天皇の退位等に関する皇室典範特例法

2017.6.9 21:13
天皇の退位等に関する皇室典範特例法(全文)、付帯決議(全文)
天皇の退位等に関する皇室典範特例法

(趣旨)
第一条 この法律は、天皇陛下が、昭和64年1月7日の御即位以来28年を超える長期にわたり、
国事行為のほか、全国各地への御訪問、被災地のお見舞いをはじめとする象徴としての公的な御活動に精励してこられた中、83歳と御高齢になられ、今後これらの御活動を天皇として自ら続けられることが困難となることを深く案じておられること、これに対し、国民は、御高齢に至るまでこれらの御活動に精励されている天皇陛下を深く敬愛し、この天皇陛下のお気持ちを理解し、これに共感していること、さらに、皇嗣である皇太子殿下は、57歳となられ、これまで国事行為の臨時代行等の御公務に長期にわたり精勤されておられることという現下の状況に鑑み、皇室典範(昭和22年法律第三号)第四条の規定の特例として、天皇陛下の退位及び皇嗣の即位を実現するとともに、天皇陛下の退位後の地位その他の退位に伴い必要となる事項を定めるものとする。

(天皇の退位及び皇嗣の即位)
第二条 天皇は、この法律の施行の日限り、退位し、皇嗣が、直ちに即位する。

(上皇)
第三条 前条の規定により退位した天皇は、上皇とする。
2 上皇の敬称は、陛下とする。
3 上皇の身分に関する事項の登録、喪儀及び陵墓については、天皇の例による。
4 上皇に関しては、前二項に規定する事項を除き、
皇室典範(第二条、第二十八条第二項及び第三項並びに第三十条第二項を除く。)に定める事項については、皇族の例による。

(上皇后)
第四条 上皇の后は、上皇后とする。
2 上皇后に関しては、皇室典範に定める事項については、皇太后の例による。
(皇位継承後の皇嗣)
第五条 第二条の規定による皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族に関しては、皇室典範に定める事項については、皇太子の例による。

附則

(施行期日)
第一条 この法律は、公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。
ただし、第一条並びに次項、次条、附則第八条及び附則第九条の規定は公布の日から、附則第十条及び第十一条の規定はこの法律の施行の日の翌日から施行する。
2 前項の政令を定めるに当たっては、内閣総理大臣は、あらかじめ、皇室会議の意見を聴かなければならない。

(この法律の失効)
第二条 この法律は、この法律の施行の日以前に皇室典範第四条の規定による皇位の継承があったときは、その効力を失う。

(皇室典範の一部改正)
第三条 皇室典範の一部を次のように改正する。
附則に次の一項を加える。
この法律の特例として天皇の退位について定める天皇の退位等に関する皇室典範特例法(平成29年法律第   号)は、この法律と一体を成すものである。

(上皇に関する他の法令の適用)
第四条 上皇に関しては、次に掲げる事項については、天皇の例による。
一 刑法(明治40年法律第四十五号)第二編第三十四章の罪に係る告訴及び検察審査会法(昭和23年法律第百四十七号)の規定による検察審査員の職務
二 前号に掲げる事項のほか、皇室経済法(昭和22年法律第四号)その他の政令で定める法令に定める事項
2 上皇に関しては、前項に規定する事項のほか、警察法(昭和29年法律第百六十二号)
その他の政令で定める法令に定める事項については、皇族の例による。
3 上皇の御所は、国会議事堂、内閣総理大臣官邸その他の国の重要な施設等、
外国公館等及び原子力事業所の周辺地域の上空における小型無人機等の飛行の禁止に関する法律(平成28年法律第九号)の規定の適用については、同法第二条第一項第一号ホに掲げる施設とみなす。

(上皇后に関する他の法令の適用)
第五条 上皇后に関しては、次に掲げる事項については、皇太后の例による。
一 刑法第二編第三十四章の罪に係る告訴及び検察審査会法の規定による検察審査員の職務
二 前号に掲げる事項のほか、皇室経済法その他の政令で定める法令に定める事項

(皇位継承後の皇嗣に関する皇室経済法等の適用)
第六条 第二条の規定による皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族に対しては、皇室経済法第六条第三項第一号の規定にかかわらず、同条第一項の皇族費のうち年額によるものとして、同項の定額の3倍に相当する額の金額を毎年支出するものとする。
この場合において、皇室経済法施行法(昭和22年法律第百十三号)第十条の規定の適用については、同条第一項中「第四項」とあるのは、
「第四項並びに天皇の退位等に関する皇室典範特例法(平成29年法律第   号)附則第六条第一項前段」とする。
2 附則第四条第三項の規定は、第二条の規定による皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族の御在所について準用する。

(贈与税の非課税等)
第七条 第二条の規定により皇位の継承があった場合において皇室経済法第七条の規定により皇位とともに皇嗣が受けた物については、贈与税を課さない。
2 前項の規定により贈与税を課さないこととされた物については、相続税法(昭和25年法律第七十三号)第十九条第一項の規定は、適用しない。

(意見公募手続等の適用除外)
第八条 次に掲げる政令を定める行為については、行政手続法(平成5年法律第八十八号)第六章の規定は、適用しない。
一 第二条の規定による皇位の継承に伴う元号法(昭和54年法律第四十三号)第一項の規定に基づく政令
二 附則第四条第一項第二号及び第二項、附則第五条第二号並びに次条の規定に基づく政令

(政令への委任)
第九条 この法律に定めるもののほか、この法律の施行に関し必要な事項は、政令で定める。

(国民の祝日に関する法律の一部改正)
第十条 国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第百七十八号)の一部を次のように改正する。
第二条中「春分の日 春分日 自然をたたえ、生物をいつくしむ。」を「天皇誕生日 2月23日 天皇の誕生日を祝う。 
春分の日 春分日 自然をたたえ、生物をいつくしむ。」に改め、「天皇誕生日 12月23日 天皇の誕生日を祝う。」を削る。

(宮内庁法の一部改正)
第十一条 宮内庁法(昭和22年法律第七十号)の一部を次のように改正する。
附則を附則第一条とし、同条の次に次の二条を加える。
第二条 宮内庁は、第二条各号に掲げる事務のほか、上皇に関する事務をつかさどる。
この場合において、内閣府設置法第四条第三項第五十七号の規定の適用については、同号中「第二条」とあるのは、
「第二条及び附則第二条第一項前段」とする。
2 第三条第一項の規定にかかわらず、宮内庁に、前項前段の所掌事務を遂行するため、上皇職を置く。
3 上皇職に、上皇侍従長及び上皇侍従次長1人を置く。
4 上皇侍従長の任免は、天皇が認証する。
5 上皇侍従長は、上皇の側近に奉仕し、命を受け、上皇職の事務を掌理する。
6 上皇侍従次長は、命を受け、上皇侍従長を助け、上皇職の事務を整理する。
7 第三条第三項及び第十五条第四項の規定は、上皇職について準用する。
8 上皇侍従長及び上皇侍従次長は、国家公務員法(昭和22年法律第百二十号)第二条に規定する特別職とする。
この場合において、特別職の職員の給与に関する法律(昭和24年法律第二百五十二号。以下この項及び次条第六項において「特別職給与法」という。)及び行政機関の職員の定員に関する法律(昭和44年法律第三十三号。以下この項及び次条第六項において「定員法」という。)の規定の適用については、特別職給与法第一条第四十二号中「侍従長」とあるのは「侍従長、上皇侍従長」と、同条第七十三号中「の者」とあるのは「の者及び上皇侍従次長」と、特別職給与法別表第一中「式部官長」とあるのは「上皇侍従長及び式部官長」と、
定員法第一条第二項第二号中「侍従長」とあるのは「侍従長、上皇侍従長」と、「及び侍従次長」とあるのは「、侍従次長及び上皇侍従次長」とする。

第三条 第三条第一項の規定にかかわらず、宮内庁に、天皇の退位等に関する皇室典範特例法(平成29年法律第   号)第二条の規定による
皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族に関する事務を遂行するため、皇嗣職を置く。
2 皇嗣職に、皇嗣職大夫を置く。
3 皇嗣職大夫は、命を受け、皇嗣職の事務を掌理する。
4 第三条第三項及び第十五条第四項の規定は、皇嗣職について準用する。
5 第一項の規定により皇嗣職が置かれている間は、東宮職を置かないものとする。
6 皇嗣職大夫は、国家公務員法第二条に規定する特別職とする。この場合において、特別職給与法及び定員法の規定の適用については、特別職給与法第一条第四十二号及び別表第一並びに定員法第一条第二項第二号中「東宮大夫」とあるのは、「皇嗣職大夫」とする。
理由
皇室典範第四条の規定の特例として、天皇陛下の退位及び皇嗣の即位を実現するとともに、天皇陛下の退位後の地位その他の退位に伴い必要となる事項について所要の措置を講ずる必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。

◇ 
譲位特例法に伴い、衆参両院それぞれの委員会で採択された付帯決議の全文は次の通り。
一、政府は、安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について、皇族方のご年齢からしても先延ばしすることはできない重要な課題であることに鑑み、本法施行後速やかに、皇族方のご事情等を踏まえ、全体として整合性が取れるよう検討を行い、その結果を、速やかに国会に報告すること。
二、一の報告を受けた場合においては、国会は、安定的な皇位継承を確保するための方策について、「立法府の総意」が取りまとめられるよう検討を行うものとすること。
三、政府は、本法施行に伴い元号を改める場合においては、改元に伴って国民生活に支障が生ずることがないようにするとともに、本法施行に関連するその他の各般の措置の実施に当たっては、広く国民の理解が得られるものとなるよう、万全の配慮を行うこと。

右決議する。

http://www.sankei.com/life/news/170609/lif1706090058-n1.html

君が代記念日

1893年(明治26年)の8月12日
文部省が小学校の祝祭日の儀式用唱歌として公示。
「君が代」は「古今集」の読み人知らずの和歌に
イギリス軍楽隊長フェントンが曲を作り歌っていたが、
メロディと歌詞が一致していないという理由で宮内庁雅楽課の林広守が現在の曲を製作した。

靖国神社にまつわる話

社報「靖国」平成20年1月号掲載
http://www.yasukuni.jp/~sukei/page180.html
秋篠宮様は、かつて生物学の泰斗近藤典生先生の死を大変悲しまれ、ご同行予定だった 
メキシコの調査旅行に先生の遺骨の入った袋を肌身離さず持ち歩かれたことがあり、
日頃、唐書にいう忘形の交わりをなさることに感動致します。
当神社の例大祭における六宮家からの
玉串料御献進の取りまとめもして下さっていると伺っております。

====================

日本会議愛媛県本部会長、久松氏の葬儀 しめやかに
4月7日7時50分配信 産経新聞《2008》
心不全のため81歳で死去した日本会議愛媛県本部会長、久松定成氏の
葬儀・告別式が6日、松山市の大林寺で行われた。
参列者らは「誇りある日本」のために尽力した温厚誠実な故人の遺徳をしのび、
ご親交のあった天皇、皇后両陛下と秋篠宮文仁親王ご夫妻のご弔意も霊前で披露された。
旧松山藩の第18代当主の久松氏は、愛媛大教授時代に昆虫の分類を専門に研究。
日本会議愛媛県本部の設立当初から、会長として活躍し、14年からは靖国神社崇敬奉賛会会長なども務めた。
弔辞に立った靖国神社の南部利昭宮司は「病床にあっても『靖国神社のおまもりを続けなければ』と言い続け、
その気持ちに感動しました」と弔意を述べた。
加戸守行知事は「誇りある国づくりに尽力され、新憲法制定問題など国の重要課題に積極的に取り組まれた」と
故人の功績をたたえ、お別れの言葉を述べた。
最終更新:4月7日7時50分


====================

拾い物

靖国神社の秋季例大祭式後の宮司さんのお話
秋篠宮家をはじめ各宮家から玉ぐし料が納められた事、
三笠宮寛仁親王殿下のご参拝があったことなどが伝えられました。
両陛下のご勅使も見えられた中で、東宮家にはなにもなさっておられない。
東宮家だけが靖国神社の春季例大祭にも8月15日の戦没者慰霊大祭にも全く何もしていない。
春秋の大祭、みたままつり、8月15日の戦没者慰霊大祭などにおいて、
他の宮家からは御玉串料の御献進や御参拝をなさっておられるとのことですが、
東宮家におかれましては、毎年そうなのですが、靖國神社に対しては一切何もなさっておられないという現実があります。


====================

天皇の退位等に関する皇室典範特例法

2017.6.9 21:13
天皇の退位等に関する皇室典範特例法(全文)、付帯決議(全文)
天皇の退位等に関する皇室典範特例法

 (趣旨)
 第一条 この法律は、天皇陛下が、昭和64年1月7日の御即位以来28年を超える長期にわたり、
国事行為のほか、全国各地への御訪問、被災地のお見舞いをはじめとする象徴としての
公的な御活動に精励してこられた中、83歳と御高齢になられ、
今後これらの御活動を天皇として自ら続けられることが困難となることを深く案じておられること、
これに対し、国民は、御高齢に至るまでこれらの御活動に精励されている天皇陛下を深く敬愛し、
この天皇陛下のお気持ちを理解し、これに共感していること、さらに、皇嗣である皇太子殿下は、57歳となられ、
これまで国事行為の臨時代行等の御公務に長期にわたり精勤されておられることという現下の状況に鑑み、
皇室典範(昭和22年法律第三号)第四条の規定の特例として、
天皇陛下の退位及び皇嗣の即位を実現するとともに、天皇陛下の退位後の地位その他の退位に伴い
必要となる事項を定めるものとする。

 (天皇の退位及び皇嗣の即位)
 第二条 天皇は、この法律の施行の日限り、退位し、皇嗣が、直ちに即位する。

 (上皇)
 第三条 前条の規定により退位した天皇は、上皇とする。
 2 上皇の敬称は、陛下とする。
 3 上皇の身分に関する事項の登録、喪儀及び陵墓については、天皇の例による。
 4 上皇に関しては、前二項に規定する事項を除き、
皇室典範(第二条、第二十八条第二項及び第三項並びに第三十条第二項を除く。)に定める事項については、
皇族の例による。

 (上皇后)
 第四条 上皇の后は、上皇后とする。
 2 上皇后に関しては、皇室典範に定める事項については、皇太后の例による。
 (皇位継承後の皇嗣)
 第五条 第二条の規定による皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族に関しては、
 皇室典範に定める事項については、皇太子の例による。

 附則

 (施行期日)
 第一条 この法律は、公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。
 ただし、第一条並びに次項、次条、附則第八条及び附則第九条の規定は公布の日から、
 附則第十条及び第十一条の規定はこの法律の施行の日の翌日から施行する。
 2 前項の政令を定めるに当たっては、内閣総理大臣は、あらかじめ、皇室会議の意見を聴かなければならない。

 (この法律の失効)
 第二条 この法律は、この法律の施行の日以前に皇室典範第四条の規定による皇位の継承があったときは、
 その効力を失う。

 (皇室典範の一部改正)
 第三条 皇室典範の一部を次のように改正する。
 附則に次の一項を加える。
 この法律の特例として天皇の退位について定める天皇の退位等に関する皇室典範特例法
 (平成29年法律第   号)は、この法律と一体を成すものである。

 (上皇に関する他の法令の適用)
 第四条 上皇に関しては、次に掲げる事項については、天皇の例による。
 一 刑法(明治40年法律第四十五号)第二編第三十四章の罪に係る告訴
 及び検察審査会法(昭和23年法律第百四十七号)の規定による検察審査員の職務
 二 前号に掲げる事項のほか、皇室経済法(昭和22年法律第四号)その他の政令で定める法令に定める事項
 2 上皇に関しては、前項に規定する事項のほか、警察法(昭和29年法律第百六十二号)
 その他の政令で定める法令に定める事項については、皇族の例による。
 3 上皇の御所は、国会議事堂、内閣総理大臣官邸その他の国の重要な施設等、
 外国公館等及び原子力事業所の周辺地域の上空における小型無人機等の飛行の禁止に関する法律
 (平成28年法律第九号)の規定の適用については、同法第二条第一項第一号ホに掲げる施設とみなす。

 (上皇后に関する他の法令の適用)
 第五条 上皇后に関しては、次に掲げる事項については、皇太后の例による。
 一 刑法第二編第三十四章の罪に係る告訴及び検察審査会法の規定による検察審査員の職務
 二 前号に掲げる事項のほか、皇室経済法その他の政令で定める法令に定める事項

 (皇位継承後の皇嗣に関する皇室経済法等の適用)
 第六条 第二条の規定による皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族に対しては、
 皇室経済法第六条第三項第一号の規定にかかわらず、同条第一項の皇族費のうち年額によるものとして、
 同項の定額の3倍に相当する額の金額を毎年支出するものとする。
 この場合において、皇室経済法施行法(昭和22年法律第百十三号)第十条の規定の適用については、
 同条第一項中「第四項」とあるのは、「第四項並びに天皇の退位等に関する
 皇室典範特例法(平成29年法律第   号)附則第六条第一項前段」とする。
 2 附則第四条第三項の規定は、第二条の規定による皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族の御在所について準用する。

 (贈与税の非課税等)
 第七条 第二条の規定により皇位の継承があった場合において皇室経済法第七条の規定により
 皇位とともに皇嗣が受けた物については、贈与税を課さない。
 2 前項の規定により贈与税を課さないこととされた物については、
 相続税法(昭和25年法律第七十三号)第十九条第一項の規定は、適用しない。

 (意見公募手続等の適用除外)
 第八条 次に掲げる政令を定める行為については、行政手続法(平成5年法律第八十八号)第六章の規定は、
 適用しない。
 一 第二条の規定による皇位の継承に伴う元号法(昭和54年法律第四十三号)第一項の規定に基づく政令
 二 附則第四条第一項第二号及び第二項、附則第五条第二号並びに次条の規定に基づく政令

 (政令への委任)
 第九条 この法律に定めるもののほか、この法律の施行に関し必要な事項は、政令で定める。

 (国民の祝日に関する法律の一部改正)
 第十条 国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第百七十八号)の一部を次のように改正する。
 第二条中「春分の日 春分日 自然をたたえ、生物をいつくしむ。」を
 「天皇誕生日 2月23日 天皇の誕生日を祝う。 
 春分の日 春分日 自然をたたえ、生物をいつくしむ。」に改め、
 「天皇誕生日 12月23日 天皇の誕生日を祝う。」を削る。

 (宮内庁法の一部改正)
 第十一条 宮内庁法(昭和22年法律第七十号)の一部を次のように改正する。
 附則を附則第一条とし、同条の次に次の二条を加える。
 第二条 宮内庁は、第二条各号に掲げる事務のほか、上皇に関する事務をつかさどる。
 この場合において、内閣府設置法第四条第三項第五十七号の規定の適用については、同号中「第二条」とあるのは、
 「第二条及び附則第二条第一項前段」とする。
 2 第三条第一項の規定にかかわらず、宮内庁に、前項前段の所掌事務を遂行するため、上皇職を置く。
 3 上皇職に、上皇侍従長及び上皇侍従次長1人を置く。
 4 上皇侍従長の任免は、天皇が認証する。
 5 上皇侍従長は、上皇の側近に奉仕し、命を受け、上皇職の事務を掌理する。
 6 上皇侍従次長は、命を受け、上皇侍従長を助け、上皇職の事務を整理する。
 7 第三条第三項及び第十五条第四項の規定は、上皇職について準用する。
 8 上皇侍従長及び上皇侍従次長は、国家公務員法(昭和22年法律第百二十号)第二条に規定する特別職とする。
 この場合において、特別職の職員の給与に関する法律(昭和24年法律第二百五十二号。
 以下この項及び次条第六項において「特別職給与法」という。)
 及び行政機関の職員の定員に関する法律(昭和44年法律第三十三号。
 以下この項及び次条第六項において「定員法」という。)の規定の適用については、
 特別職給与法第一条第四十二号中「侍従長」とあるのは「侍従長、上皇侍従長」と、
 同条第七十三号中「の者」とあるのは「の者及び上皇侍従次長」と、
 特別職給与法別表第一中「式部官長」とあるのは「上皇侍従長及び式部官長」と、
 定員法第一条第二項第二号中「侍従長」とあるのは「侍従長、上皇侍従長」と、
 「及び侍従次長」とあるのは「、侍従次長及び上皇侍従次長」とする。
 第三条 第三条第一項の規定にかかわらず、宮内庁に、天皇の退位等に関する
 皇室典範特例法(平成29年法律第   号)第二条の規定による皇位の継承に伴い
 皇嗣となった皇族に関する事務を遂行するため、皇嗣職を置く。
 2 皇嗣職に、皇嗣職大夫を置く。
 3 皇嗣職大夫は、命を受け、皇嗣職の事務を掌理する。
 4 第三条第三項及び第十五条第四項の規定は、皇嗣職について準用する。
 5 第一項の規定により皇嗣職が置かれている間は、東宮職を置かないものとする。
 6 皇嗣職大夫は、国家公務員法第二条に規定する特別職とする。この場合において、
 特別職給与法及び定員法の規定の適用については、
 特別職給与法第一条第四十二号及び別表第一並びに定員法第一条第二項第二号中
 「東宮大夫」とあるのは、「皇嗣職大夫」とする。
 理由
 皇室典範第四条の規定の特例として、天皇陛下の退位及び皇嗣の即位を実現するとともに、
 天皇陛下の退位後の地位その他の退位に伴い必要となる事項について所要の措置を講ずる必要がある。
 これが、この法律案を提出する理由である。

◇ 
 譲位特例法に伴い、衆参両院それぞれの委員会で採択された付帯決議の全文は次の通り。
 一、政府は、安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について、
 皇族方のご年齢からしても先延ばしすることはできない重要な課題であることに鑑み、
 本法施行後速やかに、皇族方のご事情等を踏まえ、全体として整合性が取れるよう検討を行い、
 その結果を、速やかに国会に報告すること。
 二、一の報告を受けた場合においては、国会は、安定的な皇位継承を確保するための方策について、
 「立法府の総意」が取りまとめられるよう検討を行うものとすること。
 三、政府は、本法施行に伴い元号を改める場合においては、改元に伴って
 国民生活に支障が生ずることがないようにするとともに、本法施行に関連するその他の
 各般の措置の実施に当たっては、広く国民の理解が得られるものとなるよう、万全の配慮を行うこと。
 右決議する。

http://www.sankei.com/life/news/170609/lif1706090058-n1.html


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

天皇陛下退位の特例法案(全文) (政府がまとめた天皇陛下の退位を可能とする特例法案2017/05/13)

眞子内親王殿下に関する最近の週刊誌報道について

眞子内親王殿下に関する最近の週刊誌報道について
平成30年5月25日
宮内庁

眞子内親王殿下の納采の儀を始めとするご結婚関係儀式等の延期が発表されて以来,
このことに関する両陛下,取り分け皇后さまのお考え,ご対応について様々な憶測がなされ,
記事にされてきましたが,このことに関し,両陛下は当初より一貫して変わらぬ対応をしてこられました。
両陛下が第一に考えられたことは,これは眞子さまの内心に触れる事柄であり,何人といえども,
恐らくはご両親殿下でさえ眞子さまのお考えを待つ以外おありでないということでした。
そうした中,ご自分方として出来ることは,極力周囲の雑音から眞子さまを守り,静かな状況を保つ中で,
眞子さまがご自分の考えを深められるよう助力なさるということでした。
そのため,これまで両陛下は共に首尾一貫このことに関し一切発言を慎まれてこられました。
事実,宮内庁長官,次長を始めとする宮内庁幹部,側近である侍従長,女官長や侍従職の誰一人として,
このことに関して両陛下のご感想を伺ったり,状況についてお尋ねを受けたことはありません。
平素,両陛下のご相談に与あずかる参与,御用掛においても全く同様であります。
一部の週刊誌は,「侍従職関係者」,「宮内庁幹部」,「宮内庁関係者」等のコメントとして,
皇后さまが様々な発言をなさっているかのように記していますが,先にも述べたとおり,
両陛下は,当初より,細心の注意を払って固く沈黙を守り続けておられ,
また,宮内庁職員はもとより,ご親族,ご友人,ご進講者等で,
両陛下にこの問題について話題にするような人もこれまで皆無であったと伺っています。
かつて,皇居内のゴルフ場であった場所に両陛下の御所建設が計画された際,
昭和天皇が愛された自然林を皇后さまが丸坊主にした等の報道がなされ,
前後数ヶ月に及ぶ謂われない批判記事の連続により,皇后さまは何ヶ月も声を失われる事態に陥られました。
因みに,新御所の建設場所は,当時の宮内庁長官の報告と進言を陛下がお受け入れになり,
最終的に決定されたもので,皇后さまはこのご報告や決定の場に一度も同席しておられず,
新御所の予定地についてお聞きになったことも,まして御覧になったこともありませんでした。
今また,皇后さまは,ご自分の名のもとに,両陛下としてあれ程までにお守りになろうとされた
眞子さまや秋篠宮両殿下の周辺で,静かな熟考のために保たれるべき環境に
思いも寄らない様々な雑音が立てられていることを驚き,悲しんでおられ,
陛下もまたそのことに深くお心を痛めておられます。
皇后さまは,これまでもご家族のどなたかが苦しい状況におありの時は必ず,
それは家族全体の苦しみだからと言われ,心配しつつ見守ってこられました。
この度,早くより,眞子さまや秋篠宮両殿下,お相手の方に静かに考える環境を与えることを最重要と判断され,
沈黙に徹してこられた両陛下のお考えが無にされたことは余りにも残念であり,
宮内庁として,この問題に関するこれまでの両陛下のお考えとご対応をお伝えすることに致します。
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taio/taio-h30-0525.html


眞子さま巡る週刊誌報道「両陛下の思いを無に」 宮内庁
社会
2018/5/25 18:29
宮内庁は25日、秋篠宮家の長女、眞子さま(26)の結婚延期を巡り、
一部週刊誌が両陛下の対応について様々な臆測を記事にしているとして、
反論する文書を同庁ホームページ(HP)に掲載した。
「両陛下は一切発言を慎まれてきた」と一連の記事の内容を否定した上で
「両陛下のお考えが無にされたことはあまりにも残念」としている。
宮内庁はHPで「極力周囲の雑音から眞子さまを守り、
眞子さまがご自分の考えを深められるよう助力なさること」が両陛下の考えだと強調。
皇后さまが様々な発言をされているとの週刊誌報道について
「皇后さまはご自分の名のもとに、思いも寄らない雑音が立てられていることを驚き、
悲しんでおられ、陛下も深くお心を痛めておられる」と説明している。
宮内庁は2月、眞子さまと国際基督教大の同級生で法律事務所勤務の小室圭さん(26)の
結婚に関する儀式を延期すると発表。
眞子さまは同庁を通じ、結婚までの諸行事や結婚後の生活に関して
「充分な準備を行う時間的余裕がないことを認識するようになりました」と理由を説明する文書を公表された。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3097332025052018CR8000/


両陛下、週刊誌報道に「心痛」=眞子さま結婚延期めぐり−宮内庁
宮内庁は25日、秋篠宮家の長女眞子さま(26)に関する一部週刊誌報道で、
天皇、皇后両陛下の考えや対応についてさまざまな臆測がされているとして、
両陛下が心を痛められているなどとする見解を同庁ホームページに公表した。
宮内庁は2月、眞子さまと大学時代の同級生小室圭さん(26)の結婚延期を発表した。
一部週刊誌は眞子さまの件で皇后さまがさまざまな発言をしていると報道しているが、
同庁によると、両陛下は眞子さまの内心に触れる事柄だとして一切発言を慎み、固く沈黙を守っている。
皇后さまは秋篠宮家の静かな環境が保たれていない状況について「驚き、悲しんでおられる」という。
天皇陛下も深く心を痛めているとしている。
昨年12月以降、小室さんの母親の金銭問題をめぐる週刊誌報道が続いている。(2018/05/25-19:29)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018052501254&g=ryl


宮内庁の週刊誌自粛要請で逆にわかる小室問題の泥沼
2018年05月27日 06:01
八幡 和郎
宮内庁が「眞子内親王殿下に関する最近の週刊誌報道について」という文書を出したが、これがひどくお粗末である。
また、もしここで書かれた内容が本当なら皇室はまさに機能不全で危機的状況にあるといわざるをえない。
それによると、両陛下は
「極力周囲の雑音から眞子さまを守り,静かな状況を保つ中で,眞子さまがご自分の考えを深められるよう助力なさる」
にとどめるという考え方であり、
「宮内庁長官,次長を始めとする宮内庁幹部,側近である侍従長,女官長や侍従職の誰一人として,
このことに関して両陛下のご感想を伺ったり,状況についてお尋ねを受けたことはありません。
平素,両陛下のご相談に与あずかる参与,御用掛においても全く同様であります」
というのである。そして、
「宮内庁職員はもとより,ご親族,ご友人,ご進講者等で,両陛下にこの問題について
話題にするような人もこれまで皆無であったと伺っています」
というのである。
これが本当だとすれば、両陛下も、誰もが腫れ物に触るように話題として触れないので、
悶々と悩んでおられるのでないかと心配だ。
しかし、もしそうなら、宮内庁長官など幹部は、このような皇室の将来を危うくしかねない重大事について、
両陛下に情報をお伝えし、必要に応じて行動したり、両陛下のご意見を関係者にお伝えするのが仕事ではないのか。
皇族の方々は、一般人に比べても、世間知らずである。たとえ、両陛下や皇族が話題にされなくとも、
場合によっては避けられているとしても、お耳に入れ、助言するのが仕事だと私は思う。
沈黙してしまうのは、職務怠慢だ。
さらに週刊誌報道についていえば、私の知る限りでもその姿勢はきわめて慎重である。
また、両陛下など皇族方がお気持ちを私的に話されたものは、本当のものも世の中でかなり流通しているし、
それを相当慎重に裏をとって報道されているし、また、断定することのないように配慮されているように思う。
もちろん、政治向きのことになると、皇室の政治利用になるので、避けるべきだというのは別の問題だ。
ヨーロッパでの規範意識からすれば、もし、皇族が政治的な発言をされたり政治家の好き嫌いを話されたとしたら、
それは批判的に報道されるべきで、一部の週刊誌のように、それを肯定的に流すなどもってのほかであるが。
それは別の問題だ。
週刊誌が陛下が憲法改正にどのようなお考え方をお持ちかとか、どの政治家を批判されているとか言う報道こそ、
宮内庁は厳しく抗議すべきだが何もしてないのは職務怠慢だ。
皇族は世襲によって継承されるのであるから、その私生活が公的な関心の対象になるのは
正当であるという以上に必要なことである。
また、間違った報道はそのつど反論すれば良いし、場合によっては訴訟をすればよいことである。
また、宮内庁が適切な情報提供をしないから、憶測が乱れ飛ぶことも多い。
そのあたりを上手にやることが、宮内庁の仕事でないか。
もちろん、報道するなといって押し通せば楽だろうが、それでは日本大学広報部とそれこそ同じだ。
それから、発表文では『皇后さま』という表現があるが、皇后陛下ではないのか。公式文書としては奇異だ。
http://agora-web.jp/archives/2032845.html


「週刊文春」(平成30年7月26日号)の記事について
平成30年7月30日
週刊文春7月26日号の「小室さんは『夢追い人なの』〜美智子さまのお嘆きと眞子さまのNY行き」
と題する記事において,匿名の「知人」の話として,
皇后さまが小室圭さんのことを「あの方は夢追い人なの。でもその夢は完成しない,不完全なもの」
と語られるなど,様々に話されたとの記述があります。
記事は,その背景について,8月から3年間の予定で小室さんが米国留学するとの報に
「ご心配が募った」皇后さまが,小室さんの将来を憂えて知人に話したものと説明し,
さらに,小説「星の王子さま」に出てくるエピソードまでを例にあげ,
「知人」という人が伝える皇后さまのお言葉なるものを紹介しています。
眞子内親王殿下をめぐる週刊誌報道については,既に本年5月25日に宮内庁ホームページで,
両陛下は,極力周囲の雑音から眞子さまを守り,静かな状況を保つ中で,
眞子さまがご自分の考えを深められるよう首尾一貫して一切の発言を慎まれてこられたこと,
また,眞子さまや秋篠宮両殿下の周辺で,皇后さまの名の下に思いも寄らない様々な雑音が立てられていることに
皇后さまのみならず陛下も深くお心を痛めておられることを説明しました。
記事は,このホームページにおける説明の一部を引用しつつも,
「美智子さまのお嘆きの気持ちは,余りにも痛切だ。・・・『小室さん米国留学』の一報は,
皇室の雰囲気を一変させるに余りあるものだった」として,「知人」の談話を通して,
その後,皇后さまのお考えが変わったと報じています。
しかし,この問題に対する両陛下のご対応には,その後も全く変わりがありません。
今も一貫して一切の発言を慎まれています。
なお,日頃から両陛下と親しく,そのお気持ちをよく知る本当の「知人」であれば,このような時に,
敢えて両陛下のお気持ちに立ち入ろうとしたり,
匿名の「知人」として外部に自分が推測した話をするようなことは到底考えられないことです。
宮内庁として,眞子さまや秋篠宮両殿下,お相手の方に静かに考える環境をお与えになることを最重要と判断され,
沈黙に徹してこられた両陛下のお考えが再び無にされたことは遺憾であり,
今回の記事によって読者のみならず,様々な形でこの問題に関係する人々にも
誤解が生じないよう重ねて説明することにしました。
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taio/taio-h30-0730.html

佐久間艇長

明治43年(1910) 4月15日、佐久間艇長以下14名を載せた六号潜水艇が
訓練中の事故によって瀬戸内海で沈没、全乗組員は死亡。
二日後引き上げられた艇内から、佐久間艇長が事故原因と事故後の対応等を
死の直前まで冷静に記録したメモが発見された。

国産第一号の潜水艇がその訓練中に瀬戸内海で沈没。
引き上げられたのは二日後の 4月17日。

潜水艦の事故の場合、乗組員は出口ハッチなどに殺到し、
折り重なって死んでいるといった悲惨な状態が普通だが、
引き上げられた第六号潜水艇では、それぞれが持ち場に着いた状態のまま息絶えていた。
引き上げられた遺品の中から佐久間艇長が死の間際まで状況を冷静に記録した手帳が発見された。
佐久間艇長の手帳には、暗闇の中で手探りで書いたと思われる大きな文字で、事故が起こった原因や、
この事故を教訓として改良しなければならない潜水艇の問題点、
艇内で死ぬことになる乗組員の遺族に対する配慮を上官らに願う文面等が綴られていた。

手帳の最後は、
瓦素林(ガソリン)ヲブローアウトセシシ積リナレドモ、ガソソリンニヨウタ
一、中野大佐
十二時四十分ナリ

この佐久間艇長の手帳は、最期の瞬間まで職務を全うした海軍軍人の記録として、
その原文と英訳とが米国の国会議事堂大広間に展示されている。
また、伝統的に海軍国として知られる英国でも海軍教育の中でこの事故について教えられている。

佐久間艇長のこの手帳の全文は、
佐久間艇長の遺書 ・・・ TBS ブリタニカ編集部編
(平成12年再出版)


教育勅語

教育勅語と現代語訳
http://chusan.info/kobore8/4132chokugo.htm


十二の徳目
1
父母に孝
親や先祖を大切にしましょう
2
兄弟に友
きょうだいは仲良くしましょう
3
夫婦 相和す
夫婦はいつも仲むつまじくしましょう
4
朋友 相信ず
友だちはお互いに信じあいましょう
5
恭儉 己を持す
自分の言動をつつしみましょう
6
博愛 衆うに及ぼす
広くすべての人に愛の手をさしのべましょう
7
学を修め業を習う
勉学にはげみ職業を身につけましょう
8
智能を啓発
知識を高め才能を伸ばしましょう
9
徳器を成就
人格の向上につとめましょう
10
公益を広め 世務を開く
広く世の人々や社会のためにつくしましょう
11
国憲を重んじ、国法に遵う
規則に従い社会の秩序を守りましょう
12
義勇 公に奉ず
正しい勇気を持って世のため国のためにつくしましょう
 


国民道徳協会の訳
私は,私達の祖先が,遠い昔遠大な理想のもとに,道義国家の実現をめざして,日本の国をおはじめになり,
そしてまた,国民は忠孝両全の道を完うして,全国民が心を合わせて努力した結果,今日に至るまで,
美事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本の優れた国柄の賜物でありまして、
教育の根本もまたここに基づくものと思います。
国民の皆さんは,子は親に孝養をつくし,兄弟、姉妹は互いに力を合わせて助け合い,
夫婦は仲むつまじく解け合い,友人は胸襟を開いて信じあい,そして自分の言動をつつしみ,
すべての人々に愛の手をさしのべ,学問を怠らず,職業に専念し、知識を養い,人格をみがき,
さらに進んで,社会公共のために貢献し,また法律や,秩序を守ることは勿論のこと,
非常事態の発生の場合は,真心を捧げて,国の平和と、安全に奉仕しなければなりません。
そして、これらのことは、善良な国民としての当然のつとめであるばかりでなく,
また、私達の祖先が,今日まで身をもって示し残された伝統的てき美風を,
更にいっそう明らかにすることでもあります。
このような国民の歩あゆむべき道は,祖先の教訓として,
私達子孫の守らなければならないところであると共に,
このおしえは、昔も今も変わらぬ正しい道であり,また日本ばかりでなく,
外国で行っても,まちがいのない道でありますから,
私もまた国民の皆さんとともに,父祖の教えを胸に抱いて,
立派な日本人となるように,心から念願するものであります。


教育勅語と修身

海外報道

雅子さまは「天皇・皇后に敵意」を持っている

★雅子さま離婚説
▼「雅子さま離婚説」まで登場 英タイムズ記事の「過激」
10月28日20時15分配信 J-CASTニュース (※2008)
イギリスの高級紙「タイムズ」が、過激な記事を掲載した。
雅子さまに日本の識者が離婚を要求しているなどと報じたからだ。
雅子さまに同情的な同紙は論評を交えず書いているが、その真意は、今ひとつ分かりにくい。
ただ、雅子さまに批判的な記事が内外で増えていることだけは確かだ。
■皇室を擁護する右派まで遠回しに離婚の要求?
日本のメディアでもお目にかからないような過激な言葉が、英タイムズ紙の記事から
目に飛び込んでくる。皇太子妃雅子さまに対する「離婚」という言葉だ。
同紙の2008年10月25日付記事によると、適応障害を患っている雅子さまには、
公務を休むことに同情の声が強かった。しかし、雅子さまが高級レストランで食事をされたり、
長女の愛子さまの学校行事に参加されたりすることが度々報じられ、
懐疑的な目が向けられるようになったと紹介。そのうえで、こう断言したのだ。
「有力なコメンテーターたちが初めて、かつて考えられなかったことを公然と議論している。
それは、皇室の離婚がありうるかどうかだ」
その一つとして、タイムズ紙は、皇室を擁護する右派の識者が08年5月に月刊誌に掲載した
論文を挙げる。記事では、「識者は、雅子さまの家族は皇室にダメージを与えている彼女を
連れ戻すべきだと主張している。つまり遠回しな離婚の要求だ」などと紹介している。
そして、宮内庁幹部でさえ、こうした不満の声は皇室の正当性を揺るがす危機だ、
と恐れているというのだ。
■「このまま行くと、皇室への敬愛が崩れかねないとすら思います」
確かに、このところ日本のメディアからも雅子さま批判とみられる声が強い。
毎日新聞の社会部記者は、2008年10月21日付同紙コラムで、雅子さまに「公務軽視」との
批判が一部であることを伝えた。雅子さまは08年10月12日、皇太子さまがご出席された
大分県での全国障害者スポーツ大会を欠席し、愛子さまが通われている学習院初等科の
運動会を観戦した。このことに対し、毎日記者は、宮内庁の説明が不十分だったとして、
「天皇、皇后両陛下や皇族方が積み上げてきた公務を重視するというあり方を、
根本から覆すともとらえられかねない雅子さまの行動に対して、どう考えているのか」と
疑問を投げかける。
また、週刊文春10月16日号によると、雅子さまのこの運動会観戦に、朝日新聞の名物記者が
かみついた。それによると、この記者は宮内庁定例会見で、「ある意味とんでもないこと。
危機感すら感じます。このまま行くと、皇室への敬愛が崩れかねないとすら思います」と
苦言を呈した。この記者は、同誌の取材に質問の有無を答えていないが、
毎日記者は「公務よりプライベート優先では」との質問が会見で出たと明かしている。
英タイムズ紙の記事は、こうしたメディアの論調を意識したのかもしれない。
雅子さまに同情的な同紙は、今回の記事でも「医師たちが公務に出ないよう助言しているため、
雅子さまは依然ほとんど公務をしていない」などと擁護調らしき表現もみられる。
同紙の記事サイトに寄せられたいくつかのコメント。そこでは、日本人と見られる読者から
雅子さま批判が出ているが、英・米国人とみられる読者は、雅子さまに同情的だ。
米ラスベガス在住というエリザベスさんは、雅子さまが必ずしも皇室生活を望んでいなかったとして、
「たぶん離婚は、悲しいことながら、彼女にとって最も健康によいことだろう」と書き込んだ。

★外食三昧
Times2008年11月
「国内の同情は一転、サボりでは?という疑いへ」
彼女は高級中華、メキシカン、フレンチレストランで、また娘の学校行事に出席するところを写真に撮られ、
普段は規制のかけられた日本メディアはますますオープンに、
「問題」はウツよりむしろ煩わしい公務への嫌悪にあると推測しています。
雅子妃は私的外出が多いのに、義務は果たさない。あの控えめな日本のメディアすら疑うようになった。
公務ほったらかした上で堂々と外食三昧。
右翼の西尾は『実家は雅子を引き取れ』と言っている。
雑誌WILLにはこれまで10万から15万通のメールに電話があり、 
その殆どは『西尾よく言った』『西尾に同感』の内容。
WILLの編集者瀬尾は言う。
『西尾さんは、ついにこの問題に対する討論の場を公に開いてくださいました。
皆様、すごく怒ってるんですよ。仕事はしないくせに私的なご外出だけは雅子さまがご熱心なことにね』
原因は彼女が皇族でいるために受ける損害のためです。
彼は、「皇族とは天皇制という名の船に乗った乗客であり、
その船の所有者というわけではありません。」と書きました。
「もし1人の個人がその船に酔って船中に滞在できないなら、降ろすこと以外に代替手段はありません。」
宮内庁関係者が漏らしたところによれば、妃殿下が義務を果たさずにいるので同情は疑惑に変わりつつある。
日本の皇室は、雅子皇太子妃殿下の公務不参加への不満が大きくなっていることにより、
正当性の危機に直面していると宮内庁関係者は恐れている。
彼女がうつ病により公務に参加されなくなってから5年が経ち、
妃殿下の苦境への同情は彼女の状態の深刻さについての疑惑と、
彼女の継続的な不調が、夫である徳仁皇太子殿下が即位したときに何を意味するのかという不安へとかわりつつある。
ここにきて初めて、相応の評論家たちが、今まで考えられずにいたこと
皇族の離婚の可能性-について公然と議論をしている。
危機は来週、英皇太子とその婦人の訪日によってはっきりするだろう。
「世界の王室はもはや彼らの正当性を当たり前のものととらえられない」と宮内庁関係者は先週語った。
「(両陛下の)125代は正当性は勤勉さと謙虚さによって得られていた。
だが126代目はどうなるのか、と心配している」
2003年、皇太子妃が突如彼女の公務を果たさなくなった際、
宮内庁は当初彼女は帯状疱疹をわずらっていると伝えた。
そして、タイムズが彼女はうつ病の治療もされていると報道したところ、
宮内庁はその記事が不当であるとした−2ヵ月後に彼女は適応障害にかかっていると伝えたが。
世論は、1993年、皇太子とのご成婚の際、外交官としてのキャリアをあきらめた皇太子妃に対し、
ある種の同情を示した。
彼女は世継ぎをもうけようと懸命であり、不妊治療を経たのち、流産を経験していた。
皇太子夫妻の唯一の子供である愛子内親王は2001年に誕生していたが、女子であるため、即位ができない。
2006年、皇太子の弟殿下に男児が誕生したことで、即位の問題はさしあたり解決し、
雅子妃へのプレッシャーもある程度解消された。
だが、彼女はいまだに公務の現場にほとんど参加していない(医師は参加に反対している)
しかしながら、特に昨年、彼女は赤坂御所から数多くの外出をしている。
彼女は高級中国、メキシコ、フランス料理店での外食を写真に取られており、
娘の学校行事に参加している。
たいていは控えめである日本のメディアが、次第に公然と、問題はうつ病というよりも、
もっと率直な、わずらわしい公務への嫌悪なのではないかと推測しつつある。
たとえば来週だが、皇太子夫妻(どちらも英国で教育を受けている)は
英皇太子夫妻に私的な食事会を開く予定である。
しかし、翌月、スペイン国王夫妻が6日間訪日される際には、雅子妃は姿を現さないであろう。
「これをどう論理的に説明できるというのでしょう?」と宮内庁関係者は語る。
「英国人は彼女の健康によいが、スペイン人は悪い、とでも?」

皇太子の怒り

★週刊朝日2009年5月29日号
日本とオーストリアが修好通商航海条約を結んで140年にあたる節目の年での訪問だ。
ご夫妻は条約の原文に明治天皇の御名御璽を見つけて興味深そうだった。宮内庁OBもこうつぶやく。
「秋篠宮殿下は、オーストリアで大統領に天皇のメッセージも伝えるなど、
(天皇の)名代的な色合いも帯びています。加えて、大統領自らが接遇にあたるなど、
皇太子殿下に並ぶほどのもてなしです。一宮家というご身位を考えれば重みのある印象です」
訪問初日の5月10日、オーストリアの地元メディアは、
「皇位継承権第2位の秋篠宮は、普通であれば大統領クラスの人々しか受けない
厚い歓迎をウィーンで受けるだろう」と好意的に伝えている。
かつてオーストリアに君臨した皇帝は欧州一の名門王家といわれるハプスブルク家の家系。
そんな歴史的土壌があるためか、同国では天皇家への関心が深い。
160年の歴史を誇る保守系高級紙「Die Presse」(ディー・プレッセ)は、10日付の記事でこう描く。
〈次男である秋篠宮は、皇太子である徳仁(なるひと)親王より下位であるにもかかわらず、
実際には本来あるべきよりも重要なポストに就いている〉
〈秋篠宮家に06年9月、<悠仁(ひさひと)親王という長男が誕生し、
「未来の天皇」の父となったことが大きいというのがその理由だ。〉
さらに少々露骨な表現で、悠仁さまの誕生で女性・女系天皇も視野に入れた
皇室典範の改正論議が立ち消えになった経緯にも触れている。
〈悠仁親王の誕生は、皇太子の娘である愛子内親王を継承のポジションから押しのけてしまった。
そのころから兄弟の仲はうまくいかなくなっていた〉
04年に皇太子さまは記者会見で、病気療養中の雅子さまのストレスの原因として、
「雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」と発言し騒動になった。いわゆる人格否定発言だ。
一方で、天皇を支えるのが皇太子の役目と考える秋篠宮さまは、
陛下への相談なしに公の場で発言した皇太子さまへ意見を述べた。同紙はこうした経緯を紹介したうえで、
〈それ以来、皇室の世界ではこの件には触れないようにし、できる限りお互いに会わないようにしてきた。 
皇太子夫妻は必要な参内以外は、天皇夫妻を訪れることはほとんどしない〉
〈皇室関係者が皇太子に対して、(将来の)皇位を譲って雅子妃と愛子内親王とともに
民間の生活を始めるように勧めたとも言われている〉などと伝えている。
ところで、昨年12月23日の天皇陛下の誕生日には、健康上の理由から記者会見が中止された。
同紙は皇室報道に熱心で、12月28日付の紙面でも、
「Tenno Akihitoの苦悩」と題する論評記事を掲載した。
〈近頃、天皇は病気がちで、顔は青白く、やせて背中が曲がってきた。天皇は、決められた時間に3回、
宮殿ベランダの防弾ガラスの後ろに辛抱強く姿を見せ、
幸せと健康を願う大勢の国民からの熱烈な祝福を受けて75歳の誕生日を迎えた〉
そして、「(天皇陛下の)さまざまなご心労」について触れた羽毛田信吾宮内庁長官の発言などを紹介し、
天皇陛下は将来の皇室を憂慮していると論ずる。
〈皇太子である徳仁親王は健康な世継ぎであるし、2700年続く世界でもっとも古い皇族の血の存続も
2年前に悠仁親王の誕生によって保証されたはずである。
国民の3分の2以上は天皇を国の象徴、国民統合の象徴と認めている〉
同紙はさらに、この第125代天皇がなぜ皇室の将来を心配しなくてはならないのか、と疑問を呈し、
背景を解説する。
〈皇室内では争いのうわさが飛びかい、暗い「悲劇」について語る者もいる。 
悲劇とは、天皇と皇太子の間にできた深い溝と、ときおり起こる親王間の公の場での争いを意味している。
その陰にはいつもひとりの女性が存在している。皇室に新しい血を引き込むために、
民間から迎えられた高い教育を受けた女性である。しかし、もたらされた結果は「混沌」だった。
優秀な若い外交官だった雅子妃は、皇太子妃の最も重要で唯一の任務──皇位継承者を産むこと──についての 
十分な説明がなされていなかったのだろう〉
そして、45歳になった雅子さまに生物学的な奇跡を信じる皇室の関係者は少ないとも説明した。
〈03年12月以来、皇太子妃は公の場にはめったに姿を現さず、口を閉ざし苦しんでいる〉
テレビ朝日で宮内庁担当を長く務めた神田秀一さんはこう見る。
「キャリア官僚や政治家による外交では埋まらない溝を取り持ち、良い方向に導くのが皇室外交です。
国際親善が皇室の重要な役目である以上、その国の人に皇室に対するイメージを植え付ける海外の報道は、
無視できません」
たしかに現地の人は、地元の報道からもっとも多く皇室情報を受け取ることになる。神田さんが続ける。
「公的な予算から捻出される皇族費の出費論拠のひとつには、皇族としての品位保持という目的があります。
海外で報じられる内容が一般家庭のもめ事と同レベルだとすれば、
なぜそう見られるのか、その原因が何なのかを真摯に受けとめる必要があるのではないでしょうか」
先の「Die Presse」の記事はこう結ばれている。
〈天皇がニュースの主要テーマとなることは一年のうちでほとんどない。
(皇居で)国民の前に姿を現すのは誕生日と数日後に来る新年の、わずか2度だけである。
天皇は宮殿のベランダに立ち、手を振り世界平和について短い言葉を述べる。
しかし、自分の哀しみについて口にすることは決してない〉

★週刊女性2009年6月9日号
雅子さまショック オーストリア紙報道 宮内庁が「皇室から出ろ!」
オーストリアの高級紙は紀子様が流ちょうなドイツ語をお話になったことなどを紹介しつつ、
秋篠宮殿下と皇太子の不仲などを報道。
お二人の不仲は悠仁様ご誕生前からなので間違いもあるが、
皇室問題については外国メディアの方が本質を鋭く突いていることが多い。
東宮一家に民間での生活を勧める動きがあったことに触れ、宮内庁は雅子さまに皇室を出ろと言うことか。
この報道について訂正する動きが宮内庁には現在ない。
典範により、皇太子は自ら譲位を言い出すことは出来ないので実際にはあり得ないことだが、
第三条を解釈すればそれも不可能ではない。

★徳仁親王殿下50歳
2010年2月
▼ドイツ語サイト 皇太子さま誕生日の記事
日本は皇太子を祝福した
徳仁親王殿下、50歳に
まるで能面のような印象の顔立ちだ。常に変わらぬ微笑を浮かべ、
親しみやすい細いまなざし、抑制され、品のある立ち居振る舞いをなさる――。
日本人は、自国の皇太子徳仁親王殿下をこう思っている。
しかし、いつの日か父である天皇明仁陛下の後を継ぎ世界でもっとも古い帝冠をいただくであろうこのお方は、
見た目から受ける印象よりも、国民に「普通」で「身近」なところがあると思われている。
この2月23日に50歳になった皇太子の人間的な面を知るのは、彼の側近のみではない。
にもかかわらず、伝統的な勢力は、彼のその人間的な面を批判的に見ているのだ。
日本のメディアが皇太子について報道する時には、彼自身が、
あるいは妻である皇太子妃雅子となす義務についてが話題となる。
だが、国民は時々、徳仁親王と雅子妃、愛子内親王について書かれたまったく違うテーマの記事が出ることがある。
その記事からは、小さな娘の小学校の運動会を見に行ったり、
愛子親王が興味を持っている野球を球場まで観戦に連れて行ったりなど、
世話好きな一家の父親という、徳仁親王のプライベートで人間的な面をうかがうことができる。

宮中に巻き起こる不穏な動き
国民の関心は、なによりも徳仁親王令夫人(Gattin)雅子とその娘の健康状態に向けられている。
公式発表によると、朗らかでキャリアもあったかつての外交官は、
ここ数年宮内庁が引き起こしたストレスによる「適応障害」に苦しめられてきた。
特に、皇位を継承できる男児を産むよう長期間プレッシャーをかけれたことがその背後にあると、
皇室ウォッチャーはみている。
確かに、雅子妃は最終的には愛子内親王という娘をもうけた。
しかし現在のところ、皇室典範の規定により、女性が皇位を継承することはさまたげられている。
皇太子徳仁は、彼の令夫人(Gemahlin)のキャリアや人格を否定しようという
「動き(原文では”努力”)」が宮中にあったと述べ、不穏な動きを心配した。
それによると、雅子妃は皇族にあわせようという努力を何年も続けた結果「消耗」してしまったという。
絶えず彼は妻を心配し、理解をしようとしてきた。
公式発表によると、雅子妃の状態は、確かに公務ができるようになるまで回復してきたものの
コンスタントに公務を行うことはまだ難しいという。

皇太子の、家族への関わり
保守的な層は、皇位継承者(注:皇太子)が心配りが細やかであることをいつも歓迎しているわけではない。
「自分自身の家族が、唯一皇太子殿下が関わっていることとしてあげるものなのです」と、
東京大学のミクリヤ・タケシ教授はかつて保守派の言論誌「文藝春秋」で語ったことがある。
2008年、宮内庁の職員が愛子内親王の参内が少ないと皇太子に苦言を呈したことがあった。
徳仁親王は、メディアを通じて努力すると返答したものの、これはプライベートな問題であるとし、
その後はこれについて何も言っていない。
徳仁親王は、家族がそろった状態で育った最初の皇太子である。
彼の父は3年間乳母に預けられた。徳仁親王は、自分たちの子は自分たちで養育するという、
両親が始めた伝統に従い、娘を育てていると皇室ウォッチャーたちはみている。
しかし、保守派の中には皇太子の心構えについてこだわっている者も多い。
折に触れ、批判的な論調で、「マイホーム主義」だと言っているのだ。

改革は望まれていないのか?
徳仁親王の弟、秋篠宮とその妻紀子妃は、遅まきながらも2006年に悠仁親王という息子をもうけた。
その結果、皇位継承問題は一時解決している。
多くの人が、不運な出来事を考えたくないと思っているのだ。
少し前には、男性による皇位継承を定めた皇室典範の規定は、
憲法が定めた両性の平等に反しているのではという議論があったのだが。
秋篠宮殿下が、兄とその妻が宮中を変える試みを止めようとしているのではないか、という話がささやかれている。
去年の秋に起こった政権交代によって、
皇位継承についての規定を変えようという議論に息を吹き込むだろう。
ひょっとしたら、徳仁親王の娘が女性天皇になり――そして批判が、根本から崩れる日が来るのかもしれない。

外国報道に見る御成婚
雅子さまは「菊の玉座の囚人」
碧い目が見た雅子妃の嘘と真
皇太子妃雅子の贅沢ディナー三昧
雅子妃「うつ病」原因は「外交官の死」と報じた英紙

2011年12月4日 報道ステーションSUNDAY

2011年12月4日 報道ステーションSUNDAY
櫻井よしこ氏
宮内庁の祭祀の所を簡略化したり負担軽減を量るというのは、ご皇室の在り方として
その皇室の本質を削るものであるから、間違っていると思います。
3.11の被災地で両陛下が瓦礫の山に向かって頭を下げられている。
そのお姿を見るだけで国民はすごく感動するのですが、
その感動を起こさせるお二方の存在の理由をいうのは、
やっぱり常日頃から国民のために祈ってくださっているというのがあると思うのですね。
それをそんじょそこらの政治家が行って同じことをしても私たちがしても何の意味もない訳で、
やはり祈りの存在であるということをやっぱり私たちは忘れてはならないわけで、
そのようなお二方の一番大事な所をお守りしながら、他の方で代替できるような事は代替なさっていただく、
というのがいいんじゃないかと思いますね。

(長野智子氏)女性宮家創設案について…この羽毛田長官の考えについてはどういうふうに思われますか。

実はですね、昨日の夕方、朝日新聞から取材を受けたんです。
ですから皆様と同じグループとだと思うんですけれども。
私は「羽毛田長官が女性宮家の創設という事をおっしゃったのは出過ぎた行為ではありませんか」
と申し上げたんです。
羽毛田長官としては皇族の皆さん方の数を増やして、
ご負担を軽減するにはどうしたらいいかと問題提起を、
これはもう当然だと思うのですが、その数を増やすという具体的な手段として
女性宮家の創設ということをおっしゃったのであるとしたら、
これは長官が敬虔に口にすべきではないと思いますよ、と朝日新聞の方に言いましたら、
いや我々もそこを長官がそのようにおっしゃったのかどうか、
確かに読売新聞はそういうふうに報道したんですよね、だけれども朝日が取材したところによると、
羽毛田長官は「私はそのような事は言っていない」というふうに否定なさったというんですね。

(長野氏)男系天皇、女系天皇について…例えばなんですけど、愛子さまのお子様、
このお子様が男の子であっても女系の男子になるということですね。
こうした女系の方が天皇ではなぜいけないのでしょうか。

いけないという事ではなくて、皇室の歴史を見るとですね、
神話の時代からもう2670年以上も続いているわけですね。
この長い歴史の中ではいわゆる男系男子の方が居られなくて大変苦労した時代もあるわけですね。
その時に私たちの先人達は日本国の核心を成す皇室の在り方として男系男子を一所懸命探したわけですね。
彼らが本当に苦労して今日まで男系男子で繋いできました。
その長い伝統をなぜ今私たちが然したる理由もなく変える事が許されるのかしらという、
いけないとかいいとかっていう事以外に、それ以前に、
やっぱりこの長い伝統をしっかり守る努力をまずする事が大事だと思うのです。
昭和天皇は男子が産まれなかった時に旧皇族から養子を迎えようとしたこともあった。
そうまでして男系で繋げようと努力をなさった。
その事について非常に参考になる事例があるんですね。
昭和天皇の場合は最初のお子様4人が内親王さまで、女性ばっかりでしたね。
その後に今の陛下と常陸宮さまがお産まれになったんですね。
昭和6年ですから満州事変の年ですよ、もう日本が騒然としていた年に
4人目のお子様厚子さまも内親王さまであったという事で、元老の方を呼んでですね、
なんとか皇室典範を改正して養子を迎えたいとおっしゃってるんですね。
その時に、まだまだそこまで行かないでちょっとお考えになったらどうですかという事で、
結局そこは取り止めになったんですが、それが昭和6年。
昭和天皇もご自分の女のお子さまを女系天皇の始まりになる天皇に据えようというのではなくって、
男系天皇を繋げるという努力をなさった訳ですね。
私たちの世代で、今まだ悠仁さまがいらっしゃいますから、
天皇がずっとこれから男系男子で繋いでいくのに30年40年50年60年ぐらいの時間が有る訳で、
その間にどうして皆一所懸命もっと皇室の事を学んで、
それから女系と女性天皇の違いが 判らない政治家もまだ居るわけですよね。

(長野氏)政治家にも居ますか。

小泉さん自身が女性天皇と女系天皇の違いが判っていませんでしたよね。

(長野氏)判っていないであの有識者会議でやっていたということですか。

そうです。有識者会議は大変にけしからん会議でですね、
あの時吉川さんという元東大総長のロボット工学の専門家がですね、
あの報告書をまとめるに当たってこう言ってるんですね。
「歴史感や国家感でこの案を作ったのでは有りません。」
これは2005年11月21日の記者会見で堂々とおっしゃった。
日本国の歴史とか文明とかですね、そういったものの粋である皇室を論議するのにですね、
歴史感や国家感、そんなものは考えませんでしたと。
しかもその時の総理大臣が女系天皇と女性天皇の違いも認識していなかった。
そのように本当にわが国の歴史文明に対する、もう侮辱であるとも言うようなですね、
そのような勉強不足の中で女系天皇を打ち出したというのは、私はやはり拙速に過ぎると思いますね。

お酉さま

鷲(おおとり)神社 社伝

天照大御神が天岩戸にお隠れになった時に、
八百万の神たちが岩戸の前で歌い、踊った。
岩戸の前で楽器を持った神様たちがいて、
ひとりの神様の弦の先に鷲が止まった。
この鷲こそ、世の中を明るくさせた鳥だと、
この楽器を持っていた神様は鷲の一文字を入れ
天日鷲命(あめのひわしのみこと)と称されるようになった。
この神様がおとりさま、すなわちお酉さまと崇められるようになり
開運、殖産、商売繁盛などの神様として、東京の鷲神社に祀られている。

鷲神社には日本武尊も祀られている。
日本武尊が社前の松に武具の熊手をかけ、勝ち戦を祝った。
その日が11月の酉の日だった。

その故事にちなみ、
毎年、11月の酉の日に、鷲神社で祭礼が行われる。
その祭礼を酉の祭(とりのまち)と呼び、
参詣する人のために市がたつようになった(酉の市)。
武運長久、商売繁盛、大願成就などの縁起物として熊手が売られるようになった。