もしご身分を隠して一日を過ごす事ができるとしたら?

両陛下
ヨーロッパ諸国ご訪問に際し(平成19年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gaikoku/gaikoku-h19-europe.html

問5 天皇皇后両陛下に伺います。ウィリアム・シェークスピアの作品「ヘンリー5世」の中で,
国王が普通の人に成りすまして,市民の考えや感情を理解するために,
その中に入っていくという有名な場面があります。
もし,両陛下が,お供の方も,警護の方もなしに,ご身分を隠して一日を過ごす事ができるとしましたら,
それぞれどちらにお出かけになろうと思われますか,また,何をなさりたいですか。

天皇陛下 
シェークスピアの「ヘンリー五世」については,昔,映画で見た記憶があります。
まだ平和条約が発効する前のことで,英国の対日連絡事務所の大使に当たるガスコイン政治顧問の招きで,
この映画を見ました。フランス国王がヘンリー五世にテニスボールをおくる場面や,
重武装のフランスの騎士が体を釣り上げられて馬に乗り,一団となって柵(さく)を巡らせた
英国軍の陣地に向かっていく場面など記憶に残っていますが,質問の場面の記憶はありません。
平和条約が発効した翌年英国女王陛下の戴(たい)冠式に参列し,その前後に欧米諸国を訪れました。
戴(たい)冠式や関連する諸行事では大勢の参列者の一人という立場で参列者と接し,
身分を隠していたわけではありませんが,大変自由で楽しいときを過ごしました。
あるレセプションでは,米国の代表マーシャル元国務長官が私への紹介をルクセンブルクの皇太子に頼み,
その結果,ご自身も私とは初対面のルクセンブルクの皇太子からマーシャル元国務長官を紹介されるという
面白いこともありました。戴(たい)冠式には外国元首は参列しませんが,
後に国王になった方は何人か参列されました。先のルクセンブルクの皇太子も後に大公となられました。
戴(たい)冠式で私の隣に座った方はつい最近亡くなられたサウジアラビアのファハド国王であり,
当時19歳であった私と最も年齢の近かった参列者は,今のベルギー国王でした。
身分を隠して何かをするということで,今,私の頭に浮かんでくることはありません。
私は自然に触れたり,研究をしたりすることに楽しみを覚えていますので,
そうした時間がもう少しあれば非常にうれしいと思っています。今度の外国訪問でも,
もう少し時間があれば,田園地帯を専門家の人と動植物を見ながら歩いてみたいと思いますが,
忙しい日程の旅行ですし,帰るとすぐ東京で行事がありますので,そのような計画はしていません。
皇后は東京に戻った翌日,国際看護師協会のレセプションがあり,
週明けには皇后と私の出席する原子核物理学国際会議の開会式とレセプションがあります。
その後葉山で数日休養を取るつもりです。葉山では浜辺をよく歩くのですが,
地元の人やたまたまその日に遠出して来た他の地域の人々など,様々な人々と出会います。
今年の冬に訪れた葉山でのことでしたが,夕日が富士山に映えて美しく,
その美しさを大勢の人々と分け合うように見ていたときの皇后は本当に楽しそうでした。
私どもはまた浜とは反対の,川に沿った山道もしばしば訪ねますが,
その道にはサンコウチョウが巣をつくっているところがあり,それを見に来る鳥の好きな人々とよく出会います。
巣から尾だけ出しているサンコウチョウ,杉林の間を長い尾を引いて飛ぶサンコウチョウなどを眺め,
見に来た人々と楽しい一時を過ごしたこともありました。
皇后も私も身分を隠すのではなく,私たち自身として人々に受け入れられているときに,
最も幸せを感じているのではないかと感じています。

皇后陛下
記憶に誤りがあってはと思い,大学の図書館から本をお借りして久しぶりに読みました。
ヘンリー五世が英軍の陣営内で,身分を明かさずに,通りすがる兵士たちと話を交わし,
そこから人々が彼らの王に対して持っている気持ちを知ろうとする場面が質問の導入部のところだと思います。
質問の本体である,身分を隠し好きな所で一日を過ごすとしたらどこで何をしたいか,ということに対しては,
意外と想像がわきません。以前,都内のある美術館で良い展覧会があり,是非見たいと思ったのですが,
大きな駅の構内を横切ってエレベーターの所まで行くため,かなりの交通整理をしなくてはならないと聞き,
大勢の人の足を止めてはとあきらめたことがありました。
このときは,そこを歩く間だけ透明人間のようになれたらなあ,と思いましたが,
これは質問にあった「身分を隠して」ということとも少し違うことかもしれません。
そこで思い出したのですが,以前東京子ども図書館の会合にお招き頂いたときに,当日の出席者を代表して,
館長さんから「かくれみの」を頂きました。日本の物語に時々出てくるもので,
いったんこれを着ると他人から自分が見えなくなる便利なコートのようなもので,これでしたら変装したり,
偽名を考えたりする面倒もなく,楽しく使えそうです。皇宮警察や警視庁の人たちも,
少し心配するかもしれませんが,まあ気を付けていっていらっしゃいと言ってくれるのではないでしょうか。
まず次の展覧会に備え,混雑する駅の構内をスイスイと歩く練習をし,
その後,学生のころよく通った神田や神保町の古本屋さんに行き,
もう一度長い時間をかけて本の立ち読みをしてみたいと思います。


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海外へ行きたかった発言

ニュージーランド・オーストラリアご訪問に際し(平成14年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/gaikoku/gaikoku-h14-nz-australia.html

皇太子妃殿下
ご質問にありましたように,今回公式の訪問としては8年ぶりということになりまして,
ニュージーランドとオーストラリアを訪問させていただくことができることになり,
大変うれしくまた楽しみにしております。中東の諸国を訪問いたしました折のことは
今でもとても懐かしく本当にいい経験をさせていただいて,その時の思い出は今でも皇太子さまと
よく話題にしたりしておりますけれども,その後8年間ということで,そのうち最近の2年間は
私の妊娠そして出産,子育てということで最近の2年は過ぎておりますけれども,それ以前の6年間,
正直を申しまして私にとりまして,結婚以前の生活では私の育ってくる過程,
そしてまた結婚前の生活の上でも,外国に参りますことが,頻繁にございまして,
そういったことが私の生活の一部となっておりましたことから,6年間の間,外国訪問をすることが
なかなか難しいという状況は,正直申しまして私自身その状況に適応することに
なかなか大きな努力が要ったということがございます。

今回,昨年子供の愛子が誕生いたしまして,今年,関係者の尽力によりまして,
ニュージーランドとオーストラリアという2か国を訪問させていただくことができることになりましたことを
本当に有り難いことと思っております。


また,日程の中で博物館などを訪れて先住民族であるマオリのことなども見せていただけると思いますし,
そういったいろいろなプログラムを心から楽しみにしております。
そして,また,小児病院なども訪れることになっておりますけれども,
私たちの子供がまだ小さいということで,というか,ちょうど子供が誕生してということで
子供の施設というようなことで,そういうプログラムを考えていただいたんだと思いますけれども,
そういう病院で入院している子供さんたちに,何らか励ましてあげることができたり,
ということで少しのお仕事ができればうれしく思います。

私たちが残していく子供の愛子につきましては,殿下もおっしゃいましたけれども,
なるべく普段どおりということを心掛けて行ってまいりたいと思います。
両陛下が,皇太子さまがお生まれになって初めて外国ご訪問になった時は,
皇太子さまはまだ生後半年か7か月ぐらいのことで,皇后さまもどんなにか
ご心配でいらっしゃいましたことと存じ上げます。
そして,その中でいろいろと本当に細やかにお心を配られて皇太子さまがお元気に,
特に両陛下のご訪問は長くていらしたと伺っておりますので,
その間,皇太子さまがお元気にお過ごしになられるように大変お心をお砕きになられたというふうに
存じ上げております。今回,幸い子供はもう1歳の誕生日も迎えまして,
1日の生活のリズムも大体できておりますし,先ほど皇太子さまもおっしゃいましたように,
これまで国内の旅行を何回か,そういう形でのお留守番というのは何回か経験しておりまして,
いつも変わりなく元気に過ごしているようでございますので,
いつも職員の方で本当によく面倒を見てくれていますので,
その点本当に安心して預けて参りますことができますことは大変有り難く思っております。



<関連質問>
問 妃殿下にお尋ねしますけれども,先ほど1問目のお答えの中で,
ご結婚以前の生活は外国に頻繁に行かれていて生活の一部になっていたと申し上げられましたが,
ご結婚してから,なかなかそういう機会に恵まれず,
大きな努力があったというふうにおっしゃいましたけれども,その時のお気持ちですね。
努力があったこととか,自分なりに気持ちの整理などされた部分もあると思いますけれども,
その辺をもう少しお聞かせ願いたいと思います。


皇太子妃殿下
そうでございますね。また子供が生まれましてからいろいろ状況も変わっておりますので,
その前のことをはっきりと思い出すのもなかなか難しい面もあるのですけれども,
やはり国民の皆さんの期待というものが,いろいろな形での期待があって,
その中には子供という期待もございましたし,他方,仕事の面で外国訪問なども国際親善ということでの
期待というものもございまして,そういう中で,今自分は何に重点を置いてというか,
何が一番大事なんだろうかということは,随分考えることが必要だったように思います。
結婚後,いろいろな機会に恵まれて,国内各地を訪問することができまして,
それは,私のそれまでの生活の中では,なかなか国内の各県をまわったりということは,
それまでは余り経験―もちろん私的な旅行で観光地のような所をいろいろ訪れるという機会はもちろん
何度もございましたけれども―いろいろな地方へ行って,その地方の特有の文化ですとか,食事ですとか,
施設,いろいろなものを見せていただいたり,そういう中で,
国内のことについていろいろな事の理解を深めることができたということはとても大きく,
私にとっても財産になったと思っております。
そして,もちろんこちらにおりましても外国からのお客様をお迎えしたりとか,
また,両陛下がお迎えになる外国のお客様とお会いしたりという形では,
もちろん,外国の方とのつながりというものは続けてきたわけではございますけれども,
今回久しぶりに公式に訪問させていただくということで,それから,申し忘れましたけれども,
公式の訪問以外には,ジョルダンのフセイン国王が亡くなられた折のご葬儀と,
それからベルギーの皇太子殿下がご成婚なられた時には,
そちらに伺わせていただくことができましたことも大変有り難かったと思っております。



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婚約会見

婚約会見の一部(1993/1/19)

雅子さん 
私はやはり、最初にお目にかかったときは、たいへん緊張しておりまして、
あの、緊張してご挨拶申し上げたのですが、その後は、何か意外なほどにお話が合ったといいますか、
お話がはずんだのを覚えております。そのとき私が受けました印象は、
とても気さくで、かつすごく配慮のある方だということでございました。
5年ぶりに去年の夏、お目にかかった時は、やはり楽しくお話することができました。
ただ、その時点では、殿下のお気持ちというものをうかがっておりましたので、
正直なところ複雑な心境でもございました。私が殿下のどういうところに魅かれたかということを申し上げますと、
ご自身がたいへんお苦しいときでも、ほかの人の苦しみについてまず先に考えられるような、
そういうたいへん思いやりの深い方でいらっしゃるということ、
それにたいへん忍耐強くていらっしゃるといいますか、根気強くいらっしゃるといいますか、
こう言ってはちょっと失礼かもしれませんが、とても人間のできた方でいらっしゃるということに、
本当に敬服いたしました。あとは、ご趣味とか、ご交際とかたいへん広くていらっしゃって、
心の豊かな方でいらっしゃるということでございます。


雅子さん 
はい、これまで6年近く勤めておりました外務省を去ることに、寂しさを感じないと申しましたら、
それは、嘘になると思います。外務省ではたいへんやりがいのある仕事をさせていただいておりましたし、
たいへん学ぶべきところの多い、尊敬すべき先輩や同僚にも恵まれて、とても充実した勤務でございました。
でも、昨年の秋、私は本当にいろいろ考えた結果、いま、私の果たすべき役割というは、
殿下からのお申し出をお受けして、皇室という新しい道で、自分を役立てることなのではないかと、
そのように考え、決心したわけですから、今は悔いというようなものはございません。
その考えている過程で、殿下からは私の心を打つような言葉をいくつかいただきました。
そのひとつは、これは(平成4年)11月の後半だったと思いますけれども、
「皇室に入られるということには、いろいろな不安や心配がおありでしょうけれども、
雅子さんのことは僕が一生、全力でお守りしますから」というふうにおっしゃって(?)くださいました。
そしてさらには、12月の初めだったと思いますが、私がまだ……私に対して
「どうぞ十分にお考えになって下さい」とおっしゃられて、
ご自身も「たいへん悩んだ時期がありました」とおっしゃられたので、
私が「何をお悩みになられたのですか」と伺いましたら、
ご自身としては「僕としては雅子さんに皇室にぜひとも来ていただきたいというふうにずっと思っているけれども、
本当に雅子さんのことを幸せにしてさし上げられるのだろうか、ということを悩みました」と言われました。
そのような殿下の真摯(しんし)な、たいへん誠実なお言葉をいただいて、そういうお気持ちを私としてたいへん幸せに思うことができましたので、「私でできることでしたら、殿下のことを幸せにしてさしあげたい」
というふうに思った次第でございます。その間、両陛下からのお言葉ということでございますけれども、
殿下からは、私がもしお受けすることになったら、
両陛下も「温かくお迎えする」とおっしゃってくださっているということで、
私にとって大きな励みではございましたが、
一部で言われているように、その直接、皇后さまから私にお気持ちをお話になられたとか、
そのようなことはございませんでした。


皇太子 
その点に関してちょっと私からも申し上げたいと思うのですけれども、
私の場合も両陛下に、特に陛下には折りにふれて、いろいろご相談してまいりましたけれども、
皇后陛下のほうは、もう、この結婚問題が始まったころから、
もう、この件に関してはすべて当事者である私と、それから関係者にすべて任せておられまして、
それで、ご自身としては、皇太子妃という立場を了承して、
そしてこちらへ来てくださる方々にお心をくだいておられたわけです。
ですから、私が結論に達する前に、皇后陛下のほうが、特定な人にたいしてそれを否定したり、
それから支持されたりということは一切ありませんでした。
それは今回の雅子さんの場合も全く同じなわけです。
皇后陛下としては、あくまで私が選んだ人を心から受け入れるという気持ちを終始貫いてくださいました。
今回の結婚に至ることを振り返ってみましても、両陛下がこの件をすべてこの私に任せて、
そして、信頼してくださって、そしてご自身は温かく私たちを見守って、
そして、長い年月をともに耐えてくださったということで、
私はそのことにたいして、心から感謝をしたいと思っております。


質問 
雅子さんがお妃候補と騒がれたあとご交際が中断されたことがありました。
また、宮内庁は一度雅子さんを断念したと聞いておりますが、
皇太子さまのお気持ちはどうだったのでしょうか。

皇太子 
あの、この件に関しまして、チッソの問題もあって宮内庁のほうでも慎重論が出ておりまして、
ま、一時はま、中断することも止むを得ずある、止むを得ない状況ということになってしまいました。
また、その間、こちらのほうも外交官としての研修中でもあり
外交官としてのこの仕事を続けたいという意向もありましたし、
またあのいろいろとマスコミの取材攻勢等もありまして、
なかなかお互いに静かな環境のもとでもってゆっくり話し合うと言う機会がとれなかったように思います。
私としてはその間、常にこの(雅子さんの方を向いて頷く)雅子さんのことが念頭にありまして、
「雅子さんでは」ということを何回となく宮内庁の方に申し入れを致しました。
ただ、そうはいっても私としても私自身の気持ちというものも大切にしたいと思いますけれども、
周囲の意見、周囲の考え、これもまた大切にしたいと思っておりましたので、
昨年、周囲の意見が雅子さんでいいというふうに固まったときには大変嬉しいものがございました。

質問
かつて皇后さまが嫁がれた時、慣れない皇室の生活などで苦労されたと聞きますが、
仮に雅子さんにそういうことがあった場合、皇太子さまはどうやって雅子さんを支えるおつもりでしょうか?

皇太子
あの、実は、この件に関しましては、皇后陛下の方からは
一切そのような事に関するお話を伺っておりません。私が拝見していましても、いつもとても、
あの、明るく、楽しい、皇后さま、とても楽しい方でいらっしゃいますので、
ちょっと私にはそのようなことがあったと言われても、ちょっとピンとこないところがあるわけなんです。
ただ、あの、以前にこの件に関して、皇后さまに伺った時に私はいつも自分の足りない点を、
まわりの人々に許していただいてここまで来たのよ、ということを言われたことがございます。
その言葉がいまでも非常に印象深く残っております。
まあ、両陛下の歩まれたすでにこう、三十数年という歴史がありますので、
これから先、雅子さんが、大変な、というか非常に大きな苦労をされるということはないと思いますけれども、
なにぶんにも皇太子妃という、非常に責任のある、重大な立場になるわけですから、
苦労があった場合には、私がそばにいて全力でもって守って、そして助けていきたいと思っております。


==============

雅子さんの釣り書(成婚時雑誌)
健康状態 異常ありません
身長164p、体重51s
好物 ミルクティー、果物、サラダ、帆立て貝
得意料理 鶏のポルト酒風味、ラザニア、ふろふき大根、ヨーグルト・ムース
座右の銘 「実るほど頭の下がる稲穂かな」
     「徳においては純真に、義務においては堅実に」(雙葉学園の校訓)
尊敬する人 皇太子殿下、何人かの外務省の先輩および親しい友人、祖父母、両親
感動したこと 皇太子殿下の思いやりの深さ。
私に対する真摯なお気持ちを知ったこと。
友人、妹たちや職場の上司らによる私への心遣い
性格 おおらかだが、恥ずかしがり屋。慎重で優柔不断なところもあります。
社会的活動 心身障害児の運動指導(ハーバード大学時代にボランティア)
職業選択の理由
私の生い立ち、経験を生かし、
日本および国際社会に貢献できるような仕事をしたいと考えたためです。
仕事以外の興味関心 貧困、飢餓等の問題。エイズ。環境問題。
一般に、恵まれない人々、社会の中で弱い立場にある人々のために
何ができるのか考えていきたいと思います

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

諸君 1993年12月号 
何が「皇室の危機」のなのか 村松 剛
御婚儀に先立つ記者会見の席での小和田雅子さん(当時まだ妃ではなかった)の
ことばづかいに唖然とした直後だったために
<中略>
「私でできることでしたら殿下のことを幸せにしてさしあげたいというふうに思った次第でした。」
のちの皇太子妃が記者の質問にこたえて口にしたこのことばは、欧米系の言語に訳せば
何の抵抗もなく適用するにしても、日本語ではたいへん傲慢にきこえる。
こういう場合には日本語では、
「不束な私ではございますが、お気に召していただけるのであれば微力をつくしたいと
存じます」とでもいうものである。
いまの若い人たちはそんないい方は知らないといわれるかも知れないけれど、
無教養な若者と未来の皇后とを一緒にしてもらっても困る。
十歳代を海外ですごしたいわゆる帰国子女には、欧米風のしたがって自己主張の過度に強い
ことばしかしゃべれなくなっている男女が多い。
そういう学生に私自身、大学でいくども出会って来た。
なかにはそのためにほかの学生との協調が困難となり、留学さきにもどってしまった例さえある。
だから皇太子妃には、小堀氏のいうように敷島の道にぜひいそしんでいただきたい。
十歳代の空白をとりもどすことは、決して容易ではない。
同じ記者会見の席で皇太子殿下が、「(皇太子妃に)苦労があった場合には私がそばにいて、
全力でもって守って、そして助けてあげたいと思っております」といわれたことにも、
聡明な皇子と仄聞して期待していただけに、率直にいって失望の念を禁じ得なかった。
どんなにそれが若い女の子の気持ちを痺れさせようと、日継ぎの皇子にふさわしいおことばではないだろう。
すでにたびたび指摘されて来たことだが、重大と思うので重複をかえりみずにしるしておく。
天皇に守って戴きたいのはその家族などではなく、昭和天皇がそうされたように国民である。
それがまた、皇室衰微の時代にも生きていた日本の帝王学だった。
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お具合がお悪くなられてからも,お目にかかってもいつもの通りお優しく接してくださいました。

ご婚姻に関する皇室会議終了後の記者会見から1年を経ったことにあたり(平成6年)
皇太子同妃両殿下の記者会見
会見目的:ご婚姻に関する皇室会議終了後の記者会見から1年を経ったことにあたり
会見年月日:平成6年2月9日
会見場所:東宮仮御所
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h06-goseikon01.html

<関連質問>
問2 雅子様の方は殿下のことはやはり,まだ「殿下」でいらっしゃいますか,呼び方は。
皇太子妃殿下
呼び方でございますか。それはその時によって色々ございますけれども。
皇太子殿下
私もその時に応じて色々ございますので。

問3 ご結婚されてから,感銘を受けた本とか,例えば映画とか,音楽会とか,
ひとつだけ挙げるのはなかなか難しいかもしれないんですけれども,
あえて一つ挙げるとすると,どういうようなものがありますか。

皇太子殿下
そうですね,結婚してから正直に言いまして,演奏会あるいは映画それから本を読むにしても
余り回数行っているという訳ではありませんので,ただあえて申し上げると,その時見たもの,
あるいは聞いたコンサート,それから読んだ本,それぞれにやはり非常に感銘を受けるものがあったと思います。
特にどれというのはなかなか難しいと思います。
皇太子妃殿下
そうでございますね,演奏会とおっしゃると私はなかなか運がついていないのか,
オペラに行く予定なんかいつも何か不都合が生じてしまって聞けなかったりしてますが,
そうでございますね,いくつか思い出されるようなものはございまして,
また,殿下も音楽について大変詳しくていらっしゃいますので,あとでいろいろお話をしたりとか,
そういったことは大変楽しくさせていただいております。

問5 妃殿下にお伺いしたいのですが,皇室に入られてから一番苦労されたことはどんなことでしょうか。
皇太子妃殿下
難しゅうございますね。多分やはりこれまでの自分の人生の中でなかったような場面というのが色々ございまして,
といいますのは,例えば,常に人に,大勢の人に見ていられるというような状況は
今まで経験したことはございませんでしたので,そういったことで少し最初のうち驚きを感じたりいたしました。

問8 雅子様に,男女平等の世の中というか,憲法でもそうなってますけれども,
皇室典範では天皇というのは男子でなければ継げないというふうになってますけれども,
先ほどからいろいろ二世の話も出てるんで,将来の話として,
そういうこの規定についてはどのようにお考えですか。

皇太子妃殿下
特に,私からコメント差し控えさせていただきたいと思います。

問9 妃殿下にお伺いいたしますが,ご懐妊の期待というのはかなり高まっていると思うのでございますが,
逆にご本人としてそれに対してプレッシャーみたいなものはお感じになることはございますでしょうか。

皇太子妃殿下
どうでしょう。特にそういうこともございませんけれども,物事はなるようになるのではないかという感じです。

記者
殿下はいかがでございますか。

皇太子殿下
いやこれは,これはあとはコウノトリに聞かなければわかりませんですね。

問10 プライベートな取材ですけども,殿下が妃殿下にお諫め申し上げたりですね,
あるいは妃殿下が殿下にご意見を申し上げたり,俗にいう夫婦喧嘩ですけれど,そういうものは。

皇太子殿下
そうですね…。あまりそういうことは,特にありませんけれども。

記者
妃殿下は。

皇太子妃殿下
ウフフ。そうですね…。

問11 昨年,皇后陛下が体調を崩されて,
現在まだ完全には直ってらっしゃらないというふうに伺っているのですが,
皇后陛下のご病気について,その後,どのように接していらっしゃったのか,
その辺を両殿下からお伺いしたいのですが。

皇太子殿下
昨年のご病気以来,私も折に触れて皇后陛下に二人揃ってお会いする機会が何回かございましたけれども,
私としましても,本当に一日も早く全快されることを心からお祈りしております。
皇太子妃殿下
そうでございますね。お具合がお悪くなられてからも,
お目にかかってもいつもの通りお優しく接してくださいました。

問12 民間からのお妃ということでやはり皇后様も同じ道を歩まれたのですが,
雅子様には何か直接アドバイスなどは具体的になさっていらっしゃるのでしょうか。

皇太子妃殿下
そういった意味での,具体的なアドバイスということではなく,宮中の儀式ですとか,行事ですとか,
私が初めて臨むものについて,お教えくださったり,
あとは折に触れて,色々ご相談申し上げるようにしております。

問13 先ほど殿下が外国の地域との友好親善をというお話だったんですが,
お二人で例えばこんなところをご訪問してみたいというお話をされたりですとか,
それから延び延びになっております湾岸について何かお話されたりということはあるのでしょうか。

皇太子殿下
これについては,私たちの旅行の場合,特に政府と相談しながら決めることでありますので,
そちらの意向を受けて訪問することになる訳ですけれども,
湾岸の地域も言ってみれば延び延びになっておりますので,
近い将来行くことが実現したら,とは思っています。
それ以外の地域にも,それはもちろん政府と相談しながら,行く場所を考えたいというふうに思っております。

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h06-goseikon01.html


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愛子さまの命名について

天皇陛下会見
一部抜粋 宮内庁HPより
平成13年

【記者】
内親王ご誕生に関連してですが,敬宮愛子様のご命名について,
陛下は,選ばれた漢字と読み方についてどのような感想を持たれているかということと,
今回,皇太子ご夫妻が実質的にお決めになったというふうにお伺いしていますが,
陛下がご自分のお子様を命名されたときのことも踏まえながら,
今回,どのようなお考えで,ご夫妻に委ねられたのかということを併せてお願いします。

【天皇陛下】
皇太子夫妻が一所懸命に考え,また,勘申者の意見も聞きながら考えたことで,
名前というものは,やはり両親が最も深くかかわることが望ましいと思っております。
ですから,そのような過程が一番良いのではないかと考えて,そのようにしました。
私どもの場合においても,内々相談はありまして,昭和天皇もそのような形でお決めになっています。
それでよろしいでしょうか。


【記者】
お名前の漢字と読み方について陛下のご感想は。

【天皇陛下】
それはさっき言ったように,皇太子夫妻がこれが非常に良いと考えていたと,一所懸命考えたこと,
これはやはり良い名前であると考えるべきなのではないかと,こう思っているわけです。
例えば,秋篠宮の時も相談を受けましたけれども,やはり今考えてみると,
良い名前が付いたのではないかと,こう思っています。
名前というのは,段々使っていくうちに,親しみを持ってくるのではないでしょうか。

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人格否定発言

2004年5月10日皇太子会見 デンマーク国,ポルトガル国及びスペイン国訪問
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/gaikoku/gaikoku-h16az-europe.html

皇太子 
今回の訪問が、それぞれの国とわが国との友好親善関係の増進に役立つことを願っています。
また、今回は、雅子が同行できないのが残念ですが、
雅子と二人で将来、外国訪問ができることを、心から願っております。

記者 
殿下おひとかたでご訪問されることに至った経緯、結果についての、殿下、妃殿下のお気持ちをお聞かせください。

皇太子 
今回の外国訪問については、私も雅子も、ぜひ二人で各国を訪問できれば、と考えておりましたけれども、
雅子の健康の回復が十分ではなく、お医者様とも相談して、私が単独で行くこととなりました。
雅子には、各国からのご招待に対し、深く感謝し、体調の回復に努めてきたにもかかわらず、
結局、ご招待をお受けすることができなかったことを、心底残念に 思っています。
ことに雅子には、外交官として、の仕事を断念して皇室に入り、国際親善を、
皇族として、大変な、この重要な役目と思いながらも、外国訪問をなかなか許されなかったことに、
大変苦悩しておりました。今回は、体調が不十…十分ではなく、皇太子…妃として、
ご結婚式に出席できる貴重な機会を失ってしまうことを、本人も大変、残念がっております。
私も本当に残念で、出発にあたって、後ろ髪を引かれる思いです。
私たちには、ヨーロッパの王室の方々から、いつも温かく接していただいており、
フェリペ… あ、フレデリック、フェリペ両皇太子殿下とは、限られた機会の中ではありますけれども、
楽しい思い出が多くあるため、今回のことは、とても残念に思っているようです。
雅子の長野県での静養は…滞在は、幸い多くの方々のご協力を得て、静かな中で過ごすことができました。
この場をお借りして、協力してくださった皆さんに、雅子と共に、心からお礼を申しあげます。
長野県…あ、雅子からも皆さんにくれぐれもよろしくと申しておりました。
長野県での滞在は、とても有益なものであったとは思いますが、
まだ、雅子には、依然として、体調に波がある状態です。
誕生日の会見の折にもお話ししましたが、雅子には、この十年、
自分を一生懸命皇室の環境に適応させようと思いつつ、努力してきましたが、
私が見るところ、そのことで、疲れきってしまっているように見えます。
それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です
最近は公務を休ませていただき、以前、公務と育児を両立させようとして苦労していたころには、
子供にしてあげられなかったようなことを、最近はしてあげることに、励みを…そういったことを励みに、日々を過ごしております。




5月17日
両陛下が側近に−皇太子さま発言に驚き
宮内庁は皇太子さまが「(同妃雅子さまの)キャリアや人格を否定するような動きがあった」と
述べられたことについて、天皇、皇后両陛下は
「社会的影響の大きい発言であり、改めて(皇太子)殿下から、
その具体的内容が説明されなければ、国民も心配しているだろう」との気持ちを側近に伝えた。
宮内庁の羽毛田信吾次長が17日の記者会見で明らかにした。
皇太子さまの発言に、両陛下は驚いていたという。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040517-00000155-jij-soci


5月27日
「ご夫妻の公務見直す」 宮内庁長官、面会はまだ
宮内庁の湯浅利夫長官は27日の定例記者会見で、皇太子ご夫妻について
「ご意向に沿って公務の見直しを進めるよう努力する。お2人の考えをいろいろと聞くため、
宮内庁の参与らとご夫妻が懇談する場も積極的に設けたい」と述べた。  
「人格否定」の発言をめぐり「真意をうかがいたい」と面会を申し入れ、
皇太子さまも会う意向を示しているが「具体的な日時についてはまだ連絡がない」としている。  
2人の歴代長官とともに13日夜、皇居・御所を訪ねた際、天皇、皇后両陛下からは
「新しい公務を考えてほしい。力になってやるように」と言われたという。
湯浅長官は「まずは妃殿下の体調回復が最優先。回復された後、具体的に
どんなお仕事をやりたいと考えているのか、きちんと聞く必要がある」とした。  
現在の宮内庁参与は元長官の藤森昭一・日赤社長ら4人で、皇室の重要事項について天皇陛下に助言する。
2004/05/27 08:44 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200405/CN2004052701002459.html


5月28日
湯浅長官は皇太子さまから直接、発言の「真意」を聞き、
国民に説明する考えだが、面会はまだ実現していない。
同長官は「皇太子さまも、いろいろと考えなくてはいけない問題もあろうかと思う」と述べ、
機会を待つ姿勢を示した。
宮内庁の林田大夫は28日の定例記者会見で、皇太子ご夫妻のご公務の見直しについて
「既に検討を始めている」と語った。
皇太子さまはこれまでの記者会見で再三、
「時代に合った公務に」「雅子の経験を生かした形でかかわっていけるものを」などと述べられている。
林田大夫は「参与の知恵もお借りして、いいものになるよう努力したい」とし、
湯浅利夫長官が示したご夫妻が宮内庁参与と話し合われる場を設けるとの考えを支持した。
また、皇太子さまの「人格否定」発言をめぐり、
湯浅長官が、面会を申し入れながら実現していないことについては
「時差のある長旅(訪欧)から戻り、お疲れになっているので」と話し、
体調を見ながら近日中に会われることを明らかにした。
林田氏によると、発言の波紋が大きく広がったことに、ご夫妻は深く心を痛めているという。(産経新聞)


「真意」文書で来週説明 皇太子さま自身が決断
宮内庁の林田英樹東宮大夫は4日の定例記者会見で、「雅子のキャリアや人格を否定する動きがあった」
とした発言の真意を、皇太子さま自身が文書につづり公表される方針であることを明らかにした。
「来週の早いうちにお示しになるだろう」としている。  
林田氏によると、発言の波紋が大きく広がったことに、ご夫妻は深く心を痛めているという。  
「真意をうかがい、その内容を公表したい」との意向を示しながら、
皇太子さまと面会できないでいた湯浅利夫宮内庁長官が、
今週になって「やはり再度の記者会見を開かれてはどうか」と林田氏を通じ提案。
対応を検討する中で、皇太子さまが「言葉を尽くして国民に説明したい」と文書公表を決断した。  
林田氏は「十分に意を尽くせるように、お考え中だ」と話し、
皇太子さまが既に文書の作成を始めていることも明らかにした。  
宮内庁は5月24日に皇太子さまが欧州訪問から帰国した直後から、
「殿下の再会見や文書を出すようなことは考えていない。湯浅長官が真意を聞き、
その内容を長官が発表する」(羽毛田信吾次長)としていた。
2004/06/04 09:36:56 【共同通信】
人格否定発言の真意

人格否定発言 両陛下、秋篠宮殿下は…

この年(2004年)の天皇陛下のお誕生日に際しての文書
(高松宮妃薨去により会見なし)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h16e.html

(略)私としても初めて聞く内容で大変驚き,「動き」という重い言葉を伴った発言であったため,
国民への説明を求めましたが,その説明により,皇太子妃が公務と育児の両立だけではない,
様々な問題を抱えていたことが明らかにされました。
私も皇后も,相談を受ければいつでも力になりたいと思いつつ,
東宮職という独立した一つの職を持っている皇太子夫妻の独立性を重んじてきたことが,
これらの様々な問題に,気が付くことのできない要因を作っていたのだとすれば大変残念なことでした。
質問にある私の意思表示のもう1回は,皇太子の発言が,
私ども2人に向けられたものとして取り上げられた時でした。
事実に基づかない様々な言論に接するのは苦しいことでしたが,家族内のことがほとんどであり,
私ども2人への批判に関しては,一切の弁明をすることは,皇室として避けるべきと判断し,
その旨宮内庁に伝えました。皇太子の発言の内容については,その後,何回か皇太子からも話を聞いたのですが,
まだ私に十分に理解しきれぬところがあり,こうした段階での細かい言及は控えたいと思います。
2人の公務についても,5月の発言以来,様々に論じられてきました。
秋篠宮の「公務は受け身のもの」という発言と皇太子の「時代に即した新しい公務」とは,
必ずしも対極的なものとは思いません。
新たな公務も,そこに個人の希望や関心がなくては本当の意義を持ち得ないし,
また,同時に,与えられた公務を真摯(し)に果たしていく中から,新たに生まれてくる公務もあることを,
私どもは結婚後の長い年月の間に,経験してきたからです。
皇太子が希望する新しい公務がどのようなものであるか,まだわかりませんが,それを始めるに当たっては,
皇太子妃の体調も十分に考慮した上で,その継続性や従来の公務との関係もよく勘案していくよう願っています。
従来の公務を縮小する場合には,時期的な問題や要請した側への配慮を検討し,
無責任でない形で行わなければなりません。「時代に即した公務」が具体的にどのようなものを指すかを示し,
少なくともその方向性を指示して,周囲の協力を得ていくことが大切だと思います。
2人が今持つ希望を率直に伝えてくれることによって,それが実現に向かい,
2人の生活に安定と明るさがもたらされることを願っています。

皇后陛下お誕生日に際し(平成16年)
宮内記者会の質問に対する文書ご回答
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h16sk.html

問3
皇太子妃殿下は昨年末から長期の静養を続けられています。
また今年5月の皇太子殿下のご発言をきっかけに,
皇室をめぐってさまざまな報道や国民的議論がなされました。妃殿下のことや一連の経過,
この間の宮内庁の対応などについて,どのように受け止められましたでしょうか。

皇后陛下  
東宮妃の長期の静養については,妃自身が一番に辛く感じていることと思い,
これからも大切に見守り続けていかなければと考えています。家族の中に苦しんでいる人があることは,
家族全員の悲しみであり,私だけではなく,家族の皆が,東宮妃の回復を願い,助けになりたいと望んでいます。
宮内庁の人々にも心労をかけました。
庁内の人々,とりわけ東宮職の人々が,これからもどうか東宮妃の回復にむけ,
力となってくれることを望んでいます。宮内庁にも様々な課題があり,常に努力が求められますが,
昨今のように,ただひたすらに誹(そし)られるべき所では決してないと思っています。



秋篠宮殿下のお誕生日の会見
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/kaiken-h16.html

問2 
殿下にお尋ねいたします。皇太子妃殿下が長期の静養を続けており,
5月の皇太子殿下の発言をきっかけに,皇室をめぐる様々な報道や論議がなされました。
皇位継承順序第二位にあるお立場として,弟として,一連のことをどのように受け止められましたか。
皇太子妃殿下について,皇太子殿下は「東宮御所での生活 の成り立ちに伴う様々な苦労があったと思います」
と述べられましたが,両殿下はご結婚後,そうした経験がおありだったでしょうか。

殿下  
皇太子妃殿下については,今,長期療養中ということですけれども,早い回復を私たち二人とも祈っております。
また,確か私は昨年の会見で皆さんから陛下をどのように支えていくかということを聞かれました。
それに対して私は,コミュニケーションの大切さということを申しました。
円滑な意思疎通が重要で あるということですね。それを受けて,皇太子殿下の2月の記者会見の時の,
皆さんから皇太子殿下への質問の中に,秋篠宮が陛下との円滑な意思疎通が大切だということを話していたけれども,
という内容の質問があったと記憶しております。それに対しては,コミュニケーションをよく図るということは
当然のことで あるという答えであったと思います。
そのことから考えますと先ほど質問がありました5月の発言について,
私も少なからず驚いたわけですけれども,陛下も非常に驚かれたと聞いております。私の感想としましては,
先ほどお話しましたようなことがあるのでしたら,少なくとも記者会見という場所において発言する前に,
せめて陛下とその内容について話をして,その上での話であるべきではなかったかと思っております。
そこのところは私としては残念に思います。

もう一つありましたね。東宮御所での生活の成り立ちに伴う苦労ですね,
これは私はどういう意味なのか理解できないところがありまして,
前に皇太子殿下本人 に尋ねたことがありました。東宮御所の成り立ちに伴う様々な苦労とは,
皇太子妃になって,つまり皇室に嫁ぐとふだんの生活においていろいろな人がその周り で働いている,
近くで生活している空間においてもいろいろな人が周りにいる,そういう人たちに対する気配りというか,
配慮ということであったり,なかなか 容易に外出することが難しい,そういうことだそうであります。
そういうことを前提として私たちにそのような苦労があったかというと,
主に私というよりも家 内に関係するのかなと思います。確かに東宮御所という大きい組織に比べれば,
私の所はかなり周りにいる人たちの数も少ないので比べるというのは非常に無理 があると思いますけれど,
それを踏まえた上でどうでしょうね。(妃殿下に尋ねられて)

妃殿下  
結婚してからの生活は,新しく出会う務めや初めて経験する慣習などが多くございました。
どのように務めを果たしたらよいか,至らない点をどのように改め たらよいかなど,
不安や戸惑いなどもございましたが,その都度人々に支えられ,
試行錯誤をしながら経験を積み,一つ一つを務めてまいりました。
両陛下は私たちの考えていることや感じていることを静かにお聞きくださり,
私たちの務めや娘たちの成長を温かく見守ってくださいましたことに大変ありがたく思っております。
また,宮様が私の考えや気持ち,おかれている状況を的確にとらえて導いてくださったことは
生活する上で大きな支えとなりました。

問3  
殿下にお尋ねいたします。昨年の殿下お誕生日会見の後,湯浅宮内庁長官は,
秋篠宮さまの3人目のお子さまについて「天皇皇后両陛下のお孫さんはお三方ということですから,
これからの皇室の繁栄を考えた場合には,私は3人目のご出産を強く希望したい」と言及しました。
その後,発言は議論も呼びましたが,殿 下ご自身は,発言をどのように受け止め,
その内容についてどのようなお考えをお持ちでしょうか。

殿下
昨年,湯浅長官が3人目の子供を強く希望したいということを発言いたしました。
その会見後しばらくして長官が私の所に来ました。それについての説明をしに来たわけなんですけれども,
その話を聞き,またその時の記録を見ますと,私が昨年の記者会見で3人目の子供について聞かれ,
一昨年の会見でそれについてはよく相談しながらと答え,
昨年はその前の年の状況と変わらないと答えたということがあって,
それを受けての記者から長官へその気持ち,つまり秋篠宮の気持ちに変わりはないかという質問だったと
私は解釈しております。
そのことに対して,長官が皇室の繁栄とそれから,これは意外と報道されているところでは抜けているというか,
知られていないように思うのですけれども,秋 篠宮一家の繁栄を考えた上で3人目を強く希望したい,
ということを話しております。宮内庁長官の自分の立場としてということですね。
そのような質問があれば宮内庁長官という立場として,それについて話をするのであれば
そのように言わざるを得ないのではないかと,私はそのように感じております。

関連質問2  
2番目の質問で,皇太子様のご発言に関連してですね,そのご発言のプロセスについて残念だというふうな
おっしゃり方を殿下はされたわけなんですが,実 際,皇太子様にとって人生の最も大事なパートナーが
現に長い療養生活をされているというようなことに対して,
殿下はどのような思いを致されているかということが一つと,それから,皇太子様ご自身がですね,
今後宮内庁と共に公務の在り方,つまり時代とともに公務が変わってくるということを考えなが
ら今後の公務の在り方っていうことを考えていきたいというようなことをおっしゃっていらっしゃる,
そうすると東宮妃殿下のご病状の回復のために皇室全体としてどういうような方向性が望ましいのか,また,
東宮妃殿下が回復するために必要な要件と申しますかね,そういったものをもしお考えございましたら
お聞かせいただければと思っているのですが。

殿下  
それはやはり,例えば私がですね,同じようなことであれば,私がということじゃなくて,
だれでもそうだと思うんですけどもね,大変心配な状況だと私は思います。

殿下  
(略)公務とはどういうものかと言うことも,なかなか難しいことだと思います。
私たち皇族は,公的ないろいろな仕事をしていくのは当然なことであると思うのですけれども,
あくまでも私個人としては,自分のための公務は作らない。
つまり自分がしたいことはいろいろあるわけですけれども,それが公務かどうかはまた別ですね。
私は公務というものはかなり受け身的なものではないかなと。
こういう行事があるから出席してほしいという依頼を受けて,
それでこちらもそれが非常に意義のあることであればそれを受けてその務めをする。
私自身はそう いうふうに考えて今までずっと来ています。それでよろしいですか。

全文
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/kaiken-h16.html

他の年
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/kaiken03.html






「建設的考え」宮内庁次長 秋篠宮さま発言に
宮内庁の羽毛田信吾次長は6日の定例記者会見で、秋篠宮さまが5月の皇太子さま発言を
「残念」とされたことについて「天皇陛下を支える皇族としてコミュニケーションの重要性を
お話しになった。建設的な考えを述べられたと思う」と語った。
皇太子さまは5月「(雅子さまの)人格を否定する動きがあった」と発言。
秋篠宮さまは11月30日の誕生日前記者会見で「(皇太子さまが)陛下と話した上での
話であるべきではなかったか」「円滑な意思疎通が重要」などと話した。
羽毛田次長は「(皇太子さまへの)批判とか(兄弟の)確執とかでとらえられたくない」とした。
英紙タイムズ紙(電子版)が「皇族の異例の確執が表面化」と報じたことに
「センセーショナルな報道で悪意を感じる」と不快感を示した。(共同通信)12月6日
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041206-00000125-kyodo-soci



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私的に外国を訪問したことは一度もありません。

ヨーロッパ諸国ご訪問に際し(平成19年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gaikoku/gaikoku-h19-europe.html
両陛下記者会見
ご訪問国:スウェーデン・エストニア・ラトビア・リトアニア・英国
ご訪問期間:平成19年5月21日〜5月30日
会見年月日:平成19年5月14日

問3 両陛下に伺います。両陛下は,皇太子同妃時代から多くの国々を訪問し友好を深められ,
即位後も外国訪問や外国賓客を迎えることで年輪を重ねられました。外国訪問を含めた国際交流について,
次代を担う皇太子ご夫妻に今後どのようなことを期待されますでしょうか。

天皇陛下
私どもが結婚したころはまだ国事行為の臨時代行に関する法律が無く,天皇が皇太子に国事行為を委任して,
外国を訪問することはできませんでした。そのようなわけで,元首である国賓を我が国にお迎えすると,
しばらく後に,私が昭和天皇の名代として,それぞれの国を皇太子妃と共に答訪することになっていました。
私どもの結婚の翌年,昭和35年9月の日米修好条約100周年に当たっての米国訪問は,
皇太子の立場で皇太子妃と共にこれを行いましたが,
2か月後の11月に,皇太子妃と共にイラン,エチオピア,インド,ネパールを,
それぞれの元首の我が国訪問への答礼として行ったときは,昭和天皇の名代として,これを行いました。
この4か国訪問が昭和の時代に私が昭和天皇の名代として皇太子妃と共に各国を訪問した始まりでした。
この名代としての外国訪問は,国事行為の臨時代行に関する法律が昭和39年に施行された後も続けられ,
昭和46年になってようやく昭和天皇,香淳皇后のヨーロッパ諸国御訪問が実現する運びになりました。
このご訪問は昭和天皇,香淳皇后にとってもお喜びだったと思いますが,
私どもにとっても喜ばしいことでした。
天皇の名代ということは,相手国にそれに準ずる接遇を求めることになり,
私には相手国に礼を欠くように思われ,心の重いことでした。
各国とも寛容に日本政府の申出を受け入れ,私どもを温かく迎えてくれたことに,深く感謝しています。

昭和50年の昭和天皇,香淳皇后の米国ご訪問以降は,ご高齢の関係で,
再び私が名代として皇太子妃と共に外国を訪問するようになりました。
その後国際間の交流が盛んになるにつれ,国賓の数も増え,極力答礼に努めたものの,
そのすべてに答礼を果たすことが不可能な状態の中で昭和の終わりを迎えました。
平成に入ってからは,私どもの外国訪問は国賓に対する答訪という形ではなく,
政府が訪問国を検討し,決定するということになっています。

私どもの外国訪問を振り返ってみますと,国賓に対する名代としての答訪という立場から
多くの国々を訪問する機会に恵まれたことは,国内の行事も同時に行い,
特に皇后は三人の子どもの育児も行いながらのことで,大変なことであったと思いますが,
私どもにとっては,多くの経験を得る機会となり,幸せなことであったと思います。
それと同時に名代という立場が各国から受け入れられるように,自分自身を厳しく律してきたつもりで,
このような理由から,私どもが私的に外国を訪問したことは一度もありません。

現在,皇太子夫妻は名代の立場で外国を訪問することはありませんから,
皇太子夫妻の立場で,本人,政府,そして国民が望ましいと考える在り方で,
外国訪問を含めた国際交流に携わっていくことができると思います。
選択肢が広いだけに,一層的確な判断が求められてくると思われますが,
国際交流に関心と意欲を持っていることを聞いていますので,
関係者の意見を徴し,二人でよく考えて進めていくことを願っています。

皇后陛下
私が御所に上がりましたのは,昭和34年(1959年)のことで,
そのころには既に戦後の国交回復により日本に各国の大公使が滞在されており,
結婚後そうした方たちとの接触のあろうことは知らされておりましたが,
海外の訪問については何も伺っておらず,嫁いで数か月後,急に翌年5月訪米の案がもたらされたときには,
本当に驚き,困惑いたしました。
そのとき私は皇太子を身ごもっており,出産は3月初旬と言われておりました。
私も同行を求められており,もし5月の旅行となりますと,母乳保育は2か月足らずで打ち切らねばならず,
またホノルルを含め,米国の8都市を2週間で訪問ということで,産後間もない体がこれに耐えられず,
皆様にご迷惑をかけることにならないか不安でもございました。
自分の申出が勝手なものではないかと随分思案いたしましたが,当時の東宮大夫と参与に話し理解を求め,
米国側も寛容に訪問時期を9月に延ばしてくれ,ほっといたしました。
このときに始まり,これまで陛下とご一緒に52か国を公式に訪問してまいりましたが,
そのうち16か国を訪問するころまでは,出産があったり,子どもが小さかったりで,
国内の公務の間を縫うようにして執り行われるこのような旅は,
もう自分には続けられないのではないかと心細く思ったこともありました。
ともあれ,陛下とご一緒に一回一回経験を重ね,その都度経験したことに思いを巡らせ,
また心を込めて次の旅に臨むということを繰り返してまいりました。
これらの訪問を通じ,私の自国への認識と,言葉では表し得ない日本への愛情が深まり,
この気持ちを基盤として,他の国の人々の母国に対する愛情を推し測っていくようになったと思います。
今,どの旅も,させていただけたことを本当に幸せであったと思っております。

外国訪問を含む今後の国際交流につき,皇太子夫妻に何を期待するかという質問ですが,この問題については,
きっと皇太子や皇太子妃にこのようにしたいという希望や思い描いている交流の形があると思いますので,
それが一番大切なことであり,それに先んじて私の期待や希望を述べることは控えます。
今は皇太子と皇太子妃が,これまでに積んだ経験をいかし,二人して様々な面で皇室の良い未来を
築いていってくれることを信じ,期待しているとのみ申すにとどめ,これからの二人を見守っていきたいと思います。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

この陛下の御発言についての報道

週刊ポスト2007年6月1日号
天皇陛下が皇太子夫妻に突きつけた「公務への覚悟」最後通牒
皇太子さまに求めた的確な判断
皇族の外国訪問に際しての記者会見は、事前に記者会から質問を提出しそれに目を通した皇族たちが、
メモをつくり、宮内庁も目をとおして会見に臨むのが通例。
外国訪問ということで外国メディアからの質問を受け付けるのも特徴。
いずれにしてもその場で口をついて出る発言はありえない。
「人格否定」発言も、事前に宮内庁が把握していなかったが、
熟慮を重ね覚悟をもって発せられたものであることは疑いがなく、だからこそ大きな波紋を呼んだ。
その後も雅子妃の病状は一進一退でもと外交官としてのキャリアをいかした外国での公務は実現されず。
そのかわり、昨年、「私的な静養」としてオランダで夏休みを過ごしたことは、国民も広く知っている。
今回の天皇陛下のご発言は、そうした皇太子夫妻への外国訪問や西洋への最後通牒と受け止められる。
雅子妃は、オランダをことのほか喜んだと伝えられる。
皇太子様や東宮職はこれほど効果があるなら次の機会をという気持ちがおきたのも当然。
今年の夏もそうした計画が実行されるのではないかと噂されていた矢先。
天皇陛下が「自分は私的な外国訪問はしたことないと言い残した。
事実上、皇太子夫妻の「私的外遊」に足止めをしたに等しい。

国民に皇室の哲学を示された
天皇陛下は皇太子時代、毎週必ず皇居に参内。昭和天皇と会見し、名代として意思疎通をはかってきた。
秋篠宮家の親王が節句を迎えた際の皇居でのお祝いの宴席にも皇太子夫妻の姿がないなど、
天皇陛下との距離が指摘されてきた。また、雅子妃の公務復帰はなかなか進まず
女性皇族にとって重要な公務のひとつ日本赤十字社の全国大会も欠席。
腸壁出血から回復した皇后陛下は名誉総裁として出席した。
「公務は休むがスキーや御料牧場での静養は行く。皇居への参内も静養の後回しになっている感は否めない。
そうした現状に陛下が心を痛めた結果の発言では?」 (宮内庁記者)
こうした制約の中で皇太子に向けてメッセージを発したのだとする見方がある
「今の皇室の微妙な人間関係の中では、天皇陛下といえども、“こうしなさい”とはいいにくい。
会見の場を借りて、非常に気を使った言い回しで陛下ご自身のお気持ちをのべ、
皇太子ご夫妻に一定の歯止めをかけたのではないか」(高橋静岡福祉大教授)
一方皇室ジャーナリスト神田氏は会見での発言だったことに、より深い意味を感じている。
「皇后陛下の腸壁出血のおり、羽毛田長官は、会見で”皇室の中にはここ数年、
両陛下をお悩ませするような課題が多かった”と述べた。
それが皇太子夫妻の問題であると天皇陛下みずから国民にお伝えになったとも取れる」(神田)
また、陛下は、国民に皇室の哲学を示されたのではないか。
昨年のオランダ静養では、一年も前から先方が招待していたものであり、
断るのは礼を失するという考えがあった。それを前例としてプライベートな外国旅行を繰り返すことは、
皇族としてすべきではない。というお考えを示されたと思う。
常に国民とともに歩む皇室を標榜してきた陛下なので、
皇室の問題について国民に率直に伝え、みずから手本を示されたのでしょう。
これだけはっきりした天皇陛下の意思ですから、皇太子ご夫妻も東宮職も軽んじることはできません」(神田氏)

「プレッシャー」に対する姿勢の差
国民とともに歩むという天皇皇后の考え方において、実は皇太子夫妻と微妙な温度差が生じている。
皇太子は人格否定発言の3ヶ月前、2004年2月の誕生日会見で公務を休む雅子妃をかばって
「プレッシャー」という言葉を何度か口にしている。
「皇太子妃という特別な立場から来るプレッシャーも大きなものだった」
「世継ぎ問題についても様々な形で大きなプレッシャーがかかっていました」
「プレッシャーがかかることなく静香に過ごせることを望んでいます」などの言葉は一部から
「雅子妃の不調の原因が国民にあるという印象を与える」と懸念をもって受け入れられた。
先の天皇会見の席で外国メディアから「マスコミや世間のプレッシャーをどう感じるか」との質問を向けられた皇后は、
「私の若い頃、プレッシャーという言葉が社会で語られるのを聞くことはありませんでした」と、
意味深長な話から答えはじめている。
多くの日本人が強いプレッシャーを当たり前に感じて生きてきた時代を懐古し、
自らの境遇についてこう答えたのである「多くの要求や期待の中で、一つの立場にある厳しさを・・」
この発言からは、現在の皇室の問題が象徴的に見えると八木(高崎経済大教授)は指摘。
「マスコミや国民の視線をプレッシャーと捕らえれば、それに押しつぶされたときには、
責任は自分以外にもあるということになる。しかし、両陛下は会見で、
国民の視線をむしろ幸せなことととらえ、こたえられなければ悲しく申し訳なく思う、とおっしゃった。
皇族として生まれたこと、皇族の一員になったことを宿命として受け入れ、
公務で皇族としての責任を果たしていくという覚悟の強さがうかがえるお言葉です。
いやがうえにも、皇太子ご夫妻が雅子妃の病気の原因を国民やマスコミのプレッシャーにあるとしてきた
姿勢との違いが浮かびあがる会見になった」(八木氏談)
かつて人格否定発言の際に外国評論家の立場から「政治に容喙される発言はつつしむべき」と
苦言を呈した加藤英明氏は、今回の天皇の発言をどうきいたか。
「天皇であれ、皇太子であれ、公の場で公務に対する考えを語るのは、
基本的にはのぞましいことではないと考える。ただし、今回の発言は、批判が集まる皇太子の立場を
慮ってなされたもののように感じる。陛下ご自身の考えはわからないが、
国家の象徴である天皇が外国を飛び回るより、陛下がかつてそうなさったように、皇太子が
名代として活動するほうが望ましい。そろそろそうした役割の変化がおきてもよいのではないか」(加藤氏)
この発言が「揺れる皇帝」に終止符を打つきっかけになることを望みたい。


他、陛下の御発言は「皇太子ご一家のオランダ静養への苦言」というニュアンスでテレビ、雑誌等で報道された。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


それに対しての
天皇陛下はこの年のお誕生日会見での御発言
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h19e.html

問2 ご家族についてお聞きします。
病気療養4年目の皇太子妃雅子さまは地方への泊まりがけ公務を再開するなど
活動の幅を大きく広げられました。4人のお孫さまも健やかに成長されているようです。
嫁がれた黒田清子さんも幸せな結婚生活を送られているものとお聞きしています。
それぞれのご様子について,陛下はどのように見守っていらっしゃいますか。
具体的なエピソードを交えてお聞かせください。

天皇陛下
私は,家族が,それぞれに,幸せであってほしいと願っており,それを見守っていきたいと思っています。
今年の欧州訪問前の記者会見で,私は皇太子時代の外国訪問に触れ,
「名代という立場が各国から受け入れられるように自分自身を厳しく律してきたつもりです。
このような理由から,私どもは私的に外国を訪問したことは一度もありません。
現在,皇太子夫妻は名代の立場で訪問することはありませんから,皇太子夫妻の立場で,本人,政府,
そして国民が望ましいと考える在り方で,外国訪問を含めた交流に携わっていくことができると思います。」
という話をしましたが,一部に,これを皇太子一家のオランダでの静養に対して苦言を呈したものと
解釈されました。これは,私の意図したところと全く違っています。
国賓に対する昭和天皇の名代としての私どもの答訪は,私どもの二十代のときに始まり,昭和天皇,
香淳皇后の欧州と米国ご訪問を除き,昭和の時代は続けられていました。名代としての答訪の場合,
相手国は天皇が答訪するものと考えているところを私が訪問するわけですから,
自分自身を厳しく律する必要がありました。しかしながら,平成になってからは,
名代による答訪は行われなくなったので,皇太子夫妻は,様々な形で外国訪問を含む国際交流に
かかわっていくことができるようになったわけです。
私は,このようなことを,記者会見で述べたのであって,
決して皇太子一家のオランダ静養に苦言を呈したのではありません。
なお,私は去年の誕生日の記者会見で,オランダでの静養について質問を受け,
医師団がそれを評価しており,皇太子夫妻もそれを喜んでいたので,
良かったと思っている旨答えています。
このように私の意図と全く違ったような解釈が行われるとなると,この度の質問にこれ以上お答えしても,
また私の意図と違ったように解釈される心配を払拭(ふっしょく)することができません。
したがってこの質問へのこれ以上の答えは控えたく思います。




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直接皇太子妃に言うことが良いかと思います

ヨーロッパ諸国ご訪問に際し(平成5年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gaikoku/gaikoku-h05-europe.html

関連質問
問1 今回のご訪問では今回の皇太子殿下のご成婚のおめでたい話がですね,
各国の元首の方々との話題にも上がると思うんですが,今回ご成婚終わりまして,
陛下と皇后様のお立場で新しくお妃になられた雅子様に対するですね,
ご感想といったら失礼ですけども,どのようなふうにお映りになっているか,
感じられたことを一言聞かせてください。

天皇陛下
ちょっと,聞こえなかったんですが。

記者
雅子妃殿下に対する,陛下と皇后様の感想といったら失礼ですけれども,
  一言ずつお聞かせ頂ければ。

天皇陛下
やはりそういうことは,直接皇太子妃に言うことが良いかと思います。


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秋篠宮様(当時礼宮様)22歳の時の文書回答

(昭和63年8月、イギリス留学出発に際して宮内記者会からの質問への回答)
正田富美子さんの葬儀に関連して


「よい思い出がいろいろありますが、今は控えたく思います。
ただ今回のことでひとつ言わせていただければ、故人の闘病、臨終、葬儀などを通して、
私は母が皇室の一員であるという自覚をいつも保ちつつ、
同時に正田家への感謝と懐かしさを、どんなに深く感じていたかを知りました。
『私はもう正田家の者ではなく、公人です』と言ったという一部の報道は、
母の皇族としての自覚と、正田家が皇室に対してとってきたけじめをよく表しているのですが、
母は決して自分を『公人云々』などと表現する人ではないし、
自分を育てた家庭や母校にいつも温かな気持ちを持っていますので、誤解があると残念です。」



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