか紀宮さまらも立ち会う中で行われた。(共同通信)
http://www.47news.jp/smp/CN/200412/CN2004122401003043.html

喜久子さま「御舟入」 両陛下や紀宮さまがお別れ
18日に亡くなられた高松宮妃喜久子さまの遺体をひつぎに納める儀式「御舟入(おふないり)」が19日夕、
東京都港区高輪の高松宮邸で営まれた。
皇室の慣例に従って参列しない天皇、皇后両陛下は儀式に先立ち宮邸を訪問、喜久子さまにお別れをされた。
御舟入は一般の葬儀の入棺に当たり、喪主の三笠宮寛仁さまをはじめとする宮家の皇族12人と喜久子さまの妹ら
親族9人が出席。遺体を清めた後にひつぎに納め、寝室に安置した。
続いて行われた「拝訣(はいけつ)」はひつぎに拝礼する儀式で、皇太子ご夫妻や婚約内定の発表が延期された
紀宮さま、旧皇族関係者約10人も出席した。
2004/12/19 11:40 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200412/CN2004121901001852.html



041218.jpg


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取材は負担

2004年9月16日
「見詰められるのは負担」 雅子さま取材自粛を再要請
宮内庁の林田英樹東宮大夫は16日、適応障害と診断され療養中の皇太子妃雅子さま(40)について
「私的な場面まで見張られ、見詰められているかのような心理的負担は、病状悪化の要因になる」として、
私的な動向を取材、報道しないよう、宮内記者会にあらためて要請した。
雅子さまは15日、東京都内の妹宅に出掛けられた。
スケジュールは公表されなかったが、動静を知った宮内記者会の記者数人が
妹宅近くの路上で、雅子さまがワゴン車で到着するのを見届けた。カメラマンの撮影はなかった。
林田氏は記者会見で医師団の要請を紹介。
それによると、雅子さまは現場に記者がいたことに「ショックを受けた」 という。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040916-00000250-kyodo-soci

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

2004年10月8日
那須の寒さと疲れ、雅子さま風邪
宮内庁の林田英樹・東宮大夫は8日の定例記者会見で、
皇太子妃雅子さまが那須静養から帰京後の5日から風邪をひかれ、
一時は37度台の熱があったことを明らかにした。
熱は8日までには下がったものの、のどに痛みがあるという。
原因について林田大夫は、那須が寒かったことに加え、
帰京の際に宮内庁が設定したJR那須塩原駅での取材が負担となって疲れが出た、と説明した。
20日に皇后さまの70歳をお祝いする行事があるが、
雅子さまは宮殿の行事には欠席、同夜、御所で開かれる内輪の夕食会には出席されるという。
読売(2004/10/8/21:29)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20041008ic21.htm

共同通信と、東京新聞では
林田氏は「那須の天候が悪く寒かったことと、帰りのJR那須塩原駅で
取材を受けたことが負担になった、と妃殿下が話している」とした。


一方両陛下は同日

両陛下、台風で葉山静養取りやめ(2004/10/8)
宮内庁は8日、天皇皇后両陛下と紀宮さまが、9日から予定されていた
葉山御用邸(神奈川県葉山町)での静養を取りやめると発表した。
同庁によると、台風22号が同日、関東地方に接近する可能性が高く、
関係者が災害救助などに十分対応できるよう配慮したためだという。 


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静養スタート

2003年(平成15年)
11月22日(土) 皇太子同妃両殿下 第5回「朝日のびのび教育賞」祝賀会(朝日新聞東京本社)
これが平成15年最後の公務で、翌23日には風邪をひいたため、公務を休むと発表されている。
翌月12月2日に発疹が出て、3日に帯状疱疹のため2〜3週間静養するとの発表


2003年(平成15年)12月
雅子さま帯状疱疹−公務控え2〜3週間治療
宮内庁は3日、皇太子妃雅子さま(39)が帯状疱疹(ほうしん)と診断されたと発表した。
当面公務を取りやめ、治療に専念する。9日に40歳の誕生日を迎えるが、祝賀行事はすべて中止する。
2日夕、頭の後ろと下あごに痛みを伴う発疹(はっしん)が出たため東宮侍医の診察を受け、
3日午前、外部の皮膚科医が正式に診断した。
同日午後から住まいの東宮御所(東京・元赤坂)で点滴治療を開始。
今後2、3週間は1日3回の点滴が必要という。
治療に万全を期すため、宮内庁病院に入院する可能性もあるとしている。
帯状疱疹は水ぼうそうウイルスで発症することから、
東宮御所では長女愛子さま(2)との接触を避けているという。
雅子さまは11月23日、のどの痛みやせき、微熱を訴え、風邪と診断されていた。
愛子さま2歳の誕生日だった今月1日は、ご一家で皇居・御所に天皇、皇后両陛下を訪問。
側近は「この時は元気な様子だった」としている。
発疹が出た2日は公務や行事はなく、1週間後に控えた自身の誕生日に向けた準備をしていたという。
側近トップの林田英樹東宮大夫は夏ごろから、雅子さまについて
「皇太子妃としての重責と、第一子の養育で、疲労が蓄積している」と記者会見でたびたび言明。
地方訪問などは皇太子さまだけで出掛けることが増えていた。
http://www.sanspo.com/shakai/masakosama/2003/sha2003120406.html
2003年12月

雅子さま帯状疱疹 公務控え2−3週間治療
宮内庁は3日、皇太子妃雅子さま(39)が帯状疱疹(ほうしん)と診断されたと発表した。
当面公務を取りやめ、治療に専念する。9日に40歳の誕生日を迎えるが、祝賀行事はすべて中止する。  
2日夕、頭の後ろと下あごに痛みを伴う発疹(はっしん)が出たため東宮侍医の診察を受け、
3日午前、外部の皮膚科医が正式に診断した。  
同日午後から住まいの東宮御所(東京・元赤坂)で点滴治療を開始。
今後2、3週間は1日3回の点滴が必要という。治療に万全を期すため、
宮内庁病院に入院する可能性もあるとしている。  
帯状疱疹は水ぼうそうウイルスで発症することから、
東宮御所では長女愛子さま(2つ)との接触を避けているという。  
雅子さまは11月23日、のどの痛みやせき、微熱を訴え、風邪と診断されていた。
2003/12/03 11:26 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200312/CN2003120301000419.html


<雅子さま>「心身の疲労が蓄積」休養の所感発表
宮内庁は9日、体調がすぐれずに休養中の皇太子妃雅子さまが、
宮内記者会の求めに応じて記した所感を発表した。
雅子さまは昨年12月に帯状疱疹(たいじょうほうしん)で宮内庁病院に入院したことについて、
「十年余前の結婚以来、慣れない環境の中での大きなプレッシャーのもとで、
これまで、私なりに一所懸命努力してきたつもりでございましたが、
その間の心身の疲労が蓄積されていたことの結果であったのではないかと感じています」と心情を吐露した。
そのうえで、「敬宮(としのみや)の誕生以来、公務と育児を両立させるよう努力してまいりましたが、
昨年の春以降、体調がすぐれず、最近は公務を十全に果たせないような状況になってきておりました」と振り返った。
また、「公務などを休まなければならないことは、心苦しいこと」として、
「体力と気力を充実させ、もとの元気な自分を取り戻した上で、
なるべく早く公務に復帰して務めを果たすことができるように努力したいと思います」と心境をつづっている。
雅子さまは先月4日から8日まで宮内庁病院に入院し、退院後も新年の祝賀行事などへの出席を取りやめている。
同庁によると、今年春ごろまで公務を休むという。
(毎日新聞)2004/1/9
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適応障害

2004年7月30日 「適応障害」と発表

雅子さまは「適応障害」 病名公表、自身で決意
宮内庁の林田英樹東宮大夫は30日の定例記者会見で、
長期静養中の皇太子妃雅子さま(40)の病名について「適応障害」と初めて公表した。
関係者によると、雅子さま自身が医師らと相談した上で病名公表を決意したという。
発表前に天皇、皇后両陛下にも経緯を報告した。
「適応障害」の原因について、林田氏は医師団の見解として「皇太子妃という特別な立場、
懐妊や流産をめぐる問題、公私の区別をつけにくい多忙な生活に伴うストレスがあった」と説明。
その結果、不安や抑うつ気分が現れたとしている。
現在の治療は、日々の生活環境をストレスのないものにすることと精神療法が中心だが、
少量の薬物療法も併用しているという。林田氏は「病状は改善傾向にあるが、
不安を中心とした症状は依然ある」と現状を説明、当面は「公務復帰を具体的に検討するより、
まずは心のエネルギーを高めるような私的活動を優先していただく」としている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040730-00000162-kyodo-soci

<雅子さま>医師らと文言考え病状発表
「適応障害」。宮内庁は30日、皇太子妃雅子さまの病名を明らかにした。
雅子さまの療養は昨年12月から約8カ月間という長期に及び、公務復帰のめどは立たないというが、
最近はテニスをするなど回復の兆しが見られるという。厚生労働省によると、
一般の会社員が職場で、適応障害などを発症するケースは年々、増加しているのが現状で
「誰でもかかる病気」だ。同省は検討会を設けるなどして対応に努めている。
今回の病状発表は、雅子さま自身が皇太子さまや医師らと十分な協議をしたうえで判断した。
宮内庁関係者によると、最近の雅子さまは自身の病状を公表することに前向きで、
数日前から医師らと文言を考えた。「できるだけ早く体調を元に戻したい」などと話しており、
公務に復帰する気持ちが強いという。雅子さまは昨年12月から公務を休み、
3月末から約1カ月間、長野県軽井沢町にある小和田家の別荘で静養した。
帰京後は、お住まいの東宮御所で過ごし、敷地内を散策する程度だった。
だが、今月に入ってから顕著な変化が見られるようになった。
天皇、皇后両陛下は今月10日、赤坂御用地であった親睦(しんぼく)テニス会に参加した際、
東宮御所に立ち寄った。この時は主に皇太子さまが応対したが、
雅子さまも長女、敬宮(としのみや)愛子さまと一緒に両陛下にあいさつした。
12日に皇太子さまの恩師でオックスフォード大のピーター・マサイアス元教授が東宮御所を訪れた際、
雅子さまも同席した。また、散策の際に皇太子さまと数十分間、テニスをするようにもなった。
宮内庁関係者は「ご本人は体調がなかなかよくならない現状に歯がゆい思いを抱いている。
時間はかかるかもしれないが、必ず元気になると思う」と話している。
headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040730-00000140-mai-soci

雅子さまの病状は「適応障害」 宮内庁が診断結果公表
皇太子妃雅子さまの病状について、宮内庁の林田英樹東宮大夫は30日の定例会見で、
ストレスにより、抑うつ症状や不安な気持ちになる「適応障害」との診断結果を公表した。
昨年12月から公務を休んで以来、病名の公表は初めて。
現在の状態については「徐々にではあるが、回復の兆候がみられる」と説明した。
治療については、「周囲の環境を変えてストレスを和らげる『環境調整』や
話をすることで気持ちの整理を図る『精神療法』などのほか、少量の薬物療法も併用している」と説明。
最近は、立ちくらみや頭痛などが減り、テニスや皇太子さまの進講にも同席した。
現時点で病名を公表した理由について「治療がある程度軌道に乗り、
(発表しても)妃殿下への負担があまりかからない段階になったため」としている。
ただ、公務復帰については「今は復帰を具体的に検討するより、
まずは心のエネルギーを高めるような私的活動を優先していただく」と具体的な見通しは示さなかった。
また、林田東宮大夫は、妃殿下の症状は両陛下の住まいがある皇居にうかがった時に悪くなる、
との一部雑誌の報道について、「事実ではなく、両殿下は不本意に思っておられる」と強調した。
(07/30 20:00)
http://www.asahi.com/national/update/0730/019.html

皇太子妃雅子さまの病状について宮内庁東宮職が発表した要旨は次の通り。
医師団としては、現在の皇太子妃殿下の置かれている環境、
とりわけ皇太子妃という特別な立場からくる苦労や懐妊・流産をめぐる問題に加え、
公私の区別をつけにくい毎日の多忙な生活などに伴う一連のストレスを主要な要因とする適応障害によって
不安や抑うつ気分が現れており、公務を行うのが困難な状態にあると考えている。
また、特別な立場での出産とその後の育児と公務の両立による負担なども、
現在の病状に影響を与えていると判断している。治療としては、環境調整と精神療法を中心に行い、
少量の薬物療法を併用している。特にこれからは、今後の公務の在り方を良く検討するなど、
妃殿下を取り巻く環境を整えていくことが大切になると考えられる。
幸い、妃殿下は元来精神的な健康度が非常に高い方(かた)で、皇太子殿下の力添えをいただきながら、
最近では医師団の意見を参考に短時間テニスをしたり、進講に同席したりするなど、
徐々にではあるが回復の兆候が見られている。ただ、一般的に精神的な健康の回復にはかなりの時間がかかる。
したがって、今は公務復帰を具体的に検討するより、
まずは心のエネルギーを高めるような私的活動を優先していただくようにお願いしている。
その際、緊張を強いられる状況は、治療的な観点から望ましくない影響を与える可能性が高いため、
医師団としては慎重を期したく、メディアの取材を当面控えていただきたくお願いする。
また、治療に好ましくない影響が生じることを避けるため、医師団への直接の取材は遠慮いただきたくお願いする。

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浜尾実氏逝去

2006年10月26日


浜尾実氏死去 元宮内庁東宮侍従で皇太子さまの教育担当
浜尾 実氏(はまお・みのる=元宮内庁東宮侍従で皇太子さまの教育担当)25日午後9時、
心不全のため長野県諏訪市の病院で死去、81歳。東京都出身。
自宅は諏訪市大和1の24の9。葬儀・告別式は近親者で行う。
追悼ミサを30日午後1時半から東京都千代田区麹町6の5の1、聖イグナチオ教会で行う。
喪主は長男昇(のぼる)氏。
2006/10/26 11:56 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200610/CN2006102601000627.html

元東宮侍従、浜尾実さん死去
皇太子さまの教育係を担当した元・東宮侍従の浜尾実さんが亡くなりました。
81歳でした。
浜尾さんは1951年から20年間、東宮侍従として皇太子一家に仕え、
当時の浩宮さまの教育係として幼少時の宮さま教育にあたりました。
引退後は、テレビ出演や本の執筆など幅広く活躍、
著書では「ご両親から、浩宮さまを人間として立派に育てる様、厳しくあたって欲しい」と
言われたエピソードや、美智子さまの子育てメモ、いわゆる「ナルちゃん憲法」の存在を紹介しました。
(26日18:14)
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn/20061026/20061026-00000049-jnn-soci.html

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

週刊新潮2006年11月?日号
皇太子殿下に届いた浜尾氏訃報
浜尾さんは8年前から諏訪湖のほとりにある有料老人ホームに入居していたが
そこの運営母体の職員が天皇陛下と浜尾氏の入院後(今年の9月30日に入院)に面会する機会があり
「どうぞお大事になさるよう、お伝えください」と陛下からメッセージを頂いていた。
ただ、浜尾さんの体調がすぐれずメッセージは伝えられずじまい。
皇太子には26日の夜伝えられたそうだが、翌日の殿下に変わった様子はなかった。
浜尾さんは皇太子のことを最後まで心配していた。

週刊現代2006年11月18日号
10月30日にはカトリック信者だった浜尾氏の追悼ミサが、
東京都千代田区麹町にある「聖イグナチオ」教会」で行われた。
約400人が故人を偲ぶなか、パイプオルガンの音色が静香に流れ、
祭壇には天皇皇后と皇太子から贈られた白菊の花カゴが飾られていた。

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医師団の見解

2004
宮内庁が発表した医師団の見解
環境調整と精神療法、少量の薬物療法による治療を続けており、現在の病状は回復傾向にある。
前回(7月)の病状発表のころには、一つのことが終わると、その後にお休みになる必要があったが、
現在は複数のことを続けて出来るようになった。
来年からは徐々に公務に復帰していただけるのではないか。
ただ、心身の疲れやすさは依然としてあり、医学的には回復とは言えない状態。
睡眠のリズムが整わない睡眠障害の症状も残り、引き続き投薬治療している。
今後は人目に気を遣わずに出られるような環境の中で、
気力・体力の充実につながるような私的活動を増やしていくことが重要。
強い負担を感じても、それを周囲に気付かせないように抑え、
無理をして、後で疲れが出て、心身の調子を崩すところがある。
公務に復帰し、公的に外に出られる機会が増えると、
その可能性は高まると考えられ、当面は控え気味に公務をして頂くことが望ましい。
(毎日新聞 2004年12月9日 6時12分)


林田東宮大夫
雅子さま41歳…新年行事に参加も、病状は回復傾向
病気療養中の皇太子妃雅子さまは9日、41歳の誕生日を迎えられた。
これに先立ち、宮内庁の林田英樹東宮大夫が記者会見し
「体調は少しずつ快方に向かってきている」との雅子さまのコメントを公表。
1年間休んでいる公務は、新年行事の一部に「負担の軽い形で出席される可能性がある」とした。
林田氏は、雅子さまの体調に関し「病状は回復傾向にある」との医師団のコメントも併せて明らかにした。
愛子さま(3)と音楽を取り入れた運動や体操を楽しんだ後に散歩されるなど、
2つのことを続けてできるようになられた。
http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200412/sha2004120909.html

皇太子妃殿下お誕生日に際してのご感想(要旨)
この一年間皆様にはご心配をおかけいたしましたが,
今年の誕生日をこうして迎えることができますことを何よりもありがたいことと思っております。
この間辛い時期もございましたが,皇太子様はじめ多くの方々からのお支えを頂いて,
お陰様で,体調は少しずつ快方に向かってきているように感じております。
本格的に公務を再開するのにはまだしばらく時間を要するかもしれませんが,
早く元気な姿をお見せすることができますよう,関係者の皆様のお力添えをいただきながら
引き続き回復に努めていきたいと存じます。
天皇皇后両陛下には,これまで私の病気についてご心配をいただき,温かくお見守り下さいましたことを,
深く感謝申し上げております。 また,国民の皆様より寄せられてきました温かいお気持ちは,
私にとりましてどれ程大きな力になっていることか知れません。心よりお礼を申し上げます。
最後になりましたが,今年は数多くの台風や新潟県中越地震により,
多くの方々が亡くなられ,また,被災されました。
亡くなられました方々に心からのお悔やみを申し上げますとともに,被災された皆様にお見舞申し上げます。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/gokanso-h16hn.html

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

2005kenkai1.htm

2008kenkai2.htm

2008年3月28日 東宮職医師団「報道関係の皆様へ東宮職医師団からのお礼とお願い」全文
宮内庁東宮職は28日、皇太子妃雅子さまの治療に関連して、
「報道関係の皆様へ東宮職医師団からのお礼とお願い」と題するコメントを公表した。
報道関係の皆さまには、日頃より、皇太子妃殿下の治療にご協力いただき、心より感謝申し上げます。
皇太子妃殿下におかれましては、徐々にご快復に向かっていらっしゃることは、
既にご報告申し上げているところです。
公私にわたりまして心の触れ合いを大切にされながらご活動の幅も広がってきていらっしゃいますが、
それに伴い、報道の機会も増えてきております。
取材に関しましては、平成16年9月に東宮職医師団より、私的なご活動につきまして、
治療に好ましくない影響が生ずることから、取材を控えていただくようにお願いしております。
しかしながら、最近の状況を見ますと、公的なご活動のみならず、私的なご活動にまで取材が試みられ、
治療に支障が生じるような状況になってきており、東宮職医師団として強く懸念しているところであります。
妃殿下のご病状を考えますと、私的なお出かけは、
異なった環境のもとでご活動の幅を広げていただくことに加えて、
様々な方との人間的な触れ合いが心の癒しにつながるという治療的意味があります。
しかも、ご一家での私的なご活動は、妃殿下の心の支えになるという面でも、大きな治療的意義があります。
また、そのようなご活動は、プライバシーが確保され心が安らぐ状況で行われることが大切です。
したがいまして、妃殿下の私的なご活動に関しましては、愛子内親王殿下を伴われる場合も含め、
これまでどおり取材を控えていただきたくお願い申し上げます。
以上申し述べた上で、愛子内親王殿下の社会的ご体験やご一家での私的なお動きの中で
妃殿下が不特定多数の人の中にお出かけになる際に、
例えばそれが内親王殿下にとって初めての種類の社会的ご体験であったり、
特別に関心の高い場所をご訪問になったりするなどの事情がある場合には
取材設定をすることでそのご活動も円滑に進み、
また、それ以外のご活動が静かな環境で行われるという場合もあろうかと思われます。
そのような場合には、現在すでに試みられているように、妃殿下にご負担の少ない形での対応を、
個別に東宮職とご相談いただければありがたいと思います。
なお、妃殿下にご負担の少ない取材設定の工夫につきましては、
フラッシュを使用しないことや取材を往路だけにしていただくなど、
これまでもご協力頂いておりますことに感謝しております。
これらの点については引き続きご配慮をお願いいたします。
皇太子妃殿下におかれましては、今なお治療の途上におありで、
皇太子殿下の支えを受けられながら真摯に治療に取り組んでいただいております。
報道関係の皆様には、今後のさらなるご快復のためには、
妃殿下にご安心いただける環境作りが肝要であることをご理解いただき、
ぜひ温かく見守っていただきますよう、心よりお願い申し上げます。


2010年2月(※前年12月の雅子さまの誕生日に発表される予定だったが大幅に遅れた)
皇太子妃殿下のご病状に関する東宮職医師団の見解
平成22年2月5日
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/kohyo/d-kenkai-h220205.html
※医師団見解が初めて宮内庁HPに掲載された
見解文が遅れた事情

2010年12月
東宮職医師団の見解(全文)
皇太子妃殿下のご病状についての東宮職医師団の見解は、
基本的には、今年2月に発表しました見解と同じであり、
引き続き着実にご快復されて来てはおられますが、今なお心身の状態の波は続いていらっしゃいます。
そうしたなか、妃殿下におかれましては、愛子内親王殿下のご通学へのお付き添いをなされるとともに、
愛子内親王殿下のお気持ちによく耳を傾けられ、皇太子殿下とご相談になりながら、学校関係者と話しあわれ、
様々に工夫されて愛子内親王殿下を支えられ、折々の出来事にも的確に対応してこられていらっしゃいます。
ご病状の不安定さが残る中で、妃殿下は、愛子内親王殿下が安心してご通学になれる環境作りに向けて
非常に努力され、多くの時間とエネルギーを注いでいらっしゃいます。
それだけに、その他のご活動は、公的な色彩のあるものを含めて、限られたものにならざるを得ない状況にあります。
国民の皆様には、こうした現状をご理解いただき、
これまでと同じく長い目で温かく見守っていただきますようお願い申し上げます。
http://www.asahi.com/national/update/1208/TKY201012080522.html



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

2011
皇太子妃殿下のお誕生日に際しての東宮職医師団見解
平成23年12月9日
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/kohyo/d-kenkai-h231209.html

皇太子妃殿下におかれましては,皇太子殿下のお支えを受けられながら,
ご自身が懸命に努力され,ゆっくりとではありますが,着実に快復されてこられました。
しかしながら,今なお心身の状態の波が続いておられ,
そのため引き続きご治療を必要とされる状況にいらっしゃいます。
そうした中で,昨年3月以来,妃殿下は愛子内親王殿下の学校での問題の対応に懸命に取り組んで来られました。
妃殿下には,必ずしも万全でないご体調の下,内親王殿下が安心できる環境でご通学がおできになるように,
母親として細やかな気配りをされながら,学習院初等科を始めとする関係の方々と丁寧に相談を続け,
内親王殿下を全力で支えてきていらっしゃいます。そもそも,こうした学校へのお付き添いは,
学校側と協議を重ねたあげくに,内親王殿下が学校生活に戻ることが出来る唯一の方法として始められ,
続けてこられたものであり,これは妃殿下にとってご体調面からも非常な努力を要するものでありました。
妃殿下のこうしたご尽力の結果,内親王殿下のご通学に関わる問題は良い方向に向かうようになっており,
お付き添いなしのご通学がおできになる日々が出てくるようになりました。こうしたなか,
この春の東日本大震災の際には,災害の大きさに非常に心を痛められ,被災者に寄せる思いを強くお持ちになり,
様々な工夫をされてご体調を整えられながら,専門家のお話を複数回にわたりお聞きになられた後
被災地をお見舞いのためご訪問になられました。ご体調の波がおありになりながらも,
妃殿下ご自身が頑張られてご訪問が叶ったことは,
東宮職医師団としては着実なご快復の兆候であったと受けとめました。
こうした状況のなかで,東宮職医師団としては,最近,週刊誌を中心として,
ご病気に苦しまれながらもさまざまなご活動に懸命に取り組んでいらっしゃる妃殿下のご努力を否定するかのような,
悪意ともとれる誤った情報に基づく報道が,関係者とされる人物の発言の引用を含めてなされていること,
そしてそのことに対して妃殿下が心を痛めていらっしゃることへの強い懸念を表明いたします。
このような報道はこれまでも繰り返されていて,これが続くことは,妃殿下の更なるご快復の妨げになるのみならず,
ご病状の悪化にさえつながります。妃殿下は,ご体調に波がおありのなか,できるだけのことをしたいと
誠意を持って懸命に頑張っていらっしゃいますが,そのご努力を否定するような批判的な報道が繰り返されますと,
妃殿下は自信をなくされますし,安心して先に進むこともおできになりません。
心のケアが重要な社会的課題になっているなか,このような心ない報道が平然と繰り返されている現状に,
東宮職医師団は専門家として憤りを覚えるものであり,
この状況が改善されない限り順調なご快復は望めないと考えております。
皆様におかれましては,何よりも,妃殿下がいまだにご病気ご治療中であり,
その中でご快復に向けて力を尽くしていらっしゃることを理解していただき,
温かく見守っていただきますよう重ねてお願い申し上げます。

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