脳内モルヒネ

平成8年
皇太子妃誕生日会見
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h08hn.html

(一部分)
記事そのものにつきましては,私の分からない言語で書かれているものもあるわけでございますから,
すべての内容を承知しているわけではありませんけれども,日本の社会ですとかそれから皇室,
それから宮内庁の在り方,そして私自身について様々な考え方が示されていて,
一部は考える材料を与えてくれるものもあるのでございますけれども,全体として見ますと,
どうもある一つの側面なり一つのテーマというものを強調し過ぎるあまり,
何か少し事実にはないようなことを事例として挙げていたり,
それからまた極端な結論というものを導いたりしているような例が見られるような気がいたします。
中に例えば「私の姿を見られるのは,列車や車に乗る時だけになってしまった」ですとか,
それから「公の場にはほとんど姿を見せない」といったものもあったようですけれども,
本当にそうでしようか。そういうのを少し極端にすぎないでしょうか,という感じがいたします。
それからまたもう一つ,私が鬱(うつ)状態にあるんではないかというような
書き方をしているところもあるようなんですけれども,
今,脳内モルヒネとかというものがちょっと話題になっているようですけれども,
そんなものも私の場合,それなりに出ているのか鬱(うつ)状態とかそういうことは全くありませんので,
どうぞそういう心配はしていただかないようにというふうに思います。

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やりたいですというようなことでもないわけですけれども

平成11年
皇太子妃殿下のお誕生日に際しての会見で
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h11hn.html
<関連質問>
問5 先ほどのお話にもちょっとありましたけれども,お一人でお出掛けになったり,
おことばをお一人の際にお述べになったりというのは,少しずつ増えてきたように思いますけれども,
その辺のご感想と,それから,これからかなり積極的にやっていこうというお気持ちがおありなのか,
その辺をもしよろしければ伺いたいと思います。


皇太子妃殿下  
今年は4月に,商工会議所で女性の経営者としてずっと活動してこられた婦人会の50周年の会に
お招きを頂いて,出席させていただきまして,それから,また6月には,
今年が更生保護制度施行50周年という節目の年に当たり,
更生保護婦人会の全国の集いに出席させていただく機会を頂き
とても有り難いことだったと思っております。
社会の中で,いろいろな形で地道に活動していらっしゃる方たちにお会いしたり,
何かごあいさつをしたりということで,私がお役に立てることがあるようでございましたら,
そういうことはうれしく存じますし,また,例えばあいさつをするというようなことは,
自分から今度やりたいですというようなことでもないわけですけれども,
そういう希望が寄せられます時には,その時その時の機会を大切にしていきたいというふうに思っております。

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皇太子さま ブラジル

2008年6月

ブラジル訪問前の皇太子さま「ご理解頂きたい」
雅子さまが同行されない理由として「遠隔の地であることや記念行事に連続して出席しなければならないことなどから、医師と相談のうえで総合的に判断した」と話しました。
また、雅子さまが外国訪問を再開される見通しについては、
雅子さまの回復に役立つのであればとしたうえで、「ケース・バイ・ケースで判断したい」と話しました。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann/20080611/20080611-00000041-ann-soci.html
[12日8時26分更新]


ブラジルご訪問に際し(平成20年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/gaikoku/gaikoku-h20az-brazil.html

先ほど、妃殿下がご一緒に行かれないことに関連して、
殿下は、今後ケース・バイ・ケースでお医者さまと相談されて判断することになるでしょう、
ということをおっしゃいましたが、そのケース・バイ・ケースというのはちょっとなかなか漠然としていて、
はっきりしないのですが、ブラジルの場合は、非常に広大なところで期間も長く、
行事もたくさんあるということで、非常に具体的によく分かったのですが、
もう少しケース・バイ・ケースの、例えば「こういう時だったら大丈夫かな」というものが、
もし想定できるようでございましたら、お話しいただければと存じます。


皇太子
ブラジルは遠隔地にありますし、それから連続して出席する行事、式典や交流行事がいろいろありますので、
いろいろなことを考えて今回は難しいというふうに判断したわけですけれども。
ま、これはいろいろな条件が考えられると思いますけれども、
今の雅子の体調にもうまく耐えられるのではないかと思われるような、
そういうものが将来、出てきた場合には、その場合として考えていければというような意味です。
いずれにしましても、そのような訪問が雅子の回復の上でも役立つものであれば
ということを強く考えております。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

週刊朝日コラム
(この発言が) 
「公務が治療回復のための道具との印象を与えかねないという懸念の声が宮内庁周辺にある。」

WiLL8月号西尾氏論文
「海外訪問を治療に利用する考え、公務と私事を混同するお言葉を平然と述べられた。」

週刊ポスト2008年7月4日号
雅子さまの治療を公務の一環とするのか、という批判があるが
「雅子さまは行きたかったのに病気で医者が欠席を決めた。その無念さが
ああ(「海外公務が治療の役に立つなら行かせたい」)言わせたのでは。
質問に答えるときの皇太子さまの強ばった顔が
雅子さまのことで頭がいっぱいなのだなという印象を受けた」(久能)

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

<皇太子さま>ブラジル訪問、親善に大きな役割 27日帰国
6月26日20時15分配信 毎日新聞
【ロサンゼルス真鍋光之】移民100年の記念行事などに出席するためブラジルを訪問した皇太子さまは、
各地で熱烈な歓迎を受けた。日本とブラジルの友好親善に大きな役割を果たし、
150万人の日系人の存在も改めて注目を集めた。ただ広い国土ゆえ日程は過密となり、
人々と深く交流できたのか疑問が残る場面もあった。
公式訪問を終えた皇太子さまは27日午後、帰国する。
サンパウロで21日にあった記念式典では、約3万7000人の日系人らが迎えた。
大きな歓迎ぶりを表すのは人の数だけではない。20日のサンパウロ大での学生との懇談。
ポルトガル語であいさつする皇太子さまに、緊張気味の学生の雰囲気は一気に明るくなった。
皇太子さまの動きは、「なるひと」(徳仁)の名前で連日、地元メディアに流れた。
ただ、実質7日間で、飛行機と車を乗り継ぎ8カ所で計32の式典や行事に出席する日程は厳しく、
それゆえに関係者の気配りが過ぎた面もあった。21日のサントスでの式典では小雨の中、
傘を差さずに少女らが縦笛で「ふるさと」を演奏しながら待っていた。主催者側に促されて
皇太子さまは屋内に入ったが、少女たちはどう受け止めただろうか。
皇太子さまも心残りだったに違いない。
また、皇太子妃雅子さまが同行しなかったのは多くの日系人を落胆させた。
「体調を考慮して」という事情は、日系人社会でもなかなか理解できなかったとみられる。
訪問が多くの日系人に力を与えたのは間違いない。
97年に天皇、皇后両陛下の訪問時に尽力した二宮正人・サンパウロ大教授も「両陛下の時と同様、
皇太子さまを見て、ルーツが日本人であることを誇りに思った日系人は多い」と話した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080626-00000101-mai-soci

週刊朝日2008年7月11日号
「皇太子さまが日系人と懇談した際、高齢の日系人はみな涙を浮かべ、それぞれ違う訴えを申し上げたのですが、
皇太子さまは誰に対しても『お元気で』と声をかけていた。相手に合わせたアドリブがないんですね」(現地記者)
来年は日本人のアマゾン入植90年の節目の年にあたる。
アマゾンから遠路、首都ブラジリアまで足を運んだ老人が、思いを振り絞るように
「ぜひアマゾンにも訪ねていただきたい」と訴えた際も
「皇太子さまは『お元気で』とさらりとかわされてしまった。
お立場上、約束のような言葉は言えないのでしょうが、見ている側としては淋しさを感じました(同)」


さらに

公務は足慣らし

朝日新聞
皇太子さまは、23日に46歳の誕生日を迎えるのに先だって記者会見し、
秋篠宮妃紀子さまの懐妊について「私たちにとっても大変うれしいことです」と述べた。
秋篠宮さまから電話で懐妊の連絡を受けた際、「それは良かった」「お大事に」と伝えたという。
女性・女系天皇を容認した皇室典範に関する有識者会議の結論については
「親としていろいろと考えることもありますが」としつつ「それ以上の発言は控えたい」と語った。
療養に入ってから2年が過ぎた雅子さまに関しては「順調に回復しておりますが、まだ回復の途上」と説明。
雅子さまは皇族としての役割や皇室の将来を真剣に考えて努力しており、
「私もこれからも支えていくつもりです」と語った。
今春学習院幼稚園に入園する敬宮愛子さまについては、昨年12月の雅子さまの誕生日の際、
風邪で寝込んでいた母親の寝室にケーキを運んだエピソードを紹介。
皇族としての教育は「もう少し先の段階」として
「(幼稚園で)社会のルールを始め様々なことを学び健やかに成長していってほしい」と話した。



皇太子さまお誕生日に際して2006年2月
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h18az.html
会見(一部)
敬宮愛子様が今春,学習院幼稚園に入園されます。最近のご成長振りについてお聞かせください。
殿下ご自身が受けられた皇族としての教育を振り返りつつ,教育方針についてもお聞かせください。

皇太子殿下 (略) 私たちや周囲への心遣いもかいま見ることがあります。
雅子が昨年の12月の誕生日の夕方に風邪で寝込んだ時も,その前に自分が風邪をひいたときに
よくしてもらったので,という意味のことを言って雅子の寝室にバースデーケーキを持って見舞いに行ったり,
「こどもの城」で,年下のお子さんに「愛ちゃんができないときにだれだれちゃんがしてくれたから」
と言いながら手を貸したりすることがあるようです。ちなみに,今年の元旦に御所に上がる折に,
門の所で一般の方や記者の皆さんが立っているのを見て「みんな寒い所で立っているから
わんちゃんの手を振ってあげるの
」と言っていたようです。
大相撲にもとても興味を持っており,私たちや職員と相撲を取るときに相撲の技を再現したりしています。
また,相撲の本の力士の四股名(しこな)に付けられた振り仮名の部分を読んで,
力士の上の名前と下の名前をよく覚えています。例えば横綱朝青龍であれば朝青龍明徳というようにです。
それを平仮名で書いてみたりもしています。力士の名前については正直私もかないません。
また,相撲をテレビで観戦しながら「だれだれに,星がついたよ,うれしいな」と
七五調の文を作るなどしています。子供の好奇心や子供らしいユーモアを大切にしながら,
意欲や自主性を大切に見守っていきたいと思っています。

(略)

幼稚園の年少組のころの記憶は断片的ですが,ありますので,そのような年齢に子供が達しつつあることに
一種の感慨を覚えます。雅子も育児に心を砕いており,二人で話し合う機会も多く持つようにしています。
これからは,学習院幼稚園の先生方の教育方針を尊重しつつ,愛子が幼稚園では同世代の子供たちとの
遊びを通して社会のルールを始め様々なことを学び,健やかに成長していってほしいと願っています。


雅子様の最近のご様子と今後のことについてお聞きいたします。
昨年12月,「東宮職医師団の見解」が出されました。殿下はこの見解をどう受け止められましたか。
子育てと公務の両立や,ライフワークになるような活動,研究,それらを公務にいかしていくのか,
医師団見解の提言を実現させるために,殿下の具体的なイメージをお聞かせください。

皇太子殿下 雅子はお陰様で少しずつではありますが,順調に回復に向かっていると思います。
天皇皇后両陛下を始め多くの国民の皆さんに温かく見守っていただいていることに
この場をお借りして心からお礼を申し上げます。昨年12月に雅子の最近の様子ということで,
医師団の見解が発表されたのは,病名と治療方針,現在の病状及び今後の課題について
国民の皆さんに理解していただくためで,これはあくまでも医師団の専門的な判断に基づいて行われたものです。
私ももちろんこの判断を尊重しています。雅子もお医者様の治療方針に従って,努力していますし,
私もこれからも支えていくつもりです。雅子は皇族としての自身の役割と皇室の将来を真剣に考え,
これまでも努力してきましたし,現在もそのように考えて行動しており,私もそれに支えられています。
環境の改善を勧めた医師団の見解は,こうした私たちの努力を更に実現していくために
有意義なものであると考えてのことと思っています。私自身雅子には今までの経験をいかした
ライフワーク的なものが見つかると良いと思っています。(略)
お陰様で,雅子は順調に回復しておりますが,まだ回復の途上にあることを皆さんにもご理解いただき,
静かに温かく見守っていただければと思っております。


昨年の会見では,公務の新たなテーマとして,環境や福祉,子供の教育,国際文化交流などを
挙げられるとともに,ご夫妻それぞれ別の公務をこなされていくケースも有り得るとの考えを示されました。
こうした公務の見直しについて,なぜ変える必要があるのか,どのような形で,どのように変えていくのか
具体的にお聞かせください。

皇太子殿下 公務についての考えは昨年の会見でもお話しましたのであえて詳しくは申しません。
公務については,今まであった公務はそれぞれ意義深いものとして行われてきておりまして,
大切にしていきたいと思っています。また一方で,皇室が今まで時代にあった,
あるいは時代に先駆けた公務をしてきたことを考えますと,やはり今の時代にできること,
私たちの世代だからできるものを真剣に考えていくことも必要ではないかと思います。
それらはもちろん公務をしながら見いだしていけるものと思います。これに関して,
以前の会見でお話したことが,今までの公務をやめるように一部で誤解された節がありますが,
そのようなことはないので申し添えておきます。雅子の公務については,今少し,体調が回復し,
公私にわたる様々な活動をしていく中で考えていくことになるのではないでしょうか。
また,雅子の場合,最近も幾つかの公務を行いましたが,これはあくまでも回復のための
足慣らしの意味もありますので,そのあたりのことを皆さんには
お分かりになっていただきたいと思います。


「皇室典範に関する有識者会議」が最終報告書を提出し,女性・女系天皇を容認する方針が示されました。
今後の皇室のあるべき姿に関する考えや敬宮愛子様の将来について,
父親としてのお気持ちをお聞かせください。

皇太子殿下 「皇室典範に関する有識者会議」が最終報告書を提出したこと,
そしてその内容については,私も承知しています。
親としていろいろと考えることもありますが,それ以上の発言は控えたいと思います。
皇室のあるべき姿としては,私は,以前から申し上げているように,皇室の伝統を尊重しながら,
天皇陛下をお助けしつつ,国民の幸せを願い,国民と苦楽を共にしていくことだと思います。
これは時代を超えて存在するものと思います。宮中で行われている祭祀については,
私たちは大切なものと考えていますが,雅子が携わるのは,通常の公務が行えるようになってから
ということになると思います。
愛子には,一人の人間として立派に育ってほしいと思います。名前の通りに,人を愛し,
人からも愛される人間に成長してもらえればと願っております。

<関連質問>
愛子様が今度幼稚園にご入園されるということなんですけれども,愛子様ご本人が
幼稚園を楽しみにしているようなご様子をお聞かせいただきたいのと,それから,
幼稚園入園に当たって,学習院幼稚園を選択されたということなのですが,
一番教育環境がいいということで選ばれたのだと思うのですけれども,そのあたり,
学習院幼稚園を選んだ理由についてお聞かせいただきたいと思います。

皇太子殿下 愛子もどの程度その辺がわかっているかは私もわかりませんけれども,
ともかく4月から今までとは違う環境で,幼稚園という所に通うということは
少しずつわかってきているように思います。そして,本人の言うことの節々に,
幼稚園が楽しみだというふうなことを,私は感じ取ることができます。愛子が幼稚園に進むに当たっては,
私も親として,どの幼稚園に行くことが本当に本人にとって幸せなことだろうかということを
一番の大きな課題として考えてきまして,いろいろな方のご意見ですとか,
それから実際にいろいろな調査をしてみました。その結果としてやはり学習院幼稚園が,
愛子に今後いろいろなことを学んでいくのに一番いい場所なのではないかというふうなことを
結論に達したわけです。学習院の方でも,愛子が入園をすることを許可していただいたことを
大変うれしく思っております。

目次2へ

詩を読む皇太子

皇太子殿下お誕生日に際し(平成17年)

問3 「皇位継承の安定的な維持」の方策を検討する「皇室典範に関する有識者会議」が政府内に設置されました。女性皇族への皇位継承が議論の焦点になっていますが,こうした新たな動向を踏まえ,敬宮愛子様の今後の養育方針や,いわゆる「お世継ぎ問題」についての皇太子殿下のお考えをお聞かせください。

皇太子殿下
皇室典範に関する有識者会議が設置されたことは承知しておりますが,私としては,お世継ぎ問題も含めて,コメントは控えさせていただきます。

愛子の養育方針ですが,愛子にはどのような立場に将来なるにせよ,一人の人間として立派に育ってほしいと願っております。3歳という年齢は今後の成長過程でも大切な時期に差し掛かってきていると思います。愛子の名前のとおり,人を愛し,そして人からも愛される人間に育ってほしいと思います。それには,私たちが愛情を込めて育ててあげることが大切です。つい最近,ある詩に出会いました。それは,ドロシー・ロー・ノルトというアメリカの家庭教育学者の作った「子ども」という詩で,スウェーデンの中学校の社会科の教科書に収録されております。

『批判ばかりされた 子どもは
非難することを おぼえる

殴られて大きくなった 子どもは
力にたよることを おぼえる

笑いものにされた 子どもは
ものを言わずにいることを おぼえる

皮肉にさらされた 子どもは
鈍い良心の もちぬしとなる

しかし,激励をうけた 子どもは
自信を おぼえる

寛容にであった 子どもは
忍耐を おぼえる

賞賛をうけた 子どもは
評価することを おぼえる

フェアプレーを経験した 子どもは
公正を おぼえる

友情を知る 子どもは
親切を おぼえる

安心を経験した 子どもは
信頼を おぼえる

可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
世界中の愛情を 感じとることを おぼえる』

以下省略
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h17az.html
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紀宮様(黒田清子さん)の会見・文書回答等

紀宮様(黒田清子さん)の会見・文書回答等

回答部分のみ一部抜粋

★平成9年お誕生日に際しての文書回答
皇后様を陛下とのご結婚に踏み切らせた最終的なものが
陛下の皇太子としての立場に対する深いご自覚であったことを考える時、
何とも言えぬ感慨を覚えます。娘の目からみると、
決して器用ではいらっしゃらない皇后様が、困難なことに当たられる度に、
戸惑い戸惑いなさりながら、それでも投げ出すことなく、最後まで考え続けて答えを出されるお姿は、
私に複雑さに耐えることと、自分で考え続けることの意義を教えてくださったと思います。

★2003年外国ご訪問前の会見
そうは申しても,陛下のご公務のほとんどは他の皇族がお代わりできるものではなく
ご公務そのものを軽減するということはなかなか難しいもののように感じております。
ただ,ご日程の組み方ですとか,その様々な過程においてご負担を減らすということは
考えてほしいことだと思っております。
両陛下のご公務の中で 人目に触れるのは都内や地方へのお出ましだと思いますが,
実質的には両陛下のご公務の大半は皇居の中で行われるものであって,
また,それが両陛下の毎日の日程のほとんどを占めています。
両陛下のご公務の総量というものを,周囲の人々がしっかりと把握することが,
何よりもまず大事なことではないかと思っています。

★平成15年お誕生日に際しての文書回答
一方,北朝鮮による日本人の拉致問題は,多くの人々に衝撃と不安を与えたと思われます。
帰国された5人の方々が,日本での自立した生活を再び築き出された 姿には,
安堵(ど)と喜びを覚えましたが,帰国が実現しなかった人々とその家族,
また,同様に拉致の可能性がある数多くの行方不明者のことを思うと,心に重いものがあります。
連日取り上げられていた拉致問題の話題は,昨年末に近づいたころから
イラク情勢の報道へと移り変わっていきました。今現在も,イラク では戦争が続き,
毎日のようにその映像が流れています。
中東の国々は私にとってまだなかなか馴染みのないところですが,
昨年2月に,クウェートで唯一の女性カメラマンの作品展が東京で開かれ,
湾岸戦争のさ中に写真を撮り続けた当時の話などを伺ったことが印象に残っています。
少しでも早く戦争が終結を迎え, イラクの情勢が安定し,人々に平穏な生活が戻ることを心から願っております。

身近なこととして,高円宮殿下の突然の薨去というお悲しみに次いで,
陛下の前立腺ガンの発見,ご入院は,私にとり大きな出来事でございました。
これまで, 親しい方の入院や闘病のお話を伺う機会は何度かありましたが,
陛下のご病気に添ってみて,自分がどんなにご本人やご家族の状況を理解していなかったかということを,
強く感じさせられました。
医師の方たちのご努力と病院側のご配慮は,大変有り難いものでした。
また,この間に,多くの方々から温かなお見舞いを 頂いたことを本当に心強く感じました。
ご退院後,リハビリをお続けになりながら,少しずつ回復を続けていらっしゃる陛下のお姿を拝見し,
自分がそうした人々の気持ちや言葉に支えられてきたことを改めて思い起こしております。

病状をそのままに伝えるという陛下のお考えはこの度が初めてではなく,
皇太子さまご出産の3年後,皇后さまが胞状奇胎によるご流産をなさった時から一貫してこられたことでした。
当時,皇室では流産自体が公表されることの無かった時代で,
しかも,悪性化する可能性があるとともに胞状奇胎発病後は
再度の妊娠が難しいとさえ一般に思われていた中での発表は,
その後2年間,次のご懐妊をお待ちにならなければならなかった皇后さまにとり,
どれだけお辛いことであっただろうと想像されます。
それでも,できるだけ国民から病状を隠さないという,陛下のお考えに添って発表が行われています。
そのことを陛下から伺っておりましたので,この度のことも私としてはごく自然に受け止めました。
担当される医師の方たちにも,ありのままの病状を陛下にお伝えいただくことが最も陛下のお気 持ちに添うことと,
皇后さまも私も望んでおりましたし,医師の方たちが,
その気持ちによくこたえて下さったことを有り難く思っております。

何か,夢中のうちに過ぎていった時間でしたので,
ご入院中に心に留めた具体的なエピソードとして思い出せるものはあまりありません。
むしろご入院前,まだ 先行きの分からないころで,皇后さまを始め家族はもとより,
恐らくご自身も最もご不安でおられたのではないかと思われる中,
新年の諸行事を,陛下が本当に晴れやかになさって下さったお姿は,
「皇族」としても「子供」としても,胸に痛いほどの強い印象で残っております。
皇后さまはご入院中を通してほとんど終 日,そのうち9日間は宿泊をなさって病院で過ごされ,
ご手術までの日々とそれに続く陛下のご回復期を優しくお支えになりました。
陛下のご看病に当たられた先生方,看護師さん方と皇后さまとの間には,いつも細やかな心の交流が保たれ,
それが陛下のご病室の雰囲気を常に明るく穏やかなものにしているのを感じました。
また,皇后さまはご手術後,陛下のご状態が緩やかに回復に向かわれた時期から,
毎日少しずつ全国のお見舞いの記帳簿を陛下のお枕元に運ばれ,
陛下に人々の気持ちをお伝えになっておられました。静かな眼差しで,
人々の署名に目を通しておられる両陛下のお姿が思い出されます。

私たち子供たちは,両陛下から,何か家訓のように皇室のあり方について教えられたことは
一度もなかったのではないかと記憶しています。
お側で育っていく中で,お立場とお務めに対するご自覚や,
宮中の祭祀や伝統的な行事を大切にされるお姿に接することで,
皇族の務めというものを理解していったのだと思います。
お祭りや行事は,もしそれが,義務だとのみ受け取っていたならば,
難しさを感じていたこともあったかもしれませんが,皇后さまがそれぞれに意義を見出され,
喜びを持ってなさるご様子を拝見して育ったことは,
私を自然にそれらのお務めに親しませたように思われ,恵まれた事だったと感じています。
皇后さまがなさってこられたことは,皇室にとって新しい形だけが取り上げられることが多いように思われますが,
何事も前のお時代に学ばれ,特に祭祀や行事は全てそのままに受け継がれ,
その上で新しい今の時代や国民の気持ちに添い,
ご自分がどうあるべきか真摯に考えられる中で段々に形をなしてきたものであることを,
私は忘れないでいたいと思っています。

以前にも述べたかと思いますが,皇后さまがこれまで体現なさってこられた
「皇族のあり方」の中で,私が深く心に留めているものは,
「皇室は祈りでありたい」という言葉であり,「心を寄せ続ける」という変わらないご姿勢です。
ご結婚以来,障害者スポーツや青年海外協力隊を始めとする多くの活動が,
両陛下が見守られ弛(ゆる)みなくお心を掛けられる中で育ち,
発展していきました。また,戦争や災害犠牲者の遺族,被災者,
海外各国の日本人移住者,訪れられた施設の人々などに対しては,
その一時にとどまらず,ずっとお心を寄せ続けられ,その人々の健康や幸せを祈っておられます。
良きことを祈りつつ,様々な物事の行く末を見守るという姿勢は皇室の伝統でもあると思いますが,
決して直接的な携わり方ではないにもかかわらず,その象徴的な行いが,具体性を持った形で物事に活かされ,
あるいは人々の心に残っていることは,感慨深いものがあります。

私自身は,内親王として一人で仕事をする機会が多かったので,
あまり女性皇族という意識で自分の立場や務めをとらえることはありませんでした。
私の立場 で,特定の女性皇族像として思い描くものを持っているわけではありませんが,
やはり今私にできることは,一つ一つの務めを大切に果たし,その時に感じ取ったことを心に残しつつ,
かかわった活動や国,そして人々に思いを寄せ続けていく事ではないかと考えます。
その積み重ねの先に,自分なりの内親王としての務めが充実できればとても嬉(うれ)しいことです。

★平成16年お誕生日に際しての文書回答
昨年の今頃は,まだリハビリ中でいらっしゃった陛下を思い出しますと,
ご病状の推移を見守る段階ではありますが,その年の暮れにお元気に古希をお迎えになられたことを,
本当に嬉(うれ)しく思います。
また,皇后さまも本年古希をお迎えになられますが,
その日をどうかお健やかに晴れ晴れとお迎えいただきたいと願っております。
一昨年から2年をかけて,両陛下は平成の15年間にご訪問になった都道府県の市町村全てを,
大きな日本地図の上に印していらっしゃり,
折々にお手伝いをさせていただきました。ご日程を追ってご訪問地を確認しながら,
両陛下が一つずつの旅の中で,より多くの地を訪れようと努めていらっしゃることが切実に感じられました。
私が両陛下のお仕事やお立場を深く見つめられるようになったのは,
高校総体などでご一緒させていただくようになった高校生ぐらいからで,
それ以前は漠然とし た印象を,両陛下のお姿から感じていたように記憶しています。
時代の流れにそって,子供たちは皆お手元で育てていただき,
一つの家族として過ごせたことは 本当に有り難いことでしたが,
その一方で公務は常に私事に先んじるという陛下のご姿勢は,私が幼い頃から決して崩れることのないものでした。
国際,国内情 勢,災害や大きな事故などに加え,宮中祭祀にかかわる全てが日常に反映されるため,
家族での楽しみや予定が消えることもしばしばで残念に思うことも多々ありましたが,そのようなことから,
人々の苦しみ悲しみに心を添わせる日常というものを知り,
無言の内に両陛下のお仕事の重さを実感するようになりましたし,
そうした一種の潔さが何となく素敵だとも感じていました。
両陛下のお間の絆(きずな)は,陛下の全てに添われていく皇后さまのご姿勢にも,
楽しく時にはおかしな事を共に笑い合われる微笑(ほほえ)ましい場面にも感じられますが,
その深さの源にあるのは,皇后さまが,皇太子,天皇というお立場を常に第一に考え行動される陛下のお考えを,
誰よりも尊重され支えてこられた来し方ではないかと感じています。
私の目から見て,両陛下がなさってきた事の多くは,
その場では形にならない目立たぬ地味なものの積み重ねであったと思います。
時代の要請に応え,新たに始 められたお仕事も多くありましたが,
他方,宮中での諸行事や1年の内に最小でも15,陛下はそれに旬祭が加わるため
30を超える古式装束をつけた宮中三殿へのお参りなど,
皇室の中に受け継がれてきた伝統は,全てそのままに受け継いでこられました。
以前皇后さまは,今後皇室のあり方は変わっていくかとの質問に対し,
「時代の流れとともに,形の上ではいろいろな変化があるでしょうが,
私は本質的には変わらないと思います。歴代の天皇方が,まずご自身のお心の清明ということを目指され,
また自然の大きな力や祖先のご加護を頼まれて,国民の幸福を願っていらしたと思います。
その伝統を踏まえる限り,どんな時代でも 皇室の姿というものに変わりはないと思います。」と述べておられます。
累々と受け継がれてきた伝統を守ることと人々の日常に心を添わせることが,
少しの矛 盾もなくご生活の中に入っている,そのような日々を重ねておられることが,
象徴としての存在である陛下,そして皇后さまに人々がリアリティを感じている由縁ではないかと思われます。

皇太子同妃時代には,戦争の影を色濃く残す国内外で,先帝陛下をお助けになりながら務めを果たされ,
昭和と平成の御代の変わり目を全ての儀式も行事も丁寧 に滞りなく務められ,
災害が続き戦後50年という節目も迎えた平成の時代を,
英国やオランダなど厳しい旅も含む数多くのご公務をこなされながら歩まれた両陛下の道のりは,
本当に大変なものであったと察せられます。
私たち次の世代にはまた新たな課題もあり,世界情勢も様々に変わることとは思いますが,
同じような厳しさに直面することはまずあり得ないでしょう。
古希を迎えられた陛下,今年迎えられる皇后さまのこれからの月日が,
どうぞお心静かにお過ごしになれ るものとなりますよう,心から願うものです。

(雅子妃について)
12月のご病気を契機にご静養に入られてから4か月目を迎え,深くご案じしております。
ご静養については,両殿下のお気持ちにそって東宮職が取り計らっていることと思いますので,
ご回復に向けての良い過程となりますようお祈りしております。
詳しいご経過を存じ上げることが難しいので,お気持ちを思い上げ,
遠くからご案じするしかできませんが,妃殿下が健康を取り戻されるよう心から願っております。
両陛下も,妃殿下がご公務を減らされた昨夏頃からずっとご心配になり,
何かできることがあればと思っておられるようですが,
今は一番お身近にいらっしゃる 皇太子殿下のご判断に頼るほか無く,
これをサポートなさり,静かにお見守りになっていらっしゃいます。
両陛下のご心痛も,早く晴れますよう願うばかりです。

平成17年


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皇室Our Imperial Family第29号平成17年冬紀宮殿下ご結婚記念号 

秋篠宮妃、皇太子妃について紀宮様のご発言

秋篠宮妃に対して
「川嶋さんは本当にすんなりと私たち家族のなかに溶け込まれて、
このたびのお二人のご婚約は、大変自然なもののように感じました。
川嶋さんとお会いになった方は、あの温かな雰囲気に心が和むのをお感じになると思いますが、
同時に、芯に大変しっかりしたものをお持ちになり、物事を慎重に深く、お考えになる方だと思います。
これからご一緒に両陛下をお助けしながら仕事をしていく上でも、これからの生活の上でも、
私が川嶋さんから教えていただくものがたくさんあることでしょうし、
また、私の方でも何かお役に立つことがございましたならば、喜んでしたいと思っております」
(平成2年4月16日、21歳お誕生日の記者会見より)

「(秋篠宮妃殿下のことは)上られる以前のお親しくしていた時期が長かったので、
普段は『紀子ちゃん』と、その頃の呼び方でお呼びしております」
(平成3年4月18日、22歳お誕生日の文書ご回答より)

皇太子妃に対して
「(雅子さんとは)まだゆっくりとお話をする機会はございませんが、
自分をしっかりと持っていらっしゃり、ユーモアのある楽しい方のように拝見しております。
頼もしい姉二人を持つことが出来て大変心強く思っております」
(平成5年4月18日、24歳お誕生日の文書ご回答より)

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紀宮様のエピソード
・柿の木坂幼稚園への考査を受けた直後に自分が明日にでも幼稚園へ通えるのかと思って
「幼稚園は?」と美智子様に問いかけたら
「御所に梅の花が咲いてたんぽぽが沢山咲いて春になったら行けるのよ」と答えた。
たまたま秋でもひとつだけ御所にたんぽぽが咲いていたので
「お花さいているの。幼稚園は?」と紀宮様。
しかし美智子様が驚いて困り顔をしたら紀宮様は幼いながらも察して
「いっぱい咲かないとだめなのね」とつぶやいた…。(皇室特番)

・両陛下(当時皇太子同妃両殿下)の正装の写真を見て、
小さな紀宮様が「おもうさま達、お雛さまだったのね」と言ったという。(皇室特番)

・「妹が小さい頃、兄と二人で、泣かせたことがあります。
ちっちゃい子って本当に泣くとかわいいのですよ。
妹を泣かせておいて、ごめん、ごめんというと『よろしいのよ』と妹が答える。
一つ覚えみたいなところがあって、それを聞きたいがために兄と一緒に妹にいたずらをしました。
ほんとうに悪いお兄さんでした」(秋篠宮さま)

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紀宮様の「菊慈童」をみた曽野綾子さんの感想
夜6時、国立劇場へ。朱門と国立大劇場の「若樹会」の踊りの会へ伺う。
ごく普通の踊りの会だが、お弟子さんのお一人として清子内親王さまが「菊慈童」を踊られるのである。
皇室の方のことは何でも褒めるというのは私の趣味ではない。
しかし紀宮さまには、踊りの才能においては本格的な骨太のものを持っておられる。
慈童は、周の穆王に仕えていたが、或る日王の枕をまたいだことで深山に追放される。
そこで王に教えられた通り、毎日普門品の「具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海無量 是故応頂礼」の
偈を唱えるために菊の葉にその文字を書きつけ、その葉に置く露を飲んでいると、それが不老長寿の霊酒で、
慈童は700歳になっても変わらぬ姿で、過去を偲び、薬酒のめでたさを喜ぶ、という筋である。
紀宮さまの踊りには、踊り手の生身の生活を匂わせる俗性が完全に昇華されている。
きれいな衣装をつけて、別の自分を人に見せるという女性特有の甘い姿勢が全くない。
それどころか、運命を敢然と受諾して、菊の繁みの中で簡素で端正な生き方を喜ぶその強さが、気品と共に見える。
宮様の御立場を思うと、この端正さも気品も一種の豊かな自己表現と思うのは、私の思い過ごしか。
天皇陛下は身を乗り出して、宮様の踊りを見つめておられた。
http://nippon.zaidan.info/kinenkan/moyo/0001176/moyo_item.html



両陛下とお孫さま方

皇后陛下御歌(平成4年)
(初孫)
春の光溢るる野辺の柔かき草生の上にみどりごを置く

皇后陛下御歌(平成12年)
(草道)
幼な児の草ふみ分けて行きし跡けもの道にも似つつ愛(かな)しき
眞子、佳子両内親王さまが御所のお庭でお遊びになっておられるご様子をご覧になって、お詠みになったもの。
背の高い草をかき分けてお子さま達がお通りになった跡が動物たちの道あとを思い起こさせ、
小さく、傷つきやすいものへのいとおしさをおぼえられらた、という。

天皇陛下御製(平成14年)
葉山御用邸で
年まさる二人の孫がみどり児に寄りそひ見入る仕草愛らし
夏のご静養で愛子内親王に寄り添う眞子内親王、佳子内親王


天皇陛下御製(平成18年)
孫(悠仁親王親王殿下)誕生
我がうまご生れしを祝ふ日高路の人々の声うれしくも聞く
九月六日、両陛下は国際顕微鏡学会議にご臨席のため滞在中の札幌で、
皇孫殿下ご誕生の報をお受けになった。翌日より丸二日をかけて襟裳岬をご訪問になったが、
その途次、日高路の沿道やご訪問先で大勢の祝福をお受けになった。

皇后陛下御歌(平成17年)
御料牧場にて
牧の道銀輪の少女ふり返りもの言へど笑ふ声のみ聞こゆ
平成十七年三月、高根沢御料牧場にいらした折、自転車でずっと先を行かれた内親王様方が、
ふり返って何かを告げようとしておられるのだが、言葉は定かには分からず、
ただ楽し気な笑い声だけが届いて来る様をお詠みになっている。

天皇陛下御製(平成22年)
虫捕りに来し悠仁に会ひて
遠くより我妹(わぎも)の姿目にしたるうまごの声の高く聞え来(く)
悠仁親王殿下は,秋篠宮妃殿下とともに,虫を捕りながら皇居内生物学研究所から御所のお庭を通って,
天皇皇后両陛下をご訪問になった。この御製は,両陛下が御所からお庭に出られた時に,
悠仁親王殿下がお庭の向こうから皇后陛下のお姿を見つけ,声を上げられた様子を詠まれたものである。

皇后陛下御歌(平成24年)
幼な児は何おもふらむ目見澄みて盤上に立ち姿を正す
昨年十一月三日、赤坂東邸において、悠仁親王殿下の「着袴の儀」、「深曽木の儀」が行われた。
儀式の中で碁盤の上に立ち、しっかりと姿勢を正された悠仁親王殿下のお姿をお詠みになった御歌。


天皇皇后両陛下のお歌
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gyosei/gyosei.html より


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

皇后陛下お誕生日に際し(平成14年)
眞子も佳子も,小さい時からよく両親につれられて御所に来ており,
一昨年ごろからは,両親が留守の時には,二人だけで来ることもできるようになりました。
生物学御研究所のお庭に,陛下が水稲のための御田の他,五畝(いつうね)程の小さな畠をお持ちで,
毎年そちらで陸稲と粟をお作りになるのですが,眞子が五つ,佳子は三つの頃から,
種まきや刈り入れの時には,ほぼ毎年のように来て,陛下のお手伝いをしています。
このようなとき,鋏や鎌などの道具の使い方や,使う時の力の入れ加減,抜き加減などを教えることが,
私にはとても楽しいことに感じられます。
養蚕のときに,回転まぶしの枠から,繭をはずす繭掻きの作業なども,
二人していつまでも飽きずにしており, 仕事の中には遊びの要素もあるのかもしれません。
敬宮が大きくなり,3人して遊んだり,小さな手伝い事などができるようになると,
また,楽しみがふえることと思います。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h14sk.html

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

似ているのは「おかしさの感じ方」
皇后陛下お誕生日に際し(平成20年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h20sk.html
この頃愛子と一緒にいて,もしかしたら愛子と私は物事や事柄のおかしさの感じ方が
割合と似ているのかもしれないと思うことがあります。
周囲の人の一寸した言葉の表現や,話している語の響きなど,「これは面白がっているな」と思って
そっと見ると,あちらも笑いを含んだ目をこちらに向けていて,そのような時,とても幸せな気持ちになります。

思い出して見ると,眞子や佳子が小さかった頃にも,同じようなことが,度々ありました。
今記憶しているのは,一緒に読んでいた絵本の中の「同じ兎でも並の兎ではありません」という言葉を
眞子が面白がり,ひとしきり「ナミの何か」や「ナミでない何か」が家族の間ではやったことです。
佳子も分からないなりに口真似をして嬉しそうに笑っており,楽しいことでした。

悠仁とは9月の葉山で数日を一緒に過ごしました。
今回は陛下が久しぶりに海で二挺艪の和船を漕がれ,悠仁も一緒に乗せて頂きましたが,
船を海に押し出す時の漁師さんたちのにぎやかなかけ声,初めて乗る船の揺れ等に,
驚きながらも快い刺激を受けたのか,御用邸にもどって後,高揚した様子で常にも増して活々と動いたり,
声を出したりしており,その様子が可愛いかったことを思いだします。

東宮や秋篠宮家の参内についてですが,それぞれの家庭にその時その時の事情があり,
私どもの日程もかなり混んでいて調整の難しいこともありますが,
今後も双方の事情が許す時には出来るだけ会えるとうれしいと思います。

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

皇后陛下 お孫さまを迎える喜び
眞子さまご誕生前
平成3年皇后陛下お誕生日に際し
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h03sk.html

問2 お孫さんをもたれるお気持ちは,
また,秋篠宮妃殿下のご出産を控えて何かアドヴァイスをなさっていますか。

皇后陛下
ただただ楽しみで…。
折々に訪れて下さるので,元気な様子が分かり安心しています。
特に何をお教えしたというようなことは何もなく,ただ健かに母となる日を迎えられることを願って,
今日(こんにち)までまいりました。

※眞子内親王殿下は10月23日にご誕生。この会見は直前。

愛子さまご誕生前
平成13年皇后陛下お誕生日に際し
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h13sk.html

問2 皇太子ご夫妻のお子さまは,両陛下にとりまして3人目の皇孫となります。
目前に迫ったご誕生を控え,国民に向けてその喜びのお気持ちをお聞かせください。

皇后陛下
今はその時期ではなく,この回答は控えます。

問3a 皇后という公的な立場から,皇太子ご夫妻に誕生する皇孫について
こう育ってほしいという願いはありますか。

皇后陛下
時がくれば,東宮や東宮妃が,まず両親としての願いを語るでしょう。それで十分だと思います。
私自身は,きっと秋篠宮家の二人の子どもたちの誕生の時と同じく,
「よく来てくれて」と迎えるだけで,胸が一杯になると思います。

問3b ご自身の経験を踏まえ,ご夫妻にはどのようなアドバイスやお心遣いをされ,
また誕生に向けてどのような具体的な準備をされていますか。

皇后陛下
東宮妃の心身の健康を願って今日までまいりました。アドバイスに関しては,
私の子どもたちが生まれた頃から時代も大きく変わっており,
助言という程のことはできませんが,私が何か役に立つことがあればうれしく思います。
子どもたちがまだ小さく,私があちらに住んでおりました頃,
東宮御所の庭には夏でも涼しい風の通り道があって,よく乳母車を押してまいりました。
これからは,そうした懐かしい思い出も少しずつ話していきたいと思います。
準備については,これまでのしきたり通り,新宮(しんみや)の初着(うぶぎ)や
陛下から賜るお守り刀等,一つずつ整えてもらっています。


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ドンマーイン

皇后陛下のお誕生日(平成17年10月20日)に際しての文書ご回答
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h17sk.html

問1 戦後60年の節目にあたる今年,両陛下は激戦地サイパンを慰霊訪問されました。
今後,戦争の記憶とどのように向き合い,継承していきたいとお考えですか。

皇后陛下  
陛下は戦後49年の年に硫黄島で,50年に広島,長崎,沖縄,東京で,戦没者の慰霊を行われましたが,
その当時から,南太平洋の島々で戦時下に亡くなられた人々のことを,
深くお心になさっていらっしゃいました。外地のことであり,なかなか実現に至りませんでしたが,
戦後60年の今年,サイパン訪問への道が開かれ,年来の希望をお果たしになりました。

サイパン陥落は,陛下が初等科5年生の時であり,その翌年に戦争が終りました。
私は陛下の1年下で,この頃の1歳の違いは大きく,
陛下がかなり詳しく当時の南方の様子を記憶していらっしゃるのに対し,
私はラバウル,パラオ,ペリリュウ等の地名や,南洋庁,制空権,玉砕等,
わずかな言葉を覚えているに過ぎません。それでもサイパンが落ちた時の,
周囲の大人たちの動揺は今も記憶にあり,恐らく陛下や私の世代が,当時戦争の報道に触れていた者の中で,
最年少の層に 当たるのではないかと思います。そのようなことから,私にとり戦争の記憶は,
真向かわぬまでも消し去ることの出来ないものであり,
戦争をより深く体験した年上の方々が次第に少なくなられるにつれ,続く私どもの世代が,
戦争と平和につき,更に考えを深めていかなければいけないとの思いを深くしています。

戦没者の両親の世代の方が皆年をとられ,今年8月15日の終戦記念日の式典は,
この世代の出席のない初めての式典になったと聞きました。靖国神社や千鳥ヶ淵に詣でる遺族も,
一年一年年を加え,兄弟姉妹の世代ですら,もうかなりの高齢に達しておられるのではないでしょうか。
対馬丸の撃沈で亡くなった沖縄の学童疎開の児童たちも,無事であったなら,
今は古希を迎えた頃でしょう。遺族にとり,長く,重い年月であったと思います。

経験の継承ということについては,戦争のことに限らず,だれもが自分の経験を身近な人に伝え,
また,家族や社会にとって大切と思われる記憶についても,
これを次世代に譲り渡していくことが大事だと考えています。
今年の夏,陛下と清子と共に,満蒙開拓の引揚者が戦後那須の原野を開いて作った
千振開拓地を訪ねた時には,ちょうど那須御用邸に秋篠宮と長女の眞子も来ており,
戦中戦後のことに少しでも触れてほしく,同道いたしました。眞子は中学2年生で,
まだ少し早いかと思いましたが,これ以前に母方の祖母で,自身,幼時に引揚げを経験した
川嶋和代さんから,藤原ていさんの「流れる星は生きている」を頂いて読んでいたことを知り,誘いました。
初期に入植した方たちが,穏やかに遠い日々の経験を語って下さり,
眞子がやや緊張して耳を傾けていた様子が,今も目に残っています。

問2 両陛下はご病気を抱えながら公務に励まれ,皇太子妃雅子さまは療養からまもなく丸2年が経ちます。
昨年5月には皇太子さまの「人格否定発言」があり, 以後皇室についてのさまざまな報道がなされ,
両陛下や皇太子さま,秋篠宮さま,紀宮さまはそれぞれ記者会見や文書で考えを示されました。
公務のあり方や世代間の考え方の違いといった問題や,
現在進められている皇位継承をめぐる議論に国民は注目しています。
ご一家のご様子についてとともに,皇后さまは皇室の現状とその将来についてどう感じ,
どう願っておられるかをお聞かせください。

皇后陛下  
陛下は,引き続き月一度ホルモン療法を受けていらっしゃいます。少し副作用があり,
以前よりお疲れになりやすく,また,発汗がおありになります。また, この療法を始めるにあたり,
担当医から筋肉が次第に弱まる可能性も示唆されており,陛下はご手術前と変わらず,
今も早朝の散策に加え,ご公務で宮殿にいかれる時もできるだけお歩きになっていらっしゃいます。
宮殿で行われる認証式は夜分になることが多いのですが,そのような時も,暗い池端の道を,
大抵は徒歩でお帰りになります。

先々週には,東宮が一家して葉山の御用邸に訪ねて来てくれ,うれしく,一緒によい時を過ごしました。
雨がちで気の毒でしたが,晴れ間を見て浜にも出,敬宮は楽しそうに砂で遊びました。
東宮妃が段々と元気になっている様子で,本当にうれしく思います。

現在のもつ皇室の問題については,陛下が昨年のお誕生日の会見で詳しくお話しになっており,
新たに私がつけ加えることはありません。できるだけ静かな環境をつくり,
東宮妃の回復を見守っていきたいと思います。

問3 紀宮さまの嫁がれる日が近づきました。初めて女のお子様を授かった喜びの日から,
今日までの36年の歩みを振り返り,心に浮かぶことや紀宮さまへの思いを,
とっておきのエピソードを交えてお聞かせください。
そして皇族の立場を離れられる紀宮さまに対して,どのような言葉を贈られますか。

皇后陛下 
清子は昭和44年4月18日の夜分,予定より2週間程早く生まれてまいりました。
その日の朝,目に映った窓外の若葉が透き通るように美しく,
今日は何か特別によいことがあるのかしら,と不思議な気持ちで見入っていたことを思い出します。

自然のお好きな陛下のお傍で,二人の兄同様,清子も東宮御所の庭で自然に親しみ,
その恵みの中で育ちました。小さな蟻や油虫の動きを飽きることなく眺めていたり,
ある朝突然庭に出現した,白いフェアリー・リング(妖精の輪と呼ばれるきのこの環状の群生)に喜び,
その周りを楽しそうにスキップでまわっていたり,その時々の幼く可愛い姿を懐かしく思います。

内親王としての生活には,多くの恩恵と共に,相応の困難もあり,清子はその一つ一つに,
いつも真面目に対応しておりました。制約をまぬがれぬ生活ではありましたが,
自分でこれは可能かもしれないと判断した事には,慎重に,しかしかなり果敢に挑戦し,
控え目ながら,闊達に自分独自の生き方を築いてきたように思います。
穏やかで,辛抱強く,何事も自分の責任において行い,人をそしることの少ない性格でした。

今ふり返り,清子が内親王としての役割を果たし終えることの出来た陰に,公務を持つ私を補い,
その不在の折には親代りとなり,又は若い姉のようにして清子を支えてくれた,
大勢の人々の存在があったことを思わずにはいられません。
私にとっても,その一人一人が懐かしい御用掛(ごようがかり)や出仕の人々,
更に清子の成長を見守り,力を貸して下さった多くの方々に心からお礼を申し上げたいと思います。

清子の嫁ぐ日が近づくこの頃,子どもたちでにぎやかだった東宮御所の過去の日々が,
さまざまに思い起こされます。

浩宮(東宮)は優しく,よく励ましの言葉をかけてくれました。
礼宮(秋篠宮)は,繊細に心配りをしてくれる子どもでしたが,
同時に私が真実を見誤ることのな いよう,心配して見張っていたらしい節(ふし)もあります。
年齢の割に若く見える,と浩宮が言ってくれた夜,「本当は年相応だからね」と
礼宮が真顔で訂正に来た時のおかしさを忘れません。
そして清子は,私が何か失敗したり,思いがけないことが起こってがっかりしている時に,
まずそばに来て「ドンマーイン」 とのどかに言ってくれる子どもでした。
これは現在も変わらず,陛下は清子のことをお話になる時,
「うちのドンマインさんは・・・」などとおっしゃることもあります。
あののどかな「ドンマーイン」を,これからどれ程懐かしく思うことでしょう。
質問にあった「贈る言葉」は特に考えていません。
その日の朝,心に浮かぶことを清子に告げたいと思いますが,私の母がそうであったように,
私も何も言えないかもしれません。

紀宮様関連

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秋篠宮両殿下の会見

平成12年
(※この年旧秩父宮邸へお引越し)
殿下 移ってからは菜園を始めましたね。
妃殿下 そうでございましたね。宮様と一緒に娘たちは大変楽しく、庭の奥に当たりますけれども、
幾つかの種類の野菜の苗を植えまして、菜園を作りました。七月ごろでしょうか、
ナスとか、キュウリなどが実りまして、娘たちも喜びながら収穫をしておりました。
暑い時でも娘たちは庭で過ごすことが好きで、よく虫とか草花を見たり、またスケッチをしたり、
分からないことは図鑑などで調べていました。
また、庭で見付けた、例えばアオスジアゲハでしょうか、を持ち帰って、家で飼育したりして・・
殿下 幼虫から飼育したんでしょ。
妃殿下 幼虫でございますね。何かの葉を持ち帰って、育てながら大切にしていたこともありました。今は日が暮れるのも早くなってきましたので、外で遊ぶことは少なくなってまいりました。
学校や幼稚園から戻ってまいりますと部屋の中で本を読んだり、
また工作をしたりして過ごしておりますが、
週末などの休みの日には、日中、よく外で元気に遊んでおります。
殿下 下の子が自転車に補助なしで乗れるようになったのも、今年の一つのあれでしょうかね。
妃殿下 そうですね。何回も何回も練習して、補助なしの自転車が乗れるようになりまして
とっても喜んでおりました。

秋篠宮両殿下の会見 平成14年〜
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/kaiken03.html
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10年10年・そうでない方


皇太子妃殿下のお誕生日に際し(平成14年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h14hn.html
平成14年12月

皇太子妃誕生日に際しての記者会見

問1  それでは,質問させていただきます。妃殿下にお尋ねします。皇族になって10年目に入られ,人生の中で一つの大きな節目であろうと思います。殿下との出 会いからご成婚,敬宮愛子さまのご誕生,そして満1歳のお誕生日に至るまで様々な喜びやご苦労もあり感慨も深いのではないでしょうか。これまでのご自身の歩みを振り返り,あわせて今後を展望して,抱負をお聞かせください。

皇太子妃殿下  はい。いま10年目と言われまして,ああ10年目なんだなというふうにまず思いました。自分の中では9年という気持ちが強かったものですから,10年目 と言われて,10年と申しますと,十年一昔とも申しますし,十年一日のごとしとも申しますけれども,確かに考えてみますと,年が明けますと,1月19日に皇室会議を開いていただいて,そして婚約ということになったのがもう10年も前になるんだなあということを思い出しますと大変深い感慨がございます。その 後,皇室に入らせていただいて,私なりにいろいろと努力をしてきたつもりではございますが,本当に力の至らない点が多かったのではないかしらというふうに思いますが,常に皇太子さまに温かく支えていただきまして,いつもいろいろとご相談に乗っていただいて,励ましていただいてここまで元気に過ごしてまいる ことができましたことを,本当に有り難いことと思っております。

 殿下との出会いは,さかのぼってみますと昭和61年の秋でございますか,ちょうどこのお部屋で,両陛下がスペインのエレナ王女さまのためにレセプションを お開きになっていらしたところに私の両親と一緒にお招きを頂いて,伺った時が初めてお会いした時で,その後,いろいろな事がございましたけれども,私自身,まさか自分が皇室に入らせていただくことになろうとは夢にも思っておりませんでしたので,本当 に何年かの後にそういうお話になりました時には,大変驚き,その時は本当に大きな選択であったと思います。また,分からないこともたくさんございましたし,心もとない気持ちでおりました中を皇太子さまにいろいろとお教えいただきながら,また,天皇皇后両陛下にいつも温かくお見守りいただきながらここまで まいりますことができましたこと,大変有り難く思っておりますし,そして昨年は子供が誕生いたしまして,国民の皆さんから本当に温かい祝福の気持ちを折に触れてお示しいただいてることを心から有り難く感謝しております。

 そうでございますね,後は私たちの結婚に至るまでの過程の中で,高円宮さまにはとても心を砕いてくださってましたし,そしてまた,結婚後も本当にいつも優 しく心を寄せてくださって,皇太子さまにとっては五つ年上のお兄さまのような存在でいらした方で,本当にいつも温かく私たちを励まし,いろいろアドバイスしてくださってましたので,今回本当に突然の事でお亡くなりになってしまわれたことを本当に寂しく,本当に心が痛んでおります。妃殿下の久子さま,3人の お子さま方,そしてご両親でいらっしゃる三笠宮両殿下にはどれほどかお力をお落としのことと本当にご心中お察しするに余りある思いでおりますけれども,ご生前に宮さまから頂いた本当にたくさんの温かいお励ましを有り難く思っておりまして,ご冥福をお祈りしたいと思います。

 その意味で,一つとても思い出に残っておりますのは,結婚の日の私たちのパレードがございましたけれども,ずっと皇居を出て新宿通りから学習院の初等科前 を通って,鮫が橋門から入門してこちらの赤坂御用地内に入ってまいりまして,そして当時は東宮仮御所でございましたので,後ほど,こちらと御用地の反対側になるわけですけれども,そちらに向かう途中,いつも園遊会が開かれております赤坂御苑の所を通りましたのですけれども,その時に思いがけず,高円宮両殿 下がそのころまだ初等科の低学年でいらしゃった承子女王さまをお連れになって,お池の所でとても温かく優しい感じでお迎えくださったのが本当に予期していないことだったんでございますけれども,その光景が本当にうれしいこととして大変思い出に残っております。

 この1年を振り返ってみますと,初めて親になりまして最初の何か月かは時間の流れがとてもゆっくりになったなあという感じがいたしました。それまでは公務 を中心にして,そして,その公務に合わせたいろいろな準備ですとか,そういったことで殿下と私と2人でいろいろなことの生活のペースというのが決まっておりましたけれども,子供がおりますとやはり子供中心の生活になりまして,時間帯もいろいろ不規則になったり,きっと子供さんがおられる皆さんは皆さんご経 験と思いますけれども,初めて親になってあたふたとしている日々で,初めの半年間は何だかそれまでよりも時間の流れがゆっくりだったような気がいたしました。その後,子供の方もだんだんと成長して活発に動くようになったりしまして,いろいろな表情も豊かになりましたし,活発に動き回るようになっております し,いろいろな反応が返ってくるようになって,それからはだんだんと時間が経つのがまた速くなって,あっという間にもう1歳の誕生日なんだわということで,先日1歳の誕生日を無事に迎えることができました。

 お陰さまで,とても今のところ身体が丈夫で,そしてまた,おおらかな性格といいますか,皇太子さまに似ましたのか,何ていうのかしら,ゆったりと,どっしりとしておりますので,その点健康に恵まれた子供を持っているということは,そうでない方もたくさんいらっしゃるわけなので,本当に恵まれたことだと思って有り難いことと思っておりますし,また,こちらでは子供の世話を手伝ってくれる職員も配慮していただいて,手配していただいておりますので,公務などとのことで私自身が面倒を見ることができない時も,そういった職員がよく面倒をみてくれていることもとても有り難いことと思っております。

 今後につきましては,子供を通してまた世の中のいろいろな新しい面も見えてくるのではないかしらと思っておりますので,一つ一つ新しい経験になりますけれ ども,その時その時できることを考えて,そして皇太子さまのお力にもなれるように努力しながら,子供の成長も見守りながら,私のできることをしていきたいと思っております。



問2 妃殿下にお尋ねします。この1年を振り返り,印象的な出来事や心に留まったことなど,身近なことも交えてお聞かせください。

皇太子妃殿下 この1年も本当にいろいろなことがあったと思います。年の前半の方ではソルトレークでの冬季オリンピックもございましたし,その後,6月にはサッカーの ワールドカップということで,これは史上初めて日本と韓国と2か国で共同開催をするということで,関係者も大変に力を尽くして準備を進めたことと思いますけれども,これが大変な成功のうちに終わって本当に良かったと思いましたし,また,その成功の陰には,高円宮同妃両殿下の,皇族としての初めての韓国への ご訪問,これもとてもきっと気をお遣いになることが多いご訪問でいらっしゃいましたと存じますが,本当に素晴らしい成果をお上げになっていらっしゃって,ワールドカップそのものの成功のためにも,宮さまは大変にお力をお尽くしになられていらっしゃいましたので,本当に成功のうちに終わって良かったなという 印象でございます。

 それからまた,秋にはノーベル賞の受賞者が国内から,同時に物理学賞と化学賞でございますか,小柴名誉教授と田中さんとお二人出られて,ダブル受賞という 言葉もはやったようでございますけれども,そういったことも初めてございましたり,そういううれしいニュースも幾つかございましたと思います。

 他方で,やはり日本の国内にあっては北朝鮮の拉致の問題でございますね,こちらが明るみに出て,そしてその被害に遭われた方のうちの何名かが帰国されたと いうようなこともございまして,また亡くなられてしまったと言われている方々もいらっしゃるわけで,本当にその被害に遭われた方々,そしてまた,そのご家族のお気持ちを思うと,本当にこれは胸が痛むことで,本当にお気持ちを察するに余りあることであったのではないかと思います。

 世界的に見ても,中東の情勢がやはり緊張が続いておりますし,また,テロの事件があちこちで起こっているといった,大変心配される事態もあります。という のは,私は昨年の誕生日の記者会見を出産後で控えさせていただきましたので,それ以前からの話になりますが,やはり昨年の9月のアメリカにおけるテロが起きて以降,何か世界の枠組みといいますか,世の中の情勢,流れが大きく変わったのではないかというのが,率直な印象でございます。

 それまでも,冷戦の構造の崩壊ということによって,地域紛争ですとか,内戦ですとか,世界のあちこちの地域でそういう問題が起きていましたけれども,今度 はまた,テロという形で相手が見えない脅威が一般の市民に降りかかってくるということで,こういった問題の背後にあるいろいろな貧困の問題ですとか,格差の問題,いろいろな問題について,これから世界の人々が手を取り合って,知恵を出し合って,対処していかなければいけないのではないかというふうに思って おります。そのような中にあって,アフガニスタンの復興に向けていろいろ支援がなされていますけれども,長いこと内戦で傷ついた国がだんだんといい形で復興してまいりますことを,本当に祈らずにはいられない気持ちでおります。

 身近なことは,やはり1問目でお答えした子供の成長ということと,それからやはり最近の高円宮殿下の急なご逝去というのは,本当に大きなことでございまし て,私も高円宮さまに大変お世話になっておりましたので,とても,なかなかその悲しみをまだ乗り越えることができずにおります。


問3  妃殿下にお尋ねします。皇后さまもライフワークの児童文学の分野で初めて単身,スイス訪問をされました。誕生日の文書回答では女性皇族の在り方について 「ご自分の求める女性像を,時と思いをかけて完成していっていただくことが望ましいのではないでしょうか」とお答えになっています。妃殿下ご自身は将来取り組んでみたいライフワークなどについてどのようにお考えでしょうか。これまでの皇族としての経験を踏まえ,今後の公務への抱負,子育てとのバランスの取り方などを含めお聞かせください。

皇太子妃殿下  今年,初めて,皇后さまが単身でスイスにいらっしゃって,児童文学の分野で会議に出席なさいまして,大変素晴らしいスピーチをなさいましたことを,本当 にたくさんの方の心を打ったことと思いますし,本当に素晴らしい成果をお上げになって,素晴らしかったと存じます。これも,皇后さまが本当に長年,努力を積み重ねていらっしゃった結果だと,深く敬意の念をもってそのご様子を拝見しておりました。皇后さまから,今お話のあったように,お誕生日の御回答で, 「自分の求める女性像を」ということをおっしゃっていただいていることは,とても有り難いことで,私自身まだ自分の求める女性像というものがどのようなものなのか,まだ本当に模索中でございますので,これから時間をかけて,まずそれが何であるのかということを考えていきながら,自分のライフワークとすべきことが何なのか,考えていきたいと思っております。今の時点で,やはり母親になりましたので子供の成長を見守り,そしてやはり子供が幸せな人になってくれ るように,それをいろいろな形で手助けしていくということが大切であると思っておりますし,それと同時に,公務という形で国民の皆さまと接したり,国民の皆さまが何を望んでおられるのかということを感じながら,いろいろと努力をしていかなければいけないなというふうに考えております。そして,ライフワーク というか,課題として幾つか自分の心の中に漠然とあるものは,何となくはありますけれども,そういうことをどういう形で良い形でかかわっていくなり,自分が理解を深めていったらいいのかということは,またいろいろと周りの人とも相談しつつ考えていきたいと思います。

 一つ申し上げるとすれば,以前の会見でも申し上げましたけれども,やはり難しい境遇に置かれている子供たちには心を寄せていきたいと思っておりまして,これは国内でもそうでございますし,また,これは世界的に見てもそういう子供がたくさんおりますので,そういう大変難しい状況に置かれて,いろいろな形でそれはあると思いますけれども,そういう子供たちに心を寄せて,自分に何ができるのかということを考えていきたいというふうに思っております。

 この間11月には―何年間かに一度は児童養護施設などの子供たちの文化祭というのには伺っておりますけれども―初めて児童養護施設そのものを訪れることが できて,本当にいろいろな背景を抱えた子供さんたちだと思うので,心に傷を負っていると思いますけれども,ゲームなんかを通してとても親しく一緒にさせていただいたということをとてもうれしく感じましたし,そういう子供さんたちが1人でも多く,早く家庭に帰ることができて,そして幸せに,もちろん施設でも 幸せに育っていって欲しいと思いますし,それにしても1人でも多くの子供が幸せであることができるようにといつも願っております。


<関連質問>

問4ー1 先ほど愛子さまのことについて,おおらかなご性格であるようなお話を。

皇太子妃殿下 の,ような気がしておりますけれども・・・  

問4−2 これはどういったところから,そういうふうに思われたのかということを。

皇太子妃殿下 おおらかというか,明るいというのか,私驚きましたのは,赤ちゃんでも,本当に2か月,3か月でもユーモアのセンスというのがあるんだなというのがビックリしたことだったのですけれども。殿下が,今までもお話したことがございますけれども,本当にとても子育てを手伝ってくださって,本当に大きな力になってくださってますけれども,例えば,殿下が何かで,ちょっとガーゼを落としておしまいになった時に,私が「あっ」という顔してみますと,子供が「にやっ」とこう笑ったり,それが本当に2,3か月のころからそういうことがあって,こんなに小さな子供なんかにもユーモアの感覚というのがあるんだなと思いまし た。余り細かい,余りやっぱり神経質な感じは余りないかしらという思いがするのと,大勢の方に迎えていただいて,例えば,那須の駅ですとか,いろいろな所に出掛けましたときに,とてもたくさんの方に迎えていただきますけれども,何か皆さんの喜んでくださっているというのを,感じますのか,自分から一所懸命手を振ったりというのも,私たちが全く教えたわけではなくて,きっと皆さんのうれしそうにしている様子というのを感じ取って,それを素直に自分なりに表現しているのかしらと考えるのですけれども,おおらかというのが適切な言葉なのか分かりませんけれども,何となく日々の様子を見ておりますと,今のところそんな感じかしらという感じがいたします。でも,子供は小さい時にこうでも,大きくなってそのままということはやはり少ないこともありますし,小さい時にいろいろな難しいことがあっても,大人になるととても朗らかでおおらかな人になるという場合もあると思いますし,今がどうだからどういう性格と決められないと思うのですけれども,何となく面白いなと思っております。
 何か,取り留めもないお話になってしまいました。



皇太子同妃両殿下ご成婚10年に際しての文書回答
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/gokaito-h15-goseikon10.html

問1 両殿下それぞれに,改めて結婚10年を振り返ってお尋ねします。
殿下は今年のお誕生日に,「自分自身を見つめて,そして,自分自身を成長させることができた」とおっしゃいました。一方,妃殿下も昨年,「本当に大きな選択であった」とし,「私なりにいろいろと努力をしてきた」と振り返っていらっしゃいました。
この10年間,うれしかったこと,つらかったこと,希望の家庭を築くために互いに努力したことなどおありだと思います。様々な思い出と共に,それぞれお聞かせください。


皇太子殿下 この10年間を振り返ってみますと,早かったようにも思いますし,また長かったようにも思います。以前にもお話ししたように,この10年は「自 分自身を見つめて,そして,自分自身を成長させることができた」10年だったと思います。結婚により,私の生活も雅子ほどではないですが,変わりました。その過程で,私自身どうしたらよいか迷ったこともあったように記憶していますが,二人で様々なことを一緒にやり,二人で喜びや悲しみなども分かち合いつつ 歩んできたと思います。私自身としては二人で様々なことを共に行ったり共有することの中に喜びが存在したように思います。また,お互いを信じ合い,互いの人格を尊重し合うことにも努めてきたつもりです。

今までの経験を糧に,新たな気持ちでこれからの10年を過ごしていきたいと思います。この10年間私たちを温かく見守ってくださった全ての方々に,心からお礼を申し上げます。

皇太子妃殿下 10年間という月日を思い起こしますと,大変深い感慨に包まれます。10年前の6月9日に多くの方々からの沢山の祝福を受けて結婚の日を迎え ましたことを,心からの感謝をもって懐かしく思い出します。結婚当日に先立ち,様々な準備をしていたころを思い出しますと,随分と前のことであったようにも思われますし,逆に自分が,今こうしてここにもう10年もいさせていただいているのだと思うと,信じられないような気もいたします。

10年の間には,様々な喜びや楽しみも皇太子様と分かち合わせていただきました。同時に,人は誰でもそれぞれの境遇の中で困難に出会い,乗り越えていかなくて はならないものと思いますが,私自身,それまでとは全く異なった新しい世界に入り,それまで想像できなかったような難しさというものに出会うことも度々ありました。そのような時,皇太子様にはいつも私の側にいらして相談に乗ってくださり,私を励まし,支えてくださったことに,心からの感謝を申し上げたいと 思います。

登山や散策を通しての自然とのふれあい,そして,音楽の楽しみも皇太子様から沢山教えていただきました。また,犬のピッピ,まり(この夏でもう8歳になります。)を交えての生活は,私の心にいつも安らぎと潤いを与えてくれました。

そして,今は何より,ちょうど1年半になりました娘の愛子が本当に元気に明るく育ってくれていることを,うれしく有り難く思いますとともに,おととし暮れの 愛子の誕生とその後の成長に対し,国民の皆さんより寄せていただいている温かい祝福の気持ちを心より有り難く思い,この皆さんからの温かい気持ちを大切にしていきたいと思っております。

この10年間,沢山の方々に助けていただいて,こうして10周年の記念日を迎えることができますことに,心から感謝したいと思います。


問2 両殿下にそれぞれ,お尋ねします。
これからの10年,どのような家庭,生活様式(ライフスタイル)を希望されますか。二人目のお子様についても併せて,具体的にお聞かせください。将来の皇室 像やご自身について,両殿下は「若い世代の皇族としての望ましい姿勢を常に模索して,21世紀の皇室にふさわしい活動ができれば」「子供を通してまた世の中のいろいろな新しい面も見えてくるのでは」などとおっしゃっていますが,これから,皇族としてどのような姿を国民に示そうとお考えですか。公務に取り組 む上での視点やテーマ,国民との触れ合いの持ち方についても,お考えをお聞かせください。

皇太子殿下  一昨年暮れに子供を授かったことは,とても有り難いことでした。愛子もお陰様で順調に育っており,日々の成長が楽しみです。これからも愛子を二人で一生 懸命育て,明るい家庭を築いていきたいと思います。幼いうちに子供に対し,しっかりと愛情を注ぐことは,この上なく大切なことです。その意味でも,以前にも申し上げたことの繰り返しになりますが,今しばらくは,愛子の子育てを大切にしていきたいと思っています。二人目の子供について質問がありましたが,今 後,一人目に至るまでにあったような内外からのプレッシャーを是非とも避けたく,この点につき,よろしくお願いしたいと思います。

将来の皇室像については,今までの繰り返しになりますが,時代の要請を的確に感じ取って若い世代の皇室にふさわしい活動ができればと思います。私は,皇族と して,公務というものはとても大切なものと思います。公務を通して様々な事を知り,国民ともふれあっていきたいと思います。かねがね私たちは,21世紀の皇室にふさわしい活動ができればと申してきましたが,それは,目まぐるしく変化の大きい今の時代を考えたとき,公務として,自分たちがするのに何が大切か ということを見極めることです。今までの公務も含め,ここでもう一度,私たちの公務についてもそのような視点で考えてみたいと思います。そして,今後の日本や世界の将来を担っていくことになる若い人たちとの交流を,大切にしていきたいと思います。

また,海外への親善訪問は皇族としての活動の中でも大切なものですので,今後も機会を見つけては諸外国を訪問し,親善訪問の分野でもお役に立ちたいと考えます。


皇太子妃殿下 とても難しい質問ですが,現在,世の中は大変な速度で変わりつつあるように思います。私が皇室に入りましたころと今を比較してみますと,この10年間で,例えばインターネットの普及一つとってみましても,どれ程世の中が変わったかということに驚かされます。

このような中で,皇族としての私たちの世代に,これからどのような姿が望まれるかということについては,様々な角度から考えていくことが大切なのではないか と思います。広く人々の幸せを祈りつつ,これからの日本や世界の人々にとって何が大切になってくるかという将来像を自分なりに把握するように努め,広い視野に立って世の中に関わっていくことを考えていかれればと思います。そして,皇太子様とよくご相談しながら,皇太子様にとっても少しでもお力になることが できるよう,努めていきたいと思います。

家庭にあっては,娘の愛子が日々沢山の喜びをもたらしてくれることを大変幸せに感じます。また,同時に,急速に変化している社会の中にあって,皇室において 子供を育てていく上での親としての責任の大きさも感じますが,愛情をもって子供を育て,皇太子様にとっても,また子供にとっても安らぎのある温かい家庭となればうれしく思います。同時に,子供が広く世の中を知って育っていくことができるよう,心懸けていきたいと思っています。

また,今の時点で,公務ももちろん大切に考えていますが,子供にとって,人生の最初の何年間はとても大切な時期とも聞きますので,愛子の成長を見守り,助けていく育児も,親として大切にしていきたいと考えています。

問3  両殿下にそれぞれ,お尋ねします。 10年という節目に当たり,お互いに相手に対し,どのような言葉をかけたいと思われますか。そして,殿下は妃殿下を妻,母親として,妃殿下は殿下を夫,父親として,何点をお付けになりますか。その理由は何でしょうか。夫婦の間で大切にしてきた約束事や子育ての方法など,家庭での「主導権」を握るのはどちら か。「夫婦円満」の秘訣は。お互いに感謝したい点,学んだ点,そして注文したい点を,具体的なエピソードも交えて,お聞かせください。


皇太子殿下  本当にこの10年いろいろとご苦労様でした。よく努力しました。いろいろとありがとう。と言いたいです。点数を付けるのは難しいのですが,最初にお話し したことからもお分かりのように,私は,雅子は,「努力賞」と「感謝状」ならぬ「感謝賞」のダブル受賞ではないかと思います。

夫婦として,よく心懸けたこととしては,お互いによく話し合うことと相手の立場に立って物事を考えていこうとしたことだったと思います。公務でお互い忙しい ときもありますが,食事の折りや機会を見付けては,どんなに小さいことでも,気付いたことがあればお互いに意見を交換するようにしてきました。雅子にとって,私がとても大変だったのではと思うことの一つに,常に人に見られ注目されるということが挙げられます。私の場合は生まれながらに皇族でした。そして, そのようなことには,時間をかけて徐々に慣れてきたように思います。雅子の場合はそれが私と結婚したとたんに始まったわけです。(それ以前からとも考えられますが....。)よく,今日まで視線に耐えて頑張っていると思います。私は,人に見られることや注目されることに疑問を持った自分自身の幼少のころ や,それに徐々に慣れていく過程を思い出しながらアドバイスするように努めたつもりです。(ただ,自分として,これらをどこまで実践できたかは分かりませんが。)また,懐妊へのプレッシャーはとても大きなものがありました。雅子にとっては本当につらい日々だったと思いますが,二人で乗り切ることができたこ とは有り難いことでした。「夫婦円満の秘訣」は何でしょうか?先ほどお話ししたお互いよく話し合うことと相手の立場に立って物事を考えることに加えて,自分が間違っていたと思った ら素直に謝ることでしょうか。

子育ての方法としては,できるだけ私も育児に参加したいと思ってきましたし,今後もそうしたいと考えています。これからは父親の役割,母親の役割というものも自ずと分かれてくるでしょうから,母親と子供とのコミュニケーションも父親の立場から大切にしていきたいですね。

感謝したい点は,まず,雅子がそこにいてくれることです。雅子がいてくれるだけで心が明るくなるのを感じます。ユーモアがあるのもうれしいことです。学んだ 点としては,今までの本人の経験や体験などから私が学ぶことが多かったと思います。海外での生活や外交官としての仕事あるいは帰国子女としての体験などがそうでしょうか。そして,そのような経験や体験を基に形作られる雅子の物事のとらえ方や考え方からも多くのことを学びましたし,自分の世界が広がったよう に思います。趣味の音楽や山歩きでも,結婚後関心の対象が膨らんだこともうれしいことです。学んだ点は即感謝したい点とも言えるのではないでしょうか。一つ付け加えれば,結婚当初私が学んだこととして丹念に資料に目を通すことが挙げられます。私などは,繰り返しの公務については当時は余り資料には目を通し ていませんでしたが,雅子の態度を見て改めて資料を読み直し,気付いた点もありましたし,自分のいい加減さに反省させられました。

注文したい点は,余り無理をしないようにということかもしれません。大変まじめで忍耐強く,よく努力するので,少し気を抜けるように私も力添えができればと 思います。殊に,子育てと公務を同時にすることはとても大変なことですので,その辺りの調整も必要になってくるかと思います。くれぐれも体を大切にして欲しいと思います。


皇太子妃殿下 皇太子様にこのように仰っていただいて胸に熱く迫ってくるものを感じますと同時に,私としては穴があったら入りたい気分でもございます。(皇太子様の仰った「資料によく目を通す」件も,もう既にはるか昔のことになってしまいました...。)

皇太子様に,私からは,全てにわたり本当にありがとうございました,と感謝の気持ちで一杯です。

この10年間,どのような時も私に優しくお心を配って支えてくださいましたことに,感謝の念は尽きません。いつどのような時でも,物事を平常心でお受け止め になり,堂々となさっていらっしゃると同時に,ユーモアもお忘れにならないゆとりのおありになる皇太子様からは,教えていただくことが本当に多く,日々の生活の中でも大きな安堵感を与えてくださっています。

また,娘が生まれましてからは,本当に素晴らしいお父様ぶりで,愛子も皇太子様に大変なついております。このことは,私にとり,とてもうれしいことであると 同時に,とても心強いことに感じます。これまでもそうでしたが,これから皇室の中にあって,子供を育てていく上で,私がいろいろと迷った時に,皇室の中でお育ちになった皇太子様が,良きお父様として,確かな手で導いてくださると信じられるからです。

皇太子様に点数を差し上げることは少々はばかられるような気もいたしますが,もし,満点というものがあるのでしたら,皇太子様は満点以上でいらっしゃることは確かではないでしょうか。

これまで,皇太子様にお助けいただいて,私が10年間の時を無事に過ごしてくることができました分,これからは私も皇太子様のおみ足をお引っ張り申し上げないよう,皇太子様がお元気にお役目を果たしていらっしゃれますよう努めてまいりたいと思います。

ところで,私自身は,今日は全ての質問への答えをまとめることが難しく感じられ,試験で落第点をとった夢を見そうな気がしています...。

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