共産党が皇室に急接近

【高木桂一の『ここだけ』の話】
2015.6.16 11:00更新
共産党が皇室に急接近した瞬間を激写!!「次の狙いは佳子さまだ」 
でも国歌斉唱では口を閉ざしたまま…
さる5月25日に開かれた千鳥ケ淵戦没者墓苑拝礼式で、
共産党の小池晃副委員長が秋篠宮ご夫妻と同席した。
皇室への“接近”をはかる革命政党の戦略を示すものだが、
産経新聞は拝礼式での「歴史的瞬間」をカメラに収めた。
そこで見えたのは、共産党の隠しきれない“本性”だった。
厚生労働省が主催する拝礼式は昭和40年から皇室の方々が臨席されて毎年開かれている。
各政党は欠かさず代表者を出席させてきたが、共産党は昨年5月26日の拝礼式に初めて参列し、
小池氏が代表として秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまと同席した。
共産党は皇族の方々が臨席されるため約50年の長きにわたって拝礼式への参列を見送ってきたが、
昨年、ついに「禁」を破ったのだ。
これまで皇室と距離を置いてきた共産党にとっては
史上初めて能動的に皇室の方々と同じ舞台に立つという歴史的な出来事だった。
厚労省の担当者も事前に共産党から「出席」を伝えられ、耳を疑ったほどの“事件”だった。
このところ国政選挙で「躍進」を続けて意気上がる共産党だが、
志位和夫委員長ら指導部がさらなる党勢拡大に向け
「共産党イコール天皇制打倒」のイメージを抱く多数の国民の
“共産党アレルギー”をやわらげることが不可欠だと判断していることは言うまでもない。
「機関紙『しんぶん赤旗』の部数は増えていないのに、選挙の得票は増えている」と共産党関係者はいう。
従来のコアな支持層以外の有権者が共産党になびいてきているという分析だが、
“ゆるい支持層”をさらに引き寄せるには「普通の政党」「大衆政党」といったイメージを拡散していくことが
この党の重要な戦略になっている。皇室との距離を縮める路線はまさにその戦略に沿ったものだ。
ところが昨年5月の歴史的な出来事に関して当時は産経新聞を含めて、
どのマスコミも報じることがなく、見逃してしまった。
共産党幹部に後日、「拝礼式に取材に来ていた記者さんたちも
みんな気がつかなかったねぇ…」と皮肉を言われたほどだ。
ならば“1年遅れ”ででも歴史的な現場に立ち会うしかない。
筆者は、2年連続で千鳥ケ淵戦没者墓苑拝礼式に出席した小池氏の姿を追った。
5月25日正午すぎ、安倍晋三首相のほか、塩崎恭久厚労相や岸田文雄外相ら
閣僚、自民党の棚橋泰文幹事長代理、公明党の山口那津男代表、民主党の岡田克也代表、
維新の党の松野頼久代表、次世代の党の平沼赳夫党首、社民党の吉田忠智党首ら各党代表の中に小池氏がいた。
総勢約600人の参列者が、秋篠宮ご夫妻が到着されるのを待っていた。
やがて秋篠宮ご夫妻をお迎えし、式典が始まる。ご夫妻と数メートル離れた位置に立った小池氏。
冒頭の国歌斉唱の際には起立していたものの、口はしっかり閉ざしたままだった。
周囲がみな「君が代」を斉唱するなか、ただ一人「われ関せず」の模様はやはり異様だった。
小池氏は拝礼式後、「君が代」斉唱を拒否した理由について「内心の自由だから」と筆者に語った。
むろん「君が代」を国歌とすることに強硬に反対し続けている共産党の幹部としては文字通り
“レッド・ライン”なのである。
政府・与党が「日の丸」を国旗に、「君が代」を国歌にそれぞれ法制化する方針を決めた平成11年3月のことだ。
いずれも容認しない共産党の不破哲三委員長(当時)は、「君が代」反対の理由を党の見解としてこう表明した。
「『君が代』という歌は、千年以上前の作者の意に反して、
明治以後、天皇の統治をたたえる歌という意味づけを与えられてきた。
『君が代は千代に八千代に』、つまり“天皇統治は永久であれ”という歌だから、
今の憲法の国民主権の原則と全く両立することはできない」
この不破見解は現在も共産党の公式な立場となっているというから、さすがに党幹部が歌うわけにはいかない。
最近も『赤旗』の「主張」(一般の新聞の社説に相当)で
「『君が代』の強制 いったい誰のための式なのか」(今年3月1日付)、
「大学と国旗・国歌 許されぬ学問と自治への介入」(同5月4日付)と、「君が代」への拒絶を叫び続けている。
共産党の皇室戦略転換の大きな胎動となったのは、平成16年1月の第23回党大会だ。
昭和36年の第8回党大会で採択した党の基本的文書である綱領(いわゆる「宮本綱領」)を全面改定し、
天皇制について「民主主義及び人間の平等の原則と両立しない」と反対姿勢を堅持しつつも、
「君主制を廃止」というそれまでの表現を削除した。
天皇が「憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、
国民の総意によって解決されるべきもの」と明記し、天皇制との共存を容認した。
当時、不破氏が議長として主導したソフト・イメージ路線の象徴だった。ある共産党関係者はこう漏らす。
「佳子さまとの“接点”がもてれば党の大きなイメージアップになる。次の狙いは佳子さまだ」
つまり国民的人気のある秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さまの公務で党幹部が同席する機会がつくれれば、
共産党にとってはメガトン級の得点になると皮算用しているのだ。
しかし計算ずくで皇室にじわじわと近寄りながら、
一方で「天皇統治体制が永久に続くことはまかりならぬ」と「君が代」をかたくなに拒否する、
この党の二重基準は何なのか。
5月25日の千鳥ケ淵戦没者墓苑拝礼式で明確になったのは、
皇室を事実上利用してどれだけ「普通の政党」を偽装しようが、革命政党の本質は変わらないということである。
ちなみに「赤旗」は翌5月26日付で「千鳥ケ淵で戦没者拝礼式 小池副委員長が献花」という見出しで
記事を掲載したが、記事では秋篠宮ご夫妻が臨席されたことには一切触れていない。
「実は『赤旗』編集局も昨年5月に小池氏が拝礼式に参列したことを後日知ったため記事にならなかった。
今年初めて取材し記事にした」(共産党関係者)という。
党内には「天皇制打破」を強硬に主張し続けている古参党員も少なくないと聞く。
“皇室への接近”は、多くの党員が目にする機関紙への掲載をはばかる「不都合な真実」なのかもしれない。
(政治部編集委員 高木桂一)
http://www.sankei.com/politics/news/150616/plt1506160002-n1.html

恐ろしい計画?

不仲説ささやかれる”両家”だが…
雅子さま、秋篠宮家・悠仁さまを東宮御所に「ご招待」の理由
2015年11月03日(火) 16時00分
〈週刊女性11月17日号〉

精力的なお出ましで、「本格復帰」への道を歩まれている皇太子妃雅子さま。
前向きな雰囲気が漂うなか、こんな話が持ち上がっているという。ある東宮職関係者が打ち明ける。
「10月27日から秋篠宮ご夫妻がブラジル訪問で不在にされていますが、
皇太子ご一家が秋篠宮家のお子さま方、特に悠仁さまを東宮御所にご招待するプランがあるようなのです」
秋篠宮ご夫妻は、外交関係樹立120年を記念して、ブラジルを公式訪問中。
帰国予定は11月10日で、2週間近く家を空けることになる。
「その間は、お姉さまの眞子さまと佳子さまが、悠仁さまの面倒をみることになりますが、
おふたりとも多忙なので、皇太子ご一家が手を差しのべられることが検討されているようです」(同・関係者)
英国留学から帰国したばかりの眞子さま(24)は、10月に父・秋篠宮さま(49)から「日本テニス協会」の
名誉総裁職を引き継ぐなど、成年皇族としての活動を本格化されている。
11月初旬には、泊まりがけで石川県を訪問し、12月には、中米・ホンジュラスなど
に初の海外公式訪問をされる日程が入るなど、多忙を極めている。
国際基督教大学(ICU)1年の佳子さま(20)も学業がお忙しく、11月中旬から2学期の試験も控えている。
「佳子さまは、10月24日と25日に開かれたICUの学園祭『ICU祭』に両日ともいらっしゃいませんでした。
学業を優先させたのか、ご両親のブラジル出発が直前だったので、
そのお手伝いや打ち合わせなどがあったのかもしれません。
成年皇族として、それだけご多忙だということだと思います」(宮内庁関係者)
その間、宮邸にひとりポツンと残されてしまう悠仁さまを、東宮ご一家がお誘いするという計画なのだが……。
前出の東宮職関係者が、“招待プラン”が持ち上がった理由を説明する。
「そもそも皇太子ご夫妻は、秋篠宮ご一家に愛子さまの面倒をみてもらった“ご恩”があります。
'13年4〜5月にかけて、皇太子ご夫妻がオランダを訪問されていた間、
秋篠宮ご一家は留守番の愛子さまを何度か宮邸に招待し、お相手をして差し上げたのです。
愛子さまは、たいそう楽しいひと時を過ごされたようで、皇太子ご夫妻は深い感謝の念をお持ちになり、
今回はご一家が、悠仁さまをご招待しようというのです」
特に皇位継承権を持つ悠仁さまの誕生以降、一部で“不仲”がささやかれることもある東宮家と秋篠宮家の「関係」だが─。
今年の5月には、栃木県の御料牧場で静養中の皇太子ご一家に、
秋篠宮ご一家が合流もされているので、普段から交流は盛んだと思います。
現地では、一緒に牧場内の野菜をご収穫。夜には皇太子ご一家が秋篠宮ご一家を夕食にお招きし、
約2時間にわたって歓談されたという微笑ましいエピソードもありました」(宮内庁担当記者)
雅子さまは今までご体調に波があるなか、両陛下の結婚記念日や海外王族などを招待する大切な夕食会を
東宮御所で開くときには、メニューや段取りを自らお決めになっている。
「秋篠宮家のお子さま方をランチやディナーに招待するとなれば、
雅子さまはお三方の好き嫌いを含めた入念な準備をされると思います」(前出・宮内庁関係者)
両家のお住まいは赤坂御用地内にあるので、散歩をされている際にバッタリと出会うことも。
行き来されるときは、敷地内でのご移動ですむという。
「悠仁さまが、お茶の水女子大学附属幼稚園時代は、車で紀子さまが同乗できないときは、
佳子さまが付き添われていたこともありました。
今回も、もし悠仁さまが東宮御所に招待されることになれば、ひとりで……というわけにはいかないので、
眞子さまや佳子さまも同行されると思います」(秋篠宮家関係者)
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/20315

 
※実際には、親王殿下、内親王殿下が東宮御所に行くことはなく御無事

宮中晩餐会とは?

withnews
2015年06月04日

佳子さまデビューの宮中晩餐会とは? 最上級の「おもてなし」現場

プロ中のプロ、宮内庁式部職
宮中晩餐会は、国賓が来日した時などに開かれます。天皇、皇后両陛下が主催し、
皇族方、三権の長や国会議員、さらには民間の友好団体関係者らが出席することもあります。

招待客を案内するのは、宮内庁式部職を中心とする「もてなしのプロ」です。
ゲストの立場や肩書に応じて次々に席に案内していきます。
料理には栃木県にある皇室専用の御料牧場産の食材も使われます。
2014年4月のベトナムのサン国家主席夫妻を招いた宮中晩餐会では、御料牧場産の羊肉が使われました。

ちなみに、羊肉は欧州では最上級とされていて、国賓のもてなしに選ばれるのだそう。
蒸し焼きは、スライスされたローストビーフのような見た目で、
味わった人によると、柔らかく美味だったそうです。

客の前に置かれるのは空のお皿
提供の仕方は独特です。宮中晩餐会では客の前に置かれるのは空のお皿。
奉仕員が銀製の大皿に盛った料理を持って席を回り、客は食べたいものを適量選びます。
調理を担う宮内庁大膳課の担当者は「人により好き嫌いがある。
よろしければいかがですか、というのが宮中のなさりようです」。

会場隣の部屋には宮内庁楽部が控え、会の進行に沿った絶妙なタイミングで音楽を奏でます。
日本の童謡からクラシック、時には、ポップスも。
サン国家主席夫妻の時には、アジアでヒットした谷村新司さんの「昴(すばる)」が披露されました。

佳子さまスマイル全開の「後席」
食事の後は、お茶を飲みながらの「後席」が設けられます。
両陛下以外にも、佳子さまをはじめ皇族方が、ゲストと歓談します。
佳子さまはフィリピン側の出席者に話しかけられ、笑顔で懇談していました。
こうして、約2時間の宮中晩餐会は終わります。

http://withnews.jp/article/f015060400cqq000000000000000G0010401qq000012094A

学生アルバイト スパイ活動

Asagei+
社会
Posted on 2015年6月12日 5:55 PM
“麗しすぎる”佳子さま大フィーバーを辛口論客が切る!
「皇族らしくか20歳の女の子ということを尊重するか」

4月からICUでキャンパスライフを送る佳子さま。
だが、これまでの学生生活は決して順調とは言えないものだった。
学習院初等科から、同中高等科、そして大学へと進学した佳子さまは、
14年8月に突如、中退してしまったのだ。
「13年に米国に短期留学したことで、異文化コミュニケーションなどに関心を持ちました。
サークルの新歓コンパの様子が報じられ、母の紀子さまにサークル活動を禁止されたことも
中退のきっかけになったようです。姉の眞子さまが卒業したこともあり、
留学生も多く自由な校風のICUに魅力を覚え、編入を目指しました」(宮内庁関係者)
特別入学選考により、ICUに合格した佳子さま。
宮内庁により合格が発表された10月以降、前年比で一般入試の受験者数は約20%も急増した。
入学後まず注目されたのは、そのファッション。
入学当日こそ、プリンセスらしい清楚な服装だったが、翌日はかなりカジュアルな服装。
さらに、5月15日からの1泊2日の八ヶ岳で行われた校外合宿に参加した時にはこんな姿が見られた。
「青を基調にしたチェックのタンクトップという服装でした。
母親である紀子さまと激しく口論したようです」(宮内庁関係者)
今どきの大学生としてはごく普通の服装とはいえ、やはり宮内庁は苦言を呈したという。
皇室に詳しい神道研究家の高森明勅氏はこう擁護する。
「皇室ジャーナリストや識者の『プライベートでも皇族らしく』
『品位のある服装を』と佳子殿下を非難するコメントを目にします。
これこそ本末転倒でしょう。20歳の殿下にはある程度のプライバシーを認めるべきで、
逆に周囲は『それを報道することこそ異常』だとたしなめるべきでしょう」

しかし、女性週刊誌記者は「佳子さま報道」の現状についてこう明かす。
「各女性週刊誌では、皇室担当記者が佳子さまを徹底マークしています。
ICUの学生をバイトとして雇い、『今日はベンチでジャニーズ風の男子学生と談笑していた』
『学食でしょうが焼き弁当を食べていた』など、キャンパス内での様子を逐一、報告させているところもあります」
学内でこうした“スパイ活動”まで行われている報道の過熱ぶりに、高森氏はこう苦言を呈する。
「佳子殿下は内親王であり、他の宮家と比べてもおのずと注目が集まるのは当然でしょう。
しかし、報道の実情を見ると、新しくスタートした大学生活や周囲との健全な関係を
阻害するような取材活動が行われている一面もあります」

国際政治学者の藤井厳喜氏が続ける。
「現在はスマホさえあれば、誰でも佳子さまの日常をまる裸にして拡散できる時代。
マスコミもパパラッチ化しており、それも一般人を巻き込んだ報道合戦に拍車をかけるおそれがある。
これはまことにゆゆしき事態です」

皇室は開かれるべきか、荘厳であるべきか──論客たちの激論は続く。

http://www.asagei.com/excerpt/37616

雅子さまと故・ダイアナ元妃が交わした20年前「約束」

2月26日、初来日するウィリアム王子
雅子さまと故・ダイアナ元妃が交わした20年前「約束」
2015年02月24日(火) 16時00分
〈週刊女性3月10日号〉
「2月26日に来日する英王室のウィリアム王子は、皇太子ご夫妻との食事会や接見も検討されているようです」
そう明かすのは、東宮職関係者。4月に第2子の出産を予定する妻のキャサリン妃(33)と
1歳半の長男・ジョージ王子は同行せず、3月1日まで日本に滞在する王子。
東京都内などを視察し、東日本大震災で被災した福島県も訪問する予定になっている。
「雅子さまにとってウィリアム王子は、親交のあった故・ダイアナ元妃が大事に育ててきた長男なので、
会いたいお気持ちが強いのではないでしょうか。
そもそも皇太子ご夫妻は、東日本大震災で、’11 年4月の王子夫妻の結婚式には出席できませんでした。
改めて祝福のメッセージなどを差し上げるのではないでしょうか」(前出の渡辺さん)
もともと、日本の皇室と親密な関係にある英王室。天皇陛下(81)は、
心臓の冠動脈バイパス手術をしてから3か月しかたっていない’12年5月に、
エリザベス女王(88)の在位60周年記念式典にも出席されている。
「雅子さまがダイアナ元妃にお会いになったのは、’95 年2月のことで、
皇太子さまとのご成婚から2年もたっていない時期でした」
そう振り返るのは、ベテランの皇室記者。
「ダイアナ元妃は計3度、来日しています。3回目の来日は、福祉関係の仕事を目的とする訪問で、
合間を縫っての雅子さまとの初対面でした。この時、おふたりは示し合わせたように、
襟元に黒いベルベットをあしらったロイヤル・ブルーのスーツをお召しで、話題になったものです」(同・記者)
しかし、このときすでに夫のチャールズ皇太子の不倫に悩み続けていたダイアナ元妃は、
翌’96 年に離婚。’97 年8月にはパリで自動車事故にあい、ウィリアムとヘンリー(30)の
ふたりの王子を残し36歳の若さで亡くなった。
東宮御所で、皇太子ご夫妻がダイアナ妃をお迎えしてからちょうど20年(’95年2月)
「その年の9月に行われたダイアナ元妃の国民葬への参列の打診が英国側から皇太子ご夫妻にありました。
しかし、雅子さまの母方の祖母が亡くなった直後で喪中だったことや、
諸外国の王室の参列状況を検討した結果などから、政府が辞退しました。
皇室の海外訪問は政府の方針に従わざるをえませんが、
雅子さまはかなり残念な思いをされたのではないでしょうか」(別の宮内庁関係者)
雅子さまは同年12月のお誕生日会見で、沈痛な面持ちで元妃の死を悼まれた。
「イギリスにはたいへん懐かしいよい思い出がたくさんございますので、ご葬儀の日には、
そのようなロンドンやイギリス各地の風景などを重ね合わせて思い出して、悲しい気持ちがいたしました」
そして、ふたりの王子を気遣うお言葉も。
「遺されたおふたりの王子様方がこの大きな悲しみをお乗り越えになって、
そして、お健やかにご成長なさいますことをお祈りしたいと思います」
ある外務省関係者が、雅子さまとダイアナ元妃の最初で最後の懇談についてこんな打ち明け話をする。
「雅子さまとダイアナ元妃は皇太子さまを交え通訳なしで30分ほどでしたが、大いに盛り上がったそうです。
皇太子さまと雅子さまは、オックスフォード大学時代のアルバムも持ち寄り、
最後は皇族や王族のあり方にまで熱心なやりとりが行われたそうです」
そして最後に、雅子さまとダイアナ元妃はこんな言葉を交わされたという。
「近い将来に、かならず再会を――」
その約束からくしくも、ちょうど20年。成長した王子に、雅子さまはどんなお言葉をかけるのだろうか。
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/8724/

雅子さま、療養10年目 伝わらぬ「適応障害」の病状

朝日新聞デジタル
2013年1月8日03時00分
雅子さま、療養10年目 伝わらぬ「適応障害」の病状
【島康彦、北野隆一】
「適応障害」とされる皇太子妃雅子さま(49)の長期療養が昨年12月で10年目に入った。
今年6月で皇太子さまとの結婚20年を迎えるが、ほぼ半分を療養に費やしたことになる。
雅子さまの病状と治療はいま、どうなっているのだろうか。

■都内外出は30件
1月2日に皇居であった新年一般参賀。両陛下や皇太子さまらとともに、
雅子さまは午前午後の計5回登場し、笑顔で手を振った。
最近、こうした雅子さまの姿を目にする機会はまれだ。宮内庁が昨年に正式発表した雅子さまの都内への
外出は約30件で、大半は皇室関係のいわば「内輪」の行事だ。大勢の人前に姿を見せたのは
東京・国立劇場での雅楽鑑賞や、年末にあった天皇誕生日の一般参賀ぐらい。
療養前は年に数回こなしていた地方訪問も昨年は静養のみで、公務での地方訪問がないのは8年ぶりだった。
■具体的説明なし
雅子さまは2003年12月に「帯状疱疹(ほうしん)」と診断され、治癒後も体調不良を理由に静養が続いた。
04年7月、宮内庁は「適応障害」と診断名を発表。要因となるストレスについては
「皇太子妃という特別な立場からくる苦労」「公私の区別をつけにくい多忙な生活」などをあげた。
その2カ月前には皇太子さまが会見で「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあった」と発言。
雅子さまの療養は長期化をたどる。
宮内庁は雅子さまの誕生日(12月9日)などに合わせて「東宮職医師団」の見解を文書で発表してきた。
ほぼ毎回、「着実に回(快)復している」「体調に波がある」と表現されてきたが、
昨年の見解ではそれらの記述もなくなり、病状の具体的な説明はないままだ。
これまでの見解について複数の精神科医に意見を聞いた。
「いまどういう病状にあって、今後どんな治療をしていくのかが分からない」との指摘もあった。

■私的活動から幅
皇太子ご一家の医療は、日常的には東宮侍医長ら東宮侍医が担う。このうち雅子さまの治療を担当する
「東宮職医師団」は、国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター長の大野裕医師が中心となっている。
病状と治療はどうなっているのか。大野医師に取材を打診したが、治療に支障があるなどとして
応じてもらえなかった。
これまでの医師団見解では治療について、「環境に働きかけてストレス因子を軽減することが最も重要」とした。
さらに、カウンセリングや薬物療法などを実施したり、「ライフワークになるような活動」や「私的な活動」から
活動の幅を広げたりして、公務復帰を目指すという。
私的な活動の一例は、昨年秋、都内の親族宅であったハロウィーンパーティー。
皇太子ご夫妻は愛子さまとお忍びで数時間参加し、雅子さまはとても楽しそうな様子だったという。

■診断に疑問の声も
だが、公務復帰までには改善が進まない状況に、専門家からは診断や治療方針に疑問の声もあがる。
岩波明・昭和大医学部教授(精神医学)は「治療が年単位で続く場合、適応障害とは言えず、
うつ病などを疑うのが普通だ」と語る。精神科医の香山リカ・立教大教授も
「置かれた環境との摩擦で心身が健全じゃない状態で、慢性化する場合は他の診断名になることが多い」と述べる。
一方で「適応障害でも本当につらいものは症状が重いし、不安や抑うつが慢性化する症例もある」という
精神科医もいる。
宮内庁関係者によると、雅子さまはある行事に出席するため他の行事を控えて念入りに準備や調整することもあり、
出席自体が直前に変更になることもあるという。別の関係者は「雅子さまは生真面目過ぎる。
もっと肩の力を抜いてもいいのではないか」と言う。
皇太子ご一家を支える東宮職のトップ・小町恭士東宮大夫は、
「妃殿下は快方に向かっている。長い目で温かく見守ってほしい」と話す。

     ◇
〈適応障害〉 米国精神医学会作成「精神疾患の診断・統計マニュアル」が「ストレス因子に反応し、
情緒的・行動的症状が出現すること」と定義。「うつ病や不安障害などの他の精神疾患の診断基準は満たさないが、
著しい苦痛を伴う」としている。05年の東宮職医師団見解は、慢性のストレス因子が原因の場合は
長期間続くことがありうるとしたうえで、雅子さまの病状がこれにあたると位置づけた。
http://digital.asahi.com/articles/TKY201301070416.html

雅子さま、『宮中晩餐』連続ご出席の舞台裏をレポート

友納尚子さん特別寄稿
雅子さま、『宮中晩餐』連続ご出席の舞台裏をレポート
2015年06月10日(水) 16時00分
〈週刊女性6月23日号〉
長期療養が始まってから12年になる雅子さまにとり、大きなステップになった今回の国賓行事。
そこに至る過程を長年、東宮家を取材するジャーナリストがレポートする
皇太子同妃両殿下は、今年6月9日でご成婚22周年を迎えられた。
この日の夜は天皇・皇后両陛下と秋篠宮同妃両殿下などをお招きになった恒例の「夕食会」が
元赤坂の東宮御所内で開かれるという。
例年、雅子妃は何日も前から両陛下のお好みや季節を考えられたメニューをお考えになるそうだ。
プライベートで天皇ご一家がそろうのは、4か月ぶりのこと。話が尽きないほどの時間を過ごされることだろう。
ご成婚記念日には、毎年、愛子内親王殿下から東宮職員と作った手作りのケーキやクッキーといった
お菓子やお祝いのカードを受け取られる。今年は、どのようなお菓子にメッセージが寄せられるのだろうか。
愛子さまが幼いころは花やミツバチ、動物などが描かれた絵手紙が送られたといわれたが、
最近では、メッセージの文字数が多くなられたという。
国語が好きで文を書くのが得意だといわれるだけに、両殿下の心にもメッセージは深く届かれることだろう。
毎年、カードはお誕生日カードなども一緒に保管なさっているという化粧箱の中に大切にしまわれて、
その楽しく過ごされた記念日は静かに幕を下ろされるそうだ。
今年に入ってから雅子妃のご様子は、ほとんど報道されなくなったため「お元気なのだろうか」
「どのようにお過ごしになっているのだろうか」という声を耳にすることも多い。
実際には、お出ましが少なくなったわけではなく、お元気にお過ごしだそうだが、
週刊誌が派手な見出しの記事を減らしたことや”秋篠宮佳子内親王殿下フィーバー”に移り気をしたことから、
印象が薄くなったのかもしれない。
実は、こうした静かな環境が保たれたことは、雅子妃がご療養に入られて12年目にして初めてのことだった。
「マスコミから批判が少なくなることは、雅子さまの治療に必要といわれる
”静かな環境”が保たれることでもありました。
これまで皇太子殿下や医師が何度も静かな環境を訴えてこられましたが、
ここにきて、ようやくおさまってきたのです」(東宮関係者)
批判記事そのものというより、記事の多くが宮内庁からの不満がもとにあって
成り立っていたのではないかといわれたため、記事が少なくなってきたことは同時に
宮内庁から東宮家への風当たりが弱まったのではないかと東宮側は見ていた。
それこそが、「雅子妃殿下の治療に最も重要なことだったのです」(同前)
治療環境が功を奏したのか、雅子妃のご病状は着実に上向きなってこられた。
東宮御所からお出ましになることはそう多くないが、東宮御所内で客を招く「接見」や「会釈」などは、
昨年より倍以上増えていた。
3月28日には、6年5か月ぶりに東宮御所でデンマークのフレデリック王太子夫妻を「夕食会」に招かれた。
デンマークと日本は両陛下が築き上げられてきた深い交流があった。
一昨年のオランダ即位式でも、皇太子ご夫妻は王太子夫妻にお会いになっていた。
雅子妃は「夕食会」に最後までご出席するため、ぎりぎりまで体調を整えられていたという。
「夕食会」はお茶会よりも長い時間になることから、お身体への負担が懸念されたが、
ご出席できることになった。だが王太子夫妻を正式に玄関までお出迎えすることまではできなかった。
雅子妃は部屋でご挨拶をなさって、夕食を4時間近くともに過ごされたのだった。
翌日も寝込まれるほどのお疲れが出ることはなかったという。
こうした雅子妃の安定したご体調から、4月の春の「園遊会」には
12年ぶりにお出ましになるのではないかと期待が寄せられた。
雅子妃も意欲的に体調を整えられていたという。だが「園遊会」は残念ながらご欠席となった。
それでも5月25日には、『ルーヴル美術展』に急きょお出ましになるなど、ご体調のよさを感じさせた。
そして、もうひとつ。今年は雅子妃が超えなくてはならない目標があった。
それは、6月3日のフィリピン・アキノ大統領の国賓行事「宮中晩餐会」へのご出席だった。
昨年11月、雅子妃がオランダ国王夫妻歓迎の晩餐会にご出席されたのは実に11年ぶりのこと。
今年もご出席できれば連続でこなされたことになる。
「宮中晩餐会は、雅子さまがご病気になったひとつの要因と言われていました。
毎年ご出席できるようになることは、ご回復への大きな前進になると注目されていました」(東宮職)
雅子妃のご体調は、ご自分でも予測がつかないお疲れが出るという。
こうしたご病気の性質から、ご出席までの判断は、予断を許さなかった。
小町恭士東宮大夫も定例会見で、
「ご体調がよろしければ(宮中晩餐会に)おでましになる」と、ぎりぎりまで具体的な発言は避けていた。
雅子妃のご出席が決まり、宮内記者に発表されたのは予定日の2日前のことだった。
当日は雨天だったことから「宮中晩餐会」の前に行われる午前中の「歓迎式典」は
宮殿の「春秋の間」間で行われたが、雅子妃はご欠席されて夜にパワーを温存された。
午後7時過ぎ。皇居に到着された雅子妃は薄いブルーに花柄模様のレースがあしらわれたドレス姿に
少し緩やかなアップの髪型だった。
出席者によれば、はじまりは昨年の晩餐会のご表情よりもいくぶんか穏やかに見えたという。
だが、晩餐会の終盤ではご体調が思わしくなかったことから1度退席をされて、別室で休まれた。
1時間後ぐらいには戻られて、皇太子とご一緒にフィリピンのアキノ大統領にお別れの挨拶をなさったという。
このように雅子妃のご体調は、一進一退を繰り返されながら確かな快方に向かっていることがわかる。
「それは、例えば階段を1段1段と上って、踊り場で休むことでパワーを温存して、
初めて次の階段を上ることができるようになるというイメージです」(精神科医)
雅子妃はこれからも前を向いて階段を上り続けられることだろう。そうしたお姿は、同じ病気の人だけではなく、
自分とさまざまなことで闘っている人たちにも勇気を与えてくれるのではないだろうか。
この春から東宮ご一家の愛犬「由莉」が動物介在療法のアニマルセラピー犬として専門家から訓練を受け始めた。
学習院女子中等科2年生になられた愛子さまは、学校から戻られると
「頑張ったねー偉いねー」と言って何度も「由莉」の頭を撫でられるそうだ。
東宮ご一家は、それぞれに前に進まれている。
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/13990/

雅子さま 愛子さまのご学友から将来の同級生女官をご希望か

雅子さま 愛子さまのご学友から将来の同級生女官をご希望か
2013.06.17 16:00
皇太子妃雅子さまは、愛子さまの将来に思いを馳せ、ある計画を秘かに進められているという。
雅子さまは最近、愛子さまの同級生のママ友と児童を定期的に東宮御所に招き、
情報交換や世間話をされるなどして、親交を深められている。
「雅子さまは子供たちやママ友との時間をとても大切にされているようです。
もちろん友好を深めるのが最大の目的ですが、それ以外にもお考えがあるようです。
というのも、雅子さまは“将来、愛子さまが成年皇族となった際に、今仲よくしているお友達の中から、
女官として愛子さまに仕え支えてくれる人が現れてほしい”という思いを強く持たれているんです」(宮内庁関係者)
そのため、今から雅子さまはママ友やご学友たちとの信頼関係を築き上げ、将来への布石にしたい、
とお考えなのだという。
「もちろん、愛子さまはまだ小学生ですから、現実的には成人なさってからということでしょうが、
雅子さまは、何よりも母親として“愛子さまを理解し、支えてくれる味方を”
という思いを強くなさっているのかもしれません」(前出・宮内庁関係者)
皇室典範改正に消極的な安倍晋三首相(58才)が、「女性宮家創設論」を白紙に戻したとはいえ、
今、次世代の男性皇族は、秋篠宮家の長男・悠仁さまだけである。となると、将来的に愛子さまに対する、
悠仁さまを支える皇族としての期待は、いやが上にも高まることになるだろう。
「現状では、女性天皇の可能性も完全になくなったわけではありません。
またいつ女性天皇論が再燃するかわかりません。皇室典範が改正されれば、愛子さまは降嫁されることなく、
皇室に留まられることとなります。
となれば、“お側に愛子さまが信頼できる人間を置いてあげたい”と雅子さまがお考えになるのももっともです。
なぜなら、雅子さま自身、皇室に嫁がれて以来、前例を重んじる組織と向き合われ、
味方も少なく苦悩し続けたという思いがおありだからです。
ですから、“将来、愛子さまを助け、力となってくれる信頼できる人を”と考えられるのは、
無理もないことのような気がします」(前出・宮内庁関係者)
http://www.news-postseven.com/archives/20130617_194346.html

佳子様伊勢神宮関連雑誌記事

佳子さま 新幹線移動中のとてもかわいらしい寝顔を目撃される
2015.03.17 07:00
東京駅発のぞみ19号――3月6日午前9時10分、
この新幹線のグリーン車に乗り、旅立たれた秋篠宮家の次女・佳子さま(20才)。
「春らしいスモーキーピンクのアンサンブル姿の佳子さまは、
富士山側の窓際の席におひとりで座られました。席に着かれるとテーブルを出され、
訪問先の資料を並べて、それらを真剣にお読みになっていました」(乗り合わせた乗客)
「女性セブン」前号でも飛行機内で訪問先について
知識を身につけようとされる佳子さまのご様子をお伝えしたが、
この日も道中のお勉強を欠かされることはなかった。しかし、しばらくすると、こんな佳子さまのお姿も…。
「トイレに行くときに、佳子さまのお姿が目に入ったのですが、頭をシートにもたれかけられ、
目を閉じてお休みなさっていました。とてもかわいらしい寝顔でした。
ご公務の連続でお忙しい日々を送られているようですから、
お疲れが溜まっていらっしゃったのかもしれませんね」(前出・乗客)
“美しすぎるプリンセス”と称される佳子さまは、皇室の新しいスターとして、全国を飛び回られ、
そのひとつひとつから受けるプレッシャーは並々ならぬものがあるのかもしれない。
今回、佳子さまが向かわれた訪問先は三重県伊勢市の伊勢神宮だ。
皇室の慣例に従い、成年皇族になった報告のため、参拝された。
佳子さまの伊勢神宮参拝は2013年3月以来3度目となるが、おひとりでは初めて。
「白装束の宮司に先導され、真っ白な帽子、参拝服に着替えられた佳子さまは、口を真一文字に結び、
凜としたまなざしで正面を見据えられ、玉砂利が敷き詰められた参道をゆっくりと歩かれ、
正殿の前にある内玉垣南御門で玉串を捧げて拝礼されました」(居合わせた参拝客)
その後、宿泊先の鳥羽国際ホテルへ。佳子さまが宿泊されたのは、
最上階(7階)にある海を一望に見渡せるスイートルームだった。
「この日、夕方6時半頃から1時間半ほど、
佳子さまは英国・エリザベス女王も利用された貴賓室で伊勢神宮関係者と食事されたようです。
地元・伊勢の特産品である黒鮑のステーキがメーンディッシュのフレンチのコースを堪能されたと聞いております。
デザートにはホテル特製のチーズケーキとガトーショコラ、ヨーグルトのシャーベットの盛り合わせが出され、
佳子さまは大変お喜びになられたみたいですよ。
ご自分よりかなり年配のかたがたとの食事でしたが、非常に朗らかにお話を弾ませて、
場を盛り上げられていたそうです」(秋篠宮家関係者)
※女性セブン2015年3月26日号
http://www.news-postseven.com/archives/20150317_309669.html

佳子さまの伊勢参拝で見えた東宮家と秋篠宮家の明確な格差
2015.03.18 07:00
皇室に新たな風を注ぎ込むべく、全身全霊でご公務に励まれている秋篠宮家の次女・佳子さま(20才)。
3月6日には、皇室の慣例に従い、成年皇族になった報告のため、三重県伊勢市の伊勢神宮を参拝された。
しかし、今回の伊勢への旅では“格差”が明らかになっているという。
長年、皇室を取材するベテラン記者がこう話す。
「天皇皇后両陛下、皇太子ご一家の伊勢神宮ご参拝の場合、朝から夕方まで参拝停止となります。
要するに貸し切り状態にするため、一般参拝客は伊勢神宮内へは入れません。
だが、今回の佳子さまの場合は、約10分前まで、一般の客も普通に参拝していました。
また東京駅、名古屋駅、鳥羽駅でも警護の数は格段に違いますし、
道路の信号操作などの特別扱いも、ほとんどありませんでした。
佳子さまが成年皇族になられて注目を集め、秋篠宮家の存在感が目に見えて大きくなっていますが、
天皇家・東宮家と宮家とでは越えられない壁があることを実感させられました」
ちなみに、この“格差”はご宿泊場所の違いにも。
「両陛下、東宮家は伊勢参拝の際、お泊まりになるのは神宮内の内宮斎館ですが、
佳子さまは高級リゾートホテルとはいえ、一般のホテル。しかも、貸し切りなどではありません。
ロビーなどにも警護の姿は見えませんでしたから、本当に佳子さまが宿泊されているのかと
首を傾げたくなるほどの警護の態勢でした」(取材した皇室記者)
これまで女性セブンも幾度かお伝えしてきたが、皇太子ご一家と秋篠宮家の待遇には大きな差がある。
皇太子ご一家のお世話をする職員は約60人だが、秋篠宮家には20人ほどしかいない。
また天皇家(両陛下と皇太子ご一家)のプライベートマネーである内廷費は、
年間3億2400万円で、おひとり当たり6480万円。
しかし、秋篠宮家のプライベートマネーとなる皇族費は昨年度までは年間6100万円が支払われていた。
4月からは佳子さまが成年皇族になられたことで610万円が増額されるが、その差はあまりに大きい。
「紀子さまとしては“秋篠宮家には皇位継承順位の2位、3位と2人いるのに、どうにかならないものなのか”
という思いがお強いんです。しかも、その待遇の差は一向に改善される気配もないことで、
紀子さまは釈然としない気持ちで苛立たれているのです」(秋篠宮家関係者)
※女性セブン2015年3月26日号
http://www.news-postseven.com/archives/20150318_309327.html

愛子内親王激ヤセ

愛子さま 頑固で完璧主義な性格が「激ヤセ」につながったか
2016.12.08 11:00
12月1日に15才の誕生日を迎えられた愛子さま。
カメラの前に向けられた愛子さまの笑顔は、以前に比べてほっそりと感じられ、
“激ヤセ”と心配する声もあがった。
宮内庁関係者によると、愛子さまは9月上旬から炭水化物を抜くダイエットを始められたという。
白米はほとんど召し上がらず、朝食はヨーグルトやジュースだけ、夕食もサラダや煮ものが中心だったとのこと。
さらに愛子さまは、食事量を減らすだけでなく、おやつや間食もほとんどとられなくなったという。
「アイスクリームやマドレーヌなど、あれほどお菓子がお好きだった愛子さまが間食をやめられた。
さらに食事コントロールの影響からか、熱心に読みふけっていることが多かった
読書もしなくなってしまったといいます。
多くの大人たちが周囲にいながら早い段階で手を打てなかったのでしょうか」(皇室ジャーナリスト)
数多くの職員が働く宮中において、両陛下と皇太子ご一家の食生活を一手に担っているのが
「宮内庁大膳課」という部署だ。
「和食、洋食やお菓子作りを専門にするスタッフが揃い、侍医やご本人たちの希望も聞きながら
栄養バランスのとれた食事を提供しています。皇族方の健康管理は宮内庁の大事な仕事のひとつ。
お食事を残されるのは仕方がない部分もありますが、あまりにも召し上がらないとか、
残すのが続くといったことがあると、大膳課から侍医に報告も上がります」(前出・宮内庁関係者)
もし食事を残されることがあれば、その分量を計測して不足した栄養まで計算する。
それでも今回の事態は防げなかった。
「愛子さまは“やり始めたらやる”という性格で、頑固な面をお持ちです。
雅子さまに似て完璧主義な部分もあり、結果が出るまでやらないと気が済まない。
皇太子ご夫妻はそんな愛子さまの性格をよく理解されているので、
直接厳しい言葉をかけたりされなかったそうです」(前出・宮内庁関係者)
別の宮内庁関係者が憤るように続ける。
「本来であれば、職員の側から愛子さまにお声をかけることもできるのでしょうが、
残念ながら幹部も含めてサラリーマン化が進む宮内庁では、そういった気骨のある人が減ってしまっている。
かといって、ご夫妻にもなかなか難しいことですし、そもそもご夫妻に進言する人間もいなかった。
結果的に、明らかに異常なことが進行しているにもかかわらず、防ぐ手立てを講ずることができなかったのでしょう」
“すこしほっそりとされた”で済む問題ではない。
撮影■雑誌協会代表取材
※女性セブン2016年12月22日号
http://www.news-postseven.com/archives/20161208_473695.html


激やせの愛子さま、進学にも懸念と学習院関係者
2017年2月25日 16時0分 NEWSポストセブン
「愛子さまはさらにやせられたようだが、お体に異常はないのか」
「一体、どのような対応策が取られているのか」
「回復のご様子が一切見られないではないか」
皇太子さまの57才の誕生日(2月23日)に先立って、ご一家の写真がメディアに公開された2月17日、
宮内庁幹部に記者から矢継ぎ早に質問が飛んだ。
愛子さまの激やせについて、皇太子ご夫妻も気が気ではないようだ。
皇太子さまは、2月18〜20日に北海道・札幌に足を運ばれ、
陛下の名代として冬季アジア大会の開会式に臨席されたほか、クロスカントリースキーのレースなどをご覧になった。
「皇太子さまは、昨年の台風の被害状況などをお聞きになり、
“国道がまだ復旧できていないところもあるんですね”と心配されたご様子を見せられました。
また、アイヌ文化の説明を受けられ、大変関心を示されていたといいます」(皇室記者)
だが、新千歳空港や沿道に集まった人たちからは、「雅子さまを拝見するのを楽しみにしていたのに…」
「なんだか、皇太子さまお1人だと寂しい感じがしますね」
と、落胆の声が聞かれた。今回の札幌訪問には、当初雅子さまも同行される方向で調整が進められていた。
「皇太子さまが陛下の名代ということは、必然的に雅子さまは、美智子さまの代わりとして
同行されるものだと考えられていました。実際、事前に報道陣に配られたアジア大会のしおりにも、
雅子さまのお名前が記載されていました」(皇室記者)
雅子さまの札幌訪問取りやめが発表されたのは2月10日のことだった。
「取りやめの理由は、雅子さまのご体調や、気温が低い中での公務には無理があり、
また2泊という日程も負担が大きいとのことでした。ですが、実はその日、愛子さまが学校を欠席されたのです。
風邪の予兆があり、特に大きな症状はないものの体調不良を訴えられたそうです。
それから数時間後に、雅子さまの札幌訪問取りやめが発表された。宮内庁側は関連はないと強調しましたが、
親心に娘を心配するのは当然のことですし、まして愛子さまは激やせの状態にあるわけですから」
(皇室ジャーナリスト)
別の学習院関係者はこう危惧する。
「高等科進学の手続き書類は、2月中に提出します。定期テストや美術作品、実技、授業レポートやノート、
学習態度などを総合的に見て評価が行われますが、愛子さまは1か月半の欠席もあり
出席数が他の生徒と比べて圧倒的に少ない。もちろん、それだけで高校進学が即不可ということにはなりませんが、
普通の生徒なら父母が呼び出されて面談などが行われる“イエローカード”の状態といえるでしょう。
雅子さまの胸中に、“もうこれ以上学校は休ませられない”という思いもよぎったのではないでしょうか。
だから、北海道行きを取りやめてでも愛子さまのおそばにいることを選ばれたのかもしれません」
撮影/雑誌協会代表取材
※女性セブン2017年3月9日号
http://news.livedoor.com/article/detail/12721673/

愛子さま“緊迫の食卓” 雅子さまから厳しい叱責「青いものだけでも食べなさい!」
週刊女性2017年3月14日号2017/2/27
皇太子さまの57歳のお誕生日の写真などが公開され、その“激ヤセ”ぶりで話題になっている愛子さま。
そもそもなぜ、ここまでのお姿になってしまったのか。
新谷医院院長で摂食障害に詳しい精神科医の新谷太さんと、
パークサイド日比谷クリニック院長で摂食障害が専門の立川秀樹さんは拒食症の可能性を指摘しているが、
もしそうだとしたら……。
「拒食症の原因は、母子関係に問題があることが多いです。
それは決して親からの愛情不足ということではありません。
子どもは母親に対して、無意識に仕草や表情を通して“情緒信号”と呼ばれるものを発信します。
“こうしたい、ああしたい”という信号を母親がきちんと受け取れていないことで、
子どもに不満が募っていくことが拒食症につながることがあるのです」(立川医師)
母親によっては信号に敏感ではなかったり、仕事に没頭していたり、
家族の誰かが問題を抱えていることで気づけないことがあるという。
「雅子さまは適応障害という心のご病気ということもあり、余裕がない状態だったのかもしれません」(立川医師)
療養から13年がたって最近は復調ぎみではあるものの、公務に出られない時期も長く、
愛子さまの機微をとらえる余裕を持てなかったこともあったのかもしれない。
一方で、愛子さまが学習院初等科時代にいじめが起こった際には、1年半以上も一緒に登校したり、
校外学習にも付き添われこともあった。
その「過保護」ぶりからは、娘との意思の疎通ができているようにも思える。
「先日の『冬季アジア大会』は“寒さ”と“日程の長さ”が理由で欠席されましたが、
愛子さまのご体調を心配した面もあったのではないでしょうか」(宮内庁担当記者)

“激ヤセ”はいじめ問題の影響か
しかし、立川医師によれば母娘の密着が問題ではないという。
「雅子さまが愛子さまの登校に付き添われていたのは、母子が一体となっているということなので、
いいことだと思いますよ。しかし一緒にいるだけではあまり意味がなく、信号を受け取ることが大事なのです」
子どもからの信号に気づけないことで母子のすれ違いが生まれると、
子どもの“自我形成”がうまくいかなくなることにつながるのだという。
「自我がなければ、他人の発言に影響されやすくなります。
愛子さまが昨年の夏ごろからおやせになっているところを見ると
“やせていることが素晴らしい”という周りからの言葉に影響されたのかもしれません。
自分が好かれるために相手の好きなことをするという意識になってしまうのです」(立川医師)
愛子さまの“激ヤセ”について、初等科時代のいじめ問題が影響しているかもしれないと前出の立川さんは指摘する。
「いじめというのは理不尽で、自分ではコントロールできないものです。対して“やせるという行為”は、
思春期の子どもにとって唯一、自分でコントロールできる行為であることも、
やせ方を加速させてしまった原因なのかもしれません」(立川医師)
昨年からの“公務”が増えたことも拒食症の原因のひとつではないかと話すのは、前出の新谷さん。
「お出ましになられた際に“きれいになられた”“大人っぽくなられた”などといった声がうれしくて
“もっとやせよう”という気持ちになられた可能性はありますね」
再来年には両陛下が退位される見通しが強いだけに、しっかりと公務をやり遂げる
“内親王としてのプレッシャー”が生まれたのかもしれない。

雅子さまが厳しくお叱りに
そんな中、お住まいでの“緊迫の食卓”の様子を東宮職関係者が明かしてくれた。
「昨年11月の2〜3週間ほど、愛子さまはほとんど食事を召し上がらない時期がありました。
皇太子さまは“作ってくれる方もいるのだから”と食べるように諭したのです。
しかし、愛子さまは“それはわかっています”とお返事しただけで、なかなか食がすすまなかったそうです」
両陛下や皇太子ご一家のお食事は、宮内庁の「大膳課」という料理担当者が調理するので
皇太子さまとしては見過ごせなかったのだろう。
父親の言葉にも耳を貸さない愛子さまに対して、ついに雅子さまも業を煮やされたようで、
「雅子さまは“青いものだけでも食べなさい”などとおっしゃったそうです。
それでもなかなか言うことをお聞きにならず、厳しく叱ったこともあったとか……」
例えば献立に「肉じゃが」が出た際に、ねぎや白滝はお召し上がりになっても、
じゃがいもとお肉には手をつけられなかったという。
また、愛子さまがなかなか自分の部屋から出てこられなかったこともあったという。
「11月のころを底だとしたら、現在は食べるようにはなりましたが、それでもおそばなどの
食べやすいものだけを召し上がっています。お肉は今も口にされないそうです」(前出・東宮職関係者)
一部では“炭水化物ダイエット”をしているという報道もあったが、肉類もお控えになっているとは……。
今後も偏った食事を続けていると、いつか愛子さまのお身体にも支障をきたすことがあるだろう。
拒食症ならば、どんな治療法があるのか。
「一般的に薬が処方されたり、精神療法が行われます。
治療の基本は、まず家族面談という形でお話をうかがいます。
親子関係に潜む病理をあぶりだし、家族が原因を共有することで団結して病気を治していけるように
医療がお手伝いします。治療期間は10年、20年にわたる場合も珍しくありません」(新谷医師)
昨春の『オール学習院の集い』では、友達と気軽に焼きそばやアイスクリームを買い、召し上がっていたが、
そのころの愛子さまに戻ることはできるのだろうか─。
http://www.jprime.jp/articles/-/9171

激やせ心配される愛子さま 後手に回った宮内庁と雅子さま
2017.03.17 16:00
「長期欠席の遅れを取り戻そうと、愛子さまは宮内庁職員とのやりとりに英会話を取り入れるなどして、
勉強に励まれています。3月7日に期末テストが終わって春休みに入られましたが、
16日に行われる高等科3年生の送別学芸会の準備で登校されることもあるそうです」(宮内庁関係者)
愛子さまの中学校生活が間もなく終わろうとしている。3月22日に学習院女子中等科の卒業式を控え、
この4月から女子高生になる。
「高等科はほとんどの生徒が内部進学ですが、外国語や芸術などの選択科目が増え、
それまで交流のなかった生徒との人間関係が広がります。また、制服のネクタイの色が紺から黒に変わり、
大人びたシックな雰囲気になります。
愛子さまは最近、登校時にフランスの有名洋菓子ブランド『ラデュレ』のトートバッグをお使いです。
ファッションや流行などの話題もお友達の間でより増えていくでしょう」(学習院関係者)
女子高生ライフに期待が膨らむ一方で、愛子さまの「激やせ」に心配の声はやまない。
「愛子さまの中学校生活は決して平坦ではありませんでした。少し内気だったという愛子さまは、
入学当初はぎこちない笑顔を見せられることも多く、1年生の秋には不規則登校に陥りました。
2年生の夏頃からは、皇太子ご夫妻の公務に同伴されるなど積極的な姿勢が見られるようになったかと思えば、
3年生の秋に長期欠席に突入されました。
いつの間にここまで体重が落ちてしまわれたのかと心配する声をよく聞きますが、最初に変化に気づいたのは、
昨年春の修学旅行でした。ヘアスタイルの変化もありましたがホッソリされたという印象が強く残りました。
その後、8月10日の『山の日』にお出ましになった頃には、かなりお痩せになっていて、
何かあったのかと感じたように記憶しています」(皇室記者)
愛子さまの体重減少は18kgにも及ぶという。専門家からは「拒食の危険水域に入られている」との指摘もあがるが、
これだけの変化を目にしながら、周囲はもっと早くに気づき、お救いする手立てはなかったのか。
「愛子さまの微細な変化に気づけたのは、母である雅子さまだけだったかもしれません。
ですが、雅子さまご自身も療養中の身で、さらに近々、皇后となるプレッシャーがのしかかっている。
宮内庁も雅子さまも後手後手になってしまった面は否めないでしょう。
雅子さまは3月9日に主婦の発明品を展示する『なるほど展』(東京・有楽町)では、
展示品をご覧になりながら声をあげて笑われるシーンもあったといいます。
ただ、過去に同展を訪れたときは公式に取材ができたのに、今回はお忍び。
雅子さまも報道陣やカメラの前に立たれるのにご不安があるということなのでしょう」(前出・皇室記者)
大切な思春期のこの時期をお健やかに過ごされるよう願いたい。
※女性セブン2017年3月30日・4月6日号
http://www.news-postseven.com/archives/20170317_502506.html

愛子内親王高等科進学後も欠席続く

愛子さま「激やせからの15キロ増」に周囲は心配の声
2017.07.13 07:00
昨秋の長期欠席に続き、12月1日の15才のお誕生日に際してのお写真、
さらに今年2月の皇太子さま(57才)のお誕生日のご一家写真での愛子さま(15才)の変化に、
衝撃を受けた人は少なくないだろう。あまりの面変わりに、「摂食障害」を危惧する声も叫ばれた。
しかし、最近では一時期の激やせの頃に比べると、急激に体型が戻られているとのこと。
回復のステップを着実に踏まれているような印象も受ける。だが、そう楽観視はできないようだ。
「お元気そうな様子が見受けられる半面、高校入学後も授業を欠席することが多く、1学期のあいだ中、
『まだら登校』のような状態が続いています」(学習院関係者)
本誌・女性セブンが確認する限り、愛子さまは高校入学後のガイダンスが行われた4月11日と12日を欠席。
通常授業初日だった13日まで3日連続で欠席された。17日から19日も同様に3日連続でお休み。
24日の欠席は、「翌日の球技大会に向けて大事をとった」という。
5月8日から12日には、天候不順による風邪を理由に5日連続でお休み。さらに翌週の15日もお休み。
6月に入ってからも、第4週は出席できたのが22日の1日だけ。期末テスト直前の6月29日と30日には、
「テスト勉強のお疲れ」を理由に学校を休まれた。
だが、これはあくまで本誌が確認できている範囲で、さらに欠席が多い可能性もある。
増え続ける欠席日数は、愛子さまの不安定な状況が続いていることを物語ってはいないか。
「東宮大夫の会見で、記者から“授業の半分も出ていないんじゃないか?”“本当に大丈夫なのか? 
深刻な体の異常があるのではないか?”と質問が飛んだこともありました。
体形が戻った上で、しっかりと日々学校に通われているのなら一安心とも思えるのですが…」(皇室記者)
愛子さまの変化を示す5枚の写真(2016年5月、8月、2017年2月、4月、7月)を見て、
精神科医の片田珠美氏は次のように警鐘を鳴らす。
「あまりにも劇的に体形が変化しすぎているように感じられます。昨年5月のお姿は、
これまでの愛子さまのイメージに近いですが、8月には全身が少し華奢になったように映ります。
その後、昨秋のお休みを経て、今年2月のご一家での写真はかなりやせ細っている印象です。
それから5か月ほど経った7月の写真では、一気に昨年5月の頃まで体形が戻っています。
約1年2か月の間にここまで上下動があるのは、愛子さまが拒食と過食を順に繰り返したからではないかと
危惧せずにはいられません。つまり、愛子さまは体形が元に戻ったのではなく、
過食による体重増加の途上なのではないか、という不安が募るのです」
俗にいう「拒食症」と「過食症」は、摂食障害という一本の軸の、違う状態にすぎず、
しばしば交互に出現する。ベスリクリニック院長で心療内科医の田中伸明氏が解説する。
「ある時期は拒食症になって食べ物を体に入れなくなったり、食べても嘔吐したり下剤をのむなどして
一切の栄養を摂らなくなる。またある時期になると過食症になって大量に食べ物を摂取するようになります。
摂食障害の患者の半数には再発傾向があり、拒食、過食、
その後にまた拒食、と、繰り返してしまうケースが多くあります」
本誌・女性セブンは2017年3月16日号で、「愛子さまが昨秋以降の激やせによって、18キロ体重が減少した」
という宮内庁関係者の証言を報じた。そこから考えると、もともとの体形に近づいたのであれば、
愛子さまは約半年で15キロ近く体重が増えたと推測できる。
はっきりとした因果関係はわからないが、別の学習院関係者は愛子さまのこんな様子を目撃していた。
「4月16日に学習院目白キャンパスで『オール学習院の集い』というイベントが行われ、
愛子さまはお友達と体験乗馬会に参加されるなど笑顔を見せられていました。
愛子さまは大学食堂でお昼を召しあがったんですが、カレーライスをかなりのスピードでぺろりと完食。
食後にはバニラアイスの『ビスケットサンド』をデザートに召し上がっていました。
今思えば、かなりの食べっぷりだったな、と」
前出の片田氏はさらなる危惧を明かす。
「拒食と過食を繰り返すと、肉体にさまざまな影響が出ます。歯や消化器への負担はもちろんのこと、
女性ホルモンへの影響も大きい。人間は生存本能と生殖本能を持っていますが、
生存に不可欠な方を優先するため、生殖が後回しになるんです。栄養が不足している状態が続くと
“防御反応”で必然的に無月経になります。さらに長い目で見ると子宮や卵巣の機能に影響を与えかねないので、
将来生殖機能に影響が出る可能性も否定できません。また、拒食症の患者には髪が薄くなることも見受けられます。
栄養が足りないため、毛根の機能が落ちて髪が細く薄くなってしまうんです」
※女性セブン2017年7月27日号
https://www.news-postseven.com/archives/20170713_588712.html

愛子さまに『過食症』と心配の声も、摂食障害の専門医は「危機からは脱した」
週刊女性2017年8月8日号
2017/7/26
梅雨明けの強い日差しが降り注いだ7月20日。皇太子家の長女・愛子さまは、
8時20分の予鈴直前に学習院女子キャンパスの校門をくぐられた─。
普段より足取りが軽いようにみえたのは、学習院女子高等科が最初の夏休みに入る日だったからかもしれない。
「一時期より、かなりふっくらされた印象ですね。冬ごろはかなりおやせになって心配していましたが……」
皇室ジャーナリストがそう語るように、昨年の愛子さまは“激やせ”もあり、学校を休まれる期間が続いていた。
「昨春、中学3年になったころから愛子さまは公の場に出られることが増え、夏ごろには、
“スレンダーになった”と評判を呼ぶほどでした」(同・ジャーナリスト)
ところが、9月下旬から10月にかけて、“ふらつき”や“胃腸の不調”を理由に、学校を43日間お休みに。
その後、冬ごろには、ほおがこけ脚は枝のように細くなった姿が明らかになり、
「拒食症(摂食障害)」の疑いが出るほどだった……。
「人前に出ることが増え、ご自分の容姿を気にして、過剰なダイエットに走ったことで、
食事を受け付けなくなったのではと言われました」(同)
年が明け、女子高等科の入学式のころにはある程度、体重が戻り、新しい学校生活も問題ないと思われたが─。
「愛子さまは通常授業が始まる前のガイダンスからご欠席。
その後もお休みが多く、東宮大夫の記者会見では
“授業の半分も出ていないのでは?”という質問も出たほどでした」(宮内庁担当記者)
連休中の5月には、ご両親と公の場に出ることもあった愛子さまだが、同月の茨城県の筑波山への遠足はご欠席。
このころになると「天候不順」による体調不良で休まれる日もあったことは、『週刊女性』でも報じている。
その後も梅雨特有の気候で体調を崩しがちになり、大事をとることもあったが、
筑波大学附属高校との「定期戦」は観戦し、定期テストは無事、受けられたそう。
そして、今回の終業式での愛子さまは、5か月前に比べ、かなり肉づきがよくなられていた。
いわゆる“リバウンド”を起こし、今度は「過食症」になられたのではと「心配」の声も聞こえてきそうだが……。
「摂食障害の患者さんは『拒食』と『過食』を繰り返す方がいるので、
愛子さまも過食の段階に入っている可能性はあります」
『パークサイド日比谷クリニック』院長で摂食障害が専門の立川秀樹医師は、
そう説明するが、「安心」な面もあると言う。
「一般的には太ったといえるかもしれませんが、拒食からの回復段階で体重が増えるのはいいことで、
食のコントロールがうまくいっているという見方もできます。
これでまた体重が減ると、過食と拒食を繰り返すことになるので、摂食障害として問題だとは思います。
しかし、医学的にはやせている状態よりも体重が多いほうがいいので、危機からは脱したと言えると思います」
2学期からは、さらに元気な愛子さまの姿を見ることができそうだ。
http://www.jprime.jp/articles/-/10239