佳子内親王殿下 ICU御卒業

佳子さま、国際基督教大学ご卒業
2019.3.22 10:04
秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さまは22日、国際基督教大(ICU、東京都三鷹市)の卒業式に出席された。
宮内庁によると進学や就職の予定はなく、今年6月には、これまで秋篠宮妃紀子さまが務められてきた
「産経児童出版文化賞」の贈賞式に臨席するなど、成年皇族として本格的に公務に取り組まれる。
佳子さまは同日、卒業式前に黒の帽子とガウン姿で取材に応じ
「充実した学生生活を送ることができ、感謝しています」と話された。
卒業にあたり、佳子さまは宮内記者会の質問に文書で回答を寄せられた。
この中で今後の公務について「依頼を頂いた仕事に、一つ一つ丁寧に取り組むというのが
基本的な考え方」と意欲を示された。自らの結婚は「遅過ぎずできれば良い」とする一方、
姉の眞子さまのご結婚に関する一連の儀式が延期されている現状についてもご言及。
「結婚においては当人の気持ちが重要」との認識を示した上で、
「姉の一個人としての希望がかなう形になってほしいと思っています」と気遣われた。
佳子さまは平成25年に学習院大にご進学。2年生途中で中退し、27年にICUに入学された。
教養学部で3年生から心理学を専攻し、
卒業論文では「ワーキングメモリとMind Wanderingが読解力に及ぼす影響」との題で、
人間の読解力について考察された。在学中は29年9月から30年6月、英国のリーズ大学で舞台芸術なども学ばれた。
https://www.sankei.com/life/news/190322/lif1903220015-n1.html

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秋篠宮ご夫妻の次女の佳子さま大学卒業「意義ある経験」
2019年3月22日 10時22分
秋篠宮ご夫妻の次女の佳子さまは22日、国際基督教大学を卒業するのにあたって、
記者団の質問に文書で回答を寄せられました。
この中で、佳子さまは、学生生活を「あっという間であったと感じています」と振り返り、
1年半近く教育の分野を学んだ学習院大学を中途退学し、国際基督教大学に移ったことについて
「一つの分野を集中的に学ぶことも、幅広く学ぶことも、
どちらも非常に意義のある経験であったと感じています」と述べられました。
印象深かったこととしてはイギリスへの留学を挙げ、
「英語で学び、英語で生活をしたこと、様々な国の人と交流し、いろいろな文化に触れたこと、
今までになかった新しい視野を持つことができたことなど、多くの経験ができた」と振り返られました。
そして、卒業後は公的な活動の機会が増えることになるとしたうえで、「私が何をやりたいかではなく、
依頼を頂いた仕事に、一つ一つ丁寧に取り組むというのが基本的な考え方です」と記されました。
ご自身の結婚については「遅過ぎずできれば良いと考えています」と述べたうえで、
理想の男性像については「一緒にいて落ち着ける方が良いと考えています」とこたえられました。
一方、お相手の有無を尋ねる質問に対しては
「このような事柄に関する質問は、今後も含めお答えするつもりはございません」と記されました。
また、姉の眞子さまと、婚約が内定している小室圭さんの結婚に向けた行事が延期されていることについては
「私は、結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています。
ですので、姉の一個人としての希望がかなう形になってほしいと思っています」と述べられました。
そのうえで、「姉の件に限らず、以前から私が感じていたことですが、メディア等の情報を受け止める際に、
情報の信頼性や情報発信の意図などをよく考えることが大切だと思っています。今回の件を通して、
情報があふれる社会においてしっかりと考えることの大切さを改めて感じています」と記されました。
最後に、来月30日に退位される天皇陛下と皇后さまについて
「様々な事柄に対して、まるでご自身のことのように、時にはお心を痛められ、
時には喜ばれるご様子に触れ、強く心に残るものがございました」と述べられました。
そして、新たに即位される皇太子さまと皇后になられる雅子さまについては
「私は大学を卒業し、皇族の一員としての活動が以前より多くなってまいりますので、
そのような中で、少しでもお二方のお役に立つことができれば誠に嬉しく思います」と記されました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190322/k10011856481000.html

佳子内親王殿下の国際基督教大学ご卒業に際しての文書回答(平成31年)
佳子内親王殿下の国際基督教大学ご卒業に当たり宮内記者会質問とご回答
http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/27

問1 大学卒業を迎えての感想をお聞かせ下さい。
学習院大学から国際基督教大学へ移られて学ばれたご感想や
英国リーズ大学への短期留学などで印象深かったことは何でしょうか。
学業以外も含め,エピソードを交えてご紹介ください。

ご回答
大学卒業を迎え,学生生活が過ぎるのはあっという間であったと感じております。
また,恵まれた環境で過ごせたことを大変ありがたく思っております。
学習院大学では,約1年半,教育の分野を学びました。国際基督教大学では,英語で学ぶことも含め,
幅広い分野を学び,最終的に心理学を専攻いたしました。
一つの分野を集中的に学ぶことも,幅広く学ぶことも,どちらも非常に意義のある経験であったと感じております。
学業以外では,仲良くなった友人達と一緒に食事をしながら会話を楽しむなど,
どちらの大学でも思い出深い学生生活を過ごすことができました。

国際基督教大学の在学中に短期留学をしたリーズ大学では,日本では学ぶ機会の少ない,
舞台芸術に関わる分野や,国際基督教大学で専攻していた心理の分野などを含め,幅広く学びました。
上に書いたことと重なりますが,一つの分野を集中的に学ぶことも,幅広く学ぶことも,
どちらも非常に意義のある経験であったと感じております。
印象深かったことは,留学中の一連の経験と言えます。
英語で学び,英語で生活をしたこと,様々な国の人と交流し,いろいろな文化に触れたこと,
今までになかった新しい視野を持つことができたことなど,多くの経験ができたので,
留学をしていた約9ヶ月間は非常に印象深い期間でした。

どの大学においても,教職員の方,仲良くなった友人達,大学に通うに当たりお世話になった方々など,
関わってくださった方々に非常に感謝しております。

問2 今後の進路と将来の夢についてお聞かせください。
卒業後は公務に臨まれる機会もさらに増えてくるかと思いますが,
大学での経験を活かし,どういった活動に力をいれていきたいとお考えでしょうか。
同じ国際基督教大学で学ばれた眞子さまは大学卒業後,イギリスのレスター大学大学院に留学されましたが
佳子さまはそういったご希望はありますか。

ご回答
公的な仕事は以前からしておりましたが,卒業後はその機会が増えることになると思います。
どのような活動に力を入れたいかについては,以前にもお答えしたことがありますが,
私が何をやりたいかではなく,依頼を頂いた仕事に,一つ一つ丁寧に取り組むというのが基本的な考え方です。
これまで行った仕事は様々な分野のものがありました。大学生活で,一つの分野を集中的に学んだ経験も,
幅広く学んだ経験もこれからの仕事に活かすことができれば嬉しく思います。

将来の夢は,あくまでも夢ですので,以前と変わらず自分の中で温めておきたいと思っています。
大学院への進学は現時点では考えておりません。

問3 ご家族についてお伺いします。ご両親,眞子さま,悠仁さまと普段はどのようにお過ごしでしょうか。
ご家庭でのエピソードをお聞かせ下さい。卒業にあたってご両親に伝えたいことや,
眞子さまこの春中学生になられる悠仁さまへのメッセージ,
ご両親や眞子さまから受けられた印象的なアドバイスもあわせてお聞かせ下さい。

ご回答
両親には,公的な仕事に関することや,意見を聞いたほうが良いと感じる事柄について
アドバイスを求めることがあります。姉とは日常の出来事をお互いに報告しあったり,相談事をしたりします。
弟とは,姉と同じように日常の会話をしたり,一緒にテレビを見たり,遊んだりしています。
姉と弟と3人で話をしていると,非常に楽しく,たわいもないことで笑いが止まらなくなることもあります。

卒業に当たり両親に伝えたいことですが,上に書いたように,私は公的な仕事に関することや,
意見を聞いたほうが良いと感じる事柄について両親にアドバイスを求めることがあります。
そのような際にアドバイスをもらえることに感謝しています。
姉は,小さい頃から私のことを非常にかわいがってくれましたし,いつでも私の味方でいてくれました。
いつもありがとうと思っています。
今年の春から中学生になる弟へのメッセージですが,楽しく充実した日々を過ごしてほしいと思います。

印象的なアドバイスについては,公的な活動への取り組み方ということが挙げられます。
問2でお答えしていることと重なりますが,公的な仕事は,自分が何をしたいかで選ぶものではなく,
依頼を頂いたものを一つ一つ丁寧に行うという考え方は父からのアドバイスであり,
母と姉も共通して持っている認識であると思います。

問4 秋篠宮さまは去年11月のお誕生日にあたっての記者会見で,
佳子さまの結婚について「それほど遅くなくしてくれたらいいとは思います」と話されました。
結婚の時期や,理想の男性像についてどのようにお考えでしょうか。お相手はいらっしゃいますか。
眞子さまは,結婚に関する儀式を延期されていますか,家族としてどのように受け止めていらっしゃいますか。

ご回答
結婚の時期については,遅過ぎずできれば良いと考えております。
理想の男性像については,以前もお答えしていますが,一緒にいて落ち着ける方が良いと考えております。
相手がいるかについてですが,このような事柄に関する質問は, 今後も含めお答えするつもりはございません。

姉が結婚に関する儀式を延期していることについてですが,
私は,結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています。
ですので,姉の一個人としての希望がかなう形になってほしいと思っています。

また,姉の件に限らず,以前から私が感じていたことですが,
メディア等の情報を受け止める際に,情報の信頼性や情報発信の意図などをよく考えることが大切だと思っています。
今回の件を通して,情報があふれる社会においてしっかりと考えることの大切さを改めて感じています。

問5 まもなく皇位継承が行われます。これまで象徴としての務めを果たしてこられた天皇陛下と
支えてこられた皇后さまのご活動をどのようにご覧になってきましたか。
新天皇皇后となられる,皇太子ご夫妻へのお気持ちとともに,
皇族の減少など皇室の抱える課題についてのお考えもあわせてお聞かせください。

ご回答
天皇陛下と皇后陛下のご活動についてですが,両陛下は約60年の長きにわたり,
様々なご活動に心を込めて取り組んでこられました。このことを,大変尊敬申し上げております。
様々な事柄に対して,まるでご自身のことのように,時にはお心を痛められ,
時には喜ばれるご様子に触れ,強く心に残るものがございました。公的な場以外でお目にかかる際にも,
私たち若い世代にとって大切なことをお話し下さいます。
このように,真剣な思いを持っていらっしゃる両陛下であるからこそ,
ご活動の際にそのお心が自然と伝わってくるのではないかと思っております。

皇太子殿下,皇太子妃殿下についてですが,両殿下は5月に天皇皇后両陛下になられます。
私は大学を卒業し,皇族の一員としての活動が以前より多くなってまいりますので,
そのような中で,少しでもお二方のお役に立つことができれば誠に嬉しく思います。
皇族の減少などの課題につきましては,制度のこととも関係しますので,回答は控えたいと思います。



佳子さまがICU卒業 「充実した学生生活に感謝」
毎日新聞2019年3月22日 10時00分(最終更新 3月22日 11時08分)
秋篠宮家の次女佳子さま(24)が22日、国際基督教大(ICU、東京都三鷹市)の卒業式に出席された。
宮内庁によると、大学院進学や就職の予定はなく、卒業後は公務が増える見込み。
角帽、ガウン姿の佳子さまは報道陣の問いかけに
「充実した学生生活を送ることができ、感謝しています」と笑顔で応じた。 
佳子さまは心理学を専攻した。卒業論文は、読解力について約30人への実験を通して考察した内容だという。
宮内記者会からの質問に文書で回答し、今後の活動について
「何をやりたいかではなく、依頼をいただいた仕事に丁寧に取り組む」とつづった。
姉の眞子さまの結婚延期への質問には「当人の気持ちが重要。
姉の一個人としての希望がかなう形になってほしい」と記した。
過熱する報道を念頭に「情報の信頼性や情報発信の意図などをよく考えることが大切」との意見も示した。
幼稚園から学習院に通った佳子さまは、学習院大文学部に進学したが、2年生だった2014年に中退。
その後、眞子さまも学んだICUに特別入学選考(AO入試)で合格し、
15年4月に教養学部アーツ・サイエンス学科に入学した。
約9カ月間の英リーズ大の留学では舞台芸術などを学んだ。【山田奈緒】

秋篠宮ご夫妻の感想
大学で過ごした期間に、さまざまな分野のことを学ぶ機会に恵まれたように聞いております。
また、その間には英国での短期留学も経験し、視野を広げることができたのではないかと思います。
これまでの経験を生かし、今後の仕事に取り組んでほしいと願っております。
https://mainichi.jp/articles/20190322/k00/00m/040/049000c


佳子さま「充実した学生生活で感謝」ICU卒業
秋篠宮家の次女佳子さま(24)は22日、東京都三鷹市の国際基督教大学(ICU)の卒業式に出席された。
午前7時半頃、式に先立って大学構内で黒の帽子とガウン姿で記念撮影に応じ、
「充実した学生生活を送ることができ、感謝しています」と笑顔を見せられた。
佳子さまは学習院大を中退し、2015年にICUに入学された。
宮内記者会の質問に対する文書回答では、二つの大学で教育や英語、心理学を学び
「非常に意義のある経験であったと感じております」と振り返られた。
特に印象深かったこととして、舞台芸術などを学んだ英リーズ大学での約9か月の留学を挙げ、
「様々な国の人と交流し、新しい視野を持つことができた」とつづられた。
宮内庁によると、今のところ大学院への進学や就職の予定はなく、
皇室の一員として公務の幅を広げていかれるという。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190322-OYT1T50160/

佳子さま「結婚、姉の希望かなう形に」 報道にも言及
中田絢子 2019年3月22日10時03分
秋篠宮家の次女、佳子さまは22日の大学卒業にあたり、宮内記者会の質問に文書で回答した。
佳子さまは文書で、延期となっている姉・眞子さまと小室圭さんとの結婚についての質問にも答えた。
「私は、結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています」とし、
「姉の一個人としての希望がかなう形になってほしい」と記した。
眞子さまについては「いつでも私の味方でいてくれました」と振り返り、
「いつもありがとうと思っています」と感謝した。
また「姉の件に限らず、以前から私が感じていたことですが、メディア等の情報を受け止める際に、
情報の信頼性や情報発信の意図などをよく考えることが大切だと思っています」と言及。
「今回の件を通して、情報があふれる社会においてしっかりと考えることの
大切さを改めて感じています」と述べた。過熱する報道などを念頭に置いた発言とみられる。
一方、自らの結婚は「遅過ぎずできれば良い」とし、相手がいるかどうかについては
「今後も含めお答えするつもりはございません」とした。(中田絢子)
https://www.asahi.com/articles/ASM3N648MM3NUTIL06L.html



佳子さま、昭和天皇に大学卒業ご報告
2019.3.25 16:20
秋篠宮家の次女、佳子さまは25日、昭和天皇が埋葬されている武蔵野陵(東京都八王子市)を参拝し、
国際基督教大(ICU)を卒業したことを報告された。
グレーの洋装に黒い帽子姿の佳子さまは、陵の前で深く拝礼し、玉串をささげられた。
その後、敷地内にある香淳皇后の武蔵野東陵も参拝された。
佳子さまは今月22日にICUの卒業式にご出席。在学中は英国リーズ大への留学も経験された。
https://www.sankei.com/life/news/190325/lif1903250027-n1.html



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

佳子さま、メディア報道に言及 「信頼性や意図などをよく考えることが大切」
2019/3/22 18:48
秋篠宮家の次女、佳子さま(24)が2019年3月22日、国際基督教大学(ICU)の卒業式に出席した。
佳子さまは学習院大学を中途退学後、15年4月にICU教養学部アーツ・サイエンス学科へ入学。
在学中には約9か月間のイギリス留学も経験した。
卒業にあたって佳子さまは、宮内庁の記者クラブ「宮内記者会」からの質問に書面で回答。
そこでは、姉・眞子さまと小室圭さんの婚約問題などを念頭におき、
メディアリテラシーについても触れられている。

「姉の件に限らず、以前から私が感じていたことですが...」
宮内記者会と佳子さまの質疑応答は、NHKや新聞各社などの加盟社が、
ウェブ版の記事として全文公開している。メディアや情報について触れたのは、
自身や眞子さまの結婚について問われた、4つ目の質問への回答だ。
佳子さまは、結婚時期を「遅過ぎずできれば良い」とし、理想の男性像は「一緒にいて落ち着ける方が良い」。
お相手がいるかについては、「このような事柄に関する質問は、
今後も含めお答えするつもりはございません」と答えた。
また、眞子さまの結婚については「当人の気持ちが重要」との考えを示して、
「姉の一個人としての希望がかなう形になってほしい」と思いを述べる。そのうえで、こう続けた。
「姉の件に限らず、以前から私が感じていたことですが、メディア等の情報を受け止める際に、
情報の信頼性や情報発信の意図などをよく考えることが大切だと思っています。
今回の件を通して、情報があふれる社会においてしっかりと考えることの大切さを改めて感じています」
佳子さまの回答は、あくまで情報の受け手である「私」を主語にしているが、裏返すと、
信頼性の低い情報や、強い意図を持った情報を発信するメディア側に、クギを刺しているようにも読み取れる。
小室さんの金銭問題は、雑誌やテレビが連日のように報道している。

ICU受験報道時にもコメント
情報に対する考え方に加えて、お相手についての質問には強い表現で返答したこともあり、ツイッターでは、
「メディアにクギ刺してて草」
「メディア取材へのお答えが素晴らしい...」
「佳子さま、メディアに物申す。物腰は柔らかいけど御立腹の様子」
といった声が見られる。
以前にも佳子さまは、メディア報道について言及している。
成人するにあたって、14年12月に行われた会見では、母である紀子さまについて、こう語っていた。
「週刊誌などでは様々な取り上げ方をされているようですが、
娘の私から見ると、非常に優しく前向きで明るい人だと感じることが多くございます」
加えて、ICU受験をめぐる報道が、合格以前から出ていたことについても、宮内庁発表ではないとしつつ、
「合格するかどうか分からない中でこのような報道があったことで様々な誤解があったと思いますし、
ICUの方々にもご迷惑をかけたのではないかと思い、申し訳なく思っております」
とコメントしていた。
https://www.j-cast.com/2019/03/22353336.html

佳子さま「情報の信頼性や発信の意図を考えることが大切」と言及も 引用不正確な記事が出回る
楊井人文 | 日本報道検証機構代表・FIJ事務局長・弁護士
3/27(水) 17:04
佳子さま(内親王殿下)が大学卒業にあたって記者団に寄せたコメントが、波紋を呼んでいる。
眞子さま(同)の結婚の儀式が延期になっている問題について
「私は、結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています。
ですので、姉の一個人としての希望がかなう形になってほしいと思っています」と述べた。
この発言にネット上で賛否両論があがっているようだ。
ネット上には、「佳子さま『結婚は個人の勝手』発言に、国民の“怒り”が爆発 
『秋篠宮家廃嫡論』も」という記事も出回っている。
掲載されたのは「論壇net」という運営者不詳のサイトである。(*)
しかし、佳子さまは「結婚は個人の勝手」などという発言はしていない。佳子さまのコメントを引用する。

「姉が結婚に関する儀式を延期していることについてですが、
私は、結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています。
ですので、姉の一個人としての希望がかなう形になってほしいと思っています。」
出典:佳子さま 大学卒業にあたって(回答全文)(NHK NEWS WEB 2019/3/22)

これが「眞子さまは、結婚に関する儀式を延期されていますが、
家族としてどのように受け止めていらっしゃいますか」という記者団の質問に答えた部分だ。
この趣旨は「結婚は個人の勝手」と言えるだろうか。

「勝手」という佳子さまの使っていない言葉で印象操作も
「勝手」というのは「自分勝手」「勝手気儘(きまま)」という形で使われることが多いように、
どちらかというとネガティブな文脈で使われる言葉だ。
辞書的にも「他人のことはかまわないで、自分だけに都合がよいように振る舞うこと。
また、そのさま」(デジタル大辞泉)という意味だ。
佳子さまが発したかったメッセージは何であろうか。
少なくとも本人の意思や希望を尊重してほしい、という意味は読み取れる。
だが、周囲の意向は構わずに自分の意思を貫く、という意味での「勝手」な行動を
姉に勧めているとまで言えるだろうか。
百歩譲って、受け手がそう「解釈」するのは勝手だとしても、ただの「解釈」にすぎないものを、
実際の発言であるかのような括弧つきで伝え、報じるのはご法度である。
括弧は発言を忠実に引用する場合に用いるというルールに反するからだ。
もしそのようなルールが守られなければ、発言の引用なのか、書き手の解釈なのか、わからなくなる
(日本では、強調の意味で括弧を使うことも多いが、それは文脈でわかる。
ここで問題としているのは、発言引用という印象を与える括弧使用である)。
「結婚は個人の勝手」という見出しをみた第一印象は、その大半が否定的な反応になるのではないか
(もちろん、「結婚は個人の勝手」という価値観に賛同し、好印象をもつ人がいることも否定しないが)。
「勝手」というワードがそのような感情的反応を呼び起こすために仕掛けられており、印象操作の典型例とも言える。
この種の、読者の感情を刺激する文言が入った記事を目にしたときに、
まずすべきは「本当なのかどうか」と立ち止まって考えることだ。
佳子さまが本当に「結婚は個人の勝手」という趣旨の発言をしたのか。
筆者の主観的感想に基づいて、事実を捻じ曲げて伝えていないかどうかー。
本当に「秋篠宮家廃嫡論」が広がっているのか。いったい誰がどういう目的で書いたものなのか、
他にどんな記事を書いているのか。運営者は実名で書いて責任の所在を明記しているのかどうかー。(*)

主要メディアは率先して引用ルールの確立を
残念ながら、この種の粗雑な引用符の濫用は、低質なネットメディアに限らず、
伝統的な大手メディアにも広く蔓延している悪習と言える。
新聞やテレビにも、発言内容をメディア側が解釈して文言を改変して、
本人の発言であるかのように伝える手法はあとを絶たない。
「言い換えた方が読者のためにわかりやすくなるからだ」というのがメディア側の建前なのだが、
端的に読者の興味を引きつけたいという商業主義ないしセンセーショナリズムによるものが大きい。
引用時の修正は、趣旨を損なわない程度に一部省略するなどに留めるべきだろう。
特に新聞など大手メディアには「歴史の記録者」という役割があるのだから、
率先して、本人が使っていない言葉を引用符の中に勝手に入れるのはご法度だ、という
ニュース記事のルールを確立すべきではないか。

メディアだけでなく、情報の受け手(であると同時に拡散・発信の担い手)である人々も、
記事に対する接し方を考える必要がある。
佳子さまは、先ほどのコメントに続いて、メディアリテラシーの重要性を訴えていた。

「姉の件に限らず、以前から私が感じていたことですが、メディア等の情報を受け止める際に、
情報の信頼性や情報発信の意図などをよく考えることが大切だと思っています。
今回の件を通して、情報があふれる社会においてしっかりと考えることの大切さを改めて感じています。」
出典:佳子さま 大学卒業にあたって(回答全文)(NHK NEWS WEB 2019/3/22)

メディアの記事やネット情報に脊髄反射的に反応し、拡散する人々が多い中、しっかりかみしめたい言葉である。
(*) このほかにも眞子さま結婚問題に関する記事を大量に出しており、
1月29日から本日までの約2ヶ月間で「特集『小室圭問題』」というカテゴリーに118件の記事も表示されている。
https://news.yahoo.co.jp/byline/yanaihitofumi/20190327-00119831/

皇位の維持は男系の検討が先だ

正論
皇位の維持は男系の検討が先だ 国士舘大学特任教授、日本大学名誉教授・百地章
2019.3.15

≪政府の画期的な方針が示された≫

2月27日の衆議院予算委員会第1分科会で、菅義偉官房長官は鬼木誠衆議院議員の質問に対して次のように答えた。
「安定的な皇位の継承を維持することは、国家の基本にかかわる極めて重要な問題であると認識しています。
男系継承が古来例外なく維持されてきたことの重みなどを踏まえながら、
慎重かつ丁寧に検討を行っていく、その必要があると思います」

これは画期的な答弁だ。退位特例法の付帯決議は、
冒頭に「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」をあげているが、
その際、「男系継承の重みなどを踏まえながら」検討していくとの政府の基本方針が示されたからだ。
憲法制定以来、政府は「皇位の世襲」について「男系」ないし「男系重視」の答弁を繰り返してきた。
このことは先に本欄で指摘した通りである(「皇位の安定的継承は男系が前提」2月4日)。

ところが、内閣法制局が平成29年10月付で作成した『憲法関係答弁例集』には、
不思議なことに、「男系重視」の一連の答弁は、一つも紹介されていない。
それどころか、法制局は「憲法第2条の趣旨」として、「この〔憲法第2条の〕『世襲』とは、
皇位が代々皇統に属する者によって継承されるということであると考えられる」とだけ述べ、
「皇統」に属するならば男系でも女系でも構わないかのように説明している。

その上で、「皇位の継承に係る事項」については「皇室典範」つまり「法律」で定めることになっているという。
つまり、皇室典範第1条に定める「男系男子」の原則も、法律だから国会で自由に変更できるといいたいようだ。

≪法制局は「女系」へ誤導するのか≫

これは非常に問題ではないか。確かに、言葉だけ見れば「世襲」には男系と女系が含まれるとも言え、
そのような政府答弁もある(安倍晋三官房長官、平成18年1月27日、衆議院予算委員会。
山本庸幸法制局長官、平成24年2月13日、衆議院予算委員会)。
ただ、それに続けて安倍官房長官は「政府としては、男系継承が古来例外なく維持されてきたことを認識し、
その重みを受けとめつつ、皇位継承制度のあり方を検討すべきである」と述べているし(同前)、
山本長官の発言の直後に野田佳彦首相も「その〔男系の〕伝統を重く受けとめるということを
明確に申し上げさせていただく」(同前)と答弁している。

しかし、この答弁例集だけみた国会議員は「世襲」の原則さえ守れば、「女系天皇」の採用も自由であり、
憲法上全く問題ないと誤解するであろう。だが、安易な女系天皇の容認は憲法違反の疑いさえあることは
前掲の拙稿で述べた通りである。内閣法制局は、意図的に国会議員を誤導(ミスリード)するつもりだろうか。

実は平成17年、小泉純一郎内閣の下で設置された「皇室典範に関する有識者会議」
(座長・吉川弘之元東大総長、座長代理・園部逸夫元最高裁判事)の第1回会議に提出された「資料」にも、
同じような仕掛けが施されていた。そこには「男系重視」の政府答弁は一つもあげられておらず、
「皇位継承資格者を女系にも認めるためには、憲法改正を要しない」との説明と
「憲法第2条は男系の男子と限定していない」(金森徳次郎国務大臣)といった政府答弁が引用されていただけであった。

有識者会議のメンバー10人は、座長を初めさまざまな学問領域の錚々(そうそう)たる方々ばかりであったが、
法律の専門家は2人だけで、皇室制度に通じているとおぼしき方も探すのは困難であった。
したがってほとんどのメンバーは、政府側の説明と「資料集」だけで、
「女系天皇」の容認に何の疑問も挟まなかったのではないか。
こうして、「女系容認派」の園部座長代理の主導の下に、
「女系天皇」と「女性宮家」を容認する報告書が作成されてしまった。

≪旧宮家から適格者を迎えよ≫

この報告書は、悠仁親王のご生誕により事実上棚上げとなった。
しかし、報告書は十分な検討もしないまま、男系を維持するための「旧皇族の皇籍復帰等」は
「問題点があり、採用することは極めて困難である」と簡単に結論付けており、非常に疑問である。

それを証明するかのように、その後、座長代理だった園部氏自身が、
岩井克己・朝日新聞記者との対談の中で次のように語っている
(「どうする皇室の将来」『週刊朝日』2014年8月22日号)。

岩井氏が「有識者会議の議論では、なぜ旧皇族復帰がダメなのか説明不足だと感じました」というと、
園部氏は「そもそも、どの政府も旧皇族方がいま、どうなっているのか、
十分な把握ができていないのでは」と答えている。
そして「〔旧皇族の中に〕適格者がいらっしゃれば養子を考えてもよいのですが」とも発言している。
これは、大いに注目すべきだ。

政府は「男系重視」の立場から、旧宮家の男系男子の中でふさわしい方を皇族に迎えるべく、
速やかに法制度の検討に着手すべきではなかろうか。(ももち あきら)
https://special.sankei.com/f/seiron/article/20190315/0001.html

2019年2月

秋篠宮ご夫妻訪欧へ 皇位継承後の皇室で初の外国公式親善訪問
2019年2月1日 5時42分皇室
秋篠宮ご夫妻は、日本との外交関係樹立100周年を迎えるポーランドとフィンランドを、
この夏、訪問される見通しになりました。
皇位継承後の皇室で初めての国際親善を目的とした外国公式訪問となります。
ポーランドとフィンランドは、いずれも、この春、日本との外交関係樹立から100周年を迎えます。
関係者によりますと、秋篠宮ご夫妻は国際親善のため、ことし6月下旬から7月上旬にかけて、
10日間余りの日程で、両国を公式訪問される方向で調整が進められています。
ご夫妻は、それぞれの国で大統領を表敬訪問することが検討されているほか、
外交関係樹立100周年を記念する行事や食事会などに出席され、
秋篠宮さまが、日本との友好関係の発展を願うおことばを述べられる見通しです。
天皇陛下や皇太子さまが、ことし外国を訪問される予定はなく、
皇位継承順位1位の皇嗣となる秋篠宮さまが、紀子さまとともに、
皇位継承後の皇室で初めての国際親善を目的とした外国公式訪問に臨まれることになります。
秋篠宮家では、長女の眞子さまも、ことし7月頃、
日本人が移住を始めて120周年を迎えた南米のペルーなどを訪問される方向で検討が進められています。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190201/k10011798931000.html

皇后さま、ミュンヘンの児童図書館名誉会員ご就任
2019.2.1 18:02
宮内庁は1日、皇后さまが同日付でドイツのミュンヘン国際児童図書館の名誉会員に就任されたと発表した。
皇后さまは平成26年に亡くなった詩人のまど・みちおさんの詩集を英訳するなど児童文学振興への関わりが深く、
5年に天皇陛下と欧州を歴訪した際、国際的な児童書の研究センターとしても知られる同図書館を訪問されている。
同館館長から昨夏、就任の要請があったという。
https://www.sankei.com/life/news/190201/lif1902010029-n1.html

秋篠宮ご一家、仮のお住まいへ=宮邸改修に伴い−宮内庁
2019年02月04日16時15分
宮内庁の西村泰彦次長は4日の定例会見で、秋篠宮ご一家が10日、
現在のお住まいの秋篠宮邸から近くに建設された御仮寓所(かぐうしょ)に移られることを明らかにした。
宮邸の改修工事に伴うもので、工事が完了する2022年3月末まで御仮寓所に住む予定。
現在の宮邸は手狭なほか、配水管が水漏れするなど施設の老朽化が激しくなっていた。
代替わりで秋篠宮さまが皇位継承順位1位の「皇嗣」となることに伴い
接見スペースの拡充も必要なことなどから、改修工事は宮邸の隣接地にある赤坂東邸と一体で行われる。
工事後、御仮寓所は事務所と収蔵庫として使われる予定。(2019/02/04-16:15)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019020400734&g=soc

悠仁さま、お茶の水女子大付属中に進学へ
17:43
宮内庁は4日、秋篠宮ご夫妻の長男で、お茶の水女子大付属小6年の悠仁ひさひとさま(12)が
4月から同大付属中に進学されると発表した。
5月1日に皇太子さまが即位した後、悠仁さまは秋篠宮さまに次いで、皇位継承順位2位になられる。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190204-OYT1T50173/

悠仁さま、お茶大付属中へ 今春、内部進学 
2019/2/4 18:24
宮内庁は4日、秋篠宮ご夫妻の長男で、お茶の水女子大付属小6年の悠仁さま(12)が4月から、
同大付属中に内部進学すると発表した。3日に必要な筆記試験を受け、4日夕に合格が発表された。
宮家の職員が確認し、本人に伝えた。
秋篠宮さまは昨年11月の誕生日記者会見で、中学の進学先について具体名は明かさず
「いい教育をしてくれるところだといいなと親としては思っています」と話されていた。
宮内庁幹部によると、悠仁さまは別の学校への進学も検討したが、両親と相談し、
慣れ親しんだ学校での内部進学を選んだという。
お茶の水女子大付属高は女子校のため、高校は外部に進学する見通し。
https://this.kiji.is/465083071840420961?c=39546741839462401

悠仁さま、お茶の水付属中へ 4月から
2019/2/4 19:11
宮内庁は4日、秋篠宮家の長男、悠仁さま(12)が
4月からお茶の水女子大付属中学校(東京・文京)に進学されると発表した。
同大付属小6年の悠仁さまは3日に付属中の入試を受験。4日夕に合格発表があった。
悠仁さまは2010年4月に同大付属幼稚園に入園、13年4月に付属小に入学された。
付属中は自主性を重んじる教育方針で知られ、宮内庁幹部によると、
秋篠宮ご夫妻と悠仁さまは内部進学を希望された。
他校は受験されなかったという。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO40872450U9A200C1CR8000/

悠仁さま、本人の希望で片道24時間旅 一般客とお忍び
2019年2月4日20時07分
4月にお茶の水女子大付属中学校への入学が決まった秋篠宮家の長男悠仁さま。
代替わり後は皇位継承順位第2位となる。
悠仁さまは一昨年、自ら希望して紀子さまとお忍びで船旅をした。その行き先とは――。
悠仁さまは天皇陛下の孫の世代で唯一、皇位継承権がある男性皇族だ。
関係者によると、最近は関心の幅が広がり、様々な土地に足を運んでいる。
2017年7月。悠仁さまは紀子さまと東京・小笠原諸島の父島や母島を訪れた。
一般客と同じフェリーで24時間の船旅。塹壕(ざんごう)や軍道など戦争の痕跡をめぐった。
「東京の島を見たい」と本人が希望したという。
関係者によると、悠仁さまは小学4年生の頃、自分の暮らす東京をはじめ、各地にどんな人々が暮らし、
どのような作物や祭り、文化があるのか、などに興味を持ったという。
昨年8月には宮邸に昭和史研究家の男性を招き、戦争の歴史を聞いた。
約2時間半、悠仁さまはじっと聴き入り、「原子爆弾はなぜ広島に落とされたんですか」などと質問した。
皇室の歴史に詳しい名古屋大大学院の河西秀哉准教授は、
天皇陛下が疎開先の日光などで寺社や自然の名所などを巡り、
皇太子さまも小学生時代から側近を伴ってではあるが各地への「一人旅」で見聞を広めたことに照らし、
「机の上で学ぶだけでなく、足を運んで学ぶことは天皇家が大事にしてきたこと。
その系譜に連なる活動とみることができる」と話した。
https://www.asahi.com/articles/ASM1X6DL3M1XUTIL05F.html

天皇陛下、メルケル独首相と会見
2019年02月05日15時32分
天皇陛下は5日午前、来日中のドイツのメルケル首相と皇居・御所で約20分間会見された。
宮内庁によると、皇居での新年一般参賀に多くの人が訪れた様子をテレビで見たと
メルケル首相が話したのに対し、陛下は「天皇としては最後の一般参賀でしたので。
この春には譲位しますが、これは光格天皇以来の約200年ぶりのことです」と応じた。
メルケル首相は「日本の人々は陛下がご高齢であることは理解しつつも、
寂しく感じていることと思います」と話した。
海洋汚染問題や資源のリサイクルなども話題に上ったという。(2019/02/05-15:32)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019020500749&g=pol

皇太子さまがオペラ鑑賞  代替わり前最後
2019/2/6 19:19
皇太子さまは6日、東京都渋谷区の新国立劇場を訪れ、
ドイツの音楽家ワーグナー作曲のオペラ「タンホイザー」を鑑賞された。
4時間以上にわたる公演の最初から足を運び、熱心に聞き入って拍手を送った。
皇太子さまはオペラ鑑賞が趣味だが、今回が代替わり前の最後の機会となる。
タンホイザーはワーグナー中期の人気作で、中世ドイツを舞台に、
官能的な愛と精神的な愛の間で葛藤する騎士タンホイザーの物語。
皇太子さまにとっては3回目の鑑賞となった。
https://this.kiji.is/465822310494422113

秋篠宮ご一家仮住まい「御仮寓所」公開 10日引っ越し
中田絢子 2019年2月7日15時29分
月の天皇の代替わりに伴い、「皇嗣(こうし)」となる秋篠宮さまの住居・宮邸が改修される。
工事の間、ご一家は御用地内に約9億8千万円かけて新設された「御仮寓所(ごかぐうしょ)」に移り住む。
その外観が7日、報道各社に公開された。引っ越しは10日で、宮邸の工事は4月以降にも始まる予定という。
御仮寓所は鉄筋コンクリート造りの3階建てで、延べ床面積は約1378平方メートル。
1、2階はベージュ、3階はクリーム色の落ち着いた雰囲気の外観で、
居間や食堂のほか、応接室や執務室、職員の事務室などがある。
ご一家が宮邸に戻った後は、事務所と収蔵庫として使用される。清水建設が施工した。
現在の宮邸は旧秩父宮邸を改修し1997年3月から使用。宮内庁は2006年と11年、
設備の老朽化や悠仁さま誕生などを理由に改修を検討したが、
「より古い宮邸の改修優先を」「社会情勢に鑑みて控えて」とする秋篠宮さまの意向で見合わされた。
今回は皇嗣としての活動が広がることから、約33億円をかけて大規模改修することになった。(中田絢子)
https://www.asahi.com/articles/ASM267RJMM26UTIL094.html

皇太子ご夫妻、読書感想文コンクール表彰式ご臨席
2019.2.8 16:58
皇太子ご夫妻は8日、経団連会館(東京都千代田区)で開かれた
「青少年読書感想文全国コンクール」の表彰式に臨席された。
皇太子さまは、天皇陛下が皇太子時代、同式典で「考える読書」の習慣を身に付け、
視野の広い人になってほしいと述べられた際の言葉を引用し
「読書によって若い人々が、多くの感動を経験し、心豊かに成長されることを期待いたします」とあいさつをされた。
療養中の皇太子妃雅子さまが同式典に臨席されるのは平成14年以来、17年ぶり。
表彰式後には、ご夫妻が小学生から高校生までの受賞者らと懇談する機会も設けられ、
雅子さまは「良い本に出会えましたね」「今はどんな本を読んでいるの」などと語りかけられていた。
https://www.sankei.com/life/news/190208/lif1902080048-n1.html

「良い本とたくさん出会って」 感想文コンクール表彰式
2019年2月8日 金曜 午後5:34
皇太子ご夫妻は8日、青少年による読書感想文コンクールの表彰式に出席された。
皇太子さま
「皆さんもぜひ、大人になった時に、子ども時代に読んだ本の何冊かをもう一度読んでみてください」
表彰式では、全国の小・中・高校生による410万編以上の中から優秀な作品が表彰され、
皇太子さまは、成長に応じて本を読み返すことで、「新たな発見の喜びを見いだすことができる」と呼びかけられた。
式には17年ぶりに雅子さまも出席され、皇太子さまは、入賞した児童らに、課題図書に関係する
スコットランドの写真を見せ、「これからも良い本とたくさん出会ってくださいね」などと声をかけられていた。
https://www.fnn.jp/posts/00411623CX

百合子さまがご退院 インフルご回復
2019.2.9 12:27
宮内庁は9日、95歳の三笠宮妃百合子さまが同日、聖路加国際病院(東京都中央区)を退院されたと発表した。
百合子さまは1月24日にインフルエンザA型との診断を受け、そのままご入院。
同25日にはほぼ平熱に戻ったが、高齢であることも考慮し、入院を継続されていた。
https://www.sankei.com/life/news/190209/lif1902090023-n1.html


平成31年2月8日
「建国記念の日」を迎えるに当たっての内閣総理大臣メッセージ
「建国記念の日」は、「建国をしのび、国を愛する心を養う」という趣旨のもとに、
国民一人一人が、今日の我が国に至るまでの古からの先人の努力に思いをはせ、
さらなる国の発展を願う国民の祝日であります。
我が国は、四季折々の豊かな自然に恵まれ、長い歴史を経て、
諸外国に誇れる日本固有の文化や伝統を育んできました。
私たちは、五穀豊穣を祈り、田畑をともに耕し、水を分かち合い、
乏しきは補い合い、共に手を携え助け合う、麗しい社会を築いてまいりました。
知恵と創意工夫により、自然に向き合い、自然との調和を図りながら、
科学技術の発展をはじめ、様々な分野において、人類の営みに大きく貢献してきました。
長い歴史の中で、我が国は、幾度となく、大きな困難や過酷な試練に直面してきましたが、
その度に、先人たちは、勇気と希望をもって立ち上がり、
一人一人のたゆまぬ努力により今日の平和で豊かな国を築き上げ、
自由と民主主義を守り、人権を尊重し、法を貴ぶ国柄を育ててきました。
そうした努力の礎の上に、今日の発展があります。
今を生きる私たちは、先人たちの足跡の重みをかみしめ、国際社会とも緊密に連携しながら、
この尊い平和と繁栄を次の世代に引き継いでいくため、能う限りの力を尽してまいります。
伝統を守りながら、同時に、変化をおそれず、困難な課題に対しても果敢に挑み、乗り越えていく。
平成の時代においても、私たちは、そうした努力を積み重ねてまいりましたが、
平成の、その先の時代に向かって、私たちの子や孫の世代のために、
今後も努力を重ね、より良い未来を切り拓いてまいります。
平成最後の「建国記念の日」を迎えるに当たり、私はその決意を新たにしております。
「建国記念の日」が、我が国のこれまでの歩みを振り返りつつ先人の努力に感謝し、
さらなる日本の繁栄を希求する機会となることを切に希望いたします。

平成31年2月11日
内閣総理大臣 安倍 晋三
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/discourse/20190211message.html

世界らん展始まる 高円宮承子さま参加
2019.2.15 17:30 共同通信
世界各地の華やかなランやバラ、多肉植物などを堪能できる「世界らん展2019―花と緑の祭典―」が15日、
東京都内の東京ドームで始まった。

祭典には高円宮家の長女承子さまと次女千家典子さんが出席した。
190215.jpg
https://www.47news.jp/news/3275493.html

皇后さま、クラリネットコンサートご鑑賞
2019.2.16 16:45
皇后さまは16日、東京文化会館(東京都台東区)を訪れ、
クラリネット奏者の二宮和子さんのリサイタルを鑑賞された。
皇后さまは皇居・御所に音楽家を招いて演奏会を開くことがあり、
二宮さんとは平成3年から交流を持たれているという。
この日はヴァインガルトナーのクラリネット五重奏曲などの楽曲に耳を傾け、盛んに拍手を送られていた。
https://www.sankei.com/life/news/190216/lif1902160025-n1.html

共産、在位30年式典を欠席 天皇の政治的利用を懸念
2019.2.20 18:01
共産党の穀田恵二国対委員長は20日の記者会見で、
24日に開く政府主催の天皇陛下在位30年記念式典に党として出席しないことを明らかにした。
理由について安倍晋三首相が施政方針演説で明治天皇の短歌を引用したことに触れ
「今の政府には、天皇の政治的利用の動きがあると感じざるを得ない」と語った。
穀田氏によると、政府から出席の打診があったが、事前に断ったため招待状は来ていないという。
共産党は在位10年、20年式典にも出席していない。
https://www.sankei.com/life/news/190220/lif1902200038-n1.html

首相が皇太子さまと異例の面会
2019/2/22 15:49
安倍晋三首相は22日、東宮御所を訪れ、皇太子さまと面会した。
天皇陛下の退位から皇太子さまの新天皇即位までの流れについて報告したとみられる。
皇太子さまへの報告は異例。
https://this.kiji.is/471569804301075553

安倍晋三首相、皇太子さまと異例の面会 皇位継承の流れ報告か
2019.2.22 18:44
安倍晋三首相は22日、東京・元赤坂の東宮御所を訪れ、皇太子さまと面会した。
天皇陛下の譲位から皇太子さまの新天皇即位までの皇位継承の流れを報告したとみられる。
皇太子さまへの報告は異例で、宮内庁東宮職は「聞いたことがない」としている。
菅義偉(すが・よしひで)官房長官は22日の記者会見で、面会の目的や内容を問われ
「コメントを控えたい。宮内庁に聞いてほしい」と述べた。
その上で、憲政史上初となる譲位による皇位継承に関し
「国民がこぞって祝意を表することができるよう関連儀式の準備を進め、万全を期したい」と語った。
https://www.sankei.com/life/news/190222/lif1902220051-n1.html

皇太子さま59歳「人々と共に喜び、悲しむ」ご決意
2019.2.23 00:00
皇太子さまは23日、59歳の誕生日を迎えられた。
これに先立ち、東京・元赤坂の東宮御所で記者会見し、5月1日の即位を前に
「人々と共に喜び、あるいは共に悲しみながら、象徴としての務めを果たしてまいりたい」と決意を示された。
皇太子として会見されるのは、今回が最後の機会となった。
会見では、皇太子としての公務について「国民の中に入り、国民に少しでも寄り添うこと」を
目指して向き合われてきたとご回想。人々と接する場を広く持つことを心がけ、
即位後も「自分の活動の大きな柱」にするお考えという。
天皇陛下が譲位という形で代替わりするご意向に至った背景は「十分にお察し申し上げます」と推し量り、
両陛下と重ねたやり取りは「大きな道標(みちしるべ)となる」とも表現された。
5月に皇后となる皇太子妃雅子さまは長期療養中ながらも、近年は活動の幅を広げられている。
皇太子さまは「一朝一夕に全てをこなせるようになるわけではない」と気遣う一方で
「本人だからできるような取組というのが、今後出てくる」と期待を示された。
秋篠宮さまが昨年の誕生日会見で在り方を疑問視された、
代替わりに伴う大嘗祭(だいじょうさい)を含む皇室行事については
「前例を踏まえ、政府において十分な検討を行った上で決定したもの」と述べるにとどめられた。
https://www.sankei.com/life/news/190223/lif1902230004-n1.html

即位に向け「とても厳粛な気持ち」 皇太子さま、59歳の誕生日
2019/2/23 00:00
皇太子さまは2019年2月23日、59歳の誕生日を迎えた。
これに先立つ2月21日に東京・元赤坂の東宮御所で記者会見に臨んだ。
皇太子さまは5月1日に新天皇への即位を控えており、皇太子としての会見はこれが最後になる見通し。
即位後のことを想像すると「とても厳粛な気持ち」になるとした上で、
「国民に常に寄り添い人々とともに喜び、あるいはともに悲しみながら、
象徴としての務めを果たしてまいりたいと思います」と述べた。

「人々とともに喜び、あるいはともに悲しみながら、象徴としての務めを...」
天皇陛下が16年8月のビデオメッセージで退位の意向を強く示唆して以降、
皇太子さまは「これから私が担うことになる重責」について改めて思いをめぐらせる機会が増え、
そのたびに天皇皇后両陛下の「ご苦労とご努力に感謝と尊敬の念」を覚えたという。「象徴」のあり方については、
「これからのことを思うと、とても厳粛な気持ちになりますが、引き続き自己研鑽に勤めながら、
過去の天皇のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈るとともに、
両陛下がなさっておられるように、国民に常に寄り添い、人々とともに喜び、
あるいはともに悲しみながら、象徴としての務めを果たしてまいりたいと思います」
と述べた。これまでの公務の一例として被災地訪問を挙げ、
「国民の中に入り、国民に寄り添うことを目指し、行く先々で皆さんのお話を聞き、
皆さんの置かれている状況や関心、皇室が国民のために何をすべきかなどについて、
的確に感じ取れるように、国民と接する機会を広く持つよう、心がけてまいりました」
と言及。こういった活動について「今後とも自分の活動の大きな柱として大切にしていきたい」とした。

皇后としてのご公務「一朝一夕にすべてをこなせるようになるわけではない」
新皇后となる雅子さまは療養生活が続く。皇太子さまは、
「今後は、自身の置かれる立場が変わることで公務も多くなる中、
一朝一夕にすべてをこなせるようになるわけではないと思います」
とした上で、
「これからも体調に気を付けながら、回復を目指して更に努力を重ねていくと思いますので、
国民の皆様には引き続き回復を温かく見守っていただければと思います」
と理解を求めた。
(J-CASTニュース編集部 工藤博司)

皇太子殿下お誕生日に際し(平成31年)
http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/26

天皇陛下御在位三十年記念式典

上皇の英語表記決定、宮内庁
皇嗣は「皇太子」と同じ
2019/2/25 16:162/25 16:21updated
宮内庁は25日、天皇陛下が退位後になられる上皇の英語表記について
「His Majesty the Emperor Emeritus」とすると発表した。
皇后さまがなる上皇后は「Her Majesty the Empress Emerita」に決まった。
秋篠宮さまがなる「皇嗣」は、皇位継承順1位を意味するため、
現在の「皇太子」と同じ表記の「His Imperial Highness the Crown Prince」とした。
宮内庁によると、海外王族の称号などを参考に、外務省とも協議を重ねた。
「Emeritus」は、名誉教授などにも用いられる呼称。
https://this.kiji.is/472663899629536353?c=39546741839462401

両陛下と紀子さまが出席 結核予防全国大会
2019年2月28日 12時41分
結核の予防を呼びかける「結核予防全国大会」の式典が28日、
天皇皇后両陛下と秋篠宮妃の紀子さまも出席されて、東京で開かれました。
この大会は、結核予防会が毎年開いているもので、70回目となることしの大会の式典は、
両陛下と、結核予防会の総裁を務める紀子さまも出席されて、東京・文京区のホテルで開かれました。
式典では、紀子さまが国内外でいまだに多くの人が結核を発病し、亡くなっているとして
「結核は今も世界の重要な課題の1つです」と述べられました。
そのうえで両陛下が結核の治療や予防などの取り組みに心を寄せられていることにお礼を述べ、
「これからも結核を予防することの大切さを広く伝え、
人々の健康を支えるために力を尽くして参ります」と結ばれました。
天皇陛下は、20歳の頃に結核と診断され、薬によって治ったということで、
平成に入ってから10年ごとに皇后さまとともにこの大会に出席し、関係者をねぎらい励まされてきました。
式典では、このあと結核の予防に大きな功績があった人と団体が表彰され、
紀子さまが受賞した医師や保健師らに表彰状を手渡されると、両陛下は拍手を送られていました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190228/k10011831011000.html

両陛下、第70回結核予防全国大会にご臨席
2019.2.28 11:20
天皇、皇后両陛下は28日、東京都文京区のホテル椿山荘東京を訪れ、
結核予防会創立80年を記念する「第70回結核予防全国大会」に臨席された。
同会総裁の秋篠宮妃紀子さまも出席された。
両陛下は即位後、10年ごとの節目の大会に足を運ばれ、今回で4回目。
式典では、紀子さまがあいさつに立ち、結核予防の功労者らに表彰状をご授与。両陛下は盛んに拍手を送られた。
https://www.sankei.com/life/news/190228/lif1902280017-n1.html

2019年2月28日
第70回結核予防全国大会、両陛下が出席
天皇、皇后両陛下は28日、東京都内のホテルで開かれた第70回結核予防全国大会の式典に出席された。
陛下は即位後、皇后さまとともに10年に1度出席されており、今回で4回目。
今年は結核予防会創立80周年で、同会の総裁を務める秋篠宮妃紀子さまは
「これからも結核を予防することの大切さを広く伝え、
人々の健康を支えるために力を尽くして参ります」とあいさつされた。
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20190228-OYTET50042/

天皇陛下御在位三十年記念式典

首相官邸HP
天皇陛下御在位三十年記念式典
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kouikeisyou_gishikitou/gozaii30_shikiten.html

政府広報オンライン
天皇陛下御在位三十年記念式典
平成31年2月24日
https://www.gov-online.go.jp/sp/gozaii30/index.html

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

天皇陛下即位30年 皇居で祝賀行事
2019年2月24日 11時28分
天皇皇后両陛下は24日、皇居で天皇陛下の即位30年を祝う行事に臨み、
皇太子ご夫妻など皇族方から祝賀を受けられました。
天皇陛下は、先月7日に即位30年を迎えられ、24日の午後には、
これを記念する政府主催の式典が、両陛下も出席されて東京の国立劇場で開かれます。
これに先立って、皇居・宮殿の「松の間」では、
午前中、天皇陛下が皇后さまとともに、皇族方の祝賀を受けられました。
はじめに、皇太子さまが雅子さまとともに天皇陛下の前に進み出て
「ご即位30年心からお祝い申し上げます」と述べられると、天皇陛下が「どうもありがとう」と答えられました。
続いて、秋篠宮ご夫妻など皇族方が、それぞれお祝いを述べられました。
午後の記念式典では、安倍総理大臣や衆参両院の議長のほか、
国民を代表して福島県の内堀知事などが祝辞を述べたあと、天皇陛下がおことばを述べられます。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190224/k10011826311000.html

両陛下、在位30年で祝賀 皇太子ご夫妻をはじめ皇族方から
2019.2.24 12:33
天皇陛下の在位30年を記念した政府主催の式典が行われるのを前に、
天皇、皇后両陛下は24日午前、皇居・宮殿「松の間」で、
皇太子ご夫妻をはじめとする皇族方から在位30年の祝賀を受けられた。
皇太子さまが「ご即位30年、心からお祝い申し上げます」と述べられると、
陛下は「どうもありがとう」と応じられた。
この日は皇居・宮内庁庁舎前で、一般からの祝いの記帳受け付けも実施。
午後の式典では、国民代表として、東日本大震災で被災した福島県の内堀雅雄知事と、
海外訪問に同行した川口順子元外相が感謝の言葉を述べる。
陛下が読まれた琉歌(沖縄の歌)に皇后さまが曲をつけた「歌声の響」を
沖縄県出身の歌手三浦大知さんが披露する。
夜には住まいの皇居・御所で、両陛下が皇太子さまや
秋篠宮さま、長女の黒田清子さんら家族と祝いの夕食を共にされる。
https://www.sankei.com/life/news/190224/lif1902240043-n1.html

天皇陛下「象徴としての模索は遠く」在位30年記念式典
島康彦 2019年2月24日15時07分
天皇陛下の在位30年を祝う政府の記念式典が24日、
東京都千代田区の国立劇場で天皇、皇后両陛下を迎えて開かれた。
天皇陛下は「憲法で定められた象徴としての天皇像を模索する道は果てしなく遠く」と
自らの歩みを振り返り、今後の皇室に向け「次の時代、更に次の時代と象徴のあるべき姿を求め、
先立つこの時代の象徴像を補い続けていってくれることを願っています」と語った。
式典には安倍晋三首相や衆参両院議長、外国大使らが出席。
安倍首相は式辞で「30年の長きにわたって、国民に常に寄り添ってこられた両陛下のお姿を、
私たちは決して忘れることはありません」と述べた。
福島県の内堀雅雄知事は国民代表として「明日に向けて歩みを進める勇気をいただきました」と
東日本大震災での激励に感謝を伝えた。
宮内庁庁舎前には記帳所も設けられ、多くの人たちが足を運んだ。(島康彦)
https://www.asahi.com/articles/ASM2L4SVJM2LUTIL00W.html

ご在位30年式典 天皇陛下、お言葉全文
2019.2.24 15:16
在位三十年に当たり、政府並びに国の内外から寄せられた祝意に対し、深く感謝いたします。
即位から三十年、こと多く過ぎた日々を振り返り、今日(こんにち)こうして国の内外の祝意に包まれ、
このような日を迎えることを誠に感慨深く思います。
平成の三十年間、日本は国民の平和を希求する強い意志に支えられ、
近現代において初めて戦争を経験せぬ時代を持ちましたが、それはまた、決して平坦な時代ではなく、
多くの予想せぬ困難に直面した時代でもありました。世界は気候変動の周期に入り、
我が国も多くの自然災害に襲われ、また高齢化、少子化による人口構造の変化から、
過去に経験のない多くの社会現象にも直面しました。
島国として比較的恵まれた形で独自の文化を育ててきた我が国も、今、グローバル化する世界の中で、
更に外に向かって開かれ、その中で叡智(えいち)を持って自らの立場を確立し、
誠意を持って他国との関係を構築していくことが求められているのではないかと思います。
天皇として即位して以来今日まで、日々国の安寧と人々の幸せを祈り、
象徴としていかにあるべきかを考えつつ過ごしてきました。
しかし憲法で定められた象徴としての天皇像を模索する道は果てしなく遠く、
これから先、私を継いでいく人たちが、次の時代、更に次の時代と象徴のあるべき姿を求め、
先立つこの時代の象徴像を補い続けていってくれることを願っています。
天皇としてのこれまでの務めを、人々の助けを得て行うことができたことは幸せなことでした。
これまでの私の全ての仕事は、国の組織の同意と支持のもと、初めて行い得たものであり、
私がこれまで果たすべき務めを果たしてこられたのは、その統合の象徴であることに、
誇りと喜びを持つことのできるこの国の人々の存在と、過去から今に至る長い年月に、
日本人がつくり上げてきた、この国の持つ民度のお陰でした。
災害の相次いだこの三十年を通し、不幸にも被災の地で多くの悲しみに遭遇しながらも、
健気(けなげ)に耐え抜いてきた人々、そして被災地の哀(かな)しみを我が事とし、
様々な形で寄り添い続けてきた全国の人々の姿は、私の在位中の忘れ難い記憶の一つです。

今日この機会に、日本が苦しみと悲しみのさ中にあった時、少なからぬ関心を寄せられた諸外国の方々にも、
お礼の気持ちを述べたく思います。数知れぬ多くの国や国際機関、また地域が、
心のこもった援助を与えてくださいました。心より深く感謝いたします。
平成が始まって間もなく、皇后は感慨のこもった一首の歌を記しています。
 ともどもに平(たひ)らけき代(よ)を築かむと諸人(もろひと)のことば国うちに充(み)つ
平成は昭和天皇の崩御と共に、深い悲しみに沈む諒闇(りょうあん)の中に歩みを始めました。
そのような時でしたから、この歌にある「言葉」は、決して声高に語られたものではありませんでした。
しかしこの頃、全国各地より寄せられた「私たちも皇室と共に平和な日本をつくっていく」という
静かな中にも決意に満ちた言葉を、私どもは今も大切に心にとどめています。
在位三十年に当たり、今日このような式典を催してくださった皆様に厚く感謝の意を表し、
ここに改めて、我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。
https://www.sankei.com/life/news/190224/lif1902240046-n1.html

天皇陛下在位30年 記念式典で国民への感謝の思い
2019年2月24日 15時33分
ことし春の皇位継承を前に、天皇陛下の在位30年を祝う政府主催の記念式典が、
24日午後、天皇皇后両陛下も出席されて、東京 千代田区の国立劇場で行われました。
天皇陛下は、平和を願う気持ちや国民への感謝の思いを込めたおことばを述べられました。
記念式典には、安倍総理大臣など三権の長をはじめ、国会議員や経済界の代表、
それに、各国の駐日大使ら、およそ1100人が出席しました。
安倍総理大臣は、式辞で「この30年、天皇陛下は、日本国と日本国民統合の象徴として、
一つひとつのご公務を、心を込めてお務めになり、国民に寄り添ってこられました。
私たちはこれまでの陛下の歩みを胸に刻みながら、激動する国際情勢の中で、
希望に満ちあふれ、誇りある日本の輝かしい未来を創り上げていく決意です」と述べました。
また、国民の代表として、福島県の内堀知事と天皇皇后両陛下の外国訪問の際、
首席随員を務めた経験がある川口元外務大臣があいさつしました。
このうち内堀知事は、東日本大震災の発生のあと、
天皇陛下がビデオメッセージの形で国民に語りかけられたことについて
「大いに励まされ、国民の気持ちが一つになりました」と述べ、感謝の意を示しました。
続いて、天皇皇后両陛下が沖縄県のハンセン病療養所の人たちとの交流を通じて作られた歌を、
沖縄県出身の歌手・三浦大知さんが独唱しました。
このあと天皇陛下が、おことばを述べられました。
この中で天皇陛下は、平成の30年間について「日本は国民の平和を希求する強い意志に支えられ、
近現代において初めて戦争を経験せぬ時代を持ちました」と振り返られました。
そして「平成が始まって間もない頃、全国各地より寄せられた
『私たちも皇室と共に平和な日本をつくっていく』という静かな中にも決意に満ちた言葉を、
私どもは今も大切に心にとどめています」と述べられました。
また、天皇としてのこれまでの務めを振り返り「私がこれまで果たすべき務めを果たしてこられたのは、
その統合の象徴であることに、誇りと喜びを持つことのできるこの国の人々の存在と、
過去から今に至る長い年月に、日本人がつくり上げてきた、この国の持つ民度のお陰でした」と、
国民への感謝の思いを表されました。
そして「憲法で定められた象徴としての天皇像を模索する道は果てしなく遠く、
これから先、私を継いでいく人たちが、次の時代、更に次の時代と象徴のあるべき姿を求め、
先立つこの時代の象徴像を補い続けていってくれることを願っています」と述べられました。
最後に、万歳を三唱し、式典は終了しました。
政府は、天皇陛下の在位10年、20年の際にも祝意を示す式典を開いてきました。

最新の顔認証システム導入
政府は、今回の式典で、出席者が本人かどうかを確認するため、最新の顔認証システムを導入しました。
対象となるのは、およそ1100人の出席者のうち、行政機関や民間企業、報道機関などの関係者およそ550人です。
式典会場の入り口にはカメラが設置され、出席者が、配布されたQRコード付きの受付票を読み取り機にかざすと、
事前に登録した顔写真と同一人物かどうかの確認が行われていました。
このシステムでは、99%以上の確率で、瞬時に本人確認ができるということで、
政府は混雑緩和を含めた効果が認められれば、ことし10月22日に行われる、
新天皇が即位を内外に宣言する儀式「即位礼正殿の儀」などでも使用することにしています。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190224/k10011826421000.html

天皇陛下「務めを行うことができ幸せでした」 ご在位30年式典
2019.2.24 17:55
政府主催の「天皇陛下御在位30年記念式典」が24日、東京・隼町の国立劇場で開かれた。
天皇、皇后両陛下が出席され、安倍晋三首相をはじめとする三権の長や各界の著名人ら
約1100人から祝意を受けられた。4月30日に譲位される陛下は
「天皇としてのこれまでの務めを人々の助けを得て行うことができたことは幸せなことでした」と述べ、
国民への謝意を示された。
首相は両陛下のこれまでの歩みを振り返り、
「30年の長きにわたって国民に常に寄り添ってこられた両陛下のお姿を
私たちは決して忘れることはありません」と式辞を述べた。衆参両院議長らも祝辞を述べた。
国民代表として、東日本大震災で大きな被害を受けた福島県の内堀雅雄知事らがあいさつ。
内堀氏は被災地に何度も足を運び、被災者に寄り添われてきた両陛下に対し、
「明日に向けて歩みを進める勇気をいただきました」と感謝の意を示した。
また、沖縄県のハンセン病療養所の入所者との交流をきっかけに陛下が作詞され、
皇后さまが曲をつけられた「歌声の響」を同県出身の歌手、三浦大知さんが独唱。
ソプラノ歌手の鮫島有美子さんは、皇后さまが幼いころの皇太子さまの枕元で口ずさんだという
子守歌「おもひ子」を歌った。
陛下は感極まったご様子も見せながら、
「今日このような式典を催してくださった皆さまに厚く感謝の意を表し、
ここに改めてわが国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります」と述べられた。
その後、首相の音頭で万歳三唱。両陛下は何度もお辞儀を繰り返しながら、参列者の祝意に応えられていた。
両陛下はこの日午前、皇居・宮殿で皇太子ご夫妻をはじめとする皇族方から祝賀を受けられた。
https://www.sankei.com/life/news/190224/lif1902240058-n1.html

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飛んだおことば、皇后さまが気づく 涙声で感謝の8分半
緒方雄大、島康彦 2019年2月24日19時35分
24日の在位30年の記念式典で、天皇陛下のおことばは8分半に及んだ。
退位当日の4月30日、皇居・宮殿での「退位の礼」で最後のおことばが予定されるが、
皇居外では今回が最後となる見通し。涙声で国民への感謝の思いを語った。
おことばは象徴天皇の歩みを振り返る集大成とも言える内容だった。
平成の30年間を「国民の平和を希求する強い意志」によって
「近現代において初めて戦争を経験せぬ時代」と総括しつつ、
決して平坦(へいたん)な時代ではなかった、とも述べた。
震災などを念頭に「多くの予想せぬ困難に直面した時代」だったとし、「日々国の安寧と人々の幸せを祈り、
象徴としていかにあるべきかを考えつつ過ごしてきました」と振り返った。
陛下は天皇の務めを人々の助けを得て行えたことを「幸せなこと」と振り返り、
「この国の持つ民度のお陰でした」とも述べた。

 ともどもに平(たひ)らけき代(よ)を築かむと諸人(もろひと)のことば国うちに充(み)つ

おことばの中で、天皇陛下は平成が始まって間もない時期に皇后さまが詠んだ歌を紹介した。
当時、全国各地から「私たちも皇室と共に平和な日本をつくっていく」との
「決意に満ちた言葉」が寄せられたと明かし、
「私どもは今も大切に心にとどめています」と声を詰まらせながら語った。

途中、天皇陛下が用意した原稿を読み間違えてしまう場面があった。
天皇陛下は昨年5月にもベトナムの国家主席夫妻を歓迎した宮中晩餐(ばんさん)会で、
おことばの原稿を1枚分飛ばしたことがあった。
今回はかたわらにいた皇后さまがすぐに気付いて伝え、陛下は安堵(あんど)した様子で再び読み始めた。
宮内庁関係者によると、皇后さまはおことばの作成を支え、内容を理解して式典に臨んでいたという。
式典が終わり、天皇陛下は会場内を見渡しながら手を振った。
そばには笑みをうかべる皇后さま。お二人に大きな拍手が送られた。

式典には安倍晋三首相や衆参両院議長、外国大使ら約1100人が出席。
安倍首相は式辞で「30年の長きにわたって、国民に常に寄り添ってこられた両陛下のお姿を、
私たちは決して忘れることはありません」と述べた。
福島県の内堀雅雄知事は国民代表として「明日に向けて歩みを進める勇気をいただきました」と
東日本大震災での激励に感謝を伝えた。(緒方雄大、島康彦)
https://www.asahi.com/articles/ASM2L4SVKM2LUTIL00X.html

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安倍首相「どれだけの国民に勇気と希望を与えてくださったか」 30年式典の式辞全文
2019.2.24 21:35
安倍晋三首相は24日に東京・隼町の国立劇場で開かれた
「天皇陛下ご在位30年記念式典」の式辞を述べた。全文は次の通り。
  ◇
天皇陛下には、本年、ご在位30年をお迎えになりました。
国民こぞってお祝いするため、本日、この式典を挙行した次第であります。
今ここに国民とともに、謹んで心からお祝い申し上げます。
この30年、陛下は日本国と日本国民統合の象徴として、
一つ一つのご公務を、心を込めてお務めになり、国民に寄り添ってこられました。
「内平(うちたい)らかに外成(そとな)る」。
私たちは、この思いの下、陛下とともに30年の歩みを進めてまいりました。
わが国は、豊かな自然に恵まれる一方で、平成7年の阪神・淡路大震災や平成23年の東日本大震災など、
地震や豪雨などの自然災害が相次いで起こっております。
このようなとき、両陛下は、現地の救援活動への影響にもお気遣いなさりながら、
被災地をお見舞いになり、犠牲になられた方々を悼まれるとともに、被災された方々をお励ましになりました。
避難所に足を運ばれ、被災された方々を間近で励まされるお姿は、人々の心に深く刻み込まれております。
被災地の方々はもとより、どれだけ多くの国民に、明日への勇気と希望を与えてくださったことか。
また、両陛下は、国内各地はもとより、戦地となった外国にもご訪問され、
戦争で亡くなられた方々のご冥福をお祈りされるとともに、平和を祈念してこられました。
ご即位以来、公式にご訪問された国は、35カ国に上ります。
日本と各国との友好親善関係は、両陛下の数々のご活動により、一層深まったものと実感いたしております。
国内においては、全国47都道府県を二度以上にわたりご訪問になりました。
地方ご訪問時、多くの福祉施設をお訪ねになり、人々の声に耳を傾け、寄り添ってこられました。
30年の長きにわたって、国民に常に寄り添ってこられた両陛下のこうしたお姿を、
私たちは決して忘れることはありません。
本年4月、両陛下はご結婚60年をお迎えになります。
皇后陛下とともに仲むつまじく歩んでこられたこの60年。
3人のお子さまを育てられ、ご家族の絆を大切にしてこられた両陛下。
そのお姿にも、また、私たちは深い敬愛と親しみを抱く次第であります。
私たちは、これまでの陛下の歩みを胸に刻みながら、激動する国際情勢の中で、
希望に満ちあふれ、誇りある日本の輝かしい未来を、創り上げていく決意であります。
ここに、国民を挙げて、ご在位30年をお祝いし、
天皇陛下、皇后陛下のご健康と皇室のご繁栄を心からお祈り申し上げます。
https://www.sankei.com/life/news/190224/lif1902240076-n1.html

天皇陛下 即位30年 ご家族が集まり夕食会
[2019/02/25 05:56]
24日夜、皇居では即位30年を祝う両陛下とご家族による夕食会が開かれました。
夕食会は午後7時ごろから開かれ、皇太子ご夫妻や秋篠宮ご夫妻、
黒田清子さん夫妻が両陛下がお住まいの御所を訪れて食事をともにされました。
天皇陛下:「天皇としてのこれまでの務めを人々の助けを得て行うことができたことは幸せなことでした」
また、24日は即位30年を祝う記念式典に合わせて皇居や京都御所など
全国各地に記帳所が設けられました。約1万5000人分の記帳が寄せられたということです。
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000148412.html


【主張】天皇陛下在位30年 全霊の祈りに感謝したい
2019.2.25 05:00
天皇陛下ご在位30年を祝う政府主催の記念式典が行われた。
陛下は「天皇としてのこれまでの務めを、人々の助けを得て行うことができたことは幸せなことでした」と、
お言葉に国民への感謝の気持ちを込められた。
国と国民の安寧と幸せを祈る天皇の務めを、全身全霊で果たされてきた陛下に感謝を申し上げたい。
皇居などの記帳所には、多くの人々がお祝いに訪れた。平成を回顧し、この目に焼き付けられているのは、
陛下が皇后さまとともに鎮魂の祈りをささげ、国民を気遣い、見舞われる姿である。
先の大戦の戦没者を慰霊する旅で、戦後60年の平成17年に初めて海外の激戦地サイパン島を訪れ、
皇后さまとともに黙礼された。記憶に刻んでいる人も多いだろう。
戦後70年の27年にはパラオのペリリュー島を訪れ、昨年は沖縄を再訪された。
多くの人々の犠牲の上に今日の日本が築かれたとの、強い思いを持たれている。
式典で披露された「歌声の響」は、天皇陛下が詠まれた沖縄伝統の琉歌に、皇后さまが曲をつけられた。
大戦末期に激戦地となり、戦後も本土復帰まで苦難の道を歩んだ沖縄への思いは、昭和天皇から引き継がれている。
災害があれば、人々の無事を祈り、復興を願われた。23年の東日本大震災の際にはビデオを通じ、
苦難を分かち合うことを直接、呼びかけられた。どれほど皆が、勇気づけられたことだろう。
宮中祭祀(さいし)についても、もっと知っておきたい。
陛下は、収穫を祝う新嘗祭(にいなめさい)などを、厳格に心を込めて執り行ってこられた。
激動の時代といわれた昭和から平成に移り、陛下は時代を踏まえた象徴天皇のあり方に心を砕かれ、
皇室の伝統を守り、広く国民から敬愛されている。天皇陛下は85歳、皇后さまは84歳である。
大変なお疲れもあるだろう。改めてご健勝をお祈りしたい。
5月に即位される皇太子さまは誕生日の際の会見で、皇室が国民と心を共にすることは
「時代を超えて受け継がれてきているもの」と話された。
こうして守られてきた皇位が安定して続いていくことは、国民の願いである。
平成も残り少ない。国民とともにある陛下の歩みを振り返り、
歴代天皇、皇室と国民が強い絆で結ばれてきた日本の国柄と伝統に、一層の理解を深めたい。
https://www.sankei.com/life/news/190225/lif1902250004-n1.html


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

天皇陛下「おことば」でハプニングも皇后さまがサポート 「絆の深さ感じる」の声
天皇陛下は「おことば」の後半部分で、「平成」改元の頃に皇后さまが読まれた短歌を紹介された。
2019/02/24 16:15
2月24日に国立劇場で開かれた「天皇陛下御在位30年記念式典」。
この日、天皇陛下が式典を受けての「おことば」を述べられた。
その途中、「おことば」を記した紙を読む順番を間違えられ、皇后さまがサポートする場面があった。
陛下は、およそ8分半の「おことば」の中で、「平成」の30年間を回顧。
平和を希求する国民の強い意志や、誠意をもって諸外国との関係構築などの重要性、
災害の被災地について言及された。また、象徴天皇としての務めについて、次の世代への期待を述べられた。

「おことば」の順番でハプニング
「おことば」がはじまり、5分半ほどが過ぎたころだった。
天皇陛下は「在位30年にあたり政府、並びに国の内外から…」と、冒頭部分を再び読まれた。
ここで、隣で天皇陛下を見守られていた皇后さまが間違いに気づき、陛下に知らせた。
陛下は「え?どうして?」と戸惑われたが、皇后さまが「違いますよ」と陛下の手元の原稿を確認。
陛下は「あ、そうか。どうも」と応じられ、すぐに「おことば」を再開された。

「絆の深さを改めて感じた」の声
ハプニングに際しても協力し合うお二人の姿を見た人々からは、
「天皇陛下と皇后さまとの絆の深さを改めて感じた。素晴らしいです」
「内容覚えていたんだなってのが分かる早さでのフォロー。いつもの皇后さま。
いつだって皇后さまは天皇陛下をささえている」といった声がTwitterであがった。

天皇陛下は「おことば」の後半部分で、「平成」改元の頃に皇后さまが読まれた短歌を紹介。

ともどもに 平(たひ)らけき代を 築かむと
諸人(もろひと)のことば 国うちに充(み)つ

その上で、こう述べられた。
「平成は昭和天皇の崩御と共に、深い悲しみに沈む諒闇の中に歩みを始めました」
「そのような時でしたから、この歌にある『言葉』は、決して声高に語られたものではありませんでした」
「しかしこの頃、全国各地より寄せられた『私たちも皇室と共に平和な日本をつくっていく』
という静かな中にも決意に満ちた言葉を、私どもは今も大切に心にとどめています」

天皇陛下、皇后さま 支え合った60年
2018年12月、天皇陛下は85歳の誕生日に際しての会見で「天皇としての旅を終えようとしている」とした上で、
時折り言葉をつまらせながら皇后さまへの感謝の思いを述べられている。
「皇后は常に私と歩みを共にし、私の考えを理解し、私の立場と務めを支えてきてくれました」
「私はこれまで、象徴としての私の立場を受け入れ、
私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝するとともに、
自らも国民の一人であった皇后が、私の人生の旅に加わり、
60年という長い年月、皇室と国民の双方への献身を、真心を持って果たしてきたことを、心から労いたく思います」

2019年4月、お二人はご成婚60周年を迎える。
https://www.buzzfeed.com/jp/keiyoshikawa/okotoba


ご即位30年で宮中茶会 両陛下、安倍首相らとご歓談
2019.2.25 20:41
皇陛下の即位30年にあたり、天皇、皇后両陛下は25日、皇居・宮殿「豊明殿」で茶会を催された。
安倍晋三首相ら三権の長や閣僚ら446人が出席。皇太子さまや秋篠宮ご夫妻をはじめ皇族方も陪席された。
陛下は「ともにひとときを過ごすことを、誠にうれしく思います」とあいさつをし、招待者と歓談された。
宮中茶会は26日にも開かれる。
https://www.sankei.com/life/news/190225/lif1902250045-n1.html


在位30年 両陛下主催の宮中茶会 きのうの式典のお礼に
2019年2月25日 20時52分
天皇陛下の在位30年を記念する政府主催の式典が24日行われたのを受けて、
皇居では25日夜、天皇皇后両陛下が安倍総理大臣や国会議員などを招いて茶会を催されました。
茶会は24日の式典に対するお礼として、両陛下の主催で、25日から26日、
3回に分けて皇居 宮殿で開かれるもので、午後6時半から1回目が催されました。
会場の豊明殿には、安倍総理大臣や閣僚、国会議員などおよそ450人が集まり、
皇太子さまや秋篠宮ご夫妻など皇族方も出席されました。
はじめに安倍総理大臣が「ご在位30年を迎えられ、まことにおめでとうごさいます」とお祝いのことばを述べました。
これに対し天皇陛下は「本日こうして茶会を催し、ともにひとときを過ごすことをまことにうれしく思います。
この機会に、皆さんとともに国の発展と国民の幸せを願います」と述べられました。
このあと乾杯が行われ、両陛下は招待者たちと和やかにことばを交わされていました。
茶会に先立って宮殿の「春秋の間」で宮内庁の「楽部」による古式ゆかしい舞楽も披露されました。
26日の茶会には、地方自治体の代表や、平成の時代にスポーツや学術、文化などの分野で活躍した人たち、
外国の大使夫妻なども招かれることになっています。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190225/k10011827791000.html

TBS
天皇陛下 即位30年で茶会、皇居で開催
天皇陛下の即位30年を記念した茶会が、皇居で行われました。
「この機会に皆さんとともに国の発展と国民の幸せを願い、あわせて出席者一同の健康を祈ります」
茶会は午後6時半から皇居・宮殿で開かれ、
総理ら三権の長、国会議員などおよそ450人が参加しました。
この茶会は24日に政府主催で行われた陛下の即位30年を祝う記念式典の御礼として
両陛下が主催されたもので、皇太子さまや秋篠宮ご夫妻ら皇族方も出席し、
参加者と、にこやかに懇談されました。
これに先立ち、参加者には伝統の装束を身にまとった楽師による演奏に舞を組み合わせた舞楽が披露されました。
茶会は26日も午前と午後あわせて2回行われ、各界の功労者や各国の大使らが参加します。
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3608102.html

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宮中茶会に五輪メダリストら 陛下の即位30年を祝う
中田絢子 2019年2月26日11時43分
即位30年を祝い、天皇、皇后両陛下が主催する宮中茶会が26日午前、皇居・宮殿で始まった。
五輪メダリストら平成を彩った各界の功労者のほか、都道府県知事らが招かれ、
天皇陛下は「本日こうして茶会を催し、ともにひとときを過ごすことを誠にうれしく思います。
この機会に、出席された皆さんのこれからのご健康と幸せを祈ります」と述べた。
茶会は宮殿・豊明殿で、皇太子さま、秋篠宮ご夫妻をはじめとする皇族方を迎え開かれた。
スポーツ界からは王貞治さんや、五輪メダリストの浅田真央さん、伊調馨さん、北島康介さん、
サッカーの三浦知良さん、プロゴルファーの石川遼さんらが集った。
学術界からは大隅良典さん、大村智さん、梶田隆章さんらノーベル賞受賞者も出席した。(中田絢子)
https://www.asahi.com/articles/ASM2T3S0PM2TUTIL014.html

「もう一度感謝を」駆けつけた元日本兵ら 宮中茶会
中田絢子、緒方雄大 2019年2月26日12時37分
天皇陛下の即位30年を祝う26日の宮中茶会には、陛下が心を寄せてきた戦没者慰霊の関係者も招かれた。
天皇陛下と皇后さまに「もう一度感謝を伝えたい」と高齢を押して皇居・宮殿に集まった。
南洋のパラオ共和国であった日米の激戦から生還した倉田洋二さん(92)は車椅子で現れた。
「陛下にお会いできるのもこれが最後と思い、やってきました」と話す。
両陛下が戦後70年の2015年にパラオ・ペリリュー島を訪れた際、現地で出迎えた。
自身はペリリュー島の近くのアンガウル島の戦いに参戦し、左半身に重傷を負いながら生還。
両陛下がアンガウル島に向かって頭(こうべ)を垂れるのを、約1200人の戦死者名簿を抱えて見守った。
あれから4年。すっかり体の自由が利かなくなったが、
「戦友に代わり、もう一度『ありがとう』と伝えたい」と、茶会に臨んだ。
皇后さまから、戦死者名簿について「送ってくだされば必ず拝見します」と声をかけられ、
万感の思いがこみ上げた。
太平洋戦争中、沖縄から長崎に向かう途中で米軍に撃沈された疎開船・対馬丸に乗り、
一緒に乗った家族9人を失った高良政勝さん(78)も訪れた。
天皇陛下は自身と同年代の児童を多く含む約1500人が犠牲になった対馬丸の悲劇に長く思いを寄せ、
14年6月、皇后さまと共に那覇市の対馬丸記念館を訪れた。案内役を務めたのが館長の高良さんだった。
両陛下は300人以上の子どもたちの遺影を熱心に見つめた。
予定時間を大幅に超え、集まった遺族や生存者一人一人に声をかけた。
高良さんは「国民のために尽くす『象徴』とはこういうものだと感じた。
新天皇の皇太子さまにも、陛下の思いを引き継いでいただきたい」と話した。(中田絢子、緒方雄大)
https://digital.asahi.com/articles/ASM2Q62DJM2QUTIL046.html

朝日新聞映像報道部
@asahi_photo
天皇陛下の即位30年を祝い、天皇、皇后両陛下が主催する宮中茶会。
秋篠宮家の長女眞子さまと次女佳子さまは午前は洋装、午後は和装でした。
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宮中茶会、平成のスターら即位30年祝う
26日、皇居では天皇陛下の即位30年にあたって茶会が催され、
平成を彩ったスターたちが両陛下と和やかな時間を過ごしました。
26日午前、皇居・宮殿で催された茶会。
天皇陛下の即位30年にあたり、両陛下が感謝の気持ちとして開かれたものです。
「本日 こうして茶会を催し 共にひとときを過ごすことを誠にうれしく思います」
皇居に招待されたのは、平成を彩った数多くのスターたちです。
オリンピックのメダリストの浅田真央さん、伊調馨さん。
福岡ソフトバンクホークスの王貞治会長、
それにノーベル賞受賞者の大隅良典さんらおよそ500人が出席しました。
さらにこんな人も・・・
24日の政府主催の記念式典で「歌声の響」を歌った三浦大知さんも出席しました。
今も現役のプロサッカー選手の三浦知良さん、水泳の北島康介さんらも両陛下と言葉を交わしました。
「(両陛下から)今は何をされているのですかとお話がありましたので、
今、全国でアイスショーを回っていますと話をさせていただきました」(浅田真央さん)
「野球をもっと盛んにしてくださいと言われました」(王貞治さん)
「(皇后さまに)『ずっとサッカー界を引っ張ってきてくれてありがとうございます』と言われました。
(自分の)誕生日で、こういう日に茶会に招いてもらって本当に光栄です」(三浦知良さん)
「僕も世界に出たのが30年前、ちょうど高校1年生の時だったので、同じ時期を過ごせたというか、
それが本当にうれしく思っています」(葛西紀明さん)
また、茶会には、両陛下が4年前に訪問された先の大戦の激戦地、
パラオ・ペリリュー島から生還した元日本兵の永井敬司さん(97)も招待されました。
「『ご苦労さまでした』ということでした」(ペリリュー島から生還した 永井敬司さん)
茶会には、皇太子さま、秋篠宮ご夫妻、眞子さま、佳子さまら皇族方の姿もあり、
出席者とにこやかに懇談されていました。
両陛下は会場を出る際、名残惜しそうな様子で一礼され、会場からは大きな拍手が起こりました。
出席者には、皇室のお祝い事に作られる砂糖菓子を入れたボンボニエールが贈られたということです。
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3608712.html

「希望を持ちましょう」 宮中茶会で皇后さま、「救う会」会長にお言葉
2019.2.26 18:13
26日に催された宮中茶会では、皇后さまが、
北朝鮮による拉致問題解決に取り組む「救う会」の西岡力会長に
「希望を持ちましょう」と励ましの言葉をかけられた。
拉致問題をめぐっては、皇后さまが84歳の誕生日を迎えた昨年10月、
文書で「平成の時代の終焉(しゅうえん)とともに急に私どもの脳裏から
離れてしまうというものではありません」と思いを示されていた。
西岡氏によると、皇后さまは茶会で、長期化する拉致問題について
「長いことご苦労さま。拉致被害者のご家族は年を取られていますね」と声をかけ、
「希望を持ちましょう。何もできませんが解決を願っています」と続けられたという。
西岡氏は「いつも心にかけて下さり、ありがとうございます」と伝えたといい、
「お言葉は横田早紀江さんら家族にも伝えた。勇気をもらい、前向きな気持ちになれた」と話した。
https://www.sankei.com/life/news/190226/lif1902260038-n1.html

天皇陛下即位30年を祝う宮中茶会の会場に入られる天皇、皇后両陛下、皇太子さま、秋篠宮ご夫妻ら皇族方
=皇居・宮殿「豊明殿」で2019年2月26日午後3時30分、(代表撮影)
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両陛下が職員主催の祝賀の茶会に出席
毎日新聞2019年3月5日 19時47分(最終更新 3月5日 19時47分)
天皇、皇后両陛下は5日、皇居内の施設であった天皇陛下の即位30年と
両陛下の結婚60年を祝う茶会に出席された。宮内庁職員の主催で職員約650人が参加した。
天皇陛下は冒頭のあいさつで「即位以来30年、この間にあって、
職員のみなさんがそれぞれの分野で力を尽くしてくれていることに、改めて深く感謝いたします」と述べた。
その後、両陛下は職員と約40分間懇談。職員からは花束が贈られた。【稲垣衆史】
https://mainichi.jp/articles/20190305/k00/00m/040/226000c

<代替わり考>退位儀式に天皇家私費 伊勢神宮参拝 陛下の意向を尊重

<代替わり考>退位儀式に天皇家私費 伊勢神宮参拝 陛下の意向を尊重
2019年1月31日 朝刊
天皇陛下が四月に伊勢神宮(三重県)へ退位を事前に報告する儀式について、
政府は天皇家の私費である「内廷費」を充てる方針を決めた。
宮内庁関係者によると「簡素な形で儀式に臨みたい」との陛下の意向も踏まえたという。
新設される十一の退位関連儀式のうち、内廷費の支出が決まったのは初めて。
政府は皇太子さまの即位関連儀式を国費で行う方針を決めているが、
退位関連ではほかの儀式にも内廷費の支出を検討している。

伊勢神宮には皇祖神の天照大神(あまてらすおおみかみ)が祀(まつ)られており、
陛下は四月十八日の「神宮に親謁の儀」で、同月三十日の退位を報告する。
皇位の証しとされる三種の神器のうち、剣と勾玉(まがたま)(璽(じ))も携行する予定だ。
両陛下の神宮参拝は、式年遷宮後の二〇一四年以来五年ぶり。
即位後は、一九九〇年十一月に即位礼や大嘗祭(だいじょうさい)の終了を親謁の儀で報告して以降、五回目となる。
九〇年の親謁の儀では、国費の宮廷費を使い、陛下は古式の黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)姿、
皇后さまは十二単(じゅうにひとえ)姿で、二頭立て馬車に乗り、神宮の内宮と外宮の正殿前まで、それぞれ移動した。
今回はモーニングコートを着用し、馬車行列もないシンプルな参拝を想定する。

宮内庁幹部は「退位直前の私的な皇室行事であり、儀式の前例もない。
簡素な形での儀式を望まれた陛下の意向も尊重して判断した」と話す。
内廷費の支出は両陛下の交通費などを予定している。

退位関連の十一儀式のうち、政府が責任を負う国事行為は、
陛下が天皇として最後に国民の代表である首相らと会う四月三十日夕の「退位礼正殿の儀」だけで、
国費が充てられる。このほか皇居内の宮中三殿や伊勢神宮、
神武天皇陵や昭和天皇以前の四代の天皇の山陵に退位を報告する儀式などは宗教色が否めず、
皇室行事である「大礼関係の儀式」として行われる。

政府は皇太子さまの即位関連儀式のうち、二十余りの皇室行事について、
前回を踏襲する形で国費の宮廷費を充てる方針を決めている。
秋篠宮さまは昨年十一月、宗教色の強い大嘗祭について内廷費で行うべきだと発言して波紋を広げた。
 (編集委員・吉原康和)

<内廷費と宮廷費> 宮内庁の皇室費は、内廷費と皇族費、宮廷費の三つに分類される。
内廷費は天皇家、皇太子家の生活費や宮中祭祀(さいし)などの私的費用に充てるもので、
2018年度は3億2400万円。
宮廷費は、外国賓客の接遇、地方訪問など公的な活動の必要経費で、同年度は約92億円。
皇太子さまの即位関連費用では、大嘗祭など総額約38億円が宮廷費から支出される。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201901/CK2019013102000120.html

2019年1月

天皇ご一家、平成最後の新年穏やかに
2019.1.1 00:07
天皇ご一家は1日、代替わりを前に、平成最後となる新年を穏やかに迎えられた。
宮内庁が公表した写真には、ご一家が皇居・御所の応接室に集まり、
日本地図を前に平成30年中に訪れた地域の思い出を、それぞれが語り合われる様子が収められている。
今年は4月10日に天皇陛下と皇后さまがご成婚60年を迎えられた後、同月30日に陛下が譲位し、
翌5月1日に皇太子さまが新天皇に即位される。陛下は毎年担ってきた恒例の地方公務を全て終えており、
譲位までに地方を訪れて国民と触れ合う機会は、3月26日の奈良県橿原市の神武天皇陵、
4月18日の三重県伊勢市の伊勢神宮を訪問される際などに限られる。
https://www.sankei.com/life/news/190101/lif1901010007-n1.html

両陛下の御製・御歌計8首を発表
2019.1.1 00:07
宮内庁は新年に当たり、天皇、皇后両陛下が平成30年中に詠まれたお歌のうち、
天皇陛下の御製(ぎょせい)5首、皇后さまの御歌(みうた)3首を発表した。
陛下は30年10月に高知県で行われた全国豊かな海づくり大会でイシダイの稚魚を放流した際、
幼少期の飼育体験を思い出しながら臨まれた気持ちを詠まれた。
同庁によると、学習院中等科時代に沼津御用邸に滞在中、
地引き網にかかったイシダイなどの稚魚を水槽で飼われたことがある。
同3月に11回目となる訪問を果たした沖縄県では、市民らが提灯(ちょうちん)を振って歓迎するのに、
宿泊先の上階からお応えに。陛下はこの際、互いに語り合うように提灯を振り合った思い出を歌に込められたという。
皇后さまは同じく沖縄県を訪問した際、日本最西端の与那国島に足を運び、
水揚げされた巨大なカジキや日本在来種の与那国馬を見学したことを懐かしんでお詠みになった。
譲位後、両陛下は5年から過ごした皇居・御所を離れ、高輪皇族邸に引っ越される。
皇后さまは御所に入って間もない時期、庭に出られた今より若かった陛下のことを思い起こされて詠み上げられた。
  ◇
【天皇陛下】(5首)
《第69回全国植樹祭》
 生ひ立ちて防災林に育てよとくろまつを植う福島の地に
《第73回国民体育大会開会式》
 あらし迫る開会前(まへ)の競技場福井の人ら広がりをどる
《第38回全国豊かな海づくり大会》
 土佐の海にいしだひを放つこの魚(うを)を飼ひし幼き遠き日しのぶ
《沖縄県訪問》
 あまたなる人ら集ひてちやうちんを共にふりあふ沖縄の夜
《西日本豪雨》
 濁流の流るる様を写し出だすテレビを見つつ失せしをいたむ
【皇后さま】(3首)
《与那国島》
 与那国の旅し恋ほしも果ての地に巨(おほ)きかじきも野馬(のうま)も見たる
《晩夏》
 赤つめくさの名ごり花(ばな)咲くみ濠べを儀装馬車一台役(やく)終(を)へてゆく
《移居といふことを》
 去れる後(のち)もいかに思はむこの苑(その)に光満ち君の若くませし日
https://www.sankei.com/life/news/190101/lif1901010006-n1.html

陛下「国の発展と国民の幸せを祈ります」 皇居で新年祝賀の儀
2019.1.1 11:50
天皇、皇后両陛下が皇族方や三権の長から新年のお祝いを受けられる「新年祝賀の儀」が
1日、皇居・宮殿で開かれた。
宮殿「松の間」では、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と長女、眞子さまら皇族方がごあいさつ。
皇太子さまが天皇陛下に「新年につき恭悦(きょうえつ)申し上げます」と述べると、
陛下は「新年おめでとう」と応じられた。
その後、両陛下が、皇族方とともに宮殿の各部屋を回り、
安倍晋三首相や閣僚、衆参両院議長、最高裁長官らから祝賀を受けられた。
衆参両院議長のあいさつに対し、陛下は「衆議院議長、参議院議長をはじめ、
一同の祝意に対し、深く感謝いたします。新しい年をともに祝うことを誠に喜ばしく思います。
年頭にあたり、国の発展と国民の幸せを祈ります」と述べられた。
皇太子妃雅子さまは平成15年以来、16年ぶりに三権の長らの新年祝賀の儀に出席された。
午後には各国の駐日大使らも宮殿を訪れ、新年のあいさつをする。
https://www.sankei.com/life/news/190101/lif1901010016-n1.html

平成最後 新年祝賀の儀 雅子さま、16年ぶりご出席
2019年1月1日 火曜 午後2:27
皇居では、天皇皇后両陛下が、皇族方や国会議員らからあいさつを受けられる、
平成最後の新年祝賀の儀が行われた。
皇居・宮殿の松の間では、午前10時から皇族方による祝賀の儀が行われ、
皇太子さまが雅子さまとともに両陛下の前に進み、
「新年につき、恭悦(きょうえつ)申し上げます」とあいさつされると、陛下は「新年おめでとう」と応じられた。
その後、国会議員らから祝賀を受けた陛下は、「年頭にあたり、国の発展と国民の幸せを祈ります」と述べられた。
雅子さまが、午前中の一連の儀式に出席されたのは、16年ぶり。
皇居では2日、平成最後の新年一般参賀が行われる。
https://www.fnn.jp/posts/00408887CX

雅子さま実家前で警察官に殺虫剤噴射容疑、75歳男逮捕
2019年1月2日22時45分
皇太子妃雅子さまの東京都目黒区の実家前で警察官に向けて殺虫剤を噴きかけたなどとして、
警視庁は2日、同区の無職の男(75)を公務執行妨害の疑いで現行犯逮捕した。
碑文谷署への取材でわかった。
男は「警察に恨みがあった」と述べているというが、署は動機に思想的背景はないとみている。
男は意味の通らないことも話しており、刑事責任能力の有無を調べる。
署によると、男は2日午後7時15分ごろ、目黒区の雅子さまの実家前で警備をしていた女性署員に向けて
スプレーの殺虫剤を噴射し、ライターで火をつけた疑いがある。
殺虫剤に引火して炎が上がったが署員にけがはなく、その場で男を取り押さえた。
https://www.asahi.com/articles/ASM1275PTM12UTIL01S.html

新年参賀に平成最多15万人 陛下「多くの人々にとり良い年に」
2019.1.2 19:09
新年恒例の一般参賀が2日、皇居で行われ、天皇、皇后両陛下と皇太子ご夫妻をはじめ
皇族方が宮殿「長和殿」のベランダで、集まった人々に応えられた。
天皇陛下は「本年が少しでも多くの人々にとり、良い年となるよう願っています。
年頭に当たり、わが国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります」と述べられた。
今回は平成最後ということもあり、参賀者は15万4800人と
平成最多だった昨年(12万6720人)を大きく上回った。
宮内庁は5回の予定だった参賀の回数を7回に増やして対応。
同庁は6回目でいったん終了の案内をしたが、入門が続く様子を見た両陛下が参賀者に配慮して
お出まし追加の意向を示され、急遽、7回目が実施された。
陛下は譲位後、全ての公務を皇太子さまに譲られる。
同庁は来年以降、両陛下の新年一般参賀へのご出席は「未定」としている。
https://www.sankei.com/life/news/190102/lif1901020011-n1.html

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天皇陛下、在位中最後の新年一般参賀 早朝から長蛇の列
多田晃子、緒方雄大 2019年1月2日11時38分
新年恒例の一般参賀が2日、皇居であった。
4月末に退位する天皇陛下にとって在位中最後となる一般参賀。
陛下の姿を一目見ようと、前日や早朝から大勢の人々が長蛇の列を作った。
宮内庁はこの日、開門時間を約15分早めて対応した。午前10時10分ごろ、
天皇陛下が皇后さまや皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻ら皇族方と宮殿のベランダに立つと、
集まった人たちから大きな歓声が上がった。
陛下は笑顔で手を振って応え、マイクを通じ、
「新年おめでとう。晴れ渡った空のもと、皆さんとともに新年を祝うことを誠に喜ばしく思います。
本年が少しでも多くの人々にとり、良い年となるよう願っています。
年頭にあたり、我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります」と語った。
天皇、皇后両陛下を中心に皇族方が並ぶ一般参賀はこの日で見納め。
平成最後の参賀をカメラやビデオで記録する人々の姿が多く見られた。(多田晃子、緒方雄大)
https://www.asahi.com/articles/ASM122J1VM12UTIL001.html

新年の一般参賀に訪れた人たちに手を振る紀子さま、
眞子さま、佳子さま=2019年1月2日午前10時14分、皇居、嶋田達也撮影
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昭和天皇しのび三十年式年祭 両陛下、武蔵野陵をご参拝
2019.1.7 13:35
昭和天皇の崩御から30年となる7日、東京都八王子市にある武蔵野陵(むさしののみささぎ)で
昭和天皇三十年式年祭の山陵(さんりょう)の儀が行われ、
天皇、皇后両陛下と、秋篠宮ご夫妻をはじめとする皇族方が拝礼された。
元皇族や安倍晋三首相ら約80人も参列した。
天皇陛下は墳丘前の祭壇に玉串をささげて拝礼し、
「どうぞ、国家、国民をお守りくださり、さらに繁栄させていただきますよう、お願い申し上げます」
という趣旨の「御告文(おつげぶみ)」を読み上げられた。続いて皇后さまも拝礼された。
一方、皇室の祖先を祭る皇居・宮中三殿の皇霊殿(こうれいでん)で行われた三十年式年祭では、
両陛下の名代として皇太子ご夫妻がご拝礼。
療養中の皇太子妃雅子さまが、心身を清める潔斎をへて、
皇室の伝統的な装束を身につける宮中祭祀(さいし)に臨まれるのは、
平成28年4月の神武天皇二千六百年式年祭以来約3年ぶり。
https://www.sankei.com/life/news/190107/lif1901070024-n1.html

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昭和天皇の崩御30年、両陛下が武蔵野陵に拝礼
2019年01月07日 13時41分
昭和天皇の崩御から30年となる7日、「昭和天皇三十年式年祭の儀」が
東京都八王子市の武蔵野陵皇居・宮中三殿で行われた。
武蔵野陵で行われた「山陵の儀」には、きょう即位30年を迎えられた天皇陛下と皇后さまのほか、
秋篠宮ご夫妻ら皇族方が出席。陛下の長女・黒田清子さんら親族や安倍首相を始め三権の長ら約80人も参列した。
陛下は午前11時20分頃、玉串をささげて拝礼し、
「改めてご慈愛を思い起こし、お祭りをさせていただきます。国家、国民をお守りくださり、
更に繁栄させていただきますよう、お願い申し上げます」という趣旨の御告文を日本古来の大和言葉で読み上げられた。
皇居・宮中三殿では午前10時から「皇霊殿の儀」が行われ、
皇太子ご夫妻が両陛下の名代として装束姿で拝礼された。
秋篠宮家の長女眞子さま、次女佳子さまら皇族方も参列された。
昭和天皇の式年祭は3年、5年、10年、20年の節目に行われている。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190107-OYT1T50032.html

ルワンダ大統領に天皇陛下「紛争要因は民族問題ですか」
緒方雄大 2019年1月8日20時19分
天皇、皇后両陛下は8日、皇居・御所でルワンダのカガメ大統領夫妻と会見した。
宮内庁によると、天皇陛下が「アフリカ全体として最大の問題は何ですか」と質問すると、
大統領は「紛争の問題です。アフリカには各地で紛争が残っており、これがアフリカ開発を妨げています」と答えた。
陛下が「紛争の要因はやはり民族問題ですか」と尋ねると、大統領は「民族問題のみならず、テロの問題など様々です。
これらを克服することが最大の課題です」と語ったという。
ルワンダは現在、アフリカ連合の議長国。(緒方雄大)
https://www.asahi.com/articles/ASM183F9GM18UTIL00D.html

雅子さまが風邪で「講書始の儀」ご欠席へ
2019.1.10 18:58
宮内庁東宮職は10日、皇太子妃雅子さまに風邪の症状がみられるため、
天皇、皇后両陛下が年頭に学界の第一人者から講義を受けられる11日の
「講書始(こうしょはじめ)の儀」への陪席を見送られると発表した。37度台前半の微熱がおありという。
雅子さまは昨年、平成15年以来15年ぶりに講書始の儀に陪席されていた。
https://www.sankei.com/life/news/190110/lif1901100041-n1.html

雅子さま 風邪で発熱
2019年1月10日 木曜 午後7:53
皇太子妃雅子さまは、発熱をともなう風邪の症状のため、
11日、皇居で行われる新年の宮中行事への出席を取りやめられることになった。
宮内庁によると、雅子さまは、37度台前半の微熱をともなう風邪の症状があり、11日、
天皇皇后両陛下や皇族方などが、学問の第一人者から講義を受けられる
「講書始(こうしょはじめ)の儀」への出席を取りやめられるという。
雅子さまは2018年、この行事に15年ぶりに出席していて、今回の取りやめを大変残念に思われているという。
https://www.fnn.jp/posts/00409462CX

皇居で講書始の儀 両陛下、本庶氏らの講義ご聴講
2019.1.11 11:36
天皇、皇后両陛下が年頭に学界の第一人者から講義を受けられる恒例の
「講書始(こうしょはじめ)の儀」が11日、皇居・宮殿「松の間」で行われた。
宮内庁によると、両陛下のご臨席は今回が最後となる見通し。皇太子さまをはじめとする皇族方も陪席された。
皇太子妃雅子さまは風邪の症状があるため、陪席を見送られた。
進講者は昨年、ノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大の本庶佑(ほんじょたすく)特別教授(76)ら3人。
「免疫の力でがんを治せる時代」と題した本庶氏の講義に、両陛下は熱心に耳を傾けられていた。
ほかの進講者とテーマは、国際日本文化研究センター(京都)の小松和彦所長(71)の「日本妖怪文化再考」、
東京大の江頭憲治郎名誉教授(72)の「日本のコーポレート・ガバナンス」。
講書始の儀は、明治時代に始まった「御講釈始(ごこうしゃくはじめ)」が由来とされる。
現在の形式になったのは昭和28年からで、人文科学、社会科学、
自然科学の各分野の研究者が、それぞれ進講者となっている。
https://www.sankei.com/life/news/190111/lif1901110016-n1.html

両陛下、ルーベンス展を鑑賞=東京
2019年01月14日18時38分
天皇、皇后両陛下は14日夕、東京・上野の国立西洋美術館を訪れ、
開催中の「ルーベンス展−バロックの誕生」を鑑賞された。
ルーベンスはバロック期を代表する欧州の画家で、
今回の展覧会には日本初公開を含む同氏の作品約40点が展示。
天皇陛下は、3メートル近くある巨大な宗教画を見て、
「これを描くには大変な時間がかかるんでしょうね」と感慨深そうに話した。(2019/01/14-18:38)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019011400561&g=soc

雅子さま、「歌会始の儀」は欠席
風邪の症状続く 2019/1/15 19:16
宮内庁は15日、皇太子妃雅子さまが副鼻腔炎やせきなどの風邪の症状があるため、
16日に皇居・宮殿で開かれる新春恒例の「歌会始の儀」への出席を取りやめられると発表した。
療養中の雅子さまは2004年から欠席が続いている。
雅子さまは8日から37度台前半の微熱などの症状があり、11日の「講書始の儀」も欠席した。
現在は熱は下がっている。
歌会始の儀は、新春恒例の宮中行事で、天皇、皇后両陛下や皇族をはじめ一般入選者らの歌が披露される。
https://this.kiji.is/457851157763081313?c=39546741839462401

平成最後の歌会始 お題は「光」
2019.1.16 11:56
新年恒例の「歌会始の儀」が16日、皇居・宮殿「松の間」で「光」をお題に行われた。
天皇、皇后両陛下と皇太子ご夫妻、秋篠宮さまのお歌、
一般応募の2万1971首(選考対象)の中から入選した10人の歌などが古式ゆかしい節回しで披露された。
両陛下にとって最後の歌会始の機会で、来年以降、上皇、上皇后のお歌の披露もない見通し。
天皇陛下のお招きで歌を詠む召人(めしうど)は俳人で日本芸術院会員の
鷹羽狩行(たかはしゅぎょう)さん(88)が務めた。皇太子妃雅子さまは、風邪のため陪席を見送られた。
宮内庁によると、陛下は平成17年、阪神大震災10周年追悼式で、
遺族の少女から贈られたヒマワリの種が葉を広げ成長する様子を詠まれた。
種は震災で犠牲になった加藤はるかさん=当時(11)=の自宅跡地で採集されたもので、
両陛下は毎年、御所の庭にまいて大切に育てられている。
皇后さまは年を重ね、心が弱ることもある中、御所のバラが美しく咲く様子を見て、
残された日々を大切に生きていこうという静かな喜びを表現された。
皇太子さまは高校1年生だった昭和50年、山梨・長野県境の金峰山(きんぷさん)に登り、
雲間からのぞく光に導かれるように歩みを進めた際のことを歌にされた。
雅子さまは両陛下が育てられた東宮御所の庭のシラカバの木を見て過ごしたご結婚後の生活に、感謝の気持ちを込められた。

天皇、皇后両陛下と皇族方のお歌、入選者らの歌は以下の通り(仮名遣い、ルビは原文のまま)

贈られしひまはりの種は生え揃ひ葉を広げゆく初夏の光に 天皇陛下
今しばし生きなむと思ふ寂光に園(その)の薔薇(さうび)のみな美しく 皇后陛下

皇太子さま
雲間よりさしたる光に導かれわれ登りゆく金峰(きんぷ)の峰に
皇太子妃雅子さま
大君と母宮の愛でし御園生(みそのふ)の白樺冴ゆる朝の光に
秋篠宮さま
山腹の洞穴(どうけつ)深く父宮が指したる先に光苔見つ
秋篠宮妃紀子さま
日の入(い)らむ水平線の輝きを緑閃光(グリーンフラツシユ)と知る父島の浜に
秋篠宮家長女眞子さま
日系の百十年の歴史へて笑顔光らせ若人(わかうど)語る
秋篠宮家次女佳子さま
訪れし冬のリーズの雲光り思ひ出さるるふるさとの空
常陸宮妃華子さま
つかの間に光る稲妻さ庭辺の樹木の緑を照らしいだし来(く)
寛仁親王妃信子さま
被災者の苦労話を聴きにける七歳(ななさい)が光れる一語を放つ
三笠宮家彬子さま
らふそくの光が頼りと友の言ふ北の大地を思ひ夜更けぬ
高円宮妃久子さま
窓べより光のバトンの射し込みて受くるわれらのひと日始まる
高円宮家長女承子さま
朝光(あさかげ)にかがやく御苑(みその)の雪景色一人と一匹足跡つづく
(以下略)
https://www.sankei.com/life/news/190116/lif1901160020-n1.html

両陛下、農林水産祭受賞者と懇談
皇居でねぎらい
2019/1/18 18:56
天皇、皇后両陛下は18日、皇居・宮殿で、農業や畜産業などの分野で優れた成果を上げ、
農林水産祭の天皇杯を受賞した7組14人と懇談された。
陛下は「皆さんの業績が、農林水産業に携わる人々の励ましとなることを期待しています」
とねぎらいの言葉を掛けた。
両陛下は受賞者が作った商品や農作物、取り組みなどを記したパネルを見ながら熱心に説明を聴いた。
京都市で九条ネギの加工を手掛ける「こと京都」の山田敏之代表から、
ネギを粉末にした調味料を紹介された陛下は「新しい発明になるわけですね」と感心した様子だった。
https://this.kiji.is/458920643506881633?c=39546741839462401

皇太子さま、フェルメール展ご鑑賞
2019.1.18 23:15
皇太子さまは18日夜、上野の森美術館(東京・上野公園)で開催中の
「フェルメール展」(産経新聞社など主催、特別協賛・大和ハウス工業、
ノーリツ鋼機 協賛・第一生命グループ、リコー)を鑑賞された。
会場には、17世紀オランダの画家、ヨハネス・フェルメールの作品のうち、
日本初公開となる「ワイングラス」「取り持ち女」など8点を一堂に展示。
皇太子さまは、フェルメールブルーと呼ばれる特徴的な青色が使われた代表作の「牛乳を注ぐ女」を前に
「すごく鮮やかですね」と色彩に興味をお示しに。
鑑賞後には「大変楽しく見させていただきました」と感想を話されていた。
https://www.sankei.com/life/news/190118/lif1901180061-n1.html

秋篠宮ご夫妻、ラグビー・トップリーグご観戦
2019.1.19 16:50ライフ皇室
秋篠宮ご夫妻は19日、秩父宮ラグビー場(東京都港区)で行われた
ラグビーのトップリーグ・カップ決勝戦をご覧になった。
秋篠宮さまは昨年9月、2019年ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会の名誉総裁に就任されている。
ご夫妻は双眼鏡を使い、得点が決まると拍手をするなど熱心にご観戦。
関係者によると、秋篠宮さまは試合中、「身体が大きいですね」「また見に来たいです」と話されていたという。
https://www.sankei.com/smp/life/news/190119/lif1901190034-s1.html

両陛下、大相撲ご観戦 平成最後の「天覧相撲」
2019.1.20 19:09
天皇、皇后両陛下は20日、両国国技館(東京都墨田区)を訪れ、大相撲初場所中日の取組を観戦された。
両陛下の大相撲観戦は平成29年初場所以来2年ぶりで、ご即位以来23回目。
4月の天皇陛下の譲位を前に、天皇、皇后としては最後の機会となった。
両陛下は、幕内後半の計9番を貴賓席から身を乗り出したり、取組表に目を落としたりしながら見守り、
勝敗がつくたびに盛んに拍手を送られた。
日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)によると、引退した元横綱稀勢の里について、
両陛下は「今後どうするんですか」とお尋ねに。
ひざの負傷で途中休場した小結御嶽海について、
陛下が「ひざは大事ですからね」と気遣われる場面もあったという。
国技館を後にする際、陛下は八角理事長に「良い相撲をありがとう」と声をかけられたという。
https://www.sankei.com/life/news/190120/lif1901200041-n1.html

両陛下 太平洋戦争で犠牲の民間船員らを慰霊 神奈川 横須賀
2019年1月21日 17時51分皇室
天皇皇后両陛下は21日、神奈川県横須賀市を訪れ、
太平洋戦争で犠牲になった民間の船員らの慰霊に臨まれました。
両陛下は21日正午ごろ、横須賀市の観音崎公園にある「戦没船員の碑」を訪ねられました。
昭和46年に建てられたこの慰霊碑には、太平洋戦争で軍に徴用されて軍事物資の輸送などにあたり、
攻撃を受けて犠牲になった6万人を超える民間の船員らの名簿が納められています。
両陛下は折に触れて慰霊碑を訪れるなど犠牲者に心を寄せ続けていて、8回目となった21日の訪問でも、
白菊の花束を手向けて深く一礼し、犠牲者の霊を慰められました。
そして、見送りに並んだ遺族の代表の女性に、
「残念なことでしたね。戦後、ずっと元気で過ごされましたか」などとことばをかけられました。
天皇陛下は先月、天皇として最後となった記者会見で、
「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安どしています」などと語り、
戦争の歴史や平和への思いをあらわされています。
両陛下はこのあと、神奈川県の葉山御用邸で静養に入り、
午後3時ごろには御用邸の裏にある「小磯の鼻」と呼ばれる海岸を散策されました。
そして、集まった人たちに歩み寄り、両陛下の結婚記念日の4月10日に入籍したという30歳の夫婦が、
生後7か月の息子の名前に平成の「成」の字を入れたと伝えると、
「健やかに成長されることを願っています」と話されたということです。
両陛下は今月25日まで葉山に滞在されることになっています。

遺族代表「心から感謝」
戦時中、民間の船員の立場で徴用された父親を9歳の時に亡くした後藤美津子さん(86)は
遺族の代表として天皇皇后両陛下を出迎えました。
後藤さんは「皇后さまから『ご苦労なさいましたね』とことばをかけていただき、
『戦後は苦労しましたが、今は元気にしています』と申し上げました。
天皇陛下の退位前のお忙しい中、両陛下に来ていただき、
心を寄せていただいたことに、心から感謝申し上げます」と話していました。

節目ごとに追悼式に出席たびたび慰霊碑も訪問
天皇皇后両陛下は先の大戦で激しい地上戦が行われ、苦難の歴史を歩んだ沖縄などと同じように、
戦争の犠牲になった民間の船員にも心を寄せ続けられてきました。
先の大戦では、数多くの民間の商船や漁船が軍に徴用されて、
軍事物資などの輸送や敵の監視にあたりましたが、攻撃を受けてほぼ壊滅し、
6万人を超える船員が犠牲になりました。
犠牲者のおよそ3割が20歳未満の少年だったとされています。
両陛下は昭和46年、「戦没船員の碑」が建てられたことを記念して行われた第1回の追悼式に出席し、
激しい雨の降る中、犠牲者を悼まれました。その後も、節目ごとに追悼式に出席するとともに、
葉山御用邸での静養に合わせて、たびたび慰霊碑を訪ねられてきました。
戦後70年を迎えた平成27年の記者会見で、天皇陛下は犠牲となった民間の船員について触れ、
「制空権がなく、輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも、
輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います」と述べられました。
両陛下は、亡くなった船員たちを歌にもされていて、天皇陛下は、平成4年に慰霊碑を訪問した時のことを、
「戦日(いくさび)に逝(ゆ)きし船人(ふなびと)を悼む碑の彼方に見ゆる海平(たい)らけし」と詠まれました。
また、皇后さまは昭和46年に雨の中で追悼式に臨んだことを、
「かく濡れて遺族らと祈る更(さら)にさらにひたぬれて君ら逝(ゆ)き給ひ(たまい)しか」と詠まれました。
船員らの慰霊碑のそばには、両陛下が詠まれた短歌の碑が建てられています。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190121/k10011785501000.html

両陛下、御用邸裏の海岸もご散策 住民らとの交流お楽しみに
2019.1.21 19:03
戦没船員の碑を訪れた天皇、皇后両陛下は、静養のため
25日まで滞在する葉山御用邸(神奈川県葉山町)に入られた。
「小磯の鼻」と呼ばれる近くの海岸を寄り添って散策し、富士山などの景観を堪能された。
昨年末に風邪の症状が見られ、新年も宮中行事で多忙な日々を送った天皇陛下は、
報道陣から体調を気遣う声をかけられると、「大丈夫だと思いますよ」と笑顔で応じられた。
御用邸に戻る道すがら、地元住民らとの交流も楽しまれた両陛下。
同県藤沢市の新久田(あらくた)泰史さん(30)が昨年6月に生まれた長男に
「平成」から一文字取って名付けたことを話すと、
皇后さまは「健やかに成長することを願っています」と語りかけられた。
https://www.sankei.com/life/news/190121/lif1901210040-n1.html

政府が3月11日に東日本大震災8年追悼式 東京・国立劇場で
2019.1.22 12:53
政府は22日の閣議で、東日本大震災から8年となる3月11日、
東京都千代田区の国立劇場で追悼式を開くと決定した。
天皇、皇后両陛下は出席せず、秋篠宮ご夫妻や安倍晋三首相、閣僚らが参加。
地震が起きた午後2時46分に全員で黙祷(もくとう)する。
https://www.sankei.com/politics/news/190122/plt1901220011-n1.html

秋篠宮ご夫妻 新潟市を訪問 開港150年式典に出席のため
2019年1月22日 18時14分
秋篠宮ご夫妻は、23日開かれる新潟港開港150年の記念式典に出席するため新潟市を訪れ、
22日は、地元の中学校などを視察されました。
秋篠宮ご夫妻は、22日午後、新潟市を訪れ、ラムサール条約に登録されている新潟市西区の湿地、
「佐潟」の環境保全の取り組みを視察されました。
ご夫妻は、はじめに地元の赤塚中学校で中学2年生の授業をご覧になりました。
生徒たちが湿地の環境を保つための清掃活動などについて説明すると、ご夫妻は静かに耳を傾けられていました。
秋篠宮さまは「水鳥には何を餌にあげているのですか」などと質問し、
「これからも頑張ってください」と生徒たちに声をかけられたということです。
授業で発表した高橋美咲紀さんは「秋篠宮さまは優しい雰囲気で、うなずきながら聞いてもらえてうれしかったです。
佐潟を守る活動の大切さを再認識する場になりました」と話していました。
ご夫妻は、このあと、学校の近くにある環境省の施設、「佐潟水鳥・湿地センター」を視察されました。
秋篠宮ご夫妻は23日、新潟港開港150年の記念式典に出席したあと東京に戻られる予定です。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190122/k10011786911000.html

皇太子さま、最後の講義=研究生活振り返る−学習院女子大
2019年01月23日17時34分
皇太子さまは23日午後、東京都新宿区の学習院女子大で、
「史料と向き合う−40年の研究生活を振り返って−」と題し、学生を相手に講義を行われた。
皇太子さまは同大で、2003年からほぼ年1回のペースで講義を続け、今回で14回目。
冒頭、「今回でこの講義も最後になると思います」と述べた上で、
大学時代以降続けてきた水運史や古文書に関する自身の研究内容や、
史料を読み込む重要性について約1時間20分にわたり説明した。
講義の終わりには、「赤毛のアン」の主人公の「曲がり角を曲がった先に何があるかは分からない。
でもきっと一番良いものに違いない」という言葉を引用。
「皆さんも希望を持って学生生活やその後の人生を歩んでいただきたいと思います」とエールを送った。
講義は国際文化交流学部の学生と同大大学院生の計133人が聴講した。(2019/01/23-17:34)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019012301052&g=soc

秋篠宮ご夫妻、新潟開港150周年式典にご臨席
2019.1.23 12:56
新潟開港150周年を記念する式典が23日、新潟市中央区の朱鷺(とき)メッセで行われた。
式典には秋篠宮ご夫妻が出席された。
式典には国内や海外の関係者ら約560人が出席。
秋篠宮さまは、これまで新潟港が歩んできた歴史を振り返り
「開港150年が一つの契機となり、今後ともわが国の経済発展や
国際交流における重要な役割を果たしていくことを心から願っております」と話された。
また、同市の中原八一市長は「開港150周年を契機に、新たなまちづくりにつなげていきたい」と述べた。
花角英世知事は「新潟の豊かな自然や多様な地域資源、食文化を国の内外に発信する絶好の機会だ」と強調した。
https://www.sankei.com/life/news/190123/lif1901230025-n1.html

百合子さまがインフルで入院
大事をとり、1週間予定
2019/1/24 15:51
宮内庁は24日、三笠宮妃百合子さま(95)がインフルエンザA型と診断されたため、
東京都中央区の聖路加国際病院に入院されたと発表した。
宮内庁によると、症状は重くなく、入院は大事をとったもので、期間は1週間程度を予定している。
百合子さまは、22日ごろから37度台の熱が続いていた。
24日午前に同病院でインフルエンザと診断され、そのまま入院した。
昨年11月、インフルエンザの予防接種も受けていたという。
今年1月2日の新年の一般参賀に出席して以降、百合子さまの公務はなかった。
入院期間中に予定されている公務もない。
https://this.kiji.is/461040813535675489?c=39546741839462401

紀子さま キルト展示会の開会式に出席
日テレNEWS24  2019/1/24 18:36
23日、新潟県の公務から帰京した秋篠宮妃紀子さまは、24日午前、東京ドームで開かれた、
日本最大級のキルトの展示会の開会式に出席された。
長女の眞子さまとの婚約が延期となっている小室圭さんが、
22日に母親の金銭トラブルの経緯について文書を公表したことで、連日報道が続いているが、
紀子さまは、いつもと変わらない笑顔で公務にあたられていた。
開会式の後、紀子さまは展示会を鑑賞し、着物の生地で作った作品の制作者に、
「どのようなところが自分の着物ですか」などと質問しながら熱心に説明を聞き、
「濃い色が少しずつ入っていていいですね」と感想を述べられたという。
http://www.news24.jp/articles/2019/01/24/07415150.html

両陛下「ともに歩まれた60年」写真展ご鑑賞
2019.1.26 20:00
天皇、皇后両陛下は26日、東京都中央区の日本橋三越本店を訪れ、
両陛下の足跡をたどる写真展「天皇皇后両陛下 ともに歩まれた60年」を鑑賞された。
会場には、ご成婚前の写真から、被災地お見舞いや戦没者慰霊をはじめとする公務、
ご家族とのプライベートな場面など135点を展示。
天皇陛下は皇后さまに「これはいつの」と質問しながらご鑑賞。
お子さま方の子供時代の写真を見た皇后さまは「まあ、小さい」と述べられていた。
https://www.sankei.com/life/news/190126/lif1901260028-n1.html

陛下、国会開会式でお言葉 健康診断日程ずらし最後のご臨席
2019.1.28 14:28
天皇陛下は28日、4月末の譲位を控え、最後の機会となる見通しの国会開会式に臨席された。
議長席後方に設けられた椅子に座り、衆院議長の式辞を聞いた後、椅子から立ち上がり、
時折、議場を見やりながらゆっくりした口調でお言葉を読み上げられた。
陛下は国事行為として国会の召集詔書を公布しており、国会開会式への臨席はこれに関連するご公務。
前立腺がん手術を終えた直後だったため、
皇太子さまがお言葉を代読された平成15年1月以外は毎回、足を運ばれてきた。
国会開会式への臨席の際、陛下は通常は使わない皇居正門(二重橋)からご出発。
全国戦没者追悼式など限られた公務のみに使われるトヨタ・センチュリーロイヤルの
「御料車(ごりょうしゃ)」で国会へ向かわれる。
28日は当初は終日、定例の健康診断の日程が組まれていたが、一部検査を前倒しして国会ご臨席を優先させた。
「重要行事との認識のもと、大切にされてきた公務の一つ」(宮内庁幹部)だ。
国会での陛下のお言葉の骨格は昭和天皇時代と大きく変わらない。
ただ、元年2月、天皇として最初に臨んだ国会では
「幾多の苦難を乗り越え、国民の英知とたゆまない努力により、国民生活の安定と繁栄を実現し、
平和国家として国際社会に名誉ある地位を占めるに至りました」との一文を加えられた。
阪神大震災直後の7年1月には「速やかな救済と復興は現下の急務」と指摘されている。
国会開会式でのお言葉をめぐっては21年、民主党政権下の岡田克也外相(当時)が
「陛下の思いが少しは入ったお言葉がいただけるような工夫を」
「ある意味で官僚的対応」などと注文を付けたこともある。
宮内庁関係者は「政治的中立を踏まえながら、場にふさわしいお言葉を常に吟味されてきた」と話している。
https://www.sankei.com/life/news/190128/lif1901280030-n1.html

高円宮妃久子さま、2月に英国へ ケンブリッジ大に
2019/1/29 16:54
宮内庁は29日、高円宮妃久子さまが、2月13〜18日、英国を訪問されると発表した。
滞在中、卒業したケンブリッジ大ガートン・カレッジの創立150年を記念した講演に臨む。
現地時間の13日に英国入りした久子さまは、エリザベス女王の三男エドワード王子夫妻と懇談。
講演が行われる15日には、同カレッジの名誉研究員の称号が授与される。
久子さまは高円宮と結婚する前の1972〜75年、同カレッジで考古学などを学んだ。
https://this.kiji.is/462888475656029281?c=39546741839462401

天皇陛下、カタール首長と会見…環境問題話題に
2019年01月30日 21時06分
天皇陛下は30日、皇居・御所で中東カタールのタミム首長と会見された。
宮内庁によると、会見は約20分間。
タミム首長は、同じく首長を務めた父、祖父と親交があった陛下に、敬意を払っている様子だったという。
環境問題が話題になり、首長が商業発展と環境保護の両立が難しいと語ると、
陛下は「東京もかつては空気が汚染されていましたが、近年はだいぶきれいになりました。
環境は努力によって変えていくことができると実感しています」と述べられた。
首長はその後、都内のホテルで、皇太子さまとも会見した。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190130-OYT1T50119.html

「平成」経緯の記録、公開は2044年 内閣府、手続きなく延期

「平成」経緯の記録、公開は2044年 内閣府、手続きなく延期
毎日新聞2019年1月21日 06時00分(最終更新 1月21日 08時09分)

1989年1月に元号を「平成」に改めた経緯の記録を、政府から国立公文書館へ移管する時期が、
公文書管理法で定める「1〜30年」を大幅に上回り、
約55年後の2044年3月末となっていることが毎日新聞の情報公開請求で明らかになった。
同法は「作成、取得」から1〜30年後の移管か、理由と期間を首相に報告して延長手続きを取ることを求める。
だが文書を保存する内閣府総務課は「元号事務が13年に当課に移った際、
移管資料を新たに取得した」とし、14年4月1日が起算日だと説明した。【野口武則】

公文書館に移管された文書は原則公開される。移管前は開示請求などを受け、政府機関が個別に判断する。
毎日新聞は、「平成」の選定過程に関する文書を開示請求。内閣府は官房長名の文書で「不開示」と回答した。
理由として「将来の元号考案者に不必要な予断を与え、元号選定事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」や、
「個人を識別でき、考案者がどのような案を考案したかなどが詮索され」ることなどをあげた。
文書には「平成」の考案者が記されているとみられるが、
この見解が変わらない限り、公開は公文書館への移管後の44年以降となる。

こうした運用に関し、内閣府公文書管理委員会の委員長代理を務めたこともある三宅弘弁護士は
「明らかに脱法的だ」と指摘。「『作成』は行政官が自分の権限で作ったもの。
『取得』は第三者から新たに得たものを指す。
政府内でたらい回しすれば公文書館への移管が遅れ、法の趣旨に反する」と述べた。

総務課の担当者は毎日新聞の取材に「元号事務が内閣官房副長官補室(89年当時は内閣官房内政審議室)から
内閣府総務課に移り、文書を新たに取得した」と説明した。
一方、内閣府公文書管理課は取材に文書で回答。総務課の手続きは「承知していない」としつつ、
「行政機関内の所管課変更をもって保存期間を設定し直すことは、原則、想定されない」とした。

公文書管理法は09年6月に成立し11年4月施行。「歴史的資料」として重要な公文書を公文書館に移管する。
役所側が公開制限を求める意見も付けられるが、その是非は公文書館長が判断する。
89年1月作成の文書は、本来は19年に移管対象となる。

「大正」「昭和」への改元の経緯は、公文書館が詳細な記録を保管し、
91年度から01年度までに順次公開されている。

NPO法人「情報公開クリアリングハウス」の三木由希子理事長の話 
「公文書の管理に関するガイドライン」では、組織改編に伴う文書の移管は「取得」ではなく、
「引き継ぎ」に該当するとしている。当初の所管課の保存期間で引き継がなければおかしい。
こういう処置を容認すれば、保存期間が必要以上に延びてしまう。

公文書管理法のポイント
・文書を作成、取得した時は「保存期間」を設定。重要な文書は「1〜30年間」
・保存期間満了時、歴史資料として重要な文書は国立公文書館に移管。廃棄の場合は首相の同意を得る
・職務で必要なら保存期間を延長。首相に期間と理由を報告
・公文書館に移管後の文書は、個人情報や国の安全に関する情報などを除き原則として公開
(施行令、ガイドラインの内容も含む)
https://mainichi.jp/articles/20190121/k00/00m/010/009000c



「平成」への改元文書 保存起算日を遅らせいまだ非公開
2019年1月21日 20時17分
平成の代替わりの際の手続きなどを記した行政文書について、
内閣府が、文書保存の起算日を元号が改められた当時ではなく、
内閣官房から内閣府に所管が移ったあとの2014年としていることが分かり、
菅官房長官は経緯を確認するよう事務方に指示しました。
元号を「昭和」から「平成」に改めた際の手続きなどを記した行政文書について、
元号を所管する内閣府総務課が、文書を保存する起算日を元号が改められた当時ではなく、
2014年として保存していることが分かりました。
行政文書は保存期間が原則として「1年から30年」と定められていて、
元号が改められた当時を起算日としていれば、
この文書はことしから国立公文書館に移管して、公開される可能性がありました。
担当者は、起算日を2014年とした理由について「元号に関する行政事務の所管が内閣官房から内閣府に移り、
分散していた文書をファイルとしてまとめた時点を起算日としたもので、問題はない」と説明しています。
これについて菅官房長官は記者会見で
「個別の文書や行政ファイルを作成した時点の状況をよく確認するように事務方に指示した」と述べ、
起算日を2014年とした経緯などを確認するよう指示したことを明らかにしました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190121/k10011785771000.html

昭和天皇の直筆原稿見つかる

昭和天皇の直筆原稿見つかる まとまった状態で初めて
2019年1月1日04時58分
昭和天皇が晩年、御製(ぎょせい、和歌)を推敲(すいこう)する際に使ったとみられる原稿が見つかった。
近しい人が保管していた。直筆を知る歌人も本人の字だと認めた。
「宮内庁」の文字が入った罫紙(けいし)29枚、裏表57ページ。
鉛筆でつづられた歌が少なくとも252首確認できる。欄外に注釈や書き込みもある。
まとまった状態で直筆の文書が公になるのは初めて。専門家は「人柄を深くしのぶ一級の史料」としている。
保管者は匿名を希望しており、今後、研究機関など適切な場所に原稿の管理を委ねることを検討している。
朝日新聞は保管者らへの取材を重ね、1月7日で昭和天皇逝去から30年となる節目を前に、
昭和天皇の歌を研究する所功(ところいさお)・京都産業大名誉教授(日本法制文化史)に協力を求め、
共同で確認、分析した。
昭和天皇の歌の晩年の相談役で直筆を見たことのある歌人の岡野弘彦さんに筆跡と内容を、
昭和史に詳しい作家・半藤一利さんにも内容を確認、評価してもらった。
その結果、筆跡、文体、内容から29枚はすべて昭和天皇によるもので、
1985(昭和60)年ごろから病に伏す88年秋までに書かれたとの判断で一致した。
所さんの調査によると、昭和天皇の歌は宮内庁侍従職編の歌集「おほうなばら」や、
宮内庁の「昭和天皇実録」に計870首が掲載されている。
今回の原稿には、それらに掲載済みの歌の推敲段階とみられるものが41首、未掲載のものが211首含まれていた。
題材は、戦争や家族、地方訪問など多岐にわたる。

あゝ悲し戰の後思ひつゝしきにいのりをさゝげたるなり

これは昭和天皇の最後の公式行事となった88年8月15日の全国戦没者追悼式に寄せた歌で、
約310万人の国民が亡くなった先の大戦への思いが「あゝ悲し」と表現されている。
86年4月29日の85歳の誕生日にあった在位60年記念式典の際はこう詠んだ。

國民の祝ひをうけてうれしきもふりかへりみればはづかしきかな

大元帥として開戦や敗戦を宣明した昭和天皇。
60歳の時に「われかへりみて恥多きかな」、70歳では「かへりみればただおもはゆく」と歌に詠んでおり、
通底する思いがうかがえる。
原稿の欄外には「この義式は國の行事なれどこれでよきや」と記されていた。
「筆者は本人以外あり得ないだろう」
〈所功・京都産業大名誉教授の話〉
これまで側近の日記などは公表されてきたが、ご本人の直筆の原稿が公になるのは初めてで驚きだ。
まとまった状態で大切に保存されていたことは素晴らしい。筆跡は昭和天皇の署名と矛盾なく、
「きさきは皇后のこと」などの表現、記述の内容からも、筆者は本人以外あり得ないだろう。
私の知る保管者と昭和天皇の関係からも疑いようがない。
推敲段階の和歌には平和や国民、家族への深い思いが率直につづられ、人柄が改めてしのばれる。
几帳面に旧字体を使い、武骨につづられた文字にも人柄がにじみでている。
在位60年記念式典の「はづかしき」という1首からは、
国家国民のために尽くす自らの役割を自問自答しておられることが推察される。
1929年に張作霖爆殺事件を巡って田中義一首相を叱責(しっせき)し辞任に追い込んだ事件から、
立憲君主として自らの言動を律した昭和天皇は、
戦後、その抑制的な態度が「戦争を止められなかった」と批判されることになる。
還暦、古希の時の歌と合わせて考えると、国民のために務めを果たせてきたのか、
生涯にわたり深い内省の中にあったことが伝わってきて胸に迫る。
https://www.asahi.com/articles/ASLDZ538RLDZUTIL00Q.html

人柄にじむその直筆 昭和天皇、激動の半生は歌と共に
2019年1月1日06時59分
平和を願う心、旅の思い出、親しい人との別れ――。昭和天皇が晩年つづった和歌の原稿に、
激動の半生への述懐や、日々の思いが残されていた。
余白をも埋める肉筆に几帳面(きちょうめん)な人柄もにじむ。歴史研究の資料として貴重だと、専門家は指摘する。

いつのまによそぢあまりもたちにけるこのしきまでに(のうちに)やすらけき世みず

190101.jpg
1988年の終戦の日に寄せた歌=迫和義撮影

1988(昭和63)年8月15日の終戦の日に寄せ、昭和天皇はこんな歌を残していた。
所功・京都産業大名誉教授は「戦後40年余りたっても、世界では争いが絶えない状況をはかなんだ歌ではないか。
昭和天皇にとって日本と世界の平和はつながっていたように思える」とみる。
陸軍大将として日露戦争を戦い、後に学習院長を務めた乃木希典(のぎまれすけ)とのエピソードを詠んだ歌もある。
(以降有料記事)
https://www.asahi.com/articles/ASLDZ53F7LDZUTIL00R.html

「陛下の字ですね」作歌の相談役が語る逝去直前の出来事
2019年1月1日07時01分
昭和天皇が晩年、御製(ぎょせい、和歌)を推敲(すいこう)する際に使ったとみられる原稿が見つかった。
宮内庁御用掛として昭和天皇の作歌の相談役を務めた歌人、岡野弘彦さん(94)は、
今回見つかった原稿を「陛下の字ですね」と語り、昭和天皇が「生涯歌と共にあった」と振り返った。
昭和天皇は未発表のものも含めると生涯で1万首はお作りになったと思う。
ご日常の出来事をこまごまと歌に詠まれ、生涯、歌と共にあった。
作風は簡明で天皇たる独特の格調があり、今の日本人の心にも響く。
私は昭和天皇の直筆を見たことがある。お隠れ(逝去)になる数カ月前、88年秋のこと。
徳川義寛・元侍従長がやってきて、昭和天皇が終戦の際の感想として詠まれた
「爆撃にたふれゆく民の上をおもひいくさとめけり身はいかならむとも」を、
病床で7〜8通りに推敲(すいこう)した紙を持ってきた。
「この歌の表現を心ゆくまで整えておきたい」とのことで、
今回見つかった宮内庁の罫紙(けいし)のような紙に、直筆で記されていた。
 その中の「身はいかになるともいくさとどめけりただたふれゆく民をおもひて」
が「一番よろしいと思います」と言うと、
徳川さんは「お上(天皇のこと)もこれで安心なさいます」とほっとして帰られた。
今回の原稿も陛下の字ですね。見覚えのある歌もある。一つの事柄にいく通りもの歌を詠んだり、
丁寧な注釈があることからも、一つひとつの歌を丹念につくられた跡がうかがえて、
歌が本当にお好きだったことがわかる。
ご生前は発表するものが選抜されたが、今となっては全てが貴重な作品。
昭和史の核であった方の気持ちが表現されており、誰でも読めるように整理して発表してほしい。
     ◇
〈おかの・ひろひこ〉 94歳。歌人。
宮内庁御用掛(1983〜2007)として昭和天皇や天皇家の和歌の相談役を担った。
https://www.asahi.com/articles/ASLD0562SLD0UTIL00K.html

昭和天皇の和歌直筆草稿
250首、大半が未公表
象徴や戦争への思い吐露
昭和天皇が晩年、和歌を推敲する際に使ったとみられる草稿が見つかった。
大半が未公表の歌だ。保管者から託された朝日新聞社が1日、一部を報道陣に公開した。
昭和天皇の和歌の相談役で、直筆を見たこともある歌人岡野弘彦さんは
「昭和天皇自身が書かれたもので間違いない。見覚えのある歌もある。
推敲を何度も重ねた丁寧さがにじみ出ている」と指摘した。
他の専門家も「歌の背景となった昭和天皇の思いが見て取れる。戦争や象徴への思いの一端が伝わる
貴重な史料だ」と評価している。
朝日新聞によると、草稿には、1985〜88年に詠んだ和歌が、宮内庁の罫紙29枚に表裏で57ページ分書かれている。
鉛筆で縦書きされ、題材は戦争や地方訪問など多岐にわたる。
保管していたのは昭和天皇に近い人物で匿名を希望。
分析に当たった京都産業大の所功名誉教授(日本法制文化史)によると、草稿には約250首あり、
うち約200首は未公表だった。
86年4月に催された在位60年式典の際にはこう詠んだ。
 國民の祝ひをうけてうれしきも ふりかえみればはづかしきかな
所氏は「自らを顧み『象徴としても役割を果たせているのか』との謙虚さが伝わる」と話した。
昭和天皇は戦争責任を巡り、後半生まで苦悩していたことは侍従だった故小林忍の日記で明らかになっている。
草稿を解析した歴史家の半藤一利氏はこうした事情を踏まえ「自らの来し方に悔いを感じてこられ、
それを『はづかしき』と表現したように思う」と指摘した。
最後の出席となった88年8月15日の全国戦没者追悼式に寄せた歌も、戦争に触れている。
 あゝ悲し戰の後思ひつゝ しきにいのりをさゝげたるなり
大元帥として開戦と終戦に臨んだ昭和天皇の最晩年の悲哀がにじんでいる。
87年8月に亡くなった岸信介元首相をはじめ、側近だった侍従の死去を受けて詠んだ歌もあり、
記述は余白にまで及ぶ。所氏は「昭和天皇の誠実さと細やかさが伝わってくる」としている。
昭和天皇は生涯、約1万首の和歌を詠んだとされる。所氏によると、昭和天皇時代を記録し
刊行されている「昭和天皇実録」や、歌集「おほうなばら」には計870首が掲載されている。
(和歌の表記は原文のまま)
河北新報2019年1月3日

2018年12月

愛子さま17歳に、海外研修など経験 「由莉」の世話も
島康彦2018年12月1日00時00分
皇太子ご夫妻の長女愛子さまが1日、17歳の誕生日を迎えた。現在、学習院女子高等科2年生。
宮内庁によると、夏に英国での海外研修に参加し、秋には文化祭で仲間とダンスに出場。
奈良や京都への修学旅行で文化遺産を熱心に見学するなど、充実した学校生活を送っている。
学業のほかにも、5月に皇居の養蚕の作業場を訪れて皇后さまから説明を受けたり、
10月に映画のチャリティー試写会にご夫妻と出席したり、様々な経験を重ねている。
犬の「由莉(ゆり)」や猫の「みー」「セブン」の世話をし、
学校からの帰宅後や休日には宮内庁職員とソフトボールやバレーボールを楽しむこともあるという。
1日はお住まいの東宮御所で宮内庁長官らのあいさつを受け、
夕方には天皇、皇后両陛下にあいさつするため皇居・御所を訪れる。(島康彦)
https://www.asahi.com/articles/ASLCZ431VLCZUTIL01H.html

愛子さま17歳 皇室の伝統・歴史学ばれる機会も
2018.12.1 00:00
皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまは1日、17歳の誕生日を迎えられた。
この1年には、皇后さまから皇室に伝わるご養蚕の説明を初めてお受けに。
学習院女子高等科2年の修学旅行では、皇室にゆかりの深い神社仏閣を見学するなど、
来春の代替わりを前に、天皇家の伝統や歴史に触れる機会を持たれている。
皇太子ご夫妻とともに、皇居内の紅葉山御養蚕所を訪問されたのは5月13日。
新皇后としてご養蚕作業を引き継ぐ皇太子妃雅子さまが、
皇后さまから養蚕にまつわる儀式や作業について説明を受けられる場に同席された。
https://www.sankei.com/life/news/181201/lif1812010006-n1.html

皇太子さま、山岳会会合に
2018年12月01日17時14分
皇太子さまは1日午後、東京都内のホテルで開かれた日本山岳会の年次記念講演会に出席し、
60年前に世界で初めてパキスタン・カラコルム山脈の高峰チョゴリザの登頂に成功した
京都大学学士山岳会の平井一正さん(87)らの講演に、熱心に耳を傾けられた。
皇太子さまはこの後、同日17歳の誕生日を迎えた愛子さまの関連行事に出席するため、
いつもは参加する夕食会には出ず、会場を後にした。(2018/12/01-17:14)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018120100250&g=ryl

愛子さま、17歳の誕生日 両陛下にごあいさつ
2018.12.1 18:30
皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまは1日夕、
天皇、皇后両陛下に17歳の誕生日を迎えたあいさつをするため、皇居・御所を訪問された。
ご夫妻は同行されなかった。
愛子さまは半蔵門を車で入る際、「おめでとうございます」と声を掛けられると、
会釈をしながら笑顔で「ありがとうございます」と応じられた。
これに先立ち、お住まいの東宮御所では、宮内庁長官や職員からの祝賀をご夫妻とともに受けられた。
https://www.sankei.com/life/news/181201/lif1812010051-n1.html

秋篠宮さま発言で宮内庁謝罪 「ご叱責」と受け止め
カテゴリ:国内2018年12月3日 月曜 午後7:10
宮内庁は、秋篠宮さまからの「叱責(しっせき)」と受け止め、謝罪した。
秋篠宮さまが、誕生日にあたっての記者会見で、天皇の代替わりにともない行われる
「大嘗祭(だいじょうさい)」への国費支出について疑問を呈されたことに対し、
宮内庁の西村次長は、3日の定例記者会見で、
「宮内庁としての考えを十分ご理解いただけなかったことは、大変申し訳ない」、
「宮内庁に対するご叱責と受け止めている」と謝罪した。
一方、皇太子ご一家と秋篠宮ご一家は3日午後、天皇皇后両陛下のお住まいの御所へと向かわれた。
新年に公開予定の写真や映像を撮影するためで、ご一家そろっての撮影は、平成最後となる。
https://www.fnn.jp/posts/00406866CX

【国立医療研究センター】創立150周年で記念式典‐兵隊仮病院から歴史振り返る
2018年12月5日 (水)
国立国際医療研究センター(NCGM)は3日、秋篠宮殿下の出席を得て、都内で創立150周年記念式典を開催した。
記念式典には秋篠宮殿下が出席し、おことばを述べたほか、根本匠厚生労働相や横倉義武日本医師会会長、
山本信夫日本薬剤師会会長などの来賓から祝辞があった。
NCGMの前身である東京陸軍病院の軍医を努めた文豪・森鴎外の功績を記念した銅像の除幕も行われた。
式典の冒頭、NCGMの國土典宏理事長があいさつし、1868年に設立された兵隊仮病院としてのスタートから、
国立研究開発法人として感染症や免疫疾患などの研究や
高度な医療を提供する現在に至るまでの取り組みを振り返った上で、
「今後も国家戦略に基づく研究開発法人としての使命を果たしていく。皆様への感謝の気持ちを伝えると共に、
さらに親しまれるセンターとなるよう努力することを誓う」と述べた。
https://www.yakuji.co.jp/entry68902.html

眞子さま、案内役に…「新浜鴨場」の外交団接待
2018年12月07日 13時25分
秋篠宮家の長女眞子さま(27)は7日、宮内庁が駐日大使ら外交団を
「新浜鴨場」(千葉県市川市)に招いた接待で案内役を務められた。
鴨場での外交団の接待は「埼玉鴨場」(埼玉県越谷市)と合わせて年に5回行われており、
眞子さまが案内役を務められるのは昨年12月以来。
スペインなどの大使が参加し、眞子さまはカモを放ち、飛び立つ様子を見つめられた。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20181207-OYT1T50049.html

【雅子さま55歳】活動の幅広げられ
2018.12.9 00:01
9日に55歳の誕生日を迎えた皇太子妃雅子さまはこの1年、
療養前以来の公務を果たすなど着実に活動の幅を広げられた。
新皇后となるのを控え、専門家から子供の貧困など関心事の話を聞かれる機会も増加。
公務が自信につながっている現状を東宮職医師団は「望ましい」と評価した。
11月9日に催された平成最後の秋の園遊会。雅子さまは負担が大きいとされる和服姿で、
療養前以来15年ぶりに全行程に参加された。
前を歩かれる天皇、皇后両陛下、皇太子さまとの距離が開くのを気にせず、
招待者一人一人に丁寧に声をかけられていた。
9月下旬、昨年の豪雨被災地見舞いのため1泊2日で福岡県を訪れ、
帰京翌日に東京都内で国際交流イベントにご臨席。
泊まりがけの地方訪問の後に外出されての公務が続いたのは「療養に入ってから初のケース」(東宮職)だった。
15年ぶりの臨席だった5月16日の全国赤十字大会では、
皇后さまが雅子さまを出席者に紹介するように並んで一礼される場面があり、
雅子さまは誕生日の感想の文書で「温かいお心遣い」と謝意を示された。
東宮職医師団は「さまざまな行事に意欲的に取り組まれた」と指摘。
一方、園遊会での負担を考慮し、直前の山形県訪問を控えられたこともあり、
「依然としてご体調には波がある。大きい行事の後や行事が続いた場合、
疲れがしばらく残り、ご体調が優れないこともある」(同医師団)。
来春以降、代替わりの儀式が続くことを見据え、同医師団は
「無理をせず、周囲の理解と支援を受けながら、治療を続けていただくことが大切」と強調した。

子供、環境…「次世代」への思いも
「健全な形で将来の世代に引き継いでいくために、私たちが何をすべきなのか」−。
雅子さまはご感想の中で、子供の貧困や難民、地球温暖化、環境問題などを
「国際社会が一致して取り組む必要のある課題」として例示し、次世代への思いもつづられた。
雅子さまは国内では貧困や虐待、国外では内戦や紛争を挙げ、社会的弱者に及ぼす影響をご憂慮。
全ての人が安心して暮らせる社会の実現のため「それぞれが真剣に考えていくことが必要な時代」とつづられた。
また、東京五輪・パラリンピックなどが
「日本と世界の交流や相互理解が深められていく機会」となることも願われた。
この1年は関係省庁幹部から環境や子供をめぐる問題について講義を受ける「ご進講」も増やされ、
前年(7回)から14回に倍増。ご夫妻で熱心に耳を傾けられた。
皇太子さまもライフワークとする「水」問題から派生した同様のテーマに言及されることが多く、
新天皇、皇后の活動の軸の一つとなりそうだ。
https://www.sankei.com/life/news/181209/lif1812090011-n1.html

雅子さま55歳「国民の幸せのために力尽くす」
2018年12月09日
皇太子妃雅子さまは9日、55歳の誕生日を迎え、文書で感想を発表された。
新皇后となる来年5月以降、皇太子さまの力になり、国民の幸せのために力を尽くせるよう、
「研鑽けんさんを積みながら努めてまいりたい」と決意をつづられた。
天皇、皇后両陛下が国民に尽くされてきたことに敬意を示し、
ご自身を「広いお心で導き、お見守り下さった」と謝意も伝えられた。
引き続き、体調の快復かいふくに努められるという。
来年即位関連行事が続くことについて、東宮職医師団は同日、
「無理をされず、治療を続けていただくことが大切」と見解を発表した。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181208-OYT1T50128.html

皇太子妃殿下お誕生日に際し(平成30年)
http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/24

皇太子妃殿下のお誕生日に際しての東宮職医師団見解
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/kohyo/d-kenkai-h301209.html

皇太子さまがビオラご演奏 学習院定期演奏会 55歳誕生日の雅子さま、愛子さまもご鑑賞
2018.12.9 15:26
太子さまは9日午後、東京・目白の学習院創立百周年記念会館で開かれた
学習院OB管弦楽団の定期演奏会に出演し、ビオラを演奏された。
この日、55歳の誕生日を迎えた皇太子妃雅子さまは2階席で、
長女の敬宮(としのみや)愛子さまは1階の客席で友人と並んでそれぞれ鑑賞し、演奏が終わると拍手を送られた。
皇太子さまは、夏と冬にある定期演奏会に毎回のように出演しており、
この日もオーケストラの一員としてメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲ホ短調を真剣な表情で演奏された。
宮内庁東宮職によると、皇太子さまは今回の演奏会のため、11月から練習に励まれていたという。
https://www.sankei.com/life/news/181209/lif1812090040-n1.html

秋篠宮ご夫妻、タイへ出発
2018年12月12日11時13分
秋篠宮ご夫妻は12日午前、タイで名誉博士号授与式などに出席するため、
東京・羽田空港からバンコクに向け出発された。
秋篠宮さまは13日、同国東北部にあるマハーサーラカーム大から生物学の名誉博士号を授与されるほか、
14日には中北部のピッサヌロークも訪問。
紀子さまは両日ともバンコクで第11回母子手帳国際会議に参加し、ご夫妻とも15日に帰国する。
(2018/12/12-11:13)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018121200290&g=soc

宮内庁で職員文化祭美術展=両陛下、皇族方の作品も
2018年12月13日10時27分
宮内庁で13日、職員や関係者の作品を展示する恒例の職員組合文化祭美術展が始まり、
天皇、皇后両陛下や皇族方も書や写真などを出品された。一般には非公開で、15日まで開催される。
会場には両陛下直筆の和歌をはじめ、皇室からの出品計24点が展示された。
カメラが趣味の皇太子さまは、東宮御所や地方で撮影した写真6点をご夫妻で出品した。

第61回宮内庁職員組合文化祭美術展に出品された天皇陛下の作品
=13日、宮内庁(代表撮影)
20181213at17_p.jpg

第61回宮内庁職員組合文化祭美術展に出品された秋篠宮家の長男悠仁さまの作品
=13日、宮内庁(代表撮影)
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長女愛子さま(17)も、短期留学先の英国で撮影した思い出の写真を「イートンの夏」と題して出品。
秋篠宮家の長男悠仁さま(12)は、赤坂御用地内で観察したトンボを粘土細工で再現した。
(2018/12/13-10:27)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018121300208&g=soc

天皇皇后両陛下や皇族方の作品を展示 宮内庁で美術展
2018年12月13日11時26分
皇居内にある宮内庁で13日、「宮内庁職員組合文化祭美術展」(一般は非公開。15日まで)が始まった。
天皇、皇后両陛下の歌や皇族方の作品が特別出品された。
13日午前には秋篠宮家の長女眞子さま、長男悠仁さまが鑑賞に訪れた。
皇太子ご夫妻の長女愛子さまは、今夏に参加した英国研修の際に撮影した写真を出品。
皇太子さまが留学したオックスフォード大学などをカメラに収めた。
悠仁さまはお住まいの赤坂御用地で観察したトンボを紙粘土や針金などを使って作製した。
図鑑を参考にしたといい、今にも動き出しそうなリアルな出来栄えが注目を集めていた。
美術展は毎年この時期に開かれ、愛子さまが栃木・御料牧場のブタをモデルに作った
紙粘土の「ぶたちゃん」(2007年)、
悠仁さまが作製したほぼ実物大の「車両用電球信号灯の模型」(15年)などが話題になった。
https://www.asahi.com/articles/ASLDD42YWLDDUTIL018.html

秋篠宮さまに名誉博士号 タイの大学で授与式
社会
2018/12/13 17:46
【バンコク=榎本行浩】タイを訪問中の秋篠宮さまは13日、東北部のマハサラカム大を訪れ、
生物学の名誉博士号授与式に出席された。
タイでの長年にわたる淡水魚や家禽(かきん)に関する研究が評価されたことに
「私一人にではなく、両国の多くの方々の尽力を顕彰し、
両国間の親密な関係を祈念する気持ちから(の授与)だと思います」とスピーチされた。
秋篠宮さまがタイの大学から名誉学位を授与されるのは11回目。この日は養蚕やキノコの研究施設も視察された。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO38899950T11C18A2CR8000/

秋篠宮さま ナマズ研究でタイの大学から名誉博士号
2018年12月13日 17時39分皇室
秋篠宮さまは、13日、タイの国立大学でナマズなどの研究に関する名誉博士号を受けられました。
秋篠宮さまは、12日からタイを訪れていて、13日は、
東北部にある国立大学、マハーサーラカーム大学を訪問されました。
秋篠宮さまは、メコン川流域のナマズなどに関する研究が評価され、
大学から生物学の名誉博士号を贈られることになり、授与式に出席して学位記などを受け取られました。
そして、大学の関係者を前に感謝の気持ちをあらわしたうえで、
今回の授与について「協力して下さった多くの方々の尽力を顕彰し、
今後とも両国間の親密な関係を祈念するとのお気持ちからであろうことに
思いをいたしています」とあいさつされました。
また、同じ時期にタイを訪れている秋篠宮妃の紀子さまは、
13日、首都バンコクで開かれた母子手帳の普及や役割について話し合う国際会議の開会式に、
日本の「母子愛育会」の総裁として出席されました。
この中で、紀子さまは長女の眞子さまの母子手帳を紹介し、
英語で「母と子が、世界のどのような場所に住もうと、どんな状況のもとにあろうと、
適切な継続的ケアを可能にするうえで、母子手帳にはとても重要な役割があると思います」とスピーチされました。
秋篠宮さまと紀子さまは、15日帰国されます。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181213/k10011745961000.html

久子さま、日韓交流を表彰
2018年12月13日 / 18:51
高円宮妃久子さまは13日、東京・四谷にある在日韓国大使館の文化交流施設「韓国文化院」を訪れ、
名誉総裁を務める高円宮記念日韓交流基金の顕彰式典に出席された。
久子さまは「日本と韓国は、隣国として多くの価値観を共有する大切なパートナーです。
地道な草の根活動によって、日本と韓国の人々の出会いの場が広がり、
交流の絆がさらに強くなることを期待しています」とあいさつ。
交流事業に尽力した新潟県南魚沼市の中学校や韓国の民間団体などに高円宮賞が贈られた。
【共同通信】
https://jp.reuters.com/article/column-china-murky-moves-idJPKBN1OC0PL

秋篠宮さま、ニワトリ展に=民俗博物館も訪問−タイ
2018年12月14日18時00分
【ピッサヌローク(タイ北部)時事】タイを訪問中の秋篠宮さまは14日、
北部ピッサヌロークのナレスワン大学で開かれている「人とニワトリ展」を見学された。
家禽(かきん)類の研究をしている秋篠宮さまは、地元コンテストで入賞したニワトリや闘鶏の実演を視察。
大学職員の説明を受けながら、熱心にメモを取った。
これに先立ち、1989年にも訪れた地元の民俗博物館を見学。館員によると、魚のわなや牛車に興味を示したという。
案内したタウィー館長(86)は「ご訪問は言葉にできないほどうれしい」と涙ぐんだ。(2018/12/14-18:00)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018121400789&g=soc

移動“貸し切りしない” 皇太子さまが検討
皇太子さまが新天皇に即位後、国内移動の新幹線などの貸し切りをやめることも検討されていることが分かった。
来年、皇太子さまが新天皇に即位された後、国内移動の飛行機や新幹線は貸し切りとせず、
一般客を乗せることも検討されていることが関係者への取材で分かった。
これまで天皇皇后両陛下の移動では、警備上の理由などから新幹線は全車両を貸し切り、
飛行機は機体ごと貸し切りとなっていたが、費用がかかることを皇太子さまが気遣われているという。
http://www.news24.jp/articles/2018/12/15/07411851.html

秋篠宮ご夫妻タイからご帰国 名誉博士号授与式など終えられ
2018.12.15 12:40
秋篠宮ご夫妻は15日朝、私的に訪れていたタイから羽田着の民間機で帰国された。
12日からの滞在中、秋篠宮さまは、東北部のマハサラカム大からメコンオオナマズやニワトリの研究が認められ、
13日に名誉博士号の授与式に臨まれた。
14日は北部のナレスワン大で研究の一環としてニワトリの品評会を見学された。
紀子さまは、バンコクで母子手帳国際会議の開会式に出席したほか、
バンコクにある子供病院や、日本の児童書を所蔵する図書館を視察された。
http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/181215/lif18121512400014-n1.html

新天皇の移動、専用列車で=JRの要望踏まえ−宮内庁
2018年12月17日16時00分
宮内庁の西村泰彦次長は17日の定例会見で、代替わり後の新天皇、皇后両陛下の列車での移動方法について、
現在の両陛下と同様に借り上げの専用臨時列車を使う方針を明らかにした。
一般客と同じ列車にすると、負担が大きくなるとのJR側の要望を踏まえたという。
次長は、航空機での移動も現在の両陛下と同じ特別機になるとの見通しを示した。
一方、秋篠宮ご夫妻については、秋篠宮さまが皇位継承順位1位の「皇嗣」となった後も、
現在と同様に一般の旅客車が使われるという。(2018/12/17-16:00)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018121701334&g=ryl

天皇陛下、閣僚らと昼食会=皇居
天皇陛下は17日、安倍晋三首相や閣僚、副大臣らを皇居・宮殿に招き、昼食を共にされた。
年末の恒例行事で、皇太子さまも同席した。
安倍首相が招待へのお礼を述べると、陛下は「皆さんが国民のために日夜国務に
精励されてきたことを深く感謝しております」と話した。(2018/12/17-14:08)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018121701000&g=soc

新天皇、皇后は新幹線全車両貸し切りご利用
2018.12.17 16:59
宮内庁の西村泰彦次長は17日の定例会見で、
来年5月の即位後に新天皇、皇后が地方訪問で利用される新幹線について、
臨時専用列車を全車両貸し切りとすることを明らかにした。
現在の天皇、皇后両陛下と同じ対応で、西村氏は「一般の乗客への影響などJRと検討した結果」と述べた。
皇太子ご夫妻は現在、通常ダイヤの新幹線の一部車両を貸し切る形だが、
新天皇、皇后になるのに伴い、臨時列車を全車両貸し切りで使われる。
両陛下は上皇、上皇后となった後も、臨時列車を利用される。
航空機についても、新天皇、皇后、上皇、上皇后は現在の両陛下と同様、
全座席貸し切りの特別機とする方向で検討している。
一方、皇嗣、皇嗣妃となる秋篠宮ご夫妻は従来通り、新幹線、航空機ともに
随行の職員や警備関係者を含め、必要な座席分だけを確保して利用される方針。
https://www.sankei.com/life/news/181217/lif1812170034-n1.html

天皇陛下に風邪の症状
12/21(金) 21:10配信
宮内庁は、天皇陛下に風邪の症状があると発表しました。
2、3日前から喉に痛みがあり、咳(せき)もされていて、熱はないということです。
また、10月から咳などの症状が続き、「咳ぜんそく」と診断された皇后さまは、
いったん症状が落ち着いていましたが、今も日中に熱が出ているほか、
このところ、また咳が出始めてきているということです。
「咳ぜんそく」以外の可能性も考え、宮内庁病院で複数回にわたり検査を受けられていますが、
症状が長引いている原因は特定できていません。(21日18:31)
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20181221-00000068-jnn-soci

平成30年天皇誕生日

風邪の症状続く天皇陛下、儀式への出席取りやめ
2018年12月25日 11時10分
宮内庁は25日、風邪の症状が続く天皇陛下が
同日午前に皇居・宮中三殿で予定していた「大正天皇例祭の儀」への出席を取りやめられたと発表した。
この儀式は、大正天皇の命日に行われる宮中祭祀さいしで、
陛下の代わりに祭祀を担当する掌典次長が拝礼した。
同庁によると、陛下に発熱はないが、先週からせきや喉の不快感が続いている。
午後に予定されている閣議決定書類への署名や押印は行われるという。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20181225-OYT1T50069.html

両陛下、皇族方招き昼食会=皇居
天皇、皇后両陛下は27日、皇族方や元皇族、親族らを皇居・宮殿での昼食会に招き、
併せて年末のあいさつを受けられた。
皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と長女眞子さま、次女佳子さまら約30人が出席。
皇太子ご夫妻は半蔵門から皇居に入る際、集まった人々の歓声に笑顔で手を振って応えていた。
寛仁(ともひと)親王妃信子さまは風邪気味のため欠席した。(2018/12/27-15:09)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018122702454&g=soc

皇太子ご一家、六本木にお忍びでイルミネーションを
28日 18時43分
皇太子ご一家が、東京・六本木のけやき坂をお忍びで訪れ、
車の中からイルミネーションを見て楽しまれました。
観光客や買い物を楽しむ人で賑わうけやき坂は、
およそ70万ものLED電球で装飾されていて、青と白の幻想的な光に彩られています。
皇太子さまと雅子さま、愛子さまの3人を乗せた車は、
400メートルほどの並木道をゆっくりと進み、冬の風物詩を楽しまれました。
この後、ご一家は、都内にあるイルミネーションの名所を巡り、皇居のライトアップもご覧になる予定です。
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3561238.html

秋篠宮家の佳子さま24歳に 両陛下にあいさつ
2018年12月29日 11時52分 テレ朝news
秋篠宮ご夫妻の次女・佳子さまが29日、24歳の誕生日を迎えられました。
午前11時ごろ、佳子さまは天皇皇后両陛下に誕生日のあいさつをするため皇居に到着されました。
国際基督教大学4年の佳子さまは、今年6月まで約9カ月イギリス中部のリーズ大学に留学し、
心理学や舞台芸術などの勉強をされました。
帰国後は高校生のプログラミング能力を競う大会で英語であいさつをされたり、
手話パフォーマンスの開会式に出られたりするなど学業のかたわら、成年皇族として公的な行事にも出席されています。
秋篠宮さまは先月の記者会見で佳子さまの近況について卒業論文の作成に取り組み、
夜遅くまで作業をしている様子がうかがえると明かされていました。
http://news.livedoor.com/article/detail/15808462/

大正天皇は“暗愚”だったのか− 御製にあふれる鋭敏な知性

大正天皇は“暗愚”だったのか− 御製にあふれる鋭敏な知性
2018.12.1 07:00
大正天皇崩御
大正9年以降、長く療養中だった大正天皇の容体が急変したのは、15年12月8日である。
天皇は夜から食欲がまったくなくなり、鼻腔(びこう)から栄養補給をする状態となった。
裕仁皇太子と良子皇太子妃は11日、神奈川県の葉山御用邸に日帰りで大正天皇を見舞い、
13日からは泊まりがけで看病した。このとき、病床につきっきりだった貞明皇后から、
天皇の熱を冷ますため「おしぼり(をとってきて)」と言われた良子皇太子妃が、
緊張のあまり手袋をつけたままおしぼりを絞って天皇の額に当てたと伝えられる(※1)。
病状はその後、小康状態と重篤とを繰り返しながら推移し、25日の未明を迎えた。
午前1時12分《侍従詰所の非常鈴が鳴り、侍従・侍従武官一同は天皇の御前に伺候する。
同十五分御病勢ますます増進し、御危険に迫られる旨が発表される。午前一時二十五分、
天皇は心臓麻痺により遂に崩御される。宝算四十八歳、御在位十五年に渉らせられる。
(病床で看病していた)皇后は、侍医より御臨終の旨の言上をお聞きの後、直ちに綿棒に水を浸し、
天皇の御口元に奉り、皇太子・皇太子妃・宣仁親王・崇仁親王・昌子内親王・房子内親王・
允子(のぶこ)内親王・聰子(としこ)内親王及び女官一同がこれに続く》(昭和天皇実録13巻162頁)
大正天皇の生涯は、病気との闘いの連続だった。誕生後間もなく髄膜炎にかかり、
その後も百日咳、腸チフス、胸膜炎などに罹患(りかん)。青年期になって学習の後れを取り戻そうと、
東宮職員らが詰め込み式の帝王教育を急いだことも、大正天皇の心身に負担を強いたとされる。
貞明皇后と結婚してからは急速に健康を回復し、指南役である有栖川宮威仁(たけひと)親王とともに、
精力的に地方巡啓を重ねるなどした。思ったことをすぐに口にし、行動する性格だったため、
巡啓先の関係者らを慌てさせることもあったが、明治天皇とは異なる気さくな人柄として国民の人気は高かった。
明治40年10月には、皇太子として初めて韓国の地を踏み、
日韓併合前の悪化した反日感情を和らげようと努めている。
これを機に韓国皇太子との親交を深め、自らの意思でハングルを勉強するなどした(※2)。
健康状態が再び悪化したのは、即位後しばらくたってからだ。
何事も先帝のようにと求める山県有朋ら元老との折り合いが悪く、ストレスが増大。
大正5年ごろから言語障害も発症し、ついに政務をとることが出来なくなったのである。
大正天皇の病気が何だったのかは、現在でもはっきりしない。
侍医の一人はアルツハイマー病を疑い、あるいはパーキンソン病の一種と推測する近年の研究もある(※3)。
ところが大正10年11月、裕仁皇太子の摂政就任と同時に宮内省が発表した病状報告により、
国民の間にあらぬ憶測を呼んでしまう。「御脳力御衰退…」「諸脳力漸次御衰へ…」
「御意思の御表現甚(はなはだ)御困難」などと、大正天皇の「脳力」の低下を
ことさら強調する内容だったからだ(※4)。この発表後、大正天皇は暗愚だったとする誤解まで生まれ、
それは現在も続いている。
だが、実際の大正天皇は日常的に漢詩を詠むほど聡明だった。鋭敏な知性は、和歌にもあふれている。
たとえば大正10年の、「社頭暁」と題された1首−。

神まつる わが白妙の 袖の上に かつうすれ行く みあかしのかげ

この感性はどうだ。国家と国民の平安を祈る未明の祭祀で、
純白の御祭服に灯明の光(みあかしのかげ)が反射してゆらめき、
暁が近づくとともに薄れゆく情景が、痛いほど鋭利に詠まれている。
国民への深い愛情も、数多の和歌から読みとれよう。

われを待つ 民の心は ともし火の 数かぎりなき 光にもみゆ(大正3年)

日露戦争などの戦利品をみたときは、こう詠んだ。

武夫(もののふ)の いのちにかへし 品なれば うれしくもまた 悲しかりけり(明治時代)

人間性も豊かで、子煩悩だったことはすでに書いたとおりだ。

しばらくは 世のうきことも 忘れけり 幼き子らの 遊ぶさまみて(大正6年)

崩御の数日前から、病床で看病する裕仁皇太子の食事量は半分以下に減っていた。
その悲しみは、どれほどだっただろう。
だが、それを表に出すわけにはいかない。

崩御の日、裕仁皇太子は天皇となった−−。
(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)


(※1) 貞明皇后は「おしぼり」の一言で、緊張して何も出来ないでいた良子皇太子妃に
看病するきっかけをつくったとも、叱責したとも解釈されている
(※2) 大正天皇は即位後も韓国語の勉強を続けた
(※3) 杉下守弘著「大正天皇の御病気に関する文献的考察」(医学誌『認知神経科学』14巻1号収録)では、
大正天皇の病名を「大脳皮質基底核症候群」や「原発性進行性失語症」と推測している
(※4) 大正10年11月25日の東京朝日新聞夕刊に掲載された宮内省発表の「聖上陛下御容体書」は以下の通り
「天皇陛下に於かせられては禀賦御孱弱(ひんぷせんじゃく=生まれつき身体が弱いこと)に渉らせられ、
御降誕後三週日を出てさるに脳膜炎様の御疾患に罹(かか)らせられ、御幼年時代に重症の百日咳、
続いて腸チフス、胸膜炎等の御大患を御経過あらせられ、其の為め御心身の発達に於いて
幾分後れさせらるゝ所ありしが、御践祚(せんそ)以来内外の政務御多端に渉らせられ、
日夜御宸襟(しんきん)を悩ませられ給ひし為め、近年に至り遂に御脳力御衰退の徴候を拝するに至れり。
目下御身体の御模様に於ては引続き御変りあらせられず、御体量の如きも従前と大差あらせられざるも、
御記銘、御判断、御思考等の諸脳力漸次衰へさせられ、御思慮の環境も随(したがっ)て
陝隘(きょうあい)とならせらる。殊に御記憶力に至りては御衰退の兆最も著しく、
之に加ふるに御発語の御障碍(しょうがい)あらせらるる為め、
御意志の御表現甚(はなはだ)御困難に拝し奉るは洵(まこと)に恐懼に堪へざる所なり」
この発表には、摂政設置を国民に納得させる狙いもあったが、批判も多く、
大正天皇の侍従武官だった四竈(しかま)孝輔は日記に「嗚呼(ああ)、何たる発表ぞ。
昨日までは叡慮文武の聖上と其の御聖徳を頌(しょう)しつゝ、今日俄然此の発表あり。(中略)
今や統治の大権施行を摂政殿下に托し給ひ、専ら御静養あらせ給はんとする聖上陛下に対し、
何の必要ありてか此の発表を敢てしたる」とつづっている
なお、大正天皇が暗愚だったする風説の一つに、帝国議会の開院式で勅語を読み上げた後、
持っていた証書をクルクルと丸め、遠めがねのようにして議場を見回したとされる「遠眼鏡事件」があるが、
事実とする1次史料はなく、信憑性は低いとされる


【参考・引用文献】
○主婦の友社編「貞明皇后」
○宮内庁編「昭和天皇実録」13巻
○宮内省編「大正天皇実録」71巻
○原武史著「大正天皇」(朝日新聞出版)
○四竈孝輔記「侍従武官日記」(芙蓉書房)
○大正天皇御集刊行会編「大正天皇御集」
○岡野弘彦解説「おほみやびうた」(邑心文庫)
https://www.sankei.com/life/news/181201/lif1812010003-n1.html