佳子さまに暴言韓国人筆者

佳子さまに暴言韓国人筆者 世界の歴史家共通認識からズレる
2015.05.25 07:00

外国の王室・皇室に敬意を払うのは国際的な常識である。
王室への侮辱は、その国の国民全体への侮辱と受け止められる。
しかし、隣国ではそんな常識は通用しないようだ。
〈もし機会があれば、日本皇室の佳子姫を慰安婦にするしかない〉
そんな一文で佳子内親王を侮辱する信じがたい記事が
韓国のネットメディア『デイリージャーナル』に掲載された。
筆者はチョン・ジェハク。2005年に開設された同サイトの編集委員を務め、
月に10本ほどのコラムを執筆している。
佳子内親王に言及した問題のコラムのタイトルは「イルカ曰く、2020年の東京オリンピックはない!」。
今年4月に茨城県鉾田市の海岸でイルカ156頭が打ち上げられたことが大地震の発生を予言していると指摘し、
〈もうじき日本は国家を構成できないほど、小さくバラバラに分裂するだろう〉と
“日本沈没”の未来を描く。そこからチョン氏の筆鋒は慰安婦問題に飛躍する。
〈従軍慰安婦という人類歴史上、例を見ない非道を犯した日本は、
彼女たちのことを「戦時売春婦」と表現する。だが、これが単純に安倍首相の口から出たのではなく、
日本人全員の考えだと理解するしかない。
日本が過去の歴史に対する反省を十分に行なったので
これ以上の謝罪は必要ないと考える日本人が過半数を超えているためだ〉
この思考は世界の歴史研究者の共通認識からズレていると東京基督教大学教授の西岡力氏が指摘する。
「先日、欧米の日本研究者187人が安倍首相に対して
日本の過去の過ちを率直に認めるよう求める声明を出しましたが、
彼らも日本の認識と同じく慰安婦制度を『軍隊にまつわる売春』と表現しています。
つまり、慰安婦制度は金銭のやりとりのある売春行為であり、
軍が暴力を使って女性を連行したわけではないというのは国際的な共通認識になりつつあるのです。こ
の筆者が日本を批判するなら、欧米の日本研究者も批判しなくてはなりません」
記事はこう続く。
〈日本人はおおっぴらに鯨を捕食する人種だ。笑わせるが、
全世界の人たちが反対している捕鯨食を彼らは「海洋研究」と主張する。
まるで「従軍慰安婦」を「戦時売春婦」と表現するのと同じ理屈だ〉
※週刊ポスト2015年6月5日号
http://linkis.com/news-postseven.com/RXjO4

佳子さまICU関連雑誌記事

佳子さまの中退 秋篠宮ご夫妻が学習院の校風変わったと嘆く
NEWS ポストセブン 9月21日(日)7時6分配信
卒業まであと2年を残して学習院大学中退を決意し、国際基督教大学(ICU)など
他大学を受験すること発表した秋篠宮家次女・佳子さま。
佳子さまが願われたとはいえ、学習院を中退されるには、ご両親の理解も必要となるが、
もともと秋篠宮ご夫妻は、近年の学習院に不信感をお持ちだったようだ。
2010年4月、秋篠宮家・長男悠仁さまも学習院ではなく、お茶の水女子大学附属幼稚園に入園されている。
もちろん、当初は秋篠宮ご夫妻も学習院幼稚園を視野に入れていたという。
「学習院幼稚園は放任主義で、先生たちはあまり口を出さずに、園児たちの個性を尊重する教育方針です。
それ自体は決して悪くないのですが、一部の保護者からは、“初等科に行って、
ちゃんとルールを守ったりできるのか不安…”という声もあることも確かです」(学習院関係者)
そんな教育方針は長女・真子さま、次女・佳子さまを同幼稚園に通わせている紀子さまは当然、ご存じだった。
「お茶の水を選ばれた表向きの理由は、美智子さまが黒田清子さん(当時紀宮さま、45才)にされた“3年保育”です。
学習院は2年保育のため、“悠仁さまが早く社会生活に慣れるようにしたい”ということで
3年保育のお茶の水に入園されたわけですが、
実際は学習院幼稚園の方針に不安を感じられていたんだと思いますよ」(秋篠宮家関係者)
また、当時、秋篠宮家の「学習院拒否」の背景として囁かれたのが学習院内で起こっていた不祥事だった。
2007年5月、あるクラスで男子児童ふたりが些細なことから言い争いとなり、
その際ひとりの児童が顔に傷を負うという傷害事件が起きた。
2007年9月には初等科男性教諭によるセクハラ事件が報じられた。その教諭はお気に入りの女子児童を
“お姫様抱っこ”して記念撮影するなど、約8年にわたってセクハラ行為を繰り返していた。
さまざまなことを鑑みて、お茶の水を選ばれた秋篠宮ご夫妻。
「とはいえ、これまでの皇室の慣例をお考えになって、
紀子さまも当初は小学校からは学習院という考えもお捨てになっていなかったそうです。
しかし、あの騒動が起こって…。本当に不信感でいっぱいになってしまわれたみたいなんです」(秋篠宮家関係者)
2010年3月、当時、初等科2年生だった愛子さまの“いじめ”問題が起こる。
そして、その後の初等科の対応が秋篠宮ご夫妻の心を変えていってしまう。
いじめ問題後、約1年9か月にわたる雅子さまの同伴登校に始まり、
山中湖校外学習への同行と“特別扱い”を学習院側が認めていった。
この姿勢にOB・OGである秋篠宮ご夫妻は首をかしげざるを得なかったという。
「秋篠宮さまは初等科時代、とてもやんちゃで、朝礼の場所から教室に帰る際、
歩かなければならないのに走ったりして、先生が全校生徒に聞こえるような大きな声で
“礼宮さま! 列に戻って!”と注意されたこともありました。
また佳子さまも体操着を忘れたときに“ご自分が忘れたのだから仕方がないでしょう”と厳しく指導されたそうです。
皇族と一般の子供との分け隔てをしない校風を秋篠宮ご夫妻は良しとされていました」(秋篠宮家関係者)
しかし、愛子さまに対する指導はとても甘く、雅子さまにも気を使いすぎていた。
「授業中に愛子さまがおしゃべりしていても、叱られるのは周りの子供だったこともあったそうです。
そういったことは紀子さまの耳にも伝わっていたようで、
秋篠宮ご夫妻は“校風がまったく変わってしまった”なんて嘆かれていました」(秋篠宮家関係者)
※女性セブン2014年10月2日号
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140921-00000010-pseven-soci


佳子さま 学習院大学中退の一因は初等科科長の方針も影響か
2014.09.23 07:00
元々学習院は「皇室御用達」の学校であったが、秋篠宮家では、眞子さまが国際基督教大学(ICU)に進学され、
悠仁さまが御茶ノ水女子大附属小学校に進学された。
そして、この度宮内庁は佳子さまの学習院大学中退と来年のICU受験を発表した。
校風が変わり、愛子さまに対する指導は甘く、雅子さまにも気を使い過ぎるようになっていたとの声も出ていた学習院。
特に秋篠宮ご夫妻は当時の初等科の三浦芳雄科長(校長)の方針に疑問をお感じになられていたという。
愛子さまが入学された2009年4月に科長に就任した三浦科長。このとき、皇太子さまと雅子さまは
「皇族として特別扱いすることなく、他の児童と分け隔てなく教育してほしい」というのが強い要望だった。
しかし、三浦科長は真逆の行動を見せる。
「三浦科長は愛子さまが入学された直後の父母会で“みなさん、ご存じのように今春から愛子さまが、
本学にご入学なさっています。父母のみなさんにお願いしたいのは、学校内で写真を撮ったりなさらないように”
といった旨の大演説をしました。これには多くの保護者から不満の声があがりました」(前出・学習院関係者)
また児童たちにも愛子さまのクラスに近づくなといった指導も行ったという。
いじめ問題が起こると、その“特別扱い”は度を増していく。
「雅子さまの同伴登校が始まると、三浦科長は教頭をともなって、
おふたりが登校される30分ほど前から正門のところで待機して、
おふたりをお出迎えしていました。これには保護者から
“目に余る特別扱いだ”などと大ブーイングが起こりました」(前出・学習院関係者)
結局、そんな特別扱いが影響したのか、雅子さまの同伴登校は1年9か月にも及んだ。
「初等科内の混乱が長期化したことで秋篠宮ご夫妻は三浦科長の指導力に疑問を持たれたみたいですよ。
そして悠仁さまを任せることはできないと学習院初等科ではなく、
お茶の水に決められたそうです」(前出・秋篠宮家関係者)
秋篠宮家と学習院…かくも深き確執を生むこととなった教育現場の“暴走”。
その三浦科長は今年3月、愛子さまの初等科ご卒業を見届けると、その職を離れている。
そして、新天地となったのが、秋篠宮ご夫妻、そして佳子さまにとっては寝耳に水の場所だった。
「三浦科長は今年4月から佳子さまが通われていた教育学科の教授に就任したんです。
算数や学級経営論などの授業を担当する教授になったので、佳子さまを指導する立場になりました。
昨年、三浦科長は、皇族の学習院離れに歯止めをかけるために、
これまでOB・OGでも受け入れてこなかった教育実習に教育学科で学ばれていた佳子さまを招くといった
“特別扱い”プランを考えていると報じられたこともあった。
しかし、秋篠宮ご夫妻としては、学習院のやり方に不信感がおありなわけですから、困惑しきりだったと思います。
この仰天人事も、佳子さま中退の一因になっているのではないでしょうか」(前出・秋篠宮家関係者)
※女性セブン2014年9月18号
http://www.news-postseven.com/archives/20140923_277655.html


大学中退の佳子さま 優秀家庭教師の猛烈英語レッスン受講中
2014.09.30 07:00
「かわいい〜」──9月14日、「子ども虐待防止世界会議 名古屋2014」という
真面目な世界会議の会場でこだましたのは、ため息まじりの感嘆だった。
8月末に学習院大学を“電撃中退”したばかり秋篠宮家の次女・佳子内親王(19)。
受験先のひとつとして名前の挙がる国際基督教大学(ICU)対策のため猛勉強の毎日だというのだから、
僥倖というほかない。今回も、ほぼ1か月ぶりの公務での姿だった。
「優秀な家庭教師について毎日何時間も英語の勉強をされ、外出するのは公務くらいです」(宮内庁担当記者)
愛くるしくも、目標に向かって努力を惜しまない芯の強さも併せ持つ若きプリンセス。
潔く聡明で大人の美しさを増すその姿に、ますますファンが増えてきそうだ。
※週刊ポスト2014年10月10日
http://www.news-postseven.com/archives/20140930_278878.html


佳子さま退学はなぜこのタイミング? ICUへの思いが募った理由
(更新 2014/9/25 07:00)
アイドル的な人気の秋篠宮家の次女、佳子さま(19)が学習院大学を退学した。
姉の眞子さま(22)が今春卒業した国際基督教大学(ICU)を受験するためというが、
2年生の前期を終えたタイミングでの決断に、キャンパス内でもネット上でもさまざまな臆測が飛び交う。
取材から浮かび上がった美しきプリンセスの心中とは――。
幼いころから慣れ親しんだ学習院から旅立つ決断をした佳子さま。
女性のキャリア形成を研究する昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員の治部(じぶ)れんげさんは、
「企業側から学生を見た時、評価したいのは学歴や語学力などよりも自立した人であるかどうか。
親元を離れて一人暮らしをしたことがあったり、年の離れた弟妹の面倒を見たり、
誰かに守られていないところでの努力です」
と話す。今後、佳子さまが新たに経験することが、将来に大いに生かされることは間違いなさそうだ。
「やはり姉の眞子さまの存在が大きかったのではないか」(社会部記者)
再受験先は、眞子さまが卒業したばかりのICUだ。
昨夏、米マサチューセッツ州のハーバード大教員の家で1カ月のホームステイを経験し、
海外で視野を広げた佳子さま。姉の眞子さまが美術、文化財研究を学ばれた国際色豊かなICUに視線が向いたのは、
自然の流れだったのかもしれない。早い段階でやりたいことをやりたいと思ったとしても不思議ではない。
眞子さまも受験した同大のAO入試が、高校卒業後2年以内でなければ出願できず、
9月5日が出願締め切りということが、このタイミングでの退学につながったとみられる。
さて、眞子さまに続き、佳子さまも迎え入れる可能性が高まっているICU。
同大出身のコラムニスト、朝井麻由美さん(28)は、
「ICUには、多様な個性を認め合う風土があります。日本の学校は『出る杭は打たれる』のが一般的。
私も高校までは周囲に合わせて我慢して生きてきたから、堂々と自己主張できる環境は、とても解放感があった。
皇室という特殊な環境で育たれてきたけれど、特別扱いされることなく、
一学生として充実した学生生活が送れると思います」
眞子さまも、学食でご友人とカレーを食べるなど、すっかり溶け込んでいたという。
佳子さまは、普段から仲が良い眞子さまから、そんなICUの魅力を聞いたこともあっただろう。
将来を見据えるとともに、「より自分らしくいられる場所」を目指すことになった佳子さま。
ICUのAO入試は書類選考と面接。合格発表は、10月24日だ。
※週刊朝日  2014年10月3日号より抜粋
http://dot.asahi.com/wa/2014092400076.html

佳子さま、初の宮中晩餐会

2015.6.3 20:42更新
佳子さま、初の宮中晩餐会にご出席
国賓として来日したフィリピンのアキノ大統領を招き、
天皇、皇后両陛下が主催される宮中晩餐(ばんさん)会が3日夜、皇居・宮殿で開かれた。
皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻をはじめ皇族方が陪席し、
昨年12月に成年皇族となった秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さまも初めて出席された。
佳子さまはレースをあしらったピンクのロングドレスにパールのネックレスとイヤリング、
左腕にはブレスレットをつけられた。
寛仁親王妃信子さまとフィリピンのプリシマ財務相の間の席に座り、フランス料理を楽しみながら歓談された。
佳子さまは今年4月に国際基督教大(ICU)に改めて入学された。
宮内庁によると、学業を中心とした生活を送りながら、成年皇族としての活動も務められていくという。
姉の眞子さまは平成23年10月に成人を迎え、
同年11月にはブータン国王夫妻の宮中晩餐会に初めて出席されている。
http://www.sankei.com/life/news/150603/lif1506030049-n1.html

フィリピンのアキノ大統領を招いた宮中晩餐会で歓談される秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さま
 =3日午後7時54分、皇居・宮殿「豊明殿」(松本健吾撮影)
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フィリピン大統領来日 佳子さまも晩餐会に初出席(06/04 05:57)
フィリピンのアキノ大統領が国賓として来日し、宮中晩餐会(ばんさんかい)が開かれました。
秋篠宮ご夫妻の次女・佳子さまが初めて出席されています。
晩餐会は3日、皇居宮殿で催され、両国の関係者約150人が出席しました。
天皇陛下:「先の大戦においては、多くの貴国民の命が失われました。
戦後70年を迎える本年、当時の犠牲者へ深く哀悼の意を表します」
晩餐会では、1983年に暗殺された大統領の父が夫人に捧げた詩もメロディーを付けて演奏されました。
去年12月に成年皇族となった佳子さまも初めて出席し、晩餐会に先立って、陛下が大統領に
「このなかで一番若い皇族です」と紹介すると、佳子さまも、はにかんで応えられたということです。
病気療養中の雅子さまも出席しましたが、途中にいったん別の部屋で休み、
再び戻って皇太子さまとともに大統領にお別れのあいさつをされました。
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000051833.html


佳子さま、宮中晩餐会に初出席 髪をアップしドレス姿
島康彦、伊藤和也
2015年6月4日00時37分
秋篠宮家の次女佳子さま(20)が初めて宮中晩餐会(ばんさんかい)に出席した。
3日夜に皇居・宮殿で開かれたフィリピン大統領歓迎の晩餐会で佳子さまの席は、天皇、皇后両陛下と同じ列だった。
右隣はフィリピンのセサール・プリシマ財務大臣、左側には故・寛仁さまの妻・信子さまが座った。
佳子さまはピンクのドレス姿。髪をアップし、真珠のネックレスとイヤリングを身につけていた。
天皇陛下や大統領のあいさつの後、出席者とともにグラスを手にして乾杯した。
食事後に場所を移して行われた「後席」では、佳子さまはフィリピン側の出席者に話しかけられ、笑顔で懇談していた。
http://www.asahi.com/articles/ASH6364SLH63UTIL04M.html



ミヤネ屋
(森浩一記者)
食後の場として別の「春秋の間」というところで、招待客皆さんがそちらに移られて。
これは「後席(こうせき)」と呼ばれる場なのですけれども、そこも私達は取材をすることができます。
その「後席」で、佳子さまは。最初は紀子さまが中心に英語でおそらくお話になっていて。
佳子さまもお母さまの様子を見ながら、ときどき笑ったりという感じで。
お母さまのペースでお話になっている感じだったのですね。
しかし、紀子さまがその場を離れ、佳子さまとフィリピンのお客様が1対1になると。
我々が見ていると、通訳も付けずに、ずっとおそらく英語でお話になっていて、
時々ものすごく弾けんばかりの笑顔で笑われたり、
あるいは真剣な表情で聞かれたりと、本当に英語を使ってコミュニケーションをなさって、
国際親善なさっているんだなぁ、というふうに感じました。

〜お母さまの娘に対する気遣いに対し、お父さまは〜

お父様の秋篠宮さまは、ちょっと(佳子さまと)離れたところで別の方とお話になっていたのですけれども、
様子を伺うように、遠くからそっとご覧になっていて、親子の情愛というものを私達も感じさせていただく、
秋篠宮家の次女佳子さま(20)が初めて出席して注目された宮中晩餐会。
最上級の「おもてなし」である宮中晩餐会とはどのようなものなのでしょうか?
料理は正統派のフレンチ。食材には皇室専用の御料牧場産の最上級品が使われ、宮内庁楽部による演奏も。
そこには、まさに「おもてなし」の極地ともいえる時間が流れてていました。



週刊文春2015年6月18日号
「この中で一番若い皇族です」
天皇にそう紹介されると、秋篠宮家の次女・佳子さま(20)は、
国賓のアキノ大統領に向かい、照れたように微笑まれた。
六月三日、晴れて“宮中晩餐会デビュー”をされた佳子さまは、
皇居・宮殿に会した日本・フィリピンの両国の要人あわせて百四十九人の中で最も注目を集めていた。
報道陣にも公開された“本席”会場の「豊明殿」では、宮中晩餐の定番であるフレンチのコースが振る舞われた。
まずはモエ・エ・シャンドン社の「ドン・ペリニヨン1998」で乾杯。
「佳子さまは飲み物がこぼれないように両手でグラスを持って乾杯をしておられました。
公式儀礼では乾杯の際は右手だけでグラスを持つものなのですが、
よほど緊張されていたのでしょうね」(皇室ジャーナリスト)
そんな娘を父・秋篠宮も気にかけていらしたようだ。出席者の一人が話す。
「本席の後、自由に歓談を楽しむ“後席”が『春秋の間』で設けられるのです。
そこで秋篠宮殿下に佳子さまの晩餐会デビューについてお祝いを申し上げたところ、
『まだ若いから心配です』と仰っていました。
でも佳子さまは最後のほうになると一人でフィリピンの方たちと英語でお話をされていましたよ」
別の出席者の証言。
「(本席で)佳子さまのお隣はフィリピンの財務大臣でしたが、
いろいろとお話をなさっている様子を非常に好ましく拝見しました。
私も後席でお話をさせていただきました。
フィリピンについてのお勉強はまだこれからでいらっしゃるようでしたけれど(笑)」
この初々しさに花を添えたのが、佳子さまがお召しになったパステルピンクのイブニングドレスだ。
光沢のあるシルクサテン風の生地を使用した足元が隠れるほどのロングドレスで、
上半身の部分のみ花柄の繊細なレースが重ねられている。
襟ぐりと袖は「スカラップ」と呼ばれる波形のカットで統一されている。
皇室のファッションに詳しいジャーナリストの堀江瑠璃子氏が解説する。
「プリンセスラインと呼ばれるドレスですね。バスト、ウエスト、ヒップと体の線に沿った作りになっています。
例えば、雅子さまがお召しになっているドレスは、ウエストで切り替えになっていて、
下がギャザーになっていますが、それとは明らかに違います。
まだお若い佳子さまのスタイルの良さを引き立てるデザインですね。
オーソドックスながらも佳子さまらしいチョイスだと思います」
同時に目を引いたのが、バッグだという。
「金のラメ生地を使った円形のカクテルバッグです。
晩餐会などのフォーマルな席に持つカクテルバッグは四角が基本で、円形というのは非常に珍しい。
最近の佳子さまはタンクトップやスキニージーンズを着用されるなど、
皇族らしからぬファッションで話題を集めていらっしゃいますが、
このバッグにこそ佳子さまらしいこだわりが詰まっていると思いました」(同前)
この三日後には山口県下関市で初めてお一人での地方公務もこなされた佳子さま。
成年皇族としてまた一歩成長なさったことだろう。

佳子さま、慣例とらわれぬ皇族像

withnews
2015年1月20日
佳子さま、慣例とらわれぬ皇族像 「理想の男性像」も明言
昨年12月に20歳の誕生日を迎え、成年皇族として精力的に公務をこなす秋篠宮家の次女、佳子さま。
学習院大を中退して国際基督教大(ICU)を受験した時の報道内容に言及したり、
理想の男性像を明かしたりするなど、従来の女性皇族像にとらわれない、新しいプリンセス像を生み出しています。
(朝日新聞社会部 宮内庁担当・島康彦、中田絢子)

一般参賀にお忍び、ボディーチェックも
新年を祝う一般参賀が開かれた1月2日。皇居・宮殿のベランダに佳子さまが立っていました。
桃花色のロングドレスを身にまとい、笑顔で手をふる表情は初々しさにあふれんばかり。
成年皇族として初めての出席でしたが、実はちょうど1年前にも、佳子さまはこの場に姿を見せていました。
2014年1月2日。人波の中に佳子さまの姿がありました。
翌年に宮殿のベランダに立つことが決まっていましたから、
一般の人たちの列に加わることで参賀行事がどういうものか知っておこうという「下見」だったのでしょう。
姉の眞子さまも、19歳の時に参賀会場を訪れています。
その日の佳子さまは、グレーっぽいダウンジャケットに細身のデニム姿。
マスクを着けているため、周囲から気付かれることはありませんでしたが、
一般の人たちと同様に、荷物検査やボディーチェックまで受けていました。

「迷惑かけ申し訳ない」 報道に苦言
昨年12月15日には、お住まいの宮邸で、誕生日に先だって初めての記者会見に臨みました。
その中で、学習院大を中退して受験し、4月から進学するICUについて、自ら発言する場面がありました。
新たな学校生活への抱負などを語った後、
「この質問に関連して申し上げたいことがございます」と切り出しました。
「私がICUに合格する前から、ICUを受験するという内容の報道がされていました。
この報道を宮内庁が発表したものと勘違いされている方が多いようですが、
宮内庁から私がICUを受験するという内容の発表はしておりません」
「合格するかどうか分からない中でこのような報道があったことで様々な誤解があったと思いますし、
ICUの方々にもご迷惑をかけたのではないかと思い、申し訳なく思っております」
この受験に向けて懸命に勉強していたからでしょうか。先走った報道にきっぱりと苦言を呈していました。

「理想の男性像」聞かれ、はっきり回答
また、理想の男性像について聞かれると、「一緒にいて落ち着ける方がいいと思っております」と
はっきり答えました。
ちなみに、眞子さまは20歳を迎えるにあたっての会見で、
同様の質問に「理想の男性像に関しましては確たるものはございません」と答えています。
http://withnews.jp/article/f0150120001qq000000000000000G0010401qq000011409A


学習院中退の批判を封じて見せた秋篠宮家「佳子さま」の計算
清楚で愛らしい容姿が人気の秋篠宮家の次女・佳子内親王殿下。
遂に、二十歳を迎え、新年の一般参賀に初めてお出ましになる。
***
皇室担当記者が説明する。
「二十歳のお誕生日である12月29日、佳子さまはミキモトのティアラやローブデコルテなどで正装して
両陛下へご挨拶されます。そして1月2日の新年一般参賀では遂に“お手ふりデビュー”されます」
今後更なる旋風を巻き起こしそうな佳子さまだが、実は、学習院を中退して
4月から国際基督教大学(ICU)に通われることについて、一部で“批判”も囁かれていた。
「2年間の学費を捨てて、入学金を改めて払うことになるわけですからね」
と語るのは、元宮内庁職員の皇室ジャーナリスト、山下晋司氏である。
「たしかに、内親王殿下の学費も元は税金です。
ただ、間違えてはいけないのは、それは宮廷費ではなく皇族費からの支出であるということ。
“御手元金”という、各宮家につきいくらと決まっている枠から捻出するのです。
つまり、秋篠宮家の家計内の話であって、決して国民の負担が増えるわけではないのです」
■終業式はセーフでも
でも一方、さる皇室ウォッチャーはこう指摘する。
「佳子さまが入学された学習院大文学部教育学科は、佳子さま入学と同時に創設された学科。
学習院は否定していますが、佳子さまのために作ったことは明白。
そんな学習院の努力もご忖度いただきたい、との声がある」
だが、これについても、
「学習院は元々学部が少ない。それゆえ、高円宮承子さまが学習院女子を中退してエディンバラ大、
早稲田大へ、妹の絢子さまは城西国際大へ、佳子さまの姉・眞子さまがICU進学、と
皇族の“学習院離れ”を招いたのです。旧態依然として学科新設を怠ってきた学習院の方が悪い」(先の記者)
学習院に同情の声が寄せられないのには、あの問題も影を落としていた。
「愛子さまの不規則登校ですね。1学期はテスト期間中に2日休み、終業式も欠席。
2学期は終業式こそ遅刻寸前の滑り込みセーフでしたが、テストは2日お休みされました。
その後、お友達と東京ドームの遊園地に遊びに行かれていますから、ご体調不良とも思えない。
かつての学習院は皇族にも厳しい教育を施していたのに、
今は愛子さまを優遇し、指導に手をこまねいている有様です」(同)
はからずも、愛子さまのお振舞いのおかげで、佳子さまが自由に進路を選ばれているというわけだ。
「14年の一般参賀で佳子さまは、訪問者と同じ場所からご様子をお勉強されていました。
学習院中退後もブラブラしているのではなく、成人後の公務の準備をされています」
と語るのは文化学園大学客員教授の渡辺みどり氏。
「ご家族の幸せな肖像を国民に示すのも、皇族の大切なお仕事。
仲の良さそうな秋篠宮ご夫妻の前に、振袖姿の眞子さま、佳子さま、真ん中には悠仁さま
そんな睦まじいお写真を見て、誰が“税金の無駄遣い”と言うでしょうか」
ご一家の露出が益々増える……そんな予感の未(ひつじ)年。
※「週刊新潮」2015年1月1・8日新年特大号 掲載
http://www.gruri.jp/article/2015/01020800/

愛子内親王中等科学校生活4

初等科から中1までは女性担任
愛子さま“急成長”のきっかけは学習院中「男性担任」の指導力
2016年06月15日(水) 11時00分
〈週刊女性2016年6月28日号〉
最近は、公私ともに充実されている愛子さま。
その「契機」となったのは、学校の先生の“変化”もあるようだ――。
現在、学習院女子中等科3年の愛子さまは、学習院初等科2年生の後半に
一部の乱暴な児童に「不安感」をもたれたとして不登校ぎみに。
愛子さまが「いじめ」を受けたと波紋を呼んだ。その後、雅子さま(52)が愛子さまに付き添う日々が続き、
泊まりがけの校外学習にも同行され、問題視されたことも。
中学に進学された後も1年生の初夏のころから、愛子さまのご登校は不規則になり、
定期試験も休むなど、学校生活への適応が問題視されました」(皇室ジャーナリスト)
一時はそんな状況だった愛子さまが、ここまで成長されたのは、学校での“変化”も見逃せない。
「初等科、中1と愛子さまの主管(担任)の先生は女性でしたが、中2と中3は男性が担当になりました。そ
れが、ご成長のきっかけになったかもしれません」
そう明かすのは、ある学習院関係者。
愛子さまが初等科のときの担任は、雅子さまのご意向で、
ベテランの国語の女性教師が担当することになったと言われている。
この先生が6年間、主管を続け、中学進学後は両陛下の長女・黒田清子さん(47)と
学習院時代に同級だった古典の女性教師が務めていたという。
「結局、初等科時代に愛子さまに不登校の問題が起こり、中等科進学後も不規則登校になりました。
そこで、皇太子ご夫妻か学習院に方針変更があったのか、男性教師を主管にすることになったのだと思います」(同)
2年生のときの担任は、50代くらいのベテランの社会科教師。
現在は40代くらいの体育教師でテニス部の顧問を務め、ふたりとも生徒から慕われる存在だという。
「一般論として、いじめや不登校の問題を抱えていたときは、
それを優しく受け止め話を聞くことができる女性教師が適格でした。
しかし、中学後半から高校にかけては、将来への導きや助言が必要になってくる時期なので、
大きな視野で指導ができる先生が必要です」
と解説するのは、子どもの教育に詳しい東京成徳大学名誉教授の深谷昌志さん。
「特に体育教師は、大らかで開放的な性格の人も多いので、
愛子さまが特別な存在であることを強く意識することなく、アドバイザー的な存在になれると思います」(深谷さん)
女子校の男性教師は人気があり、ときめいてしまう生徒もいるようだが、
そんな“乙女心”を愛子さまがもたれることもあるのだろうか。
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/28363


愛子さま 上履きのかかとにハートと「Friend」の文字
2016.07.01 07:00
6月23日の朝8時20分、紺色の傘を差された愛子さまは小走りで校門をくぐられた。
それからおよそ20分後、皇太子ご夫妻を乗せた車が校内へ。
愛子さまが通われる学習院女子中等科の授業参観日だった。
「その日は終日保護者が出入りすることができる『授業参観デー』。
都合に合わせて参観できると父母に評判で、
皇太子ご夫妻は夕方4時前にお帰りになるまで丸一日いらっしゃいました」(学習院関係者)
4月に中学3年生になられた愛子さま。学習院女子高等科では授業参観が設けられていないため、
両殿下が愛子さまの教室でのお姿をご覧になるのはこれが最後となった。
「1時間目は技術家庭、2時間目の英語は読解や文法中心の授業でした。3〜4時間目は音楽。
お昼を挟んで体育と続き、6時間目はネイティブスピーカーの先生が担当する会話や
コミュニケーション英語の授業でした。
愛子さまの席は黒板に向かって左側の最前列。その席で真剣に授業に取り組まれる愛子さまのお姿を、
雅子さまはしっかりと目に焼き付けられているようでした」(前出・学習院関係者)
6月20、21日に岩手訪問を終えられたばかりの雅子さまだったが、お疲れのご様子はなかった。
「これまでですと、お出ましの直後にご体調が優れないことも多くありました。
ですが今回は最後の授業参観ということに加え、愛子さまはご夫妻の岩手訪問中、
家庭教師とマンツーマンで英会話の特訓をなさっていたと聞きます。
雅子さまは、その成果を見届けたいとお思いだったのでしょう」(宮内庁関係者)
初等科時代の「いじめ問題」、中等科での「不規則登校」と愛子さまのご登校不安が囁かれたのは今や過去の話。
最近は、お友達と充実した毎日を送られている。
「普段、愛子さまは車で登下校されていますが、
週に1度はお友達とご一緒に地下鉄を利用されてお帰りになっています。
お休みには都内の水族館やカラオケ、それから東京ディズニーシーに遊びに行かれたこともあり、
学校内外でとてもよい関係を築かれているようです」(前出・宮内庁関係者)
充実ぶりを物語る証が、愛子さまの足元にしっかりと刻まれていた。
「愛子さまの上履きの左足、かかとの外側にペンでハートマークが描かれ、その中にアルファベットで
『Aiko』とあります。そしてそのマークの上には大きく『Friend(=友達)』と書かれているんです。
愛子さまがお友達の存在を大事に思われ、一緒にいる時間をかけがえのないものだと
お感じになっていることが伝わってきました」(前出・学習院関係者)
間もなく夏本番。中学最後の夏に、愛子さまはお友達とどのような思い出を作られるのだろう。
撮影■雑誌協会代表取材
※女性セブン2016年7月14日号
http://www.news-postseven.com/archives/20160701_425821.html

愛子さま不登校 Vol3
愛子内親王激ヤセ



復調の愛子さま、期末テスト全て受け、G-TECも受検
2017.01.11 07:00
新年のご挨拶を終え皇居・半蔵門から出てこられた愛子さまは、普段以上にスピードを落とした車の窓から、
沿道に集まった人々に手を振られていた。
ほっそりとした印象は変わらないものの、満面の笑みを浮かべ元気そうなお顔を向けられていた。
愛子さまは2016年、9月末から6週間にわたって学習院女子中等科を欠席され、その後も制限登校を続けられた。
12月1日の誕生日に公開された「激やせ写真」には、愛子さまのご体調を心配する声もあがった。
その不安はどうやら、“おじいちゃまとおばあちゃま”も変わらず抱かれていたようだ。
天皇陛下の83才の誕生日の夜、皇居ではお祝いの席が設けられた。宮内庁関係者が明かす。
「夕方6時過ぎから、皇太子ご一家と秋篠宮ご一家、それに黒田夫妻が集まってお祝い御膳の前に茶話会が開かれ、
皆さま思い思いにお話しになりながら、カステラなどを召し上がられたそうです。
そこで天皇皇后両陛下が、愛子さまの体調についてご本人にお尋ねになったそうです。
愛子さまは、“万全とはいえませんが、元に戻りつつあります”といったことをお答えになったそうです。
むしろ愛子さまは、12月中旬から続けざまに風邪のような症状で体調を崩された両陛下を気にかけられ、
“私のことよりも、両陛下のお風邪が心配です”とおっしゃったそうです」
愛子さまのご体調は着実に快復のステップを進んでいるように見える。
愛子さまが“通常”の登校を再開されたのは11月28日。12月5〜9日にかけて2学期の期末テストが行われたが、
愛子さまはすべての試験を欠かさず受けられた。
「10日から21日まで生徒たちは試験休みに入りましたが、その間に愛子さまは欠席期間中の課題に取り組まれたり、
漢字テストを受けられたといいます。また、12日には『G-TEC』という、
学校の試験とは別の英語力を測るテストも受検されました。4月に高校進学を控えられていますが、
卒業に向け、残された日々を充実したものにされようとしているようです」(学習院関係者)
1月10日に愛子さまは3学期の始業式を迎える。より多くの、少し大人びた笑顔を見られる1年になりそうだ。
※女性セブン2017年1月19日号
http://www.news-postseven.com/archives/20170111_482014.html

ソフトボール好きな愛子さま 御用地内で雅子さまと打撃練習
2017.01.13 16:00
現在未婚の女性皇族は7名。学業や公務に勤しむ若き女性皇族方のご活躍は、日本国民を励まし続けている。
一方で、「適齢期」を迎えたプリンセスたちが結婚して皇籍を離れれば
皇室活動が維持できなくなる可能性も指摘されている。いま注目すべき、若き女性皇族方の素顔に迫る。

●愛子内親王殿下(東宮家)
・2001(平成13)年12月1日生まれ(15歳)
・称号:敬宮
・お印:ゴヨウツツジ
・学歴など:学習院幼稚園→同初等科→ 同女子中等科(3学年在学中)
【球技に夢中】
学校の球技大会ではソフトボールのチームリーダーとして活躍。
赤坂御用地内で皇太子ご夫妻や東宮職員とキャッチボール、雅子さまからはバッティングを教わったという。
【愛猫セブン】
以前から飼っていた猫の「ニンゲン」が亡くなり、今は「みー」「セブン」、愛犬「由莉」のお世話をしている。
【チェロの朝練】
『オール学習院の集い』でチェロ演奏をされる愛子さまとビオラ演奏の皇太子さまは、親子で早朝の練習に励む。
【お化け屋敷】
試験後の休み中、ご学友6人(男女3人ずつ)と富士急ハイランドに。日本一怖いというお化け屋敷を楽しんだ。
愛子さまは度胸があるようだ。
【ご体調】
2016年12月、15歳の誕生日を迎えた際に公表された写真・映像で、痩せられた姿に心配する声が続出した。
撮影■雑誌協会代表取材
※SAPIO2017年2月号
https://www.news-postseven.com/archives/20170113_479813.html

ふっくら復調の愛子さま、チェロ練習没頭が回復に一役か
2017.04.01 16:00
「JR長野駅に愛子さまと皇太子ご夫妻が降り立たれると歓声があがりました。
沿道の車いすの女性にお声かけされて、手を握られました。
愛子さまがそういったことをされたのは初めてのことだと思います。
集まった人たちからは“お元気そうで安心しました”という声が聞かれました」(皇室記者)
3月27日、皇太子ご一家が静養のため長野へと足を運ばれた。毎年恒例のスキーも楽しまれる予定だという。
昨秋の長期欠席、その後の「激やせ」が心配された愛子さまだったが、
3月22日の学習院女子中等科の卒業式では、しっかりとした口調で
「先生方とお友達に恵まれて、楽しい3年間を過ごすことができました」とお話しになられた。
「式中、“敬宮愛子”と名前を呼ばれると、よく通る声ではっきり“はい”と返事されました。
式の後には、満面の笑みでお友達とハイタッチされる姿もありました」(学習院関係者)
ほんの1か月半前にはこけた頬が目立っていたが、その頬はちょっぴりふっくらされて赤みがさし、
体調は上向いていることが伝わってくる。「V字回復」の理由について、前出の学習院関係者が言う。
「3月7日に3学期の期末試験を終えると、3年生は卒業を待つばかり。
エスカレーター式で高等科に進学するので、お友達とお別れするわけではありませんし、
授業もなく、部活や高等科の卒業生を送り出す送別学芸会の練習をするくらいの楽しい日々。
好きなことをする自由時間のような登校で、お菓子や雑誌をこっそり持ってくる生徒もいます。
愛子さまも同級生たちとプレッシャーのないのんびりした時間を過ごされたのでしょう」
さらに初等科時代から続けるチェロが愛子さまの回復の鍵となったのではないかと推察する。
「愛子さまは、3月16日に行われた送別学芸会でチェロを演奏されました。
過去にはチェロの腕前を買われて劇の伴奏の編曲を担当されるなど、
“音楽といったら愛子さま”と認識している同級生も多い。
愛子さまにとって、チェロは大きなアイデンティティーの1つです。
愛子さまが管弦楽部に入ってチェロを弾かれるようになったのは初等科4年生の頃。
当時雅子さまの同伴登校が続いていましたが、チェロが上達するにつれ登校不安も解消され、
“同伴登校が終わった理由の1つはチェロ”と言う人も多い。
練習に没頭する日々が続いたのも、愛子さまの回復に一役買ったのでしょう」(前出・学習院関係者)
一方で、愛子さまに噂された「摂食障害」の治療は長い目で見る必要がある。
「拒食と過食を繰り返す場合もある」(精神科医)と、
単にやせた状態を脱したからといって手放しに安心はできない。
それでも、外見に加え愛子さまの内面の変化を皇太子さまは感じ取られていた。
「愛子は変わりました」最近、皇太子さまは周囲にそう漏らされているという。
「昨年5月、修学旅行で広島に足を運ばれ、愛子さまは原爆ドームなどをご覧になりました。
そこで、天皇皇后両陛下が続けられてきた『祈りの旅』の意味を再認識されたそうです。
それ以来、多くの公務に同行し、人とも積極的に触れ合おうとされている。長野駅での行動は最たるものでしょう。
その根底には、“あの戦争を経て、私たちは今を生きている”というお気持ちがあるそうです。
卒業に当たっての作文のテーマに『世界平和』を選ばれたことからも、
お気持ちの強さがうかがえます」(宮内庁関係者)
4月8日、高等科の入学式を迎えられ、愛子さまはJKライフをスタートされる。
撮影/雑誌協会代表取材
※女性セブン2017年4月13日号
http://www.news-postseven.com/archives/20170401_506450.html

愛子内親王中等科学校生活3

2015年6月-2016年5月 雑誌記事

週刊ポスト2015年7月3日号
「近頃の愛子さまはもともと得意だった語学にさらに磨きをかけておられます。
たまたま英語の発音を聞く機会があった者は“ネイティブのような美しい発音だった”と話していました。
語学堪能な雅子さまから直接教わっているようです。そろそろフランス語を始められるという話も出ています。
早朝から皇太子殿下とチェロの練習もしていて、それが遅刻のなくなった理由のひとつかもしれません。
秋篠宮家の次女・佳子さまの様子をご覧になっているからか、
最近はファッションにも興味を示されているようです」(東宮職関係者)

昭和館ご訪問の愛子さま 玉音放送聞き綴った女児の作文に衝撃
2015.08.01 07:00
東京・九段下にある『昭和館』。戦中・戦後の歴史的資料を展示するこの施設では、
今年戦後70年を迎えるにあたって、『昭和20年という年〜空襲、終戦、そして復興へ〜』という
特別企画展が8月30日まで開催されている。
7月26日の午後6時ごろ、皇太子ご夫妻と愛子さま(13才)が同館を訪問された。
雅子さま(51才)の白いセットアップに合わせるように、
オフホワイトのふわっとした袖のボレロとワンピースをお召しになっていた愛子さまは、
沿道に詰めかけた人々から歓声があがると、満面の笑みで力強く手を振られた。
「今までとは違う愛子さまの様子に驚かされました。愛子さまはお出ましの際には
いつもどこか緊張された面持ちで、手も低い位置で小さく振られていただけでした。
それがこの日は、沿道に集まった100人ほどにしっかりと体を向けられ、長い時間手を振られていました。
足元も白いパンプスという装いで、3cmほどですがおそらく初めてのヒール靴だったと思います。
その高さもひとまわり大きく成長された愛子さまを象徴しているかのようでした」(皇室記者)
愛子さまにとって、公務において戦争に関する施設を訪問されるのは今回が初めてのこと。
天皇皇后両陛下は、これまで多くの“祈りの旅”を続けられ、そのお気持ちは皇太子ご夫妻にも受け継がれてきた。
一方で、愛子さまは「戦争や平和」について触れる機会が決して多くはなかったという。
「学習院の社会科の授業は、“思想教育はしない”“皇室批判はしない”
“特定の政党や企業に加担も批判もしない”といった特徴があります。
これは、皇族のお子さまや歴史上の人物の末裔、
有名企業の子弟も学習院で学んでいるということに対する配慮から生まれたものともいわれていますが、
裏を返せば、教科書通りに淡々と授業が進んでしまうという一面もあります。
しかし、“皇族だからこそ戦争についてきちんとした知識を持つ必要がある”と皇太子ご夫妻はお考えです。
“どうしたら戦争を知らない世代に、日本がたどった歴史を正しく伝えられるか”とおふたりで相談されて、
今回の昭和館のご訪問を決められ、愛子さまをお連れになったそうです」(宮内庁関係者)
昭和館で皇太子ご一家はまず、3階の特設企画展の会場に向かわれ、
1945年の終戦当時の写真や手紙などをご覧になった。
「そこで愛子さまは国民学校の女子児童が書いた作文をお読みになりました。
その作文は昭和天皇が終戦を告げた“玉音放送”を聴いて綴られたもので、
同じフロアには実際にその音声が流れているコーナーもあり、
とりわけ女子児童と年齢の近い愛子さまは強い衝撃を覚えられていたようです。
神妙な面持ちで、静かに説明に耳を傾けられていたそうです」(前出・皇室記者)
集中してご覧になっていた愛子さまのお姿を見て、皇太子さま(55才)も
今回の訪問にさぞ成果を感じられたことだろう。
昭和館を後にする際、車に乗り込まれた愛子さまは、後部座席から後ろを振り向いて、
カーテンごしにもかかわらず手を振り続けられていた。
「愛子にとって勉強になり、良い体験になりました」
ご訪問後、皇太子さまはそう感想を述べられた。
※女性セブン2015年8月13日号
http://www.news-postseven.com/archives/20150801_339331.html

女性セブン2015年8月13日号
宮内庁関係者
「7月上旬に皇太子ご夫妻がトンガご訪問に向かわれたとき、愛子さまはお留守番をされました。
ちょうど、1学期の期末テスト期間だったのですが、かなり熱心に勉強され、
わからないことは周囲の人に質問して解決するなどしっかりと準備して臨まれていたようです。
勉強の合間には、息抜きに宮内庁職員を相手にバスケットボールを楽しまれていたほどで、
去年は不規則登校もありテストをお休みされたことを考えると、大きな変化が感じられましたね」
7月8日、トンガ訪問を終え、両陛下に報告されるために皇居に参内された皇太子ご夫妻。
それに遅れること10分、愛子さまも皇居に到着された。
「半蔵門を車で通過する際、愛子さまは半分しか開かないパワーウインドーから、
上半身を思い切り伸ばして、のぞき込むようにお顔を見せてくださったんですよ。」(皇室記者)
「愛子さまは、多忙ななかにもしっかりと公務を果たされる佳子さまのお姿に
強く感じるものがおありになるようです。最近は学校でも“お姉さまがたの活躍をみて、
私もやがて一人で公務に行きます”というお話をされることもあるそうです。
そんな思いもあってか、会釈や最敬礼などのお辞儀の仕方や座布団の使い方などを学ぶ作法の授業に、
愛子さまは同級生の中でも特に真剣に取り組まれているようです」(学習院関係者)

アクティブ愛子さま 3km遠泳とダイエット目的のジョギング
2015.08.27 07:00
最近の愛子さま(13才)は、これまでの色白のイメージとは打って変わって、
こんがりと日焼けされているお姿が印象的だ。
8月11日、須崎御用邸(静岡県)でのご静養のため伊豆急下田駅に到着された際にはこんなご様子も見られた。
「健康的に日焼けされた愛子さまを見て、居合わせた人たちも驚いていたようでした。
ご一家を出迎えたかたが雅子さまに、“愛子さま、よく日焼けしていらっしゃいますね”と声をかけると、
雅子さまは“学校の行事で沼津の海に”と嬉しそうにお話しになっていました」(皇室ファン)
8月1日から5日まで4泊5日の日程で、愛子さまは沼津遊泳場(静岡県)で行われた学習院の伝統行事
「沼津臨海学校」に参加された。朝6時に起床し、午前も午後も目一杯泳ぐ、まさに水泳漬けの5日間。
疲労困憊でクタクタになるが、クラスメートと寝食をともにする時間はとにかく楽しいと、
多くの生徒が思い出の一ページに振り返るイベントだ。
「恒例となっているのが、帰京前日に行われる駿河湾での遠泳です。
愛子さまは今年、なんと3kmもの距離を泳ぎ切ったのです。これは、上級クラスの生徒たちが挑戦する距離。
もともと泳ぎがお得意ではなく、2年前の初等科6年のときに泳がれたのは500mでしたから、
愛子さまのご上達ぶりには驚かされるばかりです」(学習院関係者)
遠泳は、顔をあげたままの平泳ぎのような古式泳法で行われる。愛子さまの日焼けは、努力の証だったようだ。
「愛子さまはこの夏、積極的にスポーツに興じられています。7月上旬の期末テスト中には、
東宮御所で職員を相手にバスケットをされていました。男性職員がついていけないほど、
愛子さまの実力は折り紙付きです。また、最近は御所内でジョギングされることもあります。
これには、ダイエットの意味合いもあるようですよ。12月で14才を迎えるお年頃ですから、ご
自身の体形の変化などを気にされる場面もあるのかもしれません」(宮内庁関係者)
また、愛子さまは臨海学校の翌日から4日間、学習院女子大学で行われた英語セミナーを受講された。
「読書感想文や数学の問題集、英語での創作文など多くの課題が出されていて、
意外と夏休みの宿題は大変なのです。加えて英語を自主的にお勉強されるのですから、
学業にもかなりしっかりと取り組まれていたようです」(前出・学習院関係者)
学校行事などで多忙のなか、公務にも積極的にお出ましになられた。
7月26日の昭和館(東京・千代田区)、8月22日の日比谷図書文化館(同)の企画展など、
戦争関連の行事にもお出になられた。
「愛子さまは空襲体験者らの話に耳を傾けられ、食い入るように資料をご覧になっていました。
両陛下が平和への強い思いを抱えられていることを、愛子さまもよく理解されているからでしょう。
そのお姿からは、皇族としてのご自覚が確実に芽生えているのが見受けられました。
愛子さまご自身も、大いに成長を実感される夏になったのではないでしょうか」(前出・宮内庁関係者)
※女性セブン2015年9月10日号
http://www.news-postseven.com/archives/20150827_346080.html

週刊女性2015年10月13日号
9月26日に行われた運動会でも、愛子さまは昨年とは違う表情を見せられた。
「去年の愛子さまは応援にも身が入っていない様子でしたが、
今年は席に座る暇もないほど友達と大きな声を出されていました」(学習院関係者)
「愛子さまは、昭和館見学の帰り、車のリアウインドーのカーテン越しに、
後ろ向きになりながらも、お手振りをしていました」(皇室記者)

Mステ録画の愛子さま ボウリングとカラオケ女子会楽しまれる
NEWSポストセブン / 2015年10月8日 11時0分
10月1日の「都民の日」は、愛子さまの通われる学習院女子中等科も休校。
愛子さまは同級生2人と、品川プリンスホテル内にあるボウリング場に足を運ばれた。
「午前11時頃でしょうか、愛子さまたちは、1階の受付奥にあるレーンでゲームをしていらっしゃいました。
中学生の女の子3人でとても楽しそうなご様子でしたよ。
愛子さまの周囲には警護のかたとお付きの女性が数人いらっしゃいましたが、
物々しい雰囲気はありませんでしたね」(居合わせた客)
ボウリングを2ゲーム楽しまれた愛子さまはその後併設する水族館に向かわれた。
ここは、幼少の愛子さまがご一家で何度も訪ねられているなじみの場所だ。
「愛子さまにとっては勝手知ったる場所でしょう。
ここは水槽を見ながらお食事ができるカフェもあって愛子さまも何度もいらっしゃっているので、
この日も、そこで昼食をとられたのではないでしょうか」(皇室ジャーナリスト)
午後2時すぎ、愛子さまたちの“女子会”はいちばんの盛り上がりを見せた。
「ホテルの地下1階でカラオケ女子会を楽しまれたそうです。
3人で2時間ですから1人10曲近く歌われたんでしょうか。すごいですね(笑い)。
カラオケ中の愛子さまは、お友達とスマホで写真を撮り合ったりされていたようです」(学習院関係者)
カラオケといえば、陛下は『船頭小歌』(中村歌子)、美智子さまは『ここに幸あり』(大津美子)、
皇太子さまは『氷雨』(佳山明生)、雅子さまは『いい日旅立ち』(山口百恵)が十八番だと
報じられたことがあったが、どうやらカラオケ上手は愛子さまにも受け継がれているようだ。
「愛子さまは、毎週欠かさず『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)を録画されているそうです。
また、同級生たちの間では、AKB48やモーニング娘。、E-girlsが大人気。
最近では、幼稚園から大学まで一貫して学習院に通ったシンガーソングライターのchay(24才)に、
“自慢の先輩”のように憧れている生徒も多いようですから、
そういったアーティストの歌を歌われたんじゃないでしょうか」(前出・学習院関係者)
※女性セブン2015年10月22・29日号
http://www.news-postseven.com/archives/20151008_356025.html


愛子さま、一部の下級生グループが”ファンクラブ”を結成か
2015年10月20日(火) 05時00分
〈週刊女性11月3日号〉
「先日、学習院初等科の運動会で、愛子さまをお見かけしました。
3〜4人のお友達とむかで競走を観戦されたようです」
皇太子ご夫妻の長女・愛子さまの10月10日の母校での様子をそう話すのは、居合わせた学習院関係者。
「その後、愛子さまは来客用に販売している150円のアイスクリームを購入し、
食べながらお友達と校内を見て回られていました。
警備もピリピリした雰囲気がなく、楽しそうに過ごされていました」(同・関係者)
現在、学習院女子中等科2年生の愛子さまだが、初等科の運動会では“栄光と挫折”を経験されている。
別の学習院関係者が話す。
「愛子さまは初等科の運動会で1年生から4年生までリレーの選手に選ばれ、華々しい活躍をされました。
一方で、6年生のときのむかで競走ではトップでゴールしましたが、
別のチームのアクシデントで再レースとなり、今度は最下位になってしまい、
人目をはばからず大泣きされたこともありました」
この9月26日に行われた学習院女子中・高等科の運動会の「進撃のむかで」(むかで競走)では、
大いに活躍され笑顔が弾けていた愛子さま。
「そんな初等科時代の悔しさも、懐かしい思い出になるほど、愛子さまは成長されたのかもしれませんね」(同)
昨年の今ごろは理数系の科目を欠席して、午後2時に通学することもある
「不規則登校」を続けていた愛子さまだが、最近は順調な学校生活を送られている。
「愛子さまは、女子中等科から入学した生徒たちとも仲よくなり、
彼女たちからファッションやおしゃれの情報を教えてもらっているそうです。
下級生にも愛子さまの“ファンクラブ”のようなグループができて、
愛子さまは学校生活をエンジョイされているそうです」(東宮職関係者)
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/19753

女性自身 2015年11月17日号
愛子さまが品川プリンスホテル内ボーリング場2階フロアを貸し切り。
学校で過ごす時間が増えて、お友達との仲も深まった。
子どもを同校に通わせている保護者の一人が教えてくれた。
「娘もそうですが、愛子さまは、いまクラスではやっている音楽や
人気のテレビ番組についてのおしゃべりに夢中だそうです。
やっぱり話題の中心はジャニーズです。
愛子さまからはSMAPの香取慎吾さんや、嵐の相葉雅紀さんの名前がよく挙がるみたいです。
ウチの子はスマートフォンに音楽を入れて聴いていますが、愛子さまもそうされているのではないでしょうか」
ちなみに、ほかに学校でよく聴かれている音楽は、三代目J Soul Brothers、SEKAI NO OWARI、ゲスの極み乙女。など。

愛子さま、文化祭の出し物『ブタ恋。』でのご担当は受付係
2015年11月10日(火) 16時00分
〈週刊女性11月24日号〉
皇太子妃雅子さまが、11月1日に訪問された学習院女子中・高等科の文化祭「八重桜祭」。
学習院関係者はその様子をこう明かす。
「雅子さまは、鹿児島から帰京した翌日に学習院に来て、
夕方5時までの7時間近く熱心に見学されていたのには驚きました。
皇太子ご夫妻は、日曜の午前10時半ごろに学校に入り、ご一緒に文化祭の展示などを熱心に見学されていました。
夕方にお帰りのときは、車の中から校門の外に居合わせた人たちに手を振られていたそうです」(同・関係者)
雅子さまは、『国民文化祭』開会式などに臨席するため、10月30日から1泊2日で鹿児島県をご訪問。
31日にお帰りになった翌日も疲れた様子を見せず学習院に駆けつけられたのは、
愛子さまの確かなご成長を見届けたかったからだろう。
別の学習院関係者が証言する。
「今回の文化祭で、愛子さまが在籍する中2のクラス(中組)では、『ブタ恋。』というゲームや
展示などを楽しむ出し物をしていましたが、愛子さまは受付係を担当されていました。
廊下の受付でテキパキと景品を渡し、模擬店では食券と商品を交換する係もして、
すっかりお姉さまらしくなられていました。
そんな様子を見て、皇太子ご夫妻もお喜びになったのではないでしょうか」
展示コーナーでは、愛子さまが家庭科の授業で制作された、
ニワトリとヒヨコに風船の刺しゅうをした三角巾とエプロンも飾られていたという。
「昨年の今ごろ、愛子さまは遅刻や不規則な登校を繰り返し、雅子さまのご心労は募るばかりだったと思います。
しかし最近は、学校生活に適応し、お友達とも仲よくされているようなので、
雅子さまも安心されていると思います」(同・関係者)
今年の2月には、皇太子ご一家をお世話する東宮職のトップ・小町恭士東宮大夫から
“週に2回の公務は難しい”という発言が出るほど、病状が芳しくなかった雅子さま。
愛娘のお元気な様子が、“エネルギー源”になっているのかもしれない。
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/20516


愛子さま 文化祭出し物で受付を担当されてきぱきこなされる
2015.11.10 16:00
「愛子さまは“ようこそ! はーい次のかた、どうぞ”とお声をかけられながら、
てきぱきと仕事をこなされていました」(学習院関係者)
10月31日と11月1日の2日間、学習院女子中等科で文化祭『八重桜祭』が行われた。
在籍されるクラスの出し物で、受付係を担当されていた愛子さま。
別フロアにある展示室の一角には愛子さまが技術家庭の授業で制作された、風船とにわとり、
ひよこを刺繍したかわいらしい三角巾とエプロンが飾られていた。
「文化祭2日目の午前10時過ぎには皇太子ご夫妻も来校され、各クラスの出し物や展示を、
時間をかけて丁寧にご覧になっていました。雅子さまはママ友と楽しげに談笑されるなど
とても和やかなご様子で、前日まで地方に行かれていたとは思えないほどお元気でしたよ」(前出・学習院関係者)
皇太子ご夫妻は10月30〜31日に『こくみん文化祭」の開会式に出席されるため、鹿児島県を訪問されていた。
当初は皇太子さまお1人の予定だったが、直前になって雅子さまが同行されることが決まったのだ。
雅子さまが宿泊を伴う地方公務をされるのは、昨年11月の愛知県ご訪問以来、約1年ぶりのこと。
鹿児島ご訪問の2日目、皇太子ご夫妻は県民交流センターで小学生の陶芸教室を見学された。
「皇太子さまと雅子さまは中腰になられ、30人いた子供たち全員に“初めてですか?
”“何を作られているのですか?”と質問されていました。最初は緊張ぎみだった子供たちも、
特に雅子さまの柔和な笑顔に次第にリラックスしていきました。
結局、予定を大幅にオーバーしてしまいましたが、
両殿下も子供たちと会って話す時間を楽しまれたようでした」(東宮職関係者)
ここにきて皇太子ご一家に大きな変化の兆しも見られている。
「今回の鹿児島ご訪問には、新任の女官長と、女官長代理が随行しました。
これまで愛子さまがお留守番をされるときには、女官長代理が東宮御所に残り愛子さまに付き添っていましたが、
今回はその必要がなかった。それだけ愛子さまが大きく成長され、
自立なさった証といえるかもしれません」(前出・東宮職関係者)
※女性セブン2015年11月19日号
http://www.news-postseven.com/archives/20151110_362618.html

不規則登校の愛子さま、芽生えた”プリンセスとしての自覚”
2015年11月25日(水) 16時00分
〈週刊女性12月8日号〉
皇太子ご夫妻の長女・愛子さまは、学習院初等科2年のときにも
「通学への不安」から不登校ぎみになる時期もあった。
昨年は療養中で夜型生活を送られていた皇太子妃雅子さまが、原因となっていることも指摘された。
宮内庁関係者はこう語る。
「中学生ともなれば体調の悪い母親のことを理解し、気遣うようになります。
皇太子さま不在のなか、愛子さまは雅子さまの生活に合わせるようになって早起きができなくなり、
ズルズルと不規則登校になってしまわれたというのです。宿題が夜遅くまでかかり、
朝起きることができなくなったという学校関係者の発言もありましたが……」(宮内庁関係者)
そんな状況が続き、普段は“温厚なパパ”である皇太子さまの堪忍袋の緒が切れて、
「もう、行かなくていい!」と、愛子さまをお叱りになったことも『週刊女性』は過去に報じている。
「今年の7月に皇太子さまと雅子さまがトンガを訪問されたときは、ちょうど1学期の期末テストでしたが、
愛子さまはきちんと出席されていたようです。
このときはご両親とも不在だったので、逆に緊張感があったかもしれませんが、
今回はスイスのときと同じ状況なので心配申し上げていました……」(前出・関係者)
皇太子さまがニューヨークに向けて出発された11月17日、愛子さまは予鈴が鳴った8時20分直後に
小走りでご到着。ご体調もいいのか、昨年は夏場でもみられたマスク姿ではなかった。
18日も同様、学校の守衛さんに挨拶をしながら、予鈴直後にご登校。19日も本鈴の前に校門をくぐられた─。
お父さまが不在の間の、“遅刻ジンクス”を破った愛子さまに、
「美しいファッションに身を包み、公務をこなす母・雅子さまの姿をご覧になり、
プリンセスとしての自覚も深まってきているのではないでしょうか」
と語るのは、皇室を長年取材するジャーナリストで文化学園大学客員教授の渡辺みどりさん。
雅子さまの各所へのお出ましが増え、愛子さまにお手本となる
「皇族としての教え」を説くことができるようになったのが大きいとみる。
「療養中のお母さまが、月に2回の地方公務や園遊会で奮闘される姿を見れば、
皇族としての尊敬のお気持ちも出てくると思います。
プリンセスとしての活動や意義についての説明もあるはずで、
中学2年生の愛子さまならそれを理解され、向上心がわいてくると思います」(渡辺さん)
最近は、お友達とカラオケやボウリングに出かけることもあるという愛子さま。
10月31日から2日間行われた文化祭『八重桜祭』では、クラスの出し物で、
プレゼントを提供する「受付」も手際よくこなし、友人関係も良好だという。
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/21143

初等科文化祭訪問の愛子さま 同級生男子と思い出話に花咲く
2015.12.05 16:00
11月29日、愛子さま(14才)が東京・四谷にある学習院初等科を訪れられた。
この日、初等科では文化祭が催されており、習字や絵画、夏休みの自由研究の展示のほか、
講堂では演劇や合奏などの発表が行われた。
愛子さまがお姿をお見せになったのは午前9時45分。
1つに束ねた髪を揺らしながら、校門へと続く横断歩道を足早に進まれた。
「愛子さまは昨年も文化祭にいらっしゃっていました。
愛子さまにとって、初等科の校舎はとても落ち着かれる場所のようです。
初等科時代には仲の良い男女5〜6人のメンバーといつも一緒で、校内はもちろん、
休みの日に東京ディズニーランドや富士急ハイランドにお出かけになったこともありました。
中等科に入ると男女別々になり、会うことがないので、初等科でのイベントは数少ない機会ですから、
愛子さまも楽しみにされていたのでしょう」(学習院関係者)
この日、校門の前でお友達と合流された愛子さまは、楽しそうにお話しされながら校内に入られた。
「初等科からの同級生で、中等科にもご一緒に通われている女子生徒と待ち合わせをされていたようです。
初等科の校内を一通り回られると、愛子さまたちは休憩がてら3階にある食堂で
“女子トーク”に花を咲かせていらっしゃいました。
愛子さまも笑い声をあげられていて、それは楽しそうでしたよ」(前出・学習院関係者)
愛子さまの交友関係も徐々に変わっていったようだ。
最近はお休みの日に同級生たちと“カラオケ女子会”にも興じられていた。
「ところがこの日は、初等科時代の同級生の男子たちが文化祭に来ていて、
愛子さまは彼らと思いがけなく再会を果たされたんです。
廊下にたたずんでしばらく思い出話をされた愛子さまは、その後男子たちと校内の展示を見て回られたようです。
久しぶりの男子とのやりとりに、愛子さまの乙女心もキュンとされたのではないでしょうか」(前出・学習院関係者)
愛子さまの新たな1年が始まった。
※女性セブン2015年12月17日号
http://www.news-postseven.com/archives/20151205_368490.html

女性セブン2016年3月10日号
「学校がお休みの日にはお友達とボウリングやカラオケ、ディズニーシーなどに足を運ばれるなど、
日々楽しく過ごされているそうです」(東宮職関係者)


愛子さま、ソフトボール大会でご活躍。守備位置はショート
週刊女性PRIME 5月18日(水)11時0分配信
5月12日、江戸時代に活躍した画家・伊藤若冲の生誕300年を記念した展覧会で、
「プルシャンブルーは何からつくられているんですか?」と皇太子妃雅子さまはお尋ねになった。
作品の一部に、当時では珍しい輸入された絵の具が使われていたことを知り、ご興味が湧いたようだ。
4月には7年ぶりに宮中祭祀に臨み、昨秋12年ぶりに参列した園遊会に2回連続でお出ましになるなど最近は、
ご体調が安定傾向にある雅子さま。
「学習院女子中等科3年生になった長女の愛子さまの成長や活躍も、
雅子さまにとってはいい“お薬”になっていると思います」(宮内庁関係者)
皇太子ご夫妻が若冲展をご覧になった前日の11日、愛子さまは山陽地方へ3泊4日の修学旅行に出かけられた。
学習院関係者が説明する。
「女子中等科3年の修学旅行は例年、山陽地方と決まっていて、広島平和記念公園や厳島神社のほかに
姫路城などを訪れることもあります」
11日の午前8時に、夏服のセーラー服姿で元気よく東京駅に到着された愛子さま。
ホームで仲よしのお友達とおしゃべりに興じ、新幹線の到着を待たれていたのを『週刊女性』は目撃している。
一時は不規則登校が続いた愛子さまの順調ぶりは、“運動神経”にもあらわれている。
4月27日に学校で行われた「球技会」でも、愛子さまは大活躍だった。
別の学習院関係者が明かす。
「毎年恒例の球技大会で、愛子さまは昨年と同様にソフトボールに参加されました。
中等科2年と3年生によるクラス対抗のトーナメント方式で行われ、愛子さまのチームは3試合連続で勝ち、
決勝戦まで進みました。
決勝では接戦の末、2対1でサヨナラ負けとなり準優勝だったそうです」
守備ではショートを守り、攻撃ではヒットを重ね、打点をあげられるなど活躍された愛子さま。
今回の試合に向けて、昼休みや放課後にチームメートと一緒に、練習に励んでいらっしゃったという。
「学校から帰宅後は、お住まいがある赤坂御用地で毎日のように、ご家族や職員と練習しておられました。
皇太子ご夫妻とはキャッチボールをして、雅子さまはバッティングの指導もされたそうです」(宮内庁担当記者)
ソフトボールといえば、雅子さまは田園調布雙葉学園の中学時代はソフトボール部を創設し世田谷区大会で優勝。
米国のベルモント・ハイスクールに転校後も、地元紙に《スラッガー(強打者)・マサコが活躍》
という記事が出るほどで、愛子さまへのご指導も熱が入ったことだろう。
皇室を長年取材するジャーナリストで、文化学園大学客員教授の渡辺みどりさんはこう話す。
「雅子さまのご体調がひどいときは、お住まいにこもりがちだったと聞いています。
ご家族や他の職員とお庭で身体を動かしながら交流する機会が増えれば、心身にいい影響を与えるはずです」
http:// zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160518-00027258-jprime-soci

愛子さまが修学旅行で幸福の黄色いお守りをご購入
2016.05.20 07:00
前日の雨の名残で空を覆っていた低い雲の隙間から、
徐々に日差しがもれ始めた5月11日の正午、愛子さまは姫路駅(兵庫)のホームに降り立たれた。
3泊4日の学習院女子中等科の修学旅行の初日とあって生徒たちには期待と緊張の表情が浮かんでいる。
初日に向かったのは、昨年大改修を終えたばかりの姫路城(白鷺城)。
漆喰が塗り込められ屋根まで真っ白な姿に、デジカメ片手に興味津々な様子の愛子さま。
「いろは順に名付けられた門の中でも、天守閣近くにあり、敵を通さないために160cmほどの低さに設計された
『ほの門』を、愛子さまはかがみながら笑顔でくぐられていました」(学習院関係者)
2日目は、瀬戸内海を渡って香川県にある「こんぴらさん」の愛称で親しまれる金刀比羅宮を参拝。
本宮までの785段の石段を登られた。
「石段の上にある神札授与所でしか入手できない人気No.1の御守り
『幸福の黄色いお守り』(800円)を購入されていました。参道にある讃岐うどんのお店では
“うどん打ち体験”もされていましたよ」(前出・学習院関係者)
午後には江戸の風情残る「倉敷美観地区」(岡山)へ。
白壁の古い町並みや「桃太郎のからくり博物館」などを見学された。
そして3日目は広島へ。
「修学旅行はあくまで学習の場。入学してから一貫して行われてきた“平和教育”の集大成という位置づけです。
毎年、それが広島の平和記念公園。授業や自分で調べた知識をもとに、実際に現地に足を運び、自分の目で見る。
今回の旅行の大きな課題の1つが、広島を訪れて何を感じ取るかということでした」(前出・学習院関係者)
爆心地に近い原爆ドーム周辺の一帯が溶けたあの日から70年。供養塔には7万柱の遺骨が眠っている。
行く先々で笑顔がこぼれていた生徒たちの様子は一転した。
「愛子さまはガイドの正面に、気をつけの状態で立たれ熱心に解説に耳を傾けられていました。
大変神妙な面差しでいらっしゃいました」(宮内庁関係者)
原爆の惨禍を遺品などで伝える平和記念資料館を見学された愛子さまのまなざしは、
時間が止まったかのように厳しかったという。
「平和を希求される天皇皇后両陛下の思いを、愛子さまはしっかりと心に置かれ、
今回の修学旅行を迎えられました。
昨年夏、愛子さまは初めて戦争関連施設である昭和館(東京・千代田区)に皇太子ご夫妻と足を運ばれましたが、
修学旅行の出発前にもご両親といろいろとお話しになったといいます」(前出・宮内庁関係者)
あっという間に迎えた最終日の厳島神社(広島)。
愛子さまはお友達と6人で青空と瀬戸内海をバックに旅行最後の1枚を撮影されていた。
※女性セブン2016年6月2日号
http://www.news-postseven.com/archives/20160520_413637.html

愛子さまが触覚付き前髪は封印 はつらつとした表情伝わる
2016.05.22 07:00
5月11日、愛子さまは学習院女子中等科の就学旅行に参加した。姫路、香川、岡山、広島とお友達と巡る中で、
愛子さまに変化があったという。4日間、どの観光スポットでも愛子さまの姿は目を引いていた。
「セーラー服姿の女の子の集団に目を向けると、愛子さまがいらっしゃったんです。
お友達と笑顔でお話しされていましたが、なんだかテレビなどで目にする愛子さまと違った印象を受けました。
髪形でしょうか、とても明るく女性らしい雰囲気で…」(目撃した観光客)
長いストレートの髪を後ろで1つにまとめ、サイドはピンでとめられている。
眉が隠れるか隠れないかほどの前髪は軽く斜めに流され、色白のおでこが見え隠れする。
「これまで愛子さまは、輪郭を隠すようにサイドを残す、いわゆる触覚付き前髪が印象的でしたが、
この日は違いました。サイドをとめられ、前髪も斜めに流して、いつもよりお顔がよく見え、
はつらつとした表情がよく伝わってきました」(前出・観光客)
小学生のときから伸ばしている定番のロングヘアであまり変化が見られなかった愛子さまの髪形だが、
昨年5月も新たなスタイルを見せられたことがあった。
「御料牧場(栃木)でのご静養に向かわれた時ですが、
愛子さまはサイドの髪の毛を編み込み、後ろでティアラのようにまとめていらっしゃいました。
これは、その前に佳子さまがなさっていたヘアスタイルとそっくりでした。
髪形を意識されるお年頃なんでしょうね」(皇室記者)
思春期の女子なら誰もが関心を抱くように、愛子さまもファッションやヘアスタイルにこだわりがあったという。
「以前、眉も隠れる長い前髪について、皇太子さまと雅子さまは“前髪を切りなさい”
“もっと顔が見える方がいい”とアドバイスされたそうですが、その時は頑としてお聞きにならなかったそうです。
でも最近はお友達の影響があるのか、ご自分で前髪を少し切った方がいいかな、
など気にされているようですよ」(東宮職関係者)
学習院関係者が次のように明かす。
「中学3年生の女の子同士ですから、日々ファッションやヘアスタイルの話で盛り上がるのは当然のこと。
分け目や髪を結ぶ位置、前髪の長さや流し方をアドバイスしあうこともあります。
手先が器用で編みこみが上手な子が、お友達のヘアセットをやってあげることもあるでしょう。
特に修学旅行では寝食をともにし、起きてからの身支度も一緒なわけですから、
その日のヘアスタイルももしかしたらお友達がセットしてくれたのかもしれませんね」
4月には学習院のイベントでチェロを披露され、4月末には球技大会のソフトボールで活躍。
そして5月の修学旅行…一時の不規則登校はまったく見るかげもなく、
愛子さまは同級生とともに充実した学校生活を送られている。
「球技大会のソフトボールでは、愛子さまのチームが3連勝で決勝まで勝ち進みました。
接戦の末、惜しくも2対1でサヨナラ負けを喫しましたが、愛子さまは内野を守られ、
ヒットを数本打ったほか打点もあげられたそうです。
大会前には東宮御所でご両親とキャッチボールをされたり、
雅子さまからバッティングの指導を受けられたといいますから、体を動かすことにも積極的。
少しほっそりとされたようにも感じられます」(前出・東宮職関係者)
日ごと成長される愛子さまの姿が眩しい。
※女性セブン2016年6月2日号
http://www.news-postseven.com/archives/20160522_413916.html

愛子内親王中等科学校生活2

2014年12月-2015年4月 雑誌記事

愛子さま 学習院生徒たちから不規則登校に対して不満の声も
2014.12.06 07:00
12月1日、13才の誕生日を迎えられた愛子さま。中学生になられて初めてのお誕生日だったが、
こんな記念すべき日にも残念ながら愛子さまは学校に姿をお見せにならなかった…。
一学期後半から始まった愛子さまの“不規則な登校”。
遅刻や欠席の回数が増え、さらには期末試験や終業式までも欠席された。
心配の声が高まるなか、二学期がスタートすると、その状況は悪化し、“午後登校”を繰り返されている。
誕生日の前週も愛子さまは2日遅刻をされている。
連休明けとなった11月25日火曜日は午前11時30分頃にご登校。
さらに翌26日水曜日は、お昼休み後の“午後2時登校”だった。
こんな“遅刻”が続く異常な状況に、学習院女子中・高等科(女子高等科も同じ敷地内に校舎がある)では、
こんな光景が見られるようになっているという。
「今、生徒たちの間では、“今日は2時だね”とか“ちょっと今頃登校してるわよ”、
“あっ、今日はお早い登校で…”などと
愛子さまの登校時間について話題にする機会が増えているようなんです。
なぜなら愛子さまが登校される場合、警備と一緒に物々しい雰囲気で校舎へ入られるんですが、
その愛子さまのお姿が、教室の窓から見えるため、多くの生徒が愛子さまの登校時間を知ることになるからなんです。
通常の始業前に登校されれば、警備がいても全然目立たないんですけどね…」(学習院関係者)
そんな愛子さまの登校の様子を教室から眺めていた一部の生徒たちは、当然の疑問を抱くようになっていく。
そして、ついに彼女たちは立ち上がり、こんな行動を起こした。
「当然のように遅刻が繰り返されていく愛子さまの不自然な状況に、
生徒たちが疑念を強く抱くようになったんです。それで、中等科の上級生の有志数名が団結し、
最近になって自分のクラスの主管(担任教師)に“私たちは遅刻しないように、まじめに登校しているのに、
なぜ愛子さまだけが自由な時間に登校しても許されるのでしょうか?”と説明を求めたそうです。
ついに生徒側から愛子さまへの不満が出てきたものの、先生たちも明確な説明をすることができないため、
学校側は困惑を隠せないようです」(前出・学習院関係者)
本来、学習院女子中等科では予鈴が鳴った後の登校は“遅刻”扱いとなり、
そのことで保護者が呼び出しを受けたり、先生がその生徒を指導するなど、“遅刻”に関しては厳しいルールが存在する。
しかし、愛子さまを叱ったり、学校側が雅子さまを呼び出されて注意している様子は一切ないという。
こんな状況がもう半年以上も続いている状態に、他の生徒たちは“なんであの子だけ…”
という思いを強くしていき、ついに我慢も限界に達したようだ。
「多くの生徒たちは報道を通じて“愛子さまは夜更かしされているから、
朝起きられなくて遅刻されている”という情報を知り得ていて、
“どうして、そういう遅刻の理由が愛子さまだけに認められるのか? なぜ叱らないのか?”と
猛抗議しているようなんです」(前出・学習院関係者)
学習院広報課に、この生徒たちの抗議について尋ねると、
「学内での生徒の言動に関してはお答えできません」との回答だった。
※女性セブン2014年12月18日号
http://www.news-postseven.com/archives/20141206_290730.html

佳子さまの体操着忘れ厳しく指導した学習院 愛子さま特別扱い
2014.12.09 07:00
近頃“遅刻”を繰り返している愛子さま。
半年以上も当然のように遅刻を繰り返されていく愛子さまの不自然な状況に、
生徒たちが疑念を強く抱くようになり、ついには生徒たちから抗議が出る事態に。
11月26日午後2時に登校された愛子さまの下校時間は午後5時。
部活に入られていない愛子さまがお帰りになるには、少々遅い時間だった。
「生徒たちの間では、“この日、愛子さまは二学期の期末試験に向けて補習授業を受けられたのではないか?”
と噂になっているんです。
本来、女子中等科ではインフルエンザにかかったり入院などやむを得ない事情で長期間、
学校を休んでしまった場合のみ、補習授業が行われるんです。
決して頻繁に行われるわけではありません。
ですから、“特別扱いされている愛子さまだから特例で補習授業が行われたんだ”と生徒たちが思っているんです。
こんな疑問が生じること自体が、異常な状態ですよね」(学習院関係者)
こんな状況に女子中等科だけでなく、同じ敷地内で学んでいる女子高等科の生徒からも不満の声があがっていた。
「今の女子高等科の在学生は、佳子さまの中学・高校時代のお姿を見てきた学年も含まれています。
佳子さまのご在学中、学校側が“特別扱い”することはありませんでした。
例えば、佳子さまが体操着をお忘れになっても、先生が“ご自分が忘れたのだから仕方ないでしょう”と
厳しく指導されるなど、皇族と一般の生徒を分け隔てなく扱っていました。
ご登校時の警備の人数も愛子さまに比べると少なく、決して目立つこともなかった。
もちろん宮家というお立場もあると思いますが、それでも愛子さまのように
警備陣をゾロゾロと連れて歩くといったことは一切ありませんでした。
そんな佳子さま時代を知っている女子高等科の生徒たちからは
“登校時間ではない時間に、あんなに大勢の警備陣が校内にいると
落ち着いて勉強に集中できない”などという声が出てきているんです。
今や愛子さまの“遅刻”問題発端に、さまざまな思いを在校生たちが抱き始め、
校内には不協和音があふれています」(前出・学習院関係者)
初等科時代も“いじめ問題”発覚以降、雅子さまの同伴登校や山中湖校外学習への雅子さまの同行など、
学校側が“特別扱い”したことによって、保護者たちから猛クレームが入ったことがあった。
しかし、今回は保護者ではなく、直接、生徒たちから不満が上がるという異常事態。
初等科時代とは違い、子供たちが成長して自我を持ったことによって起こった事態だけに、
その問題は根深いといえよう。
※女性セブン2014年12月18日号
http://www.news-postseven.com/archives/20141209_290805.html

愛子さま 誕生日に発表された新趣味と不規則登校の深刻度
2014.12.09 16:00
12月1日に13歳の誕生日を迎えた愛子内親王は初めて1人で皇居・御所を訪問、天皇・皇后に挨拶を行なった。
「半蔵門の沿道から『敬宮さま、お誕生日おめでとうございます』とお声がけされると、
愛子さまはニッコリと微笑んでお手振りをされ、元気そうなご様子でした。
でも気になるのは愛子さまがその日に学習院女子中等科を欠席されていたことです。だからなのか、
慣例的には制服を着用するはずが私服での訪問でした」(皇室担当記者)
なぜ学校を欠席したのか疑問の声が出たのも仕方なかった。
その前日の11月30日の日曜日、愛子内親王は3月まで通っていた学習院初等科の文化祭を見学。
午前中に初等科に到着し、同窓生らと剣道の試合を楽しそうに観戦していた。
それだけに学習院関係者から「不登校問題の深刻さ」を懸念する声が上がる。
「愛子さまは2学期に入ってから、午前中の授業を欠席し、午後からの登校が目立つようになりました。
とくに金曜日の遅刻が多いのは、午前中に苦手な理数系の科目があるからだともいわれています。
このままでは(不登校が続いた)初等科時代に逆戻りしてしまうのではと心配です」(学習院関係者)
誕生日に際して宮内庁は文書で「愛子さまは休むこともあったが、頑張って登校している」と発表した。
また、球技会のドッジボールの試合で優勝し、9月の運動会ではリレーやダンスに懸命に取り組むなど、
学校生活を楽しんでいることを強調した。
さらに「春頃からはテニスも始め、東宮御所がある赤坂御用地内のコートで、
皇太子ご夫妻や宮内庁職員とプレーされている」と明かした。
「テニスというと両陛下のイメージが強いですが皇太子さまも雅子さまもスポーツ万能で、
雅子さまの体調がいい時はご夫妻でテニスを楽しまれることもある。
スポーツ好きの愛子さまがラケットを握りたくなるのも当然でしょう。
テニスの件を通じて、東宮ご一家の明るい様子を伝えたかったのでは」(宮内庁関係者)
一方で前出の皇室担当記者は訝しがる。
「今回の宮内庁の発表には違和感がありました。愛子さまの不登校問題に国民の関心が向かないように
テニスを始めたことが発表されたのではないかと思うくらいでした。
きちんと現状を説明されないだけに逆に問題の根深さを感じてしまいます」
新たな趣味であるテニスが、愛子内親王の成長の証であってほしいものだ。
※週刊ポスト2014年12月19日号
http://www.news-postseven.com/archives/20141209_290939.html

愛子さま 二学期の期末テストの3日間8教科分を欠席された
2014.12.25 16:00
冬晴れの空が広がった12月22日、学習院女子中等科は二学期の終業式を迎えた。
8時25分頃、お車で登校されたマスク姿の愛子さまは、
ポニーテールを揺らしながら、全力ダッシュで校門をくぐられた。
終業式は8時30分スタートで、この日はギリギリではあるが、他の生徒たちと同じように定刻通りに登校された。
だが、この二学期、愛子さまはさまざまな問題を抱えながらの学校生活をお過ごしになった──。
一学期後半から始まった愛子さまの“不規則登校”問題。
二学期の始業式こそ、定刻前に元気に登校されたものの、その後は再び逆戻り。
遅刻や欠席の回数が増え始め、9月末頃からは午後に登校されることもあった。
12月1日の誕生日は、学校をお休みになったが、
夕方には天皇皇后両陛下に誕生日のご挨拶をされるために皇居を訪ねられている。
「沿道に駆けつけた人々に、車から元気に手を振られる愛子さまの姿を拝見して、
少なからず違和感を覚えました。やはり、この日学校を欠席されている以上、
公の場に出てこられるのは不自然ですよ。愛子さまは今、学校で誰からも叱られることなく、
自由な振る舞いをされているように思え、実に心配でなりません」(学習院関係者)
この関係者が指摘する通り、学習院女子中等科では、愛子さまは過剰なまでの“特別扱い”を受けていて、
遅刻、欠席を繰り返しても学校側が愛子さまを叱ったり、母
親である雅子さまを呼び出して注意することは、一切ないという。
こんな状況に、すでに本誌がお伝えした通り、一部の生徒たちから不満の声が出てきている。
「私たちは遅刻しないようにまじめに登校しているのに、
なぜ愛子さまだけが自由な時間に登校しても許されるのでしょうか?」
しかし、学校側は明確な答えを出すことはできなかった。
そして12月5日から4日間にわたり、二学期の期末テストが行われたが、
愛子さまは5日、6日、9日の3日間、計8教科分の試験を欠席された。
この期末テスト欠席に関して、東宮大夫は定例会見で、風邪で発熱や咳があったためと説明している。
結局、愛子さまは後日、数日に分けて追試を受けられたという。
※女性セブン2015年1月8・15日号
http://www.news-postseven.com/archives/20141225_294886.html

愛子さまお忍びで遊園地 大胆なお出かけに宮内庁関係者疑問
2014.12.26 11:00
2014年の一学期後半から始まった愛子さまの“不規則登校”問題。
後に追試はしたものの、二学期の期末テスト期間には3日間、8教科分の試験を欠席されている。
これだけ欠席や遅刻が増えるなか、12月17日、
愛子さまはお忍びで東京ドームに隣接する遊園地・東京ドームシティ アトラクションズ
(旧後楽園ゆうえんち)へ行かれている。
「愛子さまはお友達4人ほどと来ていましたよ。昼過ぎから夕方までアトラクションを楽しまれたようです。
愛子さまはお化け屋敷やウォーターキャノンというシューティングゲーム、水上のメリーゴーラウンドなど、
寒さを吹き飛ばすほど、元気にアトラクションを満喫されていました」(居合わせた客)
学校内での特別な行動や扱いに批判が集中しているなかでの大胆なお出かけに、宮内庁関係者は首を傾げる。
「どうして遊園地なんて人目がつくところにお出かけになられるのでしょうか。
もちろん、その日、学校はテスト休みだったわけですから、私的に遊びに行かれるのは自由です。
しかし、これだけ遅刻や欠席の問題で同じ学校に通う生徒たちからも不満の声があがっているのですから、
私的な行動はお控えになるべきだと思うんです。
雅子さまや側近たちはそういった配慮や進言をなさらないのでしょうか。信じられません」
※女性セブン2015年1月8・15日号
http://www.news-postseven.com/archives/20141226_294898.html

愛子さまが夜中までLINE お友達は「スルーできない」と悩む
2014.12.27 07:00
“不規則登校”が続く愛子さま。二学期の期末試験では8教科分を欠席した。
しかし、その一方でお忍びで遊園地・東京ドームシティアトラクションズへ行かれ、
宮内庁関係者も首を傾げていたという。
学校でも外でも疑問視される行動を続けられる愛子さま。
そんな愛子さまに少々困惑ぎみの子供たちもいた…。それは愛子さまと仲が良い同級生たちだ。
「愛子さまは学校から東宮御所に戻られると、『LINE』をよくなさっているようです。
時には夜中までおやりになることもあり、お友達たちも返すのが大変みたいで…。
お友達のママの中には“愛子さまは遅刻しても大丈夫だけど、
うちの子は遅刻できないから夜中までLINEをさせられない。
でも、愛子さまのLINEはスルーできないし”なんて悩んでいる人たちもいるそうです」(学習院関係者)
同級生たちを憂うつにさせる、愛子さまのマイペースぶり。
しかし、このような状況に一部の学習院OB・OGからは、こんな声があがっているのだという。
「卒業後、女子高等科に上がる際、中学時代の成績や出席状況、学校での生活態度などを鑑みて、
高等科への入学OKかの判断がされます。もし、愛子さまの状況が、今後2年間も続いてしまえば、進級時に、
大きな問題となって関係者やOG、そして在校生から、
“愛子さまの進級には一考を要する”といった不満が噴出しかねません」(前出・学習院関係者)
以前、女性セブンがお伝えしたとおり、雅子さまは愛子さまに高校受験をさせて、
学習院以外の学校へ転校させるという計画もお考えだという。
※女性セブン2015年1月8・15日号
http://www.news-postseven.com/archives/20141227_294907.html

「週刊新潮」2015年1月1・8日新年特大号
学習院に同情の声が寄せられないのには、あの問題も影を落としていた。
「愛子さまの不規則登校ですね。1学期はテスト期間中に2日休み、終業式も欠席。
2学期は終業式こそ遅刻寸前の滑り込みセーフでしたが、テストは2日お休みされました。
その後、お友達と東京ドームの遊園地に遊びに行かれていますから、ご体調不良とも思えない。
かつての学習院は皇族にも厳しい教育を施していたのに、
今は愛子さまを優遇し、指導に手をこまねいている有様です」(同)

苦手な“金曜日”を乗り越えて――愛子さま 「不登校傾向」打ち破るオーケストラ部演奏会のご見学
2015年02月03日(火) 〈週刊女性〉
東京都心でも3センチの積雪を記録した1月30日金曜日の朝─―。 
皇太子ご夫妻の長女で学習院女子中等科1年の愛子さまは、8時20分の予鈴直後に校門をくぐられた。
愛子さまが苦手とされる道徳(作法)の授業が1時間目にある1月28日には10時20分の登校だったが、
翌29日も予鈴直後にご到着。
「金曜日は愛子さまがお得意ではないと言われている数学や理科が集中しているので、
今まで遅刻や欠席が多くありました。しかし悪天候の中、1時間目から登校されたということは、
お気持ちに変化があったのかもしれませんね」(皇室ジャーナリスト)
女子中等科に進学した6月ごろから不規則な登校が報じられ、
専門家からは、「不登校」の一歩手前の「不登校傾向」であるという指摘もあった。
しかし、3学期に入った先日、こんな意外なお出ましも─―。
「1月25日の午前、皇太子さまがサウジアラビアの故・アブドラ国王の弔問へお出かけになった後、
愛子さまは目白にある学習院大学キャンパスをおひとりで訪問されました」(宮内庁関係者)
この日、会場では学習院の中等科と高等科の生徒による楽団「学習院ジュニアオーケストラ」の
コンサートが開かれていたのだ。学習院の“ジュニオケ”は、初等科で管弦楽部だった児童が
そのまま持ち上がりで入部することが多く、初等科時代にチェロを担当していた愛子さまも
お入りになるのではと言われていた。 
「結局、ジュ二オケには入部しなかったので、愛子さまがコンサートにいらっしゃるとは驚きました。
12月の学習院OB管弦楽団の演奏会のときには、途中で会場を後にされ、もう音楽には、以前ほど
ご興味がなくなったと思っていました。もしかしたら愛子さまは、ジュニアオーケストラへのご関心が強くなり、
今回の演奏会を鑑賞されたのかもしれませんね」(学習院関係者)
皇室取材の経験が長いジャーナリストで、文化学園大学客員教授の渡辺みどりさんは、
愛子さまの“変化”についてこう語る。
「音楽でもスポーツでも、自分が好きで打ち込めるものがあるのはいいことです。
ご友人と練習して演奏会でその成果を発表することは、日々の生活にリズムや緊張感が出るので、
学校の遅刻や欠席も減っていくはずです」
今回の演奏会は、そんな通常登校とオーケストラ入部への「強い気持ち」を持たれたからこその、
お出ましだったのかもしれない。
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/7245/

週刊ポスト2015年2月13日号
「不規則登校」が続く愛子内親王は、昨年12月の期末テストで3日間・計8教科分の試験を欠席したが、
その直後に遊園地をお忍びで訪れ、アトラクションを満喫したとも報じられた。

女性セブン2015年3月12日号
「2月は1度だけ喉の痛みを訴えられ学校をお休みされましたが、それ以外は元気に登校されているようです。
学校内で行われた百人一首大会で愛子さまが所属されたグループは1位になられたそうです。
愛子さまはおひとりで40枚も取られる大活躍だったと聞いております」(学習院関係者)

週刊女性2015年3月17日号
「3学期になり、ようやく学校生活になじまれてきたようです。
2月20日の東宮大夫の記者会見では、愛子さまがその日までに1日しか学校を休まれていないこと、
校内の百人一首大会で40枚近くの札をとり、グループ内で一番だったことが発表されました」(宮内庁担当記者)
この春に、学習院女子中等科2年生に進級する愛子さまは昨年の夏ごろから、不規則登校が問題化。
遅刻ぎりぎりのこともあれば、欠席したり、午後2時に登校することもあり、
定期試験も休むなど「不登校」の一歩手前の「不登校傾向」のような状態になっていた。
ところが、冒頭の記者が述べた”成功体験”で愛子さまは自信がついたのかもしれない。
皇太子さまが”皇居ラン”で汗を流された25日の水曜日は、8時25分の1時間目の本鈴が鳴った直後にご登校。
翌26日は9時30分ごろだったが、皇太子ご夫妻がウィリアム王子に会われた27日金曜日も
8時25分ごろに校門をくぐられた。
学習院関係者も、ひと安心といった表情で語る。
「金曜日には愛子さまが苦手とされる数学や理科が集中していて、大幅に遅刻することもありましたが、
すでに克服しつつあります。また水曜日の1時間目にある道徳での作法の授業も欠席が多く
心配していましたが、出席できるようになったのは喜ばしいことだと思います。
作法の授業では専門の講師がお茶の出し方から冠婚葬祭まで、さまざまなマナーのレッスンをしているので、
愛子さまにはこれからは出席していただきたいと思います」

「不規則登校」を克服へ――
愛子さま、修了式でアナ雪『ありのままで』を披露の”余裕”
2015年03月25日(水) 06時00分〈週刊女性4月7日号〉
梅も散り始め、桜の開花が間近になった3月20日。学習院女子中・高等科では修了式があったが、
皇太子ご夫妻の長女・愛子さまは、8時20分の予鈴直後に校門をくぐられた─。
宮内庁担当記者が、愛子さまの学校生活を振り返る。
「1年生の3学期に入って愛子さまは遅刻や欠席が減り、3月初旬に行われた
学年末考査(テスト)も受けられ、おおむね順調な学校生活を過ごされたようです」
昨春、学習院女子中等科に進学し、入学式で学校生活を「楽しみにしています」と、元気におっしゃった愛子さま。
6月の終わりごろから、大幅な遅刻など不規則登校が問題化。1学期の期末テストを欠席したにもかかわらず、
直後の自宅学習日には友人と遊園地に遊びに行くなど、学校への”不適応”が心配された。
「愛子さまは2学期になっても部活動に入ることはなく、苦手とされる作法や数学の授業などを休み、
午後2時ごろの登校も増加。定期試験も欠席するなど不規則な登校が続きました」(皇室ジャーナリスト)
そのころから、すでに修了式の3日前の17日に行われた「送別学芸会」への参加も危ぶまれていた。
学習院関係者が明かす。
「中1から高2の生徒が学年単位で音楽や出し物を披露し、高3生を送り出す学習院女子部の恒例の行事です。
練習の時間は、金曜日の1時間目にあるホームルームがあてられることが多く、
2学期まで愛子さまはその時間帯の遅刻も続いていました。
そのため、愛子さまは練習不足で参加できず、学校生活からさらに取り残されてしまう懸念があったのです」
しかし本番当日、愛子さまは7時40分ごろには登校。入念な準備をして、高3生を送り出された。
「中1は合奏と合唱で、愛子さまはお得意のチェロと合唱をされました。
しかも『音楽サポーター』という準備のための係で、演奏パートごとの編曲も担当されたそうです。みんなで
アナ雪の『ありのままで』、ゆずの『栄光の架橋』、セカオワの『RPG』などを披露されました」(同・関係者)
学年末テストが終了し自宅学習日だった3月11日も、今回の学芸会の準備のために登校されていた愛子さま。
「東日本大震災からちょうど4年の時刻には、ほかの生徒とともに黙祷をされたとのことです」(前出・記者)
子どもの教育に詳しい東京成徳大学名誉教授の深谷昌志さん(教育社会学)は、愛子さまの変化の原因をこうみる。
「愛子さまは皇族という特別なお立場なので、溶け込むのが難しかったかもしれませんが、
最近では人間関係が自由になったのかもしれません。特に小学校5、6年生ごろまでに女子生徒は
同じ集団で固まりがちになり、そこに適応できないと不登校の原因になることがあります。
ただ中学1年生の後半となれば、あの子はあの子。私は私と徐々に大人の距離感をとるようになります」
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/10206/

愛子さまの”ガールズトーク”歩行にお付きの側衛たちが困惑
2015年04月21日(火) 06時00分
〈週刊女性5月5日号〉
4月12日に東京・目白の学習院大学キャンパスで『オール学習院の集い』が開催された。
毎年、学習院の幼稚園児から大学生、卒業生までが一堂に会し、
演奏会や飲食模擬店などさまざまな催しが行われる行事に、皇太子ご夫妻の長女・愛子さまが参加。
この日は演奏会に参加をされた愛子さま。それが終わると、3人の仲よしさんたちとキャンパス内の食堂へ。
自ら食券を買って列に並び、お昼ごはんとなった。
「愛子さまが学食で、ほかの人たちに交じって食事をされていたので驚きました。
給茶機で湯飲みを持って自分で飲み物をついでいたので、こういうこともされるんだと感心しました」(学習院大生)
食事後もお友達とおしゃべりに興じ、身振り手振りを交え大笑いしたりと、”女子会”を延々と。
途中、お菓子を買いに行くこともあり、食堂を出られたのは3時間近くたってから。
今度はコンビニで、ペットボトルのお茶を購入して会場の各ブースを回り始めた。
愛子さまたち4人は、”ガールズトーク”に熱中するあまり、目的地もないようにウロウロ。
急に引き返すなど、側衛(警備)やお付きの人たちが予期せぬ動きに慌てる場面もしばしばだった。
例年、愛子さまは輪投げや射的などがある「縁日」のコーナーに顔を出されていたが、
今年は「子どもには楽しいよね〜」と素通り。昨年まで、一心不乱に射的をしていた姿とは違い、
大人の女性へと”成長”した姿がうかがえた。
「『アイメイト協会』による盲導犬を体験するコーナーにも立ち寄られました。
お友達が盲導犬と一緒に歩くときに、後ろから付き添っている愛子さまの姿が、
面倒見のいいお姉さまという雰囲気でしたね」(学習院関係者)
桜の木の下では、愛子さまがカバンからスマートフォンを取り出され、記念撮影も。
食堂に戻ると「トシ、何やってるの?」と別の女子友達から愛子さまのご称号・敬宮からとった愛称で
呼び止められる場面もあった。夕方になり、会場内の各ブースが店じまいにとりかかっても、
おしゃべりに夢中だった愛子さまたち。
「愛子さまがお友達と、片づけのためのリヤカーに乗っていてびっくりしました」
と話すのは、居合わせた近所の住人。
「乗り込んだときは、重みで”キャ〜”と後ろにすべり落ちそうになりましたが、係の男性が一生懸命、
バランスをとって引いてくれたので、愛子さまたちは大はしゃぎでした」(同・学生)
 最後は、愛子さまはリヤカーに乗せてくれた男性に、
「ありがとうございました」
と、元気よくお礼の言葉を述べられた。昨年の行事では、ご自分のゴミをブースの係員に言葉少なに手渡し、
捨ててもらったことが批判的に報じられたが、今年は一段と成長されたようだ。
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/11821/

愛子さま、学校行事で2年連続の“助っ人”演奏をされた理由
2015年04月21日(火) 06時00分
〈週刊女性5月5日号〉
「愛子さまは以前に比べて、ずいぶんと元気で明るくなった印象がありましたね」そう語るのは、
4月12日に東京・目白の学習院大学キャンパスで開かれた『オール学習院の集い』に参加した学習院関係者。
毎年、学習院の幼稚園児から大学生、卒業生までが一堂に会し、
演奏会や飲食模擬店などさまざまな催しが行われる行事に、皇太子ご夫妻の長女・愛子さまも参加された。
今春、女子中等科2年に進級した愛子さまは、幼稚園時代からこのイベントに出席されているが、
年は確かな「ご成長」がうかがえる場面がいくつも─。
「愛子さまが『大合同演奏会』の初等科管弦楽部の部で、チェロを披露されたのにはびっくりしました」
と話すのは別の学習院関係者。
演奏会は、幼稚園児からOB管弦楽団までが出演するもので、現在、どこにも所属していないはずの愛子さまが
出演されるのは異例のこと。
ザ・ブームの『風になりたい』と、嵐の『サクラ咲ケ』を元気よく演奏されたが、こんな理由があったようだ。
「初等科生だけからなる管弦楽部では、演奏が成り立ちにくいこともあるので、
卒業生に”助っ人”をお願いすることがあります。今年も愛子さまに”白羽の矢”が立ち、
参加することになったのだと思います。昨年に続いてのご参加に後輩たちも、
頼もしく思われたのではないでしょうか」(同・関係者)
通常、初等科管弦楽部の出身者は、中学から『学習院ジュニア・オーケストラ』に入ることが多いが、
愛子さまは今のところ所属されていないので、次のような話も─。
「愛子さまはそろそろ、ジュニア・オーケストラにお入りになるかもしれません。
今年1月には、学習院で行われた”ジュニオケ”のコンサートを鑑賞し、3月には高3生を送り出す
『送別学芸会』で、『音楽サポーター』という係になり、音楽へのご興味は続いているようです」
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/11819/

雅子妃の女官長4年ぶりに決まる

4年半ぶりに決まった「雅子妃の女官長」のお役目
4年半という空白の時間にピリオドが打たれた。
皇太子妃に仕える東宮女官長。長きにわたり不在という異例の状態が続いていたが、
7月31日の閣議で西宮幸子氏(58)の就任が決定されたのである。
女官長は雅子さまに仕える側近で、国内外のご公務に付き添う渉外役を担う。
採用にあたり大事な条件があると話すのは、皇室ジャーナリストの神田秀一氏だ。
「昼夜を問わず妃殿下に一心同体でお仕えするため、私生活に負担がないよう、
これまでも独身女性が選ばれてきました」
前任の木幡(こわた)清子氏も、シリア大使を務めた木幡昭七氏の未亡人。
ご主人が雅子さまの実父・小和田恆氏と外務省の同僚だった縁で1993年に東宮女官となり、
2003年から女官長を務めたが11年に退任していた。
「愛子さまの不登校が深刻化した時期で、東宮ではご一家を支える職員ら5人が離脱をして世間を騒がせた。
療養中の雅子妃との意思疎通が不十分だったと言われています」(宮内庁記者)
この7月にトンガご訪問を果たし、ご回復の兆しを見せる雅子さま。西宮氏は重責を果たせるだろうか。
「彼女は津田塾大を卒業後、銀行勤務を経て外交官の西宮伸一氏と結婚しますが、
彼は民主党政権下の12年、中国大使に任命された直後に急死してしまいました。
子供たちも独立し、雅子妃のお世話に専念できる状況にあります」(同)
専業主婦として朗らかな人柄との評判だ。夫がニューヨーク総領事として赴任した際は、
夫婦で当時ヤンキースの松井秀喜氏の表彰式に出席したことも。
茶会、朗読会などのレセプションを取り仕切るなど海外経験も積んできたが、皇室にかかわる公職の経験はない。
「人選の責任者は小町恭士東宮大夫。外務省出身の彼の周囲で了承を取り付けられた適任者は
西宮さんしかいなかったワケですが、これで雅子妃の本格的なご公務再開に向けての
体制は整った格好です」(神田氏)
特別職の女官長に定年はなく、齢70を過ぎるまでお仕えするのが通例だという。
末永く東宮ご一家を支えられるかどうかに注目が集まる。
週刊新潮 2015年8月13・20日夏季特大号 掲載
http://www.gruri.jp/article/2015/08041800/


雅子さまのお世話係新トップ就任で美智子さまのご負担軽減に
2015.08.12 07:00
「心筋虚血」の疑いがあると診断された皇后美智子さま(80才)。
6月末頃から胸の痛みを訴えられ、7月24日に心電図検査を行ったところ、今回の所見が認められた。
お体を心配する声も多いなか、戦後70年の節目となる今年、
これまで以上に強い思いとともに公務をこなされてきた美智子さまだが、永らく1つの心配事を内に秘められてきた。
2004年7月に宮内庁が“適応障害”と発表してから、11年にわたって療養生活を送られている雅子さまのことだ。
「美智子さまのご年齢やご体調を考えても、今後、雅子さまへ期待される役割は大きい。
本格的な公務復帰への道筋が不透明ななか、
なんとか雅子さまをサポートできる体制を、とずっと願われてきたのです」(宮内庁関係者)
そんな美智子さまの思いと重なるように、7月31日、雅子さまのお世話係のトップである東宮女官長に、
西宮伸一元中国大使夫人の西宮幸子さん(58才)が就任することが閣議決定された。
女官長は、基本的に雅子さまのすべての公務に同行し、
かつTPOに合わせて雅子さまの振る舞いやお召し物のアドバイスもするという、
経験や知識を求められる重要な役回りだ。
「海外での公務もあるため、必然、外交官夫人など海外経験豊富なかたが務める傾向にあります。
加えて昼夜を問わず雅子さまにお仕えするため、
独身で、子供も独立しているといった暗黙の条件もあるんです」(東宮職関係者)
実際、前任の木幡清子さんは、シリア大使だった木幡昭七さんの未亡人。
西宮さんの夫も、2012年に急逝している。
ところが、2011年に木幡さんが退任して以降、実に4年半もの間、東宮女官長の席は空いたままだった。
皇室ジャーナリスト・神田秀一氏はこう解説する。
「女官長に4人の女官が加わった5人が雅子さまのお世話をするというのが本来の体制です。
それに反して女官長のポストが4年半空席というのは異例中の異例のことでした。
しかし、雅子さまのご活動自体が少なかったために、大きな支障はないままきてしまっていたのです。
一方で、雅子さまが本格的に公務に復帰されるとなれば、
人手が足りなくなることが容易に予想されていました。そのため喫緊の新体制が求められていたのです」
今年5月には、こどもの日の公務を両陛下から引き継がれ、7月に皇太子さまと訪問されたトンガでは、
当初予定されていなかった在留邦人との懇談にも急遽出席された雅子さま。
確実に快方へと向かわれている。神田氏が続ける。
「雅子さまが公務に積極的になられ、かつその雅子さまを支える女官たちの体制も整いました。
美智子さまにとっても、長年の気がかりが払拭され、ご安心なさっているのではないでしょうか」
雅子さまへのサポート体制こそ、美智子さまへのサポートにつながる。
※女性セブン2015年8月20・27日号
http://www.news-postseven.com/archives/20150812_341088.html

4年にわたり半空席だった東宮女官長が決定 雅子さまに好影響
2015.09.06 16:00
8月24日、雅子さまは皇太子さま、愛子さまとご一緒に那須御用邸(栃木県)へと向かわれた。
ご一家は近くにあるステンドグラス美術館に足を運ばれたり、別の日には、那須どうぶつ王国へもお出かけになった。
「肌寒い日でしたが、雅子さまは晴れやかな笑顔を見せられていました。
ビントロングという猫の仲間の動物と触れ合う愛子さまへの優しいまなざしも印象的でした。
乗馬体験のコーナーでは、居合わせた人に馬上から笑顔で手を振るなど
終始リラックスされたご様子でした」(皇室ファン)
その表情からは、雅子さまの今夏の充実ぶりも窺えた。7月には、2年ぶりとなる海外公務でトンガ王国を訪問。
当初は予定になかった在留邦人との懇談にも出席され、帰国後には、普段は慎重な言い回しが多い小町恭士東宮大夫が
雅子さまのご様子について、“お出ましを積み重ねられていることは望ましいことです”と述べた。
「4年半にわたって空席だった雅子さまのお世話係のトップ・東宮女官長に
西宮幸子さんが就任したことも好影響のようです。
那須では西宮さんと談笑されるご様子も見られましたが、明らかに快復の兆しが感じられます」(皇室記者)
※女性セブン2015年9月17日号
http://www.news-postseven.com/archives/20150906_348588.html

文藝春秋2016年10月号
昨年八月、皇太子ご一家が那須でご静養された際には、宮内庁担当記者を驚かせる場面があった。
「雅子さまは、愛子さまやそのお友達と一緒に那須どうぶつ王国を訪れたのですが、
ある女性と驚くほど楽しそうに談笑されていました。
ママ友かと思ったのですが、東宮女官長に就任したばかりの西宮幸子さんだったのです。
笑いがとまらないといった雅子さまのご様子から、二人が打ち解け、
信頼しあっていることが窺えました」(宮内庁担当記者)
昨年七月に西宮氏が就任するまで、約四年にわたり、東宮女官長のポストが空席という異常事態が続いていた。
その期間には、愛子さまの不登校が続いており、東宮職員の相次ぐ辞職も表面化。
雅子さまと側近の意思疎通が上手くいっていないとも言われていただけに、
西宮女官長との相性の良さは周囲に歓迎された。
「西宮さんは元中国大使の故・西宮伸一氏の未亡人。
銀行勤務の経験もあり、膝上スカートのスーツもさらりと着こなしています。
サバサバした性格で、元外務省の雅子さまとウマが合うのではないでしょうか。
ある東宮職員は『妃殿下がオンタイムで動いてくださるようになり、
仕事がやりやすい』と士気も上がっているようでした」(同前)

皇族お気に入りの職員は、珍しいことではない。
過去にも皇太子が手放さないと言われた内舎人(うどねり 侍従の下のお世話係)や
秋篠宮のお気に入りの職員がいて長く異動しないケースがあった。
彼らは天皇家のいわば使用人であり、侍従長や女官長という上司はいるものの、
日常の仕事の差配は天皇皇后、皇太子ご夫妻が直接なさることも多い。
「皇后陛下は指示がこまかく、女官や侍従を厳しく叱られることがよくありました。
ただ職員に対する気遣いもあって、歌会始のあとに女性職員を全員集めて小正月の宴をもたれたり、
御餅つきをしたり、フォローも欠かしません。
やはり御所全体としてうまく行くかどうかは皇族方の仕切り方に関わってくるところが大きい」(前出・OB)
皇后にお仕えする女官長は、旧華族からの登用が多い。
歴代の顔ぶれを見ると、井上和子、濱本松子の両氏は明治の元勲。木戸孝允の子孫で叔母と姪の関係。
現役の伊東典子氏は大久保利通の曾孫である。
対照的に、現在の雅子さまに仕える東宮女官は外務省人脈が目立つ。前述した西宮氏だけでなく、
前任の木幡清子氏も元シリア大使夫人、
その夫は雅子さまの父・小和田恆氏と親交が厚かったという。
一方、侍従と東宮侍従は、厚生労働省、警察庁などの旧内務省系、
あるいは文部科学省や外務省からの出向組が目立ち、京都市役所や東京ガスの出身者もいる。
しかし、なぜか宮内庁生え抜きのキャリア組は見当たらない。
宮内庁に理由を尋ねると「特に理由はありません」というが、
そもそも庁全体に生え抜きキャリアが四名しかおらず、他省庁からの人材供給に頼らざるをえない状況ではある。
「昭和天皇の時代は、五十年の長きにわたって仕えた入江相政さんや徳川義寛さんのように
゛天皇の臣下゛であるという意識を持った侍従がいましたが、
現在は公務員気質の人ばかりで、それほど皇室に愛着を持つ人は多くありません」(前出・OB)
近年、存在感を増しているのが外務省だ。
「宮内庁では侍従職、東宮職、式部職という三つの部署を総称して『三職』と呼んでいました。
現在、この三職のトップと宮家を統括する宮務主管を含めた四ポストが全て外務省出身者で占められています。
これは平成になって外国訪問や海外からの賓客が増え、
それに伴って外務省が庁内で勢力を伸ばしてきたためでしょう」(山下氏)

雅子さまは「菊の玉座の囚人」

週刊新潮2014年1月2・9日新年特大号
雅子さまは「菊の玉座の囚人」 欧州大衆誌の皇室報道とは
更新日:2013年12月20日

皇太子妃雅子さまが9日、50歳の誕生日を迎えた。
今月で雅子さまの療養生活も10年になるが、今年春にはマキシマ王妃からの誘いで、
ウィレム・アレキサンダー国王の即位式出席のためオランダ訪問を決断するなど、
体調は快復に向かっているという。
誕生日を機に、英仏の大衆誌が雅子さまを取り巻く環境を報じている。

【雅子さまは皇室の囚人】
 仏週刊誌『パリマッチ』は「雅子、とらわれたプリンスの運命」と題し、
「公式写真の中で彼女は笑っているが、皇室は彼女にとって牢獄のままだ」として、以下のように報じている。
賢く文化的で学歴もあり美しく、すべてを持ち合わせた雅子さまに、皇太子さまは恋に落ちた。
皇太子さまは5年間にわたって雅子さまを口説いたが、彼女は少なくとも2度その求婚を断った。
3度目に雅子さまはプロポーズを受けたが、何が彼女を変えたのは明らかではない。
さらに同誌は、「独立した現代の女性」が、日本の皇室で「無言の配偶者」にならねばならなかったと指摘。
加えて子供を長年出産できず、なおかつ男児を生めなかったこと、
精神的な圧力や国内外の噂が彼女をさらに押しつぶしたと事情をつづった。
雅子さまの皇室入りは誤った選択だったのではないかとまで評する。
そして、このような状況を「菊の玉座の囚人」と言うのは、日本ではタブーであると伝えている。

【雅子さまの気持ちが分かるオランダ王室】
同誌は、欧州王室の跡取りたちは国内外を駆け巡るのに、
日本の皇室の妃は東宮御所に閉じこもる生活だ、と報じる。
しかし、雅子さまにとって11年ぶりの海外公務となった今年のオランダ訪問は、
国内の各メディアも報じたように、状況を良くする手助けになったようだ。
英週刊誌『ハロー・マガジン』も、「マキシマ王妃が雅子妃の健康改善にとって鍵となる役割を演じた」と冠し、
オランダ王室と日本皇室の親密さを紹介しつつ、少しずつ快復する雅子さまの様子を報じている。
同誌は、オランダのベアトリックス女王は、ドイツ人で夫の故クラウス殿下が、
周囲からの批判により鬱病を患ったこともあり、雅子さまの状況に同情しているという、
王室ジャーナリストたちのコメントを引用した(編注:当時オランダは第二次大戦後でドイツへの感情は好ましくなかった)。
2006年にオランダ王室は皇太子ご夫妻を2週間のオランダ静養に招待している。
愛子さまがカタリナ・アマリア王女と親しげに遊ぶ姿が報じられたことは、まだ記憶に新しい。

【医師団は慎重姿勢】
誕生日に際し、東宮職医師団からは「ゆっくりとではありますが、着実に快復してこられました」
との見解が発表された。ただ、「過剰な期待を持たれることは、かえって逆効果となり得る」と慎重な姿勢を示し、
「周囲の方々の理解と支援を受けながら、ご治療を続けられることが引き続き大切です」としている。
http:// newsphere.jp/national/20131220-1/


12月14日『パリ・マッチ』のネット版の記事は、日本人が読んだら目を剥くようなもの。
皇太子さまの度重なる求婚の末に結婚したものの雅子さまはあふれる才能を生かすことができない皇室という
牢獄に捕えられた囚人のようなものと評している。
ヨーロッパにおいては雅子さまは被害者という論調は珍しくない。
オランダ公共放送でも,男子出産を強制され、流産を3回経験などと報じられた。
「雅子さまは外務省に入省されてすぐお妃最有力候補としてメディアの取材攻勢にさらされた。
オックスフォードに留学したため、いったん縁談は立ち消えたが、
皇太子さまのご意向を受けた元外務省次官が92年8月に再会をセッティング、
その年の10月には皇太子さまがついに鴨場デートでプロポーズに至ったのです」(宮内庁元幹部)
雅子さまは一度は辞退したものの皇太子さまの熱意に動かされ、
翌年1月の婚約発表と相成って瞬く間に日本列島祝賀ムード。

お二人のご成婚は、「小和田家」の意向も色濃く反映されていた。
「〔宮内庁元幹部談、ご成婚について〕実は、父親の小和田恒さん自身、
皇太子妃として雅子さまをプッシュしていたのです。
…例えば、皇室に幅広い人脈を持つ外交関係者と会食した折には、
「“娘が皇室に嫁ぐことになれば こんなに名誉なことはありません”と暗に縁談をまとめるよう要請していたと聞いた。
宮内庁にパイプを持つ外務省職員を仲介役に立て小和田家が結婚に大乗り気であることを売り込んだ。
それについては皇后さまが仲介役の名前を洩らされたこともある。」(宮内庁元幹部)

小和田氏の評判
「有能な野心家。福田赳夫の秘書官に登用されたとき、大臣演説の原稿を綴じ間違えるという大失態を犯した。
小和田氏は自殺も考えたそうだが、懸命に挽回に努めた甲斐あって
福田が総理になると秘書官に抜擢されたのです」(外務省OB)
条約局長や官房長、審議官などを経て、1991年には外務省トップの外務事務次官の地位に上り詰めたのである。
そして、皇太子さまと雅子さまが結婚された93年に事務次官を退官し、
「次の転進先として念頭にあったのは次官経験者の指定ポストである駐米大使でした。
ですが、結局のところ、割り振られたのは国連大使。ステップアップの志向の強い小和田さんにとって、
それは不満以外のなにものでもなかった。外務省が、“国際司法裁判所判事になりたい”という
本人の意向を汲み取り、03年にその仕事に就くことができたのです」(同)
なおかつ、09年から3年間は、国際司法裁判所の所長を務め、12年には判事に再任。
現在、81歳という高齢ながら、任期は21年まで残っているという。
「オランダにある国際司法裁判所の判事となれば、欧州の王室や政財界などの上流階級と交遊することになる。
88歳までその地位を手放さないのは、言うなれば、名誉、名声を求める欲求が人一倍強いからです。
雅子さまを皇室に嫁がせることに熱心だったのも、常に上を目指す精神構造を抜きにしては語れないはずです」)(同)
しかし当の雅子さまは結婚11年目に「適応障害」と診断され療養生活に。
「その3か月ほど前、雅子さまは小和田の別荘で1か月静養。宮内庁にとっては大変な驚き。
いくら肉親とはいえ,皇太子妃が民間人のもとに身を寄せるとはありえない」(宮内庁元幹部)
雅子さまはその後、公務も宮中祭祀も結成。しかしプライベートでは頻繁に「小和田家」と会い、
花火大会、ハロウィン、クリスマスパーティ等が恒例行事に。
ここ1年も、オランダ訪問の際に宿泊先ホテルで小和田夫妻と懇談、
さらに9月には万国国際法学会で帰国した小和田氏を東宮御所に招いた。
小和田家と常に比較されるのが正田家。
正田夫妻が東宮御所を訪れるのは,皇太子夫妻とお子様たちの誕生日祝いに限られ
ましてや両陛下から会食の席に招かれるなどということは、ついぞなかった。
西欧ではなぜ雅子さまばかり被害者と扱われるのか。
「日本の皇室はある意味、閉鎖的で不可思議な存在に映っている」
「小和田氏は国際的に活躍する人物。雅子さまはその娘で外交官だったとなれば
国際社会で活躍する力を持ちながら皇室に縛られて力を発揮できないまま病気になったと
同情的にみられるのも無理ない」 (在仏邦人ジャーナリスト)
西尾幹二氏
「国民に無私の祈りをささげる“祭祀王”としての役割が天皇陛下を天皇陛下たらしめている所以です。
皇室は、権威主義からは最も離れた無私の象徴です。
ですが、今なお要職に就き、頻繁に雅子さまに会う小和田さんは、無私の精神とはほど遠い方。
雅子さまが皇室を息苦しく思うのは、そんな小和田氏から影響を受けているからで
美智子さまも紀子さまも乗り越えられていることをしっかり踏まえて頂きたいのです」
西欧メディアが言うところの雅子さまが囚われているものは皇室でなく
ほかならぬ「小和田家」かもしれない。その呪縛が解けない限り、いつまで経っても苦難の日々。

厳戒態勢運動会関連記事

愛子さま通う学習院 運動会で「自分の子以外撮影ダメ」通達
2014.09.29 07:00
2学期開始直後の9月初旬、愛子内親王が通う学習院女子中等科では保護者向けに
「9月27日の運動会について」というペーパーが配布された。「写真撮影について
『ご自分のお子さん以外の写真は撮らないでください』との文言が書かれていました」(学習院関係者)
愛子内親王が中等科に進学してから初の運動会とはいえ、過去、秋篠宮家の眞子内親王、
佳子内親王の中等科在学中にこうした指示がなされることはなかった。ある保護者はこんな困惑の声を漏らした。
「大勢が競技をするのに、どうやって自分の子供だけ撮ればいいのでしょうか」
中等科の運動会では、学年ごとにダンス授業の発表が行なわれる。生徒全員参加の伝統行事だ。
一度に百数十人の生徒が複雑な動きを織りなす踊りのなかから我が子だけをズームアップするのは
プロのカメラマンでも至難の業。そもそも群舞の美しさを見せるダンスでのワンショットでは、
せっかく練習してきた生徒たちもがっかりだろう。皇室記者が語る。
「中等科の運動会は『在校生の保護者以外は入場禁止』とされているが、初等科より見学者は少なく、
それほど厳しいチェックはない。それなのにこうしたペーパーが配られた理由は、
やはり雅子さまのご出席を想定してのことでしょう。東宮職の要請か学習院の配慮かはわかりませんが、
これまでの経緯があるので双方が気を遣うイベントであることは間違いありません」
東宮職と学習院行事の写真撮影をめぐっては過去に物議を醸す出来事があった。
愛子内親王が4年生だった2011年の初等科運動会で
「自分の子供以外を撮影するには許可を取らなければならない」という注意事項が配られた。
「愛子さまが周囲の目を気にする年頃だという理由でしたが、
むしろ雅子さまへの配慮の意味合いが強かったようです。療養中で公務の出席が難しいなか、
プライベートでは笑顔を見せることに批判が出るのを避けるためだったといわれました」(前出の皇室記者)
ところがその運動会では、多くの保護者が撮影を控えるなか、皇太子が写真を撮影する姿があり、
そのことに戸惑いを口にする保護者も少なからずいた。
※週刊ポスト2014年10月10日
http://www.news-postseven.com/archives/20140929_278884.html

愛子さま出場の学習院女子運動会 非公開・撮影禁止の厳戒態勢
2014.10.02 16:00
爽やかな秋晴れとなった9月27日。風は少し冷たく感じられたが、体を動かすには、ちょうどいい運動会日和。
学習院女子中等科・高等科ではこの日、合同の運動会が行われた。愛子さま(12才)が出場されたのは、
学年対抗の「ドリブル競争」と中1生徒のみで行う「みのむし」と「ダンス」だった。
「ドリブル競争」は、それぞれの学年から20名の代表選手が選ばれ、ボールを手でドリブルしながら、
ゴールに見立てた籠まで運び、そこでシュートを決めたら、再びドリブルして戻り、
次の選手にリレーするという競技。
「17番目に登場した愛子さまは、ご自分の順番を待っている間、中1チームが他学年に、
あまりに大きな差をつけられたためか、ずっと曇りがちな表情をされていました。
けれど、ご自分の番が来ると、ひとつでも順位を上げようと必死に頑張られていましたが、
焦りもあったのか、なかなかシュートが決まらず、とても悔しがられていました」(学習院関係者)
愛子さまにとって、この日は中学生になられて初めての運動会。
雅子さま(50才)も皇太子さま(54才)とともに開会式が始まってほどなくしてグラウンドに姿を見せられた。
「雅子さまは熱心に声援を送られていましたね。皇太子さまも一眼レフカメラとコンパクトカメラを使い分けられ、
愛子さまが奮闘される姿を追いかけていらっしゃいました」(前出・学習院関係者)
わが子の成長に目を細め、笑顔の絶えないご様子の運動会だったが、その舞台裏では大きな波紋が広がっていた。
初等科時代の昨年までの運動会では、毎年取材設定があったが、愛子さまが中学生となられた今年からは
マスコミへは一転して“非公開”となった。
「定例会見での小町恭士東宮大夫(68才)の説明では、“行事自体、保護者にしか公開していない
非公開の行事なので”という、あくまでも学校側のルールに従ったという説明でした。
しかし、それは初等科時代も一緒です。
振り返ると紀宮さま(現・黒田清子さん、45才)が女子中等科時代には、
運動会のご様子はマスコミによって報じられていた前例もあります。そう考えると腑に落ちませんよね…」(皇室記者)
また保護者の間でも混乱が起こっていた。
「二学期が始まって、すぐに学校側から保護者宛に《運動会のお知らせ》というプリントが配られました。
そこには“お子様の写真を撮影される場合には、名札をご着用ください。
また、他の生徒を本人に断りなく撮影することはご遠慮ください”と書かれていました。
これには保護者の中から、“愛子さまを撮影させないためだ”とか
“うちの子の友達の写真も撮れないなんておかしい”また“写真流出を疑われているようで不快だ!”と
いった不満の声が続出しました」(ある保護者)
“マスコミ非公開”に“写真撮影禁止”──超厳戒態勢下での運動会開催となっていたのだ。
※女性セブン2014年10月16日号
http://www.news-postseven.com/archives/20141002_279750.html

女性セブン2014年10月16日
「超厳戒運動会」―皇太子ご夫妻は“本部席”で孤立
「午後2時登校」への大逆風 愛子さま
9月27日。学習院女子中等科・高等科ではこの日、合同の運動会が行なわれた。
愛子さま(12才)が出場されたのは、学年対抗の「ドリブル競争」と
中1生徒のみで行う「みのむし」と「ダンス」だった。
(「ドリブル競争」では)「愛子さまは、ご自分の順番を待っている間、
中1チームが他学年に、あまりに大きな差をつけられたためか、
ずっと曇りがちな表情をされていました。けれど、ご自分の番が来ると、
ひとつでも順位を上げようと必死に頑張られていましたが、焦りもあったのか、
なかなかシュートが決まらず、とても悔しがられていました」(学習院関係者)
「雅子さまは熱心に声援を送られていましたね。皇太子さまも一眼レフカメラとコンパクトカメラを使い分けられ、
愛子さまが奮闘される姿を追いかけていらっしゃいました」(前出・学習院関係者)
その舞台裏では大きな波紋が広がっていた。
初等科時代の昨年までの運動会では、毎年取材設定があったが、
愛子さまが中学生となられた今年からはマスコミへは一転して“非公開”となった。
「定例記者会見での小町恭士東宮大夫(68才)の説明では、
“行事自体、保護者にしか公開していない非公開の行事なので”という、
あくまでも学校側のルールに従ったという説明でした。
しかし、それは初等科時代も一緒です。振り返ると紀宮さま(現・黒田清子さん、45才)が女子中等科時代には、
運動会のご様子はマスコミによって報じられていた前例もあります。
そう考えると腑に落ちませんよね…」(皇室記者)
また保護者の間でも混乱が起っていた。
「二学期が始まって、すぐに学校側から保護者宛に《運動会のお知らせ》というプリントが配られました。
そこには“お子様の写真を撮影される場合には、名札をご着用ください。
また、他の生徒を本人に断りなく撮影することはご遠慮ください”と書かれていました。
これには保護者の中から、“愛子さまを撮影させないためだ”とか
“うちの子の友達の写真も撮れないなんておかしい”また“写真流出を疑われているようで不快だ!”
といった不満の声が続出しました」(ある保護者)
“マスコミ非公開”に“写真撮影禁止”―超厳戒態勢下での運動会開催となっていたのだ。
この超厳戒態勢が敷かれたのには、愛子さまの“登校状況”が大きく影響していた。
運動会では、こんなシーンが見かけられた。
「午後のダンスのプログラムでは、愛子さまも他の生徒たちと一緒に『チキチキバンバン』を踊られました。
前半は近くのご学友と顔を見合わせて笑いあったりするほど、きちんと踊れていたんですが、
途中から少しずつ踊りが遅れ始めて…。振り付けを完全に覚えられていないのが目に見えてわかりました。
ダンスは一学期から授業で練習し体得するものですから、
やはり愛子さまは準備不足だったのかもしれませんね」(前出・学習院関係者)
愛子さまは一学期後半、“登校拒否”状態になってしまわれた。
遅刻や欠席の回数が増え、さらには期末試験や終業式までも欠席されている。
始業式当日は定刻前に元気に登校され、不安を一掃したかに見えた。
しかし、その後は再び逆戻りされていたのだ…。
「始業式の翌週には、理由は明らかになっていませんが、早速学校を欠席されています。
また9月24日はお昼を過ぎた午後12時40分頃に登校。さらに9月26日には、
一日の授業が終わる直前の午後2時過ぎに登校されています。
うなだれて元気のない足取りでした。(略)
また遅刻をするにも、一学期は午前中には登校されいてましたが、今では登校時間は午後になることもしばしばで…。
愛子さまの状態は悪化しているといって過言ではありません。
ダンスの振り付けを覚えられなかったのも仕方がない状況だったんですよ」(別の皇室記者)
皇室という世界にお生まれになった愛子さま。一般の人にはわからない苦しみが数多くあるのだろう。
しかし、他の生徒たちや保護者からすれば
“どうして愛子さまだけ特別扱いなの?”という思いを抱くのも当然である。
「本来、女子中等科は“遅刻”に厳しい学校です。予鈴に遅れただけでも保護者が呼び出されて、
先生がきちんと指導することもあります。しかし、愛子さまの場合、どんなに遅刻されても、
たとえ午後2時に登校されても、愛子さまにも雅子さまにも学校側からのお咎めはまずないでしょう。
写真撮影に関しても、他の保護者には厳しい規制が敷かれるなか、
皇太子さまはご自由にシャッターを切られていたようにお見受けいたしました。
一部からは“殿下は許可を取られたのかしら?”なんて、皮肉めいた声も聞こえたほどです。
これだけ学習院側が“特別扱い”すれば、皇太子ご一家と他の生徒や保護者たちの間に
溝が生まれてしまうのも仕方がないことなのかもしれませんね。
このままではご一家に対する逆風はさらに大きなものになりかねません」(前出・学習院関係者)
それを如実に表していたのが、皇太子ご夫妻の運動会観戦スタイルだった。
初等科時代、一般の父母席でのご観戦を望まれた皇太子ご夫妻のために、東宮職は早朝から
“席取り”の行列に並び、席を確保していた。そして皇太子ご夫妻は仲良しのママ友たちをお呼びになり、
歓談されながら愛子さまの活躍を楽しまれていた。
「皇太子ご夫妻はテント内の“本部席”に座られ、教頭先生や学習院の波多野敬雄院長や
東園基政理事といった学校関係者に囲まれて観戦されていました。
周りに、いつもの仲良しママ友はいませんでしたね。
お昼休みに応接室に向かう際に、初等科時代からのママ友と偶然会われて挨拶を交わすシーンはありましたけど、
それ以外はママ友との交流はお見かけしませんでした。
皇太子ご夫妻が保護者の中で“孤立”されているんだなと心配になりました」(別の学習院関係者)
運動会当日こそ定刻通りの登校をされた愛子さま。しかし、まだまだ不安定な登校状況は続きそうである。

週刊文春2014年10月9日号
報道陣締め出し愛子さま
笑顔なき運動会に雅子さまは・・・
「中一の応援席の端の方に座っていらっしゃいました。退場門からご自分の席に戻る時、
他の生徒は喜んだり悔しがったりして賑やかに話しているんです。
でも愛子さまはうつむき加減に一人で歩いていらっしゃいました」(観覧した保護者)
9月27日、秋晴れの下で行われた学習院女子中等科・高等科の運動会。
新宿区戸山にある同校のグラウンドに愛子さまのお姿はあった。
「朝8時15分頃、決められた時間より少し早く登校されました。愛子さまが参加されたのは、
麻袋に両脚を入れたままジャンプして進む『みのむし』や、バスケットボールをついてカゴの下まで行き、
シュートして戻ってくる『ドリブル競争』などです」(同前)
皇太子ご夫妻は、学習院院長や理事などが座る「本部席」から観覧された。
「雅子さまはオペラグラスで得点板をたびたび確認されていました。勝負の行方を気にされていた。
学年対抗の競技で中一が失格になったプログラムがあったのですが、
皇太子さまに『えっなんで?なんで?』と繰り返し尋ねられていたのが印象的でした。
皇太子さまは、例年通りカメラ二台駆使して、たくさんの写真をお撮りでした」(学習院関係者)
実は今回の運動会、報道陣はシャットアウトされた(同じく東宮家の一人娘だった紀宮さまの時は、
中一から高三まで全ての運動会で取材設定があった)。
愛子さまはマスコミのカメラを気にすることもなく、のびのびと競技に集中できたはずだが、
出席した関係者が口を揃えて「気になった」と言うのは、愛子さまの浮かない表情。
どうやら参加された種目が首尾よく行かなかったらしい。
「一年生が全員参加したダンス『チキチキバンバン』では、赤いポンポンを持って、リズムに合わせて
振り付け通りに踊られた。愛子さまは前半はお上手だったのですが、後半になると
ポンポンを上げ下げするのが遅れてしまうことがあり、次第に笑顔が消えていってしまったのです」(別の保護者)
また「ドリブル競争」では二十名のチームを組んでリレー形式で競うが、愛子さまの順番は最後の方で、
すでに他チームと大差がつき、勝敗が決していた。
「少しやる気を失ってしまったご表情で、ご自身もシュートを何度か外してしまった。帰りのドリブルは
脱力してアゴが上ってしまって……。練習不足だったのかもしれません。愛子さまは数日前の予行演習には
出席されたそうですが、普段の授業で練習する競技もありましたから」(同前)
本誌では一学期の終わり頃、欠席や遅刻の多い愛子さまの“登校非常事態”について報じたが、
それはまだ続いているのだ。
「小町恭士東宮大夫も定例会見で明かしていますが、じつは夏休みが明けて間もない数日間で欠席があったのです。
最近では、愛子さまを送り出すために雅子さまも早起きをされているようです」(東宮職関係者)
一日も早く明るい笑顔を取り戻していただきたい。

女性自身2014年10月14日号
学習院女子中高等科運動会での“愛子さま特別扱い”に保護者から大クレーム!
雅子さまの“願い”を裏切る「学習院の“前代未聞”の通達」
9月27日の女子中等科と高等科の生徒が合同で行う学習院の運動会を前に、学校が12日付で保護者宛てに配った
「運動会のお知らせ」のなかの文言が、多くの保護者を戸惑わせていた。そこにはこう記されていたからだ。
〈お子様の写真を撮影される場合には、名札をご着用ください。
また、他の生徒を本人に断りなく撮影することはご遠慮ください。〉

今回、なぜこの“通達”が配られることになったのか?
宮内庁関係者が話す。
「小学生をめぐる物騒な事件の起きる昨今ですから、部外者の学校への出入りや撮影を排除するというのは
当然ですが、保護者宛てとしては、とても厳しい内容ですね。
おそらく『愛子さまを撮影させないため』というのがいちばんの理由でしょう。
また愛子さま以上に、雅子さまに気を使っている様子が見て取れ、明らかに学習院側の過剰反応だと思われます」

学習院に真意を尋ねると、次のような回答があった。
「折に触れ、写真撮影の方法等について、個人情報保護の観点も含め、お互いにご配慮していただくよう、
お願いしております。今回も同様の趣旨てせ、ご協力をお願いしております」(広報課)
と“愛子さまシフト”を否定。だが、ある学習院OBは、皇太子さまや秋篠宮さま、
紀宮さま(黒田清子さん)が通われていたころならありえない、前代未聞だとあきれ顔だ。

最近の愛子さまのご様子はというと、
「遅刻ギリギリの日があったりと、1学期は出席不安があったようです。新しい環境に慣れるまでに
時間がかかるご性格なのかもしれません。雅子さまも、それを気にかけていらしたようで、
いろいろと腐心されていました。5月の連休も、例年ならご家族で那須の御料牧場などにお出かけになるのに、
今年は東宮御所にお友達を招かれて、親睦を深めようとされていましたし」(皇室担当記者)
雅子さまは、日々成長される愛子さまを「静かに見守られている」時期なのだろう。
「愛子さまは、クラブ活動に関しては、まだ決めかねているようです。ただ、どの部活にも入らない
“下校部”の生徒は珍しくないですし、決まった期日までに入らなければならないものでもありません。
中高一貫の6年間のうち、1年生は、言わば、学校に慣れるための準備期間のようなものですから」(学習院関係者)

運動会の写真撮影の問題で周囲から誤解されて、雅子さまのお気持ちが傷つくようなことがあれば、
体調を崩されることも心配されるのだ。

「午前中の競技『みのむし』では、愛子さまの西組は5組中2位と健闘されていました。
午後のダンスのプログラム『チキチキバンバン』では、赤いポンポンを持って元気よく踊られていたのですが、
周囲の子とタイミングがずれて、はにかんだ表情を見せられた瞬間も』(保護者の1人)