佳子様伊勢神宮関連雑誌記事

佳子さま 新幹線移動中のとてもかわいらしい寝顔を目撃される
2015.03.17 07:00
東京駅発のぞみ19号――3月6日午前9時10分、
この新幹線のグリーン車に乗り、旅立たれた秋篠宮家の次女・佳子さま(20才)。
「春らしいスモーキーピンクのアンサンブル姿の佳子さまは、
富士山側の窓際の席におひとりで座られました。席に着かれるとテーブルを出され、
訪問先の資料を並べて、それらを真剣にお読みになっていました」(乗り合わせた乗客)
「女性セブン」前号でも飛行機内で訪問先について
知識を身につけようとされる佳子さまのご様子をお伝えしたが、
この日も道中のお勉強を欠かされることはなかった。しかし、しばらくすると、こんな佳子さまのお姿も…。
「トイレに行くときに、佳子さまのお姿が目に入ったのですが、頭をシートにもたれかけられ、
目を閉じてお休みなさっていました。とてもかわいらしい寝顔でした。
ご公務の連続でお忙しい日々を送られているようですから、
お疲れが溜まっていらっしゃったのかもしれませんね」(前出・乗客)
“美しすぎるプリンセス”と称される佳子さまは、皇室の新しいスターとして、全国を飛び回られ、
そのひとつひとつから受けるプレッシャーは並々ならぬものがあるのかもしれない。
今回、佳子さまが向かわれた訪問先は三重県伊勢市の伊勢神宮だ。
皇室の慣例に従い、成年皇族になった報告のため、参拝された。
佳子さまの伊勢神宮参拝は2013年3月以来3度目となるが、おひとりでは初めて。
「白装束の宮司に先導され、真っ白な帽子、参拝服に着替えられた佳子さまは、口を真一文字に結び、
凜としたまなざしで正面を見据えられ、玉砂利が敷き詰められた参道をゆっくりと歩かれ、
正殿の前にある内玉垣南御門で玉串を捧げて拝礼されました」(居合わせた参拝客)
その後、宿泊先の鳥羽国際ホテルへ。佳子さまが宿泊されたのは、
最上階(7階)にある海を一望に見渡せるスイートルームだった。
「この日、夕方6時半頃から1時間半ほど、
佳子さまは英国・エリザベス女王も利用された貴賓室で伊勢神宮関係者と食事されたようです。
地元・伊勢の特産品である黒鮑のステーキがメーンディッシュのフレンチのコースを堪能されたと聞いております。
デザートにはホテル特製のチーズケーキとガトーショコラ、ヨーグルトのシャーベットの盛り合わせが出され、
佳子さまは大変お喜びになられたみたいですよ。
ご自分よりかなり年配のかたがたとの食事でしたが、非常に朗らかにお話を弾ませて、
場を盛り上げられていたそうです」(秋篠宮家関係者)
※女性セブン2015年3月26日号
http://www.news-postseven.com/archives/20150317_309669.html

佳子さまの伊勢参拝で見えた東宮家と秋篠宮家の明確な格差
2015.03.18 07:00
皇室に新たな風を注ぎ込むべく、全身全霊でご公務に励まれている秋篠宮家の次女・佳子さま(20才)。
3月6日には、皇室の慣例に従い、成年皇族になった報告のため、三重県伊勢市の伊勢神宮を参拝された。
しかし、今回の伊勢への旅では“格差”が明らかになっているという。
長年、皇室を取材するベテラン記者がこう話す。
「天皇皇后両陛下、皇太子ご一家の伊勢神宮ご参拝の場合、朝から夕方まで参拝停止となります。
要するに貸し切り状態にするため、一般参拝客は伊勢神宮内へは入れません。
だが、今回の佳子さまの場合は、約10分前まで、一般の客も普通に参拝していました。
また東京駅、名古屋駅、鳥羽駅でも警護の数は格段に違いますし、
道路の信号操作などの特別扱いも、ほとんどありませんでした。
佳子さまが成年皇族になられて注目を集め、秋篠宮家の存在感が目に見えて大きくなっていますが、
天皇家・東宮家と宮家とでは越えられない壁があることを実感させられました」
ちなみに、この“格差”はご宿泊場所の違いにも。
「両陛下、東宮家は伊勢参拝の際、お泊まりになるのは神宮内の内宮斎館ですが、
佳子さまは高級リゾートホテルとはいえ、一般のホテル。しかも、貸し切りなどではありません。
ロビーなどにも警護の姿は見えませんでしたから、本当に佳子さまが宿泊されているのかと
首を傾げたくなるほどの警護の態勢でした」(取材した皇室記者)
これまで女性セブンも幾度かお伝えしてきたが、皇太子ご一家と秋篠宮家の待遇には大きな差がある。
皇太子ご一家のお世話をする職員は約60人だが、秋篠宮家には20人ほどしかいない。
また天皇家(両陛下と皇太子ご一家)のプライベートマネーである内廷費は、
年間3億2400万円で、おひとり当たり6480万円。
しかし、秋篠宮家のプライベートマネーとなる皇族費は昨年度までは年間6100万円が支払われていた。
4月からは佳子さまが成年皇族になられたことで610万円が増額されるが、その差はあまりに大きい。
「紀子さまとしては“秋篠宮家には皇位継承順位の2位、3位と2人いるのに、どうにかならないものなのか”
という思いがお強いんです。しかも、その待遇の差は一向に改善される気配もないことで、
紀子さまは釈然としない気持ちで苛立たれているのです」(秋篠宮家関係者)
※女性セブン2015年3月26日号
http://www.news-postseven.com/archives/20150318_309327.html

愛子内親王激ヤセ

愛子さま 頑固で完璧主義な性格が「激ヤセ」につながったか
2016.12.08 11:00
12月1日に15才の誕生日を迎えられた愛子さま。
カメラの前に向けられた愛子さまの笑顔は、以前に比べてほっそりと感じられ、
“激ヤセ”と心配する声もあがった。
宮内庁関係者によると、愛子さまは9月上旬から炭水化物を抜くダイエットを始められたという。
白米はほとんど召し上がらず、朝食はヨーグルトやジュースだけ、夕食もサラダや煮ものが中心だったとのこと。
さらに愛子さまは、食事量を減らすだけでなく、おやつや間食もほとんどとられなくなったという。
「アイスクリームやマドレーヌなど、あれほどお菓子がお好きだった愛子さまが間食をやめられた。
さらに食事コントロールの影響からか、熱心に読みふけっていることが多かった
読書もしなくなってしまったといいます。
多くの大人たちが周囲にいながら早い段階で手を打てなかったのでしょうか」(皇室ジャーナリスト)
数多くの職員が働く宮中において、両陛下と皇太子ご一家の食生活を一手に担っているのが
「宮内庁大膳課」という部署だ。
「和食、洋食やお菓子作りを専門にするスタッフが揃い、侍医やご本人たちの希望も聞きながら
栄養バランスのとれた食事を提供しています。皇族方の健康管理は宮内庁の大事な仕事のひとつ。
お食事を残されるのは仕方がない部分もありますが、あまりにも召し上がらないとか、
残すのが続くといったことがあると、大膳課から侍医に報告も上がります」(前出・宮内庁関係者)
もし食事を残されることがあれば、その分量を計測して不足した栄養まで計算する。
それでも今回の事態は防げなかった。
「愛子さまは“やり始めたらやる”という性格で、頑固な面をお持ちです。
雅子さまに似て完璧主義な部分もあり、結果が出るまでやらないと気が済まない。
皇太子ご夫妻はそんな愛子さまの性格をよく理解されているので、
直接厳しい言葉をかけたりされなかったそうです」(前出・宮内庁関係者)
別の宮内庁関係者が憤るように続ける。
「本来であれば、職員の側から愛子さまにお声をかけることもできるのでしょうが、
残念ながら幹部も含めてサラリーマン化が進む宮内庁では、そういった気骨のある人が減ってしまっている。
かといって、ご夫妻にもなかなか難しいことですし、そもそもご夫妻に進言する人間もいなかった。
結果的に、明らかに異常なことが進行しているにもかかわらず、防ぐ手立てを講ずることができなかったのでしょう」
“すこしほっそりとされた”で済む問題ではない。
撮影■雑誌協会代表取材
※女性セブン2016年12月22日号
http://www.news-postseven.com/archives/20161208_473695.html


激やせの愛子さま、進学にも懸念と学習院関係者
2017年2月25日 16時0分 NEWSポストセブン
「愛子さまはさらにやせられたようだが、お体に異常はないのか」
「一体、どのような対応策が取られているのか」
「回復のご様子が一切見られないではないか」
皇太子さまの57才の誕生日(2月23日)に先立って、ご一家の写真がメディアに公開された2月17日、
宮内庁幹部に記者から矢継ぎ早に質問が飛んだ。
愛子さまの激やせについて、皇太子ご夫妻も気が気ではないようだ。
皇太子さまは、2月18〜20日に北海道・札幌に足を運ばれ、
陛下の名代として冬季アジア大会の開会式に臨席されたほか、クロスカントリースキーのレースなどをご覧になった。
「皇太子さまは、昨年の台風の被害状況などをお聞きになり、
“国道がまだ復旧できていないところもあるんですね”と心配されたご様子を見せられました。
また、アイヌ文化の説明を受けられ、大変関心を示されていたといいます」(皇室記者)
だが、新千歳空港や沿道に集まった人たちからは、「雅子さまを拝見するのを楽しみにしていたのに…」
「なんだか、皇太子さまお1人だと寂しい感じがしますね」
と、落胆の声が聞かれた。今回の札幌訪問には、当初雅子さまも同行される方向で調整が進められていた。
「皇太子さまが陛下の名代ということは、必然的に雅子さまは、美智子さまの代わりとして
同行されるものだと考えられていました。実際、事前に報道陣に配られたアジア大会のしおりにも、
雅子さまのお名前が記載されていました」(皇室記者)
雅子さまの札幌訪問取りやめが発表されたのは2月10日のことだった。
「取りやめの理由は、雅子さまのご体調や、気温が低い中での公務には無理があり、
また2泊という日程も負担が大きいとのことでした。ですが、実はその日、愛子さまが学校を欠席されたのです。
風邪の予兆があり、特に大きな症状はないものの体調不良を訴えられたそうです。
それから数時間後に、雅子さまの札幌訪問取りやめが発表された。宮内庁側は関連はないと強調しましたが、
親心に娘を心配するのは当然のことですし、まして愛子さまは激やせの状態にあるわけですから」
(皇室ジャーナリスト)
別の学習院関係者はこう危惧する。
「高等科進学の手続き書類は、2月中に提出します。定期テストや美術作品、実技、授業レポートやノート、
学習態度などを総合的に見て評価が行われますが、愛子さまは1か月半の欠席もあり
出席数が他の生徒と比べて圧倒的に少ない。もちろん、それだけで高校進学が即不可ということにはなりませんが、
普通の生徒なら父母が呼び出されて面談などが行われる“イエローカード”の状態といえるでしょう。
雅子さまの胸中に、“もうこれ以上学校は休ませられない”という思いもよぎったのではないでしょうか。
だから、北海道行きを取りやめてでも愛子さまのおそばにいることを選ばれたのかもしれません」
撮影/雑誌協会代表取材
※女性セブン2017年3月9日号
http://news.livedoor.com/article/detail/12721673/

愛子さま“緊迫の食卓” 雅子さまから厳しい叱責「青いものだけでも食べなさい!」
週刊女性2017年3月14日号2017/2/27
皇太子さまの57歳のお誕生日の写真などが公開され、その“激ヤセ”ぶりで話題になっている愛子さま。
そもそもなぜ、ここまでのお姿になってしまったのか。
新谷医院院長で摂食障害に詳しい精神科医の新谷太さんと、
パークサイド日比谷クリニック院長で摂食障害が専門の立川秀樹さんは拒食症の可能性を指摘しているが、
もしそうだとしたら……。
「拒食症の原因は、母子関係に問題があることが多いです。
それは決して親からの愛情不足ということではありません。
子どもは母親に対して、無意識に仕草や表情を通して“情緒信号”と呼ばれるものを発信します。
“こうしたい、ああしたい”という信号を母親がきちんと受け取れていないことで、
子どもに不満が募っていくことが拒食症につながることがあるのです」(立川医師)
母親によっては信号に敏感ではなかったり、仕事に没頭していたり、
家族の誰かが問題を抱えていることで気づけないことがあるという。
「雅子さまは適応障害という心のご病気ということもあり、余裕がない状態だったのかもしれません」(立川医師)
療養から13年がたって最近は復調ぎみではあるものの、公務に出られない時期も長く、
愛子さまの機微をとらえる余裕を持てなかったこともあったのかもしれない。
一方で、愛子さまが学習院初等科時代にいじめが起こった際には、1年半以上も一緒に登校したり、
校外学習にも付き添われこともあった。
その「過保護」ぶりからは、娘との意思の疎通ができているようにも思える。
「先日の『冬季アジア大会』は“寒さ”と“日程の長さ”が理由で欠席されましたが、
愛子さまのご体調を心配した面もあったのではないでしょうか」(宮内庁担当記者)

“激ヤセ”はいじめ問題の影響か
しかし、立川医師によれば母娘の密着が問題ではないという。
「雅子さまが愛子さまの登校に付き添われていたのは、母子が一体となっているということなので、
いいことだと思いますよ。しかし一緒にいるだけではあまり意味がなく、信号を受け取ることが大事なのです」
子どもからの信号に気づけないことで母子のすれ違いが生まれると、
子どもの“自我形成”がうまくいかなくなることにつながるのだという。
「自我がなければ、他人の発言に影響されやすくなります。
愛子さまが昨年の夏ごろからおやせになっているところを見ると
“やせていることが素晴らしい”という周りからの言葉に影響されたのかもしれません。
自分が好かれるために相手の好きなことをするという意識になってしまうのです」(立川医師)
愛子さまの“激ヤセ”について、初等科時代のいじめ問題が影響しているかもしれないと前出の立川さんは指摘する。
「いじめというのは理不尽で、自分ではコントロールできないものです。対して“やせるという行為”は、
思春期の子どもにとって唯一、自分でコントロールできる行為であることも、
やせ方を加速させてしまった原因なのかもしれません」(立川医師)
昨年からの“公務”が増えたことも拒食症の原因のひとつではないかと話すのは、前出の新谷さん。
「お出ましになられた際に“きれいになられた”“大人っぽくなられた”などといった声がうれしくて
“もっとやせよう”という気持ちになられた可能性はありますね」
再来年には両陛下が退位される見通しが強いだけに、しっかりと公務をやり遂げる
“内親王としてのプレッシャー”が生まれたのかもしれない。

雅子さまが厳しくお叱りに
そんな中、お住まいでの“緊迫の食卓”の様子を東宮職関係者が明かしてくれた。
「昨年11月の2〜3週間ほど、愛子さまはほとんど食事を召し上がらない時期がありました。
皇太子さまは“作ってくれる方もいるのだから”と食べるように諭したのです。
しかし、愛子さまは“それはわかっています”とお返事しただけで、なかなか食がすすまなかったそうです」
両陛下や皇太子ご一家のお食事は、宮内庁の「大膳課」という料理担当者が調理するので
皇太子さまとしては見過ごせなかったのだろう。
父親の言葉にも耳を貸さない愛子さまに対して、ついに雅子さまも業を煮やされたようで、
「雅子さまは“青いものだけでも食べなさい”などとおっしゃったそうです。
それでもなかなか言うことをお聞きにならず、厳しく叱ったこともあったとか……」
例えば献立に「肉じゃが」が出た際に、ねぎや白滝はお召し上がりになっても、
じゃがいもとお肉には手をつけられなかったという。
また、愛子さまがなかなか自分の部屋から出てこられなかったこともあったという。
「11月のころを底だとしたら、現在は食べるようにはなりましたが、それでもおそばなどの
食べやすいものだけを召し上がっています。お肉は今も口にされないそうです」(前出・東宮職関係者)
一部では“炭水化物ダイエット”をしているという報道もあったが、肉類もお控えになっているとは……。
今後も偏った食事を続けていると、いつか愛子さまのお身体にも支障をきたすことがあるだろう。
拒食症ならば、どんな治療法があるのか。
「一般的に薬が処方されたり、精神療法が行われます。
治療の基本は、まず家族面談という形でお話をうかがいます。
親子関係に潜む病理をあぶりだし、家族が原因を共有することで団結して病気を治していけるように
医療がお手伝いします。治療期間は10年、20年にわたる場合も珍しくありません」(新谷医師)
昨春の『オール学習院の集い』では、友達と気軽に焼きそばやアイスクリームを買い、召し上がっていたが、
そのころの愛子さまに戻ることはできるのだろうか─。
http://www.jprime.jp/articles/-/9171

激やせ心配される愛子さま 後手に回った宮内庁と雅子さま
2017.03.17 16:00
「長期欠席の遅れを取り戻そうと、愛子さまは宮内庁職員とのやりとりに英会話を取り入れるなどして、
勉強に励まれています。3月7日に期末テストが終わって春休みに入られましたが、
16日に行われる高等科3年生の送別学芸会の準備で登校されることもあるそうです」(宮内庁関係者)
愛子さまの中学校生活が間もなく終わろうとしている。3月22日に学習院女子中等科の卒業式を控え、
この4月から女子高生になる。
「高等科はほとんどの生徒が内部進学ですが、外国語や芸術などの選択科目が増え、
それまで交流のなかった生徒との人間関係が広がります。また、制服のネクタイの色が紺から黒に変わり、
大人びたシックな雰囲気になります。
愛子さまは最近、登校時にフランスの有名洋菓子ブランド『ラデュレ』のトートバッグをお使いです。
ファッションや流行などの話題もお友達の間でより増えていくでしょう」(学習院関係者)
女子高生ライフに期待が膨らむ一方で、愛子さまの「激やせ」に心配の声はやまない。
「愛子さまの中学校生活は決して平坦ではありませんでした。少し内気だったという愛子さまは、
入学当初はぎこちない笑顔を見せられることも多く、1年生の秋には不規則登校に陥りました。
2年生の夏頃からは、皇太子ご夫妻の公務に同伴されるなど積極的な姿勢が見られるようになったかと思えば、
3年生の秋に長期欠席に突入されました。
いつの間にここまで体重が落ちてしまわれたのかと心配する声をよく聞きますが、最初に変化に気づいたのは、
昨年春の修学旅行でした。ヘアスタイルの変化もありましたがホッソリされたという印象が強く残りました。
その後、8月10日の『山の日』にお出ましになった頃には、かなりお痩せになっていて、
何かあったのかと感じたように記憶しています」(皇室記者)
愛子さまの体重減少は18kgにも及ぶという。専門家からは「拒食の危険水域に入られている」との指摘もあがるが、
これだけの変化を目にしながら、周囲はもっと早くに気づき、お救いする手立てはなかったのか。
「愛子さまの微細な変化に気づけたのは、母である雅子さまだけだったかもしれません。
ですが、雅子さまご自身も療養中の身で、さらに近々、皇后となるプレッシャーがのしかかっている。
宮内庁も雅子さまも後手後手になってしまった面は否めないでしょう。
雅子さまは3月9日に主婦の発明品を展示する『なるほど展』(東京・有楽町)では、
展示品をご覧になりながら声をあげて笑われるシーンもあったといいます。
ただ、過去に同展を訪れたときは公式に取材ができたのに、今回はお忍び。
雅子さまも報道陣やカメラの前に立たれるのにご不安があるということなのでしょう」(前出・皇室記者)
大切な思春期のこの時期をお健やかに過ごされるよう願いたい。
※女性セブン2017年3月30日・4月6日号
http://www.news-postseven.com/archives/20170317_502506.html

愛子内親王高等科進学後も欠席続く

愛子さま「激やせからの15キロ増」に周囲は心配の声
2017.07.13 07:00
昨秋の長期欠席に続き、12月1日の15才のお誕生日に際してのお写真、
さらに今年2月の皇太子さま(57才)のお誕生日のご一家写真での愛子さま(15才)の変化に、
衝撃を受けた人は少なくないだろう。あまりの面変わりに、「摂食障害」を危惧する声も叫ばれた。
しかし、最近では一時期の激やせの頃に比べると、急激に体型が戻られているとのこと。
回復のステップを着実に踏まれているような印象も受ける。だが、そう楽観視はできないようだ。
「お元気そうな様子が見受けられる半面、高校入学後も授業を欠席することが多く、1学期のあいだ中、
『まだら登校』のような状態が続いています」(学習院関係者)
本誌・女性セブンが確認する限り、愛子さまは高校入学後のガイダンスが行われた4月11日と12日を欠席。
通常授業初日だった13日まで3日連続で欠席された。17日から19日も同様に3日連続でお休み。
24日の欠席は、「翌日の球技大会に向けて大事をとった」という。
5月8日から12日には、天候不順による風邪を理由に5日連続でお休み。さらに翌週の15日もお休み。
6月に入ってからも、第4週は出席できたのが22日の1日だけ。期末テスト直前の6月29日と30日には、
「テスト勉強のお疲れ」を理由に学校を休まれた。
だが、これはあくまで本誌が確認できている範囲で、さらに欠席が多い可能性もある。
増え続ける欠席日数は、愛子さまの不安定な状況が続いていることを物語ってはいないか。
「東宮大夫の会見で、記者から“授業の半分も出ていないんじゃないか?”“本当に大丈夫なのか? 
深刻な体の異常があるのではないか?”と質問が飛んだこともありました。
体形が戻った上で、しっかりと日々学校に通われているのなら一安心とも思えるのですが…」(皇室記者)
愛子さまの変化を示す5枚の写真(2016年5月、8月、2017年2月、4月、7月)を見て、
精神科医の片田珠美氏は次のように警鐘を鳴らす。
「あまりにも劇的に体形が変化しすぎているように感じられます。昨年5月のお姿は、
これまでの愛子さまのイメージに近いですが、8月には全身が少し華奢になったように映ります。
その後、昨秋のお休みを経て、今年2月のご一家での写真はかなりやせ細っている印象です。
それから5か月ほど経った7月の写真では、一気に昨年5月の頃まで体形が戻っています。
約1年2か月の間にここまで上下動があるのは、愛子さまが拒食と過食を順に繰り返したからではないかと
危惧せずにはいられません。つまり、愛子さまは体形が元に戻ったのではなく、
過食による体重増加の途上なのではないか、という不安が募るのです」
俗にいう「拒食症」と「過食症」は、摂食障害という一本の軸の、違う状態にすぎず、
しばしば交互に出現する。ベスリクリニック院長で心療内科医の田中伸明氏が解説する。
「ある時期は拒食症になって食べ物を体に入れなくなったり、食べても嘔吐したり下剤をのむなどして
一切の栄養を摂らなくなる。またある時期になると過食症になって大量に食べ物を摂取するようになります。
摂食障害の患者の半数には再発傾向があり、拒食、過食、
その後にまた拒食、と、繰り返してしまうケースが多くあります」
本誌・女性セブンは2017年3月16日号で、「愛子さまが昨秋以降の激やせによって、18キロ体重が減少した」
という宮内庁関係者の証言を報じた。そこから考えると、もともとの体形に近づいたのであれば、
愛子さまは約半年で15キロ近く体重が増えたと推測できる。
はっきりとした因果関係はわからないが、別の学習院関係者は愛子さまのこんな様子を目撃していた。
「4月16日に学習院目白キャンパスで『オール学習院の集い』というイベントが行われ、
愛子さまはお友達と体験乗馬会に参加されるなど笑顔を見せられていました。
愛子さまは大学食堂でお昼を召しあがったんですが、カレーライスをかなりのスピードでぺろりと完食。
食後にはバニラアイスの『ビスケットサンド』をデザートに召し上がっていました。
今思えば、かなりの食べっぷりだったな、と」
前出の片田氏はさらなる危惧を明かす。
「拒食と過食を繰り返すと、肉体にさまざまな影響が出ます。歯や消化器への負担はもちろんのこと、
女性ホルモンへの影響も大きい。人間は生存本能と生殖本能を持っていますが、
生存に不可欠な方を優先するため、生殖が後回しになるんです。栄養が不足している状態が続くと
“防御反応”で必然的に無月経になります。さらに長い目で見ると子宮や卵巣の機能に影響を与えかねないので、
将来生殖機能に影響が出る可能性も否定できません。また、拒食症の患者には髪が薄くなることも見受けられます。
栄養が足りないため、毛根の機能が落ちて髪が細く薄くなってしまうんです」
※女性セブン2017年7月27日号
https://www.news-postseven.com/archives/20170713_588712.html

愛子さまに『過食症』と心配の声も、摂食障害の専門医は「危機からは脱した」
週刊女性2017年8月8日号
2017/7/26
梅雨明けの強い日差しが降り注いだ7月20日。皇太子家の長女・愛子さまは、
8時20分の予鈴直前に学習院女子キャンパスの校門をくぐられた─。
普段より足取りが軽いようにみえたのは、学習院女子高等科が最初の夏休みに入る日だったからかもしれない。
「一時期より、かなりふっくらされた印象ですね。冬ごろはかなりおやせになって心配していましたが……」
皇室ジャーナリストがそう語るように、昨年の愛子さまは“激やせ”もあり、学校を休まれる期間が続いていた。
「昨春、中学3年になったころから愛子さまは公の場に出られることが増え、夏ごろには、
“スレンダーになった”と評判を呼ぶほどでした」(同・ジャーナリスト)
ところが、9月下旬から10月にかけて、“ふらつき”や“胃腸の不調”を理由に、学校を43日間お休みに。
その後、冬ごろには、ほおがこけ脚は枝のように細くなった姿が明らかになり、
「拒食症(摂食障害)」の疑いが出るほどだった……。
「人前に出ることが増え、ご自分の容姿を気にして、過剰なダイエットに走ったことで、
食事を受け付けなくなったのではと言われました」(同)
年が明け、女子高等科の入学式のころにはある程度、体重が戻り、新しい学校生活も問題ないと思われたが─。
「愛子さまは通常授業が始まる前のガイダンスからご欠席。
その後もお休みが多く、東宮大夫の記者会見では
“授業の半分も出ていないのでは?”という質問も出たほどでした」(宮内庁担当記者)
連休中の5月には、ご両親と公の場に出ることもあった愛子さまだが、同月の茨城県の筑波山への遠足はご欠席。
このころになると「天候不順」による体調不良で休まれる日もあったことは、『週刊女性』でも報じている。
その後も梅雨特有の気候で体調を崩しがちになり、大事をとることもあったが、
筑波大学附属高校との「定期戦」は観戦し、定期テストは無事、受けられたそう。
そして、今回の終業式での愛子さまは、5か月前に比べ、かなり肉づきがよくなられていた。
いわゆる“リバウンド”を起こし、今度は「過食症」になられたのではと「心配」の声も聞こえてきそうだが……。
「摂食障害の患者さんは『拒食』と『過食』を繰り返す方がいるので、
愛子さまも過食の段階に入っている可能性はあります」
『パークサイド日比谷クリニック』院長で摂食障害が専門の立川秀樹医師は、
そう説明するが、「安心」な面もあると言う。
「一般的には太ったといえるかもしれませんが、拒食からの回復段階で体重が増えるのはいいことで、
食のコントロールがうまくいっているという見方もできます。
これでまた体重が減ると、過食と拒食を繰り返すことになるので、摂食障害として問題だとは思います。
しかし、医学的にはやせている状態よりも体重が多いほうがいいので、危機からは脱したと言えると思います」
2学期からは、さらに元気な愛子さまの姿を見ることができそうだ。
http://www.jprime.jp/articles/-/10239

グッチのバッグ

愛子さま グッチの子供服コレクションのトートバッグを愛用
2013.09.06 07:00
8月30日、皇太子ご一家は栃木県那須にある那須どうぶつ王国に姿を見せられた。
そこで、居合わせた人々の目を釘付けにし、ざわつかせたのは愛子さまが提げられていたバッグだった。
「ダブルGのブランドロゴがバッグ全体に入った、見た瞬間に誰もが“グッチだ”とわかるトートバッグでした。
バッグに気づいた女性客からは、“小学生でもうグッチなんて…”とため息が漏れたほどです」
(居合わせた観光客)
そんな高級バッグを持たれる愛子さまを、雅子さまは嬉しそうに見守られていた。
「愛子さまが愛用されているグッチのトートバッグは、グッチが2010年11月から展開している
子供服のコレクションの今年の春夏の新作で、約4万円の高級バッグですね」(ファッション関係者)
愛子さまがはっきり高級ブランドのものとわかるものを手にするのは今回が初めてのことだ。
景気の回復が実感できず、経済的に閉塞感を感じている今、増税、年金問題など日常生活に大きな
不安を覚えている国民は少なくない。皇室ジャーナリスト・山下晋司さんはこう話す。
「そんな中、雅子妃殿下が愛子内親王殿下に高級ブランドバッグを持たせていると知れば、
国民感情はどうなるでしょう。しかも、妃殿下は治療とはいえ、
この10年間、ご公務をほとんどされてこなかったわけですから。
私的なご活動ばかりが目立ち、さらにブランド品までとなれば、
“雅子さまは国民の税金で贅沢されている”と国民が思ってしまう可能性もあります。
皇族方の公私にわたる生活費用が税金から支出されていても、表立って不満が出てこなかったのは、
皇室と国民の間に信頼関係があったからです。
今回のグッチのバッグは、あくまでその一端にすぎませんが、これまで皇室が積み上げてきた国民との
信頼関係に溝が生じる可能性があることを両殿下も東宮職も認識していただきたいと思います」
※女性セブン2013年9月19日号 
http://www.news-postseven.com/archives/20130906_209771.html


御用達ブランド 美智子さま紀子さまは「国内」、雅子さまは「海外」?〈週刊朝日〉
(更新 2013/9/27 07:00)
「愛子さま『小学6年生のグッチ』」。こんなタイトルで「女性セブン」(9月19日号)が
皇太子ご一家の那須でのご静養の様子を写真つきで報じたのは今月初めのことだ。
同誌によると、ご一家は8月30日、御用邸近くにある「那須どうぶつ王国」を訪問。
その際、ポロシャツにパンツ姿の愛子さまが腕にかけていたバッグが、
約4万円の、グッチの子ども向けのものだった。
「よく似たバッグを、OLが通勤に使っているのを見かけます。皇族であることから考えれば、
値段は極めて高額とは言えず、皇太子ご一家が、大変なぜいたくをしている、とまでは言えないでしょう。
ただ、愛子さまは、まだ子どもです。なおかつ、天皇、皇后両陛下が、元が税金であることを常に気にかけ、
国産のものを身に着けてきたことと比較すると、目を見張る『事件』でした」(宮内庁関係者)
実は、過去の写真をさかのぼり、所持品を詳細に調べると、現在の女性皇族には、
国内ブランド愛用派と、海外ブランド愛用派の、二つの「派閥」があるようだ。
「皇族はそれぞれ好みやお考えを反映させ、ご自身で所持品を選ばれる」(同)という前提から考えると、
たかがバッグ、されどバッグ。それぞれが思い描く皇室像を反映しているようだ。
まず、国内ブランドを愛用しているのが、天皇、皇后両陛下だ。秋篠宮家も、基本的にこの姿勢を踏襲している。
「公式の場でお使いになることで、すぐれた日本製品を世界に知ってもらいたいというお考えがあります。
元々は税金だというお気持ちも常にあり、修理をして大切に長くお使いになる。
ただし、商業主義に巻き込まれないように、どこのものかは簡単にわからない配慮もされています」(同)
一方、海外ブランド愛用派の代表は、「愛子さまグッチ」でわかるように雅子さまだ。
ご自身も過去に40万円程度するシャネルのバッグや、フェラガモ、フェンディ、グッチ、ジバンシィ、
クリスチャン・ディオール(それぞれ十数万円程度)などのバッグを、
公務や静養に向かう際にお持ちになっていた。
最近では、8月に宮城県の被災地をお見舞いした際に、おつきの女官が
エルメスのバーキン(80万円以上)によく似たバッグを持っている様子が目撃されている。
ただし、高級品ばかりを使っているわけではない。愛子さまの学習院初等科の遠足では、
他のママ友になじむ2万円程度のロンシャンのナイロンバッグを使っていたこともあった。
つまり、気に入ったものなら、国産か、海外ブランドかは問わないということだろう。
シャネルのバッグについては、1995年と2007年の公務でお持ちになっており、
「いいものを大切に使う」という点では、皇后さまと同じだ。
※週刊朝日  2013年10月4日号
http://dot.asahi.com/news/domestic/2013092500054.html


愛子さまグッチバッグ 両陛下も残念に思われているとの証言
2013.10.21 16:00
<愛子さま「小学6年生のグッチ〈4万円トート〉>
『女性セブン』9月19日号が報じた記事は大きな波紋を広げた。
8月下旬、栃木県・那須御用邸で静養されていた皇太子ご一家は、
同級生家族とともに那須どうぶつ王国を訪れられた。
その際、観光客の注目を集めたのが、愛子さまが手にされていたバッグだった。
それはダブルGのブランドロゴが全体に入った、見た瞬間に誰もが“グッチだ”とわかるトートバッグだ。
この愛子さまのバッグは、グッチが2010年11月から展開している子供服コレクションの今年の春夏の新作で、
約4万円の高級品。
まだ小学6年生の愛子さまに高級ブランド品を持たせる雅子さまに対しての賛否が巻き起こった。
本誌が10代から70代の女性150人に行った緊急アンケートでも、3分の2以上の114人が
【親が小学生に高級ブランドバッグを与えるのは早いと思うか?】との質問に「はい」と答えた。
やはり多くの人が、一般論として小学生が高級ブランドバッグを持つことを
“良し”とはしていないことがうかがえる。
「表立ってはおっしゃらないものの、天皇皇后両陛下も皇太子ご夫妻が公衆の面前で、
愛子さまにグッチのバッグを持たせていたことを残念に思われているようです…」(宮内庁関係者)
両陛下が嘆かれる背景には、これまでおふたりが大切にされてきた“質素倹約”の思いが深く関係している。
両陛下は国内ブランドをご愛用になるケースが多い。
1989年、陛下の即位に際しての会見で、美智子さまはこう語られている。
「私どもの生活の中には、もちろん外国の品々がたくさん入ってきておりますが、
私は、自分が育った時代もあって、どちらかというと国産の製品を愛用する方かもしれません」
両陛下が国産製品をお使いになる理由には、こんな思いが強いという。
「日本文化を大切に、そして日本の伝統を引き継ぐという思いを込められているとともに、
公式の場で国産製品をお使いになられることで、優れた日本製品を世界に知ってもらいたいという
お考えが根底にあるんです」(皇室ジャーナリスト・神田秀一氏)
http://www.news-postseven.com/archives/20131021_218361.html

皇室外交で訪問国のブランド品使うことは相手国への友好示す
皇太子妃雅子さまは父・小和田恆氏の仕事の関係で、幼い頃から海外を転々とされた。
さらに大学卒業後も外交官として海外でも活躍したキャリアウーマンである。
そのため、ご婚約の頃から、雅子さまのファッションには注目が集まった。
グッチ、セリーヌ、ヨビス、ヘルノといった海外高級ブランドのコートやバッグを
颯爽と着こなされる姿に国民は釘付けとなった。
皇室に嫁がれてからは皇太子妃という立場から日本のブランドをお選びになることも多いが、
美智子さまや紀子さまに比べると海外ブランドを使われる機会が多い。
雅子さまと同じように海外ブランドを比較的多く取り入れていらっしゃるのが、
東京五輪招致成功の決定打となったスピーチをされた高円宮妃久子さまとそのお子さまがただ。
久子さまご自身、海外を公式訪問されるときなどにはシャネルなどの高級ブランドのバッグを使われることが多い。
また久子さまに倣われるように、長女・承子さまはクリスチャン・ディオール、
三女・絢子さまはルイ・ヴィトンのバッグを愛用されている。
久子さまは中学校まで聖心女子学院で学ばれた後、
三井物産の重役だった父・鳥取滋治郎さんの仕事の関係で、15年間も海外で暮らされた。
大学も英国のケンブリッジ大学に進まれ、卒業後は語学力を生かして、
英語の翻訳や通訳などの仕事に携わり、雅子さまと同じように世界中を飛び回られていた。
「雅子さまも久子さまも若い頃から海外生活が長く、欧州の王室を間近に感じていらっしゃいました。
ですから、ご自身のロイヤルファッションを確立するに当たって、
王室のファッションを模範とされたんだと思います」(皇室ジャーナリスト・神田秀一氏)
確かにおふたりが愛用するブランドは、王室と縁が深い。エルメスには、モナコのケリー妃から名づけられた
『ケリー・バッグ』があり、クリスチャン・ディオールにも英国のダイアナ妃が愛用した
『レディ・ディオール』がある。このバッグは、後に『ダイアナ・バッグ』と呼ばれるほどの人気となった。
雅子さまや久子さまが海外ブランド品を使われることに服飾評論家の市田ひろみさんは、こう話す。
「久子さまは、今回のスピーチのように海外に行かれる機会も多いでしょう。
また雅子さまも皇室外交をされることを望まれていました。皇室外交をする上で、
訪問国のブランド品を使われることは、相手への友好感情、友好関係を表しているように思います。
その国の人々からすれば、皇族が“自分の国のブランドを着てくれている”と喜ぶでしょう。
加えて世界中の誰もが知っているブランドですと、品位も保つことができますので、
私は皇族がたが海外ブランド品を使われることに賛成です」
確かに美智子さまも皇太子妃時代には、シャネルやグッチを持たれたこともある。
1959年、陛下と結婚された際にお召しになられたローブ・デコルテはクリスチャン・ディオール製だった。
「当時、ディオールはブランドが立ち上がって10年ほどの新鋭ブランドでしたが、
日本でもコレクションが発表されるなど、ファッション界では話題の中心でした。
ディオールのローブ・デコルテをお召しになられた美智子さまのお姿は、
まだ着物姿の女性が多かった日本に大きな衝撃を与えました。
また、そのローブ・デコルテでパレードされた姿は、世界中に配信され、
戦後の日本が歩んできた平和への道を示す象徴となったんです」(当時を知る皇室記者)
海外ブランドを使われることによって、復興を遂げた日本からの大きなメッセージを世界中に伝えることとなった。
※女性セブン2013年10月24・31日号
http://www.news-postseven.com/archives/20131023_218392.html

SP変更

お年頃の愛子さまの警護、女性中心に変更 その女性SPの現状
2014.09.15 07:00
今年4月に学習院女子中等科に入学された愛子さま。
新たな環境で、楽しい日々を送られていると思われていた愛子さまだったが、
1学期後半になると、《登校拒否》と報じられ、期末テスト、
さらには終業式まで欠席される事態となってしまった。
ひと夏を過ぎ、2学期を迎えた愛子さま。その登校風景にはある変化が起きていた。
「1学期中、愛子さまは少なくとも6〜7人の警護と一緒に登校していました。
先導が1〜2人いて、愛子さまを囲むようにして3〜4人、
さらに後方に1〜2人で、“大名行列”のようでした。
しかも、ダークスーツの男性SPたちは、女子校の登校風景にはそぐわず、異
様な雰囲気を醸し出し、目立っていました。
ところが、この日は前後に警護はいたものの、適度な距離を保っていたため、
愛子さまが登校されたことを思わず見落としてしまいそうになるほど、穏やかなものでした。
学校内には男性SPだけではなく、女性SPも2人入っていきました。
1人はベージュのジャケットにグレーのパンツにピンクのバッグと、
一見するとSPには見えない雰囲気で、学校を訪問した若いママといった感じでしたね」(皇室記者)
東宮職関係者がこう話す。
「愛子さまが“登校拒否”状態になられたのは中学校という新しい環境になじめなかったということが
最大の要因ですが、もうひとつ、愛子さまが苦悩されていたのが警護の問題なんです」
これまでは、女子校にもかかわらず、校内には物々しい雰囲気の男性SPが多数待機していたという。
もちろん、彼らも職務なのだから致し方ないことである。
しかし、思春期を迎えられた愛子さまはそんな状況により、恥ずかしさやストレスを覚えられたようだ。
「お友達と仲よく話そうとしても、男性SPが近くにいると思えば気になりますし、
トイレだって年頃の女の子ですから、男性についてこられたくはないでしょう。
そんな状況に思い悩まれた末、愛子さまは雅子さまに“何とかしてほしい”と直訴されたそうです。
愛子さまの悩みをお聞きになった雅子さまは皇太子さまと相談され、2学期が始まる前にSP側に
“愛子の警護について配慮していただきたい。できれば、すべて女性の警護のかたにならないでしょうか”と
いった要望が出されたということです」(前出・東宮職関係者)
今年5月、警察庁は皇族の警備にあたる皇宮警察官のうち、
女性が占める割合は10.3%で過去最高となったことを発表した。皇宮警察本部によれば、
皇宮警察官は計881人で、女性は91人。このうち14人が「側衛官」と呼ばれるSPとして、
常に天皇皇后両陛下、皇太子ご一家、宮家の皇族がたのいちばん近くで身辺を守る任務にあたっている。
皇宮警察では、戦後間もない時期に女性が採用されていたが、1951年以降は採用「0」が続いた。
しかし1980年、黒田清子さん(当時・紀宮さま)が学習院初等科の高学年になり、
「身辺護衛は、女性の方が好ましいケースもある」ということで2人を採用。翌年から定期採用が始まった。
「すべての要望に応えられないまでも、少しでも愛子さまに健やかな学校生活を送ってほしいと、
皇宮警察は、もちろん安全面に配慮しながらも目立たない形で、
愛子さまがストレスをお感じにならないような女性SP中心の警護の仕方に変えたそうです。
また来年度以降、女性SPを例年より多く採用して、
今後の愛子さまの警備を手厚くしていく考えのようです」(前出・東宮職関係者)
※女性セブン2014年9月25日号
http://www.news-postseven.com/archives/20140915_276543.html

愛子さま 学習院初等科の校外水泳に参加し雅子さまも見守る

愛子さま 学習院初等科の校外水泳に参加し雅子さまも見守る
NEWS ポストセブン 8月6日(火)7時5分配信
午前6時に起床して、朝礼。朝食をとったあと、午前9時からは2時間、海でみっちりと水泳。
昼食と昼寝のあと、再び海へ入り、2時間の水泳。
夜は午後8時過ぎには消灯、就寝−−寝まさに水泳づけの日々を送る。
7月26日から30日まで、静岡県沼津市の沼津遊泳場で、学習院初等科の伝統行事である「遊泳教室」が、
こんな厳しいスケジュールで行われた。
今年、初等科6年生となられた愛子さまも、この遊泳教室に参加された。
「校外水泳」には、「泳力の向上をはかるとともに心身を鍛練する」という
第10代・乃木希典学習院院長の精神が、今日まで脈々と受け継がれている。ある学習院関係者が、こう語る。
「児童は長時間の泳ぎで疲れてくると、苦しくなり、やめたいと感じるときがあります。
しかし、そこから逃げずに、目標に向かって1mでも前へと進むことができれば、
人間として大きく成長できると考えているんです」
また遊泳教室では、集団生活の中で規律を守り、協力し合うことも学ぶのだという。
「ふんどしや水着の洗濯も自分でやり、布団を敷いたり、たたんで押し入れにしまったりするのは、
同級生たちと力を合わせて行います。そこから自立心や忍耐力、協調性を自然と学んでいくんです」
(前出・学習院関係者)
これまで愛子さまは水泳を苦手とされてきた。低学年のころから、学校の体育の授業では
プールサイドで見学されることも多かった。しかし、今年の遊泳教室を見据え、愛子さまは特訓を重ねられてきた。
「昨年の夏、静岡県の須崎御用邸で静養された際には、毎日のようにプライベートビーチに出られて、
皇太子さまと一緒に練習されていました」(宮内庁関係者)
初等科の水泳の授業は、泳力によって帽子の色が変わる。昨年までの愛子さまは、いちばん下のピンク色だったが、
今年は練習の成果が表れ、1つ上のオレンジ色になられていた。
「遊泳教室では、浜から100mほど離れたブイを目指して、何周も泳ぐんですが、
愛子さまは他の児童から遅れることもありましたが、決して諦めることなく、
最後まで一生懸命泳がれていましたよ」(前出・学習院関係者)
この遊泳教室には、1日だけ保護者の参観日が設けられている。
7月28日、他の保護者同様に雅子さまも沼津を訪れられた。
薄いベージュのジャケットに白いパンツ姿の雅子さまは、
浜辺にある参観場所で、身を乗り出されるようにして愛子さまの泳ぎを見守られた。
「70人ほどの保護者が参観していました。この日は、じりじりと焼けつくような暑さだったため、
大半の保護者が途中で引き上げる中、雅子さまはサングラスに日傘姿で、
最後まで熱心に見学されていました」(前出・学習院関係者)
※女性セブン2013年8月15日号
http://www.news-postseven.com/archives/20130806_203554.html

愛子さま ご学友とスキー

愛子さま ご両親と離れて3泊4日…「初めてのお独り旅行」
記事投稿日:2013/01/17 07:00 最終更新日:2013/01/17 07:00

学習院初等科の校門で、お友達と別れた愛子さまは、東宮御所に向かって歩き始められた。
初等科の始業式は1月8日に行われ、すでに3学期の学校生活が始まっていた。
風は冷たかったが愛子さまの足取りは軽やか。お顔は、あごや鼻のあたりが少し日焼けされている。
愛子さまは1月4日から7日までの3泊4日、長野県でスキーご旅行を楽しまれてきたばかりだったのだ。
「愛子さまがご誕生以降、皇太子ご一家は5回、スキーご静養をされています。
愛子さまにとっては6回目のスキーになりましたが、今回のご旅行が異例だったのは、
皇太子ご夫妻が同行されなかったことです」(宮内庁関係者)
愛子さまが宿泊されたのは奥志賀高原にある高級リゾートホテル。
皇太子ご一家がスキーご静養で何度も利用された、いわば定宿だ。
地元の観光関係者は「警備やお付きの女性たちが数名随行しているだけでした。
長野駅にリゾートホテルから迎えがやってきて、愛子さまをお連れしたそうです」と話す。
随員がいたとはいえ、愛子さまのものごころがついてから、
皇太子さまや雅子さまの同伴なしで新幹線に乗られたのは、初めてのご経験だ。
「ホテルでも部屋で、お独りで眠られました。随行した職員たちは隣室などに控えていたようです」
(前出・宮内庁関係者)
愛子さま初めての”お独り旅行”は、学校行事の予行演習という意味合いもあったようだ。
初等科では5年生の3学期の修了式後に、長野県の湯の丸高原で3泊4日の日程で行われる
『雪の学校』という校外学習がある。
インストラクターからスキーの指導を受けたり、そり遊びを楽しんだり、
夜はキャンプファイアーをしたりと盛りだくさんの内容だという。
今回の愛子さまのお独り旅行について、皇室ジャーナリストの松崎敏弥さんは次のように語る。
「昨年の須崎御用邸で愛子さまは毎日、海で泳がれました。
初等科6年生の伝統行事である”沼津での遠泳”の特訓という意味もあったそうです。
スキー校外学習の前に、愛子さまの練習の機会を作られたのも、いかにも真面目な雅子さまらしいですね」
http:// news.livedoor.com/article/detail/7321527/
(女性自身)

その他
男子生徒含む、5人の子供が同行。
同行したのは那須、須崎などの静養にもやってくる同級生とその家族。
「長野駅にリゾートホテルから迎えがやってきて、愛子さまをお連れした。駅からホテルまで車で1時間半近くかかる。
ご家族でいらっしゃるときは途中で休憩されるが、今回は休憩なしでホテルにいらした」(地元の観光関係者)

「風に立つライオン」試写会

紀子さま佳子さまが「風に立つライオン」ご鑑賞
[2015年3月23日22時15分]
秋篠宮妃紀子さま(48)と次女の佳子さま(20)が23日、
東京・TOHOシネマズスカラ座で行われた大沢たかお(47)主演映画「
風に立つライオン」(三池崇史監督)を鑑賞した。
紀子さまと佳子さまは午後5時45分に劇場に到着されると、
大沢と映画の原案となった主題歌を歌い原作となった小説を書いた歌手さだまさし(62)と
三池監督が出迎え、同6時から映画を3人と並んで鑑賞した。
紀子さまと佳子さまは上映後、大沢らと懇談した。
紀子さまは公務で、映画の舞台となったアフリカ・ケニアと長崎・五島列島を訪問しており、
映画の作り方について関心を持っていたという。
さだは「非常に平和について難しい今だから、
出来た映画なんだと強く感じていらっしゃったようにお見受けしました」と紀子さまの思いを代弁した。
紀子さまは「アフリカでも五島列島でも、赤ちゃんを抱いたお母さんが出てきますね」と語るなど、
母目線で映画を見ていたようで、佳子さまも紀子さまの言葉を聞いて大きくうなずいていたという。
また佳子さまは、大沢演じる主人公が、真木よう子演じる恋人に送った手紙が、
どういうものになるかについて非常に関心を持っていたという。
また大沢が「次の世代…若い人たちに届くといいと思っています」と言うと、笑顔で深くうなずいたという。
大沢は佳子さまについて「本当にすてきな方でした。おふたりも映画を見て集中してくださった。
後半になると、多分、涙をぬぐわれている感じがあった」と、紀子さまとともに涙を流されていた様子を明かした。
http://www.nikkansports.com/ajaxlib/root/entertainment/news/1451100.html


紀子さまと佳子さま、『風に立つライオン』鑑賞 さだまさし緊張で「背骨が痛い」
2015-03-23 22:25
秋篠宮妃紀子さまと佳子さまが23日、東京・TOHOシネマズ スカラ座で
映画『風に立つライオン』(原作:さだまさし、三池崇史監督)を鑑賞された。
さだと三池崇史監督、主演の大沢たかおの3人は両殿下とともに同作を鑑賞後取材に応じ、
それぞれ「緊張で頭が真っ白」と表情を固くした。
紀子さまの隣で鑑賞した大沢は「自分の映画なのに緊張しっぱなしでほとんど覚えていないですが、
感謝しますし俳優をやっていた幸せを感じました」と感無量の様子。
鑑賞後すぐに紀子さまが感想を伝えてくれたといい「言葉を重ねてくれるのですが、
途中で声をつまらせてくださって…逆に僕らが感動して何もしゃべれなくなってしまった」と振り返っていた。
佳子さまの隣で鑑賞したさだは「緊張しますよ。2時間半ずっと背筋を伸ばしていたので、
背骨が痛いです」と苦笑。鑑賞中の様子について「思わず息をとめているようなときもあったし、
涙を拭っているような動きをしていた。あんなに一生懸命観てくださるとはうれしいです」と声を弾ませ、
「こういう言い方は不遜ですが、すてきなお嬢様ですね」と話していた。
同作は、さだが1987年に発表した同曲に惚れ込んだ大沢が小説化・映画化を熱望。
日本人医師・島田航一郎が、アフリカ・ケニアの過酷な医療環境のなかで、
心と身体に傷を負った多くの患者たちとまっすぐ向き合う姿を描いた人間ドラマ。
http://www.oricon.co.jp/news/2050458/photo/2/?anc=115


秋篠宮妃殿下と佳子内親王殿下「風に立つライオン」をご高覧

2015年3月23日
「風に立つライオン」ロイヤル試写会
秋篠宮妃殿下と佳子内親王殿下が3月23日、東京・TOHOシネマズ スカラ座で
映画「風に立つライオン」をご高覧されました。
この上映に同席した主演の大沢たかおさん、原作者で主題歌を手がけるさだまさしさん、
三池崇史監督が取材に応じ、大沢さんは「緊張で頭が真っ白」、さ
ださんは「ずっと背筋を伸ばしていたから、背中が痛いですよ」とそれぞれコメントしました。
また、映画を鑑賞される秋篠宮妃殿下と佳子内親王殿下のご様子も明かしました。
さだまさしさんによる同名の人気曲に感銘を受けた大沢たかおさんが、
さださん本人に小説化を依頼し、映画化を企画。
自身が主演を務め、「藁の楯 わらのたて」以来となる三池崇史監督とのタッグが実現した本作。
国際医療活動のため、アフリカ・ケニアに赴任した日本人医師・航一郎が現地で奮闘する姿を、
大規模なケニアでのロケで描き出す感動のヒューマンドラマです。

大沢たかおさん(島田航一郎役)
Q:本日、秋篠宮妃殿下と佳子内親王殿下が映画を鑑賞されたことについて、感想をお聞かせください。

大沢さん:
自分の映画なのに、緊張しっ放しでほとんど覚えていない2時間半でした。本当に感謝しています。
俳優としてすごく幸せを感じました。秋篠宮妃殿下の隣で観させてもらいましたが、緊張だけじゃなくて、
喜びや自分がつくった作品をどうご覧になるのかというドキドキなど、
過去にあまり味わったことのない気持ちでした。

Q:上映前に秋篠宮妃殿下と会話されていましたが、どういうお話をされましたか?

大沢さん:
映画のパンフレットを「よろしければ」とお渡ししたんですが、映画についてよくお調べになっていて、
「長いこと、音楽から望まれて映画化されたんですよね。思いが詰まった作品なのですね」
と声をかけてもらい、こちらがちょっと驚いてしまいました。
それでも「8年かけて、映画化させてもらった」とお伝えすることができました。

さだまさしさん(原作)
ご公務がお忙しい中、お時間を割いてもらい、鑑賞してくださったことがまずは光栄ですね。
お楽しみいただいているご様子でしたので、
背中を押してもらうような励ましを頂戴した気持ちがいたします。
お隣が佳子内親王殿下でしたから、そりゃ緊張しましたよ。
2時間半ずっと背筋伸ばしていたから、背中痛いもん(苦笑)。
でも、素敵なお嬢様ですね。こういう言い方は不遜ですけれど。素晴らしい方だと思いました。

Q:佳子内親王殿下とはどんなお話をされましたか?

さださん:
佳子内親王殿下から「実際にケニアに行かれたんですか?」とご質問をいただいたり、
私からは「普段、映画はご覧になるんですか?」と伺いました。「はい」とお答えいただいたので、
日頃から映画をご覧になる機会はおありのようですね。

三池崇史監督
私としても...、緊張しました。
私もずっと背筋を伸ばしていたので、身長が2センチくらい伸びました(笑)。
お二人とも映画をきちんとご覧いただき、作り手の思いをくみ取ってくださいました。
この映画は世代や性別、職業によってそれぞれ見え方、感じ方が違うと思います。
お二人の言葉からも、そう感じることができました。
なにしろ、しゃべりながら、頭の中が真っ白になる感覚でした。
秋篠宮妃殿下はご公務でケニアに行かれた経験があるそうで、
現地の空気や風を、身を持って体験されているので
「撮影は大変だったでしょうね」とお言葉をいただきました。


さださん:
監督の口からは照れくさくて言いにくいのかもしれませんが、
秋篠宮妃殿下は「平和について難しい時代だからこそ生まれた作品」だと
強く感じていらっしゃるご様子でした。
そして私たちがこの映画を通じて強く訴えたかった命の重さを、
同じ思いで感動してくださったようにお見受けしました。
今頃お二人で映画について、どんなお話をされているのかなと思います。

Q:佳子内親王殿下はどんな感想を述べられていましたか?

さださん:
あんなに映画に没入されて、一生懸命観てくださるとは...。
島の診療所で暮らす女性が、幼なじみと結婚したらどうだと勧められるシーンは特に反応されていました。
それと、航一郎の手紙がどんな手紙なのか考えていらしたようでした。

大沢さん:
「次の世代に届くように...と思っているんです」とお伝えすると、
佳子内親王殿下は深くうなずいていらっしゃいました。
僕らの気持ちが伝わったんだなと感じました。本当に素敵な方ですし、とても集中してご覧いただき、
後半では涙をぬぐわれているようなご様子もあり、私たちも感動してしまいました。
こちらがしゃべれなくなってしまい、心が震えましたね。

さださん:
特に佳子内親王殿下には、私たちの「若い人たちに観てほしい」という思いに賛同してもらい、
嬉しかったですね。
自分で観てもすごいいい映画で、毎回観るたびに"泣きどころ"が違うんですよ。
でも佳子内親王殿下の隣で、原作者が泣くわけにはいかないじゃないですか。
これが一番つらかったですね(笑)。

Q:お二人が鑑賞されることを知って、どのような気持ちでしたか?

大沢さん:
簡単な言葉で言えば、「こんなことがあるんだ」という気持ちで信じられなかったですね。
同じ空間で、同席させてもらうなんて、と驚きました。
嬉しい反面、どう受け取ってもらえるか不安もありました。
ここ最近はそんなことを考えながら過ごしていました。

さださん:
お二人で一緒に来てくださったことに感動しました。一生懸命に集中して観てくださいました。

三池監督:
スタッフとキャストが一丸となり、作り手として胸を張って観てもらいたい映画なので、
喜びを感じますし、光栄ですね。

さださん:
監督にこんなこと聞くのもなんですが、この映画を観て、泣きますか?

三池監督:
泣きますね。

さださん:
泣きますよね! 良かったあ。毎回、泣きどころが違うでしょ?

三池監督:
確かに違いますね。編集しながらも、泣いちゃうので、
編集のスタッフが「この人、大丈夫かな? 自分が撮った映画で、自分が泣くなんて」って驚いていました。

さださん:
それを聞いて安心しました。不思議な映画だなあ。じゃあ、原作者も泣いていいですね。

Q:主題歌については...?

さださん:
歌がねえ...、邪魔ですよね(笑)。歌手にとって楽曲は反省材料なので、
せっかくの感動も、自分の曲が流れるとスーッと消えてしまって...。
他の人の歌だったら、良かったね。まあ、あの歌からこの映画が始まったのですが...。
長い歌なので、映画のために再録したんですが、
フルオーケストラだったので、テンポが遅くなりまして、結果45秒長くなりました(笑)。

Q:秋篠宮妃殿下と佳子内親王殿下からのお言葉で、一番印象に残っていることは何ですか?

大沢さん:
先ほどもお話が出ましたが、何かと難しい今の時代だからこそ、作れた作品だし、
秋篠宮妃殿下から「若い世代に思いが届くことを願っています」
と言ってもらえたことはすごく嬉しいことです。佳子内親王殿下に関しては、
主人公がどんな気持ちで好きだった相手に手紙を書くのかを気にされていました。
手紙は一行ですが、佳子内親王殿下は「そこにすべてが込められていることが、すごく伝わりました」
とおっしゃってくださいました。

Q:過去に出演作と比べても、思い入れが強いのでは?

大沢さん:
そうですね。以前、美智子皇后陛下に、さださん原作の「眉山 びざん」という作品を
ご覧になってもらいました。そのときは僕が出席できなかったのですが、
今回は自分の主演作ということもあり、幸せを感じます。
今日はこうした機会をもらい、本当に光栄に思います。感謝しております。
「風に立つライオン」という作品にとっても、大きな転機を迎えたような気がします。
ここから自分たちが生んだ子どもが、遠くへ羽ばたき、別世界の生き物になったような感じがします。
その気持ちを世代や性別を超えて、これからも感じ取ってもらえれば嬉しいです。
本日はありがとうございました。

http://www.toho.co.jp/movie/news/1503/15kaze_lion_ib.html

「茶番」と批判された校外学習

週刊文春Woman 2016新春スペシャル限定版

デスクA 
2015年は、平成皇室を語る上で節目ともいえる年でした。
天皇陛下、皇后陛下のご体調の問題が明るみに出る一方、皇太子殿下は2月のお誕生日に55歳になられた。
これは今上天皇が即位されたご年齢です。

記者B 
しかし次代に皇太子さまが何をなさりたいのか、誕生日会見からは分かりませんでした。
“公約数的”な発言ばかりで。

記者C 
以前から仰っている「時代に即した公務」についても未だ不明です。

デスクA 
一番憂慮すべきなのは孤軍奮闘するしかないという現状でしょう。
雅子さまが適応障害の療養に入られて12年。
昨年は12年ぶりに園遊会に出席されるなど少しずつ公務に復帰されてはいますが、
皇太子殿下の“お一人公務”は日常的になっています。
今上陛下には美智子さまの存在が大きかったわけですが、その点、皇太子殿下は大変です。

記者D 
国民と密接な“平成流”は美智子さまなしには考えられませんでした。

記者B 
昭和の時代から、美智子さまは理想の妻であり母でした。
凛々しいお姿を拝見するうちに、自然と皇室への畏敬の念を持ったという国民も多いはずです。
皇位は男系男子で継承されていきますが、やはり女性皇族は重要な存在なんです。

記者D 
雅子さまも当初は国民、特に女性たちから尊敬と憧れを持たれていました。
国民の見方が大きく変わったのは、やはり2004年7月の適応障害の診断結果発表からです。
雅子さまは03年頃から公の場に出なくなっていたのですが、そ
れが初めて表沙汰になったのは、04年5月の「人格否定発言」。
皇太子さまが「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあった」と会見で仰ったのは衝撃的でした。

デスクA 
当初は「雅子さまを応援したい」と考える女性も多かったのです。
皇太子殿下はよく仰ったと見る向きもあった。しかしその後、12年の間に応援の声は小さくなっていった。

記者E 
きっかけは雅子さまの“子育て問題”ではないでしょうか。
愛子(あいこ)さまの子育てを拝見するうちに、強い違和感を持つようになったのだと思います。

記者C 
決定的となったのが「山中湖お付き添い事件」でした(11年9月29日号)。
学習院初等科4年生だった愛子さまの山中湖校外学習に、雅子さまが付いて行かれた。

記者E 
あれは不思議な光景でした。初等科の生徒たちを乗せたバスの後ろから、
雅子さまの乗られたアルファードと白バイ2台、自動車7台の長大な車列が数分あけて追尾しているんです。

記者C 
いちばん驚いたのは、信号で止まったアルファードの窓がスーッと開いて、
雅子さまが笑顔で沿道の人たちにお手振りされたことです。
ご自身のなさっていることを何とも思ってらっしゃらないのかなと。

記者D 
子供たちが立ち寄る場所には、雅子さまもほとんどついて行かれた。青木ヶ原樹海でハイキングもされました。

「茶番」と批判された校外学習

記者E 
山ガールファッションでしたよね。チェックのシャツにウエストポーチ、
リュックを背負って、やる気満々。一方で東宮職は殺気立っていました。
雅子さまの姿を撮らせまいと、カメラマンの周りを男性数人で包囲。
愛子さまを撮影しようとしたら、東宮侍従から「家宅捜索するぞ!」と恫喝されました。

記者D 
学習院では過去に子供が怪我や病気の場合だけ、親が近くの宿で待機するということはあったようです。
だけど雅子さまは、子供と同じ「ホテルマウント富士」の、1泊12万円のインペリアルスイートに宿泊した。
保護者からも非難の声があがりました。

記者C 
ホテル側は雅子さまのために、壁紙をベージュから白地にグリーンの花柄に張り変えたんですよ。
食材にこだわった「特別懐石料理」も用意した。

記者B 
直後の東宮大夫の定例会見は大荒れになりました。会見内容は両殿下もご覧になるので、記者も言葉を選ぶ。
ところが、このときは「今回のお付き添いは、極めつけの茶番ですよ。皇室の尊厳もくそもない!」
という過激な発言が飛び出した(11年10月6日号)。

記者D 
東宮大夫は「長い目で見ていただきたい」と答えた。
それにベテラン記者が「国民はすでに長い目で見ている。
震災から半年、国民が大増税の時代を迎えようとしているその時期に
妃殿下は校外学習でインペリアルスイートに泊られた。常識的に考えられない出費。
“税金泥棒”との批判を受けるかもしれません。それを許した殿下はどうお考えなのですか」と詰め寄った。
緊迫の場面でした。

記者E 
皇太子さまはむしろ賛成されてましたよね。校外学習当日の朝も、初等科まで愛子さまに付き添い、
保護者や子供たち一人ひとりに挨拶されて、4台のバスがいなくなるまでずっと手をふっていらした。
その光景に、記者たちは「逆一般参賀状態だ」と(笑)。

記者C 
山中湖事件の前から、愛子さまは登校拒否のような感じになって、お付き添い登校が始まっていました。
朝早いときは皇太子さま、遅いときは雅子さまがお付き添いされていた。

記者D
10年3月5日の定例会見では、東宮大夫が、愛子さまが不登校状態にあること、
その原因として初等科に「何人かの乱暴な児童たち」がいることを公にしました。
子供たちの問題が、一国を揺るがす事件になった瞬間でした。

記者B 
雅子さまは授業中に教室の後ろでパイプ椅子に座って、愛子さまを見守られるようにもなったそうです。

記者D 
その後、不登校は落ち着きましたが、いわゆる“母子密着”の状態は続きました。
愛子さまは髪をかなり長く伸ばして、雅子さまとほとんど同じ髪型でした。
外見的にも深く結びついていらっしゃるように見えたし、
愛子さまが順調だと雅子さまのお加減もよくなることもあり、
“母子シンクロ”とも言われました(14年12月18日号)。

記者B 
そして再び欠席・遅刻が始まったのが、学習院女子中・高等科にあがられた14年、中学1年生の6月頃から。
1学期、2学期の定期試験を欠席されました。

デスクA 
勉強はよくおできになるんですよね。

記者B 
英語はお好きなはずですし、歴史も得意だそうです。愛子さまは完璧主義なんだと思います。
試験前夜もおそくまで熱心に勉強するそうなのですが、朝になると登校されない。

デスクA 
なぜそんなことになってしまったのか。
当時、原因として考えられたのが、皇太子ご夫妻の「叱らない子育て」です。

週刊文春Woman 2016新春スペシャル限定版
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/5753

150万再生の眞子さま動画とは?

ネットで「皇族萌え」 150万再生の眞子さま動画とは?
(更新 2014/9/ 3 07:00)
国民の象徴たる天皇陛下、皇后陛下を始め、雅子さまや愛子さまには熱心な追っかけファンが少なくない。
だが、その多くが中高年の女性であるのに対して、秋篠宮家の次女、佳子さま(19)の親衛隊は
30、40代の男性も多いようだ。ファン層の違いは明白だ。
「佳子萌(も)え」という言葉もネットで流通するようになった。
そもそも皇族萌え現象のきっかけをつくったのは、今春に国際基督教大学(ICU)を卒業し、
公務に励む秋篠宮家の長女、眞子さま(22)だ。ネット界には眞子さま萌えのファンも少なくない。
9月17日には英国屈指の伝統校、レスター大学大学院への留学に出発する予定であることから、
寂しがるファンもいるだろう。
20歳を過ぎたころから、ふっくらとしてきた眞子さま。
眞子さま萌えのファンは、そこにお姉さま的な包容力を感じるようだ。
眞子さま、佳子さまのファンが、これまでの皇室ファンと異なるのは、
ネットの世界で特殊な世界観を形成している点だ。そこにあるのは皇室とサブカルチャーの融合といえる。
眞子さま、佳子さまのキーワードでネットを検索すれば、美少女風のイラストが多く見つかる。
作者の坂上海(さかがみうみ)さんは20代男性。本業もイラストレーター。
長年、佳子さまの動静に注目してきたウオッチャーのひとりだ。
佳子さま人気がじわりと高まってきたのは2007年ごろ。この年、佳子さまは東京都スケート連盟が主催する
フィギュアスケート大会の「ノービスB女子」部門で優勝。春には、学習院女子中等科に入学した。
学習院の女子の制服はセーラー服。初等科では赤色だったスカーフが
女子中等科では青に、女子高等科では黒へと変わる。
しっとりと落ち着いた雰囲気のセーラー服姿に萌えてしまった男性は多いという。坂上さんが言う。
「僕がセーラー服姿の佳子さまの映像を見たのは、あの方が高校生のころです。
醸し出される雰囲気がセーラー服とよく似合っていて、ひと目惚(ぼ)れでした」
このセーラー服萌えのウオッチャーたちを覚醒させたのは、姉の眞子さまだ。
眞子さま萌えのファンとしてイラストを描いてきた40代男性のCG.AKAMEさんが背景を解説する。
「04年、学習院初等科の卒業式ではメガネ姿の眞子さまの映像がテレビで流れました。
メガネっ娘の眞子さまのコラージュ画像がネットで流行りました」
眞子さまのイラストを描いた30代男性の#104さんが続ける。
「学習院女子中等科の入学式を写したセーラー服姿の画像がネットで広がり人気が爆発しました。とはいえ、
宮内庁の目が怖い。『Ma子様』という隠語で人目を忍びながら、ネットで魅力を語り合うファンもいた」
眞子さまのイラストや画像を集めたファンサイトも立ち上がった。16歳の誕生日を控えた07年の秋には
ニコニコ動画にイラストを集めた作品が投稿された。軽快なリズムの曲に合わせてセーラー服や
体操服姿の眞子さまのイラストが次々と登場する。「眞子さま」が「ひれ伏しなさい」と叫び、
男性らが「ひーめ☆ひーめ☆」と声援を送る内容だ。
再生回数はなんと157万回に達し、34万件のコメントが寄せられた。
やはり萌えのイラストをネットにアップした30代男性のkenkenさんは、動画のような現象についてこう解説する。
「絶対的な存在に憧れ、服従したいという願望をひそかに抱く人は少なくありません。
僕は皇室イコール権力とは思っていません。ファンの方もそうでしょう。
だが、『権力者』的な設定がなされているのは、特殊な環境下で暮らす皇室の方々は
そうしたキャラ付けがしやすいだけでしょう」
眞子さま、佳子さまとアニメや漫画をはじめとするサブカルチャーの世界が結びついたのは同時期だ。
イラストは「皇紀」という言葉や「日の丸」などがあしらわれることも多いが、
ファッションアイコンとしてとらえるファンが多い。まもなく軍事モノと美少女をコラボさせた、
ミリタリー萌えへとつながった。いずれも右傾化といった言葉とは一線を画すという。
同ジャンルを確立させたのは07年から4年ほど執筆された小説『女皇の帝国』『女皇の聖戦』シリーズだった。
光文天皇の長女、那子(なこ)内親王が海軍元帥として活躍するという架空の設定だ。
最近も、花とゆめコミックス『パレス・メイヂ』2巻が刊行。明治から大正の架空の日本を舞台に
軍服を着た女帝彰子と少年侍従の宮廷生活を描いて人気を博している。
いずれもヒロインはロングストレートの髪に切れ長の目を持つ美少女。
眞子さまや佳子さまを重ね合わせる書き込みもチラホラみられる。
萌えるファンの嗅覚は鋭い。女皇シリーズ作者の吉田親司氏は、制作過程について、こう打ち明けた。
「小説の企画を持ち込んだのは出版プロデューサーでした。私が執筆した段階で設定は大幅に変えましたが、
当初はブームを追い風に眞子さまをモデルにしたようです」
※週刊朝日 2014年9月12日号より抜粋
http:// dot.asahi.com/wa/2014090200097.html

GHQを味方につけた皇室の「鴨場接待」

天皇は「接待のプロ」だった GHQを味方につけた皇室の「鴨場接待」

休みなし、定年なし、行動の自由なし。天皇は、日本でいちばん過酷な職業だ。
そもそも職業選択の自由すらないのだから。
天皇(と皇族)の仕事で最も多いのは「人に会うこと」だ。一般参賀や園遊会はほんの一例。
宮中晩餐会やお茶、ランチなどの席をもうけ、1年を通じて様々な人をもてなしている。
つまり、天皇は「接待のプロ」なのだ。
それらの中で最も大規模なのが、「鴨場(かもば)接待」である。
鴨場とは、越冬のために飛来する鴨を捕獲するための猟場のこと。
宮内庁の鴨場は千葉県市川市(新浜(にいはま)鴨場)と埼玉県越谷(こしがや)市(埼玉鴨場)にあり、
鴨の飛来する11月半ばから2月まで、天皇の思し召し(意向)という形で
各国の要人を招いて伝統的な鴨猟を体験してもらう。
猟といっても、使うのは網。よく訓練したアヒルで鴨をおびき寄せ、
突然目の前に現れた人間に驚いて飛び立つところを、
子供がトンボを捕まえるように網を左右に振り回して捕獲するのだ。
お互いの網がからみ合って混乱することもあるが、それもまた一興。
先日、秋篠宮家の眞子さまが案内役を務めたのは千葉県の新浜鴨場。
ここは皇太子が小和田雅子さん(当時)にプロポーズした場所だった。

■GHQも鴨がお好き?
「鴨場接待は明治以来の伝統で、敗戦直後はGHQに対しても非公式招待という形で行われていました」
と言うのは、『天皇陛下の私生活 1945年の昭和天皇』の著者、米窪明美さん。
捕った鴨はすぐにさばかれて、醤油を付けたりして鉄板で焼いて食べた。
醤油風味の新鮮な鴨肉でバーベキュー、という感じだ。
野外で行われる健康的な遊びで夫人や子供たちも同伴できるから米国人の心をつかみ、希望者が殺到したという。
鴨猟の準備は案外大変で、1カ月に2回くらいが関の山だったが、
毎週土日に行わなければならないほどの盛況ぶりだった。
「春になって鴨がいなくなると下総(しもふさ)の御料牧場、夏は長良川(ながらがわ)の鮎漁と、
接待攻勢は続きました。地道な接待作戦でGHQ内に皇室ファンを増やしていったんです。鴨猟の非公式招待は、
日本の主権が回復されたサンフランシスコ平和条約が発効する昭和27年まで続けられました。
おそらく他の接待も同様でしょう」(米窪さん)
ちなみに、現在の鴨場接待では、捕獲した鴨は野に放っているという。
デイリー新潮編集部
http://www.dailyshincho.jp/article/2015/12181144/?all=1