今ひとつ掴みどころがない皇太子

平成16年皇太子お誕生日に際しての会見
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h16az.html

問  殿下のご回答を伺っていて思ったことで伺いたくなって失礼します。私が思ったのは,44歳は昭和天皇が終戦の年,御前会議を開いた歳になられたんだなという感慨があります。それからその後天皇,皇族の位置付けもがらりと変わり,時代が随分変わりました。それで私が昭和の時代には,必ずしも私も全面的にそのとおりだと思ったわけではないんですけれども,よく天皇,皇族に「私(わたくし)」なしとか,あるいは「公(おおやけ)」を先にし「私(わたくし)」は後にと,そういうのが一つのモラールとしてあって,それは私自身もそれなりに感服するところがあったわけですけども,その後時代,世代が変わる中で価値観も変わってきたし,国民の皇室に対する見方も多様化しましたけれども,そういう中で一つは殿下がそういうご年齢という,昭和天皇がそういう時期にご自身がなられたという比較の感慨みたいなものがおありかどうかと,それから今言いました「私(わたくし)と公(おおやけ)」の考え方について今現在どういうふうにお考えなのかということを伺えればと思うんですけども。


皇太子殿下 そうですね44歳ということで,私も本当にいつの間にか40,不惑の年を迎えて,そして今44歳になったという気がいたします。
昭和天皇は本当にいろいろご苦労もおありだったと思いますし,本当にその激動の時代を生きられたと思います。本当にそういう面で大変なご苦労がおありになったと思います。その当時の世界の情勢,そして日本の情勢というものを考えてみますと,今私が置かれている状況とは本当に比べものにならない,ある意味で今そういう時代でないということが一つ幸せなことであるわけですけれども,そういう意味で本当に昭和天皇がご苦労されたということを私もよく身にしみて感じますし, 今改めてこの44歳でそういうことをなさっておられたという事実にやはり深い感慨を覚えます。
それから,「公(おおやけ)と私(わたくし)」という問題ですけれども,やはりこれについては時代というものも変わってきていますし,「公(おおやけ)」というもののとらえ方,そして「私(わたくし)」というもののとらえ方というものはその時代時代で変わってきているわけですけれども,いずれにしても国民の幸福を一番誰よりも先に,自分たちのことよりも先に願って,国民の幸福を祈りながら仕事をするというこれが皇族の一番大切なことではないかというふうに思っています。直接の答えにはならないかもしれないのですけれども,私は今,「公(こう)と私(し)」ということについてそのようにとらえています。

同じ会見で

二人目の子供については,今は何はともあれ,雅子が回復することを最優先に考えるべきではないでしょうか。今後の教育については,現在いろいろと検討しているところです。いずれにせよ、子供にとって後になって振り返ってこの学校で学んで本当に良かったというふうにしてあげたいですね。

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紀宮様(黒田清子さん)の会見・文書回答等

紀宮様(黒田清子さん)の会見・文書回答等
n.htm

紀宮様のエピソード
・柿の木坂幼稚園への考査を受けた直後に自分が明日にでも幼稚園へ通えるのかと思って
「幼稚園は?」と美智子様に問いかけたら
「御所に梅の花が咲いてたんぽぽが沢山咲いて春になったら行けるのよ」と答えた。
たまたま秋でもひとつだけ御所にたんぽぽが咲いていたので
「お花さいているの。幼稚園は?」と紀宮様。
しかし美智子様が驚いて困り顔をしたら紀宮様は幼いながらも察して
「いっぱい咲かないとだめなのね」とつぶやいた…。(皇室特番)

・両陛下(当時皇太子同妃両殿下)の正装の写真を見て、
小さな紀宮様が「おもうさま達、お雛さまだったのね」と言ったという。(皇室特番)

・「妹が小さい頃、兄と二人で、泣かせたことがあります。
ちっちゃい子って本当に泣くとかわいいのですよ。
妹を泣かせておいて、ごめん、ごめんというと『よろしいのよ』と妹が答える。
一つ覚えみたいなところがあって、それを聞きたいがために兄と一緒に妹にいたずらをしました。
ほんとうに悪いお兄さんでした」(秋篠宮さま)

紀宮様の「菊慈童」をみた曽野綾子さんの感想
夜6時、国立劇場へ。朱門と国立大劇場の「若樹会」の踊りの会へ伺う。
ごく普通の踊りの会だが、お弟子さんのお一人として清子内親王さまが「菊慈童」を踊られるのである。
皇室の方のことは何でも褒めるというのは私の趣味ではない。
しかし紀宮さまには、踊りの才能においては本格的な骨太のものを持っておられる。
慈童は、周の穆王に仕えていたが、或る日王の枕をまたいだことで深山に追放される。
そこで王に教えられた通り、毎日普門品の「具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海無量 是故応頂礼」の
偈を唱えるために菊の葉にその文字を書きつけ、その葉に置く露を飲んでいると、それが不老長寿の霊酒で、
慈童は700歳になっても変わらぬ姿で、過去を偲び、薬酒のめでたさを喜ぶ、という筋である。
紀宮さまの踊りには、踊り手の生身の生活を匂わせる俗性が完全に昇華されている。
きれいな衣装をつけて、別の自分を人に見せるという女性特有の甘い姿勢が全くない。
それどころか、運命を敢然と受諾して、菊の繁みの中で簡素で端正な生き方を喜ぶその強さが、気品と共に見える。
宮様の御立場を思うと、この端正さも気品も一種の豊かな自己表現と思うのは、私の思い過ごしか。
天皇陛下は身を乗り出して、宮様の踊りを見つめておられた。
http://nippon.zaidan.info/kinenkan/moyo/0001176/moyo_item.html


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両陛下とお孫さま方

皇后陛下御歌(平成4年)
(初孫)
春の光溢るる野辺の柔かき草生の上にみどりごを置く

皇后陛下御歌(平成12年)
(草道)
幼な児の草ふみ分けて行きし跡けもの道にも似つつ愛(かな)しき
眞子、佳子両内親王さまが御所のお庭でお遊びになっておられるご様子をご覧になって、お詠みになったもの。
背の高い草をかき分けてお子さま達がお通りになった跡が動物たちの道あとを思い起こさせ、
小さく、傷つきやすいものへのいとおしさをおぼえられらた、という。

天皇陛下御製(平成14年)
葉山御用邸で
年まさる二人の孫がみどり児に寄りそひ見入る仕草愛らし
夏のご静養で愛子内親王に寄り添う眞子内親王、佳子内親王


天皇陛下御製(平成18年)
孫(悠仁親王親王殿下)誕生
我がうまご生れしを祝ふ日高路の人々の声うれしくも聞く
九月六日、両陛下は国際顕微鏡学会議にご臨席のため滞在中の札幌で、
皇孫殿下ご誕生の報をお受けになった。翌日より丸二日をかけて襟裳岬をご訪問になったが、
その途次、日高路の沿道やご訪問先で大勢の祝福をお受けになった。

皇后陛下御歌(平成17年)
御料牧場にて
牧の道銀輪の少女ふり返りもの言へど笑ふ声のみ聞こゆ
平成十七年三月、高根沢御料牧場にいらした折、自転車でずっと先を行かれた内親王様方が、
ふり返って何かを告げようとしておられるのだが、言葉は定かには分からず、
ただ楽し気な笑い声だけが届いて来る様をお詠みになっている。

天皇陛下御製(平成22年)
虫捕りに来し悠仁に会ひて
遠くより我妹(わぎも)の姿目にしたるうまごの声の高く聞え来(く)
悠仁親王殿下は,秋篠宮妃殿下とともに,虫を捕りながら皇居内生物学研究所から御所のお庭を通って,
天皇皇后両陛下をご訪問になった。この御製は,両陛下が御所からお庭に出られた時に,
悠仁親王殿下がお庭の向こうから皇后陛下のお姿を見つけ,声を上げられた様子を詠まれたものである。

皇后陛下御歌(平成24年)
幼な児は何おもふらむ目見澄みて盤上に立ち姿を正す
昨年十一月三日、赤坂東邸において、悠仁親王殿下の「着袴の儀」、「深曽木の儀」が行われた。
儀式の中で碁盤の上に立ち、しっかりと姿勢を正された悠仁親王殿下のお姿をお詠みになった御歌。


天皇皇后両陛下のお歌
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gyosei/gyosei.html より


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

皇后陛下お誕生日に際し(平成14年)
眞子も佳子も,小さい時からよく両親につれられて御所に来ており,
一昨年ごろからは,両親が留守の時には,二人だけで来ることもできるようになりました。
生物学御研究所のお庭に,陛下が水稲のための御田の他,五畝(いつうね)程の小さな畠をお持ちで,
毎年そちらで陸稲と粟をお作りになるのですが,眞子が五つ,佳子は三つの頃から,
種まきや刈り入れの時には,ほぼ毎年のように来て,陛下のお手伝いをしています。
このようなとき,鋏や鎌などの道具の使い方や,使う時の力の入れ加減,抜き加減などを教えることが,
私にはとても楽しいことに感じられます。
養蚕のときに,回転まぶしの枠から,繭をはずす繭掻きの作業なども,
二人していつまでも飽きずにしており, 仕事の中には遊びの要素もあるのかもしれません。
敬宮が大きくなり,3人して遊んだり,小さな手伝い事などができるようになると,
また,楽しみがふえることと思います。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h14sk.html

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

似ているのは「おかしさの感じ方」
皇后陛下お誕生日に際し(平成20年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h20sk.html
この頃愛子と一緒にいて,もしかしたら愛子と私は物事や事柄のおかしさの感じ方が
割合と似ているのかもしれないと思うことがあります。
周囲の人の一寸した言葉の表現や,話している語の響きなど,「これは面白がっているな」と思って
そっと見ると,あちらも笑いを含んだ目をこちらに向けていて,そのような時,とても幸せな気持ちになります。

思い出して見ると,眞子や佳子が小さかった頃にも,同じようなことが,度々ありました。
今記憶しているのは,一緒に読んでいた絵本の中の「同じ兎でも並の兎ではありません」という言葉を
眞子が面白がり,ひとしきり「ナミの何か」や「ナミでない何か」が家族の間ではやったことです。
佳子も分からないなりに口真似をして嬉しそうに笑っており,楽しいことでした。

悠仁とは9月の葉山で数日を一緒に過ごしました。
今回は陛下が久しぶりに海で二挺艪の和船を漕がれ,悠仁も一緒に乗せて頂きましたが,
船を海に押し出す時の漁師さんたちのにぎやかなかけ声,初めて乗る船の揺れ等に,
驚きながらも快い刺激を受けたのか,御用邸にもどって後,高揚した様子で常にも増して活々と動いたり,
声を出したりしており,その様子が可愛いかったことを思いだします。

東宮や秋篠宮家の参内についてですが,それぞれの家庭にその時その時の事情があり,
私どもの日程もかなり混んでいて調整の難しいこともありますが,
今後も双方の事情が許す時には出来るだけ会えるとうれしいと思います。

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

皇后陛下 お孫さまを迎える喜び
眞子さまご誕生前
平成3年皇后陛下お誕生日に際し
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h03sk.html

問2 お孫さんをもたれるお気持ちは,
また,秋篠宮妃殿下のご出産を控えて何かアドヴァイスをなさっていますか。

皇后陛下
ただただ楽しみで…。
折々に訪れて下さるので,元気な様子が分かり安心しています。
特に何をお教えしたというようなことは何もなく,ただ健かに母となる日を迎えられることを願って,
今日(こんにち)までまいりました。

※眞子内親王殿下は10月23日にご誕生。この会見は直前。

愛子さまご誕生前
平成13年皇后陛下お誕生日に際し
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h13sk.html

問2 皇太子ご夫妻のお子さまは,両陛下にとりまして3人目の皇孫となります。
目前に迫ったご誕生を控え,国民に向けてその喜びのお気持ちをお聞かせください。

皇后陛下
今はその時期ではなく,この回答は控えます。

問3a 皇后という公的な立場から,皇太子ご夫妻に誕生する皇孫について
こう育ってほしいという願いはありますか。

皇后陛下
時がくれば,東宮や東宮妃が,まず両親としての願いを語るでしょう。それで十分だと思います。
私自身は,きっと秋篠宮家の二人の子どもたちの誕生の時と同じく,
「よく来てくれて」と迎えるだけで,胸が一杯になると思います。

問3b ご自身の経験を踏まえ,ご夫妻にはどのようなアドバイスやお心遣いをされ,
また誕生に向けてどのような具体的な準備をされていますか。

皇后陛下
東宮妃の心身の健康を願って今日までまいりました。アドバイスに関しては,
私の子どもたちが生まれた頃から時代も大きく変わっており,
助言という程のことはできませんが,私が何か役に立つことがあればうれしく思います。
子どもたちがまだ小さく,私があちらに住んでおりました頃,
東宮御所の庭には夏でも涼しい風の通り道があって,よく乳母車を押してまいりました。
これからは,そうした懐かしい思い出も少しずつ話していきたいと思います。
準備については,これまでのしきたり通り,新宮(しんみや)の初着(うぶぎ)や
陛下から賜るお守り刀等,一つずつ整えてもらっています。


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ドンマーイン

皇后陛下のお誕生日(平成17年10月20日)に際しての文書ご回答
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h17sk.html

問1 戦後60年の節目にあたる今年,両陛下は激戦地サイパンを慰霊訪問されました。
今後,戦争の記憶とどのように向き合い,継承していきたいとお考えですか。

皇后陛下  
陛下は戦後49年の年に硫黄島で,50年に広島,長崎,沖縄,東京で,戦没者の慰霊を行われましたが,
その当時から,南太平洋の島々で戦時下に亡くなられた人々のことを,
深くお心になさっていらっしゃいました。外地のことであり,なかなか実現に至りませんでしたが,
戦後60年の今年,サイパン訪問への道が開かれ,年来の希望をお果たしになりました。

サイパン陥落は,陛下が初等科5年生の時であり,その翌年に戦争が終りました。
私は陛下の1年下で,この頃の1歳の違いは大きく,
陛下がかなり詳しく当時の南方の様子を記憶していらっしゃるのに対し,
私はラバウル,パラオ,ペリリュウ等の地名や,南洋庁,制空権,玉砕等,
わずかな言葉を覚えているに過ぎません。それでもサイパンが落ちた時の,
周囲の大人たちの動揺は今も記憶にあり,恐らく陛下や私の世代が,当時戦争の報道に触れていた者の中で,
最年少の層に 当たるのではないかと思います。そのようなことから,私にとり戦争の記憶は,
真向かわぬまでも消し去ることの出来ないものであり,
戦争をより深く体験した年上の方々が次第に少なくなられるにつれ,続く私どもの世代が,
戦争と平和につき,更に考えを深めていかなければいけないとの思いを深くしています。

戦没者の両親の世代の方が皆年をとられ,今年8月15日の終戦記念日の式典は,
この世代の出席のない初めての式典になったと聞きました。靖国神社や千鳥ヶ淵に詣でる遺族も,
一年一年年を加え,兄弟姉妹の世代ですら,もうかなりの高齢に達しておられるのではないでしょうか。
対馬丸の撃沈で亡くなった沖縄の学童疎開の児童たちも,無事であったなら,
今は古希を迎えた頃でしょう。遺族にとり,長く,重い年月であったと思います。

経験の継承ということについては,戦争のことに限らず,だれもが自分の経験を身近な人に伝え,
また,家族や社会にとって大切と思われる記憶についても,
これを次世代に譲り渡していくことが大事だと考えています。
今年の夏,陛下と清子と共に,満蒙開拓の引揚者が戦後那須の原野を開いて作った
千振開拓地を訪ねた時には,ちょうど那須御用邸に秋篠宮と長女の眞子も来ており,
戦中戦後のことに少しでも触れてほしく,同道いたしました。眞子は中学2年生で,
まだ少し早いかと思いましたが,これ以前に母方の祖母で,自身,幼時に引揚げを経験した
川嶋和代さんから,藤原ていさんの「流れる星は生きている」を頂いて読んでいたことを知り,誘いました。
初期に入植した方たちが,穏やかに遠い日々の経験を語って下さり,
眞子がやや緊張して耳を傾けていた様子が,今も目に残っています。

問2 両陛下はご病気を抱えながら公務に励まれ,皇太子妃雅子さまは療養からまもなく丸2年が経ちます。
昨年5月には皇太子さまの「人格否定発言」があり, 以後皇室についてのさまざまな報道がなされ,
両陛下や皇太子さま,秋篠宮さま,紀宮さまはそれぞれ記者会見や文書で考えを示されました。
公務のあり方や世代間の考え方の違いといった問題や,
現在進められている皇位継承をめぐる議論に国民は注目しています。
ご一家のご様子についてとともに,皇后さまは皇室の現状とその将来についてどう感じ,
どう願っておられるかをお聞かせください。

皇后陛下  
陛下は,引き続き月一度ホルモン療法を受けていらっしゃいます。少し副作用があり,
以前よりお疲れになりやすく,また,発汗がおありになります。また, この療法を始めるにあたり,
担当医から筋肉が次第に弱まる可能性も示唆されており,陛下はご手術前と変わらず,
今も早朝の散策に加え,ご公務で宮殿にいかれる時もできるだけお歩きになっていらっしゃいます。
宮殿で行われる認証式は夜分になることが多いのですが,そのような時も,暗い池端の道を,
大抵は徒歩でお帰りになります。

先々週には,東宮が一家して葉山の御用邸に訪ねて来てくれ,うれしく,一緒によい時を過ごしました。
雨がちで気の毒でしたが,晴れ間を見て浜にも出,敬宮は楽しそうに砂で遊びました。
東宮妃が段々と元気になっている様子で,本当にうれしく思います。

現在のもつ皇室の問題については,陛下が昨年のお誕生日の会見で詳しくお話しになっており,
新たに私がつけ加えることはありません。できるだけ静かな環境をつくり,
東宮妃の回復を見守っていきたいと思います。

問3 紀宮さまの嫁がれる日が近づきました。初めて女のお子様を授かった喜びの日から,
今日までの36年の歩みを振り返り,心に浮かぶことや紀宮さまへの思いを,
とっておきのエピソードを交えてお聞かせください。
そして皇族の立場を離れられる紀宮さまに対して,どのような言葉を贈られますか。

皇后陛下 
清子は昭和44年4月18日の夜分,予定より2週間程早く生まれてまいりました。
その日の朝,目に映った窓外の若葉が透き通るように美しく,
今日は何か特別によいことがあるのかしら,と不思議な気持ちで見入っていたことを思い出します。

自然のお好きな陛下のお傍で,二人の兄同様,清子も東宮御所の庭で自然に親しみ,
その恵みの中で育ちました。小さな蟻や油虫の動きを飽きることなく眺めていたり,
ある朝突然庭に出現した,白いフェアリー・リング(妖精の輪と呼ばれるきのこの環状の群生)に喜び,
その周りを楽しそうにスキップでまわっていたり,その時々の幼く可愛い姿を懐かしく思います。

内親王としての生活には,多くの恩恵と共に,相応の困難もあり,清子はその一つ一つに,
いつも真面目に対応しておりました。制約をまぬがれぬ生活ではありましたが,
自分でこれは可能かもしれないと判断した事には,慎重に,しかしかなり果敢に挑戦し,
控え目ながら,闊達に自分独自の生き方を築いてきたように思います。
穏やかで,辛抱強く,何事も自分の責任において行い,人をそしることの少ない性格でした。

今ふり返り,清子が内親王としての役割を果たし終えることの出来た陰に,公務を持つ私を補い,
その不在の折には親代りとなり,又は若い姉のようにして清子を支えてくれた,
大勢の人々の存在があったことを思わずにはいられません。
私にとっても,その一人一人が懐かしい御用掛(ごようがかり)や出仕の人々,
更に清子の成長を見守り,力を貸して下さった多くの方々に心からお礼を申し上げたいと思います。

清子の嫁ぐ日が近づくこの頃,子どもたちでにぎやかだった東宮御所の過去の日々が,
さまざまに思い起こされます。

浩宮(東宮)は優しく,よく励ましの言葉をかけてくれました。
礼宮(秋篠宮)は,繊細に心配りをしてくれる子どもでしたが,
同時に私が真実を見誤ることのな いよう,心配して見張っていたらしい節(ふし)もあります。
年齢の割に若く見える,と浩宮が言ってくれた夜,「本当は年相応だからね」と
礼宮が真顔で訂正に来た時のおかしさを忘れません。
そして清子は,私が何か失敗したり,思いがけないことが起こってがっかりしている時に,
まずそばに来て「ドンマーイン」 とのどかに言ってくれる子どもでした。
これは現在も変わらず,陛下は清子のことをお話になる時,
「うちのドンマインさんは・・・」などとおっしゃることもあります。
あののどかな「ドンマーイン」を,これからどれ程懐かしく思うことでしょう。
質問にあった「贈る言葉」は特に考えていません。
その日の朝,心に浮かぶことを清子に告げたいと思いますが,私の母がそうであったように,
私も何も言えないかもしれません。

紀宮様関連

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拉致についてのご発言

天皇陛下(平成14年12月19日)
小泉総理の北朝鮮訪問により,拉致事件の一端が明らかとなり,
その後5人の拉致被害者が帰国したことは大きな出来事でした。
長年にわたる拉致被害者並びにその家族の苦しみや悲しみは,いかばかりであったかと察しています。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h14e.html

皇后陛下(平成14年10月20日)
小泉総理の北朝鮮訪問により,一連の拉致事件に関し,初めて真相の一部が報道され,
驚きと悲しみと共に,無念さを覚えます。
何故私たち皆が,自分たち共同社会の出来事として,
この人々の不在をもっと強く意識し続けることが出来なかったかとの思いを消すことができません。
今回の帰国者と家族との再会の喜びを思うにつけ,
今回帰ることのできなかった人々の家族の気持ちは察するにあまりあり,
その一入(ひとしお)の淋しさを思います。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h14sk.html


皇太子妃殿下(平成14年12月5日)
他方で,やはり日本の国内にあっては北朝鮮の拉致の問題でございますね,
こちらが明るみに出て,そしてその被害に遭われた方のうちの何名かが
帰国されたというようなこともございまして,
また亡くなられてしまったと言われている方々もいらっしゃるわけで,
本当にその被害に遭われた方々,そしてまた,
そのご家族のお気持ちを思うと,本当にこれは胸が痛むことで,
本当にお気持ちを察するに余りあることであったのではないかと思います。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h14hn.html


文仁親王同妃両殿下の記者会見(平成14年12月4日)この一年を振り返って
そして,小泉総理が北朝鮮に行き,今までの拉致問題についての一部が分かってきたわけですけれども,
そしてその後5人の方たちが日本に帰国をされました。
しかし,一方ではいまだに消息が分からない方たちが少なからずおります。
そのような拉致の被害に遭われた方たち,そしてその家族の方たちのことを思うと大変心が痛みます。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/kaiken-h14.html

皇太子殿下お誕生日に際し(平成15年)(平成15年2月20日)
また,日本人の拉致問題についても,小泉総理の初めての訪朝を機に表面化して,
5人の方々が日本に戻ってこられたことは良いことでした。
しかし,多くの方々が,大変な思いをされたということに,改めて思いを致しました。
いまだに行方が分からない方々のご家族のお気持ちはいかばかりかと拝察いたします。
この拉致問題が少しでも良い方向に進むことを心から願わずにはいられません。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h15az.html

紀宮内親王殿下お誕生日に際し(平成15年4月18日)
一方,北朝鮮による日本人の拉致問題は,多くの人々に衝撃と不安を与えたと思われます。
帰国された5人の方々が,日本での自立した生活を再び築き出された 姿には,安堵(ど)と喜びを覚えましたが,
帰国が実現しなかった人々とその家族,また,同様に拉致の可能性がある数多くの行方不明者のことを思うと,
心に重いものがあります。

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皇后陛下古希を迎えて

平成16年(2004年)皇后陛下70歳
お誕生日に際しての文書回答
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h16sk.html

問1
70歳のお誕生日おめでとうございます。お生まれになってから,
さらには天皇陛下と結婚されてからの45年余を振り返りつつ,
喜びや悲しみ,印象に残った出来事などをお聞かせください。

皇后陛下  
古希を迎え,両親に育てられ,守られていた頃が,はるかな日々のこととして思い出されます。
家を離れる日の朝,父は「陛下と東宮様のみ心にそって生きるように」と言い,
母は黙って抱きしめてくれました。両親からは多くのことを学びました。
振り返りますと,子ども時代は本当によく戸外で遊び,
少女時代というより少年時代に近い日々を過ごしました。
小学生生活のほとんどが戦時下で,恐らく私どものクラスが「国民学校」の生徒として
入学し卒業した,唯一の学年だったと思います。
そのようなことから,還暦の時の回答にも記しましたように,
私の中に,戦時と戦後,特に疎開を間にはさむ数年間が,とりわけ深い印象を残しており,
その後,年を重ねるごとに,その時々の自分の年齢で,
戦時下を過ごした人々はどんなであったろうと考えることが,よくあります。

結婚により私の生活は大きく変わりましたが,
陛下がいつも寛(ひろ)いお心で私を受け容れてくださり,
また,3人の子どもたちからも多くの喜びを与えられました。
私は男の子も大好きでしたが,3人目に,小さな清子が来てくれた時のうれしさも,忘れることができません。
この子どもたちを,昭和天皇,香淳皇后のお見守りくださる中で育てた日々のことは,今も私の大切な思い出です。
陛下のお側でさせていただいた様々な公務は,私にとり,決して容易なものばかりではありませんでしたが,
今振り返り,その一つ一つが私にとり必要な経験であったことが分かります。
陛下がお優しい中にも,時に厳しく導いてくださり,
職員たちも様々な部署にあって,地味に,静かに,私を支え続けてくれました。
まだ若かった日々に,社会の各分野で高い志を持って働く多くの年長の人たちの姿を目のあたりにし,
その人々から直接間接に教えを受けることができたことも,幸運でした。
とりわけ,自らが深い悲しみや苦しみを経験し,むしろそのゆえに,弱く,
悲しむ人々の傍らに終生よりそった何人かの人々を知る機会を持ったことは,
私がその後の人生を生きる上の,指針の一つとなったと思います。

平成2年に礼宮が,5年に皇太子が結婚し,二人の妃が私どもの家族に加わってくれました。
これから先,長く皇室で生きていく二人が,私のしてきた事ばかりでなく,
なし得なかったたくさんの事も,しっかりと見,補っていってほしいと願っています。

至らぬことが多ございましたが,これからもこれまでと変わらず,
陛下のお側で人々の幸せを祈るとともに,幼い者も含め,
身近な人々の無事を祈りつつ,国や社会の要請にこたえていきたいと思います。



問2
この間,昭和から平成へと時代は引き継がれ,その平成の世も16年になりました。
常に天皇陛下をそばで支え,両陛下で皇室のあり方を自問しながら,
その時々の時代の要請に応えてこられたと思います。
皇太子妃,皇后として務める日々の心の内にあったものは,どんなことだったでしょうか。
「次世代」の皇太子ご一家や秋篠宮ご一家,紀宮殿下への願いと併せ,お聞かせください。


皇后陛下
もう45年以前のことになりますが,私は今でも,昭和34年のご成婚の日のお馬車の列で,
沿道の人々から受けた温かい祝福を,感謝とともに思い返すことがよくあります。
東宮妃として,あの日,民間から私を受け入れた皇室と,
その長い歴史に,傷をつけてはならないという重い責任感とともに,
あの同じ日に,私の新しい旅立ちを祝福して見送ってくださった大勢の方々の期待を無にし,
私もそこに生を得た庶民の歴史に傷を残してはならないという思いもまた,
その後の歳月,私の中に,常にあったと思います。
陛下が東宮でいらした時は,昭和天皇をお助けし,昭和の時代を支えていくという,
静かな,しかし強い陛下のご気迫を,常に身近に感じておりました。
また,お若い頃より伝統を今に活かしつつ,時代の要請に応えていこうとなさる陛下のお気持ちは,
いつか私のものともなって,このお気持ちをともにしつつ,皇室での日々を過ごしてきたように思います。

皇太子始め次世代の若い人たちへの願いは,という質問ですが,
それぞれの生き方を見守りつつ,必要と思われる時に,その都度伝えていくつもりです。
今はただ,皆ができるだけ人生を静かな目で見,
穏やかに,すこやかに,歩いていってほしいという願いを伝えたいと思います。


問3
皇太子妃殿下は昨年末から長期の静養を続けられています。
また今年5月の皇太子殿下のご発言をきっかけに,
皇室をめぐってさまざまな報道や国民的議論がなされました。
妃殿下のことや一連の経過,この間の宮内庁の対応などについて,
どのように受け止められましたでしょうか。

皇后陛下  
東宮妃の長期の静養については,妃自身が一番に辛く感じていることと思い,
これからも大切に見守り続けていかなければと考えています。
家族の中に苦しんでいる人があることは,家族全員の悲しみであり,私だけではなく,
家族の皆が,東宮妃の回復を願い,助けになりたいと望んでいます。
宮内庁の人々にも心労をかけました。庁内の人々,とりわけ東宮職の人々が,
これからもどうか東宮妃の回復にむけ,力となってくれることを望んでいます。
宮内庁にも様々な課題があり,常に努力が求められますが,
昨今のように,ただひたすらに誹(そし)られるべき所では決してないと思っています。
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変化の尺度を量れるのは,皇位の継承に連なる方であり,配偶者や家族であってはならない

皇后陛下お誕生日に際し(平成6年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h06sk.html

問3 皇后さまが入られて35年間で皇室もずいぶんと変わりました。
「皇后さまが陛下とお二人で新しい風を吹き込まれた」という意見も聞かれますが,いかがお考えですか。
皇后さまが目指される皇室像を含めてお聞かせください。

皇后陛下
皇室も時代と共に存在し,各時代,伝統を継承しつつも変化しつつ,今日に至っていると思います。
この変化の尺度を量れるのは,皇位の継承に連なる方であり,配偶者や家族であってはならないと考えています。
伝統がそれぞれの時代に息づいて存在し続けるよう,各時代の天皇が願われ,
御心をくだいていらしたのではないでしょうか。きっと,どの時代にも新しい風があり,
また,どの時代の新しい風も,それに先立つ時代なしには生まれ得なかったのではないかと感じています。

(皇室観について)
私の目指す皇室観というものはありません。
ただ,陛下のお側にあって,全てを善かれと祈り続ける者でありたいと願っています。

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秋篠宮両殿下の会見

平成12年
(※この年旧秩父宮邸へお引越し)
殿下 移ってからは菜園を始めましたね。
妃殿下 そうでございましたね。宮様と一緒に娘たちは大変楽しく、庭の奥に当たりますけれども、
幾つかの種類の野菜の苗を植えまして、菜園を作りました。七月ごろでしょうか、
ナスとか、キュウリなどが実りまして、娘たちも喜びながら収穫をしておりました。
暑い時でも娘たちは庭で過ごすことが好きで、よく虫とか草花を見たり、またスケッチをしたり、
分からないことは図鑑などで調べていました。
また、庭で見付けた、例えばアオスジアゲハでしょうか、を持ち帰って、家で飼育したりして・・
殿下 幼虫から飼育したんでしょ。
妃殿下 幼虫でございますね。何かの葉を持ち帰って、育てながら大切にしていたこともありました。今は日が暮れるのも早くなってきましたので、外で遊ぶことは少なくなってまいりました。
学校や幼稚園から戻ってまいりますと部屋の中で本を読んだり、
また工作をしたりして過ごしておりますが、
週末などの休みの日には、日中、よく外で元気に遊んでおります。
殿下 下の子が自転車に補助なしで乗れるようになったのも、今年の一つのあれでしょうかね。
妃殿下 そうですね。何回も何回も練習して、補助なしの自転車が乗れるようになりまして
とっても喜んでおりました。

秋篠宮両殿下の会見 平成14年〜
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/kaiken03.html
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10年10年・そうでない方


皇太子妃殿下のお誕生日に際し(平成14年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h14hn.html
平成14年12月

皇太子妃誕生日に際しての記者会見

問1  それでは,質問させていただきます。妃殿下にお尋ねします。皇族になって10年目に入られ,人生の中で一つの大きな節目であろうと思います。殿下との出 会いからご成婚,敬宮愛子さまのご誕生,そして満1歳のお誕生日に至るまで様々な喜びやご苦労もあり感慨も深いのではないでしょうか。これまでのご自身の歩みを振り返り,あわせて今後を展望して,抱負をお聞かせください。

皇太子妃殿下  はい。いま10年目と言われまして,ああ10年目なんだなというふうにまず思いました。自分の中では9年という気持ちが強かったものですから,10年目 と言われて,10年と申しますと,十年一昔とも申しますし,十年一日のごとしとも申しますけれども,確かに考えてみますと,年が明けますと,1月19日に皇室会議を開いていただいて,そして婚約ということになったのがもう10年も前になるんだなあということを思い出しますと大変深い感慨がございます。その 後,皇室に入らせていただいて,私なりにいろいろと努力をしてきたつもりではございますが,本当に力の至らない点が多かったのではないかしらというふうに思いますが,常に皇太子さまに温かく支えていただきまして,いつもいろいろとご相談に乗っていただいて,励ましていただいてここまで元気に過ごしてまいる ことができましたことを,本当に有り難いことと思っております。

 殿下との出会いは,さかのぼってみますと昭和61年の秋でございますか,ちょうどこのお部屋で,両陛下がスペインのエレナ王女さまのためにレセプションを お開きになっていらしたところに私の両親と一緒にお招きを頂いて,伺った時が初めてお会いした時で,その後,いろいろな事がございましたけれども,私自身,まさか自分が皇室に入らせていただくことになろうとは夢にも思っておりませんでしたので,本当 に何年かの後にそういうお話になりました時には,大変驚き,その時は本当に大きな選択であったと思います。また,分からないこともたくさんございましたし,心もとない気持ちでおりました中を皇太子さまにいろいろとお教えいただきながら,また,天皇皇后両陛下にいつも温かくお見守りいただきながらここまで まいりますことができましたこと,大変有り難く思っておりますし,そして昨年は子供が誕生いたしまして,国民の皆さんから本当に温かい祝福の気持ちを折に触れてお示しいただいてることを心から有り難く感謝しております。

 そうでございますね,後は私たちの結婚に至るまでの過程の中で,高円宮さまにはとても心を砕いてくださってましたし,そしてまた,結婚後も本当にいつも優 しく心を寄せてくださって,皇太子さまにとっては五つ年上のお兄さまのような存在でいらした方で,本当にいつも温かく私たちを励まし,いろいろアドバイスしてくださってましたので,今回本当に突然の事でお亡くなりになってしまわれたことを本当に寂しく,本当に心が痛んでおります。妃殿下の久子さま,3人の お子さま方,そしてご両親でいらっしゃる三笠宮両殿下にはどれほどかお力をお落としのことと本当にご心中お察しするに余りある思いでおりますけれども,ご生前に宮さまから頂いた本当にたくさんの温かいお励ましを有り難く思っておりまして,ご冥福をお祈りしたいと思います。

 その意味で,一つとても思い出に残っておりますのは,結婚の日の私たちのパレードがございましたけれども,ずっと皇居を出て新宿通りから学習院の初等科前 を通って,鮫が橋門から入門してこちらの赤坂御用地内に入ってまいりまして,そして当時は東宮仮御所でございましたので,後ほど,こちらと御用地の反対側になるわけですけれども,そちらに向かう途中,いつも園遊会が開かれております赤坂御苑の所を通りましたのですけれども,その時に思いがけず,高円宮両殿 下がそのころまだ初等科の低学年でいらしゃった承子女王さまをお連れになって,お池の所でとても温かく優しい感じでお迎えくださったのが本当に予期していないことだったんでございますけれども,その光景が本当にうれしいこととして大変思い出に残っております。

 この1年を振り返ってみますと,初めて親になりまして最初の何か月かは時間の流れがとてもゆっくりになったなあという感じがいたしました。それまでは公務 を中心にして,そして,その公務に合わせたいろいろな準備ですとか,そういったことで殿下と私と2人でいろいろなことの生活のペースというのが決まっておりましたけれども,子供がおりますとやはり子供中心の生活になりまして,時間帯もいろいろ不規則になったり,きっと子供さんがおられる皆さんは皆さんご経 験と思いますけれども,初めて親になってあたふたとしている日々で,初めの半年間は何だかそれまでよりも時間の流れがゆっくりだったような気がいたしました。その後,子供の方もだんだんと成長して活発に動くようになったりしまして,いろいろな表情も豊かになりましたし,活発に動き回るようになっております し,いろいろな反応が返ってくるようになって,それからはだんだんと時間が経つのがまた速くなって,あっという間にもう1歳の誕生日なんだわということで,先日1歳の誕生日を無事に迎えることができました。

 お陰さまで,とても今のところ身体が丈夫で,そしてまた,おおらかな性格といいますか,皇太子さまに似ましたのか,何ていうのかしら,ゆったりと,どっしりとしておりますので,その点健康に恵まれた子供を持っているということは,そうでない方もたくさんいらっしゃるわけなので,本当に恵まれたことだと思って有り難いことと思っておりますし,また,こちらでは子供の世話を手伝ってくれる職員も配慮していただいて,手配していただいておりますので,公務などとのことで私自身が面倒を見ることができない時も,そういった職員がよく面倒をみてくれていることもとても有り難いことと思っております。

 今後につきましては,子供を通してまた世の中のいろいろな新しい面も見えてくるのではないかしらと思っておりますので,一つ一つ新しい経験になりますけれ ども,その時その時できることを考えて,そして皇太子さまのお力にもなれるように努力しながら,子供の成長も見守りながら,私のできることをしていきたいと思っております。



問2 妃殿下にお尋ねします。この1年を振り返り,印象的な出来事や心に留まったことなど,身近なことも交えてお聞かせください。

皇太子妃殿下 この1年も本当にいろいろなことがあったと思います。年の前半の方ではソルトレークでの冬季オリンピックもございましたし,その後,6月にはサッカーの ワールドカップということで,これは史上初めて日本と韓国と2か国で共同開催をするということで,関係者も大変に力を尽くして準備を進めたことと思いますけれども,これが大変な成功のうちに終わって本当に良かったと思いましたし,また,その成功の陰には,高円宮同妃両殿下の,皇族としての初めての韓国への ご訪問,これもとてもきっと気をお遣いになることが多いご訪問でいらっしゃいましたと存じますが,本当に素晴らしい成果をお上げになっていらっしゃって,ワールドカップそのものの成功のためにも,宮さまは大変にお力をお尽くしになられていらっしゃいましたので,本当に成功のうちに終わって良かったなという 印象でございます。

 それからまた,秋にはノーベル賞の受賞者が国内から,同時に物理学賞と化学賞でございますか,小柴名誉教授と田中さんとお二人出られて,ダブル受賞という 言葉もはやったようでございますけれども,そういったことも初めてございましたり,そういううれしいニュースも幾つかございましたと思います。

 他方で,やはり日本の国内にあっては北朝鮮の拉致の問題でございますね,こちらが明るみに出て,そしてその被害に遭われた方のうちの何名かが帰国されたと いうようなこともございまして,また亡くなられてしまったと言われている方々もいらっしゃるわけで,本当にその被害に遭われた方々,そしてまた,そのご家族のお気持ちを思うと,本当にこれは胸が痛むことで,本当にお気持ちを察するに余りあることであったのではないかと思います。

 世界的に見ても,中東の情勢がやはり緊張が続いておりますし,また,テロの事件があちこちで起こっているといった,大変心配される事態もあります。という のは,私は昨年の誕生日の記者会見を出産後で控えさせていただきましたので,それ以前からの話になりますが,やはり昨年の9月のアメリカにおけるテロが起きて以降,何か世界の枠組みといいますか,世の中の情勢,流れが大きく変わったのではないかというのが,率直な印象でございます。

 それまでも,冷戦の構造の崩壊ということによって,地域紛争ですとか,内戦ですとか,世界のあちこちの地域でそういう問題が起きていましたけれども,今度 はまた,テロという形で相手が見えない脅威が一般の市民に降りかかってくるということで,こういった問題の背後にあるいろいろな貧困の問題ですとか,格差の問題,いろいろな問題について,これから世界の人々が手を取り合って,知恵を出し合って,対処していかなければいけないのではないかというふうに思って おります。そのような中にあって,アフガニスタンの復興に向けていろいろ支援がなされていますけれども,長いこと内戦で傷ついた国がだんだんといい形で復興してまいりますことを,本当に祈らずにはいられない気持ちでおります。

 身近なことは,やはり1問目でお答えした子供の成長ということと,それからやはり最近の高円宮殿下の急なご逝去というのは,本当に大きなことでございまし て,私も高円宮さまに大変お世話になっておりましたので,とても,なかなかその悲しみをまだ乗り越えることができずにおります。


問3  妃殿下にお尋ねします。皇后さまもライフワークの児童文学の分野で初めて単身,スイス訪問をされました。誕生日の文書回答では女性皇族の在り方について 「ご自分の求める女性像を,時と思いをかけて完成していっていただくことが望ましいのではないでしょうか」とお答えになっています。妃殿下ご自身は将来取り組んでみたいライフワークなどについてどのようにお考えでしょうか。これまでの皇族としての経験を踏まえ,今後の公務への抱負,子育てとのバランスの取り方などを含めお聞かせください。

皇太子妃殿下  今年,初めて,皇后さまが単身でスイスにいらっしゃって,児童文学の分野で会議に出席なさいまして,大変素晴らしいスピーチをなさいましたことを,本当 にたくさんの方の心を打ったことと思いますし,本当に素晴らしい成果をお上げになって,素晴らしかったと存じます。これも,皇后さまが本当に長年,努力を積み重ねていらっしゃった結果だと,深く敬意の念をもってそのご様子を拝見しておりました。皇后さまから,今お話のあったように,お誕生日の御回答で, 「自分の求める女性像を」ということをおっしゃっていただいていることは,とても有り難いことで,私自身まだ自分の求める女性像というものがどのようなものなのか,まだ本当に模索中でございますので,これから時間をかけて,まずそれが何であるのかということを考えていきながら,自分のライフワークとすべきことが何なのか,考えていきたいと思っております。今の時点で,やはり母親になりましたので子供の成長を見守り,そしてやはり子供が幸せな人になってくれ るように,それをいろいろな形で手助けしていくということが大切であると思っておりますし,それと同時に,公務という形で国民の皆さまと接したり,国民の皆さまが何を望んでおられるのかということを感じながら,いろいろと努力をしていかなければいけないなというふうに考えております。そして,ライフワーク というか,課題として幾つか自分の心の中に漠然とあるものは,何となくはありますけれども,そういうことをどういう形で良い形でかかわっていくなり,自分が理解を深めていったらいいのかということは,またいろいろと周りの人とも相談しつつ考えていきたいと思います。

 一つ申し上げるとすれば,以前の会見でも申し上げましたけれども,やはり難しい境遇に置かれている子供たちには心を寄せていきたいと思っておりまして,これは国内でもそうでございますし,また,これは世界的に見てもそういう子供がたくさんおりますので,そういう大変難しい状況に置かれて,いろいろな形でそれはあると思いますけれども,そういう子供たちに心を寄せて,自分に何ができるのかということを考えていきたいというふうに思っております。

 この間11月には―何年間かに一度は児童養護施設などの子供たちの文化祭というのには伺っておりますけれども―初めて児童養護施設そのものを訪れることが できて,本当にいろいろな背景を抱えた子供さんたちだと思うので,心に傷を負っていると思いますけれども,ゲームなんかを通してとても親しく一緒にさせていただいたということをとてもうれしく感じましたし,そういう子供さんたちが1人でも多く,早く家庭に帰ることができて,そして幸せに,もちろん施設でも 幸せに育っていって欲しいと思いますし,それにしても1人でも多くの子供が幸せであることができるようにといつも願っております。


<関連質問>

問4ー1 先ほど愛子さまのことについて,おおらかなご性格であるようなお話を。

皇太子妃殿下 の,ような気がしておりますけれども・・・  

問4−2 これはどういったところから,そういうふうに思われたのかということを。

皇太子妃殿下 おおらかというか,明るいというのか,私驚きましたのは,赤ちゃんでも,本当に2か月,3か月でもユーモアのセンスというのがあるんだなというのがビックリしたことだったのですけれども。殿下が,今までもお話したことがございますけれども,本当にとても子育てを手伝ってくださって,本当に大きな力になってくださってますけれども,例えば,殿下が何かで,ちょっとガーゼを落としておしまいになった時に,私が「あっ」という顔してみますと,子供が「にやっ」とこう笑ったり,それが本当に2,3か月のころからそういうことがあって,こんなに小さな子供なんかにもユーモアの感覚というのがあるんだなと思いまし た。余り細かい,余りやっぱり神経質な感じは余りないかしらという思いがするのと,大勢の方に迎えていただいて,例えば,那須の駅ですとか,いろいろな所に出掛けましたときに,とてもたくさんの方に迎えていただきますけれども,何か皆さんの喜んでくださっているというのを,感じますのか,自分から一所懸命手を振ったりというのも,私たちが全く教えたわけではなくて,きっと皆さんのうれしそうにしている様子というのを感じ取って,それを素直に自分なりに表現しているのかしらと考えるのですけれども,おおらかというのが適切な言葉なのか分かりませんけれども,何となく日々の様子を見ておりますと,今のところそんな感じかしらという感じがいたします。でも,子供は小さい時にこうでも,大きくなってそのままということはやはり少ないこともありますし,小さい時にいろいろな難しいことがあっても,大人になるととても朗らかでおおらかな人になるという場合もあると思いますし,今がどうだからどういう性格と決められないと思うのですけれども,何となく面白いなと思っております。
 何か,取り留めもないお話になってしまいました。



皇太子同妃両殿下ご成婚10年に際しての文書回答
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/gokaito-h15-goseikon10.html

問1 両殿下それぞれに,改めて結婚10年を振り返ってお尋ねします。
殿下は今年のお誕生日に,「自分自身を見つめて,そして,自分自身を成長させることができた」とおっしゃいました。一方,妃殿下も昨年,「本当に大きな選択であった」とし,「私なりにいろいろと努力をしてきた」と振り返っていらっしゃいました。
この10年間,うれしかったこと,つらかったこと,希望の家庭を築くために互いに努力したことなどおありだと思います。様々な思い出と共に,それぞれお聞かせください。


皇太子殿下 この10年間を振り返ってみますと,早かったようにも思いますし,また長かったようにも思います。以前にもお話ししたように,この10年は「自 分自身を見つめて,そして,自分自身を成長させることができた」10年だったと思います。結婚により,私の生活も雅子ほどではないですが,変わりました。その過程で,私自身どうしたらよいか迷ったこともあったように記憶していますが,二人で様々なことを一緒にやり,二人で喜びや悲しみなども分かち合いつつ 歩んできたと思います。私自身としては二人で様々なことを共に行ったり共有することの中に喜びが存在したように思います。また,お互いを信じ合い,互いの人格を尊重し合うことにも努めてきたつもりです。

今までの経験を糧に,新たな気持ちでこれからの10年を過ごしていきたいと思います。この10年間私たちを温かく見守ってくださった全ての方々に,心からお礼を申し上げます。

皇太子妃殿下 10年間という月日を思い起こしますと,大変深い感慨に包まれます。10年前の6月9日に多くの方々からの沢山の祝福を受けて結婚の日を迎え ましたことを,心からの感謝をもって懐かしく思い出します。結婚当日に先立ち,様々な準備をしていたころを思い出しますと,随分と前のことであったようにも思われますし,逆に自分が,今こうしてここにもう10年もいさせていただいているのだと思うと,信じられないような気もいたします。

10年の間には,様々な喜びや楽しみも皇太子様と分かち合わせていただきました。同時に,人は誰でもそれぞれの境遇の中で困難に出会い,乗り越えていかなくて はならないものと思いますが,私自身,それまでとは全く異なった新しい世界に入り,それまで想像できなかったような難しさというものに出会うことも度々ありました。そのような時,皇太子様にはいつも私の側にいらして相談に乗ってくださり,私を励まし,支えてくださったことに,心からの感謝を申し上げたいと 思います。

登山や散策を通しての自然とのふれあい,そして,音楽の楽しみも皇太子様から沢山教えていただきました。また,犬のピッピ,まり(この夏でもう8歳になります。)を交えての生活は,私の心にいつも安らぎと潤いを与えてくれました。

そして,今は何より,ちょうど1年半になりました娘の愛子が本当に元気に明るく育ってくれていることを,うれしく有り難く思いますとともに,おととし暮れの 愛子の誕生とその後の成長に対し,国民の皆さんより寄せていただいている温かい祝福の気持ちを心より有り難く思い,この皆さんからの温かい気持ちを大切にしていきたいと思っております。

この10年間,沢山の方々に助けていただいて,こうして10周年の記念日を迎えることができますことに,心から感謝したいと思います。


問2 両殿下にそれぞれ,お尋ねします。
これからの10年,どのような家庭,生活様式(ライフスタイル)を希望されますか。二人目のお子様についても併せて,具体的にお聞かせください。将来の皇室 像やご自身について,両殿下は「若い世代の皇族としての望ましい姿勢を常に模索して,21世紀の皇室にふさわしい活動ができれば」「子供を通してまた世の中のいろいろな新しい面も見えてくるのでは」などとおっしゃっていますが,これから,皇族としてどのような姿を国民に示そうとお考えですか。公務に取り組 む上での視点やテーマ,国民との触れ合いの持ち方についても,お考えをお聞かせください。

皇太子殿下  一昨年暮れに子供を授かったことは,とても有り難いことでした。愛子もお陰様で順調に育っており,日々の成長が楽しみです。これからも愛子を二人で一生 懸命育て,明るい家庭を築いていきたいと思います。幼いうちに子供に対し,しっかりと愛情を注ぐことは,この上なく大切なことです。その意味でも,以前にも申し上げたことの繰り返しになりますが,今しばらくは,愛子の子育てを大切にしていきたいと思っています。二人目の子供について質問がありましたが,今 後,一人目に至るまでにあったような内外からのプレッシャーを是非とも避けたく,この点につき,よろしくお願いしたいと思います。

将来の皇室像については,今までの繰り返しになりますが,時代の要請を的確に感じ取って若い世代の皇室にふさわしい活動ができればと思います。私は,皇族と して,公務というものはとても大切なものと思います。公務を通して様々な事を知り,国民ともふれあっていきたいと思います。かねがね私たちは,21世紀の皇室にふさわしい活動ができればと申してきましたが,それは,目まぐるしく変化の大きい今の時代を考えたとき,公務として,自分たちがするのに何が大切か ということを見極めることです。今までの公務も含め,ここでもう一度,私たちの公務についてもそのような視点で考えてみたいと思います。そして,今後の日本や世界の将来を担っていくことになる若い人たちとの交流を,大切にしていきたいと思います。

また,海外への親善訪問は皇族としての活動の中でも大切なものですので,今後も機会を見つけては諸外国を訪問し,親善訪問の分野でもお役に立ちたいと考えます。


皇太子妃殿下 とても難しい質問ですが,現在,世の中は大変な速度で変わりつつあるように思います。私が皇室に入りましたころと今を比較してみますと,この10年間で,例えばインターネットの普及一つとってみましても,どれ程世の中が変わったかということに驚かされます。

このような中で,皇族としての私たちの世代に,これからどのような姿が望まれるかということについては,様々な角度から考えていくことが大切なのではないか と思います。広く人々の幸せを祈りつつ,これからの日本や世界の人々にとって何が大切になってくるかという将来像を自分なりに把握するように努め,広い視野に立って世の中に関わっていくことを考えていかれればと思います。そして,皇太子様とよくご相談しながら,皇太子様にとっても少しでもお力になることが できるよう,努めていきたいと思います。

家庭にあっては,娘の愛子が日々沢山の喜びをもたらしてくれることを大変幸せに感じます。また,同時に,急速に変化している社会の中にあって,皇室において 子供を育てていく上での親としての責任の大きさも感じますが,愛情をもって子供を育て,皇太子様にとっても,また子供にとっても安らぎのある温かい家庭となればうれしく思います。同時に,子供が広く世の中を知って育っていくことができるよう,心懸けていきたいと思っています。

また,今の時点で,公務ももちろん大切に考えていますが,子供にとって,人生の最初の何年間はとても大切な時期とも聞きますので,愛子の成長を見守り,助けていく育児も,親として大切にしていきたいと考えています。

問3  両殿下にそれぞれ,お尋ねします。 10年という節目に当たり,お互いに相手に対し,どのような言葉をかけたいと思われますか。そして,殿下は妃殿下を妻,母親として,妃殿下は殿下を夫,父親として,何点をお付けになりますか。その理由は何でしょうか。夫婦の間で大切にしてきた約束事や子育ての方法など,家庭での「主導権」を握るのはどちら か。「夫婦円満」の秘訣は。お互いに感謝したい点,学んだ点,そして注文したい点を,具体的なエピソードも交えて,お聞かせください。


皇太子殿下  本当にこの10年いろいろとご苦労様でした。よく努力しました。いろいろとありがとう。と言いたいです。点数を付けるのは難しいのですが,最初にお話し したことからもお分かりのように,私は,雅子は,「努力賞」と「感謝状」ならぬ「感謝賞」のダブル受賞ではないかと思います。

夫婦として,よく心懸けたこととしては,お互いによく話し合うことと相手の立場に立って物事を考えていこうとしたことだったと思います。公務でお互い忙しい ときもありますが,食事の折りや機会を見付けては,どんなに小さいことでも,気付いたことがあればお互いに意見を交換するようにしてきました。雅子にとって,私がとても大変だったのではと思うことの一つに,常に人に見られ注目されるということが挙げられます。私の場合は生まれながらに皇族でした。そして, そのようなことには,時間をかけて徐々に慣れてきたように思います。雅子の場合はそれが私と結婚したとたんに始まったわけです。(それ以前からとも考えられますが....。)よく,今日まで視線に耐えて頑張っていると思います。私は,人に見られることや注目されることに疑問を持った自分自身の幼少のころ や,それに徐々に慣れていく過程を思い出しながらアドバイスするように努めたつもりです。(ただ,自分として,これらをどこまで実践できたかは分かりませんが。)また,懐妊へのプレッシャーはとても大きなものがありました。雅子にとっては本当につらい日々だったと思いますが,二人で乗り切ることができたこ とは有り難いことでした。「夫婦円満の秘訣」は何でしょうか?先ほどお話ししたお互いよく話し合うことと相手の立場に立って物事を考えることに加えて,自分が間違っていたと思った ら素直に謝ることでしょうか。

子育ての方法としては,できるだけ私も育児に参加したいと思ってきましたし,今後もそうしたいと考えています。これからは父親の役割,母親の役割というものも自ずと分かれてくるでしょうから,母親と子供とのコミュニケーションも父親の立場から大切にしていきたいですね。

感謝したい点は,まず,雅子がそこにいてくれることです。雅子がいてくれるだけで心が明るくなるのを感じます。ユーモアがあるのもうれしいことです。学んだ 点としては,今までの本人の経験や体験などから私が学ぶことが多かったと思います。海外での生活や外交官としての仕事あるいは帰国子女としての体験などがそうでしょうか。そして,そのような経験や体験を基に形作られる雅子の物事のとらえ方や考え方からも多くのことを学びましたし,自分の世界が広がったよう に思います。趣味の音楽や山歩きでも,結婚後関心の対象が膨らんだこともうれしいことです。学んだ点は即感謝したい点とも言えるのではないでしょうか。一つ付け加えれば,結婚当初私が学んだこととして丹念に資料に目を通すことが挙げられます。私などは,繰り返しの公務については当時は余り資料には目を通し ていませんでしたが,雅子の態度を見て改めて資料を読み直し,気付いた点もありましたし,自分のいい加減さに反省させられました。

注文したい点は,余り無理をしないようにということかもしれません。大変まじめで忍耐強く,よく努力するので,少し気を抜けるように私も力添えができればと 思います。殊に,子育てと公務を同時にすることはとても大変なことですので,その辺りの調整も必要になってくるかと思います。くれぐれも体を大切にして欲しいと思います。


皇太子妃殿下 皇太子様にこのように仰っていただいて胸に熱く迫ってくるものを感じますと同時に,私としては穴があったら入りたい気分でもございます。(皇太子様の仰った「資料によく目を通す」件も,もう既にはるか昔のことになってしまいました...。)

皇太子様に,私からは,全てにわたり本当にありがとうございました,と感謝の気持ちで一杯です。

この10年間,どのような時も私に優しくお心を配って支えてくださいましたことに,感謝の念は尽きません。いつどのような時でも,物事を平常心でお受け止め になり,堂々となさっていらっしゃると同時に,ユーモアもお忘れにならないゆとりのおありになる皇太子様からは,教えていただくことが本当に多く,日々の生活の中でも大きな安堵感を与えてくださっています。

また,娘が生まれましてからは,本当に素晴らしいお父様ぶりで,愛子も皇太子様に大変なついております。このことは,私にとり,とてもうれしいことであると 同時に,とても心強いことに感じます。これまでもそうでしたが,これから皇室の中にあって,子供を育てていく上で,私がいろいろと迷った時に,皇室の中でお育ちになった皇太子様が,良きお父様として,確かな手で導いてくださると信じられるからです。

皇太子様に点数を差し上げることは少々はばかられるような気もいたしますが,もし,満点というものがあるのでしたら,皇太子様は満点以上でいらっしゃることは確かではないでしょうか。

これまで,皇太子様にお助けいただいて,私が10年間の時を無事に過ごしてくることができました分,これからは私も皇太子様のおみ足をお引っ張り申し上げないよう,皇太子様がお元気にお役目を果たしていらっしゃれますよう努めてまいりたいと思います。

ところで,私自身は,今日は全ての質問への答えをまとめることが難しく感じられ,試験で落第点をとった夢を見そうな気がしています...。

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クワガタ会見


皇太子妃殿下のお誕生日に際し(平成10年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h10hn.html


問5 最近,公務を離れてご興味を持って取り組んでおられること,
それから楽しみにしておられることがありましたら,教えてください。

皇太子妃殿下
楽しみにしていることはいろいろとございますが,以前にお話ししたこととも重複するかもしれませんが,一年に何回か自然の豊かな所を訪れる機会に恵まれました折には,そこで美しい景色を眺め,そして,きれいな空気を吸って,そしてまた,山歩きなどをしながら植物などについていろいろと教えていただくこと,それからまた,そういう空気のきれいな所では,夜には天体観測をしたりすることも大きな楽しみになっております。それから,日々の生活では,先ほどもお話しに出しましたが,犬たちとの散歩ですとか,いろいろな触れ合いを通じてたくさんの楽しみや喜びを見いだしております。

それと,今年の夏に,クワガタ,昆虫のクワガタですけれども,クワガタがここの御所の窓の外の所で弱っているのを見付けました。私自身,ここにクワガタがいるということ自体驚きだったんでございますけれども,皇太子殿下がお小さいころには,クワガタや,カブトムシもここにたくさんいたとかということで,殿下も大変久しぶりにご覧になられたということでしたけれども,そのクワガタが弱っておりましたので,保護いたしまして飼育いたしました。そして,その後,雌を加えて一緒に飼育してみましたところ,繁殖いたしまして,卵を産んで,今は幼虫を飼育しております。幼虫の飼育というのは取り掛かってみて分かったのですけれども,クワガタの場合,成虫になるまでは3年ぐらい掛かるということで,割と長い3年掛かりの仕事になるかしらと思っております。子供のころに親しんだ昆虫に,また触れることができて,そのことによって,いろいろな,例えば虫ですとか,そういった小さな命一つ一つが大変いとおしく思えてくるものでございまして,そのようなことから,現代の子供たちにもそういう体験をすることというのはとても大切なことなんではないかしらと感じております。

それから,一つ新しいことといたしましては,皇太子殿下や,それから,ご家族のほかの皆様とも音楽を何か,アンサンブルでも演奏をご一緒できたら楽しいかしらと思いまして,フルートを始めたということがございます。これは,上達するまでには長い道のりだと思いますけれども,少しずつ,楽しく,練習していかれたらと思っております。

また,ほかには,もちろん皇室の伝統でございます和歌,書道は,引き続き,楽しく学ばせていただいておりますけれども,たまに,殿下とご一緒に絵を描くこともございます。絵と申しましても,大体草花の写生なんでございますけれども,そうやって,写生をしてみますと,写真とはまた違いまして植物の細かいところをいろいろ見ることになって,新しい発見がたくさんございまして,世界が広がるような気がいたします。

このようにして,いろいろと新しいことを試してみますと,楽しい発見がございますので大変幸せなことと思っております。
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